還暦夫婦のバイクライフ 24
リン、横倉山に怪しい展望台を見つける
ジニーは夫、リンは妻の、共に還暦を迎えた夫婦である。
10月も後半になったが、相変わらず気温が高い。
「ジニー、これこれ、これ見て」
そう言ってリンがジニーにスマホ画面を見せる。そこにはいかにも昭和なデザインの古い展望台があった。しかも何の具合か、宙に浮かんで見える。
「すごい。今にも崩れ落ちそうな展望台が、空を飛んでる」
「浮いて見えるのは、写真の都合でしょ?そこじゃなくて、何とも風情があると思わない?」
「風情ねえ。確かに昭和レトロな感じだな。どこにあるん?」
「横倉山に織田公園というのがあって、そこにあるみたいよ」
「横倉山?高知か」
「越知町にある。前に横倉山自然の森博物館行ったでしょ」
「ああ、・・・行ったな。思い出した」
「あそこの横をさらに山に向かって登っていくと、あるみたいね」
「へえ」
「景色よさそうだし、行ってみない?」
「行ってみるか」
こうして次の日曜日は、越知町の横倉山に行くことになった。
10月22日、天気は良かったが、ほかの用事をしていて出遅れてしまった。すべての準備が整って家を出たのは、10時30分だった。いつものようにスタンドに寄って、給油する。
「ジニー、少し安くなった」
「と言ってもまだまだ高いけどね」
それでも若干安くなったガソリンに安堵する。給油を終えてスタンドを後にする。市街地を抜けてR33に入り、砥部町に向かって南下する。混雑する国道を、車列の一部となってゆっくりと走る。松山I.Cを過ぎたあたりから、流れが少し早くなる。
「ジニー今日はどっち?」
「今日は旧道の気分だな」
「オッケー」
三坂を走り上がり、バイパスに向かう車列と別れて旧道に入る。そこからは少し早いペースで楽しく走る。峠を越えてからバイパスと合流して、再び長い車列の一部となって久万高原町に入る。車で沸き返っている道の駅さんさんを横目に見ながら通りすぎる。
「ジニーおなかすいた」
「そうやね~。朝が早かったからな。ん~じゃあ、美川の道の駅で何か食べるか」
「わあーい。そうしよう」
久万高原の街並みを抜けて、10分ほど走って美川道の駅に到着した。二人は車の邪魔にならないところにバイクを止めた。ヘルメットを脱いで、ホルダに固定する。
「何時?」
「11時25分」
「食堂やってるよね」
「やってるでしょう。行けばわかるって」
そう言ってリンは、さっさと店内へ入ってゆく。
食堂は営業していた。日曜日は10時30分より営業しているようだ。入り口で食券を購入して、テーブル席に座る。少し早い時間なのか、店内はすいていた。
「ラーメンお待ちのお客さま。食券番号**のお客様」
「ハイハイ」
ジニーが席を立って、取りに行く。二人分を受け取って、席に戻った。
「いただきます」
早速二人は箸をつける。
「普通においしい」
「うん」
「そう言えばジニー、今年も鶴姫はやるのかな?」
「やるんじゃない?昨シーズンは結構人気だったし」
「やればいいね」
「うん。なかなかうまかったからね」
ラーメンを手早く食べ終えた二人は、店を出た。しばらく物販コーナーをうろついてからバイクに戻る。
「丁度12時だ。さてリンさん。次はどこで止まる?」
「もう、展望台で良いんじゃない?」
「そうだな。越知町か。1時間くらいかな」
12時過ぎ、美川の道の駅を出発する。R33は松山と高知市を結ぶ主要国道のため、交通量が多い。早朝か深夜でもない限り、バイクで気持ちよく走れることはない。今日も長い車列の一部となって、高知方面へと向かう。四国カルスト方面に向かうR440の入り口のループ橋を左に見ながら直進し、大渡ダムを右に見ながら先に進む。右手から合流するR439の赤い鉄橋を見ながら通過し、引地橋を抜け、さらに進むと仁淀川町に入る。春は山の上のひょうたん桜を見に来る人たちで大混雑するが、秋は特に何もなく、ストレスなく走り抜ける。さらに走って新しく出来たバイパスのトンネルを抜けると、左手にかわの駅おちが見えてくる。そのすぐ先に、横倉山自然公園の入り口がある。
「リンさん、入り口Uターンだから気を付けてね」
「わかっとります」
リンは少し緊張しているようだ。前回来た時、回り切れなくて危うくこけそうになったので、少し苦手なようだ。
前から来る車列が切れるまでしばらく待ってから、ゆっくりと右に回り込む。ジニーのあとからリンも回った。リンのバイクはSSなので、ハンドルの切れ角が小さい。ジニーと同じように回るのだがどうしても半径が大きくなる。それでタイトなUターンは苦手なのだ。
「お~回れた。良かった~」
リンがほっとした声を出す。
「リンさんこのまま上がっていきますよ」
ジニーは少し狭くなった道を、どんどん上がってゆく。横倉山自然の森博物館の横を抜け、くねくねと曲がりくねった道を走ってゆくと、分岐が現れた。そこを右折してさらに登ると、目的の織田公園に到着した。平らな所を探してゆっくりと進む。
「リンさん、あそこに止めるよ」
ジニーが売店らしき小屋の前に平らな所を見つけて、そこにバイクを止めた。リンも後ろに止める。
「あ~ここ、ちゃんとスタンドが立たん。もうちょっと前・・・」
リンがバイクにまたがったまま、悪戦苦闘している。
「ちょっとそのまま」
ジニーがバイクから降りて、リンのバイクを支える。
「持ってるから降りていいよ」
リンはジニーにバイクを預けて、バイクから降りる。ジニーは少し移動させて、ちゃんとスタンドがかかる位置にバイクを止めた。
「ジニーここ、売店の前だけど、大丈夫かな?」
「大丈夫でしょ。どう見ても何年も営業してないよ」
「そうよね」
「さて、展望台はどこだ?」
公園内の小径を少し歩いてゆくと、展望台が現れた。
「うん、これだ!」
「リンさん、これは古いなあ。大丈夫か?」
「大丈夫でしょ。この公園ちゃんと手が入ってるし、だめなら立ち入り禁止になってると思うよ」
「それもそうだ。では早速!」
ジニーは展望台の階段を上り始める。一段目の四角いベースまで登って、下界を見下ろす。
「お~越知町が丸見えだ。あの山の向こうが佐川町か」
「ジニー上に行くよ」
リンがさらに階段を上がって、二段目の丸いベースに立った。その後をジニーがゆっくりと上って来た。
「わあ~いい景色。太平洋は見えんか、残念」
はしゃぐリンの横で、ジニーがこわごわと下を覗く。
「た・・・高い。こええ~」
「ビビりやねえ」
リンが笑う。ジニーはそそくさとスマホで写真を撮り、早々に展望台から降りた。しばらくして充分に風景を堪能したリンが降りてきた。その後公園内を散策してから、二人はバイクに戻った。
「リンさん、向き変えよわい」
「そうして。私じゃここは無理かも」
道は結構急で、平らな所から道に出すのは容易ではなさそうだった。ジニーはしばらく状況を見て、頭の中でシミュレーションする。それからおもむろにバイクを動かし始めた。
下りに向かってバイクを後退させ、途中でハンドルを切って道に対して横向きにする。次に下りに向かってフロントブレーキをちょいちょいと効かせながらハンドルを切る。完全に向きが変わったバイクのギアを入れて、スタンドをかける。フロントブレーキから手を放して、安定して止まっているか確認する。
「どうぞリンさん。ギヤ入ってるよ。乗る時には絶対フロントブレーキ効かせてね」
「オッケー」
ジニーは自分のバイクも同じ手順で向きを変え、またがった。
「では、まいります」
「ジニー前よろしく」
二人は公園を出発して、来た道を戻る。
「リンさん、この後大樽の滝を見に行きたいんだけど」
「それってどこにあるん?」
「すぐ近くだと思う。越知町内から右に向かって入った所にあるらしい。確か国道走ってたら案内板があったと思う」
「ふ~ん。じゃあ行ってみるか」
R33に出て高知方面に向かう。
「確かこの辺に入り口があったはず」
ジニーが迷いながら走る。
「ジニー、町通り過ぎちゃったよ?まだ向こうなの?」
「いや、これは行き過ぎたな。戻ろう」
ドラッグストアの駐車場で向きをかえて、来た道を戻る。
「こんな時、ジニーの脳内ナビはいつもあてにならないなあ」
リンはナビを起動していて、ジニーに指示をする。
「あ、ジニーそこだ。その左側の道」
「この細い路地か?」
「そうみたい」
ジニーは不安そうに左折する。ジニーも後ろをついてゆく。道はどんどん登ってゆく。
「あ、あった。大樽の滝ここから360mって看板がある」
「でもここ、バイク止めれんよね」
2人はさらに進む。すると、道が広くなっている所があった。
「リンさん、あそこに止める」
「道が急だけど、大丈夫?」
「大丈夫。奥の方は傾斜が無いから止めれそうだ」
ジニーとリンは、広くて平らになった所にバイクを停めた。ヘルメットとジャケットを脱いで、身軽になる。それから滝の入り口目指して歩いた。200mほど歩いて、滝への降り口に到着する。ガードレールの隙間から道は谷底めがけて降りてゆく。そこを足元に気を付けながらゆっくりと下りる。
「ジニーここって、結構高いよ。どれくらい降りるんだろう」
「う~ん、おそらく40mくらいかな」
「そうかあ」
それからしばらく黙々と歩く。つづら折れになってる道を下ってゆくと、滝音が聞こえてきた。木々の間から、ちらちらと滝が見える。二人は10分ほどかかって、川面に降り立った。豪快に落ちる滝が、目の前にあった。水量も多くて美しい。
「これは美しい滝だね。ジニー見に来たかいがあったね」
「うん。帰りの登り道が少しゆううつかな」
ジニーにお構いなくリンは歩き回って写真を撮った。ジニーも何枚か写真を撮る。それから二人してしばらく滝をぼーっと眺める。
「さ、ジニー帰ろう。遅くなる」
「そうだな。今何時?」
「14時50分」
「じゃあ、上りますか」
二人は降りてきた道を登り始める。ゆっくりと汗をかかない程度に足を運ぶ。
「そういえば、若かりし頃、一時静岡にいたんだけど、大井川の源流に時々釣りに行ってたんだ」
「ふーん」
「谷が深くてね、100m以上はあったと思う。そこをこんな感じの道を歩いて降りるんだけど、下りはともかく登りがきつくてね」
「はあ」
「林道まで上がるのに1時間以上かかったのを、今突然思い出した」
「ほお」
「今じゃ絶対出来んな。体重もあの頃より20Kgほど増えちゃったし」
「だろうね。今この瞬間ヒイヒイ言ってるもん」
そんなくだらない話をしていたら、思ったより早く道まで登っていた。
「あれ、もう着いた」
「15分くらいだね。上りとはいえ、300mちょっとだからすぐだよ」
2人は結構急な車道を、バイク目指して歩いてゆく。
「ふう、疲れた」
「暑い!」
リンが頭から流れる汗を、タオルで拭く。一息ついて、持っていたお茶を飲む。
「さて、帰りますか」
ジニーはリンのバイクの向きを変える。
「サンキュー」
その後自分のバイクも向きを変え、またがった。
「出るよ」
「どうぞ」
ジニーはエンジンを始動して、急な下り道をゆっくりと下りてゆく。二人は来た道を戻り、R33に出た。そこから松山方面に向かって走り始める。
思ったより車が少なく、快適なペースで走る。
「ジニーどこかで止まるの?」
「美川で止まる予定です」
「わかった」
流れが早い車列の後ろに付き、1時間ほど走って美川道の駅に着いた。
「あ~疲れた。休憩」
バイクを降りて、リンはベンチに座る。ジニーは暖かいほうじ茶を自販機で買って、リンの横に座る。
「眠かったやろう」
ジニーはほうじ茶を一口飲んで、リンに渡す。
「眠かった~」
リンはごくごくっと飲んで、ジニーに返す。
30分ほど休憩をしてから、走り始める。
「ジニー寒くなってきた。お日様が当たらんと寒いね」
「うん。美川でのんびりし過ぎた。暗くなるまでに帰れるかな?」
「多分大丈夫じゃない?」
少し呑気な車が長い車列を作っている。久万高原町の街並みを抜け、長い車列がバイパスに向かうのを見届けてから、二人は旧道へ入る。峠の手前で軽四が前を行くのを見つけた。少し間隔を取ってついていく。路側に車が止まっていたが、軽四が横を抜けたとたん、いきなりUターンを始めた。
「だあ~何じゃ~」
前を走っていたジニーが急ブレーキをかける。リンが何か叫んでいる。車はバイクに気付かないのか、どんどん道をふさぎ始める。
「当たるなこれは」
ブレーキをかけたままジニーがつぶやく。それでもバイクを右に振って回避する。そこで車がバイクに気付いてブレーキをかける。停止した車の鼻先を押さえるようにジニーのバイクも止まった。
「お~当たらんかった。あぶねー」
ジニーはドライバーを見る。驚いた顔をした若い男性だった。よく見ると、初心者マークを貼っている。
「ジニー大丈夫?」
「平気。ぶつからなくてよかった」
バイクを発進させて、先を急ぐ。
「今年はこれで2回目だなあ」
「そんな事あったっけ?」
「一月に広田の道の駅で」
「あーあったねそういえば」
「あれはおばちゃんだった。こちらを全然見ずに、駐車場からスーッと出てきたもんな。あれは心臓が口から出そうだったよ」
「今年はきっとそういう年なんだよ」
旧道の下りを楽しく走り、バイパスと合流する。そこから長い車列の一部となり、松山向いて走る。砥部町から重信川を渡り、市内に入る。わき道に曲がって市街地を抜け、自宅に帰着した。
「おつかれー」
リンがバイクに乗ったまま、車庫にバイクを収める。
「ずいぶん慣れたね」
「足が届くからね。インカム切ります」
リンはインカムのスイッチを切る。ジニーはリンのバイクの後ろに自分のバイクを止めた。
「あ~膝が笑いよる」
滝の上り下りが、足に来たようだ。
「明日か明後日に、筋肉痛になりそうだなあ」
ジニーはこんなことで、運動不足を実感したのだった。
還暦夫婦のバイクライフ 24