『弁護士 向火』の日常
プロローグ
言ノ葉探偵事務所。3階、相談室にて。
「やあ、こんにちは。僕の名前は・・・向火 夜光だったと思います。歳は18歳で、高校卒業し、東大に受かりましたが、すぐに退学になりました。僕は、重要なことに関する記憶力が物凄く悪いのです。そのせいで、今まで、散々苦労してきました。しかし、自分で言うのもなんですが、閃きや、発想などは、人一倍すごいのではと思います。まあ、つまるところ、言い訳が得意ってだけだったりしますが・・・。そんな僕は、今、弁護士になっています。名前は忘れましたが、たしか、東大を退学になった事件に巻き込まれた僕を救ってくれた人に憧れて、この職に就きました」
「何その説明口調丁寧口調!気持ち悪いです!夜光君!」
「今、気持ち悪いと、人の心を抉るような言葉を吐いてきた、肩くらいまでの黒髪に、スキー用っぽいゴーグルを着けている、彼女の名前は、言葉 裏音ちゃんです。この無駄に広い探偵事務所の探偵であり、僕の助手でもあります」
「私、そんな酷い事言ってないです!というより、むしろ夜光君のほうが酷いこと言ってます!そして、私は助手じゃないです!探偵です!」
「どうやら、彼女は僕よりも、記憶力が無いようです。ハハハ」
「いや、記憶がおかしいの夜光君じゃないですか!」
「・・・記憶がおかしいと言われたので、腹いせに僕の、無駄なことへの記憶力をアピールしようと思います。彼女、言葉 裏音は16歳の探偵で、高校を中退。身長は138cmと低く、体重は、34kg。スリーサイズは上か
「わーわーわー!すいませんでした!記憶おかしいとか言ってすいませんでした!もう助手でいいです!本当に勘弁してください!忘れたままにしといてください!ていうか、何で知ってるんですか!」
「・・・・まあ、ソレは置いといて」
「置いとかないでください!ちゃんと教えろー!」
「うわっ!ちょっ!離れろ!痛い!殴るな!」
「早く教えろー!」
「だから!殴るな!痛い!分かった!教えるから!」
「最初からそうすればいいんですよ」
「・・・独り言を聞いたから」
「・・・嘘は許しませんよ?」
「いや、本当だって!裏音ちゃんは独り言がでかいんだよ!他にもいろいろ知ってるよ!高校中退になった理由が、友達との暴力沙汰だとか、カルシウムが入ってる食べ物は大体嫌いだから背が伸びないとか、裏音ちゃんの存在が中学の時、七不思議に入っていたりとか」
「七不思議ってなんですかそれ!私知らないんですけど!」
「本当は霊能力者で、人の嘘を見破れる代わりに、代償として、身長が伸びなくなった、可哀そうな少女。まあ、本当の事だしね」
「・・・この眼はそこまで万能じゃありませんし。それより!身長とこの眼は関係ないですよ!」
「そこまで知らん。どーでもいい」
「どーでもよくないです!」
「裏音ちゃんの特技は、他人の本音を見破ることと、鼻からうどんを食べることだったっけ?」
「そんなことできませんよ!ていうか、それ!ヒロインとしてどうなんですか!鼻からうどん食べるヒロインなんて前代未聞ですよ!」
「自分をさりげなくヒロインとして扱ってるし・・・意外と図々しいなこの娘。まあ、それは置いといて、ひまだから、爆笑必須一発芸でもやってもらおうかな」
「なんですかそれ!無理ですよ!」
「がんばれ」
「がんばれって言われても無理ですよ!」
「さっきの続き、スリーサイズは上か」
「わーわーわー!分かりましたよ!やりますよ!全く、本当にどうでもいいことは覚えてるんですね!」
「はよやれや」
「なんですか!それ!」
「はい、スタート!パチパチパチ」
「えぇー。・・・・じゃあ、今から、トランプを食べます」
「なにそれ!」
「・・・ハムッ!・・・モシャモシャ。・・・・オエッ・・・」
「いや、そっちの方がヒロインとしてどうなの!?」
「・・ウッ!・・・」
「もうやめていいよ!無理しなくていいよ!」
「・・・ゴクッ!・・・ウゥ・・・はい!」
「・・・・パチ・・パチ・・パチ・・」
「えぇ!何ですか!その反応の薄さ!」
「こんなに不安になってしかも、気持ち悪くなるショーを僕は知らない」
「酷っ!夜光君がやれって言ったんじゃないですか!」
「ソレだったら、猫耳つけてニャーって言ってくれたほうがよかったよ」
「・・・にゃあ」
「パシャ!パシャ!」
「何撮ってるんですか!恥ずかしいじゃないですか!」
「いや、まさか本当にやるとは思わなくて、つい」
「じゃあ、消してくださいよ!」
「やだ」
「えぇー・・・」
「以上、相談室のボイスレコーダーからでした!」
「録音してたんですか!え?じゃあ、体重が聞かれちゃってるじゃないですk」
プツッ
第1話 弁護士 向火夜光
「夜光君!朝ですよ!起きてください!」
部屋に騒々しい声が響く。
「・・・うるさい。もう起きてる」
「じゃあ、早く布団から出てください。朝食作ってありますから」
「ふわぁ・・・・ねむい」
ここは、言ノ葉探偵事務所2階の客間だ。居候である僕は、強制的な起床を強いられている。
「裏音ちゃん」
「なんですか?」
「朝食はご飯がいい」
「今日はパンです。リクエストは私が朝食を作る前にお願いします」
4階の居間に上がっていく。ここはホント、無駄に広いな。すぐ迷う。
机に座ると、ありたきりな朝食、食パンとスクランブルエッグとコーヒーがあった。コーヒーは苦いから苦手なんだけどな。
「はい、新聞です」
「ん、ありがとう」
苦いコーヒーに角砂糖を10個ほど入れて、飲む。甘い。甘すぎて、くどい。
「今日も平和だなあ」
「まだ、朝8時ですけどね」
本当に平和だ。おかげで、探偵の仕事も弁護士の仕事も入ってこない。
「ここって、どうやって収入得てるの?」
「まあ、基本内職ですかね。意外と時給いいんですよ。慣れてくると」
「そうか、慣れちゃったのか・・・平和だな・・」
「本当にそうですよね。密室殺人事件とか起こりませんかね?こう、トリックをずばっ!と解決して、感謝されて、報酬もらって、みたいな?」
「あるわけないだろ。あったとしても、きっと、見た目は子供頭脳は大人の名探偵君が勝手に解決すると思うぞ」
「私って背が低いから、名探偵になればキャッチコピーそのまま奪えると思いませんか?」
「思わない」
「・・・・ですよねー」
「・・・・平和だな・・・」
朝食を喰い終わり、新聞をしまう。裏音ちゃんの「ひまなら内職手伝ってくれませんか?」という言葉をスルーして、外に行くために階段を降りる。
すると、1階に着くと同時にチャイムが鳴った。
「はーい!」と返事をして、無駄にでかい扉を開けると、身長200cm超の男が立っていた。逆立った短い黒髪に、眼鏡、花を持っている。
「よう!向火!今日は頼みがあってきたんだが・・・」
「え?・・あ・・えーっと・・」
えーっと、・・・あ!そうだ!確か名前は、八重葎 善人だ!中学からの親友だった!・・・忘れてたな。
それがばれていたらしく、善人は笑っていた。
「・・・スマン。また忘れてた」
「お前は本当に人の名前を覚えないよな!ハハハハハ!」
「まあ、とりあえず、入れよ」
「ああ、ありがとう」
階段を上り、3階の相談室に向かった。
*
「おじゃましまー、広いな!ここ!」
「だろ?無駄に広いよなここ。まあ、座れよ」
僕が椅子に、善人がソファに座ったところで、扉が開き、裏音ちゃんが出てきた。
「あれ?八重葎さんきてたんだ!」
「よお、言葉ちゃん!・・・あれ?何でいるの?」
「え?だってここ私の家ですから」
「あれ?向火の家じゃなくて?」
「・・・・夜光君?」
冷や汗がだらだらと垂れる。あれ?僕の家って言ったっけ?記憶にない・・。
「ま、まあ、そんなことどうでもいいじゃないか!」
そういうと、全てをまとめるように、裏音ちゃんが喋る。
「夜光君は居候でここは私の家です。・・・あ、いや、別に、同棲とか、つ、付き合ってるとか、そういうのはありませんよ!」
「あ、うん。大丈夫。その発想はなかった」
「ああ、僕も別にロリコンじゃないから」
「ええ!?何ですかその反応!こう見えても私、花の女子高生ですよ!?」
頭のてっぺんから、足の先まで見る。結果。
「どう見ても小学生」
「ああ。というより、言葉ちゃん、高校中退じゃなかったっけ?」
「二人して酷い!うわーん!」
裏音ちゃんが泣き始めたところで、善人が話しかけてきた。
「それはおいといてさ、頼みがあるんだけど・・・」
「そうなのか?もっと早く言えばよかったのに」
「いや、一回玄関で言った気がするんだが・・」
「記憶にない。気のせいだ」
「そうか。気のせいか。なら、いいや」
「ところで、頼みって何だ?」
「仕事の依頼なんだ。今、俺は殺人容疑をかけられてるから、弁護してくれ」
「なるほど、そういうことか。任せろ」
「えええええええ!殺人容疑って何したんですか!」
いつの間にか復活した、裏音ちゃんが叫ぶ。
「うるさい。オーバーリアッションすぎ。良くあることだろ?友達が殺人容疑をかけられたって言う場面」
「いや、無いですよ!しかも、リアッションって何ですか!リアクションじゃないんですか!?それより、八重葎さん何をしたんですか!?本当に!」
「密室殺人事件だってさ。で、犯人が俺になってるらしい」
「キタコレ!密室殺人事件ですよ!夜光君!探偵の仕事キター!」
「裏音ちゃん・・・。人の不幸を喜ぶなんて最低だよ・・・」
「いや、それが、密室じゃなかったらしいんだよ。窓に穴が開いててさ、普通に鍵を開けて出て行ったらしいよ。俺が」
そこで、違和感に気付く。
「あれ?そういえば、さっきから、『らしい』しか言ってないよな善人」
「そうそう、実は俺さ、犯人扱いにされてるとは知らなくてさ、今朝言われたんだよ。警察に。反論したけど、証人がいるとかで、俺の意見全く聞かなくて。それで、弁護人をお前に頼みに来たんだよ」
「なるほどな。裏音ちゃん、残念だけど探偵の出番は無いみたいだよ」
「・・・本当に残念ですよ。見損ないました!八重葎さん!」
「俺のせい!?」
まあ、要するに、ただ弁護すればよいのだろう。
「じゃあ、警察署に行くか。着替えてくる」
「俺は、先に戻ってるわ」
「あーい」
そう言い、階段を上る。
「あ!夜光君の衣類は客間のクローゼットにありますからね!」
後ろから、裏音ちゃんの声と、「・・・向火・・」と善人の低く呟く声がした。
『弁護士 向火』の日常