好かれる秘訣
甘いものは好きでしょう
膝小僧が甘い匂いを発して、とても嬉しくなった。
努力はすぐに目に見えて表れはしなかったが、三か月経って、それが亀の歩みだとしても、やっと成果は実を結んだようだ。
制服のロングスカートをまくり上げると、茶色にテカテカ光る脛が見える。ビターチョコと化した脚はいつでも美味しそうに見えた。脚はチョコになるのは噂での常識だが、腹部は、胸部は、腕は、顔はどんな甘いものになるのだろうか。考えるだけで嬉しくて仕方がない。
しかし、人間の体を魅惑的なものに改造するのはややこしい障害がついてくるらしい。
雑誌ではその苦しみが載っていなかったが、とてもつらい。常に頭はボーっとするし、体力が著しく落ちた。
それに、いいかげんお菓子以外の物を頬張りたい気持ちでいっぱいになる。
最近はもうお菓子を見るのも億劫になった。甘い匂いを嗅ぐと胸に大きな空気の塊が詰まるようだった。
私は空腹の胃を満たすために、目をつぶって無理矢理自分の口にお菓子を詰め込むのだ。拷問のようで、ぽろぽろ涙がこみ上げてくる。
『好きな男性の望む姿になりたい』『もっと好きになってほしい』そういった願いはいつの時代も女性に付きまとってくるだろうし、それは叶った時大きな喜びになるだろう。
特に若い男子なんか馬鹿みたいなもんだ。
女性が見た目を飾らないと好きになってくれやしない。
着飾った途端、発情期のサルみたいな顔をして近寄ってくる。
逆に言えば、着飾ってないうちは、見え透いた結果があるのに告白しても、するだけ辱めをうけるのだ。
お菓子だけを食べて肉体をお菓子にするといった行為は最近の女子高生の間でものすごく流行っていた。甘党の男性が増えたってことだ。
「ねぇユミ、顔色悪いよ」
またぼんやりしてしまっていたようだ。カオリが私の顔を覗き込んでいた。
いつの間に授業が終わっていたのだろう。
周囲も緊張感がとけた空気がまどろんでいる。
「カオリ…、そうだ。カオリも見てよ」
私はビターチョコ滴る細い足を彼女にも見せる。
「ユミもやってるの?それで病気になっちゃった子も隣のクラスでいるじゃん」
てっきりこの努力を称賛してもらえると思っていたのに、苦い顔をされた。
私はそんなに怒らなくてもいいことなのに、頭が瞬間沸騰して、泣きそうになった。
私の意志とは別に、私の手はカオリの頬を思いっきりぶってしまう。
破裂するような音がして、まどろんだ空気がショックを受けるように張り詰めた。教室に残っているクラスメートがこちらを見ているのがわかる。
手の感覚がなかった。カオリをぶったこの手も、どんなお菓子になるのだろう。
私は何も言わず学校を早退して、帰り道を一人で歩いていた。
近くの駅の周囲の商店街をうろうろする。どこにも留まっては居たくないのだ。なにかをしなくてはならないのだ。
美人の女性を見かけた。OLだろうか。その女性の顔以外はお菓子に変化していた。おまんじゅうの先にポッキーとトッポが交互に生えていた。場所からして手なのだろう。そのお菓子の塊を器用に動かして、ケータイを弄っている。羨ましいと思った。
公衆トイレに駆け込んで吐いた。ほとんど胃液しか出なかった。
あんな甘い存在になるには、どれだけの苦痛と気が遠くなるほどの時間を費やさねばならないのだろう。
私はこんなにも苦しいのに、まだ美しくない。
手や口を洗っていると、水の滴る私と目が合った。
まだまだ人間だった。クラスで女子にモテている彼に告白なんでできそうにない女だった。甘くならない女が鏡の中からこちらを見ていた。まるで制御不能な生き物で、獣臭い外見をしている。
爆発するように脳内で苦しいものが分泌された。
眼球はあふれ出る涙に覆われた。鏡の中の女は顔を歪めた。言い訳がどこにもできないほど彼女は不細工だった。
好きな人には恋人さんがいた。そんなに可愛くもない女の子だった。
背も高すぎるし、頭は良いわけじゃないし、彼がどんな話をしても、平々凡々な顔面の造りでうんうんと頷く程度の会話しかしていなかった。絶対に不釣り合いだった。
恋人さんは顔面までお菓子で満たされていた。
とても美味しそうな表情をしてケーキを頬張り、幸せだと言わんばかりの微笑みで彼に頬張られていた。彼の好きな部分は頬のクレープ生地のようで、キスマークが常に残っていた。
彼らは学校内でも平気でイチャイチャしていた。
いつも私はそれを見ないようにしていたのだけれど、視界に嫌でも入ってきた。なぜ見てしまうのだろう。そのたびに絶叫しそうになった。両手で口を押えないと、私の叫び声が漏れ出てしまいそうだった。
私があんな子に負けるわけがない。私が全身お菓子になれば、きっと彼は振り向いてくれるのだ。
頭ではそんなことありえないとわかっている。でも、そういう結末が来てくれないと、私はもうこの恋を殺してしまうしかないのだ。
何度も諦めようとしたのに、『好きになってほしい』という気持ちが私の中で暴れ回る。私は全体重をかけて馬乗りになる。それの首を絞めようとしたのに、いつも自分自身を殺し切れない。私自身の首が締まるようだ。どうしようもなくて、どうしたらいいのかわからなくて、私は逃げ出したくなる。
胃の中の物をすっかり出し切ると、近くにあった人気のコーヒーショップに入った。
ここのケーキが甘ったるくて私の肉体改造にはいい効果を出している。
カフェインの入ったものが好きだったけれど、コーヒーなど苦いものは摂取できない。
いつの間にか息を切らしたカオリが私と向き合って座っていた。
最近、聞こえるはずのない悪口がよく聞こえた。
一人きりで部屋にこもっていても、それは私を背後から襲った。私はそれを不快に思わない。
幻聴だけじゃなく、幻覚まで見え始めたのだろうか。カオリはまだ学校に居るはず。
カオリは真っ黒なコーヒーを実に美味しそうにすすった。
コーヒーは湯気をたててカオリへとのぼっていた。
カオリは私の目を見てはくれない。彼女は私の一番の友人なのに。
今日もいっぱいおしゃべりして、いつまでも家に帰らずに、夜になっても悪口や世間話をだらだら繋げる予定だったのに。目の前の友人は非常に怒っている。
罪悪感の洪水が世界を水浸しにしていた。私がやったことなのに。
「ほっぺ、ごめんね」
彼女の目が私を捉えた気がした。私はうつむいて言葉を転がしてたから、こちらを見たのかどうかは見えなかったのだけれど。
「私がなんでユミに怒ってるか、わかる?」
「叩いたからでしょう?」
『許す』という一言が一秒でも早くほしくて、早口になった。
「それは違うよ」
カオリの手が私の手を包み込む。非常にあたたかくて、私を否定していなかった。私の手はお菓子ではないのに。
顔をそろそろと上げると、カオリと目が合った。カオリは微笑んでいた。
「私、甘ったるいのじゃなくて、苦いけど独特な味が好きなんだ」
コーヒーみたいな。と言葉を紡ぐ彼女へ、妙な感情が湧きあがった。
私は一日に何度泣けば気が済むのだろう。溢れた涙は重力に従って落ち、顎へ到達する前に自身の唇へ吸い込まれた。
なぜか苦い味がしたけれど、それはあたたかくて、まぎれもない私の味だった。
好かれる秘訣
好きな人のハニーにはなりたいものですね
糖分の塊のような女の子は可愛いことでしょう。