牧場跡の春

人生の雪解けの時間の記憶

   「牧場跡の春」

 自宅から徒歩五分。岩手山を望む丘の上に、小さな牧場跡がある。
 そこには幼い頃牛や馬や山羊がいた。私は牛が草をはむ横でドングリを拾い、雪の積もった草刈り場でスキーをした。
 長い月日に家畜は消えたが、牧場を囲む道は遊歩道に整備され、散歩客が絶えない。

 高校卒業後八年間引きこもった私の体は、いざ外に出られるようになった時には、すっかりと弱っていた。体力をつけるために毎朝、その牧場跡に散歩に出かけた。
 丁度春になってゆく頃だった。うっすらと残った雪は、底知れぬ力を見せつける陽光に、とぽとぽ解けてゆく。
 草たちの勢いは日を追うごとに増してゆく。かすかすに枯れた去年の葉の下から、新芽が威勢よく主役に躍り出る。ハコベ、イヌフグリ、ホトケノザ、ヨモギ、スズナ、タンポポ。
 何という逞しさ!私も雪を割れる。歌いだしたい気分だった。

 私は一年間牧場跡と親しくした。
翌年、アルバイトを始め、散歩の習慣は終わった。

 あれから十七年が過ぎ去った。いつの間にか牧場跡からすっかり足が遠のいている。
 だが、春になると、あの年に見た下萌えの光景が、土の匂いと共よみがえってくるのだ。

 
(了)

牧場跡の春

牧場跡の春

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-12-01

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