「鏡」

 紅いルージュを細く引く
 くちびるの色だけが浮ついて
 蒼ざめた白い顔に
 誰かの肉でもしゃぶらせたやうな

 うす紫のシャドウを瞼に引く
 ほのかに煌めく淡い影法師
 遠く彼岸の山の紫苑の名残を込めて
 もう自分の肌でないやうな

 黒いマスカラ睫毛にきせる
 憂いを重みに長い廂は
 雨やみ望まぬ鳥の羽根
 哀しい露ばかりを湛えて
 俯向く瞳を覆うやうな

 冬の昼間は太陽だけが温かくって
 じっとり冷汗に震える背中
 鏡に立った先刻の記憶は
 己の臆病をあふっただけで
 血の気が引いた素肌に
 追い打ちをかけても首を絞めた
 両手で
 全部の指を使って
 指先に白く力を込めて

 鏡は人を惑わせる
 さも潔白なつらをして
 何かをかい抱き秘している
 妖待つ鏡
 ほうら、あんなにきちんと整列して
 終わりも果ても見えないほどに
 此方に出てくるのを待っている


 笑った…
 動揺み
 さざめき
 鏡は震える
 

「鏡」

「鏡」

  • 自由詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-12-02

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