累卵之夢

累卵之夢

大声で泣いてみたい

声を出し 
泣いて叫んでみたい

苦悩を抱き 

選択してゆく

進んでゆく

どこかで重ね
何も変わらないのに
言い訳を探すために
ずっと逃げている
ずっと人を夢見ている

『言い訳。』より

確立された詩

確立された詩

夕空はコントラストを(うしな)
()けた
黄昏(たそがれ)(うつ)り変わる

塗色(としょく)されぬ空
確立(かくりつ)なき心象(しんしょう)風景(ふうけい)
先にしるしはなく
夜闇(やあん)(きざ)座標(ざひょう)もない
何処(どこ)にあるのかわからない

何処であるのかわからない


吐瀉(としゃ)された記憶(きおく)
静寂(せいじゃく)破綻(はたん)
少しずつ欠けていく

(ゆる)やかに落ちていく

歩むごと(こぼ)れていく

空蝉(うつせみ)境界線(きょうかいせん)
倒錯(とうさく)した手影の()
(へび)のようにのばされる
光に(うつ)しだされた
かみの前で
(から)(おか)
(たが)いを()らし

際限(さいげん)なく(つな)がり

(ぬく)もる闇に満たされ

やがて
(おの)々は消息(しょうそく)()

各々が(すべ)(わす)れる



天には(とど)かず
空とも向きあえず
顔を(そむ)け

朝が夜にならずとも
ひとり
だだひとり
回り続けるだろう

あちらこちら

あちらこちら

夢なかの街をこちらに
持ちこみたいのならば
このまま続けること
だけを考えればよい
つまり
そうか
そう
なのだ


ゆらゆらゆらゆらゆら
ゆらゆり籠にゆらゆら
ゆらゆらゆらゆらゆら
ゆらゆらゆらゆらゆら
ゆらゆらゆり籠にゆら
ゆらゆらゆらゆらゆら
ゆらゆらゆらゆらゆら
ゆらゆり籠にゆらゆら
ゆらゆらゆらゆらゆら
      
                          
残片(ざんぺん)を加工し{ }↓   
→{   }下に積み    
前提(ぜんてい)とし{   }←
{  }↓意識(いしき)(かこ)
矛盾(むじゅん)としよう←{ }
偶像(ぐうぞう)解剖(かいぼう)したが()
止められない
  追求(ついきゅう)  諦念(ていねん)
目的(もくてき){    }具有(ぐゆう)
  用途(ようと)  物質(ぶっしつ)
変容(へんよう)する欲望(よくぼう)に答えを
持つなどできやしない
計算せよ!計算せよ!
         

わからない
なにもわからない!
なにもわからない!
そう(さけ)
どこに?
つまり
そうか
そう
なのだ


さかさのさかさのさか
さのさかなの魚のさか
さのさかさのさかさの
さかさの魚のさかさの
さかさのさかさのさか
さのさかさのさかなの
さかさのさかさのさか
さのさかさのさかさの
さかさの魚のさかなの


運命(うんめい)(まわ)回転木馬(かいてんもくば)
わたしは
(すく)われるだろうか
いつしかこちらを
いや
見境(みさかい)なく
すべてを曖昧(あいまい)
連鎖(れんさ)と呼び
呼ばれた
わたしを夢なかに
とどまらせてくれる
手段(しゅだん)とした
(たましい)(きず)をつけてくれる
方法は(すく)いである
そちらに
生きるゆえに
(おも)たくなった心臓(しんぞう)
不可逆(ふかぎゃく)的に(かたむ)
もはや観測機(かんそくき)はない


こちら

続ける

ですか

あちら

終える

ですか

        
亡者(もうじゃ)

等式(とうしき)

あります

注連縄

注連縄

もうすこしであなたと交代(こうたい)できます。そうしたら(つか)れたと言って(ねむ)りましょう。その時まではおとなしく気取(けど)られないようにします。苦しくても(なわ)でぎゅっとしぼりだせば、ふわふわくらくらした心地(ここち)現世(うつしよ)()けたような快感(かいかん)経験(けいけん)できます。強くしめてもらう感覚(かんかく)は、ほんとうに特別です。なにせ()(へだ)てられた常世(とこよ)(ただよ)えるわけですから。なんだかもうどうでもよくて、頭の中に(かざ)りたいだけなのです。あらゆる実現(じつげん)、あらゆる破壊(はかい)はその日、わたしだけの世界の変化で、それはきっと星に手が(とど)くという瞬間(しゅんかん)(いの)りはあなたにではなく、静寂(せいじゃく)(とど)くという意味(いみ)で、わからなくなったもろもろすべてを暗闇(くらやみ)()かす行為(こうい)なのです。なぜなら目を閉じると光はわたしのそばにあり、でもあまりに冷たく(こご)えてしまいそうだから、できる(かぎ)り遠くに逃げようと急いだのですけれど、それほど早くはないから、鈍足(どんそく)だから追いつかれて、(つつ)みこまれて、寒くて、とても寒くて、(かた)をふるわせました。だから時間は(きら)いです。止まればいいのでしょうけど、そんな都合(つごう)のいい道理(どうり)はないと彼らに(おこ)られたので、いっそわたしがなくなってしまえば問題(もんだい)万事(ばんじ)解決(かいけつ)するでしょうと、天まで続く(こけ)むした(いし)階段(かいだん)をのぼりました。あたりは(きり)(おお)われ、水を(ふく)んだ(みどり)(にお)いとひんやりとした空気、下界(げかい)を見下ろすとあれだけ(さわ)いでいた群衆(ぐんしゅう)はきれいな、それは見事(みごと)なまるい(えん)(えが)いてぐるぐるといつまでも回っているので、わたしはお(なか)(かか)えて大笑いして()きました。(はね)()えた吐瀉(としゃ)(ぶつ)は「かごめかごめ(かご)の中の鳥はいついつ()やる」と、言いのこして飛び()りました。(うし)ろに正面(しょうめん)はないので()(かえ)ることもできずに前へ前へ行くしかなかったのですから、どうしようもありません。やがて血のように赤い大きな大きな門が見えてきて、カッチコッチという音もついに聞こえなくなり、ようやく天頂(てんちょう)()いたのだと思えばほっとして頬杖(ほおづえ)ついて(こし)をおろしてしまいました。そうしたらなんだかうとうとしてきました。どうかだれもなにも知らないままでいて()しいのです。すべて次の世界に()()しますから。さて、もうすこし待ったら出発しましょう。わたしですら受け入れてくれる、温かい闇へ向けて。

予言的6行詩

予言的6行詩

円環(えんかん)文字(もじ)(れつ)誇大(こだい)妄想(もうそう)
さらされた真偽(しんぎ)分類(ぶんるい)
どうか一緒(いっしょ)()らばる書物(しょもつ)(ひろ)(あつ)めてほしい。
わたしを腐乱(ふらん)の地に()()否定(ひてい)せよ。
(ちが)う、間違(まちが)えているのだと。
打ちのめされ、(ぞう)虚言(きょげん)()安堵(あんど)する。


不正を働く天秤(てんびん)がおりてきた。
さあ告白しよう。わたしとは自覚(じかく)(てき)多次(たじ)創作(そうさく)だ。
しかし赤色(せきしょく)救世主(きゅうせいしゅ)(つく)れなかった。
こぼれた黒インクは(つくえ)に広がる。
海は地球平面説の証拠(しょうこ)だと魔女(まじょ)(さけ)ぶ。
太古(たいこ)の昔、この世界を食べたのは(ぞう)


だれでもいいのに
だれもいないのに
だれかいないのに
だれもこたえない
ねえどこにいるの
(あり)たち。


時を誤魔化(ごまか)した道化師(どうけし)(かる)々しい(うそ)(いつわ)りよ。
庇護(ひご)(もと)めカタコンベに(のが)れた。
彼らは()いあがってくる。
足先から(ひざ)(はら)乳房(ちぶさ)から首筋(くびすじ)をなぞり
口を淫猥(いんわい)()眼球(がんきゅう)(とお)ってゆく。
なすがままに侵食(しんしょく)されよう。


抵抗(ていこう)せず、(ほこ)らかな石膏(せっこう)(ぞう)(くず)れた。
(むくろ)はかたかたと笑う。
欺瞞(ぎまん)をまとめ審判(しんぱん)の日をむかえる。
追及(ついきゅう)弁護(べんご)審理(しんり)証明(しょうめい)反証(はんしょう)結審(けっしん)遡及(そきゅう)
自己(じこ)完結(かんけつ)できない()いどれ(たち)は死を歌い(くる)う。
ついにガベルは(たた)かれる。判決(はんけつ)の時。


だれも信じないし
信じてもいないと
いないのはだれか
だれとはわたしか
おまえはひとりだ
(あり)たち。

増減する断片的で整合性のない物々

増減する断片的で整合性のない物々

  明確(めいかく)に音の()った世界
  ——————————
名前も知らない音楽を()いていた
ひとりでいる静寂(せいじゃく)()えきれない
無機物(むきぶつ)(ただよ)う魚にもうまくなれず
微妙(びみょう)均衡(きんこう)だった▽かつての日々
(ゆる)されず(ひれ)は海の底へ消えてゆく
どちらかあるいはどれかもしくは
今この時よりしっくりくる雑音(ざつおん)
(えら)ぶだけなので(おも)ってはいまいと
そう言い聞かせ△つまり海馬(かいば)とは
わたしの波であると自戒(じかい)をこめて
言い(わけ)砂浜(すなはま)()しておいただけ


  欠けた時系列(じけいれつ)情報網(じょうほうもう)
  ——————————
なぜ(きみ)が飛びたかったのかわかる
今なら凸今なら凹今なら凸今なら
ここまで落ちていなかったわたし
いつか(こわ)れることは決まっていた
すべて何もかもどうしようもない
どうしていつも(おく)れるのだろうか
どうして()()わないのだろうか
何一つこたえられなかった何一つ
(つばさ)片割(かたわ)れなんてどこか知らない
(ひま)つぶしの後にふと(おとず)れる罪悪(ざいあく)(かん)
空虚(うつろ)気持(きも)ちでぱたぱたはためく


  (つぐな)いのない架空(かくう)の手紙
  ——————————
こうなるのは最初(さいしょ)からわかってた
右目でしか泣けないわたしを(いと)
空に夢を書くという苦しみの甘受(かんじゅ)
課題(かだい)もわからないままに提出(ていしゅつ)した
わたしというあなたのアナロジー
()けられたシンパシーは崩落(ほうらく)する
(むな)()によって(にぎ)られた(ふで)は進み
(のが)れられない終末(しゅうまつ)によろけ向かう
手をとめ溜息(ためいき)()(たましい)は出てゆく
紙と向き合い()れきったインク(あと)
雲に(かく)れる光には届かないだろう


  妄想(もうそう)という言葉の魔法(まほう)
  ——————————
期待(きたい)紺珠(かんじゅ)をつかんだはずなのに
藍色(あいいろ)が好きな理由(りゆう)を思い出せない
苦しい時にも歌える歌詞(かし)のない歌
()れてしまった言語(げんご)韻律(いんりつ)波長(はちょう)
歌えないわたしの心という不完全
理想主義者(アルケミスト)は今日も金を昇華(しょうか)する
笑えもしないのに笑顔(えがお)(つくろ)秘術(ひじゅつ)
代償(だいしょう)を忘れるなけっして忘れるな
夢見る幼子(おさなご)(こば)み太陽を(こば)むのだ
上手(うま)(とな)えられない忘失(ぼうしつ)した(のろ)
それはきっとわたしにかけられた


  中途半端(ちゅうとはんぱ)嘔吐(おうと)(ぶつ)(うろ)
  ——————————
見つめないと言い()見栄(みえ)(まと)
自意識(じいしき)欠落(けつらく)予兆(よちょう)のない戯言(たわごと)
わたしは夜夜(よよ)(おど)らされているのだ
(いき)(ひそ)めて()()わろうと懸命(けんめい)
かの朝をむかえる焦燥(しょうそう)を感じつつ
やがて何もかも執着(しゅうちゃく)は消えてゆき
いつか言葉も(えら)べなくなるのだと
大地にぽっかりと()いた穴を(そむ)
あれはわたしの()()した(うそ)かも
早く早く(やみ)()ける舞台(ぶたい)幕引(まくひ)
(だま)され(かがや)く白い月の前でダンスを


  停止(ていし)する巨大(きょだい)建造物(けんぞうぶつ)
  ——————————
建前(たてまえ)(かく)された退廃(たいはい)勃興(ぼっこう)没落(ぼつらく)
どこへも行けない不可能(ふかのう)巡礼(じゅんれい)
不変(ふへん)(のぞ)めない石碑群(せきひぐん)を見上げる
ぬぐわれた(なつ)かしい感情(かんじょう)への嫌悪(けんお)
存在(そんざい)しえない聖地(せいち)への(あこが)れと嫉妬(しっと)
(かこ)まれた墓石群(ぼせきぐん)(おび)(ふる)えながら
反抗(はんこう)ゆえ(かな)わぬ(ねが)いそして(いの)りと
(なが)途切(とぎ)れない死する(たましい)への詠唱(えいしょう)
そんな都市(とし)はとうにかわっていて
最初(さいしょ)にわかっていてかわっていて
わかっていてかわるけどあんなに


  自動又連鎖的反芻思考(じどうまたれんさてきはんすうしこう)
  ——————————
今はもう思い返せない(はげ)しい(うら)
曖昧(あいまい)思慕(しぼ)をひとつひとつ指差(ゆびさ)
(うそ)つき(うそ)つき(うそ)つきと言って回る
痛みのない悲涙(ひるい)をもとめ顔を(おお)
あなたにとって愛情(あいじょう)綺麗(きれい)なのか
あなたにとって愛情(あいじょう)真実(しんじつ)なのか
ただ理由を忘れていくだけの毎日(まいにち)
わたしはどうしようもない愚者(ぐしゃ)
すこしの(なぐさ)めにもならないほどの
わずかな(やさ)しさを(むね)(いだ)彷徨(さまよ)
(おも)ってはいけなかったのか忘れる


  墜落(ついらく)した星の記憶装置(きおくそうち)
  ——————————
昨日(きのう)のどこかに劣等感(れっとうかん)を感じる

明日(あす)のどこかに劣等感(れっとうかん)を感じる
だから絶望(ぜつぼう)今日(きょう)に身をやつす
わたしは幸せから(かく)れる影法師(かげぼうし)
居場所(いばしょ)(うしな)(ねむ)りつく人の心よ
あの夜空に()かぶ6等星に(ねが)

わがままでひとりよがりな物語
差しこむ光で目覚(めざ)めることなく
いつか消えるとわかっていても

終わりのない子守唄(こもりうた)を耳もとで
(しず)かに休ませてくれますように


消息を知りたかった もういない誰か

消息を知りたかった もういない誰か

 そのような気もするのは、たぶんもう忘れてしまっているから。
 えぐり()(いた)みがただ唯一(ゆいいつ)(すく)いで、眼前(がんぜん)人形(にんぎょう)無意味(むいみ)であると知ってしまった。でも果たして、ほんとうにわかっていたのだろうか。忘却(ぼうきゃく)知覚(ちかく)できないわたしは何に対し安らぎを感じ、求めればいいのだろう。
 いいえ、それすら(むな)しいのかもしれない。
 だって、わたしはあなたを探した——もういないのに。
 大気(たいき)はわたしのすべてを(のが)さず抱擁(ほうよう)し、風は劣化(れっか)するわたしの表層(ひょうそう)をさらさらと砂のように(くず)し、天へとさらう。だからこの世に()みつき、(のこ)されたいっさいの感覚(かんかく)過去(かこ)(のこ)し、記憶(きおく)収束(しゅうそく)始点(してん)終点(しゅうてん)を探しに出かけた。


 はじめは山とつまれた夢。
 人類(じんるい)は昔から眠るだけ寝て、起きる前に夢を()てる。それらは(だれ)にも片付(かたづ)けられず、ただ()もってゆく。
 わたしが夜、山頂(さんちょう)()ていないのに目を()ますと、しんしんと雪がふっていた。(はだ)()れても寒くはない粉雪(こなゆき)だった。なぜならそれらは音であり、言葉であり、ビジョンだったから。
 ()(ゆめ)悪夢(あくむ)もわけへだてなく、融雪(ゆうせつ)という自然の摂理(せつり)を知らない白雪は(はだか)のわたしにまとわりつき、仕立物屋の(さる)()きながらわたしを採寸(さいすん)する。夢の印象(いんしょう)を人の体にあわせようと……ううん、消えてしまいたいから。
 なくなりたくてもなくなれない(むくろ)と化した夢たちは破壊(はかい)されようと意識(いしき)を求め、(まじ)わろうとする。
 仕立物屋の(さる)(はかな)さを(うしな)った彼らを(あわ)れに思い、せめてもの(すく)いとして、まとわせる意味をあたえようとしたのだろう。そうして山に浸透(しんとう)する雨水は川となり、海にそそがれ、やがて雲にあげられるように、循環(じゅんかん)をもとめ彷徨(ほうこう)せんと。
 わたしは彼らを(はな)で深く()いこむ。
 うっすら(もも)甘酸(あまず)っぱい(かお)り。
 もしかすると彼らは海底(かいてい)にふりそそぐマリンスノーなのかもしれない。人々の無意識(むいしき)死骸(しがい)排泄物(はいせつぶつ)で、分解(ぶんかい)されようと(ただよ)っている。
 わたしは彼らを(した)にのせ、口に()れる。
 うっすら柘榴(ざくろ)甘酸(あまず)っぱい味。
 やがてわたしは暗闇(くらやみ)をほのかに()らす雪山に、ゆっくりと(しず)む……。


 はじめは()らばった浜辺(はまべ)
 おぼれたのかしら、たくさんの珊瑚(さんご)吐瀉(としゃ)した。
 さざ(なみ)(あら)われる長い(かみ)()れた雪のように白いリンネルのワンピース、そしてスナガニと目をあわせるわたし。
 彼らの()けた小さな巣穴(すあな)(ゆび)()れ、鼓動(こどう)を感じる。スナガニはふしぎそうにわたしの手にのり、巣穴(すあな)にむかって(うで)(つた)い、行ったり来たりして(まよ)う。
 そうか、わたしの(うえ)臍帯(さいたい)、つまり今、三つの(つな)で海とつながっているのだ。
 海はなぜお母さんなのだろう。たくさんのスナガニを()んだ時、彼女は苦しんだのだろうか。
 すると潮汐(ちょうせき)がわたしの体をたぐり、なすがまま(ころ)がるように波にもまれ、砂と()ざりあう。
 たくさんの栄養(えいよう)をふくんだ水泡(みなわ)、ふくらみはじける七色の()ぶく、歌い朗誦(ろうしょう)する海。()りそそぐ光のカーテンが波長(はちょう)によらない音をきらきら(かがや)かせ、やがて深海(しんかい)()け、息吹(いぶき)は波を起こし、遠く浜辺(はまべ)に打ち()せ、()らばる言葉の(みなもと)に耳をかたむける。
 これは誕生(たんじょう)(うた)。そして太陽と月が波を引く時、ほとばしる血潮(ちしお)(うた)う。
 (いき)のできない場所から()まれただなんて、お母さんは(うそ)つきだ。()きだされた罪深いわたしはいつしか切り(はな)され、ひとりで起きあがれない無力(むりょく)な赤子となった。
 浜辺(はまべ)のスナガニは心配そうに(ちか)づくと、砂団子(すなだんご)をわたしの口に()れた。
 ねえ、わたしおぼれたのかしら、たくさんの珊瑚(さんご)吐瀉(としゃ)したの。


 はじめは寂寥(せきりょう)とした沼沢地(しょうたくち)
 しがらむ水草、(どろ)だらけのワンピース姿(すがた)のわたしは名前の知らない母の歌を(うた)う。ベッドでうとうとする子どもの耳元で聞かれる古い子守唄(こもりうた)、ゆっくりと母音(ぼいん)の多いやわらかな声を(はっ)し、青と緑に(おお)われた湿地(しっち)をわけもなく歩く。
 しばらくして老人の(こし)のように折れ曲がった白い枯木(こぼく)にすわる。
 夜の(とばり)がおりて、周囲(しゅうい)()(むらさき)とチャコールへ変貌(へんぼう)してゆく。
 枯木(こぼく)(はし)っこには夜と同化(どうか)した(からす)がこちらをじっと(にら)みつけていた。わたしの目玉をつつき、やわらかなお(しり)の肉を食べようと(ねら)っているのかしら。(のこ)された(ほね)()の一部にでもなるの?
 わたしは目を(ほそ)め、手を(むね)に、(くちびる)は名前の知らない子守唄(こもりうた)を口ずさむ。
 くるぶしほどまで()かった底なしの水面(みなも)(うつ)る、知らないわたしの青ざめた顔。枯木(こぼく)から飛びおりればきっとひとつになれるだろうけど、まだ子守唄(こもりうた)を歌い()えていないから、ああ、もうちょっと()っていて!
 しびれを切らした青ざめた手は(つい)の道へ案内(あんない)しようと水からぬらり出てきて、わたしの足首をむんずとつかむ。()えた(からす)獲物(えもの)を取られまいかと興奮(こうふん)しながらこちらにトントン近づく。それでもわたしの(くちびる)はかまわず知らない歌を(うた)う。


 わたしは夢見る時、あなたを忘れる。
 わたしは()みだす時、あなたを忘れる。
 わたしは愛する時、あなたを忘れる。
 すべて忘れ(こわ)してしまった、いくつもの感情(かんじょう)であなたを形作(かたちづく)るから。
 音にして言葉にしたら、あとは()てにいくだけ。
 お(ねが)い、聞かないで。
 これは忘れてしまったおとぎ(ばな)し。
 書いたそばから忘れてゆく、むかしむかしのお(はな)し。
 はじめは————。

ときのま

ときのま

——7:01A.M.
 でかける時間。
 どこに? 知らない。
 むりだ、うごけない。
 数日前、有料動画配信(ゆうりょうどうがはいしん)のお(ため)期間(きかん)を始めたのに、ぜんぜん引きとめてくれなかった。だけど、なにもかもいいんだ。もういい。あのぉスミマセン、そこで見おろす神さま、人生のお(ため)期間(きかん)はもういいんで、すこしのお金と終わらせるエネルギーをくれませんか。まだお酒も飲んじゃダメな(とし)だけれど、時間ならもうじゅうぶん使いつくしたんで。
こうして脳内時間(のうないじかん)だけはだらだらと()ぎる。
 わたしを呼ぶ瑞香(※※※)ちゃんの声が聞こえる。学校、むかえにきたのかな、(ことわ)らないと。
 地球外生命体(ちきゅうがいせいめいたい)の友人と交信(こうしん)するため、みだれたベッドの宇宙(うちゅう)消息(しょうそく)()つわたしの小型TMA(モノリス)を探す。昨夜(さくや)、あおむけでぼんやり(なが)めていた小型モノリスは、地球侵略(ちきゅうしんりゃく)をたくらむ宇宙人の睡魔(すいま)(おそ)われ、どこかの星に()っことしたみたい。でも、お布団(ふとん)にのまれてどこかにあるはず。わたしの頭を(ささ)えた月の(うら)か……ない。どこにもない。
「うごけない」といいながらもベッドで(いき)をあげてダンスするわたし。そしてあきらめ、直接(ちょくせつ)会えばいいやと横着(おうちゃく)な考えに移行(いこう)するわたし。
 いも虫のようにモゾモゾ()い出る。(ゆか)をモゾモゾ、モゾモゾ。
 すると瑞香(※※※)ちゃんはわたしを(ゆび)でつまんで持ちあげ、手のひらにのせて、じっと見つめる。彼女はゲジゲジの虫とか平気(へいき)みたい。
「おはよう」と、瑞香(※※※)ちゃんは言う。
 いも虫がしゃべれないことに気づいたわたしは、サナギとなり妖精(ようせい)羽化(うか)した。
妖精(ようせい)変態(メタモルフォーゼ)しないのよ」
「じゃあニンフね」と、わたしはちょっと()ずかしそうにこたえた。
 瑞香(※※※)ちゃんは笑顔(えがお)でうやうやしく会釈(えしゃく)し、なりたて新米(しんまい)ニンフの手をつかみ、カビ(くさ)湿気(しけ)たコンクリート階段(かいだん)(かる)々と()けおりる。
 古い浴室(よくしつ)のテカテカした水色タイルの地下鉄駅に出て無人改札(むじんかいさつ)をさっと()け、発車(はっしゃ)ベルの()(ひび)くホームに停車(ていしゃ)している黄色い電車へ飛び乗ると、待っていましたとばかりに電車は動きだす。だれもいない車内にイスはなく、がらんとして広く、整然(せいぜん)とならんだ()(かわ)だけがリズムよく()れ、「おいで、おいで」とわたしたちを(さそ)う。
「気をつけて。あの()(かわ)食虫植物(しょくちゅうしょくぶつ)よ。手をかけたら取れなくなる」
 瑞香(※※※)ちゃんはそう言ってニンフの(かた)をぎゅっとよせ、()(かわ)()けるよう壁際(まどぎわ)に立つ。彼女の首筋(くびすじ)から(にお)う、沈丁花(じんちょうげ)のうっとりするような甘い香り。
 (まど)の外は暗闇(くらやみ)蛍光色(けいこうしょく)閃光(せんこう)が前から後ろへ()のように流れている。
「こうして()をたくさん()るのは、みんな狩りをしなければ生きていけないからよ」
 先住民(せんじゅうみん)は、それぞれ地下鉄各駅の(あいだ)縄張(なわば)りに、(かく)れて生活しているらしい。だけど最近(さいきん)開拓民(かいたくみん)がやたら街の地下に穴をあけるから少数になってきているみたいだと瑞香(※※※)ちゃんはおしえてくれた。
 考えてもみると車内は(あか)るいわけだし、地下を()らす(あか)りは必要ない。車窓(しゃそう)だっていらない。駅はどこも同じで電光掲示板(でんこうけいじばん)や車内アナウンスがつぎの駅をつたえれば、地下先住民は人知れず(おだ)やかな日々を送れるのに。
「そうやってすべてを(かべ)(かこ)い、()を食べた人間は(ひら)かれた目を(そむ)けるのね」瑞香(※※※)ちゃんは(まど)にうつるニンフをまっすぐ見て言う。
 ニンフは顔を()け、(かく)れるように彼女の首に(はな)をよせる。
瑞香(※※※)ちゃん、なんの香水(こうすい)つけてるの? 花のいいにおい」

 定期券(ていきけん)はとっくに切れていて、ジョバンニのようにどこまでも行ける効力(こうりょく)なんてなかった。停車前(ていしゃまえ)偶然(ぐうぜん)()ちてボロボロになったから、たまたま車窓(しゃそう)から水がたくさん流れ、成長(せいちょう)した()(かわ)つた(・・)のように(から)まり、電車(でんしゃ)という意味(いみ)をうしなったから改札口(かいさつぐち)(とお)らずにすんだ。
 わたしたちはつたに(おお)われた西洋風(せいようふう)東屋(あずまや)でアップルティーを楽しんでいた。
「ずっと遠くまで広がる、きれいなコスモス」と、瑞香(※※※)ちゃんはいたずらっぽく言う。
「わたしたちだけの秘密(ひみつ)(にわ)ね」満足(まんぞく)げなニンフはティーカップに口をつける。「ここが宇宙(コスモス)秋桜(コスモス)なのか、だれにもわからないもの」
——そして春か秋かも。——ふたりの思いは(つう)じあい、くすくす笑う。
「わたしたち、転生(てんせい)したのかな」ニンフは言う。
輪廻(りんね)、信じているの?」瑞香(※※※)ちゃんは聞く。
「ううん。わたしはわたしだけ」
「そっか……じゃあ不可知論者(ふかちろんじゃ)ね」
「わたしだって神さまにお(ねが)いくらいする。すこしのお金と()わらせるエネルギーをくれませんかって」
「でも死んだ人は神さまにお(ねが)いをしないわ。沈黙(ちんもく)の国へ()るためにお(かね)もいらない」
「じゃあなぜ(なや)む人に光を、苦しむ者に命をあたえたの?」すこし不満(ふまん)げなニンフ。
「わたしにプレアデスの(くさり)()けない」と、瑞香(※※※)ちゃんはおだやかにつぶやく。「オリオンの(ひも)も」
「それなら瑞香(※※※)ちゃんとどこまでも一緒(いっしょ)に行く! 沈黙(ちんもく)の国だって!」
「見て。はじまる」瑞香(※※※)ちゃんはすっくと立ちあがり、目を(かがや)かせ、前方を(ゆび)さす。
 宝石のような星々はいっせいに流れ、金色の花びらは()りぢりに()っていく。
 ああ、ふたりだけのコスモス、みんな、みんな、(かえ)ってしまう。
 はじまりの時を(おそ)れるニンフはあわてて瑞香(※※※)ちゃんの手をとろうと(うで)をのばす。
 でもすでにいなかった。()()わなかった。だから、だから、わたしは時間を(にく)んだ。
「ただあなたの(あざな)になれば、それでよかったのに!」
 ニンフはそう(さけ)び、ひとりぼっちで()きじゃくる。
 
 目をひらき、いつもの天井(てんじょう)が見えた。
 すうっと涙がほおをつたう。
 涙の温度は絶対(ぜったい)に言わない。おしえれば、もう会えなくなるから。ほんとうの無機物(むきぶつ)になる前に、後悔(こうかい)できそうなものを探しにゆく。

「もしももうそも、もうじゅうぶんだよ」
 ニンフは(はな)で笑う。
 どこかで時を知らせようとモノリスは(ふる)()っていた。

——7:00A.M.

ゲネ——GENE

ゲネ——GENE

  わたしはこの名を()てたかった
  
きみはその名から()げたかった

  ほどけた紐先(ひもさき)にのびる
  手すりのない二重(にじゅう)螺旋(らせん)階段(かいだん)
  それぞれ()けあがる男女

 (だれ)の目にも投影(とうえい)されない不可視(ふかし)関係(かんけい)(まじ)わらないのにどうして目指(めざ)せるのだろう。どこへ行こうとわたしたちは変わらなかったはず。行くべき場所や帰るべき家はない。しかし右手にしっかりと見えない天への鍵をにぎっている。(うしな)われた楽園できみはわたしたちはひとりなのだと教えてくれた。きみのやわらかな手はわたしの顔にそえられ、耳もとで吐息(といき)に近い声を()く。
 出逢(であ)った時はおたがい、かわいた(なみだ)(すく)う方法すら知らない幼子(おさなご)のような精神(せいしん)でも、やがては目をつむり、(ひたい)を、(ほお)を、(はな)を、(くちびる)を、首を、手を、(たましい)すらも()いあわせ、ドレスにできる関係(かんけい)まで成長(せいちょう)した。つぎはぎだらけのボロ()れを身にまとい、深い森で(ひら)かれるささやかな舞踏会(ぶとうかい)をわたしたちの始まりにしたのは遠い昔の話。幸福(こうふく)は口にする作為(さくい)ではなく、感じあう体験(たいけん)だと確信(かくしん)していたのは(うそ)ではなかった。

  アンティークドレスの(すそ)をつまみ
  逃げるようにして()る女

 鏡映反転(きょうえいはんてん)は見え(かた)なのだという。つまりきみとわたし、(かがみ)(さかい)()けあうことのない、ひとりとひとりとしての実相(じっそう)鏡像(きょうぞう)。いつからか自然(しぜん)に……そう、天井(てんじょう)(えが)かれた雲ひとつない青空のように純粋(じゅんすい)屈託(くったく)なく、わたしたちはふたりでいるのをやめるべきだと思った。ひとりとひとりではなく、ただひとりだけで(あゆ)む必要があるのだと。ふたりの愛にひとつの目的があるとしても。
 そしてきみは今、時間に()い立てられたシンデレラのように上へ上へと急ぎのぼる。()わらない反転(はんてん)からの逃避行(とうひこう)、ミノスの迷宮(めいきゅう)()たして出口はあるのだろうか。きみにとって透明(とうめい)なガラスの(くつ)()けられない運命(うんめい)永遠性(えいえんせい)から切り(はな)された過去(かこ)に落とし、時の使者(ししゃ)に見つからないよう(ねが)っているのだろう。唯一(ゆいいつ)()けなかった魔法(まほう)(くつ)を。あらゆる束縛(そくばく)への(おそ)れ、あるいは深層(しんそう)の夢へ密航(みっこう)()げるためだとでも? それゆえきみはクロッシェ(ぼう)で顔を(かく)す。

  ふたつの階段(かいだん)(むす)び合わせる
  数々の巨大な白い(はり)を見あげる男

 それらはねじれた梯子(はしご)のようにどこまでも続く。すると無数(むすう)写真(しゃしん)がふってきた。印画紙(いんがし)は地上で輪舞(りんぶ)する群衆(ぐんしゅう)天恵(てんけい)また(かて)となり、啓発(けいはつ)を受けた多くのハエが彼らの周囲(しゅうい)を飛びまわる。過ぎ去った日々、気休めほどの影像(えいぞう)をとらえたわたしたちの瞬間(しゅんかん)を人々は()きることなく(むさぼ)り、消化(しょうか)してゆく。
 受容(じゅよう)羨望(せんぼう)嘲笑(ちょうしょう)嫉妬(しっと)嫌悪(けんお)裁定(さいてい)忘却(ぼうきゃく)吐瀉物(としゃぶつ)にハエは(たまご)()みつけ、欠陥(けっかん)ある情報(じょうほう)としてうじ(・・)がわく。ゆえにわたしはこの名が(きら)いだ。きみもその名を(きら)う。わたしたちは禁忌(きんき)共有(きょうゆう)し、自我(じが)()えず(おか)され蹂躙(じゅうりん)された。さあ手を出し、わたしたちの恥部(ちぶ)()らえ、()(つづ)けよ! そして()くがいい。それがお前たちに(ゆる)された自由なのだから。わたしたちは()えず食べられ、食べつくされ、すべてなにもかも()きだされ、ハエがまとわりつく。ああ、もはや残された欺瞞(ぎまん)手放(てばな)せはしない。

  丸い(はり)にそれぞれ()られた
  理解(りかい)できない文字を口にする女

 その四つの文字がわたしには大きな意味(いみ)をもつように思えて、出来心(できごころ)のように反芻(はんすう)せず言葉にしてしまった。わたしが(のぞ)んだからきみは(おう)じた。告白(こくはく)したのはわたしで、きみはそれに(とら)われるであろうと(さと)りつつも、承諾(しょうだく)し、共に(ちか)った。わたしがわたしのためにつむぎ続けるきみとは、そういう女だ。(すみれ)がやがて()れようとも、わたしたちに(おとず)れる凋落(ちょうらく)をまったく(おそ)れずに!
 (つい)の文字は多くの組み合わせで配列(はいれつ)されるように、わたしたちにも多くの(かたち)があるのだと信じていた。()けたものを(おぎな)い、一体(いったい)になれるはずだと。それゆえ透明(とうめい)(みずうみ)(そこ)にある(どろ)をかき()沼地(ぬまち)となっても、()りつける太陽を引きずりおろし、星ひとつない闇夜(やみよ)となっても、わたしたちは破綻(はたん)克服(こくふく)し、複製(ふくせい)のため(はり)(きず)をつける。

  ()わりを()げる時計の音にざわめく群衆(ぐんしゅう)
  女をひたすら()いかける男

 カリヨンのように荘厳(そうごん)合唱(がっしょう)()(ひび)く。恐怖(きょうふ)に取りつかれた人々は助けを求め、地上を()て天へとのびる階段(かいだん)雪崩(なだれ)のごとく()()せる。吐瀉物(としゃぶつ)汚濁(おだく)した(うみ)となり、彼らを飲みこむ。()れた海は階段(かいだん)(はり)にぶつかり、波飛沫(なみしぶき)をあげ破壊(はかい)してゆく。わたしたちの足もとはぐらりとゆれ、きみの(ほそ)い足は階段(かいだん)のふちによろめきむかう。
 カルバリで髑髏(どくろ)()ちろ、()ちてしまえと(くる)ったように(さけ)ぶ。女はちらりとこちらを見て笑い、手で顔を(おお)うと(まよ)わず身を()げた。帽子(ぼうし)飛翔(ひしょう)する白い(はと)となり、わたしは天を強く(あお)ぐ。天使(てんし)()され、それより(おと)るわたしたちに(あた)えられなかった(つばさ)をどうか背中(せなか)に! わたしはきみを()いかけねばならない。きみにたどりつかねばならないのだ! きみはあくまでわたしの名から(のが)れるのだろうが、それでもわたしは(かぎ)(ほお)()げ、きみに()いつく。

  アポトーシスにむかう階段(かいだん)(はり)
  中空(ちゅうくう)()う男女

 はじめの天と地、海なき新しい天と地、構造(こうぞう)(こと)なる世界よ。わたしはダイダロスの(つばさ)で飛ぶ。天井画(てんじょうが)高貴(こうき)な空は()け、階段(かいだん)とそれをつなぐ白い(はり)崩落(ほうらく)させた。地上では死の渦巻(うずま)く闇がすべてを()へと(かえ)す。わたしは(やぶ)れた空にたずねる。きみは虚構(きょこう)へと昇天(しょうてん)していたのかと。そこまでしてわたしの名から(のが)れようと懸命(けんめい)に。すると、たくさんの雨が下からふる(・・・・・)。あたたかな(あま)つぶはわたしに(ちが)うとこたえた。では、わたしたちは複製(ふくせい)のため、幾十億(いくじゅうおく)(たい)もの偶像(ぐうぞう)()みだすために対価(たいか)として、結合(けつごう)における刹那(せつな)快楽(かいらく)苦痛(くつう)(とも)()かちあい、消えてゆくのか。
 雨粒(あまつぶ)(かがや)きはじめる。それは空の()け目から()しこむ栄光(えいこう)反映(はんえい)だった。わたしの(つばさ)(ろう)()けてゆく。そう、傲慢(ごうまん)なイカロスは海に落ちたのだ。わたしはむかってきた青紫(あおむらさき)(くも)へ飛びこみ、かきわけるように(すす)む。役割(やくわり)(まっと)うした(つばさ)、まとわりつく虚飾(きょしょく)、あらゆる記憶(きおく)()()て、なにもなく、なにものでもない姿(すがた)で雨の(みなもと)(もと)(つづ)ける。ようやくわたしはこの名から解放(かいほう)されたのだ。雲をつき()けた先に見えたのは光芒(こうぼう)()らされたきみだけだった。わたしたちはこれからもこの()という舞台(ぶたい)観客(かんきゃく)を前に光をあび、(うた)い、(おど)り、(かた)り、(かさ)なり、(わか)れ、(のが)れ、()いかけ、そして終幕(しゅうまく)まで(えん)(つづ)ける。
 さあ、きみと新しい生命(いのち)を書きこむ稽古(ゲネ)()えよう。

  男は女の手を
  女は男の手を
  ————暗転(あんてん)

かの器を夢む

かの器を夢む

人と仮定(かてい)された(うつわ)
(うしな)い忘れた感情(かんじょう)を見つけよう
不確(ふたし)かな行為(こうい)()(かえ)
(きず)つき ひび()れた(うつわ)
絶望(ぜつぼう)(ふち)からあふれこぼるる(しずく)
(たましい)質量(しつりょう)()らす(なみだ)とし


(うそ)()った(うつつ)砕片(さいへん)
()わらぬ結末(けつまつ)幾百(いくひゃく)ばら(・・)()く

無形(むけい)真実(しんじつ)は
道化(どうけ)の手を取り
その身を(おか)しあう

つながり 関係(かんけい)し ()じり
(いき)ある土塊(ちり)となった
もはや真実(しんじつ)()べぬほど
不純物(ふじゅんぶつ)そのもの
それでも愛されるのだろうか
わたしのはらんだ あの(よく)


表裏(ひょうり)なきテラコッタをのぞき
底に残された命の符号(ふごう)を探す
夢という言葉
朝という言葉
歌という言葉
光という言葉


風立つ草原で(うつわ)に口づけし
(うで)広げ 漆黒(しっこく)(ちょう)()(おど)
(いだ)けると信じていた
青空に笑いかけ
無私(むし)の手をかかげる
あおむけにふわりと(たお)
まぶた閉じ
それでも(すく)いを求め
どこまでも()(しず)む こゝろ
なにもかもわからぬまま
深く 深く 暮夜(ぼや)(いの)ろう


西風は数多(あまた)墓標(ぼひょう)を旅し
ヒヤシンスの香りと
眠る(うつわ)たちのささめきを(とど)けた
大地の(うめ)きに耳をかたむける
伝わらなかった 挨拶(あいさつ)
聞こえなかった 返事(へんじ)
日々とらわれて なぜと
どうか()(はな)してほしい


恩寵(おんちょう)を知らず摧破(さいは)した(うつわ)たちよ
いつかひとつになるのだ
それでも(のこ)るのだろうか
わたしの()んだ あの(つみ)

行路

行路

 (たか)蒼空(そうくう)(あら)たな流線(りゅうせん)を思うままに引く。
 たむける花束(はなたば)を手に(あゆ)んだ道を消す、ただひとりのわたし。
 遠く、(おか)の上には動かすことのできないほど大きな石が見える。おそらく古代(こだい)の人々が神秘(しんぴ)方法(ほうほう)(けず)りだしたのであろう神殿(しんでん)。そこには()てきれず、引き()がせない記憶(きおく)(しず)かに眠っている。

 草原(そうげん)()きおろす冷たい風はわたしの(かげ)(なみ)のように()らす。しかし神殿(しんでん)にむかいならぶイトスギたちの時は止まっていた。わたしはまだ腐敗(ふはい)してゆく時間、生から死を()げる流れの不可逆的(ふかぎゃくてき)()(ごと)(しば)られているのだ。それゆえ(ほほ)(くちびる)にぱちぱちとあたっては消えてゆく光の(つぶ)を感じたり、知らない花の(かお)りが青草(あおくさ)(あま)朝露(あさつゆ)()じりあい、呼吸(こきゅう)するたび鼻腔(びこう)をくすぐり、至福(しふく)恋慕(れんぼ)に近い陶酔(とうすい)を楽しむ無邪気(むじゃき)肉体(にくたい)多少(たしょう)愛着(あいちゃく)(おぼ)えてしまう。すると消したはずの道が(あらわ)れ、神殿(しんでん)(もや)(おお)われ、イトスギは多くの手となり、わたしにむかって()び、(から)みつく。
 わたしはひとつ忘れ、代わりに免罪符(めんざいふ)をひとつ()る。そして彼らはわたしを(ゆる)す。こうしてゆっくりと一歩ずつ、歩いては道を消し、消しては道を歩く。(さだ)められた手順(てじゅん)()むと、やがて(かげ)(なみ)()んだ。

 足元(あしもと)赤瓦(あかがわら)()いた屋根(やね)石造(いしづく)りの家が()っていた。かがんで窓から中をのぞくと部屋(へや)にはドールハウスのようなミニチュア家具(かぐ)がならぶ。一番奥のマントルピースのそばに()りイス、本とマグを乗せた丸いサイドテーブル、(かべ)には古い静物画(せいぶつが)がいくつもかけられ、動物の置物(おきもの)やティーセットを(かざ)(みが)かれたマホガニーの(かざ)(だな)まで整然(せいぜん)配置(はいち)されている。わたしは目を(かがや)かせ、あちらこちらに視線(しせん)(うつ)す。(むね)にときめく暖炉(だんろ)の炎が(とも)りはじめ、食事(しょくじ)準備(じゅんび)をすませ、家族の帰りを待つ面影(おもかげ)(かさ)ねる。食卓机(しょくたくづくえ)にはレースのプレースマット、白磁(はくじ)(さら)銀製(ぎんせい)カトラリー、中央に立つ三灯(さんとう)真鍮(しんちゅう)燭台(しょくだい)質素(しっそ)なテーブルフラワーを()らす。背後(はいご)の道は再び(あらわ)れ、神殿(しんでん)(きり)(かく)れ、イトスギは愛する人の形となり、わたしの首を()めた。
 わたしはまたひとつを忘れ、かわりに免罪符(めんざいふ)をひとつ()る。そして彼はわたしを(ゆる)す。こうしてゆっくりと一歩ずつ、歩いては道を消し、消しては道を歩く。(さだ)められた手順(てじゅん)()んだ時、家は燃えて(はい)となった。

 天蓋(てんがい)つきのベッドでマネキンはひざまずいて(いの)る。今日(きょう)感謝(かんしゃ)明日(あす)の平安の(ねが)いは息吹(いぶき)となり、天へ(ささ)げられた。そして(なみだ)をこぼす。ネグリジェ姿(すがた)のマネキンは(ゆる)しを()うている。過去(かこ)(あやま)ち、内在(ないざい)する(つみ)法則(ほうそく)苦悩(くのう)し、みじめな自分を(すく)ってもらうため、せめて一夜(ひとよ)の眠りをわけ(あた)えてもらおうと。わたしは悲嘆(ひたん)()れ、悔悛(かいしゅん)する敬虔(けいけん)なマネキンを(なぐさ)めるために(ちか)づく。すると良心(りょうしん)(うった)弁明(べんめい)しあい、善悪(ぜんあく)天秤(てんびん)呵責(かしゃく)でかたむき、無性(むしょう)不安(ふあん)(おそ)われる。ベッドの周囲(しゅうい)(やみ)にのまれ、マネキンは顔をあげ、なにかに気づき()(かえ)ると、花束(はなたば)を持つネグリジェ姿(すがた)の少女がふるえていた。マネキンはためらうことなく少女のそばに()り、()きしめ、長い黒髪(くろかみ)耳元(みみもと)からうなじに(やさ)しく()で、キスをする。呼吸(こきゅう)のリズムはだんだんと一致(いっち)し、ほどけていた(たましい)がひとつになるよう(むす)ばれ、安堵(あんど)そして喜悦(きえつ)があなたからわたし、わたしからあなたへと()(めぐ)り、全身(ぜんしん)心地(ここち)よく()たされてゆく。朦朧(もうろう)としたわたしは天蓋(てんがい)つきのベッドで横になろうと足をむける。背後(はいご)の道は再生し、神殿(しんでん)(かす)み、イトスギはわたしの(むね)()めつけた。
 わたしはまたひとつを忘れ、かわりに免罪符(めんざいふ)をひとつ()る。そして彼はわたしを(ゆる)す。こうしてゆっくりと一歩ずつ、歩いては道を消し、消しては道を歩く。(さだ)められた手順(てじゅん)()んだ時、天蓋(てんがい)つきベッドと()ているマネキンは夜に落ちていった。

 くるぶしほどの高さの透明(とうめい)な水に足を入れたわたしを泉は()める。静寂(せいじゃく)(やぶ)り、美しく投影(とうえい)していた神殿(しんでん)(けが)してしまったから。わたしの立たせた水紋(すいもん)はさざなみとなり、水没(すいぼつ)した(まち)(あらそ)いを()こす。泉は(ひざ)の高さに——(ののし)り、(きず)つけあう音が聞こえる——(こし)までくるとカラスが平和(へいわ)()き、(かた)に、そして頭の先まで水に()かると再び(しず)かになった。水底(みずぞこ)青草(あおくさ)がゆらゆらと(こし)をふり、わたしを(さそ)う。人が(のろ)われた地に足をつけ歩き(つづ)けるのはなんと重労働(じゅうろうどう)なのだろう。胎動(たいどう)()こしたあの時から、感覚(かんかく)目覚(かんかく)めたあの時から、旅の準備(じゅんび)をし、やがて、外界(がいかい)でもがきあがいて立ちあがるのだ。
「そうよ……だから」と、青草たちは言う。「楽になりなさい」
 (ちち)(さず)けようと母は揺籃(ようらん)(よこ)たわる赤子(あかご)()()せる。むかしむかし、人は善悪(ぜんあく)を知る前、神の胸元(むなもと)(ねむ)赤子(あかご)だった。(だれ)もいない地上はどこまでも(おだ)やかで、どこまでも(しず)かな()(かご)ように、そこで人は満足(まんぞく)してさえいればよかった。あの時なぜ(すこ)しばかり()()びしたのだろう。子のままでありさえすれば、わたしは今ごろ。しかし禁忌(きんき)(さく)をよじ(のぼ)り、刹那(せつな)の自由を()(もと)め、()きながら、あてのない旅を(はじ)めてしまった。
「そうよ……だから」と、青草たちは言う。「楽になりなさい」
 わたしは力を()き、ふくんでいた(いき)を泉にゆだね、(はい)は水で()たされてゆく。すると消したはずの道は(しめ)され、神殿(しんでん)はゆがみ、イトスギは一本の(ひも)となり、わたしにむかって()び、(へそ)につながろうとした。
 わたしはまたひとつを忘れ、かわりに免罪符(めんざいふ)をひとつ()る。そして彼はわたしを(ゆる)す。こうしてゆっくりと一歩ずつ、歩いては道を消し、消しては道を歩く。(さだ)められた手順(てじゅん)()んだ時、泉は干上(ひあ)がっていた。

 大理石(だいりせき)階段(かいだん)はのぼるごとに(くず)れ、神殿(しんでん)を前にした時、背後(はいご)は光でも(やみ)でもない、(あまね)()となった。わたしは()(ぐち)中央(ちゅうおう)台座(だいざ)花束(はなたば)(そな)える。すると巨大(きょだい)(とびら)は音を立てずに(ひら)き、むこうでは(ゆる)された(たか)蒼空(そうくう)で思うまま流線(りゅうせん)(えが)いていた。
 自由の選択(せんたく)()らぐ、ただひとりのわたし。それでもみずからの意志(いし)(えら)び、()まった道を(ある)(つづ)ける。なにも(のこ)さず、なにも(かな)わないと知っていても。
 孤児(こじ)たちは今日も天に(あらが)い、手を()ばす。
 ゆえに(のこ)りの手順(てじゅん)遅々(ちち)たる(あゆ)みとなるだろう。
 しかしゆける。
 (もど)れない()へ。
 これが最後(さいご)なのだと。
 やがて、(とびら)()となった。

累卵之夢

 累卵之夢【るいらんのむ】は星空文庫さんにてpublic domainとなっている、あさい寝床さん(https://slib.net/a/26216/)の作品集を独自解釈し改変を加えた詩や散文です。
 散りばめられた言葉の観念や反復された語句を掘り起こし、意味を付しては削りを繰り返し、時を逆転させ、作品を構築しました。
 今にも崩落しそうな自己と他者の混在した思考集積また自家撞着、悶え、痛み……。これら「わたし」にとって「夢」であり、「あなた」にとって「儚」である形象は「無」ではないかと思索し、題を『累卵之夢』としました。

改変作品一覧(同順)
『確立されない詩。』,『どちらとどちら。』,『次。』,『どれでもいい。』,『増減する断片的で整合性のない物々。』,『空。』,『時間。』,『遣取。』,『逆説。』,『許。』

表紙絵『累卵之ム』

累卵之夢

それをつかみ、そしてかさねる——。

  • 自由詩
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-11-28

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. 確立された詩
  2. あちらこちら
  3. 注連縄
  4. 予言的6行詩
  5. 増減する断片的で整合性のない物々
  6. 消息を知りたかった もういない誰か
  7. ときのま
  8. ゲネ——GENE
  9. かの器を夢む
  10. 行路