還暦夫婦のバイクライフ 23

ジニー面河渓に虫を見に行く

 ジニーは夫、リンは妻の、共に還暦を迎えた夫婦である。
 「ジニー今日、どこか行く?」
10月の初日の日曜日、リンが詰まらなさそうに聞く。
「ん~天気どお?」
「何ともいえないかな。降りそうで降らないって感じ」
「時間も遅いし、行くなら近場だよな。そうだなあ。久しぶりに面河でも行ってみるか」
「面河?なんかあるん?」
「山岳博物館で企画展やってるよ。怪物昆虫っての」
「へ~。どんな虫?」
「まあ、見た目がなにこれ~みたいな虫かな」
「ふーん。相変わらず虫好きだねえ」
「うん。家の中で出会うG以外、何でもOKだぜ」
「ほかに思いつかんし、行ってみますか」
「オッケー。兎小屋掃除してからね」
ジニーはウサギ小屋を大急ぎで掃除してから、出発準備を始めた。
「今日は春秋用ジャケット着て行こ。久万高原は涼しいだろうし」
「私はこれかな」
そう言って、リンは革ジャンを羽織る。ジニーがバイクを車庫から引っ張り出して、バッグを取り付ける。ヘルメットを被り、インカムのスイッチを入れる。
「リンさん聞こえる?」
「何?」
「聞こえますか?」
ジニーがリンを見ると、首を横に振っている。ジニーはインカム本体を指でつまんで、ガタガタとゆする。
「あ、聞こえる。やっぱりジニーのが調子悪いんだ」
「前から言ってるけど、ピン接触はだめだな」
ジニーは何度も動かす。
「うるさ~い!ばりばりすごい音!」
「ごめん。まあ、聞こえるのなら良いか」
通話ができるようになったので、ジニーはインカムから手を離した。
 少し遅めの10時50分、二人は出発した。いつものスタンドで給油して、R33を砥部町向いて南下する。昼前の国道は混雑していた。二人のバイクも車列の一部となって、ゆっくりと走る。空には厚く雲がかかっていて、今にも雨が降りそうだ。
「リンさん、今日は旧道を上がるよ」
「いいよ」
のんびりと走っている車列が、みんなバイパスに流れていく。前に車がいなくなり、二人はペースを上げた。後ろから走り屋の車が何台かついてくる。
「リンさん、よけるよ」
ジニーとリンは左ウィンカーを点滅させて道の端に寄る。その横を走り屋達は追い越していった。
「あいつら速そうだな」
「後ろからつつかれるの嫌だもんね」
「うん。車の方が速いからね。それに僕らは楽しく走りたいんだし、怖い思いして走り屋と競争なんて勘弁だぜ」
車はあっという間に見えなくなった。二人は楽しくコーナーを駆け抜ける。峠を越えてしばらく走ると、バイパスと合流する。
「ジニーおなかすいた。どこかでお昼にしよう」
「そうやな。少し早いけど、久万の街中で昼にするか」
「久しぶりにT郎にしない?」
「いいね。もうお店開いてるかな?」
「11時40分だから空いてるでしょ」
リンの言う通り、お店は開いていた。早速バイクを駐車場に止め、ヘルメットを脱いで店に入る。
「いらっしゃいませ。空いてるお席にどうぞ」
2人はテーブル席に座り、お水を持ってきた店員さんにオーダーする。
「みそのニンニク抜き2つと餃子ひとつ」
「ミソ2餃子1ですね。かしこまりました」
店員さんは大声でオーダーを通す。
 しばらく待って、ミソラーメンと餃子が運ばれてきた。二人は箸を取る。
「いただきます」
ジニーは早速ラーメンをすする。
「うん。やっぱりT郎はここが一番うまいな」
「私もそう思う。チェーン店なのに何が違うんだろう」
「多分水だね」
「あ、なるほどね」
2人は久しぶりにおいしいミソラーメンを堪能した。
「さて、行きますか」
お店を出る。外はいつの間にかお日様が照り付けていた。
「ジニー良かったねー。天気良くなったみたいよ」
「濡れずに済みそうだな」
バイクに戻り、ヘルメットを被る。
「リンさん何時?」
「えーと、12時10分」
「12時か。40分くらいかかるかな」
「ジニー出るよ」
「はいどうぞ」
リンが前になって、出発した。
 R33から県道12号に左折する。峠を上がってトンネルを抜け、久万高原町の奥に進む。整備された2車線の快走路なのだが、交通量が少ない。二人は走りを楽しみながら走ってゆく。四国霊場の岩屋寺を横に見ながらさらに走ってゆくと、御三戸から来る県道212号とT字に当たる。そこを左折してさらに奥へと進む。道はいつの間にか県道12号になり、面河渓まで続いている。やがて石鎚スカイライン入り口が右手に見えてくると、その先に面河山岳博物館がある。ジニーとリンは、博物館の下の駐車場にバイクを乗り入れ、並べて止めた。エンジンを切り、ヘルメットを脱ぐ。
「着いた。リンさん何時?」
「12時40分だよ」
「思ったより早く着いた」
「道が空いてたからね」
2人は階段を上り、入り口に向かう。入場料2名900円を支払い、2階の展示室に向かう。
「何回も来たけど、昆虫の標本は充実してるね。見てて飽きないや」
「そう?」
「うん。これなんか1mmくらいしかない甲虫に名札付けて、箱にいっぱいピンでとめてるし。僕の老いた目では輪郭もぼやけて見えないや」
「年寄り眼鏡は?」
「忘れた」
「また?」
リンがあきれたような顔をする。
 いろいろな昆虫の標本を見て回っていたジニーが、途中で止まったまま動かなくなる。
「ジニー?」
「・・・お。眠ってた」
「立ったまま寝るなよ~」
「無性に眠くなった」
「もう、次行くよ」
リンにせかされて、ジニーは動き出す。一通り展示を見て、一階フロアに戻る。大きな虫箱がいくつも置いてあり、のぞくとクワガタやカブトムシがいた。
「リンさん見て。10月なのにまだ生きてる」
「ちゃんとお世話しているからじゃない?」
「ふーん」
ジニーが感心したように返事する。
 売店で冊子を買ってから、博物館を出る。
「リンさんまだ14時30分だけど、このまま帰る?」
「私、土小屋terraceの水筒が欲しいんよね」
「それって、この前さんざん悩んだ挙句、買わなかったやつ?」
「うん、それ」
「じゃあ今からスカイライン上がるか。時間は充分あるし」
「そうしよ」
2人はヘルメットを被り、バイクを始動する。駐車場を出発してすぐの所を左折して、石鎚スカイラインを土小屋目指して走り始めた。
「路面気を付けて。昨日の雨で木の葉っぱとか流れてきてるかもしれんから」
ジニーはそう言ったが、道は乾いていてゴミもでていない。前走車もなく、快適に走ってゆく。
「残念、今日は石鎚山見えんなあ。雲に隠れてる」
「わあ、すごい雲。土小屋雨降ってないよね?」
「多分大丈夫じゃない?土小屋の方には雲無いから」
ジニーの言う通り、二人は雨に降られることもなく土小屋terraceに到着した。珍しくバイクが1台も居ない。
「リンさんあれ見て。UFOライン通行止めになってる」
「ほうなん?なんで?」
「ほら、あれ」
ジニーが指さす方に、立て看板があった。
「四国のてっぺん酸欠マラソンだって」
「あ~それでか。道理でバイクが居ないと思った」
二人はいつもの前下がりの駐輪場にバイクを止める。ヘルメットを脱ぎ、バイクに引っ掛けて店内に入った。リンは他の物には目もくれず、目的の水筒を手に取った。
「う~ん、どうしよう」
リンが何か悩んでいる。そこへ店員さんが声をかけてくれる。
「何かお探しですか?」
「これはもう現品限りですか?」
「少しお待ちください。在庫確認いたします」
店員さんは裏にひっこんだが、すぐに出てきた。
「すみません。その水筒はそれが最後の一個です」
「追加の入荷とかは?」
「今年の新規入荷はありません。来年になります」
「これってここの限定品ですよね?」
「はい。このデザインは、ここでしか売っていません」
「う~ん、じゃあこれください」
「ありがとうございます」
リンは現品限りの水筒を買った。
「さてジニー。用事は済んだ。寒くなる前に帰ろう」
「わかった」
ジニーが時計を見ると、15時丁度だった。前下がりの駐輪場からバイクを引っ張り出し、二人は出発する。スカイライン途中で見える谷の反対側の御来光の滝を、走りながらチラ見して、どんどん下ってゆく。珍しく、一台の車も走っていない。おかげで気持ちよくスカイラインを走ることができた。関門ゲートを通過し、鳥居をくぐり、県道12号をどんどん下ってゆく。いくつかの集落を通り、R33合流点の手前の県道210号線へ右折して岩屋寺の前を通過する。峠のトンネルを越えて道は久万高原町のR33にT字に合流する。そこを右折して、松山方面に向かう。
「道の駅さんさんだ。リンさん休憩は?」
「要らない。日蔭になって寒いし」 
「了解」
2人のバイクは道の駅さんさんの前を通り過ぎる。
「リンさん旧道降りるよ」
「どうぞ」
バイパスになだれ込んでゆく車列から離脱し、バイク操作を充分に楽しみながら、旧道をのんびりと下りる。 
 バイパス合流点から再び道は混雑する。そこからは車列の一部となり、砥部町から松山市に向かってゆっくりと走る。市内を走り抜けて、16時40分自宅に帰着した。
「お疲れ」
「おつかれさま」
2人はバイクを車庫に仕舞う。
「ジニー今日は近場だったね」
「まあ、朝遅かったし、距離も170Kmしか走っていないしね」
「楽しかったよ」
リンはそういうと、家に入っていった。
「僕も充分満足したな」
ジニーはそう独り言をつぶやき、玄関でバイクシューズを脱いだ。

還暦夫婦のバイクライフ 23

還暦夫婦のバイクライフ 23

  • 随筆・エッセイ
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-10-31

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