三寒四温
二月十日。この日は自分にとって、人生初のデートだった。
相手は同じ大学でみんなとよく一緒に遊ぶようになった女の子。外はまだ寒かったけど、空気は澄んでよく晴れていた。
一緒に映画を観た後、駅近くのカフェでお茶をした。彼女が浮かない顔をしていたのでいろいろと話題を振ってみたけど、みんなといるときと違って、話は全然盛り上がらなかった。
それから彼女は僕と視線を合わせないまま、普段からよくつるんでいる別の男の話題をもちだした。
僕と二人でいるのに、わざわざ彼の話を始めた彼女。それはつまり、「私の相手はあなたじゃない」の合図に違いなかった。僕はそれ以降、すっかり意気消沈してしまい、言葉を失ったまま、味がしない冷めたコーヒーをズズズと啜った。
二日後、彼女が話題にしていた彼が急に僕を呼び出して、その子と付き合い始めたことを打ち明けた。本当はもっと前から密かに付き合っていたらしい。
ところが今回の件で僕と彼女は気まずくなっていたので、早めに真実を伝えた方が友人関係も壊れないのではないかと、二人で話して決めたという。
たしかにこれで踏ん切りがついた気はした。だけどこの報告は彼ひとりにさせるのではなく、彼女の口からも聞きたかったと僕は思っていた。
それからはしばらくの間、憂鬱な日が続いた。嫌なことは忘れようとしたものの、大学に行くとカミングアウトしたあの二人の空気に巻き込まれ、また悶々とした気分に襲われた。
かといって意識的にふたりを遠ざけようとする行動は、自分がふて腐れていることを認めているようで癪に触った。外はずっと雨模様で、まるで自分の気持ちが天まで届いているかようだった。
ふいに携帯電話が鳴ってメールを着信した。見るとしばらく会っていない友人からの誘いだった。差しで飲もうという話になり、友人とは地元で再会して居酒屋の生ビールで乾杯した。
「三年ぶり、元気だった?」
「いいや、だから誘ってもらえて嬉しかったよ」
「まさか女にでも振られたの?」
遠慮がちに頷いたら友人は大きな声で笑った。
「笑うなよ。これでも傷ついてるんだぜ」
「じゃあ誘うタイミングが悪かったかな?」
「どうしてさ?」
「だって振られたばかりじゃ人恋しいでしょ。そんなときに私と会ったら……ほら、もうモノ欲しそうにこっちを見てる」
彼女は相変わらずの軽いノリで、僕に向かって失礼な言葉を吐いた。飾り気のないその姿は、高校時代と何ひとつ変わることがなかった。
「バカにするなよ。そんなつもりで来たんじゃない」
「そうなの?」
そもそも僕は高校時代、彼女に告白して「友達としては最高だけど恋愛対象じゃない」とはっきり断られていた。
「それに今は優しい彼氏がいて幸せなんだろ?」
「でも振られたの。だから人恋しくてあなたを飲みに誘ったわけ」
「えっ、そうだったの?」
向こうが頬杖を付いたまま潤んだ瞳で見ていたので、僕は思わず動揺してしまった。だけど彼女は「なんてね、嘘だよ」とすぐに舌を出した。
「ったく、振られたばかりの男心をもてあそぶなよな」
僕は遠慮なくふて腐れて、不機嫌と一緒にジョッキの中身を飲み干した。
「ごめんね。溶けたアイスみたいにうなだれているあなたを見てたら、つい揶揄いたくなっちゃって」
それから僕たちはグラスを重ねながら高校時代を振り返り、最後はお互いの健闘を祈ってもう一度乾杯した。
店から出ると雨はあがっていて、深夜なのに外はまだ温かかった。
後日、風の噂で彼女が恋人と別れたという話を耳にした。彼女というのは高校時代に僕が告白した、あの無遠慮な友人のことだ。もしそれが本当なら、あのときの彼女はすでに恋人と別れた後だったのではないだろうか。そして居酒屋で僕に言っていたことは、あながち冗談ではなかったのかもしれない。いや、それはさすがに考え過ぎか。
二月の終わり。三寒四温。
凍える冬が終われば、それよりも長くて暖かい季節がやって来る。僕はその日を信じ、彼女にも穏やかな春が来ることを願っていた。
三寒四温
最後まで読んでいただきまして、ありがとうございました。