金平糖と糸

リハビリ的に。
幸せではない感じのお話です。

消去癖はお持ちですか?

俺は鋏で糸を切る仕事をしている。
周りには歪な球体たちが細い糸で吊り下げられていて、それを切るのが俺の仕事だった。
頭ほどの大きさをした球体はパッと見ると浮遊しているように見えるが、細くしっかりとした糸に吊り下げられているだけだ。
俺も糸に吊り下げられていて身動きは取れないが、この仕事にやりがいは感じているさ。
球体は絶え間なく遅い早いにかかわらず常に動き続けていて早いものは基本切らない。切るのはまず動きの遅い近くにいる球体だ。むやみやたらと球体を切ってしまうと問題が起こってしまうので、切るタイミングも重要になってくる。球体はまた自己でゆるやかに発光している。
色は赤黄緑と様々で、光の強さも基本お互いを静かに照らす程度でゆらゆらと揺れているのだが、まれに目が眩むほどの羞明さを放つやつがいる。この明るすぎる個体は、それだけなら多少目を瞑るくらいで済むのだが触れられぬほどの強い熱も放つようになる。この熱がとにかく苦痛で、俺が糸を切って選定をしているということだ。
球体どもは不規則に先の丸いとげを一面にまとっていて、よく見ると色で濁った透明で曇りガラスのようなざらつきがあるから、やつらをまとめて金平糖と呼ぶようにした。
起きては金平糖を眺めて、明るいものがいたら注視して、切る。
正直、糸を切るのは俺の匙加減ではあるが不快だと感じたらすぐ切るようにはしている。
見た目がきれいだからって、身をじりじりと焼かれていたら本末転倒というか嫌だろ。
自分の身を守るためでもあるから、この糸を俺は切っている。
俺も紐につながれ、吊り下げられているから向いている方向を変えることはできても、近づいたり離れたりと移動はできない。登ったり下りたりなんてもってのほか、あり得ることのない動きだ。
でも金平糖を見ているとゆらゆらとフワフワと紐につながれていながらも左右上下に動いているのが俺との差を見せつけられているようで癪に障る気分で眺めている。そう、いくら腹を立てたからと言って闇雲に金平糖を選定してはいけないだろうと自戒の念を以って糸を切っているのだ、俺は。
別に切られた金平糖は落ちるわけでもなくそのままゆらゆらと、どこかへ飛んで行ってしまうのだ。
糸を切ったときは少し寂しさだってあるが、いとにつながれている金平糖を自由にしてやったと寛大な気分になれるので別に問題はない。
ただ、それでも寂しさは消えないからできるだけ糸を切りたくないだけでもあるさ。
毎日毎日、暖かいに収まる光を眺めて、それ以上眩しくならないでくれと願いながらつられている。
健全か不健全かで言ったら不健全であるだろう。やらなきゃいけない仕事を、やりたくないと言っているようなものだから。だからと言って誰に咎められるわけでもないのだが、俺が光に焼かれすぎて死なないために働くのだ。
仕方ないと、まだ大丈夫を繰り返しながら金平糖を選定していく。
誰だって好んで吊られているわけじゃない。
あたりを見渡してみても、金平糖以外の光は存在しない真っ暗な世界で、頭上も眼下も何があるかわからない中で生きているのだ。
選定すべき金平糖に愛着を持つことぐらい許してくれるだろう。
さっき頭上も眼下も確認することができない、とのたまっていたが実は眼下だけは何があるか見ることができたことがある。
金平糖の選定をさぼっていたある時、いつもより多めの金平糖が一気に光ったのでものすごい熱をあたりに吐き散らしながら周囲を照らしていった。
頭上はやはり何もなかったし、あたりもいくつかの金平糖が新たに見えただけだったのだが、眼下だけは様子が違った。
最初は眼下に多くの金平糖があるのだと思っていたのだが、よく見るとぬらりとした黒い表面を持つ鏡のようなものがあり金平糖の光を反射していることに気が付いた。
ちょっと怖くて軽く悲鳴なんか上げてしまったけど、慣れてきてよく見るとそれは水面だってわかったんだ。
俺はショックだったさ。
自分の見えている世界は狭かったんだって。
いや、嘘だ。そんなことでショックは受けない。
本当にショックだったのは、俺が醜い奴だったってことだ。
自分の見た目なんて考えたこともなかった。
ただ、たまたま俺の周りが明るくて俺が下を向いたときに気づいてしまっただけなんだ。
歪で綺麗な金平糖を選定している俺が、こんなに醜いなんて考えたことないし、考えたくもなかったさ。
まあいいさ、どんなに醜くても内面が明るければいいって話だから。
周りの明るい金平糖はそんな俺のことは気にしていないように明るくじりじりと俺を照らしてくる。
しんどくても仕事はこなすさ。
ただそうも言ってられなくなってきた。
俺は俺が本当に全てが醜い奴なんじゃないかって不安になってきたんだ。頭に焼き付いた醜い俺の姿は目の前に存在している金平糖と否が応に比較を強いてくる。
様々な形の、様々な色の、様々な光の金平糖と幾万と見比べろと俺の頭が言ってくる。
お前は姿かたちも醜く、自ら動くこともできず、挙句の果てには光ってすらいない。お前は恒星の周りにいる惑星のなりそこないだと、俺が頭の中で自責を始めるんだ。
それでも時間は流れる。金平糖は変化する。仕事はしなくてはいけない。
大したこともしていないのに疲弊していくのを感じていたのさ。その事実が、まともに生きることのできない事実を見せられているようで、兎に角悪循環な日々を過ごしていた。
ある日、新入りの金平糖がやってきた。
温度はそんな熱くない。
翡翠に少し青が入ったような綺麗な色をした金平糖だった。
こいつは珍しいことに動きは早くないがよく動くやつで、ゆらゆらと眠そうに揺れてから俺の周りをくるくると移動し、ピタッと眠るときの呼吸のように光を鼓動させる。
正直に言うと、気に入っていたのさ。
ただ綺麗なだけじゃなくて、そいつの仕草とか熱くないとか、そういうの含めて全部が気に入っていた。
そいつが来てからは、かなり楽になった。
周りの熱さが気にならなくなった。
全く金平糖を選定することもなくなった。
今までに見たことのない、明るさを見ることができた。
俺は、そいつを気に入っただけで心が豊かになったのさ。
俺は今まで一度も金平糖に触れたことなんてなかった。
熱を持った光を自己で放っているのだから、万が一にでも触れたら大やけどを負ってしまう。
しかし、この時は不思議なことに光の熱を感じなくなっていた。熱を感じないというよりかは、熱く感じないという方が正しいだろう。
ほんのりと暖かい、これもまた幸せを感じる光だった。
だから触れてみたいと思った。
よく懐いてくれているように見える翡翠の金平糖に触れたら、天上の幸いを味わえるのではないかと。
翡翠の金平糖は、いつも通り俺の周りをぐるりと一周した後にピタリと止まって眠るように鼓動し始めた。
静かに、起こさないように触れて引き寄せる。
不思議だ、十分に幸せを穏やかな暖かさをもらったはずなのに、今は生きてきたどの瞬間よりも速く血が巡り、穏やかに呼吸をしている。
永遠にこの時間が続いてほしい。
そう思いながら翡翠の金平糖を、胸の中に抱きかかえた。
自分の体温と混ざり合うように光を放つ翡翠をいとおしいと思った。
幸せだった。
これ以上ないくらいの幸福を味わった。
だから、きっとバランスを取るために最悪なことが起きるのは必然であった。
出来心だった。翡翠の金平糖があまりにも美しかったので、金平糖の角を噛んだ。
なんで噛んだかって、翡翠の金平糖から強い甘い匂いがしていたからだ。
それに幸せすぎてどうかしていたんだろう。
噛んだ角は固く、だけどすぐに折れてしまった。
翡翠の金平糖は一瞬、鼓動のリズムを崩し明かりを落としたが、またすぐにもとに戻った。
ただ、元に戻らなかったことがある。
折れた角から、黒い罅が体の三割を覆ってしまった。
それに俺の触れた箇所が薄黒く煤のようなものがこべりついて取れなくなってしまったのだ。
忘れていた。でもそんなにか。触れただけで汚れるほどに俺は醜かったのか。
そんな自分が情けなく、許せなかった。
なによりも、翡翠の金平糖を傷つけてしまったのだ。
こいつのために俺がしてやれることはもう一つだけだろう。
左手で糸を手繰り、右手の鋏で糸を切ってやった。
切るとしばらくはそこに止まっていたが、ゆらゆらと俺から離れていった。
それからはまた光が熱く、以前よりもヒリヒリと俺を焼いている毎日だ。
鋏は翡翠の金平糖の糸を切った時に、わざと水面へ落としてしまった。だから糸を切ることも叶わず、ただ金平糖が明るくならないように祈ることしか俺にはできなくなってしまった。
翡翠の金平糖が時々現れて、いつものように俺の周りを一周してそばで眠るんだよ。
翡翠の明かりは肌が溶けるような熱さになってきた。
一周する間に俺は翡翠のヒビの入った側面を見て、前よりも直ったような気がすると少し安心する。
だが、どう頑張っても完治はしないだろうその汚れと傷は翡翠が来るたびに見せられてその度に翡翠の光に焼かれそうになる。
周りの金平糖は軒並み明るさを増して、今は常に四方八方から照らされている。俺から動くことはできず、糸を切れず、やれることは光る金平糖を見て綺麗だと思うことだけだ。
俺を吊っている糸を辿って登ろうかと考えたが、鋏で切れるような糸を登れるわけがない。
こんな状況でも慣れてくると、金平糖の明かりが弱まった時に一気に不安になる。
身を焼かれる光が一気に消えると、寒くて仕方ないだろう。
結局のところ俺は、まともに働くこともできずに適度な幸せを手に入れることもできないような出来損ないということがわかった。それだけが残ってしまった。
そろそろ、滅多に来るやつではないが翡翠の金平糖が来るかも知れない。
また俺は溶かされるような熱にあてられて笑うことしかできないだろう。
だからといって焼き死ぬ事はない。
所詮光でしかない。
じゃあこの焼かれるような痛みはなんだ。
頼む、許してくれ。
誰か、俺の糸を切ってくれ

金平糖と糸

離れたくても離れられない幸せはどうすれば良いのでしょうか。

若干支離滅裂になってしまいました。

金平糖と糸

糸を切る仕事をしている俺は、いつだってこの糸を切れたはずだった。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • サスペンス
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-11-27

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