勇者は猫
おとぎ話に憧れる王様とその王女様のたくらみ。
「勇者は猫」
お城の大広間に、退治された怪物が運ばれてきた。海を荒らした怪魚ボー。この怪物のせいで王国の交易は一時ストップした。
それなのに王様の顔は真っ蒼。口ひげをいじり、鼻ひげをいじり、怪物を引きずって来た「勇者」を穴の開くほどながめた。
「ニャーン」
それは一匹の黒猫。王様の頭ほどの大きさの体で、クジラのような怪魚を爪に引っ掛けて引きずっている。
王様の真意を知っている大臣が耳打ちした。
「どうされますか王様?あれを退治した者に、国と王女様を与えると約束されていますが……」
王様は小さいころからおとぎ話や伝説が大好きだった。むろん王様とて若いころは怪物を倒す勇者に憧れていたものだ。だが、国は太平そのものだった。王太子としての立場もあり、救った姫と結婚する代わりに、しかるべき家柄から王妃もめとっって国を富ませた。
だがこの歳になってふつふつと憧れが煮え立った。我が娘、王女と勇者を取り持つ役を、やりたくてやりたくてたまらなくなったのだ。それで自分の国の港に怪物を放った……。
「娘よ飼い主はそなたか?」
黒ずくめのドレスを着た娘が、つつましくスカートをつまみ脚を引いた。黄金の髪が黒い提灯袖にはらはらと落ちかかる。レヴェランスから顔を上げてみれば、青い目に浮かぶのは優雅な微笑み。
「美しい娘だ。自分が勇者であれば姫であってほしいと思うほどに……」
王様の鼻の穴が広がった。
だがよく観察している者があれば分かったであろう、彼女は王様から視線を外して、脇に座った王女様にまばたきの信号を送っていた。月光にきらめく氷のような髪をした王女様も、銀色のまつげでしきりにまばたきを送り返している。
王様は自問した。顔を赤くし、額にうっすら汗をかく。
「娘に王女は嫁がせられん。だが猫だ、猫だ、勇者は猫……、うーむ、うーむ、うーむ……、この猫を我が王女の婿とする!これしかない!」
「まあ、王様、ミミーは女の子ですの」
王様のあごは外れるほど大きく開かれた。カラン、黄金に大粒の宝石をちりばめた王冠が、王様の頭からずり落ちる。それはころころと黒猫の前まで転がって来た。猫は怪物を放り出して冠にじゃれついた…。
王女様はこみ上げてくる笑いをかみ殺し、スズランの花のように膨らんだスカートの中で小躍りしていた。
了
勇者は猫