青春の1ページ

あの日があったから、私達は出会えた。

 (みず)(かわ)()()には忘れられない日がある。とある合唱曲に
――こころ かよった うれしさに だきあったひよ
 という言葉があるけれど、まさにその日は、桜智にもあった。



 今から二十五年前。桜智は地元から離れた私立高校に進学した。地元の公立高校に落っこちたからだ。
 とはいえ、自分の実力以上の学校を希望していたのだから、当然の結果ではある。
 私学に通うことが決まったと同時に、桜智は複雑な気持ちになった。新しいクラスメイトになる子と、上手くやっていけるだろうかと不安になる一方で、真新しいスタートを切ることに、僅かながらの期待も抱いていたから。
 同じ中学から進学したのは男子ばかりで、女子はいなかった。
 桜智はそれにほっとしていた。中学までの同級生の女子とは、どうしても馴染めなかった。みんな大したことないくせに、自己顕示欲の塊みたいな子がほとんどだったから。

 桜智の地元は田舎だったが、高校は街中にあった。
 初めて教室に入った時、周りの子があまりにも大人っぽいのにたじろぎ、自分とはかけ離れた存在に見えた。その中でも一番衝撃を受けたのは、(けい)に会った時だ。
 当時は短いスカート丈にルーズソックスという組み合わせが、女子高生の定番だった。その姿を漫画やテレビで見ていた。
 教室に颯爽と現れた景は、まさに今時の女子高生の格好をしていた。「本当にこんな格好をしている子がいるんだ」桜智はそう思った。
 スタイルも顔立ちも景は群を抜いていた。性格もさっぱりしていた。
 景に限らず、周りの女子生徒はいかにも都会の子で、みんな女子力が高かった。そんな雰囲気に桜智は気後れのようなものを感じ始めた。何となく馴染めない。
 そして、ある日突然、何の理由もなく、クラスメイトの一人の(れい)()から無視されるようになった。桜智は混乱した。原因を探ろうと記憶を必死に手繰り寄せた。それでも思いあたるふしはない。先週の日曜日、麗子に誘われて二人で遊びに出かけていた。その時に、何か麗子の気に障るようなことをしたのだろうか……桜智は考え続けたけれど、結局答えは出なかった。



 麗子の影響力は大きく、桜智は麗子以外の女子ともぎくしゃくしてしまうようになった。
 一番悩んだのは、昼休み。弁当を食べる時だ。
 一人で食べようかとも考えたけれど、それをしてしまうと、本当にクラスの中で孤立してしまうようで、できなかった。何となく、みんなに紛れている風を装うことに必死だった。
 毎日、四時間目が始まる頃には、どうやってみんなに紛れて昼休みを過ごそうかと、そればかり考えていた。
 学校に行くのも嫌で仕方なかった。自分に非があれば謝れるし直せる。でも、何が原因なのかはっきりしない事態は、桜智の心を消耗し続けた。

 そんなある日、転機が訪れた。その日も昼休みのことで頭を悩ませていた。四時間目が終わる。地獄の時間がやってきた。
「桜智、ここおいで」
 初め自分にかけられた言葉だとは思えなかった。でも、確かに景はそう言ってくれた。景は自分の机を動かし、桜智が座れるスペースを作ってくれた。
「ありがとう」と言ってそこに座る。周りの空気が動いた気がした。
 その景の気配りの甲斐あって、その日の昼休みは、みんなと少し話ができた。相変わらず麗子はそっぽを向いていたけれど、気にしないようにした。
 翌日から桜智を取り巻く状況が瞬く間に変わった。麗子以外の女子が、少しずつ話しかけてくれるようになった。そして、その数日後には、麗子も再び話しかけてくるようになった。結局、何が原因で無視されていたのかは、わからずじまいだった。

 それと引き換えのように、次は景がみんなから弾かれるようになっていた。



 桜智はその状況を何とかしたいと思いつつ、何もできないでいた。
景に声をかけることで、また自分が無視されるようになるのではないかと危惧したからだ。あんな辛い日々には戻りたくない。
 無視されるということは、確実に人にダメージを与える。あんなに明るくて快活だった景が、笑わなくなった。それを見ていたたまれない気持ちになった。

――景は私を助けてくれたのに、私は何もできない。いや、行動する勇気がない

 何とか景の力になれる方法はないか、桜智は毎日考えた。そして、ある日、思いついた。それは手紙だ。

 退屈な授業中に手紙を書くというのは、その当時の女子なら、ほとんど経験があるのではないだろうか。桜智は数学の授業中に、早速、手紙を書いた。
 景に伝えたい思いが溢れ出てきて、あっという間にルーズリーフを埋め尽くした。

 景への感謝。
 助ける勇気がなかったこと。
 景と友達になりたいこと。

 早く授業が終わって欲しいと思った。一刻も早く、この手紙を渡したいと。



 授業が終わると桜智は景の元へと行った。

「これ……」 

 と言って手紙を差し出す。景は顔を上げると、手紙を受け取った。景の目が桜智が書いた文章を追う。全て読み終えると、景は桜智に抱きついてきた。その腕は温かかった。

「ごめんね」という言葉が口を突いて出る。

「ううん。いいよ。これからも仲良くしよう」

 そう言葉を交わす間も二人は抱きしめあっていた。クラス中の視線を感じる。麗子も見ているにちがいない。明日からまた、麗子との関係が拗れるかもしれない。
 それならそれで構わない。私が大切に思うのは景なのだから。


 青春の1ページのあの日から私と景の関係は始まった。今でも私達は親友という関係が続いている。

――こころかよった うれしさに だきあったひよ

 あの日があったから、今の私がある。

青春の1ページ

読んでいただき、ありがとうございました。

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更新日
登録日
2023-12-04

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