危険なショートショート

これらの作品に比べれば、ゴキブリなんてペットみたいなもん。
人生が嫌になった時に読むことをお勧めします。人生がもっと嫌になること請け合い。

緊急放送

 某公共放送のラジオを聴いていると、突然番組が中断して臨時ニュースが始まったので驚いた。
 はじめは何かのジョークかと思ったが、どの局にダイヤルを合わせても、みな同じことを言っている。
 アナウンサーの口調は真剣で堅苦しく、本物の緊急事態なのだと感じられた。
 それは、こう始まった。


 国民の皆さんへの重大なお知らせです。
 政府は今、緊急に皆さんの協力を必要としています。
 皆さんの中にテレビゲームが得意な方はいらっしゃるでしょうか。
(ここで一呼吸と咳払い)
 日本政府は、

『巨乳ガール 禁断のオフィスラブ イクイク大作戦!』

 というゲームで100万点以上を得点できる方を緊急に求めています。
 心当たりの方は、今すぐ最寄りの警察署へご連絡ください。
 これは国家の存亡がかかった非常事態です。
 詳しい事情は以下のとおりです。

 今から12時間前、あるテロリストグループが人工衛星の制御システムに浸入し、コンピューターウイルスを植えつけました。
 非常に悪質なウイルスで、これが衛星の軌道を勝手に操るため手の打ちようがなく、衛星は今や、まったく制御不能の状態です。
 現在のコースを進めば、人工衛星は6時間後に東京に墜落すると予想されます。
 その場合にどれほど大きな被害が生じるか、想像もつきません。
 衛星の制御を回復するには、テロリストが仕掛けた難問をクリアするしか方法がありません。
 卑怯にもテロリストは、ウイルス内部にテレビゲームのプログラムを仕掛け、このゲームを100万点以上でクリアできれば制御を回復できるように設計したのです。
 テレビゲームの得意な方が、なぜ緊急に必要とされているか、これでおわかりと思います。
 皆さんは

『巨乳ガール 禁断のオフィスラブ イクイク大作戦!』

 をご存知でしょうか。
 典型的なエロゲームの一つで、数年前に発売され、150万本以上の大ヒットを飛ばした有名な作品です。
 ゲームの内容についてここで述べるのははばかられますが、日本政府は、

『巨乳ガール 禁断のオフィスラブ イクイク大作戦!』

 で100万点以上を出せる方を緊急に求めています。
 それが、東京を死のふちから救う唯一の方法なのです。
 大切なことですから、何度も繰り返して申し上げます。

『巨乳ガール 禁断のオフィスラブ イクイク大作戦!』

『巨乳ガール 禁断のオフィスラブ イクイク大作戦!』

『巨乳ガール 禁断のオフィスラブ イクイク大作戦!』

 というゲームが得意な方を、日本政府は緊急に…

山桜

 家の裏山に、作蔵には忘れることのできない木があった。
 山桜なのだが、春になるとピンク色の美しい花を咲かせた。
 まだ元気だった頃の祖父が、作蔵にこう言ったことがある。
「そんなにこの木が好きなのなら、この桜の木はお前にやろう」
 祖父は山歩き、野歩きを好む人物で、よく作蔵をつれ、険しい山道なども散歩したものだ。
 花の季節には、
「おじいちゃん、あの山桜を見に行こう」
 と作蔵から誘うことまであった。
 そんなある日、作蔵がなぜか女物のサイフを身につけていることに、小学校の教師が気づいた。
 まず目についたのは、その金づかいだ。
 あの時代の小学生ならサイフの中身はせいぜい、50円か60円というところだ。
 ある日の学校帰り、食料品店の店先で作蔵が買い食いをしていた。
 それも飴玉を一個とかではなく、菓子パンを2つも3つも購入しているのだ。
 たまたま通りかかった教師は目にとめ、
「珍しいこともあるもんだ」
 と思ったに過ぎないが、それがその翌日も、また翌々日もそうだったのには、いくらノンビリした田舎の教師でも疑問に感じた。
「作蔵」
 店の中に入り、教師は声をかけた。
「お前、そのサイフをどこで手に入れた?」
「これはオラのだよ、先生」
「嘘つけ。盗んできたのと違うか? どうしてお前が女物を使うんだ? おかしいじゃないか」
「サイフも中身も、これは全部オラのだよ」
「こら待て」
 だが、肩を捕まえようと伸びてきた教師の手をすり抜け、作蔵は店から飛び出してしまったのだ。教師はその背中を見送るしかなかった。
 そうでなくても、すでに村は別の問題をかかえていた。本当なら、小学3年生の買い食いに関わる暇などない。
 村一番の金持ちの佐藤という家があり、そこの一人娘、雪子が数日前から行方不明になっていた。
 雪子は高校生で、隣町にある女子高へ、毎日バスに乗って通っていた。それがある日、夕方になっても帰宅しなかったのだ。
「佐藤さんちの雪子の捜索だ」
 ということで、それなりの人数が投入されたが、何の手がかりも見つからない。
「もしかしたら雪子は、自殺を図ったのではないか?」
 と佐藤家の両親は心配していた。進路のことで、前日に親子間でいさかいがあったのだ。
 しかし雪子の父親も、まさか手を上げたわけでもなく、いくら感じやすい性格の娘といっても、自殺の原因たりえるかどうか、判断できる者はいなかった。
「しかし、あの赤いサイフが気になる…」
 と教師はつぶやいた。
 だから作蔵の姿を見失ってすぐ、村の駐在所へと急いだのだ。
 駐在の巡査は、運よくそこにいた。そして教師の疑問に答えてくれた。
 バスの定期券を買いなおすため、あの日、雪子のサイフの中には1000円以上の金が入っていた、というのだ。
 教師はひざを叩いて顔を赤くし、同時に青くもした。
「どうしたね、先生?」
「作蔵だよ。作蔵が雪子の行方を知っているに違いない」
「そりゃまた、どうして?」
「とにかく私と一緒に、作蔵の家まで来てくださらんか。本人の口から聞かんことには、なんとも」
 こうして教師と巡査は、作蔵の家へとやってきた。
 作蔵はいた。玄関から声をかけると、すぐに出てきた。
 教師の顔を見て、うんざりした表情をしたが、その隣に巡査がいるのを見て、少しは緊張した様子だ。
「先生なんだい? またあのサイフのことかい? あれはオラのだよ」
「わかったわかった。お前のサイフということでいいから、ちょっと見せてみろ」
「どうして?」
 教師は頭をひねり、
「この巡査さんが、赤いサイフが好きで、見せてほしいんだと」
「えっ? お巡りさんは女物のサイフがご趣味かね?」
 と作蔵は不服そうな顔をしたが、それでもポケットから取り出して手渡した。
 いかにも女持ち、しかも娘娘した模様と色使いに、教師と巡査は顔を見合わせた。
「作蔵お前、これをどこで手に入れたんだ?」
「それはオラのだよ。返してくれよ」
「どこで手に入れたのか正直に話せば、返してやる」
「そんなのウソでしょう。場所を教えたら、そのサイフだけじゃなく、他のものも全部取り上げるつもりじゃろう?」
『他のもの』という言葉に、教師は正直、引っ掛かりを感じたが、言葉を続けた。
「いやいや、何も取りはせん。サイフ以外の物も、全部お前の物でいい。お前の物でいいから、ちょっとその場所へ連れて行ってくれ」
 なだめたり、すかしたり、やっと作蔵が同意したのは30分後のことだ。
 作蔵が教師と巡査を連れて行った先は、裏山のあの山桜のところだった。
 遠目にはただの樹木としか見えないが、近づくにつれ、教師と巡査は奇妙な気分になり、何度か顔を見合わせた。
 そして、あと数メートルの距離まで来たところで、すべての意味を悟った。
 桜の木そのものには、何の変化もなかった。ただ、1本の縄が枝からぶら下がっている。
 その縄を指さし、作蔵がとうとうと宣言したのは、このときのことだ。
「ほら先生、おまわりさん。そのサイフはオラのものだと分かったろう? この山桜はオラの木だ。オラの木に実ったのだから、みんなオラの持ち物ではないか」
 それが作蔵の言い分だった。

受信メール

 ある日僕のところへ、意外な電子メールが届いた。
 全世界の全人類が、同じ日の同じ時刻に、まったく同じ内容のメールを一斉に受け取ったのだ。
 差出人は奇妙ではあったが、とにかくこう書かれていた。


 親愛なる人類のみなさんへ
 日頃はこの世界に居住していただき、ありがとうございます。
 私のことを、皆さんはご存じないでしょう。
 私は、皆さんが住むこの世界の管理人で、昔から『神』という名で呼ばれてきた者です。
 本日は、とても残念なお知らせがあります。
 今から15分前に息を引き取ったイギリス人ジョン・スミス氏(78歳・ケント州)をもちまして、この世界開設以来の累積死者数が100億人を突破いたしました。
 私は、この100億人すべての死者に対して、
「あなたが生きた人生は幸福なものでしたか? あなたが生きてきた世界は、今後も存続する価値があると思いますか?」
 という質問を行ってきました。
 それに対する回答は『NO』が圧倒的に多く、実に72%をしめました。
(YES:13%   無回答:15%)
 死後に人生を回想して、
「自分の人生とは不愉快なものであった」
 と感じる人がそれほど多いとは、管理者として驚きを禁じえません。
 もちろんこの世界を政治的、経済的に支配しているのはあなたがた人類であり、私は世界をただ創造しただけで、運営には一切タッチしておりません。
 このことから、「この世界は生きるに値しないものである」と人類の多くが思っているという事実が、私の責任に帰さないことは明らかです。
 かねてから私は、
「100億人の死者と対面し、もしもNOという回答のほうが多いのなら、痕跡一つ残さず、この世界はきれいさっぱり削除してしまおう」
 と決心しておりました。
 その気持ちは現在も変わっておりません。
 まことにお気の毒ですが、あと1週間の猶予を持ちまして、私は、あなた方が居住するこの世界を完全に削除いたします。
 これを事前にご連絡するのは、あなた方に対して、管理者として、いささかなりとも親愛の情を感じているがゆえである、とご理解いただければ幸いです。
 では、さようなら。


 言いようのない不安を感じ、他の全人類と共に、僕は空を見上げた。
 よく晴れた雲のない日で、空いっぱいに青い色が広がっている。
 昼過ぎなので太陽はまだ高いが、空に見えているのはそれだけではなかった。
 隕石が目に入ったのだ。
 ジャガイモのようにつぶれた形だが、しっぽを引きずりながら、まるで糸で吊るされているかのように、空の一ヵ所に浮かんでいる。
 地球の大気と摩擦を起こすほど近くではまだないが、地球へむかって、猛烈なスピードで近づいているのだ。
 それほど遠い場所なのに、あれほどはっきり見えるということは、とんでもないサイズの隕石だ。衝突したら、地球など一瞬で消滅するほどの。
 だが人類には、空を見上げてため息をつくこと以外は何もできなかった。
 その後も一週間にわたって、隕石はもちろん、日増しに大きくなっていった。

命の水

 田中オマツという女が警察に逮捕され、裁判にかけられた。
 罪状は殺人、しかもコックとして雇われていた主人一家6人全員を毒殺したのだ。
 使用した毒は強力で、オマツは食事に混ぜて食べさせた。
 殺害現場は、そういう光景は見慣れたはずの捜査官たちでさえ、目を背けたくなるほど凄惨なものだったそうだ。
 裁判が始まり、オマツは罪をすべて認めた。計画的な犯行だったのだ。
 当然のごとく死刑判決が出されたが、動揺した様子もなく、オマツは最後に発言する機会を求めた。
 裁判長は許可を出した。
 証人席に立ち、やせた小柄な女だが、きりりと前を向いたままオマツは口を開いた。
「裁判長様、30年前、私の一家は農家をしておりました。
 わらぶき屋根の家は川のそばにあり、田や畑も広く、雇い人などもいて、人もうらやむ暮らしぶりだったのです。
 でも平和な日々も長くは続きませんでした。すぐ川上に、佐藤さんが工場を建設したのです。
 はじめは小さな工場でしたが、だんだんと大きくなり、黒い煙を吐き出す背の高い煙突が何キロも離れたところから見えるほどにまで成長したのです。
 でも佐藤さんの工場が吐き出したのは煙だけではありません。毒々しい赤い水も川に流して捨てるようになったのです。
 美しかった川はすぐその色に染まり、あれだけたくさんいた魚も、あっという間に姿を消しました。
 その魚をねらって昔はカワセミなども飛んでいたのが、一切姿を見せなくなりました。
 私の家の田や畑は、その川から水を引いていたのです。
 川の毒を受けて、私たちが身体を悪くしないはずがありません。
 家の者は次々に病気になり、雇い人たちもやめていきました。
 家族はみな倒れてしまったのです。健康なままで残ったのは、遠くの女学校へやられていた私一人でした。
 家族の最後の生き残りだった弟の葬式を出したのは20年前のことです。その日、私は誓ったのです。
 川の水が汚れ始めた頃から、もちろん佐藤さんには苦情を入れました。
 汚れた水を流さないようにお願いしたのです。でも佐藤さんは聞いてくれませんでした。
 市や県にもお願いしました。東京の本省へ足を運びもしました。
 だけどもうきっと佐藤さんがワイロを渡していたのでしょう。お役人は誰一人、会ってもくれませんでした。
 そうやって私の家は死に絶え、とうとう私一人が残るだけになりました。
 私は計画を立てました。専門の学校へ通って料理を学び、本職のコックになったのです。
 腕を磨き、それなりに知られる存在になりました。この町でも1、2を争う名前になったと思います。
 そうなると、あの虚栄好きな佐藤さんのことです。ほっておくわけがありません。
 すぐに私は『わしの家で働いてくれないか』と誘いを受けたのです。
 もちろん断るはずがありません。そのために私はコックになったのです。
 佐藤さんの家に雇われ、私は働くようになりました。
 佐藤さんは、私があの死に絶えた家の縁者だとは夢にも思わなかったでしょう。
 私は腕をふるい、半年もたたないうちに、家族全員の食事を日に3度、すべて任されるまでの信頼を得たのです。
 それから私は計画を実行に移しました。結果は皆さんもすでにご存知のはずです。
 ええ、この判決には満足しています。
 自分からしたことですから、意味はよくわかっています。
 でも一つだけ不満が言えるとしたら、私が犯行に用いたとされる毒のことですね。
 検察官さんのお言葉でしたね。
『詳しい成分は不明であるが、まれに見る毒性を持つ恐怖の物質』
 ですって?
 私は毒なんか使ってはいませんよ。
 私はただ、水道の水ではなく、川の水を料理に使っただけです。佐藤さんの工場の前を流れる川から取ってきた水です。
 それが罪になるとおっしゃるなら、私を死刑にでも何でもなさるがいい。
 それが罪だとおっしゃるのなら…」

夏の告発

 祖母が死んだ時、かわいがってくれたから、僕も悲しかった。
 そして葬儀が行われた。
 僕はまだ幼稚園児だったし、あの場で、なぜあんなことをしたのか、自分でもよく覚えていない。
 田舎には、まだ土葬の習慣が残っていた。
 遺体は焼かず、棺に納めて、そのまま土に埋める。
 祖母の棺にフタをする直前、大人たちの目を盗んで、僕はそっと入れたのだ。
 祖母の胸、ちょうど心臓の真上あたりだ。
 今から考えれば、あれはメスだったんだろうね。卵を生んだのだから。
 祖母の死には、ある疑問があった。
 病弱とはいえ、特に体調が悪かったわけでもないのに、ある朝起きると死んでいた。
 すぐに医者が呼ばれたが、その見立てでは、前夜に薬を間違えて、多く服用したことによる中毒死ということだった。
 祖母には持病があり、その薬を一回に1錠服用すべきところを、2錠飲んだらしい。
 この診断には、家中の者が疑問を持った。
 祖母はもう10年以上も同じ薬を飲んでいたのだ。
 それがある日、突然間違えるなんて、ありえるだろうか。
 口には出さなかったが、これは殺人だ、とみんな疑った。
 町子叔母というのがおり、亭主と一緒に商売をしていたが、
「それが、この頃は左前らしい…」
 と噂が流れていた。
 町子叔母の店は本当にやばく、今すぐ資金を調達しないと破産する、という状態だった。
 そこへタイミングよく祖母が死んだ。
 町子叔母にもかなりの遺産が転がり込んだ。
 普段はろくに顔も見せないくせに、死ぬ前日にはなぜか町子叔母が祖母の部屋を訪れた、という事実もあった。
 祖母の薬は、誰でも手の届く場所に保管されていた。
 甘い物が好きな祖母に手渡す饅頭の中にあらかじめ1錠忍ばせておくのは、難しいトリックではない。
 だが疑いは疑いに過ぎない。
 証拠はなく、『死因は薬の誤飲による事故』と警察も結論付けた。
 祖母の葬儀は、そういう中で行われたのだ。
 その後、町子叔母の店は盛り返し、順調に発展し、大きくなった。
 そして7年がたった。
 あの時も暑い夏で、盆が来て、親戚たちが墓地に集った。
 その中には、僕と町子叔母もいた。
 祖母の墓のまわりに集まり、坊さんもきて、読経が始まった。
 七回忌だから大がかりな法要だ。
 真上から照りつける日差しの中に、坊さんの声が響く。
 だがそこへ突然別の声が混じったとき、あんまり驚いて、みんな文字通り飛び上がったのだ。
 セミだった。
 セミの鳴き声。
 でも木の上から聞こえたんじゃない。
 土の中、なんと祖母の墓の下からなんだ。
 暑い中なのに体中の汗が一瞬で引き、青ざめた表情で、全員が顔を見合わせた。
 坊さんでさえ一言も発することができなかった。
 そこへ参列者の一人が大きな叫び声をあげたんだ。
「お母さんが呼んでいる! 私のことを怒っているんだわ」
 叫んだのは町子叔母だった。
 数珠を投げ捨て、町子叔母は墓石に駆け寄った。
 高価な絹の喪服に身を包んだ、いかにも上品そうな婦人だ。
 墓石に飛びかかるなど、最もやりそうもないタイプだ。
 僕たちは呆然とし、体を動かすことさえできなかった。
 ついに叔父たちが動き、取り押さえようとしたが、町子叔母はそれを振り切り、再び墓石にしがみついた。
 火事場の馬鹿力で、あのか細い女が、一人で墓石を引き倒したんだ。
 横倒しになり、石は大きな音を立てた。
 その次には体を投げ出し、町子叔母は地面を掘り返し始めた。
 叔父たちが再び止めようとしたが、町子叔母はこれも振りほどいた。
 その後は、もう誰も止めなかった。
 町子叔母は、それほどものすごい形相だったんだ。
 あんな人間の表情は、見たこともない。
 土が取りのけられ、ついに祖母の棺が姿を見せた。
 町子叔母の指先は血だらけだが、痛みなど感じず、棺のフタを引きはがした。
 しっかりクギ付けされた物だが、7年もたっている。
 べりべりと音がし、フタは簡単にはぎ取られ、棺の中身が白日にさらされた。
 ここまできて、やっと叔父たちも、町子叔母を取り押さえることに成功したんだ。
 すぐに医者が呼ばれ、町子叔母には鎮静剤が与えられた。
 棺のフタが取りのけられた瞬間のことは、僕は今でもはっきりと覚えている。
 棺の中からは黒い塊が何十もいっせいに飛び立ち、バサバサと大きな羽音がして、まるで鳥の群れのようだったが、その一匹一匹がアブラゼミの声を出しているのだ。
 生まれて初めて浴びる太陽の光に戸惑っていたが、墓場のまわりを囲む木々にそれぞれ居場所をすぐに見つけ、セミたちはさらに大きな声で鳴いた。
 だから言ったろう? 僕が祖母の棺に入れたのはメスだったのだ。
 そのメスは棺の中で卵を生み、かえった幼虫は祖母の体から栄養を吸い…
 町子叔母はどうなったかって?
 殺人の時効は15年だからね。7年では不足だ。
 殺人罪が確定して、今でも服役している。

爆弾列車

 ある時、祖父と友人は哲学的な賭けをした。
 祖父いわく、
「人間は本来、性悪で、あさましい存在である」
 他方いわく、
「人間は性善的で、他者を思いやる高貴な存在である」
 性悪であるか性善であるか、その証拠を示したほうが勝ちとなる。
 どういういきさつでこんな話が出たのかは知らないが、酒の席ではあったらしい。
 賭けは直ちに成立し、祖父は知恵をしぼり、前川という男を屋敷に呼びつけた。
 前川は祖父の古くからの部下で、やせてきびきびした体つきをして、頭の回転の速い男だ。
 年齢は四十ぐらいかな。
 祖父は以前からこの男に金をやっては、自分の手足として使っていたんだ。
 祖父は作戦をさずけ、さっそく実行に移させた。
 数日後、大阪府警は一通の脅迫状を受け取った。


『大阪環状線を走る貨物列車を、我々は手中に収めた。
この貨物列車は海軍の弾薬を輸送中のものであり、我々はこれに爆弾を仕掛けた。
この爆弾は、列車を止めようとしたり、少しでもブレーキをかけようとしたりすると爆発する仕かけになっている。
一切、手を触れぬよう警告する』


 あわを食った警察が調べてみると、まったくその通りのことが起こっていた。
 前日の深夜、海軍の弾薬を満載した貨物列車が何者かの手で乗っ取られ、運転手は手足をしばられ、猿ぐつわをされて線路際にほうり出されているのが見つかったのだ。
 運転手の話では、赤信号で停車したときに覆面の男が突然乗り込んできて、銃を突きつけられて、抵抗できなかったそうだ。
 覆面男は、運転手の目の前で手際よくスピードメーターに爆弾を仕かけ、貨物列車を再発車させた。
 貨物列車が動き始めると男もさっと飛び降り、どこかへ姿を消した。
 列車は無人のまま、ゴトンゴトンと遠ざかっていったのさ。
 海軍の話では、積まれている弾薬は強力かつ相当な量であり、爆発すれば小さな町の一つぐらい簡単に吹き飛ばしてしまうそうだ。
 電気で走る列車だからね。
 スイッチを切らない限り、いつまでも走り続ける。
 しかも脅迫状のとおり、停車すると爆発する仕かけなのであれば、走らせ続けるしかない。
 だからポイントが操作され、貨物列車はぐるぐるとメリーゴーランドのように、大阪環状線をあてもなく周回し続けることになったのさ。
 ここまで事態が進んだところで、2通目の脅迫状が複数の新聞社に届いた。


『日本国政府に告ぐ。
過去3年間にさかのぼって、徴収したすべての相続税を免除し、一人の例外もなく全額を払い戻せ。
そうすれば、貨物列車の爆弾の解除方法を教えよう。
よい返事を期待する。
回答期限が8月15日の正午であることをお忘れなきよう』


 実はこれは、祖父一流のハッタリだった。
 いくら祖父でも、自分が黒幕であることがバレるのは困る。
 しかし過去3年間、祖父はただ一円の相続もしていない。
 それだけで、祖父が犯人だと疑われる可能性は低くなるわけだね。
 この脅迫状が新聞で報道されると、国民の一部は大喜びをした。
 一部というのはつまり、過去3年以内に何がしかの財産を相続した者たちのことだ。
 そういう連中の中には、犯人のことを昭和の義賊と呼ぶ者まで出る始末だった。
 もっとも、大多数の国民は相続とは無縁の生活を送っており、義賊でもなんでもなかったのだが、税金の払い戻しで政府が大損をするのは明らかだったから、溜飲が下がりはした。
 世間では、自分は犯人ではないことを証明するためと称して、
「私は相続税の払い戻しは受けない」
 と公言する者もいるにはいたが、ごく一部だった。
 大多数の該当者たちは、両腕を広げてタナボタを受け入れるつもりでいた。
 それだけではない。
 ある新聞などは、こんな懸賞広告を出した。


『時間切れになって爆発するまでに、爆弾列車は環状線を何周するでしょうか? 皆さんの予想をハガキでお寄せください。
100周か150周か、はたまた200周か。
見事的中した方の中から抽選で、12名様を温泉旅行にご招待!』


 これが大評判になって応募ハガキが殺到したというんだから、何をか言わんさ。
 ところで、前川という男には変装の才能もあったらしい。
 ある男になりすまし、自信たっぷりに大阪府警のドアをたたいたんだ。
 応対した警察官たちに、前川は古田芳郎と書かれた名刺を差し出した。
 肩書きは某国立大学教授とある。
 古田芳郎という学者は確かに実在するんだ。
 だが数ヶ月前からアメリカへ留学して、日本を留守にしていた。
 しかし警察はそんなことは夢にも知らない。
 前川はそこまで計算していたんだね。
 例の貨物列車は、すでに数日間にわたって環状線をぐるぐると走り続けていた。
 何かの間違いでいつ爆発するかもしれないし、たくさんの電車が運休して、市民生活にも大きな影響が出ていて、早急に対処しなくてはならないのは事実だったが、警察は何の手も思いつかなかったのだよ。
 あぶら汗ばかり流していた。
 そこへ現れた古田は救世主のように見えたに違いない。
「古田先生、何か名案をお持ちですか?」
 警察官たちはにじり寄った。
 そこで、前川こと古田博士はこう発言した。
「水の都と呼ばれるだけあって、大阪にはたくさんの大きな川がありますな。
 線路はそれを長い鉄橋で渡っているはず。ならば爆弾列車を、そういった鉄橋の中央部で爆発させれば良いのではないですかな?」
「そんなことが可能でしょうか?」
「レールに細工をして、鉄橋の中央部で脱線させればよろしい。多少の被害は出ましょうが、場所は水上です。市街地とは比較にならない小被害ですむはずですよ」
 博士の口ぶりは自信に満ち、催眠術のような作用があったのかもしれない。
 作戦はそれで決定したが、まだ問題が残る。
 どこの鉄橋で爆発させるのか、ということだ。
 候補地は二つあった。
 一つは神崎川。
 もう一つは淀川だ。
 川をまたぐ鉄橋の構造、川幅などはどちらも似通っており、政府は選択に苦慮することになった。
 実を言うと、いったんは神崎川に決まりかけた。
 ところが兵庫県が反対したんだね。
「大阪のトラブルは、大阪で始末しろ」
 と兵庫県知事が抗議したんだ。
 神崎川は兵庫県内だから、一応の説得力がある反論だ。
 ところが、それでは困るやつもいるんだな。
「東京と大阪、日本の2大都市を結ぶ東海道本線を、たとえ一日でも止めるわけにはいかない。兵庫は黙って犠牲になれ」
 と大阪府知事が述べた。
 後はもうムチャクチャさ。
 どちらの陣営も引き下がりはしない。
 走り続ける爆弾列車をそっちのけで言い合いが続いたが、これではラチが開かないと伝家の宝刀を抜いたのはどちらが先だったのか、それはよく分からない。
 だけど兵庫も大阪も、ついに軍隊を動かしたのさ。
 どちらの県にも、それなりの数の部隊が駐屯していたからね。
 兵庫軍は東に向かって歩を進め、待ち受ける大阪軍は、大阪駅に陣を置いた。
 なぜなら、爆弾列車が西へ向かうか東へ向かうか、最後の境目は大阪駅のポイントだからね。
 なかなかの見モノだったらしいよ。
 目を血走らせて、何千もの日本兵同士が向かい合い、大砲を向け合っているんだ。
 どちらが先に発砲したのか、これもよく分からない。
 あるいは発砲などなく、自動車のバックファイアを聞き間違えただけかもしれない。
 だがあっという間に戦闘になり、死者までは出なかったものの、それなりの負傷者があったのは間違いない。
 そしてこの時、一発の流れ弾が、明後日の方向へと飛んでいった。
 敵陣めがけてではなく、なんと線路の方へ飛んだんだ。
 そしてこの砲弾は、線路上の架線を吹き飛ばした。
 列車へ電気を供給しているあの電線だよ。
 その線路は環状線だったから、当然ながら、爆弾列車への給電も断たれることになる。
 電気が来なくなったモーターは力を失い、力を失った機関車には、もはや列車をけん引する力はない。
「ああっ」
 そしてついに、市民が見守る中、爆弾列車はゆっくりと停止したんだ。
 爆発?
 しなかったよ。
 前川はそれらしい機械を運転台に仕掛けるふりをしただけで、爆弾の『バ』の字も本当はありゃしないんだから。
 えっ? 
 賭けはどうなったのかって?
 もちろん祖父が勝利した。
 大勝利さ。
 祖父は賭け金を受け取ったが、執着心のない人だから、全部前川にやってしまった。
 前川は喜んで受け取ったさ。
 この前川という男、祖父の命を受けて他にも色々とおもしろいことをやっているんだが、それはまた今度話してあげるよ。

 昭和20年、戦争に負けて、日本はアメリカ軍によって占領されていたから、米兵が我が物顔で歩く姿は、国中のあちこちで見ることができた。
 そういう米兵は何万といて、まじめな兵ももちろんいたが、中には悪さや乱暴を働く者も少なくなかった。
 私の住むこの小さな村にも、20人ばかりがやってきていたよ。村はずれの古い旅館を宿舎にしていたんだ。
 これがそろいもそろって悪タレばかりで、果樹園に入って実を食べるわ、家々に忍び込んで金品を盗むわ、あげくは銃を持ち出して、面白半分に牛を撃ったりした。
 それを止めるどころか、上官も一緒になって笑っているんだな。
 もちろん村人はひどく腹を立てたが、我慢するしかなかった。なんといっても日本は戦争に負けたのだから。
 しかしその我慢も、限界に達する日がやってきた。
 乱暴な運転をするジープが、村の子供を二人もはね殺してしまったのだ。運転していた米兵は肩をすくめるばかりで、そのまま立ち去ってしまった。
 ひどい話だろう? 子供に何の罪があるというのだね。
 その夜、人目を盗んで集まり、村の男たちは計画を練った。そして話がまとまった。
 地図には描かれていないし、どの資料にも載っていないが、この村から少し入った山奥には、昔から鉄鉱石が眠っていた。
 鉄の原料だよ。そういう鉱脈があったんだ。
 そして戦争中に鉱山が開かれ、鉱石を運び出すために、村の駅へ通じる鉄道が建設された。
 これはもちろん軍の最高機密であり、村人以外に知る者はなかった。外部の人間にしゃべることも、固く禁止されていた。
 終戦と同時に鉱山は閉鎖されたが、もちろん米軍は、そんな鉱山や線路の存在など夢にも知らなかった。地図を見ても、あのあたりは空白で、ただの雑木林ということになっているね。
 もっとも、地図のそういう空白地帯にも、あの沼だけは記されていたんだな。
 鳥沼という名の広い沼でね。湖と呼びたくなるサイズではあるが、相当な風が吹かない限りは、ガラスのように動かない水面の数メートル下に、黒くやわらかい泥がたまっているんだ。
 ここに足を踏み入れてはいけないよ。深い泥につかまり、動けなくなる。そういう沼なんだ。
 週に一度、米兵を乗せた専用列車が、真夜中にこの村の駅を通過した。
 豪華な車内設備を持ち、ものすごいスピードで疾走してゆく特急列車だ。
 日本人が乗車することは、もちろん許されていない。乗客だけでなく、機関士から車掌まで、すべてアメリカ人で固めていたんだ。
 次にその列車がやってくるのが月のない暗夜であることも、村人たちは計算に入れていた。
 その準備のために、村人たちは非常によく働いた。木を切り、草を刈り、何年も捨てられたままだった鉱山行の線路を、たった数日で元通りによみがえらせたんだ。
 この線路は村の駅で本線から分かれ、終点は例の鉱山さ。途中には鳥沼があり、それを長い鉄橋で渡っていた。
 何年か前の台風で壊れ、この鉄橋は、沼の真ん中でプツンと切れて終わっていたがね。
 村人たちだけでこの計画を実行するのは不可能だったろう。国鉄内部にも共犯者がいたに違いない。
 米軍の専用列車がやってくる直前にポイントを切り替え、本線をはずれて、鉱山の方角へと向きを変えさせるわけだからね。
 だがあの時代、米軍を快く思っていない者などいくらでもいたからね。
 専用列車が走る夜が来て、翌朝になって、米軍は大騒ぎを始めた。こともあろうに列車が一本、まるまる行方不明になったのだからね。
 何時間待っても目的の駅には着かなかったんだ。これは何かが起こったに違いない。
 米軍は警察を総動員して行方を探させたが、何の手がかりもなかった。
 列車は、文字通り蒸発してしまったのだ。真夜中だから目撃者もなく、どの駅のあたりで消えたのかすらわからない。
 これは本当に大きな事件になった。
 だが脱線事故なのか、単に係員のミスで行先を間違えただけなのか。
 事件なのか事故なのかすら分からないのだから、さすがの米軍も、日本人の責任を問うことはできなかった。
 調査は半年以上続いたが、結局何もかも不明のままで終了してしまったよ。
 ほとぼりが冷めたころ、村人たちは総出で証拠隠滅に取りかかった。山中の線路をすべて取り除き、ただのさら地に変えた。
 えっ? 専用列車に乗っていたアメリカ人たちは、その後どうなったのかって?
 それはもちろん決まっているさ。人が訪れることもない鳥沼の泥の底深く、今でも列車と一緒に眠っているはずだよ。

わが家のスフィンクス

 深夜の一人ぼっちの塾帰り、ひとけのない暗がりから突然スフィンクスが飛び出してきて、僕はとても驚いた。
 スフィンクスとは、エジプトのピラミッドのそばに巨大な石像が作られているあの怪物で、ライオンの背中にワシの翼を乗せ、でも頭だけは人間の若い娘で、青い瞳がきらきら光っていた。
 僕は走って逃げようとしたがスフィンクスはすばやく、簡単に追いつかれてしまった。
 そして伝説の通り、スフィンクスは口を開いたのだ。
「今からお前にクイズを出す。正解できなければ、お前を食い殺すぞ」
 僕は言い返した。
「正解したら何をくれるんだい?」
 スフィンクスは目を丸くした。
「なんだと?」
「僕が正解したら何をくれるのさ?」
「いやつまり、クイズに正解したら、お前は殺さない。お前は命が助かるのだ」
「そんなのフェアじゃないよ。正解できたら、あんたは僕の家来になるんだ」
「なんだと?」
 スフィンクスはあきれた顔をしたが、それでも最後には首を縦に振った。
「まあよい。そんなことがあるはずもないが、正解すれば、私はお前の家来になろう」
「ほいきた」
「これが私のクイズだ。朝は4本足。昼は2本足。夜は3本足なのは何か?」
「うーん…」
 数秒間、思考した後、僕は答えた。
「僕の家には『チャブ台』があってね。チャブ台って知ってる?」
「知っている。片付ける時に邪魔にならないよう、4本の足が折りたたみ式になっている小さなテーブルのことだな」
「そうそう。両親はどちらも朝早く出勤するし、お姉ちゃんも朝が早いから、朝食は僕一人でゆっくり食べる。狭い部屋だけど、僕一人だけなら、チャブ台の足を4本とも伸ばしてゆったり使える」
「それがどうした?」
「土曜日、僕とお姉ちゃんは昼前に学校から帰るけど、仕事の関係で、お父さんとお母さんも土曜日には家で昼食を食べるんだ」
「それがどうした?」
「だから部屋の中はものすごく狭くて、チャブ台の足は2本しか伸ばせない。残りの2本は折りたたんだまま、押入れの中に半分入れて、なんとか場所を確保するんだ」
「なんだと?」
「夜になると、お父さんはまた仕事に出かける。だから家の中は少し広く、夕食はチャブ台の足を3本伸ばすことができる…。つまりクイズの答えは、『僕の家の土曜日のチャブ台』だよ」
「おおお…」
 突然大きな声を出してスフィンクスが泣くので、僕は驚いた。
 大粒の涙を流し、くやしがっている。ハンカチを出し、僕は涙をふいてやった。
「ありがとう」
 とスフィンクスは言い、
「私が負けたのだから、言うことをききましょう。あなたの家来になりましょう」
 顔を上げて見つめるスフィンクスの表情は本当に愛らしく、僕は少しの間、見とれた。
「お母さん、スフィンクスひろたで」
 と僕が帰宅すると、
「また変なものを持って帰って。食費がかかるものはダメよ」
 と母はオカンムリになりかけたが、神獣は食事をしないと分かって、一件落着した。
 仕事から帰ってきた父もスフィンクスを見て、
「わあ、これは美人さんだ」
 と鼻の下を長くしかけたが、母からジロリとにらまれて、あわててよそ見をした。
 小さなアパートの一室だけれど、その日以来『スフィンクスを飼っている家』ということで、近所でもおかしな具合に有名になってしまった。

危険なショートショート

危険なショートショート

これらの作品に比べれば、ゴキブリなんてペットみたいなもん。 人生が嫌になった時に読むことをお勧めします。人生がもっと嫌になること請け合い。

  • 小説
  • 短編
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-11-27

Copyrighted
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