エルカ(1)

 エルカは、目からビームを発射した。使い方もよくわからぬ不慣れなコンタクトレンズゆえ、ビームはとんでもない方向へ飛び、古樹を焼いただけだった。しかし、蝙蝠男は意外な反攻にたじろいだ。エルカはもうひとつの武器、フィンガーランチャーを今度は逡巡をみせている蝙蝠男にしっかり焦点を合わせて発射した。もとより殺傷力のない玩具のような護身兵器であったが、腹部に小型炸裂弾を当てられた蝙蝠男は戦意を喪失した。エルカの武器はもうこれでおしまいなのであったが、蝙蝠男はそれを知る由もない。この女?獲物?は諦めて、耳をつんざく超高音でエルカを威嚇して森の奥に逃げ去っていった。
 エルカは荷物をまとめると、バスに戻っていった。怪物に襲われて、気持ちが萎えてしまっていた。ゆっくり休む必要があるように感じた。

 翌朝、エルカは森を歩くにはもっと護身用の装備が必要だと痛感した。父の置いていった殺傷力の高い、レーザーライフルがフル充電されていることを確認し、先日ビーム・コンタクトとフィンガーランチャーをサンプルで提供してくれたサカナ沼のおばあさんのところに出かけることにした。
レーザーライフルがずっしりと肩に食い込み重たかった。
 サカナ沼まではエルカの足で30分はかかる。ライフルが重かったので、エルカは途中で休憩をとって座り込んだ。水筒の水を飲み、ぼんやりしていた。ふと遠い山並みに黒い鳥が輪を描いているのが気になった。ためしにレーザーライフルの照準を合わせ、引き金を絞ってみた。照射エネルギー量が思わず多めに設定してあったらしく、鳥は音もなく一瞬で消失してしまった。エルカはやはりレーザーライフルは嫌いだと思った。

 サカナ沼のおばあさんの店は荒らされていた。迫撃砲を撃ち込まれて、店の前面は崩壊していた。
 エルカは大丈夫そうな奥の入り口から入って、おばあさんを探したけれどもみつからなかった。ひょっとすると瓦礫の下敷きになっているのかもしれないと思ったが、エルカにはなすすべもなかった。
 奥の倉庫にあった、唯一使い方を知っているビームコーンタクトとフィンガーランチャーが1グロスずつ入った箱を頂戴して店を出た。店を破壊した危険な誰かがまだ近くにいるかもしれないと思うと怖いので、エルカは自分のバスへ急いで戻った。

 バスに戻り、遅い朝食にコンビーフの缶詰を食べながら、これからどこに行こうかと考えた。ここにしばらく定住してもよいと考えていたのだが、蝙蝠男のこと、店に迫撃砲を撃ち込んだ誰かのことを考えると、ここは(少なくとも自分には)危険すぎる場所に思えたのだ。
 しかし、バスを起動させようとしたら、なんらかのエラーが出てしまってうまくいかなかった。機械メンテナンス用のプログラムでスキャンをしてみると別に異常はないようなので、本当にプログラム上のなんらかのエラーのようだ。エルカは機械もプログラムも苦手なので、いろいろいじってさらにバスを起動させる作業を続けるのが面倒くさくなってしまった。
 とりあえずここは良い水場ではあるのだ。エルカはバスを降りて、井戸の水で思う存分喉を潤した。なんとなく疲れを感じたので、乾パンを少しかじって昼寝をした。横になるとすぐに寝入ってしまった。

 アラーム音に起こされたのは、エルカが寝入ってからほんの30分ほどのことであった。覚醒しきれないでいる頭でモニターを確認する。「要注意!金属反応」のイエローのマークが東側の藪の辺りに複数あった。窓のカーテンをちらりと開けて視認してみたが、藪は薄暗くてよくわからない。エルカからしかけるのは怖いので、しばらくじっと様子をうかがった。
 たしかに藪には何かがいるらしく、かすかに枝がゆれている。大きなものではないらしい。火器を持った人間のように思えた。向こうもこちらの様子をうかがっているに違いなかった。
 エルカはレーザーライフルを構えて窓を少し開けると、藪の近くの地面を狙って威嚇射撃をした。出力を上げていたので、地面が焼け焦げる大きな音と派手な煙があがった。十分、威嚇になっただろう。拡声器につながる有線マイクで呼びかけた。

――あなたたちはだれですか なにかごようけんがあるのならば おはなしをうかがいます やぶのなかからでてきてください

 しばし相談していたのだろう、やがて3人の少年が藪の中からゆっくりと出てきた。それぞれが肩にレーザーライフルらしきものをかついでいる。
 エルカは緊張で胸が高まった。エルカは人見知りだ。生まれてから15年、出会った人間は家族を含めても20人といないのだ。自分と同い年くらいの少年などは、失踪した兄以外にひとりも知らない。
 少年たちは兄と比べると非常に薄汚く見えた。粗暴に見えた。目がぎらぎらしているように感じた。エルカは蝙蝠男のような改造人間に襲われたときよりも怖いと感じた。
 エルカが「おはなしをうかがいます」と言ったからだろう、少年たちはそろりそろりと用心深くバスに近づいてきた。肉声が届くくらいの距離までくると、リーダー格なのだろうか、長い赤毛をたらした少年が「用件」を述べた。彼らは食料と水、特に水が欲しいのだった。

 エルカは少年たちに自由に井戸の水をくませた。この水脈は豊かだ。食料の備蓄はエルカも頼りなかったので、遠慮してもらった。少年たちは身なりの汚れとは無関係に紳士的であった。エルカの出会う人々は、皆それぞれ個性はあるが、合理的で抑制的な人間ばかりだ。昔に書かれた小説や歴史の本に出てくるような「人間らしい」不愉快な人間はいない。小説や歴史の本が好きで、これまで父の蔵書をたくさん読んできたエルカにとってはとても不思議なことに思える。

 少年たちにはほかにも連れがいるらしく、彼/彼女らは水を待っているそうだ。少年たちはエルカは自己紹介をしあうと、水のタンクをそれぞれ背負うといそいで帰っていった。
 少年たちの名はリーダー格の赤毛がロンド、無表情で無口(一言もしゃべらなかった)なのがテルム、一番体躯の小さいのがアズサといった。
 エルカは彼らとその連れたちにたいへん興味をもったので、また水が必要ならばいつでもきてくれてかまわないことを伝えた。バスに近づくときには携帯端末でパスコード「4948」を発信してくれれば、警戒行動をとらないで歓迎することにした。もしもエルカの留守中でもそのコードを使ってバスに近づいてくれれば自動防衛システムが作動せず、自由に井戸の水を使えるようにしてあげた。

 ロンドが再びエルカのバスのもとへやってきたのは2日後の朝だった。少女は少年を迎え入れ、そして愛し合った。
 ロンドはエルカのバスの快適なシャワー設備に感激した。手土産にわずかばかりの缶詰食料と水タンクを持って彼らのコミューンへ帰っていった。
 ロンドたちのコミューンは少年4人、少女3人のグループで、機能のほとんど止まってしまったジャンクバスで暮らしているそうだ。そのバスは中型タイプ(約30人ほどの人間の生活を支えるために創られたもの)だが、今では雨露をしのぐ以外にはわずかなエネルギーを供給するのがやっととのことだった。

 エルカの小型バス(機能に障害なし)でも10人は生活ができる。エルカはロンドたちのコミューンが暴力的手段でエルカのバスを奪いにくるという小説のようなことを想像して、胸を高鳴らせ楽しんだ。しかしこの世界ではそんなことはおこらない。おこらないはずなのだ。
 次には、エルカが彼らのコミューンに合流して、一緒にこのバスで生活することを想像しようとした。「家出」をするまでエルカは家族としか暮らしたことがないので、コミューンでの生活というものがうまく想像できなかった。戦前にもコミューンを作って暮らしていた人たちもいたそうだが、彼・彼女らをテーマにした小説をエルカは読んだことがなかった。

 ロンドが再び訪問してきたのはそのまた2日後。今度はアズサとふたりの少女を連れて、電動式の小型カートに乗ってやってきた。少女の名は、ブロンドで肌の透き通るように白いのがアリサ、髪の茶色いのがルナといった。今日は彼らのコミューンで必要不可欠な水を大量に運ぶためにカートでやってきたそうだ。アズサとふたりの少女が外で水汲みの作業をしている間、エルカとロンドはまたバスの中で愛し合った。作業の3人に悪いので、今日はいそぎで。シャワーも省略した。
 ベッドで余韻に浸っていると、ルナが窓に小石を当てて作業が終了したことを知らせた。
 彼らはカートの積載量いっぱいの水を持ち帰った。
 エルカはルナのことも気に入った。別れ際、彼女にキスをして、チョコレートのパッケージを持たせた。
 
 そのまた2日後、ロンドはひとりでエルカに会いにきてくれた。彼はなにか相談事があるらしく、ちょっと複雑な表情をしていた。とりあえずエルカは彼をリードして浴室に連れて行き、一緒にシャワーを浴び、ベッドで愛し合った。今日は気が入ってないなとエルカは思った。ロンドは心配性のようだ。行為が終わってから、エルカの方から切り出してあげた。

――はなしが あるんでしょ

 ロンドの話は、コミューンの3人目の少女、トモカのことだった。彼女が妊娠しているらしいこと(生理が3ヶ月ないそうだ)。彼らのバスの設備では妊婦サポートも出産サポートも受けられないこと。…話自体は簡単なことだった。トモカの出産に必要なサポートシステムをエルカのバスで提供すればよいだけのことだ。
 それなのにロンドは妙に話しづらそうだった。エルカのバスのシステムを貸してもらうことがそんなにたいへんなこととは思えない。ロンドはトモカの受胎卵の精子提供者のことを気にしているのではなかろうかとエルカは思った。精子提供者はロンド自身かもしれないのだ。それで最近愛し合うようになったエルカに気を回しているように感じた。
 「人間関係ってやっぱり面倒くさいんだな」とエルカは思った。
 ただの生理不順の可能性もあるので、とりあえず近日トモカ本人にエルカのバスまできてもらうことにした。彼らのバスの医療サポートシステムはまったくあてにならない状態らしい。
 エルカは気まずい雰囲気が大嫌いだ。このまま分かれるのはいやだったので、エルカはロンドにSMごっこをしようと提案した。ロンドをうつ伏せにして手錠でベッドに固定して、エルカはハイヒールで太もも、わき腹、側頭部を踏みつける。もちろん力加減はしているが、マゾっけのないロンドは普通に痛がった。鞭で背中を打った。3発、4発。ロンドはうめき声をあげた。痛々しいみみず腫れに塩をぬり込む。ロンドは悲鳴を上げた。

――えるか きみはいつも こういうことをやっているのかい

――いいえ はじめて らいぶらりでみたことしか なかったわ

――たのしかったか

――よくわからないわ

 エルカは手錠を外して、ロンドを浴室に連れて行った。シャワーのお湯が傷にしみて彼はまた悲鳴をあげた。SMは趣味じゃないらしい。エルカはバスタオルで彼の身体をやさしくぬぐってやり、背中の鞭の跡には医療クリームをぬってやった。医療ユニットで中レベルの痛み止めを処方して、飲ませてやった。コミューンに帰ってからも痛いようではかわいそうなので、予備の痛み止めを1週間分もたせてやった。
 別れ際、「今日はごめんね、また遊びにきてね」とそっとくちづけをした。

 そのまた2日後、彼・彼女らはやってきた。今度のメンバーは、ロンドと肝心のトモカ。トモカはアジア系の黒髪のかわいい少女だった。そしてお付はルナとエルカが初めて見る顔の少年だった。彼の名はジンク。ロンドと同じくらいの背丈のブロンドで、精悍な感じから、彼がこのコミューンの副リーダーといったところだろうと思った。彼ら3人が最初にエルカのバスへ冒険にきたとき、ジンクはコミューンの護衛にあたっていたそうだ。自動防衛システムに守られてのんびりしているエルカとしては、彼らの生活はずいぶん組織だって緊張感のあるものに思えた。
 エルカはロンドとルナにあいさつのキスをして、ふたりの新参者を紹介してもらった。
 まずはコミューンで不自由な生活をしているため身体も衣服も汚れてしまっているジンクとトモカ、ルナにシャワーを浴びさせ、遊興にふけった。エルカはロンドと愛し合ったあと、ジンクとも愛し合った。ロンドはエルカと愛し合ったあとトモカとも愛し合った。ルナはひとりで医療マシンのマニュアルを読んでいた。ジンクと愛し終わったエルカは、ルナにうしろから抱きつきキスをした。マニュアルを振り払わせ、ルナを押し倒して彼女とも愛し合った。マニュアルはジンクが拾い読み始めた。ロンドが勝手知ったる他人の我が家で、皆の食事とワインの用意をした。トモカもそれを手伝った。

 妊娠の判定は陽性だった。(つづく)

エルカ(1)

エルカ(1)

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登録日
2011-05-09

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