ぶどう農家民話・土郎のはなし
土郎(つちろう)は、ぶどう農家さんの家の茶色の子犬です。
土みたいな色をしているので、土郎といいます。
ぶどう畑に悪さするイノシシを懲らしめようと、農閑期に畑の周りをウロウロしている時に出会いました。
ぶどう農家さんがふと自分の畑に目をやると、丸々太った小型運搬機くらいのイノシシがぶどう樹の根元を掘り返しているではないですか。
怒りに任せて飛び出したぶどう農家さんが次に目撃したのは、イノシシの鼻先のなんでもない土が、突然轟音と共にせり上がる驚きの光景でした。
ぶどう農家さんもビックリしましたが、間近で体験したイノシシの衝撃は計り知れず、跳ね上がると次の瞬間文字通り尻尾を巻いて逃げ出してしまったのです。
取り残されたぶどう農家さん。
落ち着いてからもう一度見つめ直してみると、ぶどう樹の根元には鏡餅くらいの茶色い小山が出来ていました。
もう一度目を擦って見直してみると、濃い茶色の子犬で、それが土郎でした。
助けてくれたお礼にと、土郎を家に連れて帰ったぶどう農家さんですが、さっそく奥さんの反対に合います。
そこで何度も、先ほどの話を繰り返したのです。
土郎はぶどう畑の恩人だと。そして、これからはぶどう畑の守り神になるのだと。
その言葉どおりに、その冬の間、害獣がぶどう農家さんの畑に侵入することはありませんでした。
やがて春が来て草花が目覚め、ぶどう樹も若芽を吹き枝を伸ばして行きました。
ぶどう農家さんも奥さんも樹の世話で大忙し、土郎もこれまでどおり畑の番を請け負ったのですが。
ひとつ問題が発生しました。
土郎の技(わざ)が効かなくなったのです。
土郎は土のような色をした子犬です。土に擬態して、近付いた害獣をいきなり大声とジャンプで驚かすのです。
しかし春になりぶどう畑に雑草が生い茂ると、地表は茶色から緑色に変わり土郎が隠れることが出来なくなってしまったのです。
「ワシがもっと頻繁に草刈りが出来りゃあええんじゃが」
しかしぶどうの世話は非常に手間が掛かります。ぶどう農家さんにこれ以上、草刈りする時間はありません。
役立たずになってしまった土郎。このままでは奥さんに追い出されてしまうかもしれません・・・。
ぶどう農家さんは、自分とぶどう樹と土郎のために、思い切った決断を下しました。
夏の終わりのぶどう畑。ずっしりした数々のぶどう袋がぶら下がり、なんとも甘い香気を漂わせています。
釣られてやってきたのがイノシシです。
以前ここで不可解な怪物に遭遇しましたが、噂では春以降それは出没していないらしい。
待ちに待ったこの季節、いざ狩らん甘いぶどうをと、夜の無人のぶどう畑に飛び込んで目にしたのが。
赤・青・黄、その他たくさんの色がチカチカ瞬きながら時折轟音を放ちつつ、畑の中を右往左往とうごめいている姿でした。
正体不明のそれは、イノシシに気付いたのかこちらに一直線に向かってきます。
一目散に逃げ出すイノシシ。
ここはバケモノぶどう畑だ、もうこんな畑はコリゴリだ。仲間にも教えてやらないと。
それから何年も、ぶどう農家さんのぶどう畑が害獣の被害に遭うことはありませんでした。
もちろんバケモノの正体は、土郎です。
正確には、土郎と、ぶどう農家さんが思い切って購入したロボット草刈機のタッグです。
ロボット草刈機とは24時間、完全自動運転でぶどう畑中を練り歩き草刈りしてくるみかん箱くらいのマシーンです。
土郎はロボット草刈機に乗って、ついでにクリスマスのイルミネーションを体に巻き付けて、遠吠えを上げながら夜中威嚇していたのです。
大手柄の土郎を、もちろんぶどう農家の奥さんが追い出すわけがありません。
でも本当は、土郎が何もできなくても奥さんは追い出すつもりなんかありませんでした。
真面目で働き者で素直な土郎を、奥さんもすぐ大好きになっていたのです。
今でも春から秋にかけて、土郎はロボット草刈機に乗ってぶどう畑を巡回しています。
ロボット草刈機のお陰で、ぶどう農家さんも草刈りをしなくて済むようになりました。そして畑はいつも雑草が少なくキレイです。
ありがとう、ロボット草刈機! 実は高価な買物だったので奥さんは時々渋い顔になりますが、お洒落して得意げに乗りこなす土郎を見ると頬が緩んでしまうのでした。
ぶどう農家民話・土郎のはなし