UNI―CON
壱
光が。
爆ぜた。
「きゃあっ」
悲鳴をあげ。身を伏せる。
「なな、何なんですかぁ」
と、すぐはっとなり。
「白姫(しろひめ)、ユイフォン! 大丈夫ですか!?」
しばらくして。
「ぷりゅ……」
「う……」
「よかった。大丈夫で」
「ぷりゅーっ」
パカーーーン!
「きゃあっ」
蹴り飛ばされる。
「って、なんでですか!」
「責任問題だし」
「責任問題!?」
「アリス、せーしんてきくつーを与えたんだし」
「精神的苦痛って」
「シロヒメをびっくりさせたし」
「自分がしたわけじゃありませんよ!」
完全な言いがかりだ。
(そんなことより)
いまの光の正体が何だったのか確かめないと。
「あ」
そこに。
「ぷりゅ」
「………………」
いた。
「う?」
思わず。
「白姫がいる」
「なに言ってんだし、ユイフォン」
ぷりゅっ。こちらでもいななかれる。
「シロヒメ、ここにいんだし」
「いる」
しかし。
(この子)
そっくりだ。間違いなく。
かなり小さめではあるものの。
「あっ」
気がつく。
「これって」
近づく。
「角なんじゃないですか」
「ぷりゅぅ?」
「うー?」
共に。顔を寄せる。
小さくて目立たないが、そこには確かに。
「ユニコーンだし」
「えっ!」
聞いたことはある。でも、それは伝説上の生き物で。
(あっ)
そういうことがおかしくない世界に自分たちはいる。
卵土(ランド)。
そう呼ばれる世界に。
「ぷりゅ?」
驚いているこちらを見て。首をかしげる。
「か……」
思わず。
「かわいいですねー」
「かわいいんだし」
当然と。
「馬はみんなかわいいんだし」
「いえ、ユニコーンですけど」
「ユニコーンだって、ペガサスだって、基本馬なんだし。白馬なんだし」
「それは」
見た目に関しては、言われた通りだ。この小さなユニコーンの子も白い肌をしていて、それでそっくりにも見えたのだから。
「どうするの」
「えっ」
唐突に。
「この子」
「それは」
言葉に詰まる。
「えーと」
辺りを見渡すも、親らしい馬でなくユニコーンの姿はない。
「どうしたんでしょう」
表情が曇る。
「この子だけ、どうして」
小さな身体を抱き上げる。
「ぷりゅ?」
特に悲しげな様子もなく。首をかしげられる。
そこへ。
「ぷりゅぷりゅ」
「ぷりゅ?」
「ぷりゅ。ぷりゅりゅ」
「し、白姫?」
唐突に始まった会話(?)に戸惑っていると。
「わかったし」
「えっ」
「シロイチモンジだし」
「し……」
シロイチモンジ?
「『白い』に『数字の一』に『文字』で『白一文字(しろいちもんじ)』だし」
「な、何ですか、それは」
「名前だし」
「名前?」
それは。
「この子の」
見た目のかわいらしさと裏腹に。なかなか勇壮だ。
「日本刀みたいですね」
「カッコイイんだし」
ぷりゅ。それでいいと言うようにうなずき。
「その上さらに、かわいいんだしー」
「ぷりゅー」
すりすり。お互いに鼻先をすり寄せ合う。
「白姫に白一文字……」
「どっちも、白」
「ですね」
うなずく。
「で」
あらためて。
「どうするの」
「それは」
「連れてくし」
「えっ!」
当たり前のように言われ。
「つ、連れていくんですか?」
「ぷりゅーっ」
パカーーーン!
「きゃあっ」
蹴り飛ばされる。
「なんて、ひどいアリスだし」
「ひどいのは、白姫です!」
ヒヅメ跡の顔で抗議するも。
「ひどいんだし! こんな小さな子を見捨てていこうなんて!」
「見捨てるつもりは」
「あるんだし! だから、連れてかないなんて言うんだし!」
「連れていかないなんて言ってませんよ!」
でも。
「自分たちは」
するべきことが。
「葉太郎(ようたろう)様を」
そうだ。
そのために、こうして『外』に来た。
行く当てもない異世界での放浪。そこをひとまず保護された自分たちが、またこうして旅をしているのは。
「葉太郎様のためじゃないですか!」
大きな声が。
「自分たちは……葉太郎様を」
わずかであっても。力になりたい。
そんな気持ちゆえの、危険を承知の再びの探索行ではないか。
「だいじょーぶだし」
自信満々に。
「シロヒメがいるんだから」
「それは」
「シロヒメはヨウタローの愛馬だし。どこにいてもわかるんだし」
「それは期待していますけど」
「とーぜん期待するし」
ますます。胸を張られる。
「だ、だから」
話がずれている。
「自分たちは、その」
「見て」
「えっ」
不意の。
「あっ」
歩いていた。
「ぷりゅ、ぷりゅ、ぷりゅ、ぷりゅ」
リズム良く。いなないて。
「え、ちょっ」
さらに。
「こっちだし!」
「えっ」
「ヨウタローだし!」
「ええっ!?」
あまりに唐突な。
「いるんだし! この子の行くほうに!」
「そうなんですか!?」
「そうなんだし。ぷりゅピーンときたんだし」
「『ぷりゅピーン』って」
「シロヒメの馬力(うまりょく)、なめんじゃねーし」
「はあ……」
こちらの世界に来てからするどくなった〝力〟とのことだが。
「一緒に行くんだし!」
「あ、はいっ」
目的地が同じということであれば。
「ぷりゅ、ぷりゅ、ぷりゅ、ぷりゅ」
「って、白姫までリズムを合わせなくていいんですよーっ!」
弐
「カレーはだめなんです!」
悲痛な叫び。
「ああっ」
くらくらっと。
「ごめんなさい……」
膝をつく。
はかなげなその様子に、露店の主人が驚いて近づく。
「すみません」
助け起こされ、弱々しくお礼を言う。
「カレーなんです」
何が? という問いかけより早く。
「カレーが問題なんです! 私にとって!」
あぜんと。
「ごめんなさいっ」
涙ながら。露店の前から走り去る。
「ああっ」
くらくら。
「あっちからも、こっちからも」
刺激的なスパイス臭。それはすなわち『カレー』に変換される。
「お醤油とお味噌ならいくらでもよかったのに」
さめざめと。
が、すぐに頭を振り。
「ううん。くじけてる場合じゃないの」
自分には。
「くーちゃんを」
探すという。
「くーちゃん」
呼んでみる。
きょとんとして。周りの者が見てくる中。
「くーちゃん、どこなのー」
人で混み合う通りを進む。
「きゃっ」
転ぶ。
「痛たた……」
泣きそうになる。
けど。
「くーちゃん」
立たなければ。
だって。自分は。
お姉ちゃんなのだから。
「あの」
そこに。
「大丈夫ですか」
心配そうな声。
こちらを見ていたのは、金髪をなびかせた優しい顔立ちの女の子だった。
と、その脇から。
「ぷりゅーっ」
「あっ」
飛びこんできた。小さな影を受け止める。
「白一文字……」
ふわり。安堵の笑みが広がる。
「もー、どこにいたのー」
「ぷりゅー」
うれしそうに。頬ずりを交わし合う。
「え、えーと」
戸惑いを見せつつ。
「その子はあなたの」
「あっ!」
はっとなり。
「くーちゃんは!? 白一文字!」
「ぷりゅぷりゅぷりゅ」
首を。横に。
「そっか……」
がっくり。肩を落とす。
「だ」
あらためての。
「大丈夫で」
「ないよぉ~」
情けなく。
「なーんて」
「えっ」
「だめだよね」
「は、はあ」
ついていけていない。そんな反応を。
「私はお姉ちゃんなんだから!」
「きゃあっ」
突然立ち上がられ、悲鳴があがる。
「お姉ちゃんがしっかりしないと! ファイト、私!」
(お、お姉ちゃん?)
反射的に。思い浮かぶ。
(ユイファさん)
元いた世界で『お姉ちゃん』だった人。
あちらは使用人服姿に眼鏡で、こちらと見た目の印象は違うのだが、優しげな雰囲気がどことなく似ていて。
「……あ」
思いがけなく。
「あ、やっ」
ほろりと。こぼれたものがあっという間に止まらなくなる。
「えっ」
驚きの声。
「ど、どうしちゃったの」
自然に。
こちらを包みこむように抱きしめてくれる。
「どこか痛いの? ここ?」
「い、いえ」
何と言えばいいのだろう。
それでもはっきり。伝わってくる。
優しさ。
(お姉さん……)
なのだ。やはり。
「泣き虫だしー」
「し、白姫っ」
恥ずかしさに声が大きくなる。
「あっ」
そこでまた。驚いたように。
「白一文字の……お姉ちゃん?」
「ぷりゅ?」
「かわいいねー」
なでなで。
「ぷりゅー」
心地よさそうに。
(え、えーと)
なぐさめられていたと思ったら。
(なんだか)
どこまでも自分ペースというか。
「あっ」
ぐぅぅぅぅ~……。
「はわわっ」
懐かしい人の面影が、共に過ごした団らんの記憶まで呼び覚ましたというか。意識したわけではないのに、そこに並べられた料理の思い出に反応したというか。
「あら?」
「あ……!」
聞かれていた。
「そっかー。お腹すいてたんだね」
「え、いや」
「かわいそう」
ほろり。涙を見せ。
「泣いちゃうほど、腹ペコさんだったんだ」
「い、いや」
何と言えば。
「いやしいんだしー」
「いやしくないです」
そこは否定する。説得力はないものの。
「わかった。じゃあ、私がごはんを」
ふらふらと。
歩きかけたところで膝をつく。
「えっ、お、お姉さん?」
何があったのかと。
「だめ……」
「えっ」
何が。
「カレーが」
「カレー?」
「カレーは……だめなのぉ」
くらくらくらっ。
「あっ、し、しっかり! しっかりしてください、お姉さーん!」
参
「それで」
やれやれと。
「戻ってきたというわけか」
「しょーがないアリスなんだし」
「だ、だって」
あたふたと。
「お姉さんを放っておけませんし」
「放っておけない」
「ほら、ユイフォンだって」
「変だから」
「って、ユイフォン!」
話題のその当人は。
「うわぁー」
よろこんでいた。
「いい匂い~」
くんくん。
鼻をひくつかせる。
「やっぱり、お味噌だよねぇ」
「は、はあ」
何と答えればいいのか。
「ほらほら、アリスちゃんたちも座って」
「えっ」
「食事はみんなで一緒にしないとだめです」
「はあ」
諭されてしまう。
「座りましょうか、ユイフォン」
「う」
こちらもうなずく。
食卓。そこには炊き立てごはんにみそ汁、細々としたおかずという、まさに和の朝食といった献立が並べられていた。
「はい、手を合わせてー」
従ってしまう。
「いただきまーす」
「い……」
「いただきます」
二人して。頭を下げる。
(うわぁ)
感動がうつったということでもないのだろうが。
思い出と重なる目の前の光景に、あらためて胸にじんと来るものを感じる。
(懐かしい)
またも涙が出そうになる。
(って)
心配させるようなことは、もう。
ぐっとこらえ、ごまかすようにごはんをかきこむ。
「おいしいね」
「は、はひ」
口にものを入れたまましゃべりそうになり、あわててよく噛んでそれをのみこむ。
「ふふっ、落ち着いて」
「はい……」
恥ずかしい。
優しい。
こちらに向けられるその眼差しは変わらない。
(本当に)
お姉ちゃんな人だな。思ってしまう。
(ユイファさんがいたら)
どうなっていただろうか。
あちらも〝こだわり〟のある人だからケンカ――にまではならないとしても、結構微妙な空気になりそうだ。
「おいしい」
「ほら、ほっぺにごはんが」
「うー」
うれしそうに。世話を焼かれるにまかせる。
もともと甘えん坊なほうではある。頼りがいのある六歳の女の子のことも〝母〟と慕ったりするのだから。
「白楽(はくらく)、料理上手」
「それはよかった」
まだあきれ顔のままで。
「でも、驚きました。これも馬法(まほう)で」
「何を言っている」
いっそうのあきれ顔。
「馬が料理を作れるわけないだろう」
確かに。基本、馬に関わるようなことしか起こせないらしい。
〝馬〟法ゆえに。
「じゃあ」
自分で作ったと。
(確かに、白姫も器用なんですけど)
馬離れして何でもできてしまう存在を身近に知ってはいるが。
(けど、馬は馬なわけで)
馬にできないと言いながら、それをこなしてしまうのはどうなのだ。
なんだか混乱してくる。
「ここは狭間だからな。食材の融通は効く」
そういうものなのか。
と、そこに。
「まほう?」
首をかしげられる。
「あの、この人は……って、人じゃないんですけど」
「馬法使いだ」
本人が。でなく、本馬が。
「魔法使いさんですか」
無邪気に。
「けど、よくないよ」
唐突に。こちらに。
「『人じゃない』なんて。魔法使いさんだって人なんだから」
「いやいやいや」
横からツッコミが入り。
「本当にわたしは人じゃない」
「ええっ!」
「馬だ」
「あー」
納得したのか、していないのか。
だが事実だ。
長い歳月を経た仙馬。
そう称し、実際に不思議な術を数多く使う。
見た目、馬の耳を生やした人間だというのも、その力の一端だ。
ここ――〝月の庭園〟と呼ばれる場所も周囲と隔絶されていて、異世界の中の異世界とも言うべき不思議な森なのだ。
あてもなくさまよっていたところを保護されたのも、この森にだった。
「なるほどー」
わかったのか、わかっていないのか。
「かわいいですよねー」
目を向ける。そこでは。
「ぷりゅー」
満足そうないななきをもらし。並んで飼い葉を食べる姿が。
「馬はみんなかわいいです」
「あ……ああ」
さすがの〝馬法使い〟もこの反応には戸惑いを隠せないらしい。
(本当に)
どういう人なのだろう。いまさらながら。
「まあ、馬法でなくとも」
動揺した自分をつくろうように。
「長いこと生きていれば料理くらいできるようになる」
言って。
「こっちはどうだ」
聞きながら。たてがみをなでる。
「おいしいんだし。さすがはシロヒメのご先祖様だし」
「ぷりゅぷりゅ」
うなずく。
「白一文字もよかったねー」
「ぷりゅー」
同じくなでられ、うれしそうにいななく。
「あ、ごはんの途中でお行儀悪いよね」
はっとなり。席に戻る。
「じゃあ、あらためていただきまーす」
そして。
「ごちそうさまでしたー」
最後までご機嫌に。食事を終え、手を合わせる。
「本当にごちそうさまでした」
深々と。
「縁もゆかりもない私に、こんなおいしいごはんをいただけて」
「仕方ない」
肩をすくめる。
「突然戻ってきて、何かと思えば」
「ご、ごめんなさい」
今度はこちらが頭を下げる。
「葉太郎様を探すために外に出たのに」
「そうだな」
かすかに思案する目になる。
「? どうしました」
「……ああ」
はっきりしないという口ぶりながら。
「近い」
「えっ」
「だから、わたしは」
そこはゆるぎなく。
「いると感じた」
「え、あの」
どういうことだ。
「だって」
確かに言った。
そっくりだ――〝父〟を知るゆえにその『感じ』が非常に似ていると。
「だから、葉太郎様かもしれないって」
「似ているのだ」
くり返す。
「この」
向けた視線の先。
「え……」
まさか。
「あっ!」
あわてて気づいたと。
「ごめんなさいっ」
「えっ?」
なぜ、あやまったり。
「不覚でした!」
不覚?
「ごはんまでいただいてるのに、名前もまだ言ってなかったなんて」
「あ……」
そういうことか。
けど、言われてみれば。
といっても、倒れたところをつれてきて、そのまますぐ食事ということになってしまったのでそんな暇もなかったのだが。
「はわわっ」
こちらもはっとなり。
「自分のほうこそ、まだ名前を」
「ううん。こういうときは、まずお姉ちゃんの私のほうから」
「いいえ、自分から」
無駄に。お互いに譲り合う。
そこへぽつり。
「どっちも変」
「だな」
やれやれと。何度目かという。
「先に進まねーし!」
パカーーン!
「きゃあっ」
「いま蹴られたのが、アリスだし」
「どういう説明の仕方ですか!」
「わかりやすくしたんだし」
「何をですか!」
「顔のヒヅメ跡で見分けがつくし」
「そんなことしなくても見分けられます!」
「じゃあ、ユイフォンにも」
「う!」
驚きあわてて。
「何玉鳳(ホー・ユイフォン)っ」
名前を口にする。
「シロヒメはシロヒメだし」
胸をそらし。
「こっちはシロヒメのご先祖様でハクラクなんだしっ」
「やかましい子孫だな」
やはり。やれやれと。
「白楽(はくらく)だ」
自ら名乗る。
「あと、本当はパパもいるんだし。ママも一緒なんだし」
「あ、あの」
説明が必要だろう。
そのことを伝えようと口を開きかけたとき。
「大家族」
「えっ」
「なんだねぇ」
にっこり。
「うちは私とくーちゃんだけだから」
「ぷりゅっ」
「あ、ごめん、白一文字もいたよね」
ぴょんっ。跳んできた小さな身体を優しく抱き上げる。
「えへへー」
「ぷりゅー」
「あ、あの」
自分たちだけの世界に入られても困るのだが。
「一文字天(いちもんじ・てん)」
「えっ」
「わたしの名前」
向き直り。
「一文字天です。よろしくね」
「はい、天……お姉さん」
かしこまって。あわあわと頭を下げる。
「一文字空(いちもんじ・くう)」
「えっ」
「わたしの」
真剣な眼差しで。
「絶対に見つけないといけない……たった一人の弟だよ」
肆
「お姉ちゃん……」
ふー。
弱々しく。ため息を。
「あっ」
こちらを見る視線に気づき。
「お、おいしいカレーですね」
事実。
それはとてもおいしい『カレー』だった。
(けど)
姉の。
いつもの料理を自分は求めている。
(ここって)
空をあおぐ。
まぶしすぎるほどにまぶしい太陽が視界を圧する。
(どこなんだろう)
まばたきして。その目を周りに移す。
異国情緒あふれる乾燥地帯のバザーという趣き。映像でしか見たことのない光景だ。
(う……)
心細さに胸がしめつけられる。
(お姉ちゃん……)
たった一人。自分を庇護してくれるその人もいない。
と、心配そうな視線に再び気づき。
「あ、あの」
空になった器を返す。
「ごちそうさまでした。とてもおいしかったです」
親切そうな老婆は、笑顔でそれを受け取る。
「ありがとうございます」
あらためて。頭を下げる。
本当に助けられた。
突然の。
見知らぬ地での単独行。
商店の立ち並ぶ市場らしいということはわかり、意思の疎通もなぜか可能だったが、行きかう人たちの服装は自分の慣れ親しんだ生活圏からはかけ離れていて、なおかつ人でないと思われる者まで見受けられる。仮装? コスプレ? 詳しくはないが、そういうものの会場を思わせるところだった。
そして、当然のように貨幣も異なった。
幸いなことと言っていいのか、食料は持っていた。姉との買い物の帰りだったからだ。
しかし、見知らぬ場所で調理前の素材だけでどうすればいい。当たり前だが調理器具などないのだ。
生で食べられる野菜や加工品で一時をしのぎ、その間に姉を探そう。
そう思って歩き出して間もなくのことだった。
親切な老婆に声をかけられたのは。
(僕って)
やはり情けなく見えるのだろうか。
こんな異邦の地でも。
いや、むしろその心細さが表に出て、かえってそう見られてしまうのかもしれない。
「ふー」
ため息。思わずの。
「あっ」
だからだめだ、心配をかけさせるようなことは。
「あの、これ」
とっさに。手にしていた買い物袋を差し出す。
「お礼って言えるほどのものじゃないんですけど、よかったら」
静かに。首を横にふられる。
「でも」
本当にいいのかと。
ちらり。
後ろの通りに目を移す。
小屋。と言うにも差しつかえのあるような、そんな貧層な建物の数々。にぎやかな市場に挟まれるようにあるその薄暗い界隈は、明らかに経済的には恵まれていないと思われる居住空間だった。
表通りで声をかけられ、つれてこられたのが通りの入り口。
そして、料理のよそわれた器を持ってきてくれた。
スパイスの効いた汁料理。
空腹の身には心まであたたまるおいしさだったが、質素なものであるのは間違いない。
すこしでも生活の足しになれば。
そんな思いで渡そうとしたのだが、頑なにこばまれる。
「どうして」
にっこり。
「っ」
わかった。
いいのだ。
困っている人に優しくする。それだけで満たされている。
心から。
(……すごい)
自分に。
同じことができるだろうか。
苦しいときに。決して十分と言えないようなときに。
それが、どれだけすごいことか。
強いことか。
「ありがとうございます」
あらためて。心からの。
そこへあたたかな笑顔が返される。
「バーカ」
「え」
突然の。
「あっ」
奪い去られる。
「え、あっ」
どういうことか。理解できないでいると。
「こんな状況だってのに、よくボーッとしてられるよな」
そのまま。
「ああっ!」
後ろ手に。
(何!?)
あわてることしかできない。
「情けねー」
「!」
ようやく。
「……だ……」
信じられないと。
「大地(だいち)君!?」
「急いでください!」
「タクシーではないぞ、わたしは」
やれやれと。
「そんないじわる言わないで!」
「あ、あの、お姉さん」
一人あせりまくっているそこへ。
「あまり無理は」
「無理だってするよ! お姉ちゃんだから!」
「えーと」
それではもう何も言うことができない。
「まだ決まったわけでは」
「決まってからじゃ、遅いの!」
言われてしまう。
どうしよう。そんな目を向けると。
「あらためて説明するからな」
仕方ないと。
「ここは卵土とは、世界の位相のあり方が異なるんだ」
「わかりました!」
「………………」
うんざりして。言葉を止めかけるも。
「道をつなげるには〝機〟というものが必要になる」
「キですね!」
「……わかっているのか」
「はい! いっぱいありますから!」
「それは『木』だ!」
頭をかかえたくなる。
「タイミングだ、タイミング! ゆらぎの波が異なると道がつなげられない! 向こうへは行けないんだ!」
「けど、わたしたちがいたあの街には」
切々と。
「くーちゃんがいるんですよね!」
「かもしれないというだけだ」
「かもでも!」
力が入り。
「行きます! お姉ちゃんですから!」
「止めるつもりはない」
疲れ切った顔で。
「だから、何度も言う通り行く手段が」
「行こう、白一文字!」
まったく聞いていない。
「あ、あの」
フォローというわけではないが。
「こっちに帰るときはすぐでしたよね」
そうなのだ。
あの市場街での出会いと介抱の後、安全に休める場所をということでこの〝森〟に戻ってきた。万が一のときのため、お互いの連絡方法は決められていた。
「シロヒメのおかげだし」
割りこんで。
「シロヒメのぷりゅぷりゅセンサーがご先祖様とつながってんだし」
「ないですよ、そんなセンサー」
名称はともかく、その〝機能〟は確かにある。同じ血族ゆえか遠く離れても意思を通じあえる。いわくそれも『馬力』とのことだったが。
とにかくもこちらの事情を伝えてもらい、戻してもらったというわけなのだ。
「ぷりゅぷりゅテレパシーなんだし」
「テレパシー……」
「ぷりゅパシーだし」
「だから、ないですよ、そんな言葉」
「つながってるのは間違いないし」
「つながってますけど」
そこへ。
「わたしだってつながってるよ!」
対抗心を燃やし。
「くーちゃんと! お姉ちゃんだもん! 姉弟だもん!」
「わ、わかりましたから」
あわあわとなだめる。
「わかってくれるの? ありがとう!」
手を握られる。
「えーと」
何と言えばいいのか。
「くり返し言うぞ」
代わりというわけではないだろうが。
「わたしが感じ取ったのは、おまえの弟とは限らない」
「でも、感じたんですよね!」
「だから」
「くーちゃんです!」
「……ハァ」
処置なし。
「あの」
熱意がこちらにも伝染したというか。
「感じたのは確かなんですよね」
「おまえまで」
「それって」
心持ち。力が入り。
「今度こそ、葉太郎様かもってことにもなるんですよね」
「………………」
無言でこちらを見た後。
「ふぅ」
ため息一つ。
「似ている」
「……!」
「としか言えないと言っているだろう」
くり返される。
「白の気だ」
言う。
「我らも白の名を冠する一族。因縁というものだな」
つまり、その特徴的な『気配』のようなものを感じ取ったということらしいのだが。
(天お姉さんからも)
それが放たれている。そう聞かされた。
親族であるなら、同じ気を持っている可能性が高いだろうということも。
「シロイチモンジも『白』だし。因縁だし」
「あの、因縁ってあまりいい意味で使いませんから」
それでも、何かの『つながり』は、やはりあるのかもしれない。
(葉太郎様たちと天お姉さんたちに)
しかし、他に家族がいるといったような話は耳にしたことがない。
(天お姉さんも心当たりはないって言ってますし)
ということは一体。
「わかりました」
そこに。
「だから」
さすがにうんざり感を隠そうともしなくなったところへ。
「わからないんですね」
「何?」
「どっちなのか」
真剣な目で。
「くーちゃんなのか、そうでないのか」
「それは」
口ごもるも、あっさり。
「ああ、わからんよ。馬法使いなどと呼ばれてもこの程度のものさ」
そもそもは。
その〝白の気〟というものを感じたということで、荒野にある市場の街に向かった。
(お父様がいてくださったら)
たまたま、別の用事で〝森〟を離れていなかったら。
きっと、自らが向かっただろう。
息子のことなのだから。
しかし、それぞれにとっても大切な相手。危険な〝外〟であろうと、何もしないではいられなかった。
だが、そこで出会ったのは。
(お姉さん……)
似た気を放っているという人物。
しかも、偶然、こちらにつれてきたことでさらなる事実がわかった。
もう一つ。
あの場所に、まだ同じような気の持ち主がいるらしいということなのだ。
最初の段階で気がつかなかったのは。
『こちらの気が強すぎたからな』
太陽に月の光が隠されるのと同じであると。
『くーちゃんです』
話を聞いて。ためらいなく言った。
さらに、突然、その気が感じ取れなくなったとの言葉を受け、いますぐ行く行けないの騒ぎとなったのだ。
「行きます」
あらためての。
「だから、おまえがそのつもりでも向こうへの道は」
「切り開きます」
言った。当然のように。
「えっ」
構える。
「お、お姉さん?」
腰に拳をそえる。
それは。
刀を抜くかのような。
実際には、そこに何もないというのに。
「できる」
「えっ」
「天、強い」
「そうなんですか」
「かもしれない」
「どっちですか!」
声が跳ねる。
「やあっ!」
するどい気声。
「っ……」
沈黙。
息をつめて見入る。
「……あれ?」
何も。起こった気配がない。
「よし」
「え、いえ、あの」
何を納得したのか小さくうなずくところへ。
「どういうことで」
「いまのは気合を見せたんだよ」
「き……」
気合? それだけ?
「じゃあ、行くよ! ゴー!」
「ぷりゅーっ」
「ちょっ、待ってください、お姉さんも白一文字もーーーっ!」
「大地君」
あらためて。信じられないとその顔を見る。
「やっぱり」
やれやれと。
「空か」
「う、うん」
「他にいないもんな」
「えっ」
「こんな」
馬鹿にする目で。
「とろくて頼りなさそうなやつ」
「ええっ」
ひどい言われよう。
意地悪だ。
けど、やはり間違いないと思ってしまう。
「姉ちゃんは?」
「う……」
弱々しく。うつむいて首をふる。
「マジか。空だけで何の役に立つってゆーんだよ」
「ううう」
言い返せない。
「まー、食い物持ってただけでもよしとすっか」
「あっ」
はっとなり。
「や、やめてよ。それは」
「あ?」
何を生意気なという顔で。
「なんだよ。逆らうのかよ、空のくせに」
「そんな」
親切にしてくれた人にあげようと思っていたものだ。大丈夫という態度を取られたが、それでもあっさり渡してしまうのには抵抗がある。
「返してよっ」
精一杯の。勇敢さで手を伸ばす。
「ああっ」
あっさりかわされる。
「か、返してって」
「欲しけりゃ、力づくで取れよ」
「大地君!」
たわいない。端からそう見られそうな追いかけっこがくり広げられる。
「う」
止まった。
「大地君?」
チャンスだ。
しかし、突然、お腹を抱えて前かがみになった姿を前に、たちまち心配のほうが先に立つ。
「どうしたの」
「なんでもねーよ」
何でもはありそうなのだが。
「なんでもねーっつってるだろ!」
そこに。
「!」
差し出される。シンプルだが豊かなスパイスの香り。
「お……」
目を見張る。
「な、なんだよ」
すぐ強がるように目をそらす。
「恵もうってのかよ。俺はそんなの」
ぐぅぅぅ~。
「くっ」
育ち盛りの身体は嘘をつけない。
「大地君……」
無理しないで。言おうとするより先に。
「食いたくて食うわけじゃないんだからな!」
意味のない言いわけを口にして。受け取った椀の中身を夢中でかきこみ出す。
「大地君」
よかった。
そんな思いで微笑んでいた。
伍
「でさ」
腹ごしらえが済み。
「どーすんだよ、おまえ」
「ええっ」
いきなり聞かれても。
「あの、大地君は」
あせあせと。
「どうしたいの?」
「つか、俺が先に聞いたんだろ!」
声を張る。まるっきりいじめっ子だ。
「言えよ」
「そんな」
「言ーーえ!」
「あのっ」
おずおずと。
「お姉ちゃんを捜したい」
「はー」
ため息。あからさまに。
「結局それかよ」
「ごめん」
「あやまるなよ。わかってたから」
腕を頭の後ろで組み。
「こんなときだもんなー。いつも以上に姉ちゃんに甘えたいよなー」
「甘えるなんて」
唇を引き結び。
「……心配なんだ」
「あ?」
「お姉ちゃんが」
息を落とし。
「僕みたいに、どこか知らない場所にいるんじゃないかって」
「そうなのか?」
興味を持ったという顔で。
「なんで、そんな風に思うんだよ」
「だって」
目を伏せ。
「僕と一緒にいるときに」
「いるときに? 何があったんだよ」
「それは」
言葉に詰まる。
(うう……)
あのときの『恐怖』がよみがえる。
「な、なんでも」
なくはない。それでも。
「とにかく、一緒にいるときに、こんなことになっちゃったから」
「ふーん」
腑に落ちていないという顔ながら。
「男が女のことを心配するのは当たり前だもんな」
視線が落ちる。
「俺も」
「えっ」
「!」
顔を赤くし。
「俺のことじゃねーぞ! おまえも、その、一応男なんだなって!」
「……うん」
釈然としない感を残しつつ。
「あの」
「あん?」
「大地君も」
もじもじ。
「一緒に……来てくれると」
「だから!」
ビシッと。
「そういうところが情けないって言ってんだよ!」
「ええっ!?」
「『ええっ』じゃねーよ。なに驚いてんだよ」
「ううう」
縮こまってしまう。
「まー、いいけど」
「えっ」
顔を上げる。
「それって」
「ついてってやるよ」
「本当!?」
思わずの。よろこびの声。
(う……)
こんなあからさまに。
(やっぱり)
情けない。思ってしまう。
「俺のほうも」
「え……」
「っ!」
またもあわてて。
「何でもない! 何も言ってないからな!」
「うん」
明らかに言ったが。
「とにかく、行くぞ!」
「え、あ、ちょっと」
あらためてお礼を言うと、あわててその後を追う。
「待ってよ、大地君!」
どこへ。というか、それが決まってさえいないのでは。
「見つけました」
そこに。
「あ……」
白いハンカチを口もとに当てた。
「まぎらわしい」
「え……えっ」
冷たく。言い捨てられる。
「ここにいました、ウラン」
「!」
ふり向く。
「なんだ、黒いのも一緒じゃねーか」
「てめぇら……!」
「それでわかりました」
あくまで。秘書然とした落ちつきで。
「こちらでつかめなかった理由が」
「えっ」
「白と黒。それは共に打ち消し合う」
「打ち消し……」
自分たちのことを言われているのだとはわかった。
「けど、それが」
後ろから。はさみこむように近づく。
「てめーらの弱みにもなるってことだな」
「手早くなさい、ウラン」
「てめーも手伝えよ、サラン」
「っ」
腕をつかまれた。
横から。
「なに、ボーッとしてんだよ!」
「あ……」
「来い!」
引っぱられる。
「逃がさねって!」
立ちはだかる。
「どけ!」
突進するように見せ、その脇をすり抜けようと。
「ひょいっ」
つかまれる。
「そっちもぉ!」
同じく。
「おわっ!」
「うわぁっ!」
持ち上げられる。
左右同時に。
若い女性のものにしか見えないその細腕で。
「かかかかかっ」
勝利の哄笑。
「は、放せぇっ!」
暴れる。びくともしない。
「くそっ!」
身体をひねり、わき腹に膝を叩きこむ。
「っ痛ぇ!」
悲鳴をあげたのは、膝蹴りを放ったほうだ。
「かかかっ」
またも。笑って。
「元気、元気! 燃料ありあまってんのな!」
「あなたも無駄に発散しすぎです」
ハンカチを口もとに当てたまま、こちらも近づいてくる。
「行きましょう。このようなホコリっぽいところにいつまでもいられません」
「あ? フィルター、効いてねえの」
「気分の問題です。あなたのようにがさつな造りはしていません」
「かかかっ」
笑って。
二人を肩にかつぎ上げ、バザーの往来を闊歩していく。
(お姉ちゃん……)
同じだ。
ここに迷いこむ直前。
買い物の帰り、突然襲われたときと。
「大地君は」
必死に。
「離して。僕だけで」
「無理です」
さらり。
「最初から利用させてもらうつもりでした」
平然と。
「あなたの力を抑えるために」
「っっ……」
自分のせいで。
「知るか!」
吠えた。
「理由なんか関係ない! ケンカ売ってくるやつはみんな敵だ!」
「大地君……」
感じる。ぶっきらぼうながらの気づかいを。
「おーおーおー」
からかうように。
「じゃあ、チューしてくるやつは?」
唇が近づく。
「わっ、や、やめろぉ!」
「やめなさい」
横からも。
「うつりますから」
「俺は病気か!」
「ぼ、僕は平気だからっ」
「って、チューしたいのかよ、おまえは!」
騒がしいやり取りがくり広げられる中。
(お姉ちゃん……)
心にあったのはやはり。向こうは大丈夫かというその不安だった。
「はい、手を大きく上げてー」
上げられる。
「元気な声でー。いっちにー、さんしー」
「あ、あのっ」
さすがに。
「なんで、体操なんですか」
「大事だからだよ」
大事?
「準備体操だよ」
「ああ……」
納得できたようなできないような。
「確かに大切ですけど」
なぜ、いま。
食事をしていた小屋のテラスを飛び出して。森の中を進んでいたその最中に。
「ほら、アリスちゃん、元気よくっ」
「は、はいっ」
思わずの。
「いっちにー、さんしー。にーにー、さんしー」
そして、一方では。
「いちにー、ぷりゅぷりゅ。にーにー、ぷりゅぷりゅ」
こちらも仲良く。
「はい、ぷりゅこきゅー」
「ぷりゅー」
一緒に。胸を大きくそらして息をする。
「あ、あの、白姫」
「なんだし?」
「その、白一文字と仲良くするのはとてもいいことなんですけど」
「だったら、邪魔するんじゃねーし。ぷりゅんぷりゅん体操の」
「ぷりゅんぷりゅん体操……」
なぜ、こちらでもそうなってしまうのか。
「すごいねー、白姫ちゃん」
そこへ。
「自分からちゃんと体操してくれるなんて、さすがだねー」
「さすがなんだし。『さすが』と『ハクバ』は似てんだし」
ただ音の感じが近いだけでは。
「さすがの白馬だし」
それはもう意味がわからない。
「じゃあ、みんな、体操が終わったところで」
終わったところで?
「行こう」
「へ?」
「わかるから」
光――
「え、ええっ!?」
それは。
(まさか)
知っている。自分はこの光を見たことがある。
(あっ)
気がつく。
白一文字のときも、これと同じだった。
けど、比べ物にならないくらい。
強い。
だから『同じ』であることにも気がつけた。
(これは)
開く。〝それ〟が。
(お姉さん……)
一体。あらためて何者かと。
「きゃっ」
弾ける。光が。
「くーちゃん」
声が。
「いま、行くよ」
光の中へと。
「お姉さーーーーーん!」
「!」
顔を上げる。
「チッ」
早くも。こちらもその気配を察したと。
「わかってるよな、サラン」
「ええ」
ハンカチをしまう。
「あなたは先に行きなさい」
言われずとも。二人をかついだまますでに走り出していて。
「チィィッ!」
爆炎。
炎ではない。
それは、光の。
「下がりなさい!」
するどく。叫び、立ちはだかる。
「くぅぅっ!」
光に圧される。
「うぉぉっ!」
「うわっ!」
抱えられたほうもまた。
しかし、ただ一人。
まぶしさなどないかのように。
見つめていた。
(お姉ちゃん……!)
そこに。
「きゃあっ」
「!」
現れた。
「……えっ」
あぜんと。声がない。
「え……あれ?」
違う。
現れたのは。
「うううう……」
「ぷりゅりゅりゅりゅ……」
「うー……」
見たこともない。
人と馬たちだった。
陸
「大変なんだし!」
すぐさま。
「なんだか、よくわかんないことになってるし!」
「そ、それは」
その通りなのだが、この場合その発言に何の意味も効果もない。
「えーと」
見回す。
わかった。
自分たちのいるところが、あの市場街だということは。
「!」
目を見張る。
「あ……」
双肩に担ぎ上げられている一方。
まさに。姉弟であると一目でわかる。
「くーちゃん!」
「ええっ!?」
初対面の相手にそう呼ばれ、さすがに顔を赤くする。
「あ、でなくて」
あせあせと。
「弟さんですよね! 天お姉さんの!」
「え……っ」
「こいつら」
突き刺さる。敵意。
「仲間だな」
「仲間ですね」
「えっ、あの」
わけがわからず。
「お二人はどういう」
「ウラン」
「サラン」
共に。
「プリンスにお仕えせし者」
「プ……!?」
ますますわけが。
「ぷ!?」
「いえ、白姫はいいですから」
「なに言ってんだし。シロヒメは〝姫〟だし。プリンセスなんだし」
「あちらは、プリンスと」
「正確には『ぷりゅンセス』だし」
「ないですよ、そんな言葉は」
言うも。
「雑音」
「えっ!?」
近づかれる。
その手を刀のようにするどく。
「う!」
キィィィィィィン!
「ユイフォン!」
受ける。抜き放った刀で。
「え……!」
斬り結んでいた。
素手と刀が。
「なんで」
キン! キン、キン、キィィィン!
音高く。
手刀と刃がぶつかり合う。
「……!」
はっとなる。
「気をつけてください、ユイフォン! 機印(キーン)の械騎士(かいきし)かもしれません!」
それは鋼鉄の身体で機械の乗騎を駆る異形の者たち。
この世界をさ迷っていたとき、何度かその襲撃を受けたことがある。
「キーン? カイ騎士?」
けげんそうに。
「わけのわからないことを」
「ええっ?」
違うというのか。しかし、生身の人間が素手で刀と渡り合うことなんて。
「おい、サラン! こっちにやらせろよ!」
「そうですね」
両手を。下げる。
「え!?」
「う!?」
戦っていたほうとしても予想外だったのだろう。
振りぬいた刀の勢いを止められず。
「きゃーーーーーっ!」
きれいに。切られた首が宙に舞い上がる。
「やりすぎですよ、ユイフォン!」
「や、やってない」
あわあわと頭をふる。
「自分で」
「その通り」
「!」
声は。
「きゃあああっ!」
受け止める。落ちてきた首を。
切られた当人が。
「はわわわわわわ」
完全に。ホラーの光景。
震え上がる中、胴体と離れ離れになった首は平然としている。
「おい、こっちもやってくれよ!」
「ええ」
近づいていく。首を手にしたまま。
「!」
手刀が。今度はもう一人の首へと突きこまれる。
「!?」
入れ替わる。
「さーて」
ぐるぐると。新しい身体の調子を確かめるように肩を回す。
「やらせてもらおっかな」
「え? え?」
頭が真っ白になる。
「ユ、ユイフォン」
「人間じゃない」
「じゃあ、やっぱり」
けど、械騎士でないようなことも。
「ギルギガイア」
「えっ!」
聞いたことのない。
「プリンスの下、世界を械貴族(かいきぞく)のものとする」
「か……」
械貴族!?
「逃げて!」
そこに。
「この人たちの目当ては僕なんだ! だから!」
「おーっと、いまさらそれはねえだろ」
必死の叫びをさえぎるように。
「来いよ」
立ちはだかる。
手刀でなく、今度は拳を握る。
「うー」
油断なく。刀を構え、間合いを詰めていく。
「おい、そっちの金髪」
「えっ!」
「おまえも来な」
くいくいと。手招く。
「じゃねーと、おもしろくねえだろ」
「おもしろいとか」
そういう問題では。
「遊びはほどほどになさい、ウラン」
「わーったよ」
言うなり。
「ハッ!」
跳ぶ。
「!?」
前方に。爆発するように。
「うっらぁぁーーーっ!」
振りぬかれる。
「あうっ!」
防ごうと。立てられた刀ごと、剛腕が持ち主を吹き飛ばす。
「ユイフォン!」
飛び出しかけたのもつかの間。
「!」
目の前に。
「きゃあっ」
つかまれる。
「う……くうう」
顔面を。
片手でつかみ上げられ、激痛にまたもパニック状態に陥る。
「やめて! やめてぇぇっ!」
悲痛な叫び声が聞こえる。
(う……)
それはどんどん遠ざかり。共に意識も失われていった。
「……!」
気がついたとき。
「はわわっ」
かつがれていた。
とっさに隣を見ると。
「ユイフォン!」
「う……」
同じように。右肩と左肩で。
「じ、自分たちを」
あわてて。
「どうするつもりですか!」
「連れてくんだよ」
あっさり。
「にしても、おもしろくねーのな」
「えっ」
「もうちっとは歯ごたえあると思ったのによ」
「そ、それは」
「アリス、弱い」
「って、ユイフォンだってやられちゃってるじゃないですか」
「うー」
うなだれる。
「ま、これからがんばれよ。まだまだガキなんだ」
「は……」
励まされた!
「あの」
思わず。
「どうして、こんなことを」
「あ?」
すぐ近くにある目が丸くなる。
「知らねーのか」
「ご、ごめんなさい」
「あやまることねーよ。ワルモノはこっちだ」
自覚はあるのか!
「力だ」
「えっ」
「力だよ」
ぐぐぐっと。こちらをかつぐ腕に力がこもる。
「力……ですか」
それなら。
「もう十分にあるんじゃ」
二人をかついでものともしないのだ。
「違う違う。こんなのただのモーターだ」
「えっ」
モーター?
「あ、違った。エンジン? ターボ? そういうな」
「はあ」
何のことだか、まったくわからない。
「無駄話はそれくらいに」
「っ!」
並んで。悠々と荒野を歩く。
こちらと同じように二人を両肩にかついで。
「あ、あのっ」
そうだ。せめて。
「離してあげてください! お姉さんがとっても心配してるんです!」
「……っ」
はっと。男子と思えないはかなげな瞳がゆれる。
「知ってるよ」
あっさり。
「だからじゃねえか」
「ええっ!」
その凶暴な笑みに。
(やっぱり……)
ひょっとしたらいい人かもと一瞬でも感じたのは間違いだったか。いや、そもそも『人』でさえないのだが。
「っ!」
不意に。
「きゃあっ」
「あうっ」
乱暴に。降ろされる。
「痛たたた……」
「うー……」
共に顔をしかめる中。
「!?」
ひざまずいた。
その先。
「きゃっ」
乾いた大地がゆれ出し、ひびが四方に入っていく。
「はわわわわ……」
声もない。
地上に姿を現したそれは。
(お城!?)
そこまでではなかったが、屋敷と呼べるほどには大きい瀟洒な外観の建物。それが眼前に出現していた。
「!」
影が。テラスに立つ。
「遅かったな」
一言。
ひざまずいていた二人が、いっそう深くかしこまる。
(あの人が)
言われていた。
「これより、白の力はギルギガイアのものとなる」
身をひるがえし。宣言する。
「械貴族の長プリンスのものとな」
漆
「失敗しました」
てへっ、と。
「……おい」
言葉もない。
「何を」
しているのか。したかったのか。
「がんばったんですよ」
まったく悪びれず。いや、悪いとは感じているのかもしれないが。
「だから、言っただろう」
もはやあきれも通り越して。
「ずれがある。道は作れないと」
「作れますよ」
それでもひるまず。
「でなくて、何のお姉ちゃんなんですか」
「『何の』と言われても」
馬耳をかく。
「おまえがここに戻れただけでも、ほとんど奇跡なのだがな」
正直。
わからない。
閉ざされた空間を出ようとして、どうして飛び出していったこの自分のもとへ戻ってくるようなことになるのか。
「大丈夫なんです」
しかし。
「私がここにいるということは、くーちゃんはまだ平気ということなんです」
どういう理屈なのだ。
「きっと」
言う。
「私にはここでしなければいけないことがあるんです」
「ぷりゅー」
そろーり。顔を出す。
「ぷりゅ見てー。ぷりゅり見てー」
右と左と。
いない。
あらためてそれを確認して。
「ぷりゅっ」
隠れていた岩陰から出る。
「ぷりゅったく」
やれやれと。
「ホント、アリスもユイフォンも使えねーんだし。なに、あっさりつかまってんだし」
言いつつも。
「ぷりゅー」
どうしようかと。辺りをうろうろ歩く。
「ぷりゅ」
見る。
すでに。
突如として出現した謎の『城』は、再びその威容を地中に沈めてしまっていた。
「一体、何者なんだし」
つぶやく。
「ギルギガイアとかって、わけわかんないんだし。なんで、アリスたちをさらったりするんだし」
それと。
「ぷりゅぅー」
思い出す。
先につかまっていた二人。その片方が。
「……似てるんだし」
ぽつり。
顔立ちは違う。
それでも『似て』いる。
空気が。というのだろうか。
初めて会ったとき。つまり、自分が生まれたばかりのころ。
その時期と年齢も同じくらいに見えた。
「って」
さすがにあそこまで情けない感じでは。
なかった。
はず。
そう思いたい。
「似てるってご先祖様が言ってたのも納得なんだし」
ぷりゅ。うなずく。
「……でも」
ということは。
やはり、感じ取った気は『主人』のものではなかったのだ。
「ぷりゅっかり」
落ちこむ。
一方で、なんとかしなくてはという思いもあらためてこみあげる。別人でも『似て』いる相手。加えて、なんだか放っておけないタイプなのだ。
「アリスたちはどうでもいいけど」
そんな強がりを口にしつつ。
「ぷりゅっ」
軽く。地面を蹴る。
「ぷりゅー」
無理だ。
さすがに地中まで掘り進められるわけがない。
「大体、シロヒメの繊細なヒヅメがいたんじゃったりしたらどーすんだし」
やはり、ここは〝森〟に戻って相談するしかないと。
「ぷりゅっ!?」
そのとき。
視界の端を横切った。
小さな影。
「白一文字!」
とっさに追いかけようとして。
「!」
気がつく。
急速に近づいてくる無数のローター音。
「ぷりゅりゅりゅりゅ……」
知っている。これは。
「機印の械騎士だしーーーっ!!!」
「きゃあっ」
突然の振動。
「な、何ですか? 何なんですか?」
「うるせーな」
ぶっきらぼうな口調で。
「ガタガタ騒いでんじゃねーよ」
「ううう」
冷たい。というか意地悪だ。
「だって」
ちょっぴりムキになり。
「何か起きてたら大変ですし」
「何かって、何だよ」
「それは」
はっと。
「また地上に出ようとしてるのかも!」
「おっ!」
こちらも目を輝かせる。
「だったら、逃げられるぞ!」
「そうですよ! チャンスですよ!」
そこへ。
「どうやって?」
さらり。
「どうやって、ここ出るの」
「あ……」
共に。
「……おい」
「えっ」
「なんとかしろよ」
「ええっ!」
なんとかと言われても。
「だって」
ここは。
「牢屋の中なんですよぉ!?」
悲痛な声で叫んだ通り。
拘束されたまま連れてこられた〝城〟の中。そこでまとめて押しこまれたのは、この手の建物につきものと言うべき堅牢な格子つきの一室だった。
ただ一人をのぞいて。
「くーちゃんさんは」
「えっ」
「う?」
「あ、いえ」
何と呼ぶべきか迷うも、そこを気にしている場合ではないと。
「いま、どうしてるんでしょうか」
「どうにかされてるんだろ」
「どうにか!?」
とんでもないことをされている光景がとっさに浮かび。
「や、やめてください、そんな言い方!」
「なんでだよ」
「友だちじゃないですか!」
「はあぁ!?」
今度はこちらが真っ赤になり。
「バカじゃねーの!? と、友だちとか、あいつと俺が」
「だって、友だちじゃ」
「カンケーねえ! 俺は俺だ!」
「は、はあ」
激しいうろたえぶりを見て、逆に冷静さを取り戻す。
と、横から。
「変」
「ううっ」
「ちょっと、ユイフォン」
さすがにたしなめる。
「だめですよ。人にはいろいろあるんですから」
「って、フォローになってねえよ!」
ドゥン! ドゥン!
「きゃっ」
振動が大きく。かつ断続的になっていく。
「本当にどうしたんでしょう」
「地上に出るとかじゃなさそうだな」
「じゃあ、何?」
「知るかよ!」
ふてくされたように言い。
「ジタバタしたって仕方ねーだろ」
寝ころぶ。
「うー」
非難の目で。
「頼りにならない」
「ユ、ユイフォン」
あわててまた。
「つかまってる同士なんですから。協力しましょう」
「役に立たない」
「ユイフォン!」
「アリス、もっと役に立たない」
「って、なんでですか!」
そこへ。
「悪ぃ」
ぽつり。
「えっ」
寝ころんで。こちらに背を向けたまま。
「俺のせいで」
「え、いや」
誰が悪いというわけではない。確かに先につかまってはいたが、それで人質に取られるといったようなことはなかったわけで。
「黒の」
「えっ?」
「………………」
沈黙。
「え、えーと」
その間にも謎の振動は続き。
「とにかく」
ここはと。
「はっきりさせましょう」
「どうやって」
「それは……」
それが問題なのだが。
「っ!」
不意に。身体を起こし。
「黒三鬼(くろみつき)!」
「えっ」
それは。
「し……」
白一文字。ではない。
そっくりだ。
見た目も大きさも。
しかし、色が。
「ぷりゅっ」
カチャカチャカチャッ。
「ええっ!」
鍵穴に。角を突き入れたと思った瞬間、あっという間に扉が開いた。
「あっ」
さらなる違いに気づく。
「角が」
三本。
知らない。聞いたことがない。
「遅いっつーんだよ、黒三鬼」
抱き上げる。ぶっきらぼうな言葉と裏腹の優しい手つきでたてがみをなでる。
「ぷりゅー」
いななく。心地よく。
「あ、あの」
あぜんとしつつ。
「その子は」
「っ……何でもねーよ」
はっとなり、かわいがっていた自分を恥じるように背を向ける。
(やっぱり)
悪い子ではないのだと。
(それにしても)
黒い。そして、角が三本。
ぬいぐるみのような小ささと愛らしさは一緒なのに。
いや。
「ぷりゅー」
警戒するように。抱かれたその肩越しにこちらを見る。
「あ、あの、自分は」
「ぷりゅっ」
興味なし。そう言いたげにそっぽを向く。
「う……」
かわいくない。思ってしまう。
「その子、友だち?」
なにげない質問に。
「と、友だちとかじゃねーし」
照れくさそうに。
「でも、仲良し」
「そんなの、おまえたちに関係ねーだろ!」
背を向けたまま。声を張る。
「てゆーか、逃げるチャンスじゃねーのかよ」
「そうでした!」
我に返り。
「行きましょう、みんな!」
そこに。
「ぷりゅぷりゅぷりゅ」
首を。横にふられる。
「えっ」
どういうことだ。
「きゃっ」
そこへまたも。立て続けの振動。
「マジか」
耳元で何かいななかれ、顔を青ざめさせる。
「ヤバいぞ」
「えっ」
「これも俺の」
言いかけて。
「………………」
口をつぐむ。
「あなたの?」
一体何なのだと。
「あっ」
走り出す。
「ちょっ、どうしたんですか? 一人じゃ危ないですよ! 待ってくださーーい!」
捌
「ぷっりゅーっ!」
轟音。
爆風にたてがみがなびき、途切れることのない回転翼のうなりが響く。
「ぷりゅりゅりゅりゅ……」
包囲。
されていた。
城が姿を消した地点。
その上空に浮かぶ異形の騎士たち。
手には槍。
と呼んでいいのか。
傘のように槍身を展開させたそれは高速で回転し、ヘリコプターのように持ち主を飛翔させていた。
そんな一群が、次々と地上へ向けて爆発物を投下している。
「ぷ、ぷりゅ……」
どうにかしなくては。
何より気にかかっていたのは、襲撃前に見た〝影〟のことだ。
(白一文字……)
そう思えた。
遠目だったが、小さな身体とあの俊敏さは。
大小の岩が転がる荒野を素早く駆け、あっという間にどこかへ消えてしまった。
ちょうどいま、爆撃の行われている辺りだ。
(まだあそこにいたら……)
とんでもないことだ。
(けど)
迷わせているのは。
(本当に)
そうだったのだろうか。
大きさは、間違いないと言っていい。
けど、その色が。
黒。
に見えた。
岩陰に入っていたからかもしれない。
だが、さらに額の角が一本だけでなくもっとあったように。
「ぷりゅぷりゅぷりゅっ」
頭をふる。
どちらにしろ。
恐れている場合ではない、いまさらながら。
あんな小さな子を助けられないようでどうするのだ。
騎士の馬として!
「いま行くしーーっ!」
「ぷりゅ?」
「ぷ!」
ズザザザザーッ! すべりこむ。
「ぷりゅりゅ!?」
驚きあわて。
「白一文字!」
いつの間にか。足もとにちょこんと。
「いたんだし!?」
「ぷりゅ?」
「でも、いつ戻って」
それとも、やはり人違いならぬ馬違いで。
「ごめんねー、白姫ちゃん」
「ぷりゅ!」
爆音とどろく戦場に。変わらないのんきさで。
「ちょっと遅くなっちゃった」
「ぷりゅぅ!?」
ちょっととか、そういう問題じゃない!
いななきたくなるところへ。
「あそこに」
真剣な眼差しで。
「くーちゃんがいるんだね」
「ぷ……」
その通りだ。
「ぷりゅ」
うなずいて。共に視線を注ぐ。
いまも苛烈な爆撃が加えられているそこに。
「くーちゃん」
踏み出す。
「ぷ!?」
無茶だ! いや、自分もその無茶をやる寸前ではあったのだが。
「!」
一際、激しい爆風が押し寄せる。
「きゃーーっ」
あっさり。吹き飛ばされ、地面をごろごろと転がる。
「………………」
あぜんと。
「……ぷ!」
我に返って。
「だっ、大丈夫だし?」
「きゅぅ~……」
目を回していた。
(な……)
どうするのかと思ったら、結局。
(何なんだし、一体)
あぜんと。あらためて。
「っ」
バシュッ! バシュッ!
噴出された。
空でなく、地上から。
「何だし!?」
砲撃――反撃しようというのか。
「ぷ?」
届かない。
空に打ち上げられた二つの球体は、相手に達することなく落下する。
終わりか。思った瞬間。
「!?」
変形した。
空飛ぶ騎士たちより二回りほど大きな、卵を思わせる胴体に手足を持った姿。
「――!」
戦いが。始まった。
「放ちなさい、プラズマイザー」
バシュゥゥゥッ!
かかげた腕から雷光がほとばしり、ビームとなって直進する。
「命中」
ドゥンッ!
直撃を受け、白煙をたなびかせて墜落する。
「おいおい、こっちにもやらせろよ!」
前に出る。
「連射だぁ、ミナズマイザー!」
バシュッ! バシュッ! バシュゥゥッ!
続けざまに放たれた光線が、空の編隊をなぎ払う。
「楽勝だぜ!」
「調子に乗らないよう」
通信で。たしなめるも。
「何だか知らねえけどな! ギルボットに乗ったうちらに勝てるかよ!」
「ふぅ」
ため息。
「あなたがケンカ早いから、向こうもムキになるんです」
「つったってよォ!」
吼える。
「械貴族がプリンスに逆らうなんてあり得ねえだろ!」
「それはその通りです」
同意する。
「が」
「が?」
「あの者たちは」
乗機のモニター越しに。次々と飛来する〝敵〟を見やり。
「本当に械貴族なのでしょうか」
「あ?」
首をかしげるも。
「確かに見たことねえな」
「ええ」
同意し。
「そもそも、ここは未知の世界。ゆえに未知の械貴族も」
「いておかしくないってことか」
「ええ」
同意。
「それでも、プリンスに従わなくていいってことにはならねえだろ」
「だから、それはあなたが」
会話をくり広げる余裕もなく。
反撃とばかりに、苛烈な爆撃が集中する。
「見苦しい」
「無駄だっての!」
しかし、まともにくらえばさすがにダメージは避けられない。
「サラン!」
「ええ、ウラン」
すべるように。
地を行き、攻撃をかわす。
「うらぁっ!」
隙を見て反撃。着実に数を減らしていく。
「しかし」
戦いの最中にありながら、冷静に。
「この世界は向こうの領域」
「あ?」
「部隊をすべて撃破したとしても」
はっと。わかったという気配。
「またすぐに次のやつらが来るってわけか」
「ウランにしては」
察しがいい。そう言いたげに。
「めんどくせーな。いちいちやっつけんのかよ」
「だからこそ」
戦いの手はゆるめることなく。
「早々に退避すべきでしょう」
「白のガキは手に入れたわけだからな」
「ええ」
「………………」
その後に続く言葉をこれまた察し、機内で表情を引き締める。
邪魔者が現れる前に。
いま戦っているような雑兵ではない。
自分たちの真の敵。
恐るべき相手がやってくる前にと。
「間に合わせる」
「ええ」
機体を駆る動作に力がこもった。
「ま、待って……」
追いかけていた。
追いつかない。
なぜか、追いつけない。
確かに入り組んだ廊下が続いてはいた。高級感あふれる調度は逆に言えば個性に乏しく、同じ場所を堂々巡りしているような気持ちになる。
それにしてもだ。
「アリス、アホ」
「なんでですか!」
抗議する。
「自分、がんばってますよ!」
「がんばって追いつけない」
「ううっ」
「やっぱり、アホ」
「アホじゃないです!」
そこだけはあらがう。
「ユイフォンだって」
「う?」
「一緒に追いかけてるのに、やっぱり追いつけないじゃないですか」
「うー」
眉根を寄せ。
「変」
そうだ。変なのだ。
「ですよね」
うなずくと。
「あっ」
またも。視界の端をよぎる影。
「待ってくださーい!」
すかさず追う。
これも、おかしいと言えばおかしい。
追いつけない。なのに、完全に見失うということもなぜかないのだ。
(まるで)
わざと。こちらを翻弄して遊んでいるような。
(けど)
ほんのわずか接しただけだが、この非常時にそういうことをしてからかうようなタイプには思えなかった。
飛び出していったときも、あくまで真剣だった。
「どうすればいいんでしょう」
「追いかける」
「ですね」
しかないのだ。
「あっ!」
不意に。
「これって」
大きな扉。明らかにこれまでと異なる〝特別さ〟を感じさぜる。
「この向こうでしょうか」
「う」
うなずく。
確証はない。けど、感じるものがあるのだ。
「行きますよ」
緊張しつつ。扉に手をかける。
「!」
見た。
「あ……ああ……」
声が。
干された洗濯もの。
いや、そんなのどかなものでないことにはすぐに気づいた。
「なんて……」
磔刑。
過去の歴史や、創作の中にしかないと思われていた。
それが。
「嫌……」
力弱く。頭をふり。
「嫌ーーーーーーーーっ!!!」
絶叫していた。
玖
(ぅ……)
聞こえた。薄れゆく意識の中。
(あ)
見えた。
かすむ視線の先。
(あの人……)
閃光と。
共に現れた。
太陽の光を思わせる金髪をなびかせた。
(ああ……)
巻きこんでしまった。
申しわけなさが胸を突く。
すでに。手足の痛みは感じない。
貫かれていた。
鋼の杭で。
虫のように。
張りつけられていた。
(もう……)
絶望。
どうしようもない。
そこに、他の人たちまで。
(逃げて……)
せめて。
できるのは祈ることだけ。
「しっかりしろよ! おい!」
はっと。
(大地君……)
ご近所の。仲の良いとまでは言えないかもしれないが、それでも同い年で仲良くできたらと思っている相手。
知っている。
心の優しい。突っ張っていても誰かが困っていたら放っておけない。
だから、いまこのときも。
(逃げ……て)
祈りを。くり返すしかなかった。
「空! おい! なんか言えよ!」
「無駄だ」
「っ」
冷厳なる。声にびくっとふるえる。
「てめえ……」
にらみつける。己の弱気を押さえこみ。
「黒の者」
口にする。
金属そのままに凍てついた視線は変わらないまま。
磔の十字架の。
直下に〝玉座〟はあった。
「プリンス!」
たたきつけるような声で。その名を。
「………………」
変わらない。
無表情に。
視線が注がれ続ける。
時折、振動に城がゆれる。それすらも、別世界の出来事であるかのように。
「控えろ」
「っ!」
命令。
いやどうこうしようという意志すらない。
当然の。
支配者の位階にある者としての。
「何なんですか……」
しぼり出すように。
「あ……」
そうだ。追いかけてきていた。
惨状に悲鳴をあげ、そのまま茫然自失となっていたが。
「どうして、こんなひどいことが」
ぽろぽろと。
涙が後から後からあふれ出てくる。
「信じられません。ひどすぎます」
心の中で舌打ちする。
そんなことをいまここで言っても。
事実。
まったく興味がないという顔で。
「黒の者」
「っ」
「下がれ」
それに。
「下がりません!」
横から。
「お、おい」
あわてるも。
「下がったりしません」
前へ。
「ふむ」
初めて。
興味を持ったというように視線を向ける。
見つめ返す。
怒りをこめて。負けるものかと。
「くーちゃんさん!」
懸命に。
「助けます!」
声を張る。
「一緒に戻りましょう! 天お姉さんのところに!」
聞こえた。
(お姉……ちゃん)
そうだ。
待っている。
絶対に。
(僕は)
だめだ。
このままあきらめてしまったら。
悲しませる。
たった一人の。
家族を。
姉を。
『くーちゃんは弟なんだから』
いつも。
『お姉ちゃんを信じないとだめなんだよ』
言われていた。
(お姉ちゃん……)
あきらめるなんて。
それは。
(お姉ちゃんを)
自分を。
「僕 ……は……」
目を。開ける。
「僕は!」
声を。
尽きかけた力をこめ。
精一杯の。
「お姉ちゃんを――」
瞬間。
「!」
光が。
閃光が。
「あ……」
感じる。
「あーーーーーーっ!」
ほとばしった。
「はわわ……」
信じられないものを。
見ていた。
「う……」
隣で。光のまばゆさに目を細めながら。
「角……」
「っ」
そうだ。
光の向こう。その中心に見えたものは。
「や、やっぱり、角なんですか」
「角」
(同じ……)
白一文字と。ユニコーンの額にあったものと。
「空、ユニコーン?」
「ええっ!」
そんな、まさか。
「くーちゃんさんはお姉さんの弟で」
何の説明にもなっていない。
「天、変」
「だから、そういう言い方は」
「空も」
「う……」
確かに『普通』とは。
(あっ)
気がつく。
重なる。
(違う)
ただの。気弱そうな少年ではない。
そこには。
(同じ……)
ある。
面影。
いや、もっと深いところで。
「これこそ」
はっと。
「世界の運命を書きかえる」
思いもかけない。
(世界のって)
玉座から立ち上がり。
光に向かって、両手をかかげる。
「白の力よ!」
開かれた。
「!?」
後ろを向いているのではっきりとはわからない。
しかし、シルエットが。
(扉?)
両開きの。
それを思わせるものが影に重なって見えた。
身体の前面が『開い』た。
そのように見える。
「我が内へと!」
朗々たる声で。
「いざ!」
そこへ。
「ざっけんなぁーーっ!」
咆哮。
「!」
光――
いや、それを『光』と呼んでいいのか。
黒い。
黒光。
そんなものがあるのかわからないが、目の当たりにしているのはそうとしか言いようのないものだった。
「くぅ……」
「う……」
共に。まぶしさに顔を手で覆う。
まぶしいのだ。
白と黒。
真逆の光が互いを喰らいあうように輝きを増していく。
「邪魔を!」
怒りの。初めて大きな感情のゆらぎを。
「あっ!」
黒い光の中心に。
「あれは」
見た。
角。
しかし、それは。
(三本……)
同じだ。あの小さな黒馬と。
(これって一体)
一つの角を生やした少年。三つの角を生やした少年。
白と黒。
それが。
「きゃっ」
荒れ狂う。部屋の空気が。
いや。
感じる。
(世界)
そのものが。
変わる。
(だめ……)
はっきりと。
(だめです……こんな)
壊れる。
駄目。駄目だ。
何もできない。
けれど。
(自分は)
騎士を目指す者として。
逃げない。
逃げ出したくない。
(葉太郎様)
目を閉じる。
(自分に……力を)
祈る。
(勇気を!)
シュダァァァァァァァァァァァン!!!
「!?」
目を見張った。
「う!」
隣で。同じように。
「はわ……わ……」
断たれた。
何が起きたのかわからなかった。
新たな光が。
光の壁が。
さえぎる。
立ちはだかる。
(あ……)
守るように。
(お姉さん)
感じた。
(やっぱり)
それは。
「来てくれたんですね」
一刀光断(いっとうこうだん)――
そう口にするのを聞いた。
直後だった。
「ぷっりゅーーーーっ!」
絶いななき。何度目になるかという。
(な、何が起こったんだし)
混乱していた。
立て続けに目の前で信じられないことが起こったせいで。
(地面が)
断たれた。
真っ二つに。
しかも、それをやってのけたのが。
「ぷ、ぷりゅ……」
信じられないと。そんな視線が注がれる中。
「えへっ」
照れたように。はにかんだ笑みを。
(やっぱり)
信じられない。
「ぷぅ……」
注ぐ。
手にしている。一振りの刀。
それは、なんと。
「っ」
バシュゥゥゥゥッ!
「ぷりゅっ」
突然の閃光に目を閉じる。
「白姫ちゃん!」
前に。立ちはだかる。
「ぷ!?」
受け止めた。
形なき電光を刀で。
そこへ、さらなる電撃が降り注ぐ。
「焦げ果てろぉぉぉっ!」
衝撃音の向こうで怒りの声が響く。
「ウラン! それよりもいまはプリンスを!」
「こいつに背ぇ向けられるわけねえだろ! 先に仕留めるんだよ!」
「くっ……正論!」
並び立つ。鋼鉄の機体。
ひるむことなく。
刀を構える。
恐怖をにじませているのは、明らかに人数でも大きさでも勝っている側だ。
「うぅらぁぁぁぁぁっ!」
ヤケ気味の咆哮と共に照射される光線。
もう一体からも。
二筋の電光が絡み合い、渦を巻いて。
「!」
雷撃。あらたなる。
それは。
掲げられた刀から。
「光輝刀雷(こうきとうらい)」
一閃。
「!」
大地を両断したときにも劣らない。
光。
強く。
「!!!」
炸裂した。
拾
「きゃあっ」
崩れていく。
「はわわわわわわ」
意味もなく。辺りを見回す。
「アリス」
肩に手を置かれる。
「落ち着いて」
「で、ですよね」
こくこく。うなずき。
「落ち着いて、ど、どうしましょう」
「逃げる」
当然だと。
「見て」
「あっ!」
突然出現した光の壁。
空間が断たれたと。
感じたほどの圧倒的な衝撃が過ぎ去ったそこに。
「あれは」
道。まさに。
堅牢な壁も通路もまとめて断ち割られたその裂け目は、まっすぐ城の外まで続いていた。だけでなく、延長線上にある地中までもV字を描くように穿たれ、光あふれる地上へと続いていた。
「逃げられますよ、ユイフォン!」
「う」
「あっ」
自分たちだけで行くわけにはいかない。
「くーちゃんさんを」
崩落による白煙の向こう。
幸いと言うべきか。亀裂の入った壁から、男子と思えない華奢な身体は解放され、すぐ下の床に横たわっていた。
それでも重症には違いない。
一刻も早くここから。
「きゃっ」
バチィィッ!
放電が。粉塵舞う中にはじける。
「はわわっ」
目を見張る。
少年の姿ながら、玉座で圧倒的な存在感を放っていた相手。
その身体から。
「やっぱり」
人間ではない。
すくなくとも見た目通りの貴族然としたただの男子ではない。
「無様だ」
小さく。言い捨てる。
ひび割れた顔で。
「ああっ!」
その足元に。
「白の力の奔流が均衡を崩した」
踏みつける。意識のない身体を。
「いま、ここで黒の力を消してしまえば」
「だめぇーーーーっ!」
影が。
「!」
黒き。疾風。
「ぐっ!」
吹き飛ばされる。それでも矜持ゆえか膝をつくことなく。
「黒の……」
憎々しげに。
「えっ!」
見慣れたシルエット。
(騎士……!)
駆っている馬は。
(黒い)
漆黒の闇を想起させる色を。
「あっ」
その額に。
(あ、あれって)
自分たちを牢屋から出してくれた。あの小さな――
(えっ、でも)
混乱する。
肌の色と三本の角。けど、大きさがまったく。
「!」
馬上からこちらを見る。
「……っ」
美麗な。妙齢の女性。
とっさにそう感じたものの、正確には断言はできない。
なぜなら。
「な……」
思わず。
「なんで、仮面なんですか!」
漆黒。馬と同じ色の。
(黒の仮面の……騎士)
しかも、三本角のユニコーン(?)に乗った。
あぜんとして声もない。
そこに。
「プリンス!」
「ご無事でございますか、プリンス!」
派手な音と共に。
「きゃっ」
着地。
卵に手足の生えたような二体の機械。
それぞれ半壊した内部に、見覚えのある顔が。
「あ、あなたたちは」
向こうはまったくこちらを無視し。
「申しわけありません! やつを抑えることができず」
「こちらも危険です。脱出を」
沈思の後。
「是非もない」
口にし。
「ウラン、サラン」
「はっ!」
即座に。
「きゃあっ」
放電。
二機の放つ電光が交差し、空間をゆがめていく。
「あ……ああ」
あわあわと。腰を抜かしつつ後ろに下がる。
直後。
「きゃ――」
閃光。
何かが急激に吸いこまれるような異音と共に。
「!?」
消えた。
バチバチと。
残り火のような放電だけをかすかに残し。
「………………」
声もない。
「終わった……んですか」
誰にともなく。
「これで」
直後。
「!」
注がれる視線。
「……え?」
感じる。黒い仮面の向こうから。
敵意。
「そん……な」
違う。訴えようと。
それより早く馬首がこちらに巡らされ。
「っ!」
交錯した。
「え……!?」
見た。
白と黒。
すれ違いながら身体を寄せ、その突進をそらしたのは。
(ユニコーン――)
目が覚めるような白い馬体。
額の一本角。
その背に。
「ああっ!」
いた。
「お姉さん!」
凛々しく。一角獣を駆るその雄姿が地に降り立つ。
相手もそれに続く。
「!」
共に。
乗騎の角へと手を伸ばす。
「あっ!」
変わる。
「あ……あ……」
ふるえる。信じられないその光景に。
角を生やした馬たち。
それ自体が、すでに信じがたいと言える存在。
(こんな)
抜いた。
そのような動作に見えた。
角を。
次の瞬間。
変わった。
各々の手の内で。
一振りの刀。
そして、三叉の突先を持った槍に。
「はわ……わ……」
何が。
「っ!」
斬り結んだ。
「はわっ!」
交わる。二つの影。
互いに得物を振るい、熟達の戦士に劣らないするどさと激しさに満ちた武技の応酬がかわされる。
(ど、どうして)
ただ見入ることしかできない。立ち入る隙などまったく。
(あっ)
気がつく。
(力)
それは。
(白と……黒)
ほんのわずか前にも見た。
拮抗する光。
それと同じことが、いまくり広げられている。
「ああっ!」
光が。
床に倒れ伏している二人の。額の角と呼応するように。
「だ、だめっ!」
思わず。
「だめです! これ以上は!」
何だというのか。わかるはずもない。
それでも、さらなる戦いは明らかに良くない影響を及ぼしてしまう。
感じた。
「きゃっ!」
しかし。願いとは逆に、激突は苛烈さを増していく。
「どうして」
これが定めだとでもいうのか。
白と黒。
互いの意志を超え。
果てがないかのように。
「でも」
やっぱり、だめだ。
だめなのだ。
だって。
「くーちゃんさんが!」
瞬間。
「あ」
ほんのわずか。動きが鈍る。
そこを三叉の槍は見逃さなかった。
「!」
突き出される。一際するどい槍撃。
動けない。
回避することができず、長さで劣る刀でまともにそれを。
「!?」
溶けた。
「えっ……ええっ!」
突先を受けたと思った刀身が。
まるで、水飴か何かのようにぐにゃりと形を変じた。
水面の月。
それを想起した直後。
「光刀無形(こうとうむけい)」
口にする。
「ああっ!」
広がる。それはもはや刀とすら呼べない。
光そのもの。
あふれるその白光を一体何が受け止められるだろうか。
槍身が引かれる。
己を守るように前面にかかげる。
「!」
放たれた。
振り抜かれた。無形の光が。
「きゃっ」
目を閉じる。
こちらに来るはずはない。そうわかっていても。
(わからない)
これだけ離れていてさえ。
つかみきれない。
まして、至近距離でそれを受ければ。
シュン――
「……っっ」
静かすぎるほどの。それは。
「あ……!」
倒れた。
黒の仮面の女性が。
(すごい……)
終わっていたのだ。何もわからないままに。
形なき。
その刀を受けて。
「強い」
隣で。感嘆の息と共につぶやかれる。
「ユイフォン」
思わず。
「やっぱりすごいんですか、天お姉さんは」
「すごい」
うなずく。
今度は『かもしれない』はつかなかった。
「あっ」
刀が腰にしまわれる。
鞘はない。
収まった瞬間、かすかな閃光を残してそれが消える。
歩き出す。
向かう先は当然。
「ごめんね」
悲しげに。
「ちょっぴり遅くなっちゃった」
「う……」
声がこぼれる。
「お姉ちゃん……」
そこへ。
「じっとしてて」
その手が。
「きゃっ」
思わず。手で目を覆う。
触れた。
いまもかすかな光を放ちつつ、その存在を主張しているところへ。
「あ……」
せつなげな吐息。
触れた手が動かされる。
(はわわわわわー)
手のひらの隙間から。思わず見てしまう。
「うー」
「!」
あわてて。
「見ちゃだめですよ、ユイフォン!」
「なんで?」
「なんでって」
説明できない。できるはずがない。
その間にも。
「あ……っ」
そして。
「!」
光が。放出される。
(はわー)
治まる。
額にあった角が。
すべて出し切ったというように。
「ふふっ」
がんばった。そう言いたげに微笑みかける。
(はわわわー)
まだ顔に手を当てたまま。
(今度こそ……本当に)
終わったのだと。
思いたい。
「う……くっ」
「……!」
かすかなうめきを耳にし、そちらを見る。
「あっ」
そこでも。
いつの間に近づいていたのだろうか。おそらく倒れた体を引きずるようにして。
同じように。
黒髪の少年の額に手を当てていた。
「ううっ」
放たれる。
三本の角の中心から。
それもまた穏やかに静まっていく。
(これで)
今度こそ。
終
「白姫……」
地上に戻った。そこに。
「わーーん、白姫ぇーーーっ!」
「ぷりゅーっ」
パカーーーン!
「きゃあっ」
蹴り飛ばされる。
「って、なんでですか!」
「こっちが『なんでですか』なんだし! びっくりするんだし!」
「だって、感動の再会を」
「誰も感動してねーし!」
パカーーーン!
「きゃあっ」
またも。
「お、お姉ちゃん」
止めなくていいのかと。
「ホントに仲良しだよねー、アリスちゃんと白姫ちゃん」
「お姉ちゃん……」
のんきなコメントに脱力する。
「あ、あの」
それでもこれだけは言わなければと。
「ごめんなさい」
「えっ」
「僕のせいで大変な目に」
「あ、いえ」
恐縮して。
「自分、何もできませんでしたし」
「けど」
「自分は騎士を目指す身です」
胸を張る。
「困ってる人がいたら助けようとするのは当然のことです」
「わー」
うれしそうに。抱きしめて金色の髪をなでる。
「偉いねー、アリスちゃんは」
「えへへー」
こちらもうれしげに。
口にしたセリフのような凛々しさはそこにまったく感じられない。
「はは……」
笑うしかない。
「くーちゃん」
「えっ」
「ほら、アリスちゃんに」
「あ……」
はっとなり。
「ありがとう」
頭を下げる。
「い、いえっ」
恐縮し。
「言いましたけど、自分、何もできませんでしたから」
「そのとーりだし」
横から。
「アリス、いつも何もできないし。役立たずだし」
「なんてことを言うんですか」
抗議するも弱々しい。事実、役に立てなかったのだから。
そこへ。
「うー」
「あっ」
じれったそうな目と息に。
「ほら、ユイフォンちゃんにも」
「う、うん。ありがとう」
「それだけ?」
「えっ」
「うー」
見つめているのは。
「あー」
わかったと。今度はその頭をなでる。
「ユイフォンちゃんもいい子いい子ー」
「うー❤」
うれしげに。されるにまかせる。
「はは……」
やっぱり笑うしかない。
「情けないんだしー」
ぷりゅぷりゅ、やれやれと。
「どっちも恥ずかしいんだし。花房家の一員として」
「あっ!」
そうだ、そもそもは。
「あ、あのっ」
身を乗り出す。
「お二人は葉太郎様のことは」
「えっ」
「あ……」
この反応は。
「あ、そっか」
思い出したと。
「アリスちゃんたち、その人を探してるんだよね」
「はい……」
「媽媽(マーマ)も」
「も、もちろんですよ」
あわてて。
「じゃあ」
交互に。二人を見て。
「おまじないしてあげる」
「えっ」
どういうことか。聞くより先に。
「ちゅっ」
「!」
額に。
「ちゅっ」
「う!」
さすがに驚く。
「な、なんで」
「おすそわけだよ」
「う?」
「幸せの」
はっと。口づけされた場所に手を当てる。
(同じ)
見る。思わず。
「う……」
はにかむようにうつむく。
そこには、もう。
けど。
(あった……んですよね)
角。
「ぷりゅー」
「ぷりゅぷりゅー」
仲良く鼻先をすりつけあう。
(あ……)
こちらには。
あるのだ。はっきり。
(でも)
見つめる。
小さな。
(この子が)
本当にそうだったのだろうか。大人の馬となって背に人を乗せ、しかもその身を一振りの刀に変えた。
(ユニコーンですから)
何でもあり。とは、さすがにいかないと思うのだが。
「ぷりゅーっ」
パカーーーン!
「きゃあっ」
「なに、白一文字をやらしー目で見てるし」
「見てませんよ!」
「見てたし」
「見てはいましたけど」
「ほら」
「やらしくはないです!」
なんてことを言わせているのだ。
すると。
「ぷりゅー」
すりすり。
「白一文字」
「ほら、やらしい」
「なんでですか!」
「あ、間違えたし。優しいんだし」
「えっ」
すりすり。それはこちらをいたわるような。
「馬はみんな優しいんだし」
「だったら、白姫ももうちょっと優しくしてください」
「ユニコーンも優しいんだし」
「はい」
優しい。確かに。
(けど)
それは『ユニコーンだから』というより。
(白一文字が)
優しい子なのだ。
(その優しさが)
力になった。感じた。
もちろん『主人』の優しさもふくめて。
「行こう」
さらり。唐突に。
「あっ」
背を向ける。
「お、お姉さん」
あわてて。
「これでお別れなんですか? もう」
「大丈夫」
にっこり。
「いつでも来るよ」
それは。
「助けに来るから」
約束。
「……はい」
静かに。確かな想いが満ちる。
「あ」
光――
「………………」
いなくなっていた。
「行っちゃった」
ぽつり。つぶやかれる。
「なんだか、馬さわがせだったんだしー」
「馬さわがせって」
人さわがせのことかと。
「確かに」
「きゃあっ」
思わぬ声に飛び上がる。
「白楽?」
「ご先祖様だし!」
周りも驚く。
「いいんですか、こんなところに」
「どういうことだ」
「だって」
あの『森』を出ないものと。思いこんでいた。
「稀有だからな」
口にする。
「しかし」
複雑さを。
「異質ではあった。わたしが言えたことでもないが」
「は、はあ」
どう返事して良いのか。
「あの」
それでも。気になったことを。
「騎士だったんじゃないんですか」
「違う」
即。
「あれは、まったく異質の力だ」
「異質の」
と言われても、何のことか。
「この世界は」
語る。
「騎力(きりょく)によって成り立っている」
「はい」
騎力――騎士の力。
「あれは騎士の力ではない」
「えっ」
でも、馬に乗って。正確にはユニコーンだが。
「例えるなら」
言う。
「姉力(あねりょく)だな」
「姉力!?」
確かに、お姉ちゃんだが!
「近くはあるのだ」
「ええっ」
「まったくかかわりのないものが呼び合いつながるということはない」
それは、そうなのだろうが。
「近い」
あらためて。
「騎士は忠誠を捧げる主――何より〝姫〟によって大いなる力を得る」
「あっ」
その通りだ。
「じゃあ」
その〝姉力〟の場合。
「弟だろう」
にやり。
「そもそも、あの弟が」
言いかけて。
「……いや」
「?」
「安易に断じるべきではないな。あくまで異質なのだ」
「はあ」
確かに。
わからないことをこれ以上考えても。
「ぷりゅーっ」
パカーーーン!
「きゃあっ」
いきなりな。
「なんで、また蹴られるんですか!」
「どーすんだし!」
「えっ?」
「また」
ぷりゅりゅりゅりゅ……ふるえて。
「あのワルモノたちまでやってきちゃったら」
「それは」
ない。とは言えないのだが。
「なんか、すごい強いロボットに乗ってたんだし! 械騎士なぎ払っちゃってたし!」
「そうなんですか!?」
白一文字の『変身』のことは聞いていたが。
「シロヒメにもプリュボット用意するし!」
「なんですか『プリュボット』って!」
無茶な要求に悲鳴をあげるも。
「問題ない」
「問題ないんですか!?」
驚いて。
「さすがご先祖様だしー。馬法でプリュボット出してくれるんだしー」
「そうなんですか!」
「そうじゃない」
やれやれと。
「来てくれるだろう」
「あっ」
そうだ。
約束――
「えー、でもー」
信じられないと。
「わざわざアリスのために来てくれると思えないしー。シロヒメのためには来てくれるんだけどー。かわいいからー」
「うう……」
後半部はともかく、最初に言われたことは確かにそうかもと。
「来てくれるさ」
「え……」
本当に。
「確かめていったからな」
「確かめて?」
「ああ」
うなずき。
「わたしのところに」
「?」
何を。
「おまえが」
「えっ」
自分が?
「花房森の息子にとっては妹同然なのだと」
「え……!」
思いもかけない。
「妹……」
確かに。兄のように優しい人ではある。
「姉としては」
はっと。
「弟からも妹からも、姉は姉というわけだ」
「それって」
つまり。
「来て……くれるんですね」
うなずく。
「そうですか」
うれしい。素直に。
「ぷりゅーっ」
パカーーーン!
「きゃあっ」
「調子のってんじゃねーし! なにが妹だし!」
「ううう……」
「アリスのくせに生意気だし。かわいがられよーとか思ってんじゃねーし」
「そんなことは」
「生意気」
「って、ユイフォンまで!」
「ユイフォンもかわいがられたい」
涙ぐむ。
「媽媽に」
「あ……」
そうだ。こちらは。
「だったら、ユイフォンも娘力上げんだし」
「むすめりょく?」
「ちょっ、白姫」
話がおかしな方向に。
「娘力上げれば、マキオも来てくれんだし」
「そうなの!?」
「ち、ちょっと」
無責任なことを。
「どうすれば上がるの」
「しゅぎょーだし」
「修行」
ふんっ。拳を握り。
「それなら得意」
「じゃー、やるし」
「どうやって」
「そのまんまだし。娘やるし」
「でも、媽媽いない」
「だから」
見られる。
「……え?」
あぜんと。
「なに、ぼーっとしてんだし」
「え、いや、あの」
「やんだし」
「やるって」
まさか。
「む、娘を」
「ぷりゅーっ」
パカーーーン!
「きゃあっ」
「なんで、アリスが娘やんだし! ユイフォンの修行でユイフォンがやるんだから、その相手に決まってんだし!」
「相手って」
それは、つまり。
「でも、自分、母親をやったことなんて」
「当たり前だし。誰がアリスにそんなこと頼むし」
「ええっ!?」
「頼めないし。頼りがいがないから。情けないから」
「情けない」
「って、ユイフォンまで! じゃあ、なんで自分が相手するんですか!」
「そーゆーところは心意気見せんだし! 無理でも進んで力になるくらいのことはすんだし! ただでさえ使えねーんだからーっ!」
パカーーーン!
「きゃあっ」
理不尽すぎる。
「いいかげんやめてください、暴力は!」
「じゃあ、真剣にぶちのめすし」
「『いいかげん』をやめてほしいということじゃなくて」
「ぷりゅーっ」
パカーーーン!
「きゃーっ」
今日も。
空には悲鳴がこだましていた。
UNI―CON