色々と間違ってる異世界サムライ
転生寺の大仏像が月鍔ギンコの転送先を間違えたお話。
その為、ミコ殿やルゥちゃん殿は登場しませんが、その代わりに【経験値貯蓄でのんびり傷心旅行】のウンコセインが登場します。
pixiv版→https://www.pixiv.net/novel/series/11117054
ハーメルン版→https://syosetu.org/novel/328511/
暁版→https://www.akatsuki-novels.com/stories/index/novel_id~28916
第1話:月鍔ギンコの転送先は……
浪人perspective
俺は剣の天才だ。
無敵と言えるだろう。
いいか、教えてやる。
剣の強さは殺した数で決まる。俺はもう20人は殺した。
そこで、俺はもっと強い人間を斬る為に旅に出た……
だがつまらん。
この俺が強過ぎる―――
「ん?」
気付けば俺は剣の鯉口を切っていた。
「……」
よく視ると、元服して間もない小娘であった。
「……強き者と見受けました……」
だが、その目は光に乏しく、隈もハッキリと見える。
「ぜひ立ち合いたく候」
……気狂いか?
「貴殿なら、この首、斬り落として下さるか?」
……やはり気狂いか?それとも、若さ故の命知らずか?
ま、向かってくるのであれば斬って殺すのみだ!
「よし、殺してやる。俺は天才だから、女子供でも容赦しないのだ」
受けてみるか?
一刀両断剣を!
月鍔ギンコperspective
これで何人目であろうか……
某は既に100を超える浪人に戦いを挑み、そして斬って来た……
にも拘らず、某の望みである『誉高き討死』は未だ手に入らず……
死に様を美しく飾りたいと願うのはヒトの性……だと言うのに……
事の始まりは5年前の……父上との最期の会話でした。
「そうか……戦に往くか」
「はっ!武士は矢弾飛び交う合戦にて散るが誉!わた……某もその様に死にとうございます!」
怒涛の如く押し寄せる敵兵相手に一騎当千に斬りまくり、そして討たれて死ぬのです!
後に残すは骸のみ!
「はあぁ……」
「お前の剣は天才だ。剣の道で成功も名声も意のままだぞ」
「立身出世興味無し!」
「では、女として生きるのは?お前は器量も―――」
「父上!」
某は躊躇無く斬った!
某の顔と……某の未練を!
「某、女に非ず!侍に御座候!」
そんな某の姿に、父上も覚悟を決めた。
「よく言った!最後の稽古……真剣勝負!」
「さらば!父上!」
父上との最初で最後の真剣勝負を終えたその1年後、某は関ヶ原におりました。
某は西軍の先鋒隊に志願し、無事に先鋒隊に加えて貰う事が出来ました。
合戦における先鋒隊の役目は捨て駒……某の望みである『誉高き討死』に相応しい死に場所に思えました……
その……心算でした……
「間合いに敵を入れねば死にはせん!長槍にて蹂躙せよ!蹂り―――」
某は敵の間合いを臆せぬ!
「ひとつ!」
「え?」
「ふたつ!みっつ!」
「何だあのチビは!?」
「鬼かあいつは!?」
無論、1人だけ圧倒的に強くても、大勢同士のぶつかり合いである合戦が相手では大局は変わらない。
それでも、某は命の限り敵を斬った。
「自軍を勝利に導く事!武士の務め!」
そんな某の目に、東軍の鉄砲隊の姿が映りました。
「面白い!異国の武器に挑んで散るも一興!」
「撃て、撃てえぇーーーーー!」
だが、その後の某の記憶が曖昧なのです……
東軍の鉄砲隊に戦いを挑んでから関ヶ原での合戦が終わるまでの某の記憶がございません……
ただ言える事は……気付けは全てが終わっていた……
……それだけです。
どうやら……敵の鉛球が鉢金に当たってそのまま意思を失っていた様です……
「誰ぞ……生きている者は!?誰ぞおりませんか!?」
だが……返事は無い……
「戦は!?西軍は勝ち申したか!?」
……まさか……某を差し置いて皆……
「あぁあ……全て骸か……?1人残らず!」
彼らはみな務めを全うしたのだ。
誇りの為に命擲つ一兵卒となり、死ぬまで戦い抜いた……正に武士の死に様だった!
……某を除いては……
「某には、そこもとらが輝いて見えます!某1人除け者は嫌ですぅーーーーー!わああ……うわあぁーーーーー!」
某は死に場所を失った……
それでも『誉高き討死』への未練断ち切れず、辻斬りの真似事をして某に武士の死を与えてくれる最上の敵を誘き寄せようとしたが……
「聞いたか?剣鬼の噂」
「聞いた聞いた。なんでも関ヶ原の落ち武者だってんだろ?」
「戦に敗けた上に生き残っちまって、死に場所を探してるんだってな?」
「馬鹿だなー。折角拾った命、面白可笑しく生きりゃ良いのによー」
「で、そんなに強いのか?」
「そいつが戦うの観たぞ!ありゃあ産まれる世界を間違えた……化物だよ」
「アイツの勝利は、もう見飽きたなー」
そして……絶望の果てにお寺に逃げ込んでおりました。
「フム……死すべき時に死ねなんだ罪とは……業の深い」
「某を殺せる人間など、もうこの世にはおらぬのでしょうか?」
「忘れる事です!不毛な戦など。さあ、仏にお祈りなさい。血に塗れた貴女の人生も赦されましょう」
住職殿はそう言って下さるが、某は……違うのだ。
某も彼らの様に、熱く、戦いの果てに死にたいのです。
だから……
赦しはいらぬ!
敵が欲しい!
私が鬼なら、悪鬼羅刹の蔓延る地獄の世へ!
いっそ―――
「いいよ」
……え?
……今、大仏様が喋らなかったか?
「は……早く逃げるんじゃ!こっ……この村はもう……おしまいじゃあ!」
悲鳴!?それも老人のもの!
弱者を虐げる輩は侍として許せぬ!
「外道め!成敗いた……」
……は!?
ここは何処?
某は仏殿にいた筈では?
見慣れぬ建物、見慣れぬ着物、異形の生命……
……と言うか……衆道……?
「行け……いぎ……んああーーーーー!いぐあああああ!」
思い出すは父上に対して行った『桃太郎』に関する質問。
「父上はこの“鬼”と戦った事はありまするか!?」
「はっはっはっ、ギンコ、そんなものお伽噺だ」
まさか……お伽噺に迷い込んでしまったのか!?某は!
でも……
「いいか、この野郎!爺も婆も関係ねぇ!今日の仕事は犯して殺す!それだけだこの野郎!テメェらの守備範囲の広さを教えてやれこの野郎ーーーーー!」
血と鉄の匂い、怒号と悲鳴、斃れる音、散らばる骸……
これは、合戦だ!
……混ざりたい!
しかし、どちらに就いてどちらを斬れは良いのだ?
視たところ、優勢なのは異形の軍。正に鬼の様な怪力。
あれではこの村に勝ち目は―――
「うっひょー♪1匹見っけ!」
某を犯す気か!?
「悪いが村ごと犯せって命令でなぁ―――」
気付けは、某は某を犯そうとしていた鬼を輪斬りにしていた。
「!?」
ついでに某の目の前で老人を犯していた鬼の頚も斬った。
「な!?」
「おッ!」
うーーーーーむ……観れば視る程奇怪な生き物と光景……世の中にこんなものがおるのか?
それとも、夢でも見ているのか?
「な……なんなのだ……おぬしらは……」
「大した答えはねぇなぁ。俺らは魔王様の命令でこの村を襲って犯してるだけさ」
「……そうか……なら腹は決まった。異形共、やはり斬るのは貴様等だ」
そして、襲い掛かって来る鬼どもをすれ違い様に全て斬り捨てた。
「そこもとらの|力量……下の下!」
「!?」
「え……えっ!?」
「何時の間にか、魔族がバラバラに!」
あっという間に骸と化した鬼どもを背に、某は鬼の棟梁と思しき者と対峙していた。
「ほう、みたところレベル100の壁は突破しているようだな」
「?……何の事だ?それより、貴殿ならこの首、斬り落として下さるか?」
第2話:見飽きた笑顔
ダームperspective
何が起こっている?
『英雄』クラスの冒険家がこの村に潜んでいたと言うのか?
「貴様、もしかして新しく選ばれた勇者か?」
「ゆうしゃ?なんですそれは?」
「……は?」
人間のクセに何を言ってるんだこいつ?
「なんだって、勇者は勇者だろ?勇者!」
「知りませぬ」
本当に何なんだこいつ!?
人間のクセに『勇者』を知らんのか!?
「それより、そこで転がってる追剥共の御大将とお見受けしたが、真か?」
「そうだ。お前は何者だ?」
「相手に名を訊く時は、本来先に名乗ってから訊ねるモノだが、まあよい。某は月鍔ギンコ。侍です」
さむらい?
聞いた事が無い兵種だな?
「ダームだ。魔王様の命によりこの村を襲い犯している」
「そうか……遠慮は無用か?某はその方が助かる!」
合図も無く俺と小娘との戦いが開始される。
「こ、いつ!俺の腕を!」
速い!
気付けは俺の左腕を斬り落として蹴り飛ばしていた。
「ぬるい!そんな隙だらけの構えでは、某の首は獲れませぬぞ!」
こいつ、確実にレベル100を超えている。
出し惜しみ無しだ!アレで一掃してやる!
「呼応せよ!魔装武具!」
その途端、奴は蹴り飛ばした俺の左腕の方を向いた。俺が呼び戻そうとしている魔装武具の方をだ。
何故魔装武具の特性を知った!?
勘か?
なんだ!?さむらいって!?
だが!
「良い事を教えてやる。魔剣は使用者のレベルを一時的に3割も引き上げるのだ。どうだ絶望的だろ、くくく」
元が150だから3割増しは195だ!
それに、奴は俺の許に戻ろうとした魔装武具を叩き墜とそうとして自分の剣をへし折ってやがる。
この勝負、俺の―――
だが……俺の鬼神連断は奴に捌かれ、奴はもう1本の剣(さっきより短い)を既に抜いていた。
「斧と腕が混じって1つとなるは正に面妖。だが、所詮は正面。あらゆる方向から1つ当たれば即座に『死』……弓槍刀が常に飛び交う合戦に比べれば、中の下」
この状態でも手数負けすると言うのか……!
反応速度が桁違いだ……化物め!
だが!力押しでは俺が上。
力で押して隙を作り、今度こそ一撃を当てる!
……の……筈だったが……
いきなり目の前に現れた奴に、俺は痛みを感じるよりもまず驚愕に目を見開く。
月鍔ギンコperspective
……またか……
またしてもこうなったか……
某は、侍として戦い、侍として死ぬ為に、何百人も斬り殺してきた。
「殺せ……決着はついた」
「いいでしょう……言い残す事はありませんか?」
「……貴様、一体何レベルなんだ?」
「解りませ―――」
「さ……300だってぇーーーーー!?」
ん?三百?
何が三百もあると言うのです?
「ククク……そのレベル差で戦いを挑んでいたとは……俺も充分勇者だな……」
……またか……
彼らはみな笑って死んで逝った。
某はいつも送るだけ。
某はふと思い出す。
某に『有り難う』と言った……討死した男の事を。
「有り難う。お主のお陰で、戦いの中で死ねる。やっと……拙者の番が来たのだ」
『拙者の番』……
その言葉が某の心に重く圧し掛かる……
「案ずるな……お主の番も必ず来る。戦いの中で死ねる日がきっと……お主にも来る。だから、泣くな……」
気付けば……某は某が斬り落とした首を抱えて泣いておりました。
そんな某の鬱な感情を掻き消すかの様に、某の周りで歓声が上がっておりました。
村長perspective
この村を襲って犯した魔族を瞬く間に!?
しかもレベルが300も!
信じられんが、この村1番の鑑定士による鑑定なのだから間違いないだろう。
「もしかして……貴女様がわざわざバルセイユからお越し下さった『勇者セイン』様ですね!?」
だが、村1番の鑑定士が首を横に振る。
「え?」
それに……
「先程のだーむとか言う追剥も言っておりましたが、その『ゆうしゃ』とは一体何なのです?それに、某はそなたらに訊きたい事が山ほどあります」
「聞きたい事?」
「簡潔に嘘偽りなく。よろしいか?!」
「あ……はい」
「ではひとつめ。江戸と言う町を知っておりまするか?」
……はい?
エド?……
その様な名前、聞いた事が無い。
「……承知。ではふたつめ」
と、こんな感じでこの村を救って下さった娘さんとの問答を行っておったのじゃが……
「ふー……つまりまとめると、何も知らぬではないですか!」
いや、わしに怒鳴られても困る!
ヒノモト、フジヤマ、セキガハラ、トクガワ、バクフ、スモウ、タクアン、ミソシル、ショーギ、サムライ等々……
このわしですら初めて聞いた言葉のオンパレードじゃ!
その上……
わしらが知らぬ存ぜぬの一点張りだったのが気に食わなかったのか、その娘さん、急に座り込んで考え込んでしもうた。
それに、この村1番の鑑定士が気になる事を言いおった。
「経験値貯蓄?」
「はい。名前からして経験値を一旦どこかに預け、何かの拍子で一気に放出する。そう言うスキルだと推測されます」
「では、あのお嬢ちゃんはもうレベルアップしないのか?」
「そうとは言い切れません。『レベル上限達成者』の称号を得ていない様ですし、何かの拍子で預けた経験値を取り戻すのかもしれませんし」
「その『何か』とは何じゃ?」
「さあ、そこまでは……いや、もしかすると貯蓄上限を超えれば預けていた経験値を取り戻す事は可能かと」
「じゃあ何か?その上限を突破するまでレベルアップはお預けか!?」
「多分そうなりますね。でも、既にレベル300なので、そう簡単に困る状況には遭遇しないでしょう」
「とは言ってもな……こんな辺鄙な村に魔王軍の幹部が訪れる程だぞ?何時―――」
気付けは……件のお嬢ちゃんがわしらの真後ろにおった!
「うびゃあぁーーーーー!?」
「びっくりしたぁ!」
「わはは、失敬!つい気になり申して!」
気配も足音もしなかったぞ!
ね、猫みたいな奴じゃ!
「それより、もうひとつだけ訊ねたい。この近くに鍛冶屋はありませぬか?」
「鍛冶屋?」
「先程のだーむとやらとの戦いで某の『銀横綱』が折れてしもうて、どこかで打ち直さねばならぬのですが」
ノノ・メイタperspective
村長の命令でツキツバさんの経験値貯蓄と言う寄生虫の様なスキルを完治させる事になり、取り敢えずツキツバさんを聖武具を保存する神殿に案内する事になりました。
でも、大丈夫かなぁ?
その聖武具って、本当なら勇者セイン様に献上しなければならないんじゃ……
それに、経験値を一旦別の場所に預ける事が出来るスキルって……僕なんかまだレベル3なのにもう『レベル最大値達成者』の称号を獲得してるんだよ!
しかも、僕は『経験値倍加・全体』と言う『自分を含めた味方全員が獲得する経験値を倍増するスキル』まで持ってるから、他の人とのレベル差はドンドン広がるばかり……
そんなのズルいよおぉーーーーー!
そんな僕の気持ちも知らないで、ツキツバさんは周りの景色に驚くばかりで……
「ううむ。やはり解せぬ。『ここ』は色も風もまるで江戸と違う。如何なる書にも見覚えが無い文字!」
何でありきたりな看板を見て驚くんだろう?
「……カエル?」
何で角蛙を見て首を傾げるんだろう?
「また変な生き物!」
何で翼蜥蜴を見て目を見開くんだろう?
何でいちいち『初めて見た』みたいな反応をするんだろう?
そうこうしている内に、ツキツバさんは勝手に結論づけた。
「ならば……この世界は……某の生きていた世界とは……別の世界?」
そして、ツキツバさんが思いついた結論をツキツバさん自身が否定した。
「……は、わはははははははは!いやいや!ありえぬからそれだけは!どうやら某、寝ぼけているな!?」
何?そのノリツッコミ?
やはり、ツキツバさんの様な変人より勇者セイン様に聖武具をお渡しした方が良いのでは?
いくら魔族から村を救ってくれた命の恩人だからって―――
「え?……うわあぁーーーーー!?」
その時、僕の脚に何かが絡まって……何時の間にか僕は逆さ吊りにされていた。
どうやら、僕は肉食樹トレントの根に捕まってしまったらしい。
「木が喋ってるーーーーー!?木に顔が付いてる!」
運悪くトレントに襲われたのは確かに不幸だよ。でも、それにしては驚き過ぎでは?
「ホホウ、動けるナ。洗練された動きダ。秘境漁りを生業とスル者、『冒険家』だな?」
『冒険家』……
遺跡、廃墟、秘境などを調査・探索し、そこで得た物を売って生計を立てている人達の事だ。
僕も何時かは……と思った時がありましたが……レベル3の段階でもう『レベル最大値達成者』の称号を獲得してしまって……うう……(涙)
ん?……
冒険家並みに強い?
誰が?
その時既にトレントに逆さ吊りにされていた筈の僕が地面に倒れていた。
もしかして……ツキツバさんがトレントを?
僕が左隣りをそーっと見て視ると、何時の間にか真っ二つにされて斬り倒されたトレントの姿があった。
そう言えはツキツバさん……レベル300でしたね(笑)。
第3話:ノノ・メイタの願望と意地
月鍔ギンコperspective
……某の常識が『ここ』ではなにひとつ通用せぬ……
『ここ』は日ノ本ではない?
外つ国?
幼き頃、本で読んだ外国の知識……似ている部分はあるが……
しかし……
いや、『ここ』は|外国ではない。
そんな、海を渡った程度で説明できるものではない!
某が『ここ』で見て来た尋常ならざる光景は……
如何にしては解らぬ。
解らぬが、
どうやら某は、
『異なる世界』に迷い込んでしまった……!?
ノノ・メイタperspective
ツキツバさん(笑)、何をいきなりそんな(笑)、突拍子もない(笑)!
お腹痛い(笑)!
「あっはっはっはっはっ(笑)!ありえないよそんなハナシ(笑)。この世界とは別の世界があるなんて!」
「ですから!そう考えるしかないのです!某はそこから来たのです!」
お腹痛い(笑)!
そんな(笑)、突拍子もない(笑)、事を(笑)、真剣に(笑)……
「それは確かに某も変だと思います……ですが!それ以外に辻褄を合わせる方法が無いのです!」
「辻褄……永い夢でも観てたんじゃないですか?」
「怖い事を申すなァ!」
と、こんなギャグの様なやり取りを経て僕は決意しました。
ツキツバさんを聖武具を保存する神殿に案内しよう!
最初は『勇者セイン様に聖武具を献上するのが筋では』と考えていたけど、ツキツバさんのこの変人ぶりなら、聖武具をツキツバさんに横取りされる心配は無い!
なぜなら!
聖武具を手に入れるには2つの試練があって、1つ目は閉ざされた扉を開ける事、2つ目は武具を台座から引き抜く事だ。
が、ツキツバさんのこの様子なら、扉を開ける事すら出来ないだろう!
間違いない!
そして……
聖武具を保存する神殿に到着してしまいました。
「厳か!この様に立派な御殿は、江戸でもそうはありませぬ!」
「神代に建造されたとされている神殿らしいですからね」
純白の巨大な建造物。漂わせる空気は神々しく崇めたくなる。
「今からこの中に!?」
残念だがそれは無理だ。
聖武具を保存する神殿の扉は選ばれた者にしか開けられない。
僕もツキツバさんも勇者セイン様じゃない。つまり、扉は開かない―――
「たのもー!」
「たのもう?」
ツキツバさんが呑気に扉をノックしていた……が!
「おや?開いてしまいましたぞ?」
えーーーーー!?
開いたぁーーーーー!?
だって!ツキツバさんは勇者セイン様とは違って!
「ノノ殿!ノノ殿!」
ツキツバさんに急に声を―――
「さっきから如何なされた?」
え?
僕、ボーっとしてた?
「どうしたの?ツキツバさん?」
「どうしたも何も、開いてしまった門を閉じようとしたのですが、まったく閉じないのです。どうしたら良いのでしょうか?」
閉じない!?聖武具を保存する神殿の扉が!?
「む!?」
「今度は何!?」
視れば、通路に設置されている燭台が勝手に次々と火が灯る。
まるで奥へ導く様に。
「これも何かのからくりか!?」
ツキツバさんが過剰に警戒している様ですが、これってつまり、
「そう警戒しなくても良いよ。聖武具を手に入れる為の第1関門を突破したって事だから」
「第一関門?某は門を叩いただけなのにか?」
……確かに。
なのに扉は開いちゃったんだよねぇー。
これって、ひょっとしたらひょっとするかも?
勝手に灯る燭台に導かれる様に通路を進み、剣の突き刺さった台座を発見する。
豪華な装飾がされた剣は心なしか輝いている様に見える。部屋の上部にあるステンドグラスからは光が差し込み、この部屋全体が幻想的で澄んだ空気で満たされている様な気がした。
「これがあのご老人が言っていた刀ですか?でも、視たところ諸刃の様ですぞ?」
「聞いた話によると、聖武具は持ち主に合わせてサイズや形状が変わるんだって」
その途端、ツキツバさんが大笑いする。
「ははーっ!さてはからかっておりますな?某がこの世界の事を何も知らぬと思って。残念ーっ!某はもう何が起こっても驚きませんしーーーーー!」
うん!大丈夫だ!
ツキツバさんがこの剣を―――
「うお!?」
ツキツバさんが台座から剣を抜こうとして、勢い余って台座から転げ落ちて後頭部を強く打ったようなのだが……
……その手には……
「床に深々と刺さっていると思い力を込めたのですが、この諸刃の刃、思ったより軽……く……」
えぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!
ツキツバさんの右手に何かが握られていた。
と言うか考えるまでもなく剣だ。
と言う事は!?
僕は慌てて台座をほうを向くと、
剣は黄金の光に包まれサイズと形状を変える。
出現したのはツキツバさんが僕達の村を救う際に使用した少し細い剣だった。
数秒遅れて、鞘がどこからともなく現れて剣身を包んだ。
「ナンデーーーーーッ!?だって今、床に刺さった諸刃の刃を!なのになぜ某は片刃の刀を!?」
ツキツバさんが聖武具が姿を変えた事に驚いている様ですが、僕は別の意味で驚いた。
つまり……ツキツバさんはって事!?
だとすると、ツキツバさんが言っていた『別の世界』もあながち夢物語じゃないって……こ……と?
「妖術!妖術ですか!?」
……ツキツバさん、まだ驚いてる。
月鍔ギンコperspective
いやはや驚いた。
刀身が太い諸刃が急に某がよく知る刀に姿を変えるとは。
これも何かのからくりか?それとも妖術か?
と言うか、この妖刀を使用しても大丈夫なのか?
「大丈夫だよ。寧ろ、聖剣を手に入れた事の方が凄いよ」
「そうなのか?」
まあでも、本差無しで戦うのは少し心細いし、妖刀に呪われて本来の力が出ないは選んだ某の責任。
寧ろ、某に戦いの中で死ねと言っておるって事なのかもしれん。
では、用も済んだのであの老人の許に戻ろう。
「ところで、ツキツバさんはこの後、どうするの?」
「残るは宛ての無い旅しかござらん。この世界には鬼もおる様だし、気長に某を送ってくれる強者をさがします」
「そ……そうなんだ……」
「ただ、その前にノノ殿をあの老人にお返しせねばなりません」
「!」
「某は侍故、此処から先は危険を―――」
「待って!」
む?
待って?
「まさか、某について行くと?」
「こんな事を言ったらおこがましいかも知れない。でも、僕は増やしたいんだ!レベルの上限を!」
「……何を増やしたい、と?」
「僕はまだレベル3なのに、既にもう『レベル上限達成者』なんだ!そんなの嫌なんだ!」
「とは言われましても、某はれべると言うモノが何者かを知りませぬ。故に―――」
「他の人達には全て断られてる!もう、レベルが300もあるツキツバさんが、最後の頼みなんだ!」
これは、生半端な返答では追い払えない。
本能で察していた。
「その齢で『里』の為に死ぬ覚悟とは!」
「!?……弱い?」
「子供が戦に出れば、間違いなく死にます。斬られれば血が出ます。打たれれば骨が折れます。はらわたが飛び出ます。死に至るまでの地獄の苦痛は、大の男でものたうち泣き叫ぶ程だそうな……」
ノノ殿は完全に某との間合いを広げている。
だが、ここで下手を打てはノノ殿の命はない。
しかし!
「たっ……確かに僕は頼りないかも知れないけど……でも……でも……」
ノノ殿は声を絞り出して某の拒否に抗おうとする。
何故そこまで?
「僕だって、本当の家族を魔物に殺されてるんだ!魔物の怖さは誰よりも解ってる心算!」
なるほど。親の仇討ちですか?
ならば絞り出た声にも辻褄が合う。
「けど……だからこそ、いつまでも魔物から逃げてなんていられない!だから、僕は自分のレベルの上限を沢山増やして、勇者セイン様の仲間になって、勇者セイン様と一緒に魔王を斃したいんだ!」
「では、親の仇を討つ為の旅を始めようとしてる訳ですな?」
「その為にも……僕は自分のレベルの上限を沢山増やさないといけないんだ!だから、その方法を探すのを手伝って欲しいんだ!」
ノノ殿の真剣さに、某は幼少の頃を思い出しておりました。
「父上!太閤殿下が外国を攻める為の兵を募っておりまする!合戦です!」
「はやまるなよ。まだ早い」
「戦場での槍働きこそ武士の本懐!わたしも戦います!」
「ならん。未熟者が戦場に行くなど、敵味方に無礼なだけだ」
「父上!?」
「駄目だ!」
「ゔぇああぁーーーーー!(涙)」
あぁ……朝鮮出兵……逝きたかった……(涙)
「某にも無鉄砲な頃があった……ノノ殿のお気持ち、某にはようく解り申す」
「ツキツバさん!?」
どうやら、根負けしたのは某の方ですな。
「ええい!勝手にすればよろしい!」
「ツキツバさん!(喜)」
??????perspective
遂にこの時が来た……
今まで単なるSランク冒険者パーティーに過ぎなかった僕達『|白ノ牙』が、遂に歴史の表舞台に上がるのだ。
そして……僕の名は魔王を斃した英雄として史実に永遠に残り続けるだろう。
そうなれば、僕は全てを手に入れる。金、女、地位、名声……世界すら手に入る。
先ずは聖武具からだ。
聖武具と言えば英雄や勇者が使う様な特殊な力を秘めた特別な装備だ。
真の勇者となる為に不可欠な物だ。
手に入れればもう誰も僕を止められない。
機は熟した……
今こそ|白ノ牙の勇者セインの輝かしいデビューの時だ!
第4話:勇者の計算外その1
セインperspective
ギシギシとベッドがきしむ。
僕は魔法使いのリサを抱いていた。
近くには格闘家のネイと聖職者のソアラが転がっている。
「もうダメ!限界!」
「何だよ、もうへばったのか?」
失神したリサを放り出し僕はベッドの端に腰掛けた。
白い肌を露にした3人を眺めてから鼻で笑う。
ハッキリ言おう。僕は誰よりも優秀だ。
身体、知能、性格、能力、あらゆる面で非の打ち所が無い男。
しかも、僕は勇者だ。
勇者である僕は、魔王と戦う運命を背負わされている。
僕は大陸に存在するいずれかの聖武具を手にし、魔王との戦いに勝利しなければならない。
非常に面倒ではあるが、その分手にする名声と金は膨大だ。
既に取り入ろうとする貴族が声を掛けて来ている。
そんな僕は最高のスキルを手に入れた。
誘惑の魔眼:異性を所にするレアスキルだ。
これを発現した時、僕は心の底から歓喜した。
上手く運べば手の届かなかった令嬢を食い放題となるだろう。それどころかこの国の王女だって。
まったく僕の人生は最高だな。
あはははははっ。
「魔王軍の幹部が……死んだ?」
僕はリビアの領地にある聖武具の神殿に向かう途中に絡んで来た奇妙な村長から話を聞いて愕然とする。
聖武具を手に入れ次第討伐する筈だった魔王軍の幹部が勝手に死んだのだ。話が違うじゃないか。
「変わった服を着た少女が突然急に現れてくれて、見慣れぬ剣を持ってわしや村の者達を老若男女問わず犯した魔族の男共をバッタバッタと粉々に斬って下さったんじゃ」
嬉々として語る村長の話を聞きながら静かに歯軋りする。内心で憤怒の炎が燃え盛っていた。
聖武具を手に入れ次第、その魔王軍の幹部退治で僕は華々しく勇者としてデビューする筈だったんだ。
……いや……本当にそうか?
そういう予定だったか?
違うな、これは魔王軍の幹部がこの村の近くにいる事を教えなかった国の責任だ。
とは言え、どこの誰かは知らないが、ふざけた真似をしてくれたな。
村長と適当に雑談を交わしてから村を出ようとしたが、
「ところで、そこの屑の山、いかに処分する?」
「あ!どうしよう重くて運べないぞ」
「ここで焼いちゃう?」
僕はリサに命じた。
「やれ」
すると、僕の到着を待たずにくたばりやがった変態魔族共が炎に包まれた。
まるで僕の憤怒の炎の様に。
僕の獲物を横取りしやがってーーーーー。
どんなバカだ!?
「セイン、機嫌が悪いの?」
「そんな事無いよ」
「なぁ、魔族なんかほっておいて宿で気持ち良い事しようぜ」
「ネイは黙ってくれるかな」
「それにしても誰があの魔族を全て倒したのでしょうか。普通の冒険家では手も足も出ない相手なのですが」
「まぁいいじゃないか。これで村は平和になったんだし。ちょっぴり残念だったけど、気持ちを切り替えて次に行こう」
そうだ、次こそは素晴らしい結果を残す事となるだろう。
なにせ勇者の証たる聖剣を手に入れるのだから。
既に僕に聖武具を手に入れる資格が有る事はハッキリしている。
わざわざ魔族を倒さなくても、聖剣を手に入れれば世界に勇者が現れたとアピールする事が出来るだろう。
あくまでも魔王軍幹部は予定外。
真の目的はリビアの領地にある聖武具の神殿だ。
「……無い……」
神殿に入った僕は、台座にある筈の聖剣が無い事に気が付き呆然とする。
「無い無い無い無い無い無い!なあぁーーーーーい!」
確かにここにある筈なのだ。
聖武具を所持していた者が死ねば、自動的にここに戻って来る。
そして、前の所持者の死亡はきっちり記録されている。
だからある筈なんだ。ここに。
恐らく誰かが一足早くここに来て持ち出したんだ。
「落ち着いてセイン」
「五月蠅い雌豚!」
リサを振り払う。
床に転んだ彼女の顔を踏みつけた。
「いちいちべたついて来るな!殺すぞ!」
「ご、ごめんなさい」
イライラが止まらない。
なぜ上手くいかないんだ。
まさか……あの村を襲った変態魔族共を粉々にした謎の女がここの聖剣を……
だとしたら、出会ったら犯して殺す。
聖剣は勇者である僕の物なんだ。
ノノ・メイタperspective
ギンコさんが魔物の事を全く知らなかったので……と言うか、どうなってんの?……取り敢えず僕が知っている魔物の事をギンコさんに教えたのですが……
「ワハハハハ!」
え!?何で!?
「どうして笑ってるの?ギンコさん」
「嬉しいのです!」
え?アレ?
魔物は狂暴で残酷な厄災って説明した気が……
「武士として強者と求めたが巡り合わず、辻斬りの真似事をし、絶望の果てに悟りを求めて仏門に帰依までした某が……凶暴な怪物達。その怪物を統治すると言う、魔王と言う大大名。これが笑わずにいられますか!この世界は溢れている!まだ見ぬ希望が!」
「え?」
希望?
僕はまだ勇者セイン様の事を説明してないのに?
「ああ早く戦いたい!もっと早く来れば良かった。異世界万歳!」
ギンコさんってやっぱり……変!
「で、その魔王殿とやらはどこにいるのですかな?」
サムライ怖い……
それに、その前に!
「だったら魔物を何体か斃して魔王に知られたらどう?」
「つまり、某に興味を持ってもらうと言う訳ですか?」
「そー!そう言う事!」
勿論これは全部嘘だ。
なぜなら、その魔王は勇者セイン様が斃すからだ。
だから急がなくちゃ!早く僕のレベル上限を激増させて勇者セイン様が率いる[[rb:白ノ牙 > ホワイトファング]]の一員にならなくっちゃ!
「そこで、これから僕達はルンタッタと言う町に往く事にしました」
「そのるんたったって町に何が有るのです?」
「あそこには難易度高めの未踏破ダンジョンが有るのです」
「だんじょん?」
「冒険者達は秘境、遺跡、廃墟などへと潜り、倒した魔物の素材や落ちている装備やアイテムを拾って生計を立ててるんだ」
「ほー」
「で、僕達が今から往くルンタッタにあるダンジョンは未踏破だから、内部の全てを知っている人はいないんだ」
で、ダンジョンの最下層には核石と言う物が存在する。
核石は到達者にクリア報酬を与える事で有名だ。
何が貰えるかは到達してみないと解らない。と言う事は、核石が僕のレベル上限を激増させる可能性が有るって事だ!
はあぁ……
「ダンジョン?そんな細腕で?」
道を尋ねた冒険者が見下した顔で返答する。
随分と無礼な答えだ。
「ダンジョンを踏破してレベルを上げないと勇者セイン様の仲間になれないもん!」
「なれねぇよ。お嬢ちゃんじゃ」
「おじょ……!?」
く……悔しい……
僕は男なのに……僕はレベル上限を激増させて[[rb:白ノ牙 > ホワイトファング]]の一員になるのに!
そんな僕の悔しみを察したのか、ツキツバさんが僕の前に躍り出る。
「そう言うそなたはどうなんだ?他者の[[rb:力量 > うで]]の細い太いを比べる程なのだから……」
「ん?何だ?この娘みたいな小男は?」
え?
ツキツバさんが小男?ツキツバさんは女の子じゃないの?
が、ツキツバさんは横柄な冒険家の台詞を全く気にしていない。
「そなたの[[rb:力量 > うで]]……確かなのだろうな?」
え!?
戦うの!?
一方の横柄な冒険家も売り言葉に買い言葉を言わんばかりに手をポキポキと鳴らす。
「良いぜ坊主、お前が本当に男か、この俺が確かめてやるぜ!」
が、気付いた時には横柄な冒険家の方が既に倒れており、ツキツバさんが手に入れたばかりの聖剣を振り上げた。
「何か言い残す事は?」
すると、何時の間にかツキツバさんに敗けた冒険家が、今までの横柄な態度が一変して命乞いを始めていた。
「つおっと待て!まさか本気か?今のは軽い喧嘩だろ?命まで奪う事は無いだろう!?」
その言葉に、ツキツバさんはつまらなそうに聖剣を鞘にしまう。
「戦いに生きる者でありながら、潔い討ち死により敗走させられて生き恥を晒す事を望むとは……白けてしまいました」
ツキツバさんがそう言うと、そのまま歩き始めた。
……初めて出会った時、村を襲った魔族達やトレントを斃したから強いのは解ってたけど……
いくらなんでも強過ぎるよ!ツキツバさん!
サムライって……なんなの!?
「む?」
ツキツバさんが後ろを振り向くと、先程の冒険家が慌てて逃げていたけど……
僕の気のせいか……冒険家の手にナイフが握りしめられていた気が……
気のせいですよね。
それより……ダンジョンは何処?
第5話:ギンコ、初めてダンジョンに挑む
月鍔ギンコperspective
「これがだんじょん?」
るんたったと言う町の中心にある異形の塔が、どうやらノノ殿が言っていただんじょんの様です。
「そう。この中に僕が探しているレベル上限を激増させるアイテムが―――」
「邪魔だ!退け!」
なんだ?
某達の前で揉め事が起こっておる様です。
「駄目だ駄目だ。レベル上限が7しかない奴が高難易度ダンジョンに挑むなんざ自殺行為だ」
「だからこそ、未踏破ダンジョンの中にあるかもしれないアイテムが必要なんだ!私の―――」
「その前に死んだら意味が無いだろ!帰れ帰れ!」
どうやら、この異形の塔は資格が無いと入れない様です。
それより、兵に追い払われた女子の耳の方が興味がある。
と言うか……明らかに他の者が違うし、こころなしか尻から犬の尻尾が生えてる様に見えてしまう……
某はもう、人を斬り過ぎで頭がおかしくなったのかもしれぬ……
が、ノノ殿は臆せず異形の櫓に向かう―――
「レベル上限3だと!?さっきの娘よりもっと駄目じゃないか!」
「……ダメですか?」
「駄目だ駄目だ!帰れ帰れ!」
でも、ノノ殿は食い下がります。
「レベル300な上に聖剣持ちが同伴でもですか?」
「300だと!?何処……」
異形の塔を護る兵が某と目が合った途端、
「レベル300だと!?本当にいたのか!?」
な……何か驚かれているのですが……と言うか、れべるとは本当に何なのだ!?
しかも、周囲の目が一斉に某に向けられる。
れべるが三百もある事がそんなに珍しい事なのか!?
その結果、某達は異形の塔の中にすんなり入れました。
「待ってくれ!」
「ん?」
どうやら、先程異形の塔を護っていた兵に追い払われた女子が付いて来た様です。
「私も連れて行ってくれ!」
「そなたも?」
「そうだ!私には必要なんだ!レベル上限を増やすアイテムが!」
「君も!?僕もなのに!」
今度こそ断ろう!
某は強くそう思いました。
「だめです」
「え!?」
「これは某と『だんじょん』なる陣地にいるマモノとの合戦!合戦です!手打ちは無い。どちらかの命が潰えるまで続くのです。侍の戦とはそうしたもの。遊びではないのですよ!」
「……ツキツバさん……ハッキリ言い過ぎです……」
が、女子は食い下がります。
「レベルが既に300もあるお前には解るまい!レベル上限が低い者の苦しみが!しかも私は誇り高き『氷狼族』なのにレベル上限が7しかないから……私は……私は……」
この女子……泣いてる?
某はただ、合戦がどれ程危険かを説明しただけだと言うのに。
「解る!……解るぞ!」
ノノ殿も!?
「僕は勇者セイン様の仲間になって一緒に魔王を斃したいのに、まだレベル3なのに『レベル上限達成者』になっちゃって……だから、僕は欲しいんだ!レベル上限を激増させる方法を!」
気付けはノノ殿と女子が手を握り合っていた。
「同士!」
その時、ノノ殿の手が光り、
《報告:レベル上限40倍が発動しました。対象者のレベル最大値が280となりました》
《報告:対象者が『レベル上限達成者』の称号を剥奪されました》
「……え?……」
ノノ殿が呆然としております。
すると、先程の兵がやって来て、
「そこのレベル3の子!君は『レベル上限40倍』と言うスキルを持ってるぞ!」
某は意味が解りませんでした。
ノノ・メイタperspective
『レベル上限40倍』……
どうやら、僕は他人のレベル上限を40倍にするスキルがあるらしいです。
で、僕のスキルでレベル上限が7から280になった氷狼族の子はメキメキと実力を現わしていた。
その子は『セツナ』って言うんだけど、戦闘の際は巨大な氷で形成された爪を両手に纏って戦うらしいんだけど……
「はあぁー!」
「ぐぎゃぁー!?」
氷狼族は戦闘に特化した獣人だと聞いていたけど、予想してた以上にセンスが良い。
しかも……
「あ、レベルが14になった」
「はぁ!?」
ちょっと待って!入って1時間で7も上昇したのか!?
そう考えてもおかしいよ!いくら低レベルが上がり易いからって常識ではありえないスピードだよ!
う……羨ましいわーーーーー!
「なんだかお前達と一緒にいると、凄い速さで成長するみたいだ」
そう言われてステータスを開く僕。
Lv 3
名前 ノノ・メイタ
年齢 12歳
性別 男
種族 ヒューマン
ジョブ 民間人
スキル
経験値倍加・全体【Lv50】
スキル経験値倍加・全体【Lv50】
レベル上限40倍・他者【Lv50】
称号
レベル上限達成者
非道い!
不味い!
このペースでレベルアップしたら僕はそうなる?
1か月後には、セツナのレベルがどうなるかを考えるだけでも恐ろしい……
それに……
「骸骨が人の様に動くのは確かに面妖だが、|力量は下の下の下だ」
通常のスケルトンがレベル1~43なので、レベル300のツキツバさんが相手では歯が立たないのは当たり前だ。
それに、ツキツバさんは経験値貯蓄と言うレアスキルを持ってる。
戦闘で獲得する経験値のほぼ全てを吸収し、貯蓄の限界に達すると溜め込んだ経験値を100倍にして払い戻す……大器晩成型のスキルだ。
もし……その真価が発揮されたら……
あー!レベル100で英雄扱いなのにー!
悔しーーーーーい!
羨ましいわぁーーーーー!
セツナperspective
「うわぁー!?」
私のレベル上限を280にしてくれた少年がまた勝手に宝箱を開けて、ミミックに食われそうになってる。
そして、それを珍しい服を着た少女がいとも簡単に真っ二つにした。
「マモノと言うのは、箱にも化ける事が出来るのか?」
「そうなんだけどね……」
氷狼族はワーウルフの仲間だから、宝箱とミミックの違いを臭いで解るけど、あの少年は必死に目に映る宝箱をこじ開ける。
でも、気持ちは解る!
目の前の宝箱の中にレベル上限を激増させるアイテムが入ってるかもって。
かつての私なら、必ずそうしていただろうから。
一方、少女の方は冷静沈着にこのダンジョンを攻略する。
「持ち込んだ食べ物がもう底をつきました。一旦引き返しましょう」
「待って!まだ目標を達成してない!」
「その前に腹ごしらえです。腹が減っては戦は出来ませぬ」
新人と達人の会話としてはよくあるパターンだ。
もう少し、もう少しだけ、そんな風に戻れない所まで入り過ぎて全滅する。
達人はそれを避けたがる。
だが、好奇心旺盛な新人はそこまでのリスクを考えない。
「まだ進める!今日中に目標―――」
「駄目です!腹が減っては戦は出来ませぬ!」
少年の方が折れた。
「……はい……」
でも、その背中は未練に満ちていた。
だけど、引き返してこのダンジョンを出た頃には私のレベルは40に到達した。
たった1日で33も上昇するなんて異常だ。
それは、あの少年のスキルの影響だ。
確かにレベル上限が3なのは悲惨の極みだ。でも、あの少年のスキルは『強さは種類は1つじゃない』って言ってる気がする。
あの少年のスキルは仲間の成長に欠かせない物だ。その証拠に、レベル上限がたったの7だった私がレベル40に達した。
が……今日集めたアイテムの整理と換金をしている間、
「あと少し進めれば……あと少し進めれば……」
どうやら、あの少年は自分の本当の利用価値に全く気付いていない様だ(笑)……
自分のスキルが勇者セインに大いに貢献出来ると思うんだけどなぁ(笑)……
ま、私はあのウンコセインは好きじゃないけどね!
第6話:ノノ、ダンジョンと踏破するが……
月鍔ギンコperspective
今日もるんたったのだんじょんとやらにおるのだが……
人の姿をした犬!?
ノノ殿言う通り、この世界には、某が見た事も無い怪物……『マモノ』が数知れずいる様だ。
仏さまはなぜ、このような世界を知っていたのだろう?
「同じ獣人なのに、何でコボルトはこんなに野蛮なんだか……」
ジュウジン?
どう言う者なのだ?そのジュウジンと言うのは?
「そう言えば」
「ん?」
「セツナ殿も変わった耳をしておられますな」
「今更!?と言うか、何だその初めて見るみたいな反応は!?」
と言われましても、本当に初めて見たのですから仕方がないのです。
取り敢えず、某がこことは違う世界から来た事をお話したのですが、
「ここじゃない別の世界から来た?」
「いかにも!」
と、ここでセツナ殿が長く考え事をしております。
「……もしや……やはり……」
……何がやはりなのでしょうか?
「……なあ、その直前に誰と出会った?」
「誰と、とは?」
「決まっている!そいつがお前をここへ飛ばしたんだ!」
セツナ殿の気迫に少し気圧されましたが、それについて某が答えられる事は少なく、
「ただ、仏さまにお祈りをしておっただけで……」
と言って、某はふと思った。
「やはり……仏さまが某の願いを―――」
「何を願った!?」
「……悪鬼羅刹が蔓延る地獄の世へ―――」
「やっぱり!」
え?
セツナ殿の中では何かが合点がいった様ですが、某には何の事だか解りません。
ノノ殿に訊ねようにも……ノノ殿はだんじょんの中にある箱を開け続ける事に夢中で聞いてくれません。
セツナperspective
ツキツバと言う女戦士が言うホトケ様がどの様な者かを聴けば聞く程、私のウンコセインに関する疑念は確信に変わる。
「つまり、ソノホトケ様に祈ったらこうなったと?」
「……信じるのですな」
ツキツバは、私が別世界の事を信じている事を疑っている様だ。
ま、道理としては間違っていない。
普通に考えれば、夢か病気かを疑うのが自然だ。私だって、ウンコセインがこの世に存在しなかったら、「長い夢でも観てたんじゃねえのか?」と言ってしまうだろう。
だが、私はウンコセインを疑い嫌い殺したいと願った。
だからこそ、ホトケ様はツキツバをウンコセインがいる世界に使わせたと思う。
で、ウンコセインを斃す為にツキツバがここに来たのではないかとツキツバに伝えると、
「いや、それは無い」
「何でヨ!?」
「ノノ殿の言う事との違いが多過ぎる故」
「ノノ、私のレベル上限を改善してくれた恩人の事か?」
「そうだ。ノノ殿は、ゆうしゃセインと共にマオウを倒したいとの事だ。が、セツナ殿が言ってる事はそんなノノ殿の望みを絶つ事なのでは?」
そう言われ、私は私が見たウンコセインを思い出していた。
「やぁ、『|白ノ牙』なんだけど、割の良い仕事とかないかな?」
「良いんだぞ勇者を頼っても」
「僕は神に選ばれた勇者セインだ」
で、私の口から出る言葉は、やっぱりといったところだ。
「いや……私は……信用していない!」
「セツナ殿は、とことんノノ殿の逆を言うのですな」
ツキツバは呆れた様に言うが、諄い様だがこれがウンコセインに対する私の考えだ。
「それに、ノノって子、あのウンコセインに直接出遭った事はあるのか?」
「その事については何も聞いておりませんが、少なくとも、某はセイン殿とは御逢いしておりませぬ」
我ながら本当に諄い様だが、私はあえて貯める様な事を言う。
「なら、実際に遭ってから改めて判断してくれ。ノノをウンコセインに預けるか否か」
ツキツバは少し考えたが、ふと何かを思い出したかの様に言った。
「でも、セイン殿はどの道ノノ殿を頼らざるおえない身です」
「何でそんな……」
あー!
レベル上限40倍!
経験値倍加!
「ツキツバ!ツキツバ!絶対に言うなよ!『ノノなら、レベル上限が物凄く少なくてもウンコセインの役に立てる』だけは」
が、ツキツバの返答は冷たい。
「それはどうでしょう?たとえ某やセツナ殿が口を噤んでも、ノノ殿自身やセイン殿が気付けは、セイン殿は某達の望み云々関わらずにノノ殿を頼る事になりましょう」
「駄目だ!それだけは―――」
「それに……だんじょんの方もいよいよ大詰めの様です」
ツキツバの目線に目をやると、部屋の中央にはぼんやりと青く光るクリスタルが浮いていて、僅かだが回転している様に見えた。
え?
あれ?
私はさっき、
ゴブリンライダー。
レスラーオーク。
レイス。
ミノタウロス。
を見た筈だ。
もしかして、レベル300ってそんなに凄い事だった……
あー!
私のレベルが200になってる!
ノノ・メイタperspective
僕は……このダンジョンでの本来の目的を果たす前に、ダンジョン踏破の証である核石に到達してしまった。
収納数100のマジックストレージなどのレアアイテムは手に入れた……
収納数100のマジックストレージなんか、世界中の行商人達が一斉に殺し合いを始める程のレアアイテムだけど……
でも……
「もう終わったって言わないでぇーーーーー!」
ま、まあ、ツキツバさんは確かにレベル300だし、セツナさんもレベル200になった……よほどのレアモンスターじゃないとお話にならないのだろう……
けどなぁ!僕はまだレベル3なんだよ!まだレベル3のクセにレベル上限達成者だぞ!
ぼ……僕のお荷物感が……半端ない……
とここで、セツナさんから提案があるらしく、
「ノノ、君が核石に触ったらどうだ」
……僕は取り敢えず拗ねてみる。
「このダンジョンにいるモンスターは、ツキツバさんとセツナさんがやっつけたじゃないですかー」
「拗ねるな拗ねるな。核石なら、お前の願いを叶えるかもよ?」
「ぜひ触ります」
核石が僕のレベル上限を改善するかもしれないと言われ、僕は迷わず核石に触れた。
《ルンタッタ迷宮の踏破おめでとうございます。それではクリア報酬をお受け取り下さい》
《報酬:ファーストクリア特典として偽装の指輪×2が贈られます》
《報酬:ダンジョンが贈られます》
え?……
……これだけ!?
続いて、ツキツバさんとセツナさんも核石に触れ、2人共ダンジョンだけ貰った。
「ま、まあ……ドンマイだ!ダンジョンはここだけじゃないし、私も付き合うよ。ツキツバって奴も強い敵に逢いたいらしいし」
……そうだね……拗ねてる場合じゃない。
こうなったら、世界中の全てのダンジョンを走破してでもレベル上限を激増させる方法を見つけてやる!
そして、その暁には、僕は勇者セイン様が率いる|白ノ牙に加わるのだぁー!
門番perspective
俺はルンタッタにあるダンジョンの入口を警備する衛兵だ。
が……レベル上限が3しかない少年とレベル上限がちょっと前まで7だった狼系獣人がダンジョンに入ってしまった。
俺の職務怠慢と言えば聞こえが良いが、あの2人の行いはハッキリ言って自殺行為だ。
レベルが既に300な上に経験値貯蓄と言うレアスキルを持ってる変わった衣装の少女が同伴だと言うので、一応最序盤のみと釘を刺した上で挑戦を許可したが……
お前ら、察して早く逃げろよ!
自殺志願者なのか!?そう言いたい気分である。
だが、そんな俺の心配は杞憂だった。
1日目は無事に戻って来て……
2日目も無事に戻って来た。
が、少年の方は完全に愕然としていた。
「これで解っただろ?これは……」
そう言いながら俺は彼らを鑑定した。
そして……驚いた!
「と!?……踏破したのか!?」
ファーストクリア特典!?
ダンジョンを貰った!?
普通喜ぶところだろ!なのに、何故この世の終わりの様に愕然としている!?
例の獣人が察したのか、俺が質問する前に質問の答えを言った。
「アイツが最初に核石に触ったんだが、結局、レベル最大値は……」
あ、なるほど……
ど……ドンマイだ。
「宝箱も粗方開けたんだけどな」
「粗方だと!?」
あれ?このダンジョンって?
俺は、変わった衣装を着た少女の方を向きながら戦慄した。
「レベル300……恐るべし」
だが、俺はある種の安堵がよぎった。
「つまり、このダンジョンの価値が下がったって事だな?」
その途端、例の少年に睨まれた。
「うお!?」
怖い!物凄く怖い!
この子、本当にレベル上限3か!?
「価値?そんなのありませんでしたよ。はははは」
口では笑っているが、顔と目が笑っていない!
「そうか……無いのか……なら、俺の肩の荷が下りたよ」
すると変わった衣装の少女が語り掛けてくれた。
「肩の荷が下りた?それはどう言う意味ですかな?」
「これでもう、無謀な挑戦者……もとい、自殺志願者は、このダンジョンに寄り付きもせんだろう。後は、戦闘練習として利用される程度だ」
その点は、この俺の飾り気の無い本心だ。
何時の間にかルンタッタにダンジョンが出現して以降、ダンジョンに寄り付く冒険家がわんさかやって来て、ダンジョン中で死亡事故を多発させてくれた……
だからこそ、俺の様な鑑定スキルを持つ衛兵を入口に置いて入場制限する事を余儀なくされたんだ。
ハッキリ言って……迷惑だったよ。
が、この3人は未踏破を謳っていたルンタッタのダンジョンを攻略しただけでは物足りないのか、
「『他に未踏破ダンジョンは無いか?』だと!?」
求道者かお前ら!?
他のダンジョンを求める理由を聞いてみると、
変わった衣装の少女は誉高き戦死を目指し、
狼系獣人は280に増えた自身のレベル上限の効果を確認する為、
レベル上限3の少年は勇者セイン率いる|白ノ牙に加入すべく、レベル上限を激増させる為、
どれも変わっていた……
とは言え、レベル200とレベル300ならばと思ってしまった俺は、つい口を滑らせてしまう。
「アイナークの近くに未探索の地下遺跡があった筈だが、領主であるロアーヌ伯爵の許可が必要だ」
その途端、この世の終わりの様な愕然を行っていた少年が食い付いて来た。
「アイナークの未探索遺跡ですね!?」
「あ……ああ……」
一方、少女の方は首を傾げていた。
「そのあいなーくとは何なのです?」
「え?ロアーヌ伯爵が統治する街だが」
この女……どうも可笑しい。
この齢で既にレベル300。着ている衣装も此処では見慣れない。多くの冒険家が立ち寄ったルンタッタだぞ!?
まさか……異次元のどこかから来た……
「ダハハハハハ!それは流石に無いわな!」
「?」
そして……
俺は、アイナークに向かう3人の背中を見送った。
第7話:ロアーヌ伯爵の娘マリアンヌ
セツナperspective
あのウンコセインが大嫌いな私は、ウンコセイン率いる|白ノ牙加入を目指してレベル最大値激増方法を求めるノノと共に、次の目的地であるアイナークの近くに在る遺跡に向かっていた。
世界にはかつて高度な文明が栄えていたらしいけど、何故か文明は滅んで彼らも消えてしまった。
が、そんな古代文明は様々な遺跡を残し、冒険家が跋扈する事態を作ってしまった訳よ。
因みに、私はレベル200でツキツバはレベル300だけど、ステータス偽装でレベル30と言う事になっている。もし鑑定スキルで覗き視されても、どこにでもいる冒険者にしか見えないだろう……
……は、流石に無いか?
やっぱ、ツキツバの衣装と性格がねぇ……
この前なんか、
「セイン殿、もし望みの物を手に入れてからでも構いませんので、ぜひとも某と戦って頂きたい!」
怖いわあの子!
ツキツバのジョブはサムライらしいんだけど、少なくとも、私はそんなジョブは知らない。
その上、戦いの中で死ぬ事を気高き誉と呼ぶ程の戦闘狂。
なんなんだこいつ……とも思えるが、あのウンコセインがとんでもない事をやらかす前に戦って欲しいとも思える。
と、私が考え事をしているとツキツバが前方に向かって駆け出していた。
どうやら、1台の馬車が山賊に包囲されていた。
「そこの者!其処で何をしている!?」
「何だテメェら!おいお前ら、こいつらをやっちまえ!」
山賊の親玉らしき男の指示を合図に戦闘が始まるが、
「そこもとらの力量……下の下!」
ツキツバの圧勝だった。
寧ろレベル差が酷過ぎて観てられないくらいだ(汗)。
「相手になりませぬ!出直す事をお奨めする!」
そこで、ノノがようやく敗走する山賊の存在に気付いた。
「……あんた……やっぱり戦闘に―――」
私がそう言うと、ノノが照れ臭そうにしながらわざとらしく馬車を心配する。
「そ!……そんな事より、馬車の中は大丈夫かなぁ!」
認めたくないのね……|白ノ牙の仲間と勘違いされる心配が無い事を……
しばらくしてから馬車のドアが開けられた。
「どなたか存じませんが、助けて頂きありがとうございますわ」
ピンクのドレスを着た女性が出てきた。
絹の糸の様な金色の髪に優しさが溢れ出ているかの様な少し垂れた眉、動く度に遊佐りと揺れる大きな胸……
「気になさるな。あれでは合戦の邪魔です」
な!?
ツキツバ!?アンタの勘はどうなってるんだ!?
よくよく考えたら、あの馬車に最初に気付いたのはツキツバだし!
「申し遅れました。わたくしロアーヌ伯爵の娘マリアンヌと言う者でございますわ」
私は完全に不意を衝かれた!
……やっぱり、他事を考えながら行動しちゃいけないね(笑)。
「この度は襲われているところを助けて頂き感謝いたします」
ノノ・メイタperspective
ヤバい。急に緊張してきたぞ。
これから往く地下遺跡の探索は、ロアーヌ伯爵の許可が必要。その娘が目の前にいる!
粗相が無い様にしなければ。
「それにしても御2人はお強いのですね。とても驚きましたわ」
「武芸全般修めてこそ武士。特に弓など、那須与一に憧れて、それはもう死ぬほど修行したのですよ」
誰?
「当然だ。ツキツバは選ばれし御方なのだ!」
「選ばれた?何にでしょうか?」
おい!セツナさん!余計な事を言うなよ!
マリアンヌ様が首を傾げただろ!
「ツキツバ様はどちらへ向かわれていたのですか?」
「取り敢えず、あいなーくへ行く予定でした」
「では、我が屋敷にお招きするのは御2人に都合が良かった様ですわね。もしよろしければ、今夜は屋敷にお泊り下さいませ」
おぉーーーーーい!
なんなんだこの急展開!?
「すまぬが」
まさか……断るの?
下手に断ってマリアンヌ様がへそを曲げるはやめてよ!
「某は2人ではなく、ノノ殿を含めた3人だ」
え?
僕もお泊り決定?
そんな事をされたら、緊張し過ぎて何も出来ません!
「それに、乱暴そうな山賊が出て来たので、つい横槍を入れてしまい申した。少々期待外れでしたが」
ツキツバさん……貴女が強過ぎるだけです。
後、マリアンヌ様の隣のメイドさんが、もの凄く怖いんですけど……
「とは言え、某に断る理由はありませぬし、ノノ殿とセツナ殿は如何か?」
「え!?……そんな急に―――」
「ま、野宿は疲れるし、私もそれで良いよ」
「えーーーーー!?」
「では話はまとまりましたわね。今夜は精一杯おもてなしを致しますので、楽しみにしていてくださいませ」
「えーーーーー!?」
ロアーヌ伯爵の機嫌が怖過ぎて何も出来ないんですけど僕!
月鍔ギンコperspective
マリアンヌ殿達に連れられて遂にあいなーくに到着したのですが……
「おお……煌びやかですなー!この世界の街と言うのは!」
建物は高いし色も鮮やか。
「ツキツバが言っていたエドもこんな感じか?」
「いや、もっと平べったいです」
その間も、某達を乗せた馬車は街の中心部を抜け、そのまま最も奥の本丸御殿へと向かう。
「これもまた厳かな!」
「そうですか?これでも上流階級の中では小さい方だと思うのですが」
「これで小さい……私には想像も出来ない世界だよ」
セツナ殿のお気持ち、某には解ります。
「あ、でも我が家は数ある伯爵家の中で、1番大きい屋敷を有していると聞いた事がありますわ」
……やはり某には無縁な話だ。
それに、初めて鬼に出遭った村やノノ殿に連れられただんじょんよりも、明らかに血の匂いが少ない。
ノノ殿の話では、この世界ではマモノが人の天敵だそうだが、この街にはマモノが攻め入る隙が無いのか?
領主……ロアーヌ殿の器がうかがえる。
そして、馬車が本丸御殿の前に着くやいなや、マリアンヌ殿は当然とばかりに優雅に馬車から降りた。
これもまた、ロアーヌ殿の教育の賜物なのだろう。
……平和な街だ。
……某の居場所ではない。
「さ、ツキツバ様。どうぞ中へ」
その時、某は迷った。
本来ならば、相手の謝意に甘んじるのが筋なのだろう。
でも、某は侍として戦い、侍として死ぬ事を望んで生きてきた。
だが、ここに死は無い。
ここに誉は無い。
ここに合戦は無い。
やはりここへ来る事を拒むべき―――
「お帰りなさいませお嬢様」
「セバス、お父様はいるかしら」
「書斎にてお仕事をされております」
「ありがとう」
……どうやら、某達はこの馬車に乗ってしまった時点で、選択肢は無かった様だ。
マリアンヌ殿の代わりに傍にいた女子が某達に一礼する。
「自己紹介が遅くなりました。マリアンヌ様の専属使用人ウララでございます。これよりお3人のお部屋へとご案内いたしますのでついて来てください」
「某は月鍔ギンコ。侍です」
「私はセツナ。誇り高き氷狼族だ」
「ぼっぼっぼぼぼぼぼぼぼぼ、あいた!?」
ノノ殿は、緊張し過ぎて名乗りになっておられぬ様だ。
?perspective
上の連中は暢気なものだぜ。
既に地下水路は俺達の物になったって言うのによ。お陰で、格段にこの国を落とし易くになった。
それに、こっちは程良く育ったトロールナメクジまで用意してある。
後は……あの邪魔な領主を始末するだけだ。
アイナークの人間共よ、魔王の配下に怯えるがいい!
ぐははははは!
第8話:強者の矜持
セツナperspective
マリアンヌの案内で屋敷の外へと出た私達は、ウララを同行者に気ままに散策をする……
なのだが……
ツキツバはずーーーーーと難しい顔をしているし、ノノに至っては緊張し過ぎて何を言っているのか解らない……
「あそこは偉大なる種族が作った建築物の名残ですわ」
町中に突如と現れる崩れた石の壁。
壁には顔が刻まれていて、大きく開いた口からマリアンヌが笑顔で手を振る。
しかし、護衛がウララだけなんて不用心ではないだろうか?
彼女は領主の娘だぞ。
私の抱いた疑問にウララが答える。
「マリアンヌ様は民に愛された御方です。害を加えようなんて不埒な考えの輩は、すぐに周囲の人々によって取り押さえられるでしょう。何よりあの方には私が付いております」
「ずいぶんと自信があるんだな」
「これでもかつてはSランク冒険者でしたので」
……何!?
私がウララの正体について首を傾げていると、さっきまでつまらなそうな顔をしていたツキツバが、街の中心部に立つ男性を模した石像に興味を示した。
「あれはこの街の領主であるお父様の若かりし頃のお姿でございますわ。お父様は恥ずかしがっておりますが、とても素敵なシンボルだとわたくしは自慢に思っておりますの」
だが、そんなマリアンヌの自慢話は突然の地震によって阻まれた……
……いや……これは地震じゃない!
ツキツバも何かを察して何時でも剣を抜ける体勢に入った!
「……来る」
ツキツバの小さな声に呼応するかの様に、轟音と共に石像が粉砕される。
「ぐおぉーーーーー!」
奇妙なうなり声と共に無数の触手が、もうもうと漂う砂煙の中から人々へと伸びた。
「きゃぁぁあ!?」
その1つがマリアンヌを絡め取ると、一気に煙の中へと引きずり込む。
「お嬢様!!」
どうやら敵は地下から侵入を果たし、手当たり次第に人を攫ったらしい。
ツキツバもそれを察したのか、既に砂煙の中へと突っ込んで往った。
その判断は悪くない!すぐに追いかければマリアンヌを無事に取り戻せるに違いない!
「私も行くぞ!」
だが、先走ったツキツバを見て戸惑うウララ。
「しかし、お客人にその様な事を―――」
「捜索するなら少しでも人手が多い方が良いだろ。それに俺達の実力はもう知ってるはず。遠慮なんてしてる場合か!?」
「その通りです!マリアンヌさんや他の人達を4人で救出に行きましょう!」
……ん?
元Sランク冒険家であるウララの実力は気になるが、まさか、ノノまで付いて往く気か?
私とノノの申し出にウララは頷く事で応える。
よーし!助けると決まったなら早い方が良い!
先行したツキツバが敗けるとは思えないが、やはり助け舟は多いに越した事は無い!
そして、3人揃って石像のあった場所に出来た大きな穴へと飛び込んだ。
月鍔ギンコperspective
着地した某は周囲を警戒する。
出入り口らしき場所の両側には巨大な人の石像があり、古めかしいデザインやかぶった埃の量から古代の物であると見てとれる。その他で目に付くのは大量の瓦礫くらいだ。
「ん?このネバネバした物は?」
よく視ると、それは1本の線の様に続いていた。マリアンヌ殿を攫った曲者の足跡の様な物か?
だが、信用して良いものなのか?
「ツキツバ!」
背後からセツナ殿達の声が響く。
「ツキツバ様!お嬢様は!?」
ウララ殿の剣幕が凄かったが、某は冷静に気になる事を軽く説明した。
「この粘液が足跡に見える?」
「では、犯人はナメクジ系の魔物でしょうか?」
ウララ殿はこのネバネバした物をナメクジが移動した後だと決めつけるが、それにしてはあからさま過ぎないか?下手に付いて行けば、顔面に人参をぶら下げられた馬の様な事になりかねん。
「……いや、このネバネバに頼るはよそう。それより、他に何か手がかりは無いか?」
その途端、ウララ殿は困り果ててしまわれた。
「おそらくここは地下遺跡かと。実はこの街は巨大な遺跡の上に建てられているのです」
「下は迷路って事かよ!?ま、私はすでにマリアンヌの匂いは覚えたから良いが……」
「出来るのか!?匂いだけで!?」
「任せな!氷狼族の誇りに賭けて!」
凄い物だな……まるで忍びの者に育てられた忍犬の様だ。
それから、しばらくセツナ殿の鼻を頼りに進んでいくが、ここはどうやら迷宮の様に道が複雑に入り組んでいる。それに、それほど強くはないがマモノも潜んでいる様だ。
「ふう、こんな平和で豊かな人里ですら、ともすれば簡単に人が死にかねぬ合戦場になりえてしまうとは……」
「!?」
「ツキツバさん!変にウララさんを不安がらせないで下さい!」
「不安なのはこっちの方だ!『氷狼族の鼻を嘗めるな!』と言った手前だが、既に大分走ったぞ!?」
「何度か調査したことはありますが、分かっているだけでも四階層はあります。なにぶん全貌が分からないだけに、どこに何があるのかは不明です」
「おい!」
セツナ殿は進めど進めど一向にマリアンヌ殿に逢えぬ事で焦っている様ですが……
「……どうやら、あのネバネバを罠だと決めつけたのは、某の早合点の様ですぞ?」
「それじゃ何か!?犯人はやはりナメクジ系の魔物だと言うのか!?」
その直後、右横から某達を襲ったマモノをウララ殿が吹き矢の要領で仕留めた。
「やけに手際が良いがなんのジョブなんだ!?」
「アサシンです」
あさしん?
やはりまだまだこの世界独特の言葉になれておりませぬ。
故に、セツナ殿が何を驚いているのかが解りません。
ただ、ウララ殿なら先程の野盗共に勝てるのでは?とは思える。
セツナperspective
む!?
マリアンヌの匂いが強まった!?
この近くか!?
橋の先には閉められた大きな扉があった。粘液はその扉の向こうまで続いている様だった。
ただ……
複数の足跡が聞こえ、左右から武装した男達が現れ扉の前で並ぶ。そのどれもが大きな体格に盛り上がった筋肉を有し、頭部らは二本の角を生やしている。
間違いない魔族だ!
どうやら、あの『粘液は足跡にして罠』と言うツキツバの見立ては、あながち見当違いじゃなさそうだ!
「のこのことこんなところにまで来るとは、ヒューマンってのは愚かな種族だな。お前達、好きにしていいぞ」
指揮官らしき男が兵に指示を出す。兵は雄叫びを上げて次々に曲刀を抜いた。
そうか!この騒動は魔族の仕業だったのか。
魔王が出現した事で動きが活発化しているとは聞いていたが、まさかこんな場所にまで入り込んでいたとは驚きだ。
で、私やウララがやる事と言えば、
「ツキツバ!此処は私に任せて先に往け!」
「マリアンヌ様をどうかお助け下さい!」
この中で1番強いのは、間違いなくツキツバだ!
なら、勝てる見込みが1番多いツキツバに敵大将をぶつけるのが勝利の筋ってもんだ!
「承知!」
そう言うと、ツキツバは立ち塞がる魔族を斬り捨てながら扉へと突き進む。
そして、重い音を響かせて開いた。
月鍔ギンコperspective
「ぐふふふ、ようやくペットの餌が来たようだな。待ちわびたぞ」
広大な部屋の中央に、幼き頃に読んだ書物に書かれておった『象』の様に馬鹿でかいナメクジがいた。
そ奴は背中から無数の触手を生やしており、10人以上の人々をぶら下げている。
その前には、肥え太った鬼の様な厭らしい男が自信満々に立っていた。
「そなたが御大将か!?」
「いかにも」
先程セツナ殿達に任せた雑兵とは比べ物にならない闘気を感じる。まさかとは思うが、こやつらは強さの強弱で階級や役割を決めておるのではあるまいな?
「まあ……貴様が敵の大将であるなら、貴様を斬る!」
某が刀を脇構に持つが、敵大将は焦らず偉そうに口上を紡ぎ続けた。
「まあ焦るな……俺様は実に親切な男だ。冥土の土産に少しくらい話をしてやろうじゃないか」
「なっ!?」
不覚!
ナメクジの触手が素早く伸ばされ某を縛り上げる。そのまま高く持ち上げられた。
「実はこの街は地下水路によって辺境の街と繋がっているのだ。もし辺境の街とここを押さえる事が出来れば、格段にこの国を落とし易くなるだろう。だがしかし、その為にはまず邪魔な領主を始末しなければならない」
なんたる卑劣!
ロアーヌ殿の首を獲る為にこの様な回り諄い事をしておったのか!?
その時、某は父上の言葉を思い出した。
「よいかギンコ!我々侍は、武士として常に清く正しくなければならぬ!侍が斬って良いのは向かって来る者、命の覚悟がある者だけだ!それ以外には毛1本の傷もつけてはならん!これは、力を持つ者の当然ぞ!」
その途端、某は無性に腹が立った!
「解せん!」
「ぶははは、なんだその顔!?許せないか?俺様をぶっ殺したいか!?ざんねーん、死ぬのはてめぇと、この街のヒューマン共――」
力任せに触手を引き千切る。
「ばかな!?俺様のトロールナメクジはレベル70だぞ!?」
「それがどうした?先程油断してこの様な仕打ちを受けた某も未熟だが、その程度で勝ったと思い上がり、敵大将を討つ上で欠かせない首獲り怠ったそなたも、また未熟!」
男は後ずさりして怯えた表情を浮かべた。
「しねぇ!リトルボムズ!」
20を超える小さな爆発が某を包む。部屋の中に爆音が響き、衝撃が激しく揺らした。
だが!
「そんな大道芸では、某の髪の毛1本燃やせぬ!」
「バカめ!剣1本で防ぎきれると思うなよ!リトルボムズ、リトルボムズ、リトルボムズ!」
目の前の炎が邪魔なら、その炎を斬って捨ててしまえば良い!
「ぐふ、ふふふ、これだけやれば生きてい……あれで無傷だと……ありえない……ば、化物だ……」
「だから言ったろう?髪の毛1本燃やせぬと」
「ひぃいいいっ!?な、なな、なんなんだ貴様は!?まさか噂の勇者なのか!?」
ゆっくりと姿を見せてやれば、顔面蒼白に震えながら後ずさりする。
こやつ、本当にこの前斃したダームとやらと本当に同類なのか?
「その程度か?これなら、ダーム殿の方がまだ手強かったぞ?」
某の言い分が敵大将を怯えさせた。
「お前があのダームを……だとおぉーーーーー!?」
さて、さっさと終わりにするか。
刹那に部屋を駆け抜け、刀を鞘に収める。
「滅びよ!貴様の最大の失態は、力を持つ者の当然を怠った事と知れ!」
ノノ・メイタperspective
セツナさんとウララさんが道を作り、ツキツバさんがマリアンヌ様が囚われているであろう部屋に入って往ったけど……
その部屋の中から不気味な爆発音が何度も響き渡ったんですけど!?
まさか……マリアンヌ様の身に何かあったら……
そんな僕の心配をよそに、連続した爆発音が途絶えた途端、男性の悲鳴が響き渡った……
「何だ!?」
本当に何が起こってるんだ!?
そして……僕が危惧している予想に対する答えを突き付けるかの様に、マリアンヌ様が囚われているであろう部屋の扉が再び開いた。
……しかし……
「……何か、異様に煙たいな?」
「部屋の中にいた者が爆裂魔法を使用したのでしょうか?」
勿体ぶらないで!
早くマリアンヌ様の無事な姿を魅せて!
が、僕の懇願を無視するかの様に中にいた者はゆっくりと歩いていた。
あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!
じれったい!
早く!早く!
早くマリアンヌ様は無事だと言ってくれぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
……で……
部屋の中の人がようやく喋った。
「聞けー!マモノの衆よー!この部屋にいた御大将は某が討ち取ったー!」
中から出て来たのは……ツキツバさんだった!
しかも、ツキツバさんの手には魔族の頭が握られていた……
セツナさん達と戦っていた魔族達は、声を出さず、目を見開き、ただ唖然としている。
「お嬢様!」
ウララさんが部屋に駆け込み、床で寝ていたマリアンヌ様をのぞき込んでいた。
「ご心配無く。眠っているだけです」
ウララさんはツキツバさんに深くお辞儀をする。
「深く感謝いたします。恐らく私だけでは救出は困難だったでしょう。ツキツバ様とセツナ様がいてくれたからこそ、お嬢様を無事に助け出す事ができました」
……良かったぁー。
ロアーヌ様の機嫌を損ねる事態は避けられた様だ。
……ただ……
「ところで……他の連中はどうする?」
そうだった!
あいつらに捕まっていた人達はマリアンヌ様だけじゃなかった!
流石のツキツバさんも、どうする事も出来ずに黙り込んでしまった……
……と言うか……本当にどうしよう?……
第9話:勇者の計算外その2
門番perspective
ルンタッタのダンジョンが難易度高めで未踏破と言う噂が流れた途端に、それを聞いた脳筋冒険家達が名を上げようと次々と中にズカズカと入って往って……その中の何人かが死亡してしまい、お陰で俺の様な鑑定スキルを持つ兵士がダンジョンの出入口に立って入場制限する事になってしまった。
だが、ツキツバ・ギンコがたった2日で踏破し、ノノ・メイタが自分のレベル最大値を激増させようとほどんどの宝箱を開けてしまったお陰で、ダンジョンの挑戦価値が大幅に減衰し、俺の肩の荷も大分楽になった。
ツキツバさんがダンジョンを踏破して2週間後までは……
「やぁ、『|白ノ牙』なんだけど、ルンタッタには難易度高めの未踏破ダンジョンが存在するらしいね?」
……なんかカッコつけている様だが、噂は聞いていないのだろうか?
「何で今日来たの?」
すると、ホワイトファングを名乗る冒険家集団のリーダーと思しき男は申し訳なさそうにこう答えた。
「リビアで極刑級の大窃盗が遭ってね、その事件の調査に付き合わされてね、お陰で此処に来たのが今日にずれ込んだんだ。悪いね」
「つまり、ルンタッタのダンジョンについて何も聞かされていないって事か?」
その途端、随分要領を得ない答えを堂々と吐く愚者を診るかの様にその男は俺を見た。
「……もしかして僕が誰だか分かってないのかな?」
何故か自己紹介(?)を始めたと言う事は、ルンタッタのダンジョンについて何も聞かされていない証拠なのだろう?
「貴方が誰であろうと、このダンジョンが現在どうなっているのかはまったく変わりません」
この段階で、男は既にイライラしていた。
「Sランクパーティーのセインだ! 勇者に選ばれた男だよ!」
「勇者セイン!?」
勇者セインと言えば、ルンタッタのダンジョンへの無謀な挑戦者の激減に大きく貢献してくれた3人組の1人であるノノ・メイタが憧れていた勇者の名前が……そんな名だった気がするが……
が、勇者セインを名乗る男は、俺に考え事させる暇を与える気は無い様だ。
「僕が誰か理解した様だし、そろそろここを通してくれるかな?」
と言うか、俺の話を聞いて欲しいのだけど……
「はぁ!?ルンタッタのダンジョンが踏破された!?」
勇者セインを名乗る男は俺の話を聞いて愕然とする。
「しかも、宝箱もほとんど開封されており、戦闘練習以外の価値はほとんど無いかと―――」
おい!
こいついきなり俺の胸倉を掴んで持ち上げたぞ!?
「その3人組の中に、聖剣を持ってる女はいたか?」
も……持ち上げられながらか?
これは質問か?それとも尋問か?もしかして脅迫か?
と言うか……言わなきゃ殺される……気がする……
「ツキツバさんです。ツキツバ・ギンコさんが―――」
「ツキツバ・ギンコだな?」
最後まで言わせて!
と言うかノノ君!話が違うんですけど!
「ツキツバさんの事をご存知で?」
勇者セインを名乗る男の頭に青筋が沢山浮かんで怖いんですけど?
「リビアで聖武具窃盗と言う極刑級の大罪を犯した女の名前は、本当にツキツバ・ギンコなんだなと訊いている!」
聖武具って……そう簡単に盗める物だったか?
と言うか、それって単に先を越されただけでは?
だが言えない。
勇者セインを名乗る男にとって、先に聖武具を入手した超人全てを盗人と決めつけている!間違いない!
ノノ君!本当に話が違うんですけど!
「ツキツバ・ギンコさんです。ツキツバさんが聖剣を持ってこのダンジョンに……」
その途端、勇者セインを名乗る男から解放された俺は、受け身をとる暇も無く尻餅をついた。
「そのツキツバ・ギンコと言う盗人女が魔王軍の幹部を殺し、聖剣を盗み、許可無くルンタッタのダンジョンを踏破した……そう言う事だな?」
……なんか、腹立ってきたな。
誰のお陰でルンタッタのダンジョンに挑む無謀な冒険者が激減したか解って言っているのか?
「……他には?」
「……はい?」
「お前は3人組と言ったな?他には?」
つまり、ツキツバさんの仲間の事を素直に白状しろと?
……こいつが非常にムカつくから黙秘権行使も考えたが、やはりこの男には不自由を齎す手綱が必要だ。その方が世の為人の為だ。
ノノ君には悪いが、ノノ君の憧れ通りにノノ君にこの男の手綱を握って貰おう。
「ツキツバさんは最初、ノノ・メイタと言う少年を連れておりました」
「特徴は?」
「ノノ君のレベル最大値はたったの3だったのですが―――」
「次」
「ノノ君のスキルは―――」
「そんな雑魚の事はどうでもいい。次!」
最後まで聴いてぇ!
『ノノ君のレベル最大値はたったの3』の段階でもう『獲るに足らない無』と判断した訳だ?その様な考えでノノ君を観ていたら、何時まで経っても経験値倍加・全体とレベル上限40倍・他者の恩恵は手に入らんぞ!
逃がした魚は巨大過ぎるぜ!?
「ぐは!?」
「何を黙っている……次!」
先に『ノノ君のレベル最大値はたったの3』と言ってしまった俺も悪いが、経験値倍加・全体とレベル上限40倍・他者と言うとんでもスキルを持つノノ君を完全に黙殺しやがった……
そこで、セツナの説明についても先に『レベル最大値7』と言ってやったら、予想通りあっさりセツナへの興味を完全に失いやがった!
レベル上限40倍・他者と言うとんでもスキルを持つノノ君の力で、セツナのレベル最大値は280になったと言うのに……ざまぁみろ!
「つまり、厄介なのはツキツバ・ギンコと言う盗人女だけか」
ちげぇーよバーカ。
「で、」
「『で?』……とは?」
「その盗人女はどこ行った?」
まさか……ツキツバさん達を追撃する心算か!?
この俺に恩を仇で返させる心算かこの糞男は!?
「……やめておけ……」
「やめておけ?お前まさか、極刑級の盗人女を庇う気か?」
「そうじゃない。俺は鑑定スキルを持つ兵士でなぁ……ツキツバさんの過去も鑑定してやった」
「……極刑級の盗人女に関する新たな情報と言う訳か?聴かせて貰おう」
食い付きやがった!
勇者を騙るだけあって、余程ツキツバさんがこの屑男より先に聖武具を入手した事に関して、相当はらわた煮えくりかえっている様だなこの糞男はぁ!?
言ってやる……ノノ君やセツナには言わなかった、ツキツバさんの恐るべき過去をぁーーーーー!
「信じないと思うが、ツキツバさんは別世界人だ。しかも、ツキツバさんはかつて居た異世界で3桁を超える人間を殺した狂人だ……貴様如き屑など、ツキツバさん、もとい!ツキツバ様の手にかかれば、あっという間に亡骸よぉーーーーー!」
どうだ!
驚け!ビビれ!恐れ慄け!ツキツバさんと貴様の様な屑男では、桁や次元どころか存在が違い過ぎるんだよぉーーーーー!
……!?
何故……この屑は何を笑っている!?
「そうか……奴は3桁を超える殺人を犯したのかぁ」
え?そこだけ拾ったの?別世界人の部分は?
「なら、世の為人の為に勇者であるこの僕が、邪悪の化身と言っても過言ではない極刑級の盗人女を逮捕してあげないとねぇ」
だから別世界の部分はどうした!?
この屑男……本当に聞き手に致命的に向いてないな!?
その後もこの屑男の尋問は続いたが、他の兵士達が俺の異変の気付いて駆けつけてくれたお陰で、アイナークの事は話さずに済んだ。
だが、この名誉欲と出世欲の化身である屑男がアイナークの未探索遺跡に興味を持つ可能性は大きい。
さっさとロアーヌ伯爵への手紙を書いて先手を打っておこう。
貴族が俺の様な下っ端が書いた手紙を読むとは思えないが、何か手を打っておかないと気が済まない。
セインperspective
早々にルンタッタを後にした。
街を出た僕らは適当な場所で話し合いを行う事にする。
議題はこのまま進むか、一度国へ戻るか、だ。
勇者である僕は各国共通の切り札的存在な訳だが、基本的には祖国であるバルセイユ所属となっている。
あくまでもこのアルマン国には派遣という名目で来ている。
しかしだ、この国は冒険をするにはうってつけの素材が揃っている。
複数のダンジョンに強い魔物、魔族の国とも比較的近く、とにかく戦いには事欠かない。
おまけに美人が多いと評判の国でもある。
このままおめおめと帰国するのはどうだろうか。
さらに言えば、僕はバルセイユ王室からずいぶんと期待されている。
魔王を討伐した暁には爵位と領地が約束され、場合によっては姫君との縁談もあり得るとされているのだ。
ここで転ぶわけにはいかない。
僕は全てを手に入れるんだ。
もし邪魔する者がいるのなら確実に殺す。
「セイン、私は一度国へ戻って仕切り直す方が良いと思うの」
「理由を聞こうか」
「私達の予定は全て、聖剣を所有している前提で立てられているわ。でも失敗した現在、このまま先へ進むのは危ういと思うの。まずはプランの練り直しが先決じゃないかしら」
リサはもっともらしい事を述べる。確かにその通りだ。
だが、それは僕が国王に失敗しましたと頭を下げなければならない事を意味する。
冗談じゃない。どうしてそんな羞恥に耐えなければならないんだ。
聖武具なら他にもあるじゃないか。なんならそれを取りに行けば良い。
幸い最も近い場所は、アルマンを横断した先にある。
少し失敗したが、まだまだ取り戻せる段階だ。
今度こそ盛大にデビューを飾ってやろうじゃないか。
「そういえばさ、この先にアイナークって街があったじゃん。そこに大きな未探索の遺跡があったはずだから、すんごいお宝見つけてデビューを飾ろうぜ」
「それは名案だね。もしそこを踏破する事が出来れば、きっと注目を浴びるに違いないよ。勇者が作る話題としては充分だ」
3人は結論は出たと揃って了承する。
けど、気になるのは異世界からやって来て聖剣を奪った凶悪大量殺人鬼である『ツキツバ・ギンコ』の動向だ。
この先で今までと同じ事が起きないとも限らない。
さすがにあの遺跡は領主の許可が必要なので潜っていないと思うが、2度起きた事は3度起きる、ここは急いでアイナークへ向かうべきか。
まったく忌々しい殺人鬼女め。
宿で女共をのんびり抱いている暇も無い。
「なんと……おっしゃったのでしょうか……」
「だから遺跡は踏破された」
ロアーヌ伯爵の言葉が理解できず意識が虚ろとなる。
聞いた話では、ツキツバ・ギンコが街に訪れ魔王軍の幹部を倒したそうだ。
しかも未探索だった地下遺跡を短期間で踏破し、さらに貴重な遺物を山のように見つけて地上に戻ってきた。
街の住人も伯爵も、この街の全ての存在がツキツバ・ギンコを称えていた。
「あら、お父様。ここにいらしたのですわね」
「マリアンヌか」
部屋に美しい女性が入ってきた。
豊満な胸が歩く度にゆさりと揺れ、僕の性欲を激しくかきたてる。せめて、この女だけでも僕の物に。
誘惑の魔眼で女の目を見つめる。
《警告:魔眼所有者よりもレベルが上である為、効果を及ぼせません》
僕の魔眼が……きかないだと?
またもや愕然とした。
僕の魔眼は、対象者が自身よりレベルが低い事が使用の条件だ。
つまり目の前の女は手に入れられない。
怒りで歯噛みする。
「殺気が漏れてますわよ」
「!?」
目の前に切っ先を向けられていた。
この僕がいつ抜いたのかも分からなかった。勇者でありレベル63である僕がだ。
だが!このままツキツバの思惑通りに話が進んでたまるか!
「ところでお聞きしたい?この街に鑑定スキルをお持ちの方は……おりませんか?」
「それを聞いてどうする?」
どうやら……こいつらはツキツバの正体を知らないと見える!
さあ……ツキツバの正体を知って恐れ慄け!
「奴は……ツキツバ・ギンコは凶悪大量殺人鬼だ!既に3桁を超える殺人を犯している!鑑定スキルを持つ兵士の証言だ!間違いない!」
伯爵がぴくりと反応を示す。
僕は内心でほくそ笑んだ。
やっぱり凶悪大量殺人鬼は怖いよな。いいんだぞ勇者に頼っても。
ほら、僕に助けてくださいって懇願しろよ。
「……では、何故我々はまだ生きている?」
「……え……」
「セイン君と言ったかね、君は勇者に選ばれた人物だそうだが、あえて人生の先輩として助言をしておこう。神は時として予想すらしなかった者を愛するのだと」
「それは僕よりもその凶悪大量殺人鬼の方が、神に愛されていると言いたいのでしょうか」
「今はまだ分からん。だがしかし、彼女はそう思わせるだけの強さと運を持ち合わせていた。そして、心もだ」
僕に説教を垂れているつもりかクソジジイ。
今すぐ殺してやろうか―――
「……何か?」
なんだこの女。何かがヤバい。確実に。
下手な事はしない方が良さそうだ。
「お話を聞かせていただき感謝いたします。それでは失礼」
「うむ」
僕はロアーヌ伯爵の屋敷を後にする……
月鍔ギンコperspective
異世界の地下通路は色々と面白い所であった。
先ずはノノ殿達が言っておった“れべる”が某が知る段位の様なモノである事を理解しました。
その切っ掛けが、あの卑怯者が根城にしていた地下通路探索にマリアンヌ殿の同行でした。
「すごい、すごいですわ!またレベルが上がりましたの!」
「私もですお嬢様。以前は50台だったのに今は70台、こんなにも簡単にレベルアップしてしまうとおかしな気分になりそうです」
最初は何で喜んでいるのかが解りませんでしたが、ウララ殿の動きが段々良くなる事で某はれべるの意味と重要性を少しは知りました。
ですが……
欲が出てどんどん前へと突き進んで行く2人が何をしでかすのがが怖かったです。
どんどん強くなっていく自分の力量に慢心し、気付けは撤退の必要性を忘れて死地に入る。中途半端な強者擬きが陥りやすい失態です。
セツナ殿の見立てでは、こうなった原因はノノ殿の【経験値倍加・全体】スキルにあるそうです。
……尋常じゃない速度で成長するのも良し悪しの様です。
で、2人にはれべるが100くらいになった辺りで、ノノ殿と共に先に帰って頂いた。
最も奥にいた鉄で出来た大男と頭が3つもあるうわばみはなかなかの強敵でした。
動物の頭の数まで規格外とは……流石異世界!
……が……
某があいなーくの地下通路にいられるのはここまでの様です……
「気に入らん!何だあの男は!?礼儀と言うモノは無いのか!?」
ロアーヌ殿は余程腹に据えかねたのであろう。怒りを露にしている内に、更に新しい怒りが湧いている様です。
「ロアーヌ殿、如何なされた?」
某を見た途端、ロアーヌ殿が難しそうな顔をしておりました……
なるほど……そう言う事か……
「某は、確かに人を斬りました。隠す心算は毛頭ありませんでしたが、つい言いそびれておりました。申し訳ござらん」
……某の言葉に、ロアーヌ殿は少なからず驚いておりましたが、セツナ殿は何故か納得しておりました。
「……確かに血の匂いがした。魔物とは違う人の血を……骨の髄まで染込んでいる……」
ただ、納得はしても理解は出来ないのだろう。
某は……皆を集めてこの世界に来る前の出来事を包み隠さず全てお話ししました。
「……驚いた。あの無礼者の言う通り、君が本当に3桁を超える殺人を犯していたとは」
が、ウララ殿は首を傾げる。
「ですが、私はツキツバ様の過去と真実を聞かされてもなお、命の危機と言うモノを全く感じません」
セツナ殿もウララ殿に追随する。
「私もそう思う。ツキツバからは私達獣人を奴隷扱いする糞独特の罪の匂いがしない」
とは言え、やはり驚きを隠せない様です。
「だから、初めて出会った時から戸惑っていたんだ。どんな過去があれば、純粋である事と殺人者である事が同居する価値観が生まれるんだ……って」
それを契機に、皆が黙り込む中、ノノ殿だけが怒涛の様に質問を繰り返しました。
「……前々から気になっていたんだけど……ツキツバさんの『サムライ』って何?」
某は、少し戸惑い迷い、少しの沈黙ののちにこう答えました。
「侍が戦う理由は百人百様です。国の為、主君の為、家の為、名を上げる為、金の為、大きな野望の為には、多くの民を虐殺する様な惨い手でも使う必要が有りましょう」
その段階で、セツナ殿は既に少し引いていました。
「……ま……まるでヒューマンの様な事をするサムライもいる訳ね……」
だが、某の答えは違う!
「どんな手を使おうと勝てば良し……そんないかにもな侍然とした理由ややり方は、某はまったく興味無し!某には立派な野望も無ければ、金も名誉もいりませぬ。某が欲しいのはただ1つ!戦いに生き、戦いに死ぬ!それのみを命の限り真っ直ぐ貫く!熱い『生き様』そのもの!『侍』は某の信念です!侍として正しいと感じる行いを、何処であろうと貫くのみ!善いか悪いかなど想った事も無い!そんな事は、其方達自身で見定められよ!」
皆がだんまりしておりましたが、もう1つだけ加えて申し上げました。
「だから、マリアンヌ殿の件も某がやりたくて勝手にした事なので、全く恩に着なくて良いのです!着てはなりません」
「えーーーーー?」
マリアンヌ殿が驚く中、ロアーヌ殿が最後の質問をしました。
「で、君が敵とみなした者は……全て斬るのかね?」
……正直、ロアーヌ殿の目が怖かったです。恐らく、某の返答したいで……某の命は無かった事でしょう。
だが、某は臆する事無く言いたい事を言いました。
「斬る!ですが、それ以外は何が遭っても斬る事も傷付ける事も許さぬ!……と父上に教えられてきました」
「……もし、父親との誓いを破ったら、君はどうなる?」
「腹を斬る!速やかに自害し詫びる!」
一同皆驚きました。
「は!?」
「え!?」
「何で!?」
ですが、某は臆する事無くセツナ殿に頼みました。
「故に、某が道を踏み外そうとしたら……頼みます!」
「何を!?」
「介錯です」
「かいしゃく?」
「先ずは某が己で己の腹を斬る。そしたらセツナ殿は某の首を斬り落としてください」
「私があんたを殺せって言う気なの!?」
と、ここでロアーヌ殿が某の言い分を止めました。
「もうそこの獣人をイジメてやるな。ツキツバ・ギンコよ」
だが、先程の殺気は既に無く、どこか穏やかで優しい感じでした。
「君がそこまでの覚悟で戦っていたとは……先程この屋敷に来た無礼者の見立てはやはり間違っていた様だな?」
それを聞いたノノ殿は、恐る恐るロアーヌ殿に訊ねました。
「その……伯爵様を怒らせた人はツキツバさんをなんと?」
それに対し、ロアーヌ殿は不機嫌の溜息を吐きました。
「ツキツバ・ギンコが3桁を超える殺人を犯していた事を密告した上で、その内に秘めたモノを診ずしてこう断言した。『凶悪』……と」
ん?
それって、
「その者、頭に角が生えておりましたか?」
「いや、生えておらんが」
「違うのですか?てっきり、魔王軍の幹部だと息巻いておりましたダーム殿の部下が……とも思っておりましたが……」
「何と!魔王軍の幹部を討伐するはこれが初めてじゃないと!?」
とは言え……もう某にはあいなーくに居場所は無いでしょう?
「ですが、某はどの道この場にいられる事は、もう無いでしょう」
「……このアイナークを去ると?」
「……はい。一食一宿の恩を返す前に去るのは礼儀に反しますが、某が今まで行ってきた戦いの日々が罪だと言うのであれば、これ以上某がここにおればロアーヌ殿にあらぬ汚名が生まれましょう」
ロアーヌ殿は名残惜しそうでしたが停める事はしませんでした。
「……そうか」
「ただ、あいなーくの地下通路以外に、強敵が多くいる合戦場を知りませぬか?」
ロアーヌ殿は少し考え、
「……解った。だが、その前に手紙を書かせてくれ。そして、それをジョナサンと言う運送会社の社長に渡してくれ」
「……解りました」
そして、ロアーヌ殿から手紙を渡されるやいなや、某達はあいなーくを後としました。
ノノ・メイタperspective
僕達は、今度はジョナサン・ロックベルと言う運送会社社長の許に往く事になりましたが、その道中、何か異様な光景を発見してしまいました。
「どうしてだ!どうして上手くいかない!僕は勇者だぞ、お前らが崇めるべき英雄なんだ!どいつもこいつもぶち殺してやる!」
そう言いながら周囲の岩や木に殴る蹴るの暴行を加えていました……
……何……あれ?
いい歳した青年がする事なのだろうか?それとも、まだ感情が抑制出来ない歳だと言うのだろうか?
背中しか見えないけど。
同行者と思われる3人の女性もある程度距離を開けていた……
……まさかと思うけど、日常茶飯事?
「……御愁傷様です」
……行こう……
勇者セイン様の足元にも及ばない子供の様な人なのだろうから。
第10話:次なる合戦
ノノ・メイタperspective
僕達は、ツキツバさんの驚愕の過去がロアーヌ様に知られてしまい……と言うか、僕だって驚愕だよ!
まあ、とにかくアイナークにいられなくなった僕達は、ロアーヌ様が指示した運送会社に到着したのですが、
「アポが無い方とは御会いになりません」
そう簡単にはジョナサン社長に会わせて貰えず、セツナさんは目の前の受付嬢に手紙を渡してさっさと次に行こうと言うが、
「それでは、本当にジョナサン殿にその書状が渡ったかが確認できぬ」
ツキツバさんって、変に怖いし変に真面目なんだよねぇ。
やっぱ……まだまだツキツバさんの事が解んないや。
とは言え、ツキツバさんが何と言おうとジョナサン社長に会えない事は決定の様だし―――
「やはりこうなりましたか!?」
誰だろう?この人?
急いでいたのかなぁ?汗だくだ。
そんな心配をよそに、男性は先程の受付嬢に詰め寄り、
「今直ぐツキツバ・ギンコに逢って欲しい!急を要する事なのだ!」
……本当に誰だよ!この人!?
そんな僕の疑問をよそに、受付嬢は僕達と同じ答えを言った。
「アポが無い方―――」
けど、男性は凄い剣幕で自分の意見を押し通そうとする。
「急を要すると言ってるだろ!これは、伯爵様のご指示だ!」
伯爵様!?
もしかして、ロアーヌ様が僕達が受付嬢に追い返される事を見越してこの人を!?
だとしたら……疑ってごめんなさい。
が、ロアーヌ様の使者をもってしてもアポなしでジョナサン社長に会うのは困難な様で、呆れたセツナさんが足早に去ろうとしていたが、ロアーヌ様の使者が慌ててセツナさんを引き留める。
「お待ちください!貴女方が揃ってジョナサンに逢って頂けねば、意味が無いのです!」
意味が無い?
ロアーヌ様はツキツバさんとジョナサン社長に会わせて何をさせたいのだろうか?
が、それがかえってセツナさんの猜疑心を刺激してしまったみたいで……
「……怪しいな……何か隠していないか?」
「いえ、私は伯爵様に急ぎツキツバさんとジョナサンを逢わせろと命じられただけでありまして!」
……と、こんなこんなで揉めている内に、騒ぎを聞きつけた社員が何人か集まり、その中には重役も含まれていた。
「何の騒ぎかね!?」
「おー、天の助け!今直ぐ、ツキツバさんをジョナサンの許へ!」
「君は確かロアーヌ伯爵の許で働いていた!?」
そんなやり取りを視て、セツナさんが更に疑いの目を強くした。
「行くぞツキツバ!この話、かなり怪しいぞ!」
だが、ツキツバさんは片手を上げただけで、セツナさんの焦りに全く動じていませんでした。
「逢わせて頂けるのであれば、是非逢わせて頂こう」
ツキツバさんの宣言に嫌な顔をするセツナさんですが……
セツナさん、今の貴女は過去イチで小物っぽいですよ……
セツナperspective
ロアーヌ伯爵の使者とこの会社の社員は知り合いだったらしく、そいつらの計らいで応接室に招かれた……
が、正直喜ぶべきなのか……
ツキツバの過去の事もある。難題を押し付けるふりして暗殺って展開もあり得るぞ。
……幸い。目の前のコーヒーに毒は入っていなかった。
「随分変わった茶碗ですな。で、この輪っかは何なのです?」
「それは取っ手と言ってね、こうやって持つの」
コーヒーカップを持ち辛そうにしているツキツバにコーヒーカップの持ち方を説明するノノ。
こっちの気も知らないで!
と叫んでしまいそうだが、下手に慌てて相手の思う壺と言うのも面白くない。
「実はロアーヌ殿から預かっている書状がありまする。ジョナサン殿を呼んできてもらえませぬか」
で、ツキツバは疑う事無くロアーヌ伯爵から渡された封筒を社員に渡した。
「一応ですが確認させていただきます」
彼は隅々まで確認してからツキツバに返した。
「間違いないようですな。では少しお待ちを」
ドアがノックされ男性が入室した。
今入ってきた男性は、赤毛の長髪に鼻の下には立派な髭のある、引き締まった中年男性だった。
「私がこの会社の社長を務めているジョナサン・ロックベルだ。君はロアーヌ伯爵の手紙を持っているそうだね。見せてもらえるだろうか」
「こちらです」
ツキツバが差し出した封筒を受け取った彼は、差出人と宛先を確認してから封を切る。
目を通した彼は、内容が面白かったのか僅かに笑みを浮かべた。
「ツキツバ・ギンコだったか、君はずいぶんアイナークで活躍をしたようだな」
「某は某がしたい事をしたまで。恩を受ける様な事は致しておりませぬ」
「ふっ、面白い女だな。伯爵が気に入るのも無理はない」
私は、その会話に恐怖を感じでつい話に割って入ってしまう。
「何?その言い回し?怖いんですけど」
「これにはずいぶんと君を褒め称える言葉が書いてあったぞ」
それが逆に怖いんですけど!
「よろしい、伯爵の要望通りにしよう。なんせ旧友の頼みだ」
「ほう。某はロアーヌ殿には合戦を所望したいと申しましたが、本当に用意して頂けるとは」
「それについては少し時間をくれ。そうだな、明日の夜にまたここへ来てくれるとありがたい」
「承知した」
ツキツバぁーーーーー!
少しは疑えよ!と言うか、訳が解らないぞ!完全に!
内心でモヤモヤしつつ明日の夜に再び来る事にした。
月鍔ギンコperspective
夜の帳が下りる頃、某達は運送会社の前に来ていた。
そこには一台の牛車が止まっており、まるで某達が来るのを待っているかの様だ。
屋形の戸を開けて出てきたのはジョナサン殿だった。
「よく来たな。とりあえず乗れ」
某達が乗り込もうとするが、どう言う訳かセツナ殿だけが渋っている。
「……本当に乗る心算かお前?」
「どうしたのです?いつものセツナ殿らしくもありませんぞ?」
「いつもって……と言うか、これが罠である可能性も―――」
そう言う事か……本当にらしくもありませんぞ?セツナ殿。
「もしもの時は、その罠ごとジョナサン殿を斃すのみです。それが叶わぬなら、無事に逃げおおせたノノ殿の逃げる背中を眺めながら、潔く討死するまでです」
それを聴いたセツナ殿が自分の顔を叩きました。気合いを入れ直したのでしょう。
「そうだな。氷狼族がこんな事で怯えてる様じゃな」
「待たせてすまなかった。出してくれ」
牛車が出発した途端、ジョナサン殿が神妙な面持ちで口を開いた。
「これから行く場所の事は誰にも言うな」
つまり、ジョナサン殿の御大将の許に向かう事を意味するのですな?
そして、某の予想は的中しておりました。
「ロアーヌの要望とは君をその御方に会わせる事だ。詳しい事情は今は伏せさせてもらうが、決して悪いようにはしない。むしろ必ず大きなプラスとなるだろう」
「某の機嫌の事は気になさるな。某は誉れ高い合戦が出来ればそれで十分です」
で、某達が到着したのは、この世界に来て……いや、某が今まで見た事も聞いた事も無い豪勢で巨大で威厳に満ちた建物だった。
「すげぇ」
「豪華ですね」
ノノ殿もセツナ殿も未経験の事の様です。
そこには、2人の護衛と老年の男性が、まるで本陣で鎮座する総大将の様に座っておりました。
「これは非公開の謁見、表向きでは余は貴公らと会っていない事になっている。そこをよく理解しておくがよい」
……さて、鬼が出るか蛇が出るか……
ま、某はどちらでも構わんですがな。
「さて、今宵訪問を許したのは他でもない。冒険者である貴公にやってもらいたい事があるからだ」
「で、それはつまりこの後に行われる合戦に参加して欲しいと……言う事ですな?」
「うむ、実はこの王都は危機にさらされておる。事態が悪化すればほどなくしてこの国は滅亡するだろう。貴公にはそれを解決してもらいたい」
「つまり、この国は敵国に押されて滅びつつあると?」
そんな某達の会話に不安を感じたノノ殿が口を開く。
「その……ていうか、この国を滅ぼす敵国って、どう言う事?」
老年の男性は、間を置いてからノノ殿の質問に答えました。
「単刀直入に言おう。デスアントの女王を討伐してもらいたい」
敵国の総大将の名を聞き、ノノ殿とセツナ殿が驚き過ぎて逆に無反応になっておりました。
「して、そのですあんととの合戦の日取りは、何時なのですかな?」
なんだ?何で黙るんだ?
ですあんとと合戦すると言っておきながら、何故合戦の日取りを素直に申してくれぬ?
「すでに我が軍は壊滅状態だ。失敗したのだよ」
あ……なるほどね。
既にですあんととの合戦に敗けておったのか。
故にこのままではですあんとにこの国を明け渡さなければならなくなったので、某の様な死に場所になりそうな合戦を探し求める猛者を求めておったと。
とここで、セツナ殿がようやく口を開き申した。
「で、藁にも縋る思いで魔王軍の幹部を2人も殺したツキツバに最後の希望を託したと?」
ま、ノノ殿やセツナ殿が何と言おうと、某の腹は既に決まっておりまする。
「望むところです!」
「おい!デスアントが何者か知ってて言っているのか!?」
目の前の男性だけでなく、護衛やジョナサン殿までもが驚く。
「某が欲するは、某の死に場所に相応しい合戦のみ!それ以外は何も望みませぬ!」
すると再び部屋の中がざわつく。
彼らには某の返答が想定外だったらしい。
が、老年の男性だけは直ぐに口を開いた。
「よかろう。貴公が見事依頼を達成すれば、次の戦いの場に向かう為の旅費を払ってやる」
「いくら出してくれる?」
「3億」
ノノ殿とセツナ殿が再び驚き過ぎて逆に無反応になっておりました。
だが、国の命運が懸かっておるのあれば、救国の英傑に膨大な報酬を与えるのはよくある事です。
「1つ聞くが、貴公は本当に英雄の称号は求めぬのだな?」
「クドイ!某は名声の為に戦っておるのではない!誉高い討死を求め戦っておるのです!」
話は終わり、某はこの国を攻め落とそうとしている『ですあんと』なる軍勢を探し求めてその場を後にした。
去り際、後ろから「名前が出なければいいのだな」などと聞こえた……
第11話:ギンコ、異世界で城を建てる
ノノ・メイタperspective
僕は、ツキツバさんが引き受けたデスアント退治に同行する事になり、ジョナサン社長に案内されて王都からそれほど離れていない森に到着しました。
「私は表向き運送会社の社長だが、実は陛下直属の諜報員なんだ。この事を知っているのは一部の人間だけでね、ロアーヌ伯爵もその1人なんだよ」
……ジョナサン社長が何か凄い事を言っておられますが、話が大き過ぎるので無視する事にしました。
「なるほど、忍びの者でしたか。ただの商人にしては良い動きをしておりました故」
……ツキツバさんレベルともなると、そう言う事まで解っちゃうのねぇ……
はぁ……早く僕もレベル100以上になりたい。
実際、僕がツキツバさんの役に立っているのは、
経験値倍加・全体【Lv50】
スキル経験値倍加・全体【Lv50】
レベル上限40倍・他者【Lv50】
の3つが有るからだけで、戦闘面はてんで駄目……
もしもの時は、ツキツバさんが蓄積した経験値を経験値倍加・全体【Lv50】で解き放ってツキツバさんのレベルを激増させるって最終手段もありますがね……はは……
「して、そのですあんととはどの様な連中なのですか?」
「何だと!?」
今の発言にはびっくりだ。
この世の中でデスアントを知らない人間がいたなんて。デスアントの危険性は子供でも理解しているはずなのだが。
ツキツバさんって、やはり別の世界から来た人って事?
これが終わったらきちんと話をするべきだろう。
「止まれ。ここから先はアントのテリトリーだ」
「てりとりい?つまり、この先がですあんとが支配する敵地……で、よろしいのですかな?」
「……そうだ。悪く思うな。私は君と違ってまともにやり合えるほど強くはない」
「そう言ってくれると寧ろ助かる」
……じゃあ……僕は何なんですかねぇ……
それより、ロワーヌ様は手紙に一体なんて書いたんだよ。もしツキツバさん達が期待に応えられなかったらこの国は終わりだったんだぞ。
「む?」
ツキツバさんが何かに気付いて茂みの方を視た。
「そこにいるのは誰だ!?」
前方の茂みで黒色の生き物が動いている。
大きさは1mほど、蟻をそのまま大きくしたようなアレこそデスアントである。
ツキツバさんが聖剣を抜こうとするが、デスアントは直ぐに逃げ出した。
そうでした……ツキツバさんのレベルは300でしたね。
で、セツナさんがそれを観て提案する。
先程のデスアントを尾行しよう……と。
「つまり、先程の者はですあんと側の偵察でしたか?」
……なるほどね。そうすれば、茂った森の中でデスアントの巣を探す手間が省けるって事ね。
セツナperspective
「やっぱり狭いな。人が入るにはギリギリだな」
デスアントの巣穴は直径1メートル強。2匹の蟻がすれ違うのでやっとくらいの大きさだ。
幸い、こちらの武器は小さい物ばかりだから助かるが、容易に挟み撃ちにされる危険性が高い。
出来る事なら広い所で戦いたいが、女王はデスアントの核となる存在。そう簡単に奴らが女王を最深部から出すだろうか……
うーんどうしたものか……
「ちょいちょいちょいちょい!ちょい!」
「如何なされた?ここがですあんとが掘った地下通路ではないのですか?」
いや、そうだけども!
ツキツバさん、まさか本気で無策でデスアントの巣穴に突っ込む気ですか?
下手したら死ぬって!
「まさかと思うが……立つ塞がるデスアントを全部殺す気か?」
「そうですが。これは合戦ですぞ!」
いやそうだけどさ!本当にたった2人で全てのデスアントと戦う気か!?
あーーーーー!もっと簡単に女王と戦える方法は無いものかぁーーーーー!?
困ったな。直接対決できれば全て解決なんだが―――
「これがもっと広々としたダンジョンだったら良かったのにね?」
……ノノ……ナイスアイデア!
そうだよ!ルンタッタ迷宮でダンジョンを貰ったんだった!
巣穴に手を向けて念じる。
《報告:デスアントの巣を取り込みダンジョンにする事が可能です》
マジかよ。本当にできた。なんでも試してみるものだ。
さっそく巣穴をダンジョン化させるぅ……
……ここで1つの大問題が発生した。
月鍔ギンコperspective
ノノ殿とセツナ殿がですあんとの地下通路をだんじょんに変えてやろうと試みた様ですが……
「……ダメだ……ルンタッタのダンジョンしか経験してないから……」
「……奇遇だな……私もだ……」
どうやら、2人共だんじょんについてあまり詳しくない様です。
で、
「ツキツバさん……お願いできますか?」
は!?
ちょっと待って貰おう!
某はこの世界に来てどのくらいの月日が経った!?
と……言いたいところだったのですが……
「ツキツバ……お前はあっちの世界でそう言うの経験豊富だろ?」
……正直言って……某も全く無い!
ここはやはり、素直に地下通路に入って立ち塞がる者全てを……
……待てよ。こう言うのは城でも良いのか?
と言っても、幼き頃に読んだ兵法書に攻城戦と籠城戦の極意を学び、関ヶ原で西軍に味方した大名の城に先鋒隊として集結し、辻斬りの真似事の合間に江戸城を遠くから観たのみ。
果たして……出来るか……
すると、大地震が起き、その地震の揺れに呼応するかの様にこれまたご立派な天守を備えた平城が某達の目の前に出現した。
「これは……これがツキツバがいた世界の建物なのか?」
「そうです。これこそが戦の要である城です」
「城!?それにしては……(一部を除き)平たくない?」
「いや、こちらの世界の建物が高くて色鮮やかなだけでは?」
ま、敵方の狭い地下通路を突き進むよりはマシと言う事で、枡形虎口を通って出来たばかりの平城に入りましたが、
「デスアント共が大混乱してるぜ……」
それはそうだろう……自分達がせっかく掘り進んだ地下通路が一瞬で五重六階の天守を備えた平城になったのだ。驚かん方が異常と言えましょう。
「とは言え……これ全部倒すの?」
確かに。ノノ殿の言う通り、たった3人でこの数を捌かなくてはならないのです。
これなら、やはり素直にですあんとの地下通路に突っ込む方が得策では?
「そうですなぁ……このだんじょんと言うモノは、作った者に何か恩恵をもたらさぬものなのでしょうか?」
すると……先鋒隊の様な粗末な具足を着た複数の骸骨が出現し、彼らは進んでですあんとに果敢に立ち向かいました。
それはまるで、誇りの為に命を擲つ一兵卒の様でした。
「すごーい!」
「この様子ならしばらく放置していれば駆逐されそうだな!?」
ならば!某がするべきはただ1つ!
「いきまする!この合戦、某達も加わりますぞ!」
「行くって!?解るのか!?女王の居場所が!」
「目指すは本丸御殿!其処こそが敵大将の居住する館でございまする!」
「ほんまるごてん?あの変わった形をした塔の事!?」
「いえ!天守は絢爛豪華な物見櫓の様な物で、もしもの時はその天守に御大将が籠城するのです!」
「じゃあ!そのホンマルゴテンってどこなんだよ!?」
「天守の隣にある大きな館!それが本丸御殿でござりまするぅー!」
セツナperspective
ツキツバの案内の下、私達は立つ塞がるデスアント達を変わった鎧を着たスケルトン達の力を借りて倒しながらホンマルゴテンなる館を目指していたんだけど……
「あそこです!あれこそがこの城の本丸御殿です!」
そのホンマルゴテンと呼ばれる平たい館から複数のスケルトンが飛んで来た。
……どうやら……少し遅れてやって来た女王に戦いを挑んで、力及ばず吹き飛ばされた様だ。
「貴様等かぁー……我らの巣を滅茶苦茶にした連中はぁーーーーー!?」
ツキツバのダンジョンは巣穴を取り込んだ。
この状況でも逃げるのではなく怒りを露わにしている。女王らしくプライドが高いのか、牙を鳴らし威嚇する。
「ノノ、どいてろ」
私がノノを後ろにどかすと、複数のスケルトンがノノの目の前に躍り出る。まるで私達を護る様に。
だが、女王が吐いた液体を浴びたスケルトンがジュワーっと言いながら白煙を上げて少しずつ溶けた。
「毒……!?蟻酸か!」
「鋼をも溶かす溶解液だ!触れば骨まで溶けるぞ!?」
が、ツキツバが凄いのか聖剣が凄いのか……ツキツバは剣をクルクル回しながら襲い掛かる蟻酸を全部斬り飛ばしてしまった。
「何ぃぃー!?回転で全てはじき飛ばされた!」
で、ツキツバは冷徹に宣言する。
「そなたが本当にですあんとの総大将であるなら……その首、貰う!」
「クソがアァーーーーー!」
怒り狂う女王とツキツバがすれ違った途端、女王の頭部が床をバウンドして巨体は倒れてしまった。
直接戦えばこうなるのは明白。
デスアントの女王だろうがレベル300のツキツバには敵ではない。
直後に目の前に複数の窓が開く。そこにはダンジョン内の光景が映し出されていた。
女王を失ったデスアントの統制は御粗末の一言。群れが分断されて抵抗出来ない様だった。
この様子ならしばらく放置していれば駆逐されそうだな。
「帰るか」
「そうだね」
私達はツキツバが作ったダンジョンから去った。
テーブルに女王の頭部を置いた。
ジョナサンはニヤリとする。
「やってくれた様だな。さすがはロアーヌが推薦した者達、見事我らの期待に応えてくれた」
「そりゃあどうも。ところで1つ聞いていいか」
「答えられる事なら答えてやる」
「どうして蟻の数がやけに少なかったんだ」
私の言葉に彼は表情を引き締めた。
「軍が多大な犠牲を出して減らしたからだ。だが、後一押し足りなかった。どうするべきか思案をしている時に君達が来たんだ」
「伯爵はその事を?」
「知っていた。私が相談していたからな。誇りたまえ、君達はこの王都、いや、この国を救ったんだ。与えられる褒美は素晴らしい物となるだろう」
もしかしてこれが伯爵からの謝礼だったのか。
一手間かかったが、結果的に私達は豪商と知り合い、この国の王とも顔を合わせた。さらに多額の報奨金を手にする予定だ。
金はあくまでおまけであって、真に与えられたのは貴重な縁。
「じきに迎えが来る。きっちり準備をしておけ」
「迎え?」
「貴殿らには宮殿まで同行してもらう」
お?おおお?
おおおおおおおお???
第12話:嫉妬の影
ノノ・メイタperspective
ずらりと騎士が並ぶ謁見の間。
騎士の背後には貴族が正装をして並んでいる。その中にはロアーヌ様の姿もあった。
最奥の玉座にはアルマン国の王が座っている。
僕はは一瞬で空気に飲まれた。
田舎の小さな村で生まれ、平凡な両親に平凡に育てられた僕は、このような場所を、光景を知らない。
あぁ……お腹が痛い。
「ツキツバ・ギンコ。ノノ・メイタ。セツナ。皆前へ」
指示に従い国王陛下の前で片膝を突く。
事前に受けた指導では、王様の声がかかるまで顔を上げてはいけないらしい。
ジョナサンさんによると今日は公式の謁見だそうだ。無礼があれば即牢屋行き。国を救った英雄から一気に転落だ。
あぁ……本当にお腹が痛い……
「この度のデスアントの女王の討伐、まことに見事だった。すでに大部分を軍が討伐していたとは言え、巣穴に籠もったアレを仕留めるのはさぞ苦労したことであろう」
王様の言葉に対し、ツキツバさんは冷静に答える。
「いえ、寧ろ貴重な経験が出来て光栄でした。ただ、敵総大将の歯応えが無かったのが少々残念でした」
「そ……そうであったか。我が軍は非常に優秀だが、今回はあと一歩及ばなかった。もし貴公がいなければこの王都はどうなっていたか。全ての民に代わり礼を言う」
「光栄至極にございます」
ツキツバさんが意外と敬語を言い慣れているお陰で、どうにか無礼無く話は進んではいるが……やはりお腹が痛い!
僕達は立ち上がることを許され、すぐに目の前に台車が運び込まれた。
台車の上には山積みとなった白金貨が輝いている。
「そこに7億ある」
「なっ!?」
セツナさんが驚きのあまり王様を直視してしまった。
だってさ、約束は3億だっただろ。なんで4億も増えてるんだよ。
「この金は余からの気持ちだ。遠慮せず受けとるがよい」
「あ……ありがとう……ございます」
セツナさんが完全に圧倒されている……気持ちは解るし……あぁ……お腹が痛い。
「それとツキツバよ、もう1つある」
え?……『もう1つ』ってどう言う意味?
「余は貴公の率いる『サムライ』に英雄の称号を授けようと思っている」
謁見の間がどよめいた。
当然だ。パーティーに称号を与えるなんて。普通は個人に与えるでしょ!
「余は常々思っていたのだよ、なぜ個人に称号を与えなければならないのか。複数いようが英雄に匹敵する強さを誇るのなら、その団体はもはや英雄ではないか。一体どこに不都合がある」
大ありだと思います!同じパーティーでも主要メンバーが替われば実力だって大きく変わる。昔は強くても未来も強いとは限らない。
王様は足を組んでさらに笑みを深める。
「英雄の称号は剥奪できるのだ。役に立たなくなれば捨てれば良い。それが嫌なら後継を必死で育てればいいだけだ。なぁ、ツキツバよ」
王様の言葉は貴族達を納得させたようだった。というか強引に説得したって感じだ。
でも、ツキツバさんだけは冷静にかつ無礼無く受け答えた。
「謹んで、お受けいたします」
と言うか……改めてツキツバさんがスゲェ!
こうしてツキツバさんは王様より『英雄の称号』と名の付いた腕輪を賜った。
月鍔ギンコperspective
ジョナサン殿に案内され、某の新たなる家を訪れました。
「ここなら好きなだけ使ってくれていい」
「遠慮は無用と言う訳ですな」
やはり、この世界の家はどこまで言っても変わっております。
とは言え、どの道次の合戦を探しに旅立つのだ。この家に長居する事はあるまい。
ノノ殿が荷物から変わった茶碗を取り出し、台所へと向かって行きました。
「ジョナサンさんもコーヒー如何です?先程の緊張がほぐれますよ」
どうやら、ノノ殿は目上との会話になれておられぬご様子です。
「私は遠慮するよ。すぐに帰るつもりだ」
と言っておきながら、ジョナサン殿は某の方を振り返りました。
「そうそう、言っておかないといけないな」
「……何を?」
セツナ殿が未だに警戒心が強い様です。歴史を紐解けば、猜疑心に足元を掬われた者は数多くいると言うのですが……
「あの手紙にはロアーヌから陛下ヘの要望が書かれていた。君を是非この国の英雄にしてもらいたい、と」
「だからアントの件をやらせたのか?」
「そうだ。英雄には相応の成果がなければならない。いくら奴が私と陛下と親しい間柄だとしても、簡単に与えることはできないのだ」
「ふーん。なるほどな。やけにすんなりと話が進むなと思っていたんだ」
つまり、ですあんととの合戦は全てロアーヌ殿の策によって動いていた事になります。そして、そうとは知らずにですあんとはこの国を攻めてしまったのでしょう。
でも、セツナ殿はまだまだ多くの疑問を抱えている様です。
「王様は私達に称号を与えたわけだけど、やっぱり国を離れちゃ不味いか?」
「好きにすればいい。英雄とは必要な時にそこにいればいいんだ。活動する街のギルドに報告さえしてくれればどこにだって行って構わない」
それならよかった。この家から出てはいけないなどと言われたら、某達の腕が鈍ってしまいますから。
「あともう1つ。ロアーヌからツキツバに伝えて欲しい言葉を託されている」
「何でしょう?」
「負けるなよ」
負けるな?
某は誉高い戦死を求めているとお伝えした筈ですが。
「この先、ツキツバの事を大義無く悪逆非道な殺人鬼と呼び、ツキツバの名誉を私欲の為に傷つける者との戦いが待っているだろう。だが、その様な無礼者の言葉に惑わされる事無く、ツキツバ殿はこれからも自分の信じた道を堂々と進まれよ!……これか、ロアーヌがツキツバに最後に伝える言葉だそうだ」
ジョナサン殿は言うべき事は言ったとばかりに玄関から出て行きました。
「ツキツバ」
「ん?如何なされた?セツナ殿」
「その『私欲の為にツキツバを悪者扱いする輩』って誰だよ?」
「某も詳しい事は解りませぬが、ただ、目星は付いております」
「……誰?」
「某達をあいなーくから追放した者」
「あー。言われてみれば、ロアーヌの奴、『気に入らん!』だの『礼儀を知らんのか!?』だのと言ってたな」
「恐らく、ロアーヌ殿は某とその者が名声を奪い合う激闘を行うと予想しておるのでしょう」
ま、誉高い戦死を求める某にとっては願ったりかなったり。で、その者が強ければなお良しです!
さあ来い!英雄の証であるこの腕輪を奪いに来てくれ!合戦をしよう!
セインperspective
「ヘックシュン!」
「大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ。さ、取り敢えず勇者デビューに相応しい仕事を貰いに行こうか」
王都に到着した僕らは、すぐに冒険者ギルドへと赴いた。
「やぁ、『|白ノ牙』なんだけど、割の良い仕事とかないかな」
僕はギルドのカウンターで職員に声をかける。
できるだけ爽やかにさりげなくパーティー名を知らせてやった。
冒険者なら僕が勇者であることは把握しているだろう。
名前を聞くだけで震え上がり腰を抜かすに違いない。ククク。
ほら、早く驚けよお前ら。僕を楽しませろ。
「お仕事なら掲示板で探してください。皆様そうしておりますので」
「……もしかして僕が誰だか分かってないのかな?」
「?」
「Sランクパーティーのセインだ! 勇者に選ばれた男だよ!」
「それが何か?」
職員の反応が恐ろしく鈍い。
祖国であるバルセイユでは、僕の名を聞くだけでギルド内がざわつくというのに。
当然、扱いだって特別だ。一言言えばギルドマスターが飛んできて、お茶を飲みながら割の良い高額依頼を受け取ることができる。
何度かここへは来たことがあるが、こんなにも雑な扱いだっただろうか。
あの時はまだ勇者じゃなかったが、それでもここまで冷たくなかったような。
「Sランクだか勇者だか知らないが、この国でデカい顔するなら、名前を上げてからにするんだな。ま、サムライほどデカくはなれねぇだろうがな」
「だはははっ、いえてら! そりゃ無理ってもんだな!」
昼間から酒を飲む冒険者共にやじられる。
頭に血が上り激しい怒りが腹の底からこみ上げた。
同時に羞恥で耳が熱くなった。
勇者であり全てが完璧なこの僕を馬鹿にしたな。
ぶっ殺してやる。
気が付けば足は勝手に動き出し、冒険者共の顔面に拳をめり込ませていた。
男は背中から壁に叩きつけられずるりと落ちる。
「こいついきなり殴りかかってきやがったぞ! ふざけやがって!」
「お前らが僕を特別扱いしないから悪いんだぞ! 僕は勇者だ! 魔王を倒し世界を救う選ばれし者なんだ!」
「何が勇者だ! 理不尽に暴力振るう奴が言う台詞じゃねぇな!」
「五月蠅い! 五月蠅い五月蠅い五月蠅い!!」
数十人の冒険者と僕は取っ組み合いを始める。
戦力差は端から明らかだった。
僕はレベル60台。一方、奴らはせいぜい30~40。
1人、また1人と殴り飛ばしてのしてゆく。
「セイン、もうやめてください!」
「ちっ、邪魔するなソアラ」
「これ以上は死者が出ます!」
胸ぐらを掴んで持ち上げている男は血まみれだ。
……確かにギルド内で殺しは不味い。良くて除名処分、最悪牢屋行きだ。
ここで止めればただのいざこざで片付く。
ふん、命拾いしたなクズ共。
男を投げ捨てる。
聖職者であるソアラは、回復のスキルで怪我人の治療を行い始めた。
「おい」
「は、はい!」
呆然とする職員の女に声をかける。
「そのサムライってのはなんなんだ」
だが、職員が続けた言葉に絶句する。
「新人冒険家ツキツバ・ギンコ様が率いるBランクのパーティーです。軍ですらなしえなかったデスアントの女王を見事討伐し、史上初となるパーティーに英雄の称号を授けられた方々です。ギルドとしては実質Sランクパーティーとみなしております」
な、んだと……個人ではなく団体が英雄だと?
あの凶悪大量殺人鬼め。何時の間にそれの程の凄腕を集めた!?
言ってみれば英雄が複数いるようなもの。しかも終わりがない。たとえツキツバ・ギンコを豚箱に放り込んでも称号を引き継ぐ事ができる。
剥奪されない限り永久にあの憎き凶悪大量殺人鬼に関わる奴らは英雄扱いだ。
僕ですら英雄の称号を授かっていないんだぞ。
これでは存在がかすんでしまう。
勇者である僕の存在が脇に追いやられてしまう。
最高のスタートを切る筈が……歓声と賞賛に包まれる筈だった僕の栄光の道が……
「ご、ごきぶんがすぐれないようですね」
「そうだよ。最悪の気分だ」
凶悪大量殺人鬼ツキツバ・ギンコ。
貴様は僕を激しく怒らせた。
やってしまった過ちには相応の代価を支払ってもらわないとな。
ノノ・メイタperspective
玄関が叩かれる。
「はーい」
僕がドアを開けると、そこにいたのはロアーヌ様だった。
「ここにいると聞いてね。顔を出させてもらった」
「どうぞ中へ」
テーブルを挟んで対面に座ったロアーヌ様を見て、ツキツバさんが不思議そうにしている。
「まさかまたこうして顔を合わせて話す日が|来ようとは」
どうやら、この前の別世界で多くの人を殺した事がバレた事をまだ根に持っている様だ。
「はははっ、そのように申されては敵わないな。だが、私も娘を救ってくれた君に最大限の礼をしようとずいぶんと頭を悩ませたんだ」
「あれだけの話をしてまだ某を信じてくれるとはな……それで、ここへ来たのはロアーヌ殿1人ですかな?」
確かに、言われてみればマリアンヌ様とかがいらっしゃらない。これはどう言う事だろう?
「今回は屋敷に置いてきた。君達に会いたいとずいぶんとだだをこねられたがね」
マリアンヌ様は現在、花嫁修業の真っ最中だそうだ。
「ところで、オークションと言うものは知っているかね?」
「おーくしょん?」
「明日の夜に開催するそうだから行ってみるといい。面白い物が手に入るかもしれないぞ」
「面白い物?」
ロアーヌ様は席を立つ。
「それは行ってみれば分かることだ。では失礼」
静かに玄関のドアが閉まった。
って、あれ?
「ねぇ、ツキツバさん」
「どうなさった?ノノ殿」
「あの話は訊かなくて良いの?」
僕がそう言うと、ツキツバさんは優しく僕の頭を撫でた。
「気にする必要はございません。それが本当に某の事が嫌いであれば、いずれ必ず対峙する日が来ましょう。その時に理由を当人に訊ねれば良いのです」
改めてツキツバさんは変だし豪快だなぁ……
流石はレベル300。
普通なら、それほどの怖い相手に狙われていると聴けば、怖くて怯えて慌てる筈なんだけど。
色々な意味で強いなぁ……
第13話:ノノ・メイタ、(曰く付きの)オークションに参加する
セツナperspective
今日は、私だけがジョナサンって奴から貰った家でお留守番……
本当なら除け者にされた事を怒る所だけど、私は丁度調べたい噂が有って、しかも、それをツキツバ達に知られない様にやりたかったので、丁度良かった。
「あんた達ね?この近くの冒険者ギルドの暴行事件の被害者は」
被害者……つまり、何かに敗けて何かを失った事を意味する。
だからなのか、冒険者擬きの酔っ払い達はあからさまに嫌な顔をする。
「何だとぉ。まるで俺達が敗けたみたいじゃないかよ?」
いや、私が事前に聴いた話だと、貴方達はしっかり負けてるんですけど……
「と言うかよ……てめぇこそ誰だよ」
ある意味道理だ。赤の他人に自分の欠点や汚点をペラペラ喋るバカはいない。
とは言え、どう名乗ったら良いんだろう……やっぱりツキツバの名前を出しておくか。
「ツキツバ・ギンコの知り合いなんだけど」
その途端、目の前の酔っ払い達の瞼が眼球が飛び出しそうな程全開になった。
「ツキツバって……あのサムライのか!?」
「そうだけど」
その途端、酔っ払い達は平謝り……風評、恐るべし!
で、私がこいつらに訊ねたのは、冒険者ギルドで起こった暴行事件の犯人の特徴だったが、こいつらは余程腹の虫がおさまらないのか、ベラベラ喋ってくれた。
「つまり、その似非勇者の悪口を言ったらこうなったと」
「ああ、何も言わずにいきなりだったよ。しかも、受付の奴が掲示板の場所をご丁寧に教えてやったと言うのに、その受付の奴にも説教を垂れやがって」
「俺も聞いたぞ。掲示板には目もくれずに受付のカウンターに一直線で、確か……|白ノ牙がどうとかって言っていたな?」
|白ノ牙!?
それって確か!あの生き汚いウンコセインが率いる冒険者チームの名前!?
しかし、何の前触れも無くいきなり受付のカウンターとは……ウンコセインの奴、随分大きく出たな?
恐らく、|白ノ牙の名を出しておけば大半のギルドがひれ伏すと考えたんだろう。
だけど、タッチの差で私達がデスアントの女王を斃しちゃったから、この国での|白ノ牙の評価が一気に下がっちゃったって訳ね?……風評、正に恐るべし!
だが、私の聴取を受けていた冒険者の1人が恐る恐る訊ねてきた。
「でも、そいつ結構強いよ」
そりゃそうだ。伊達に勇者に任命されちゃいない。だから、私もレベル最大値が7だった頃だった事もあってか、今までウンコセインの事を殺してやりたいとは思っても、直接手出しするは出来なかったのよ。
だけど……
「―――ルドの中にいた連中が一斉にとっ捕まえようとしたんだけど、そいつは1人で全部殴り倒しちゃって……そいつと同行していた聖職者が停めに入らなかったら、何人か死んでたよ?」
つまり全滅って事ね?何人ウンコセインに殴りかかったか知らないけど。
「私の見立てだと、勇者を名乗りながら暴力を振るった青年のレベルは、少なく見積もっても50以上かと思われます」
え……たったの50!?
ろくな鑑定スキルを持っていない輩の言い分だから全てを信用する訳にはいかないけど、それでもやはりウンコセインのレベルが少ないのには驚きだ。
私は既に100を超えている筈だし、ツキツバに至っては経験値貯蓄と言う寄生虫の様なマイナススキルに苦しめられているにも関わらず300だ。『それに引き換え』と言う言葉がつい漏れそうだ。
ノノの奴の経験値倍加・全体【Lv50】とレベル上限40倍・他者【Lv50】が凄いのか、それとも、ウンコセインが勇者に選ばれて浮かれ過ぎてちんたらしているのか……
「後……よく聞こえなかったから確信は持てないが……あんたら『サムライ』を恨んでる様子だったぞ?」
でしょうね?
ツキツバの奴が魔王軍の幹部を殺し、聖剣を抜き、アイナークの遺跡を踏破し、デスアントの女王まで殺した。
だとすると、ロアーヌの奴が言っていた『私欲の為にツキツバを悪者扱いする輩』とウンコセインとの繋がりも辻褄は合う。
ツキツバの奴はウンコセインから手柄を奪い過ぎた。歓声と賞賛に包まれるはずだった勇者としての栄光の道を邪魔したと捉えて逆恨みするのも頷ける。
ノノの奴には悪いが、恐らくロアーヌの奴が言っていた『ツキツバの敵』はウンコセインでほぼ確実だろう。
だが、私はこの情報をまだツキツバ達に教えられない。証拠が少な過ぎるからだ。
と言うか……これ全部酔っ払いの戯言だ。間違いなく誰も信じないだろう。
……さて……どうしたものか……
ノノ・メイタperspective
星空が見える時刻。
僕とツキツバさんはとある屋敷へと向かう。
聞いた話によるとオークションはそこで行われているそうだ。
会員制なので通常なら部外者は入る事が出来ない。
しかし、ある条件を満たせば参加する事が出来るのだ。
その条件とは会員からの推薦。
すでに伯爵から推薦はもらっているので参加自体は問題ない。
もし問題があるとすれば、身元をどう隠すかである。
当たり前だが主催者はどこの誰かを全て把握している。
しかし、参加者は違う。彼らは顔も名前も身分も伏せてこの場に来ているのだ。
もちろん詮索は厳禁。無用なトラブルを避けるための措置らしい。
……別の意味で随分怖い所に来てしまったモノだ……
その為、僕達も目元を隠すマスクをしている。
門では屈強な兵士が警備をしていた。
彼らは僕達をぎろりと睨む。
「推薦状です」
ツキツバさんが臆する事無くロアーヌ様から預かった封筒を軽く見せた。
「失礼しました。どうぞお通りください」
悠々と門を通り抜けている様に見えるが、僕は物凄く怖い。やはりセツナさんにも同行をお願いした方が宜しかったのでは?
でも、ツキツバさん曰く、
「そんな事をすれば、間違いなくセツナ殿はおーくしょんとやらと合戦をする事になるでしょう」
ツキツバさんは、オークションと言う言葉から何を感じ取ったんだろう?それもそれで怖いんですけど。
広い敷地には見事な庭園が広がっていた。
オークション主催者がどこの誰かなんて他の参加者には関係ない。
恐らくここに来ている全員がそう思っている筈だ。
欲しい物が何時出てきて、どのくらいの金額で競り落とせるか、そんな事で頭がいっぱいに違いない。
僕達は本当に怖い所に来てしまった。
ツキツバさんの強さを疑う心算は無いけど……やっぱりセツナさんも一緒に来て欲しかった!
白く大きな建物が視界に入る。
玄関前ではグラスを片手に話する参加者達の姿があった。
まだ開始前なので時間を潰しているのだろう。
建物の中へ入れば老紳士が一礼する。
「今宵はお越しいただき誠に有難うございます。見たところ初めて参加されるご様子、推薦状を拝見させていただいてもよろしいでしょうか?」
「これです」
封筒を受け取った紳士は目を通し微笑む。
「確かに本物のようですね。では改めてようこそオークションへ。今宵も素晴らしい品々を取りそろえております。気になった物があればぜひ競り落としてくださいませ」
「ちなみになんだが、ここではお互いをなんて呼び合っているんだ?」
「そうですね……代表の方には番号札をお渡ししておりますので、それにミスターやミズを付けて呼ぶのが通例でしょうか」
怖いよ!ツキツバさんの質問の内容とそれに答える老紳士の返答が!
で、僕達に渡されたのは『31番』だった。
札を胸元にピンで留める。
つまり、今からツキツバさんの事を「ミス31」と呼ばなければならない。
……本当に怖いです。
そのまま建物の奥へと入れば、巨大な部屋があった。
部屋の中には半月形のステージがあり、無数の椅子が並んでいる。
すでにいくつかの椅子には人の姿があった。
僕達は後方寄りの端の席に腰を下ろす。
ツキツバさんはオークションをよく観察したいからと言っているが、僕にはもしもの為の逃走経路まで考えている様にしか思えません!
あーーーーー!オシッコ漏れそうなぐらい怖いよぉーーーーー!
月鍔ギンコperspective
……大方の予想通りと言えば良いのでしょうか?
おーくしょんとやらの正体は、やはり競売の様です。
ただ、問題はその額と言えましょう。
一応、この前の大名様より授かった7億とやらを持参してはおるのですが……
「2000」
「2500」
「3500」
「5100」
みるみる値は釣り上がり……
「ビックアレキサンドライト、3億3千万でお買い上げー!」
とんでもない光景にノノ殿は既に汗だくでした。
どうやら、ここに来ているのはかなりの豪商か内緒に余裕がある領主ばかりとお見受けしました。
「今からでも遅くないから、今直ぐセツナ殿を呼び戻そう!」
とかってノノ殿が言いだしそうですが、某の勘では、セツナ殿はこの場所に来るべきではないと思われます。
その後も続々と貴重な品が出され競売は続きました。
が、
「それではここからはさらに貴重な品々が登場します!まずは今宵の目玉の1つ『スキル封じのスクロール』!100万から開始です!……み、みなさま、もう始まってますよ?」
商品選びを間違えて静寂を買う事も度々ある様です。
ノノ殿もそれを察したのか、恐る恐る手を上げました。
「100万」
でも、この静寂を祓うには至らず、
「……他にはいませんか?」
結局、すくろーると言う物はノノ殿の物になりました。
「どうして手を上げられたのですか?」
「いざという時の為さ。スキル封じは貴重な分、どんな相手にも1度だけ効く。それがたとえ魔王だろうと勇者だろうとね」
つまり、この者達は合戦に興味が無いと?
「次も目玉の1つ! これさあればもはや暗殺に怯える必要はない、たった1度だけ所有者を死から護る『延命の宝珠』! 200万から開始です!」
こっちは凄まじい勢いで値が釣り上がる……合戦には興味が無いだけに死に様にも興味は無いと言う訳ですか……
「延命の宝珠、8億5千万でお買い上げー!」
ここにいる奴らは頭がどうかしてる。
それを証明するかの様に、某がセツナ殿をここに連れて行かなかった理由がついに出品されてしまいました。
「さて、ここからはレアもの奴隷の紹介です!市場では出回らない、珍しい種族やスキルを所有したものばかり!最初はハイエルフ!」
……やはりこうなったか……最初のびっくあれきさんどらいとの時点でその様な気がしていました。
もし……この場にセツナ殿がいたら、この場にいる者共全員を敵に回してでもそのはいえるふとやらを奪おうとしていたでしょう。
本当にセツナ殿を連れて行かなくて本当に良かったと思いますよ。
ただでさえ汗だくだったノノ殿の顔がみるみる蒼褪めていくのがその証拠です。
「さて、お次は世にも珍しい希少種族!フェアリー族だ!」
次の商品もまたしても人間でした!
けど……その割には随分小さい様です。
小さな籠に入った少女。怯えた様子で隅に身を寄せ震えておりました。
間違いなくセツナ殿は全てを敵に回してでもこの―――
《たすけてください》
声が……聞こえる。
誰の声だ?
《偉大なる種族よ、どうかフラウをここから助け出してください》
声は続く。
《フェアリーは偉大なる貴方方のしもべです。どうかこの哀れなフラウに救いの手を差し伸べてください》
まさか!?あの鳥籠の中にいる者の声か!?
「それでは500万から―――」
某の手に迷いはありませんでした。
「7億!」
「おっと、いきなり跳ね上がった!」
某だけに聞こえる救いの声、あんなにも悲しそうな懇願を聞いてしまっては、もはや見過ごす事は出来ませぬ!
あの子はまだ何かを信じようとしている。なら!それに答えるのが侍の心意気ではございませぬか!
……そう言う意味では、セツナ殿とあまり変わらぬようですな……某は……
だが、粘る奴らが3人いる。
邪魔だ!
貴様らにくれてやる心算は無い!
「8億!」
「8億1000万」
2人が脱落、残りのふくよかな男がしつこく刻む。
「でゅふふ、かわいいフェアリーちゃん。ぼくと毎日たのしいことしようね。壊れるまで遊んであげるよ」
この下衆が!
「9億!」
「!?」
男は某の提示した額に驚愕する。だが、まだ付いてこようとする。
下郎め!そこまで言うのであれば!
「11億!」
無粋な下郎は上げようとしていた手を半ばで下ろす。
負けを認めたのだ。
「それではこの奴隷は11億で落札です!」
白熱した競り合いに、参加者は立ち上がって一斉に拍手をした。
ノノ・メイタperspective
なんだかんだでフェアリーを競り落としたツキツバさんだけど、4億100万はどうするんだろう?
まさか、借金でもする気なのかなぁ……
僕がそんな不安を感じていると、ツキツバさんが再び挙手をする。
「そこの者、1つ買い取って欲しい物が有る」
「おやおやおや、飛び入りの出品ですか!これはなかなか面白い!」
司会者だけでなく周囲の目が僕達に集中した。
もしかして、残りの4億100万を物々交換的な感じで工面するって事?
なんか怖いなぁ……
そんな事を考えていると、ツキツバさんは臆する事無くステージ上に堂々と上がり込み、ある小瓶を司会者に手渡す。
「これを買い取って頂きたい」
「これは?」
「えりくさー、と言う物らしいです」
「なんと!?」
ちょっと待って!ツキツバさんはまさか!?あのフェアリーを買い取る為だけに、究極の回復薬と名高いエリクサーを手放す心算なの!?
エリクサーはどのような怪我も病気もたちどころに治す薬。たとえ腕が千切れ様が、心臓が止まろうが、飲めば確実に治る。
「こちらで鑑定をしてもよろしいでしょうか?」
「お好きな様に」
会場が大きくどよめく……でしょうね。
司会者の指示で鑑定のスクロールが会場に持ち込まれる。
「素晴らしいっ! 紛れもなく本物のエリクサーです!」
「1億」
「2億3000万」
ツキツバさんが手放したエリクサーが本物だと知るや否や、オークションの参加者達が勝手に希望買い取り金額を一斉に叫び始め……
「エリクサー、22億5000万で落札です!」
驚愕の値段に僕は尻餅をつきそうだった。
うん。僕が暮らしていた村では絶対に見ない金額だよ。
と言うか、エリクサーを買い取った女性、さっき延命の宝珠も買い取らなかったか?
だとしたら……あまり近づきたくないなぁ……
「最後に素晴らしい出品ありがとうございます。のちほどお金をお支払いいたしますので、閉幕までしばしお待ちください」
え……
22億5000万から11億100万が差し引かれ、残りは11億4900万となる。元々7億持っていたので、これで所持金は18億4900万と少し……とんでもない金額に感覚が麻痺してしまいそうだ。
色々な意味で凄かったオークションからやっと解放された僕達は、フェアリーの入った籠を持って帰路に―――
て……えーーーーー!?
「もう捕まるでないぞ」
「もしかして、そのフェアリーを逃がしてあげる為だけにエリクサーを手放したの?」
けど、当のフェアリーはそうは思っていないらしく、
「ヒューマンはずる賢い……油断出来ないんだから」
……今更ながら、ツキツバさんがセツナさんを今回のオークションに連れて行かなかった理由が漸く解った。
もしあそこにセツナさんがいたら、間違い無く会場にいるヒューマンを皆殺しにしていただろう。そうなれば、僕達は間違い無く牢屋行きだ。
「左様か。当然であろうな。どんな方法で捕まってしまったかは知らぬが……それでも、某はそなたを連れて行く気も従える気もござらん」
ツキツバさん……貴女はやはりいい人だ。
「それに、助けを求める者の声を理由も無しに無視する事は武士の恥です」
「えっ!?」
フェアリーが過剰に反応する。
「フラウの祈りが聞こえたの!?」
「聞こえましたが、それがどうかしましたか?」
フェアリーは籠から飛び出しツキツバさんの前で平伏した。
「まさか我らが主様だったとは! 無礼な態度申し訳ございません!」
え?え?どう言う事?
「やったぁぁああああっ!とうとう見つけたぁああ!」
もう少し声のボリュームを落とせないのだろうか。近所迷惑にならないか心配である。
そんな僕の困惑を尻目に、フェアリーは正座して胸の前で手を組む。
「フェアリー族のフラウと申します。この度はヒューマン共の手から救っていただき誠にありがとうございます」
「ヒューマン共の手から救っていただき……だと?」
が……そんなフラウさんの有頂天もセツナさんの出現で台無しになった。
だが、偶然フラウさんの背後に回り込む形になってしまったのか、セツナさんの怒りに全く気付かないフラウさん。
「いや……フラウ……さん……今直ぐこの場を離れた方が……身の為だと……思うんですけどぉー……」
「そうはいきません。ようやく偉大なる我らの主を見つけたというのに、このままおめおめと里に帰還するなんて、父と母と弟になじられ、近所の人達に『このまな板が!』と石を投げられてしまいます」
「あのぉ……そう言う事じゃ……無くてね……後ろを……」
「ん?後ろ?」
フラウさんが後ろを振り向くと、セツナさんが火山噴火の如く、大魔人並の凄い形相で激怒していた。
「おい……そこのフェアリー……まさかと思うが……あくどい奴隷商人共に……捕まりそうになっていたのかぁーーーーー!?」
セツナさんの魔族も逃げ出すかもしれない程の鬼の形相に、フラウさんは慌てて逃げ出した。
「そーでぇーす!」
そりゃあ誰だってあの顔は怖いよセツナさん……と言いたいところだけど、ツキツバさんは冷静に後ろからセツナさんを羽交い絞めにする。
「放せツキツバ!あのフェアリーを捕まえようとした奴隷商人を生かしておけば、この後も更に犠牲者は増えるんだぞ!今ならまだ間に合う!急いで追いかけないと!」
「フラウとやら!今の内に逃げるのです!それと、其方を買い取ったのは某が勝手にやった事!故に、恩に着る必要はありませぬ!」
その後も怒りが収まらないセツナさんをツキツバさんが引き摺りながらジョナサンさんが用意してくれた家にどうにか到着しました。
が、
「ん?何故フラウ殿までついて来ているのです?」
ツキツバさんの言葉通り、フラウさんが家までついて来てしまった様だ。
「お願いです主様!もう1度だけこのフラウの頼みを聴いていただきたいのです!」
フラウさんに頼まれたセツナさんは、さっきまでの怒りを忘れて困惑する。
「はぁ!?頼み!?……と言うか、何でついて来たの!?」
さっきのは本当に怖かったけど、冷静に観れば今日のセツナさんは、大変失礼ながら面白いな。
第14話:妖精と侍
セツナperspective
荷物をまとめ建物を出る。
がちり。ドアの鍵を閉めジョナサンへと渡した。
「次はどこへ行くつもりだ」
「とりあえずグリジットだな。何かあればギルド経由で連絡するさ」
「何度も言うようだが他国で問題は起こすなよ。一応君はこの国で称号を授かった英雄なんだからな」
「分かってる」
ツキツバの指示もあってか、私はジョナサンに本当の事は言わない。本当の目的地はフェアリーの里だとは。
「また会おう」
「元気で」
ジョナサンと握手を交わす。
彼にはずいぶんと世話になった。
次もお互い元気な姿で言葉を交わしたいものである。
でも、私達は逃げるようにして街を出た。
王都を出た後、隣国のグリジットへと無事に入る。
グリジット国は比較的小さな国だ。
その大部分は森林に覆われ、伝説が数多く存在する神秘的な国でもある。
おまけにフェアリーが暮らしている事でも有名だ。
そして、この国には聖武具の神殿も存在していた。
「今日はフェアリーの隠れ里へ向かうのですよね?」
「そうするつもりだ。なんせフラウが来い来いって五月蠅いからな」
「ですが、これだけ頼まれてそれを無下にするのは如何なものかと」
ツキツバはどこかお人好しなところがある。
ま、ヒューマンに奴隷扱いされて者同士のよしみだしな。付き合ってやるか。
パチパチ。焚き火の中で枝がはぜる。
森に入って2日、私達はフェアリー族の隠れ里を目指して進み続けている。
「すぴー、すぴー」
ノノとフラウが一足先に寝ている。
とは言っても、長年の習慣で野営は眠れない事が多い、安全に眠れると解っていても結局起きてしまうのだ。
「たすけてください……を……」
酷い夢を見ているようだな。
もしかして奴隷商にいた頃を思い出したのだろうか?
私はすぐ傍まで近づいて頭を撫でてやる。
そんな私を観ていたツキツバが話しかけてきた。
「怒っておらぬのか?」
「……フラウの事か?」
「……ああ。この前の競売、あの場にセツナ殿を連れて往けば、セツナ殿は戦う意思の無い者達と合戦すると思い―――」
「だろうな。ノノの奴にも『あの時のセツナさんは本当に怖かった!』って言われたよ」
これもまた、ツキツバなりの気遣い……なのだろう。
多分ツキツバの美学も含まれているとも思うがね。
それに、順序や経緯はどうあれ、ツキツバがフラウを助け出した事は事実だしな。
「それより」
ん?
「フラウ殿の村が無事であれば良いのですが、フラウ殿があの競売場にいた時点で嫌な予感がするのです……某の杞憂であれば良いのですが……」
ツキツバ……アンタは本当にお人好しだな。
でも、気にはなる。
悪質な奴隷商にとってフェアリーは格好の商品だ。それを手に入れる為ならどんな手段を使って来るか……
ノノ・メイタperspective
「うりゃ!」
フラウさんがハンマーでゴブリンを弾き飛ばす。
そこから高速旋回してゴブリンの集団を蹴散らした。
木の枝に着地した彼女はドヤ顔でふんぞり返る。
「こう見えてそこそこ出来るのよ。主様もフラウを見直したでしょ」
悪い。本当はめちゃくちゃ見くびってた。
なにせレベル300のツキツバさんと一緒だったから、レベル30がどうしても低く見えてしまって……
それがどうだ、フラウさんは高速飛行でレベルの低さを余るほど補っていた。
素早さを自慢とするゴブリンライダーすらも手玉にとって勝利して見せたのだ。
「あれ、レベルが35になってる?」
「それは僕のスキルが原因です。パーティーに経験値倍加効果を付与するらしくて」
「ぬえぇぇえっ!?なにその反則スキル!」
「そう思いますよね?でも事実だからしょうがないんです」
これからフラウさんはレベルをどんどん上げて行くだろう……レベル上限3の僕を置き去りにしながら……(涙)
その時、茂みから小さな影が飛び出し、ツキツバさんが咄嗟に手甲で攻撃を弾いた。
「ヒューマンめ、このパパウの攻撃を防ぐとは」
空中にいたのはフラウよりも少し大きな中年の男性。
その背中にはフェアリーの証である羽があった。
彼の右手には、ギラリと光を反射する片手剣が握られていた。
「パパウでは駄目だったか、だったら一斉攻撃だ!」
「おおおおおおっ」
森の中から次々にフェアリーが飛び出す。中には女性の姿もあり、合わせて50人近くのフェアリーが空中を自由自在に飛び交った。
それを観たセツナさんが皮肉を言う。
「おいツキツバ、フェアリーの里は無事みたいだそ」
「その様ですなぁ」
セツナさんとツキツバさんは、フェアリーの里が無事なのを確認出来た事を喜ぶかの様に笑ってますが……
レベル3の僕にとってはこれだけでも致命傷なんですよぉーーーーー!
「よくもフラウがいない間に主様を」
「フラウ!?フラウなのか!!」
「そこにおわす方は偉大なる種族のツキツバ様よ!そして、フラウは主様の忠実な奴隷!あんた達がやった事はフェアリー族にあるまじき行為なの!」
フラウさん……それをもっと早くに言ってください!
でも……僕のレベル上限が低過ぎるのも改めて問題だよなぁ……
早く何とかしないと!
そうこうしてる間に、フェアリー達はは一斉に地面に下りて片膝を突いた。
「まさか我らが崇拝する偉大なる種族だったとは。大変なご無礼をお許しくだされ」
代表者らしき老年の男性が頭を垂れる……
……なんか……豪い事になってきたぞ!?
月鍔ギンコperspective
すすっ、真上から老年の男性が下りてくる。
「もう間もなく里に到着ですじゃ」
「案内してくれてありがとう」
「いえいえ、偉大なる御方を我が里へお招きできるなど光栄の極みですじゃ。ぜひフェアリーの楽園でごゆるりとお過ごしくだされ」
一団は急に停止する。
そこは巨石の並んだ場所だった。
石には見慣れない文字が刻まれている。
ま、この世界に来てからと言うもの、見慣れない物をうんざりするくらい見てきましたがね。
……違う!違和感がある!
なにがおかしいかは解りませぬが、この先は今まで通ってきた道とは明らかに違う!
よく視ると、某の周りにいたふぇありーの数が心なしか減ってる気が!?
「え!?おい、消えたぞ!?」
「あれは結界を越えたからですじゃ」
老年の男性も岩の先へと消える。
つまり、この石は風景に溶け込んだ幕の様な物か?
某達もその幕を越えてみる。
「おぉーーーーー!」
ノノ殿が驚くのも無理は無い。
一面の花畑に視界が埋め尽くされる。
風が吹き花びらが舞う。
振り返れば巨石を境に森が途切れていた。
彼らの住処はそれほど広いわけではなく、色とりどりの花畑の中央に村らしき建造物群が存在していた。
村へと続く道にはきちんと柵が設けられ、内側では牛が草を食んでいる。
至って某が見て来た他の村と変らない暮らしがここにはある様です。
「ささ、粗茶ですが」
「かたじけない」
老年の男性にお茶を出され一口啜る。
強い花の香りがして冷たくて美味しい。抹茶とは違う独特の風味があった。
「喜んでもらえたようですな」
聞けば彼はこの里の長らしい。そして、フラウ殿の祖父なのだとか。
そんな事より、
「遠慮無く訊きたいのですが?」
「何でしょうか?」
「先程の風変わりな幕さえあれば、そう易々と捕まるとは思えないのですが、何故フラウ殿だけこの前の競売場にいたのですかな?」
その途端、長の表情がみるみる暗くなり申した。
「わが里は現在、危機的状況にありまする。里の者ではどうにも出来ず、やむを得ず外に助けを求める事にしましたのじゃ」
「でもヒューマンは嫌いなんだろ?」
「その通りですじゃ。そこで我々は比較的交流のあるエルフに声をかけたのですが、彼らは『アレは古代種でなければ止められない』などという始末で」
ん?古代種?
「で、フラウが偉大なる種族を探しに外へ出たの。1年以上探し回ったわ。もう見つからないかもって思い始めていたところで、運悪くヒューマンに捕まって売り飛ばされたの。それがまさか幸運だったなんてほんと驚いた」
そういった経緯があったのか。
某があの日あの場所へ行かなかったら出会いはなかった。
結局、ロアーヌ殿がお勧めしていた出品物は分からなかったが、彼が背中を押してくれなければフラウ殿はここにはいなかったのだ。
「それでフラウ殿がこの村の外に出されたのですな?」
「フラウは偉大なる種族に祈りを届ける事が出来る巫女なのですじゃ。祈りの声が聞こえると言う事は、すなわちその者は龍人。孫であるフラウ以外に適任はおりませんでした」
あの懇願は巫女とやらの特殊な能力でしたか。
しかし、引っかかる点が一つある。
「なぜ某なのですか?何か理由が?」
某の質問に皆が首を傾げる。
え?……某って、変な事を言った?
ただ、セツナ殿だけはある仮説を申しました。
「恐らく、お前さんをこの世界に飛ばしたホトケ様に関係が有るんじゃないのか?」
「仏様が?」
で、某のせいで広がってしまった変な静寂を打ち破ろうと、ノノ殿が話を急かしました。
「で、その危機的状況とは?」
「直接その目で見ていただければ話は早いかと」
長は某達を連れて外へ出る。
セツナperspective
不快な金属のきしむ音が響く。
時折、ミシミシと複数の大木から不穏な音も聞こえた。
「あれがこの里を滅ぼそうとしているものですじゃ」
長が指し示す先には、くすんだ色の金属製の人形があった。
身の丈はおよそ5メートル、各部位はブロックを組み合わせたような感じで、印象としては威圧的で堅牢な金属人形である。
「ゴーレムじゃないか」
「ヒューマンが作るようなただのゴーレムではありませぬぞ。これは偉大なる種族が残された、オリジナルゴーレム、力も防御力も桁外れの怪物ですじゃ」
オリジナルゴーレムは、太いツタで手足を何重にも縛られ周囲の大木に繋がれている。
奴が藻掻く度に木々がミシミシと悲鳴をあげる。
通常、錬金術師が作り出したゴーレムは命令に忠実だ。
人に危害を加えないし、自己判断で命令を書き換える事も無い。
このゴーレムはどのような命令を受けて動いているのだろう。
「どこから来たんだこいつは?」
「今までは近くの遺跡で眠っておったのです。それが突然目覚めて、里の者達を襲い始めたのですじゃ。なんとかここに縛り付けたはいいもの、頑丈過ぎて壊す事もできないのが現状でして」
ゴーレムに近づいて視る。
赤く染まった目はツキツバを見るなり青くなった。
だが、すぐに赤に変化する。
ゴーレムはギギギギ、と音を響かせ微細に震えた。
壊れているらしい。
なんとなくそんな感じがする。
「どうでしょうか偉大なるツキツバ様」
「ギンコで構いませぬ」
「とんでもない!我らが崇める偉大なる種族のツキツバ様を呼び捨てなどと!むしろ我ら全員がフラウのように奴隷となり『主様』とお呼びしたいほど!」
「申し訳ありませぬが、お断りいたします」
ツキツバが困惑しながらすっと隣に立つ。
「どうする気だ?」
すると、ツキツバがゴーレムに話しかける。
「天晴です。満身創痍でなお合戦を望むその気概。しかし、長くはもたぬ。苦しみも尋常ではない筈」
ツキツバが聖剣を抜く。
「『介錯』仕る」
いけるだろうか?
相手は聖剣と同じ神代の物。もしかしたら斬れないかもしれない。
が、そんな不安は邪推と言わんばかりに聖剣を振り上げるツキツバ。すると、刃はトマトを切る様に抵抗もなく通り抜け、オリジナルゴーレムは真っ二つとなって地面に倒れる。
うん……ツキツバはレベル300でしたね。
第15話:勇者の計算外その3
セインperspective
僕は見慣れない城の前にいる。
しかも、この城はただの城じゃない……あの忌々しき凶悪大量殺人鬼のツキツバ・ギンコがデスアントの女王を討伐する為に造ったダンジョンだって噂だ。
僕らはすぐに挑戦する事にした。
待っていろツキツバ・ギンコ……貴様が造ったヘボダンジョンなんぞ、直ぐに踏破してくれるわ!
「ずいぶんと深い森の中にあるんだね」
「入り口の周囲だけやけに綺麗なのが気になるわ」
「どうでもいいだろ! 早く中に入ろうぜ!」
「ネイ、冷静にね。高難易度ということは敵もレベルが高いのですから」
視界に入るのは野営をする冒険者達だ。
鑑定スキルで見てみるがどいつもこいつも雑魚レベル。
思わず吹き出しそうになった。
必死に挑戦しているところ悪いが、ここは僕らが踏破させてもらうよ。
ツキツバ・ギンコのせいで……ここで鬱憤を晴らさせてもらう。それに僕が高難易度ダンジョンを踏破してみせれば、さぞ世間は驚くに違いない。
その上で聖剣を手に入れ僕の名を万民に知らしめてやろう。
あとは魔王との戦いに向けてレアアイテムを手に入れておかないとな。
今はまだその時じゃないが、いずれ僕は本格的な魔王討伐の旅に出ることとなる。
その際に不備がないよう今から準備はしておかないと。
「行くぞ!」
「「「了解」」」
で、実際に入って視ると、これのどこが高難易度ダンジョンなのか解らなくなる事だらけだった。
2重になっている門をくぐると、そこには異様に平たい屋敷が複数点在するだけであり、屋敷の中も内装が見慣れない以外は別段迷う感じは無い。
寧ろ、1階建ての家を無理矢理広くしただけって感じだ。
しかも、このダンジョンにいるモンスターは見慣れない鎧を着たスケルトンのみだ。雑魚の代名詞であるスケルトンのみとはお笑いだ!
通常のスケルトンなら僕らの敵じゃない。20匹いようが30匹いようが一瞬で蹴散らす自信がある。
……で、忌々しき凶悪大量殺人鬼のツキツバ・ギンコが造ったダンジョンで唯一『一応高難易度』と呼べる部分と言うと……
……さっき言った雑魚の代名詞の筈のスケルトンのレベルだ!
忌々しき凶悪大量殺人鬼のツキツバ・ギンコが造ったダンジョンに唯一配置されたモンスターである見慣れない鎧を着たスケルトンのレベルは、全員75以上!
通常のスケルトンがレベル1~43なので桁違いだ。
鑑定スキルで調べたから間違いない。
しかも未だに最初の屋敷、最序盤でこの調子なら最奥の見慣れない塔の中は地獄だ。
くそっ!計算外もいいところだ。
あっさり踏破してレアアイテムを手に入れる予定だったのに。
せめてあの骨共を倒して経験値を手に入れたいが、あのスケルトン異様なまでに知恵が回る。
と言うか、槍なげぇな。鬱陶しい!
奴らが使う異様に長い槍で頭を叩かれたソアラは気絶して使い物にならなくなった。
「お前ら、そこを退け!僕が大技で一気にカタをつける!」
ライトニングボルト!
勇者である僕だけが使える最高魔法。
頭上から落雷を落とされたのだ。これで無事に済む筈は……
「馬鹿な!?全然効いてないだと!?」
「スリープアロー!」
リサが睡眠魔法を使う。
だが、魔法はスケルトンに当たっても弾けて消えた。
「うそ!耐性まで高いの!?」
「そんなものより壁を作れ!障害物を作って足止めするんだよ!」
「分かったわセイン」
リサが土の壁を通路に出現させる。
「おい、セイン!リサ達を置いてくなよ!」
「黙れ!足の遅いお前らが悪いんだろうが!」
先頭を走るのは僕。そのすぐ後方をネイが追いかけており、さらにその後ろで気絶したソアラを背負ったリサが逃げている。
よし、もうすぐ門だ。
あの門をくぐれば奴らも諦めるだろう。
見えた!
真っ先に門をくぐり、続いて3人も門をくぐる。
「えいえいおー!えいえいおー!」
なに鬨の声を上げてんだよ骨共!僕達を取り逃がしたくせに!
今回は諦めてやるが、聖剣を手に入れて、このドクサレダンジョンを造った忌々しき凶悪大量殺人鬼のツキツバ・ギンコを豚箱にぶち込んだら、全員粉々に粉砕してやるからなぁ!
「もっと上手く魔法を使えよ!足手まといが!」
「ごめんなさい。許して」
頬を押さえて倒れ込むリサ。
僕は怒りのあまり剣に手を伸ばそうとした。
「ソアラが、ソアラが気絶さえしなかったらこんな事には」
「申し訳ございません。私の失態ですね」
「なぁ、もういいだろ。仲間割れしたって意味ないじゃん」
「……そうだな」
ネイの言葉に頭が少し冷えた。
ここには人の目がある。殺してしまっては外聞が非常に悪くなってしまう。
僕も少しは冷静にならなくてはな、勇者とはスマートな人物でなければいけない。
しかし、このパーティーはまとまりがなくなってきたな。
くそっ、イライラが止まらない。
「いやー、今回も良い物手に入れたな!」
「やっぱここはいいよ。経験値も美味いしアイテムも貴重だし、ほんといいダンジョンが近場にできて最高だな」
「コツさえ分かれば余裕っすね」
ダンジョンから出てきた3人組は、リュックを膨らませていた。
レベルは揃って30台。どうやってあのスケルトンを退けたのか不思議だった。
「セイン、あの人達にコツを教えてもらいましょ」
「あ? 僕に頭を下げろって言うのか」
「でもこのままだと何も得られないままよ」
「…………」
不愉快極まりない。
勇者である僕が格下に教えを請うなんて。
「わりぃ、ちょっと用を足してくるわ」
「ちょうどいいや、俺も行きたいところだったんだよ」
3人組は茂みの方へと歩いて行く。
なんだ、そんな事する必要ないじゃないか。
あいつらの持っている物を奪えば良い。
僕は世界を救うんだ。多少の犠牲は必要経費みたいなものだろ。
「少し待ってろ」
「分かった。その間、アタシらは休むから」
3人を残し茂みへと入る。
……え?
「ひぁああああああああっ!!」
「クソみたいな奴にはクソをぶつけてやる!」
「ニンニクを食った俺達の一撃を食らいやがれ」
僕は茂みから飛び出し全力疾走する。
男共は下半身丸出しで、茶色い物を投げつけた。
べちゃ。背中に塊が当たる。
臭い臭い臭い臭い!
最悪だ!普通、連れ添って行くのは小便だろう!
襲いに行ったら、3人揃ってお尻丸出しで用を足していた。
「セイン!?」
「うわっ、ウンコまみれだ」
「ひぃ」
3人が露骨に嫌な顔をする。
雌豚のくせになんなんだその態度は。
なんて屈辱的。勇者であるこの僕がウンコまみれだなんて。
「セイン、すて、すてきなにおいね」
「ごめん。今は近づくの無理」
「向こうに川がありますので……水浴びなどどうでしょうか」
僕からやけに距離を取る女共。
くそっ、しくじった代償がこれか。
もう蝿が寄ってきている!
失せろ!邪魔だ!
怒りに拳を振るわせつつ大人しく川へと向かった。
月鍔ギンコperspective
翌日、某達は倒したごーれむの調査を行う事にしました。
「それでこいつがいた遺跡はどこにある」
「フラウが案内するわ。付いてきて」
草をかき分け森を突き進むと辛うじて壁だけ残っておる瓦礫の山を発見し、周囲にはごーれむが複数転がっておりました。
……皆、既に息絶えておる様です。
「むっ!?」
突如として視界に文字が出現しました。
《報告:設置したLv3ダンジョンがLv5に成長しました》
《報告:ダンジョン内にマイルームができました》
「どうした?」
「よく解りませんが……だんじょんが成長してまいるーむが出来た……そうです」
「あ!もしかしてあの噂でしょうか!」
ノノ殿がぽんっと手の平に拳を打ち付け納得した様子。
噂とはどう言う事でしょうか?気になるので説明をしてもらいたい。
「実は少し前から王都の近くに高難易度のダンジョンができた、って噂になってたんです。落ちてるアイテムもレアものばかりで、冒険者が押し寄せてるとか」
それを聞いたセツナ殿が鼻で笑いました。
「つまり、ツキツバが造った城の中で、未熟な冒険家がバッタバッタくたばってるって事だな?」
セツナ殿!何気に仰る事が物騒なのですが!
「ちょっと待たれよ!それって、某がその者達を殺した様なモノではないですか!?」
某の絶叫を聞いたセツナ殿が慌てて釈明しました。
「待て待て!お前が造った城が冒険者を殺したのと、お前が無関係な人を殺したのとでは違う!冒険者は近場にダンジョンが出来たら、喜び勇んで挑んじゃうもんなんだよ。つまり、これは冒険者とお前が造った城との……そう!合戦なんだよ!」
合戦!?だんじょんと冒険者の!?
「……と……ところで、このまいるーむとは何なのです?」
「さぁ?」
某の質問に皆が首を傾げておると、再び視界に文字が出現しました。
《選択:マイルームに転移しますか? YES/NO》
「……まいるーむにてんそう……とは?」
それを聞いたノノ殿が驚いておりました。
「行けるの!?今から!?」
……これは……往くしかありませぬな。
虎穴に入らずんば虎子を得ずと言うものです。
某達が到着したのは、天守の屋根裏部屋でした。
そこには、るんたったで見たあの光る巨石がありました。
「ここって!?ツキツバが造ったダンジョンの塔の部分だよな!?」
「ここに核石があるって事は……」
……いや、ここは天守の屋根裏の筈です。なら、この光る巨石はるんたったで見た物とは別物の筈です。
おまけにこの部屋は天守の最上階の屋根裏部屋。つまり最最上階とも言うべき場所にあります。
この部屋へと続く階段は複数のからくりによって隠されておる様で、そう簡単には発見出来ない様になっておる様です。
で、皆がこの部屋をどう使うか悩んだ結果、この部屋は蔵として利用する事になりました。
セインperspective
僕らは宿には泊まらず遙か先にある聖武具の神殿へと急いだ。
「これが聖剣!やっと!やっとだ!!」
目の前の台座に、神聖で美しい片手剣が突き刺さっている。
まるで僕を待っていたかのようだ。
「おめでとうセイン! ようやくこの時が来たわね!」
「早く引き抜こうぜ。セインに抜けないわけないんだからさ」
「まぁまぁ、こういうのは雰囲気が大事なのですよ」
3人も僕が引き抜くことを確信している。
「もったいぶるのもよくないね。じゃあいくよ」
そっと柄を握りしめる。
今、勇者である僕の物にしてあげるからね。
早くツキツバ・ギンコをぶちのめそう。
ああ、待ち遠しいな。
腕に一気に力を込める。
「ふんっ!ふんっ!?ふんぐぐぐぐぐっ!」
どうした、どうして引き抜けない。
あれなのか、第2の試練と言うくらいだからまだ僕を試しているのか。
やけに固いな。いいから早く抜けろって。
どうせ僕の物になるんだから、つまらない事なんてするなよ。
台座を踏みつけ全力で剣を引き抜こうとする。
全身の血管が浮き上がり額から汗がにじみ出た。
「ふんぐぐぐぐぐっ!ふん!」
おかしい……どうして抜けない!?
僕は選ばれし勇者だぞ。世界を救う男なんだ。
おまけに全てが完璧で一点の曇りも無い。
聖剣が僕の手に収まるのは必然だ。
……その筈なのに、この事態はなんなんだ。
「ふんぐぐぐぐぐっ!……ふん?!」
こんな忙しい時に……腹が急にぎゅぎゅるしてきた!?
「遊んでいないで早くしろよセイン~」
「そうそう、勇者の貴方が抜けないわけないのですから」
「でも、なんだか顔が真っ赤ね」
「……今は話しかけるな」
早く聖剣を抜いて即離脱しないと……全てが一気に飛び出して大惨事となる。
耐えろ。僕は歴史に名を刻む勇者だ。勇者である僕が漏らす訳にはいかない。
「なにしてんだよ。早くずばって抜けって」
「なにかおかしくないですか?セインの額に大量の汗が……」
「そうね。心なしか顔も青ざめてるようだし」
「っつ!?」
やばい……九割の力がお尻に持って行かれる。
「いいから早く抜けろおぉーーーーー!……おっ!?」
聖剣が抜ける事はなかったが、その代わりに大量の何かが抜け出ていった。
この瞬間だけは最高に気持ちが良い。
頭が真っ白になる。
ああああああああああああ……
月鍔ギンコperspective
フラウ殿の故郷に戻る道中、某達は聖武具の神殿へと訪れました。
事の発端は、某が脇差の研ぎが少々甘くなってきた事を悩んだ事でした。
「本当に宜しいのでしょうか?某達が聖剣を何本も持ち歩いて」
「解る!ツキツバさんのその気持ちは解りますよ!そのせいで勇者セイン様が聖剣を手に入れる事が出来なくなってしまったらと思うと!」
「良いじゃない。出来るなら聖剣を何本も持っても」
セツナ殿の言い分にフラウ殿が噛みつく。
「なによそれ!?それじゃあまるでツキツバ様が聖剣を抜けないみたいじゃない!」
「あくまで可能性の話だ。過去にも聖剣を抜けなかった奴が別の場所の聖剣を抜いたって話も聞くしな」
「セツナさん、それってどう言う事で?」
「あくまで可能性の話だ。こればかりは試してみないと―――」
某は、門の前の砂や泥を発見してある確信が生まれました。
「セツナ殿が言う試しは……お預けの様です」
神殿へと複数の足跡が続いていた。数は恐らく4人。
もしかしたらすでに聖武具は持ち去られた後かもしれない。
……なら、某達がする事はただ1つ。
「……往きましょう。フラウ殿の故郷へ」
それを聞いたセツナ殿が慌てておりました。
「ちょっと待て!奴らが聖剣を抜いた証拠は―――」
ですが、
「実際に聖剣を抜いた某だから解るのです。ノノ殿が言っている聖剣は……そこまで重くありません」
「……だから……」
「つまり、誰でも簡単に抜けるのです。そう、問題はこの神殿の神々しくて近寄りがたい威厳に屈さずにここまで辿り着けるか否か。そして聖剣を抜いて所持した後の行動の良し悪しです」
某の言葉にノノ殿とフラウ殿は困惑しておりますが、セツナ殿はそれなりに理解してくれた様です。
「……そうだな」
「セツナさんまで!?」
「聖武具には形に囚われない特性があると聞く。望めば剣にも槍にも盾にも防具にもなるって事だろう。だが、所有者の望む形になるのは引き抜く時にたった1度だけ」
「……」
それには、ノノ殿達も押し黙りました。
と言う訳で、某達は聖剣を抜く事無くこの神殿を後にしました。
だだ、
「ん?」
「セツナ殿?どうかしましたか?」
「……何か臭くないか?」
「……どの様な?」
「……トイレの香り?」
……もしや、某は気付かずに漏らしましたか?
第16話:聖剣大量取得作戦
月鍔ギンコperspective
結局、ぐりじっとに有るとされていた聖剣との対面は果たされずにおめおめとフラウ殿の故郷に戻りました。
「抜けなかった!?貴女様ほどの者が!?」
「いえ、正確には何者かに先を越されたのです」
その途端、ふぇありー達が怒号と共に騒ぎ始めました。
「偉大なる種族を差し置いて聖剣を奪いとは!何処の馬の骨だ!?」
その声には……心なしか殺意を感じます。
「待たれよ。悪いのは先客の方ではない。もたもたしておった某達のせいじゃ」
「偉大なる種族に楯突く者は許さぁーん!」
……あのぉー……聴いてらっしゃいます?
そんな中、フラウ殿の父であるパパウ殿が酌をしてくれる。
初めて会った時と比べると今はあまりにも腰が低い。なんだか非常に申し訳ない気分です。
「どうですか、娘はよくやっておりますか?」
この質問にはセツナ殿が某の代わりに答えてくれました。
「まだ仲間に加えたばかりで評価は出せないな。でも、小回りの良さは偵察向き、レベルが上がれば戦闘でも頼りにはできるはずだから、大きな期待はしている」
「おおおおっ!フラウに期待をしてくださっているのですか!」
「それなりにな。ところで……やっぱり親としては娘が奴隷なのは気分が良くないよな?」
やはり、セツナ殿はフラウ殿を奴隷として扱う事を良しとしておられぬご様子。
ならば、この里にフラウ殿を返すのも道理であり礼儀であり筋―――
「なにをおっしゃいますか!我らフェアリーは偉大なる種族のしもべ、お仕えするべき御方がいてこそ真価を発揮するのです!ぜひ我が娘にはあんな事やこんな事を、遠慮なくしてやってください!」
「ちょ、ちょっとパパウ殿!?」
「お父さん、主様の前で恥ずかしいじゃない」
……何ですか……その会話は……
「……冗談ですよね?」
セツナ殿も同感の様です。
結局のところ、他に聖剣が有るかどうかはふぇありー達には解らないそうなので、某達は再びごーれむの亡骸が山積みとなっている廃墟を調べる事にしました。
「ん?」
「どうしました?」
「何ですかアレは?」
某は気になる場所をよく視ると、それはどうやら床に取り付けられた門の様です。
「……開けてみるか」
「いきなりかよ!?」
セツナ殿が焦りますが、他に何かが有る様には見えませんので、ここを調べるのも必要かと。
セツナ殿とノノ殿が恐る恐る床に取り付けられた門に近づく中、某は恐れる事無く門を開けて下に続く階段を発見しました。
「どうする気?」
「これは……何かのからくりやもしれません。某が先行しますので、ノノ殿達は少しお待ちを」
セツナperspective
ツキツバが1人で隠し階段を調査している中、フラウは元気良く周囲のモンスターと戦っていた。
彼女のレベルは現在45。この森には比較的経験値の多い魔物が生息しているし、ノノの奴の経験値倍加・全体【Lv50】も有るから、100に至るのは想定よりも早い筈だ。
……あれ?
と言う事は……ノノの奴のレベル上限40倍・他者【Lv50】によって返上と言う扱いになっていたレベル上限達成者の称号を取り戻す日も近いって事か?
そうだった!私の現在のレベル最大値は280だったんだ!
……ノノの奴のレベル上限40倍・他者【Lv50】って、回数制限て有るのかな……
そんな事を考えていると、隠し階段を調査していたツキツバが戻って来た。
「誰かこの世界の紋所に興味がある方はいらっしゃいませんか?」
紋所?どう言う意味だ?
取り敢えず、ツキツバの先導の許、4人全員で隠し階段を下りる事にした。
壁面はむき出しの岩肌、急いで作った様な印象だ。
階段が終わり一番下まで到着する。そこから先は長い通路が奥へと続いていた。
「どこまで続いているんだ?」
「生き物がいる気配はない様です」
通路の奥から青い光が漏れていた。
「……光?」
さらに足を進めると開けた空間へと出る。
そこでは複雑で大きな魔法陣が青く輝いていた。
「もしかしてこれ……」
「解るのか」
「多分、転移の魔法陣です。似た様なのを見た事があります」
「どこで?」
「村に有った本で」
一方、魔法陣がある部屋の壁に書かれている文字を読んでいたフラウがハッと驚き、そして歓喜した。
「そうだ!これよぉ!」
「どれよ?」
フラウの説明によると、この魔法陣は使用者の往きたい場所へ一瞬で運んでくれる転移陣で、魔脈の上に有るので理論上は回数制限が無いとの事。
なるほど……解らん!
魔脈なんて初めて聞いた!
ツキツバの方も半信半疑だ。
「まさかと思いますが、この世界に妖術が在ると言い出す御心算ですか?」
ん?妖術?
つまり、ツキツバの世界には魔法と言う概念が無いと?
ただ、フラウだけは大喜びのままだ。
「これってつまり!一瞬で聖剣が刺さっている神殿に行けるって事よ!」
私は!フラウの提案にハッとし、驚き慌てた!
「何だと!?それを早く言えよ!」
「セツナ殿、何を慌てておられるのです?」
これが慌てずにいられましょうか!?
これさえあれば、もう誰にも先を越される事無く聖剣の許に往けるんですよ!
特にウンコセインにこれ以上聖剣を奪われる心配も無いんですよ!
……ノノの奴は嫌がるけど。
と言う訳で、4人全員でその転移魔法陣の上に乗り、私が早々と行き先を叫んだ!
「私達をまだ聖剣が残っている神殿に連れてってくれ!」
転移は一瞬だった。
本当に移動したのか疑いそうなくらい跳んだ感覚が無い。だが、景色は先ほどとは違っている。
特に……
「ナンデーーーーーッ!?だって今、もっ森に!」
ツキツバがマジで驚いている。
「妖術!妖術ですかァ!?」
どんな強敵相手でも臆せず喜び勇んで戦うツキツバが、転送魔法くらいでここまで驚く……なんか新鮮だ。
ノノ・メイタperspective
気付けば本当に聖武具を保存する神殿に到着していた。
「あの転移魔法陣……本物だったみたいですね?」
だが、セツナさんは前回の先を越されたがあるせいか、未だに警戒している。
「本当にこの神殿には聖武具が残っているんだろうな?」
それをフラウさんが揶揄い気味に答える。
「あんたの我鳴り声をあの魔法陣がちゃんと聞き取れていればね」
ツキツバさんが念の為に門の下を確認し、
「どうやら……既に先客が入られた後の様です……」
……どうやら、セツナさんが望んだ場所への転送は失敗の様です。
「と言うか……ここって前にも観なかった?」
……あ。
そうだ!此処はツキツバさんが先客の気配を感じて入る事無く諦めた神殿だ!
「取り敢えず、フラウ殿の故郷に戻りましょう」
だが、諦めの悪いセツナさんが見苦しくも門を強引にこじ開け……
どうやら……ツキツバさんの見立ては間違っていた様で、
「某達より先に来た者達は、あそこにある刀を持っていかなかったのか?」
「あるな。どう見てもある」
「ありますね」
「抜けなかったのね」
どうやら、ツキツバさんの言う先客は、神殿の門を開けるのが関の山だった様だ。
しかも、どうもあの台座は妙にウンコ臭い……
「力み過ぎて漏らしたか?」
取り敢えず、ツキツバさんが聖剣の柄を握る。
うーん、本当に2本目なんて抜けるのだろうか?
それとも僕が知らないだけで、実は人知れず2本目も3本目も抜かれてるのか?
……
……
……どうやら、ツキツバさんは後者の様でした。
何故なら、ツキツバさんが聖剣をさっさと抜いたからだ。
「……どうやらこれで、銀大関ともさらばの様です」
こうしてツキツバさんは、ただでさえレベルを一時的に4割アップさせる聖剣を2本手に入れてますます強くなりました。
これで貯蓄の限界に達すると溜め込んだ経験値を100倍にして払い戻す『経験値貯蓄』が発動したら……ツキツバさんに勝てる人っているの?
フラウperspective
で、本当にどこでも行けると解ると、主様は更に聖剣を取りに行こうと仰られておりますが、
「うーん、私が抜ければ主様のお助けにはなるんだけど」
「レベルを一時的に4割アップさせるは魅力的だけど……」
もしも聖剣に選ばれなかったら……と思うと、ね。
「自信ねぇー!」
ノノに至っては完全に頭を抱えている。
けど、主様は簡単に言ってくれる。
「そう言う臆した心根が、聖剣とやらに嫌われる事に繋がるのでは」
……そう言う物なの?聖剣って?
……で、そう言う臆病風を吹き飛ばそうって事で……
「……来てしまった……」
「聖武具の神殿だよね……ここ……」
「ここにある聖剣を抜けと……」
……やっぱり私には無理だ!此処は―――
「って!?主様!?」
主様は神殿の門を開けてどんどん進んで行きますぅー!
あー!待って!心の準備がぁー!
……で……
「ついちゃったね……聖剣……」
「あ、そっか!ツキツバさんは3本目の―――」
「こういう時こそ、苦難に背を向けてはなりませぬ!」
……主様、意外とスパルタなのかも……
「それに、ノノ殿は前々から言っておったではないですか。もっと強くなって勇者セイン殿との戦に馳せ参じたいと」
「それとこれとは話が違うよぉー!僕のレベル最大値はまだたったの3だよぉー!」
え?ノノのレベルって3しかないの?
てっきり主様と一緒だからと思って。
そこへ、セインって獣人がプルプル震えながら前に出る。
「わわ私が行く!ノノに会う前はレベル最大値は7だったけど、今のレベル最大値は280だ。それに聖剣のレベル4割アップが加われば、レベル最大値は392になる!ももも―――」
セツナ……無理しなくても良いのよ。
結局聖剣が抜けなくて、何て展開は恥ずかしいから―――
と言ってる間にセツナが聖剣の柄を握ってる!
「ぬうぅー!」
「セツナ……抜けるの……」
「セツナさん」
主様が無言で聖剣を抜こうとしているセツナを見守る。
そして、
「ぬがあぁーーーーー!」
力を入れ過ぎたセツナは台座から転げ落ちて後頭部を強く打った。
「いたたた……なんだったんだ?」
「セツナさん!それ!」
「それ……って……」
セツナの両腕を包んでいたのは、銀色に輝くガントレットと鋭い爪が付いた5本指グローブだった。
それを視ていたセツナがハッとして台座を視ると、さっきまであった聖剣が無くなっていた。
「やはりでしたか!そなた達なら抜けると確信しておりました」
どう言う根拠ですか主様―――
「ん?何?この音?」
「何かが爆発した?」
「そこまで近い感じじゃないね?」
謎の音の正体を探ろうと神殿の外に出てみると……
ノノ・メイタperspective
セツナさんが聖剣を抜いた直後に鳴り響いた爆発音の正体を探ろうと外に出た僕達は信じられない光景を目の当たりにしました。
「街が……燃えてる……」
「何だあの炎は!?ここからでも見える程大きいぞ!?」
すると、ツキツバさんが何かを察して走り始めた。
「急ぎましょう!何か胸騒ぎがします!」
「胸騒ぎ!?」
と言う訳で、僕達は火事が起こってると思われる場所まで大急ぎで向かう事にしたんですが……みんな足が速い!
これがレベル100以上とレベル3との差なのか……少しへこむなぁ……
僕がそんな嫉妬を抱いていると、フラウさんが何かを発見した。
「主様、アレ!?」
進行方向に男性の死体があった。それもいくつもだ。
近くには魔族の死体も転がっている。
「くっ!ツキツバの予感的中かよ!」
「急ぎましょう!」
状況から察するに魔族が攻めて来たんだ!予想通り街の外壁は破られ、いくつもの黒煙が昇っている。
聞こえるのは大勢の悲鳴。
「不味いな……どうするツキツバ!?」
こういう時のツキツバさんの迷いが無い行動は、本当に惚れ惚れしてしまう。
「1点突破して一気に敵大将を討つ!」
「1点突破?街中に散らばってる魔族はどうする気だ?」
そんな少し慌てているセツナさんに対し、ツキツバさんは優しく諭しました。
「セツナ殿、戦と言うものはな。敵の大将を倒せばそれで終わるのだ。だからこそ……某達は急ぎ敵の大将の許へ辿り着かねばならんのだ」
こういう時のツキツバさんは本当に頼もしい。
僕も早くそんな立派な人になって、勇者セイン様のお役に立ちたい。
とか言ってる間に、ツキツバさんが多数の魔族達に襲撃されている街を迷わず突っ切って行った。
そして、セツナさんとフラウさんがそれを追った。
それに引き換え……僕に出来る事は、ツキツバさん達が勝って僕の許に帰って来てくれる事を願うだけだ。
頑張れ!ツキツバさん!
第17話:月鍔ギンコ対デルベンブロ(前編)
セツナperspective
「月鍔ギンコ推参!雑兵では相手にならん!命を惜しむ者はこの場を去って某に道を譲れー!」
ツキツバがそう言うと、魔族達は最初の内は「そんなの知るか」と言わんばかりに嘲笑いながら私達に襲い掛かるが、ある者は投げ飛ばされ、またある者は地面に叩き付けられ、そのどれもがツキツバの足を止めるに至らない。
そんなツキツバの想定外の強さに、集めた金品を片手に笑い死体をなぶり楽しんでいた魔族達はみるみる顔を青くする。
無論、ツキツバはそんな雑魚には目もくれない。
現在進行形で起こっているこの街を襲う惨劇を終わらせる為に、大急ぎでこの街を襲っている魔族の大将を討伐しなければならないからだ。
だからこそ、ツキツバは必死に襲い来る魔族達を掻き分けながら敵の大将の許に急ぎ、私とフラウはツキツバの左右を護る様に並走する。
と言うか本当に退け!邪魔なんだよ!
と、こんなに忙しい時に、
《報告:レベルが上限の280に達しましたので、レベル上限達成者の称号が贈られます》
今はそんな報告どうでもいいよ!
とかなんとか言ってる間に、街の中心である広場に到着。
そこには、身長が4mはあろうかと思われる両手がアンバランスに大きくて異様な鎧に身を包んだ人型のモンスターがいた。
それを見つけると、ツキツバは先手必勝とばかりにさらに加速し、鞘から聖剣を抜きながら聖剣を左から右へと振る。
その動きは速過ぎて全く見えない!
だが、肝心の人型モンスターは思いっきり吹き飛ばされただけで、直ぐに立ち上がって迎撃態勢をとる。
「!?」
こいつ……かなり強い!
以前に戦った魔族の幹部よりも格段に上だ!
これでは、ツキツバの思惑である『敵大将をさっさと倒してこの街を襲っている魔族達を黙らせる』は……かなり時間が掛かりそうね?
「……セツナ殿、フラウ殿、露払いを頼めますか?」
ツキツバもこの敵がそう簡単に早々と倒せない相手だと悟ったのか、急に周りの魔族の討伐を私達に頼んで来た。
「……そこまでの相手か?」
デルベンブロperspective
ツキツバ・ギンコ。
この者は既にダームを葬り、アルマン国を堕とす為に送り込んだデスアントを全滅させた英雄クラスの難敵。しかも聖剣を抜いたと聞く。
更に、この者は本当に異世界から来たのではないのかと思わせる程経緯が不明。全くもって謎が多い。
だが、この者にも致命的な欠点があり、私が持つレアスキルはその欠点を衝くのに適しているそうだが……
「そなたがこの町を襲っている賊の親玉か?」
「如何にも。私は魔拳将軍デルベンブロ。魔王様の命により、この場に馳せ参じた」
「名は月鍔ギンコ。侍に御座候!」
んー。この様子だと、アレを言っても無駄やもしれん。
「本来ならば我らは勇者に対し、こう言わねばならぬ決まりだ。魔王様のお達しだ。サムライよ、私の部下となれ。さすればノーザスタルの半分を貴様にやろう!」
「ぬるい!何を寝ぼけた事を!?そんな熱の籠らぬ打ち込みでは|殺れませぬぞ!」
……やはり駄目か……
この齢でレベル300は非常に惜しいのだがな。
「しかし、貴様程度では申し出る気にはならんな。死ね。ここで今直ぐ」
その途端、ツキツバはこの私に斬りかかって来た……と言うか、速い!
私は咄嗟に右手を広げて盾にする。
しかし、ツキツバの剣はただ速いだけではない。非常に速くて重い!
んー。この私のレアスキルが無かったら、私は今ので早々と死んでいたな……
そこで、私は駄目もとで右手を切り離し、私の分身体とも言えるルベンライトを解き放った。
そして、私はルベンライトに|触手捕縛を命じた!
しかし……大方の予想通り、奴にはフィストバインドは通用しなかった……と言うか、ルベンライトの触手を全部捌きおった!
強い!
恐るべき身のこなし、勘と見切り、剣の腕……それに何よりも、レベル300なだけあって戦いに慣れ過ぎている!
この者、正に『異物』!
私は、まだ私の腕から離れていないルベンレフトにツキツバの胸倉を掴ませ、その隙にツキツバの顎に膝蹴りを見舞う!
そこから、私はツキツバに背を向けながらルベンレフトにツキツバを投げ飛ばす様命じ我たが、肝心のルベンレフトがツキツバの握力に屈して私の身体から離れてしまった!
これではっきりした!
|これ《・・》は野放しには出来ん!
セツナperspective
ツキツバがこの街を襲っている魔族達の親玉と戦っている間、私はフラウと二手に別れてあいつの手下達を狩る事にした。
とは言え、今の私のレベルは280な上に手甲と鉤爪が付いた1対の手袋になった聖武具のお陰で、戦闘時のみレベルが392になる。
ここまで来ると、下級魔族退治すら簡単な単純作業だ。
ノノの奴に逢うまでレベルが7までしか上がらない事を嘆いていたのに……我ながら見違えたモノねぇ……
しかも、親玉がツキツバに苦戦している事が下級魔族退治を更に簡単にする。
「ぐえ!?」
「さて……どうする?死を覚悟でまだこの街で暴れるか?それとも、命を惜しんで逃げるか?」
私が倒した魔族を問い詰めていると、
「ふざけるなぁ!」
別の魔族が背後から斧を振り下ろす。
「おっと」
私がさらりと振り下ろされた斧を避けると、その斧は勢い余って私に問い詰められた魔族の頭をかち割った。
馬鹿だねぇ。敵味方の立ち位置を少しは考えなさいよ。
しかも、天罰覿面なのかさっきの斧が壁にめり込んで抜けなくなった。
本当に馬鹿だねぇ。
だから、私は頭を割られた奴の代わりにこの馬鹿を問い詰める。
「私を斃したくらいでこの劣勢が覆ると思っているの?」
だが、この馬鹿は挑発の様な事を言いだす。
「甘いな……ツキツバ・ギンコがデルベンブロ様に勝てると、本気で思っているのか?」
それって、この街を襲っている魔族達の中で1番強いって事でしょ?なら、
「そのツキツバ、レベル300だよ。しかも、聖剣を2本も持ってるから、レベルを一時的に540にする事が出来るわよ?」
それを聞いた魔族が一瞬ウッってなったが、
「デルベンブロ様のレベルは133だ」
「なら―――」
だが……奴は何故かデルベンブロがツキツバに勝つと信じていた。
「しかし、ツキツバではデルベンブロ様には勝てん!」
どう言う事だ?
ツキツバとデルベンブロとのレベル差は167~407の筈……なのになぜ……
「答えろ!デルベンブロの野郎は何を隠し持ってる!?奴はこの街に何を仕込んだ!?」
「ペッ!」
唾吐き……それが私の1番肝心な質問に対するこの馬鹿の答えだった。
もっと問い質しかったが、この馬鹿にこれ以上貴重な時間を費やしたくない!
急いでツキツバの許に戻ろう!
悔しいが、私達の中で1番強いのはツキツバだ!それが敗れれば……この街を襲っている魔族達が失いかけた士気が復活してしまう!
頼むツキツバ!私が戻るまで無事でいてくれ!
第18話:月鍔ギンコ対デルベンブロ(中編)
月鍔ギンコperspective
この者……でるべんぶろと言ったか……
何かおかしい!
某は既にこの者を何度も斬った筈だが……何故か手応えが無い!?
この者……何かからくりが有るのか!?
言われてみれば、この者が自ら斬り落とした両手が宙を自在に舞っている。
と言う事は、この甲冑も誰かがどこかで―――
「フィストブロー!」
……そう簡単に真の黒幕を探させる暇は与えぬか!?
この巨大な手と甲冑を何かのからくりで操る者は、異様に賢く戦い慣れしておる……
こんな事なら……この惨劇を急ぎ終わらせる為に敵大将を早々と討つなどと言わず、ノノ殿の言う通りに全ての鬼を斬ってからこの者と戦うべきだったか!?
……いかん!こういう時こそ邪念を捨てねば!
この町が救われるか否かは、この町のどこかにいる黒幕を討伐出来るか否かで決まる!
余計な考えは捨てて、敵の気配に集中するのだ!
セツナperspective
ツキツバを倒すのに適したスキルは何だと考えながらツキツバの許に向かう道中、何者かに吹き飛ばされた魔族に遭遇する。
と言うか……下手人は大体想像がつく。
「フラウ、そんな雑魚を構ってる場合じゃないぞ」
だが、フラウは目の前の魔族を叩きのめすので……いや、レベルアップに夢中だ。
ノノの経験値倍加・全体【Lv50】は非常に便利な反面、今のフラウの様な本来の目的を忘れる馬鹿が増えるのも困りものだ。
「……フラウ!偉大なる種族様が大ピンチだぞ!」
完全に戦闘に没頭しているフラウがハッとして私の方を見た。
「え!?それマジで言ってるの!?」
……こいつ……ツキツバよりヤバいかも知れんぞ……
で、フラウを連れてツキツバの許へ向かうのだが、
「ところで、ツキツバ様がどうピンチなのよ?」
「……解らん」
無論、そんな答えでフラウが納得する筈がない。
「解らないって、そんなフワフワな理由で私を呼んだ訳!?」
「ま、虫の知らせって奴だな。こればかりは場数を……」
フラウは大したピンチじゃないと判断したのか、横から私達を攻撃しようとした魔族と戦闘していた。
「あの鈍感猪!」
もうフラウをとっ捕まえようかと思いフラウの方を向くが、フラウの戦い方を視て今の私達に足りない物が視えた気がした。
「……そうか……物理攻撃だ……デルベンブロめ!企みが読めたわ!」
戦闘に夢中のフラウを乱暴に掴むと、大急ぎでツキツバの許へ急いだ!
「何よもう!何でそんなに焦ってるのよ!?」
本当なら立ち止まって長々と説明する暇も無いのだが、恐らく、ちゃんと説明しないとフラウは納得しないだろう……
「アイツには……ツキツバの攻撃が全く通用しない!」
その途端、フラウは呆れた顔をしながら私を見下す様に見た。
「何言ってるの?私達の里を滅ぼそうとしたゴーレムを簡単に倒したでしょ。もう忘れたの」
……そうでした……ツキツバはレベル300でしたね。でも……
「その時にツキツバは魔法を使ったか!」
でも、鈍感なフラウは未だに私が何を言っているのかをまったく理解出来ていない……
「魔法!?何でこんな時に魔法の話が出てくるのよ!?」
……この予想だけは外れて欲しいと願いながら……私はデルベンブロが持っていると思われるスキルを口にした。
「……ツキツバと戦っている魔族を斃せるのは……魔法だけだ」
「ちょっと!それってぇー!?」
「デルベンブロは……物理攻撃無効だ」
デルベンブロperspective
足りん……足りんな……
剛剣の腕、多数戦に慣れた肌、変幻自在の太刀筋……正に千差万別!
しかも、ルベンレフトとルベンライトを同士討ちさせたとは……奴にはフィストバインドはもう2度と通用はしまい……
ん?
そう言えば、奴はさっきから何かを探す様にキョロキョロしてないか?
この期に及んで何を探しているのだ?
私がそんな事を考えていると、奴はフーと溜息を吐いた。
どう言う事だ?
「……やはり……そう簡単には糸を見せてくれぬか……」
糸?……どう言う意味だ……?
そう言えば……奴は何かをキョロキョロと探している頃から、奴の攻撃が私に当たらなくなっている……
……まさか!?奴が言った『糸』と言うのは!?
「……なかなかに巧妙……異世界のからくりは実に巧妙なり……相手にとって不足は無い!」
やはり気付いたか!?
この私に物理攻撃が全く通用しない事に!
故に、奴は私を裏で操る者がいると誤解してそいつを探している!?
……足りん!足りん!足りん足りん足りん!
物理攻撃無効スキルだけでは……足りん!
『相手にとって不足無し』などおこがましかった!
恐るべき化物!
このままでは、いずれ全ての攻撃を見抜かれ、押し切られる!
ならば!
「む?」
私は再びルベンレフトとルベンライトと合体し、フィストショックの準備をする。
フィストショックは超高レベルの「武道家」が習得できる秘奥義『百歩神拳』の更に上位スキル……これで駄目なら……
ノノ・メイタperspective
ツキツバさんは敵の親玉を斃すまでここで待ってろと言ったけど……他に役立つ事って無いのかなぁ……
こんな事じゃ、何時まで経っても勇者セイン様が率いる|白ノ牙の一員に成れないのでは……
いかんいかん!何を考えてるんだ僕は!
今はこの町を助けないと!
……僕は何をしたら良いんだ……
その時、目の前にツキツバさん達が討ち漏らした魔族がこっちに気付いてしまった。
「相手にとって不足無し!」
……ツキツバさんのマネをしてみたけど……
「だーははははは!」
……もろ笑われてる……僕ってそんなに弱いのか?
「黒より黒く、闇より暗き漆黒に。我が深紅の金光を望み給う。覚醒の時来たれり、無謬の境界に落ちし理。無業の歪みとなりて、現出せよ!踊れ、踊れ、踊れ!我が力の奔流に臨むは崩壊なり!並ぶものなき崩壊なり!万象等しく灰燼に帰し、深淵より来たれ!これが人類最大の威力の攻撃手段!これこそが究極の攻撃魔法!|爆裂魔法!」
しかし、そんな僕を嘲笑った魔族達が突然発生した爆炎に包まれて灰になった。
あぁ……勇者セイン様が率いる|白ノ牙の一員に成れるのは、ツキツバさん達や先程の爆炎魔法を使える……
って!?そんな爆炎魔法を使ったと思われる女性が倒れてるんですけど!
「あの、大丈夫ですか?」
「私は爆裂魔法をこよなく愛するアークウィザード。爆発系統の魔法が好きなんじゃないんです。もちろん、他の魔法も覚えれば楽に冒険ができるでしょう。でもダメなのです!私は爆裂魔法しか愛せない!たとえ1日一発が限度でも、魔法を使った後に倒れるとしても、それでも私は爆裂魔法しか愛せない!だって私は爆裂魔法を使うためだけにアークウィザードの道を選んだのですから!」
つまり……魔力切れで動けなくなった訳ね……
と言うか、前言撤回!
こいつは馬鹿だ!
取り敢えず……ここにはおいて置けないな……
ここにいたらまた魔族に襲われるけど、下手に動いたらツキツバさん達と離れ離れになるし……何か手は無いかなぁ……
せめて、この近くに消費した魔力を取り戻すアイテムが有れば良いけど……
第19話:エクスプロージョン!
ノノ・メイタperspective
……さて、この人を何処へ避難させよう。
とは言ってみたものの……とてもじゃないが避難場所が在る様には視えない!
……寧ろ……地獄だ……無慈悲な……地獄!
……これが戦い……これが敗北か!?
勇者セイン様が率いる|白ノ牙は……|地獄を阻止する為に……
「……力が……力が欲しいいぃーーーーー!」
月鍔ギンコperspective
宙に浮かべて操っていた巨大な手の様なからくりがからくり甲冑と再び合体した……なるほどな、これは構えだ!その一撃に全てを賭けると言った感じなのだろう!
ならばと思い某も本差を鞘に納める。すると、でるべんぶろと呼ばれるからくり甲冑が不思議そうに某を視ている様に見えた。
「ん?……降伏か?」
どうやら、でるべんぶろをどこか遠くで操っている者にとって、居合と言うものが物珍しい様で、刀を鞘に納めた事で少し油断しているご様子。
しかし、
「生憎……某に降伏と言う選択肢はございませぬ」
この合戦の本当の黒幕の混乱は更に増した様です。この世界には居合と言うものは無い様ですな。刀を納めた時点で降伏を意味すると言う訳ですか。
……本来なら、これは意表を突くのに効果的かもしれませんが、肝心の某が本当の敵の居場所を知らぬのが惜しいと言えま―――
「駄目だツキツバぁー!そいつに剣での攻撃は通用しない!」
おー!神仏の助け!
「セツナ殿!よく来てくださった!頼みがあり申す!」
と……思ったのですが、肝心のセツナ殿が某の話も聞かずにからくり甲冑に突進していきました。
「ちょっと待たれよ!そのからくり甲冑に攻撃は無意味ですぞ!戻られよ!」
ですが、某のその声も聞いてくれませんでした。
「解っている!こいつにお前の攻撃が通用しないんだろ!」
「ですから!セツナ殿に頼みがあり申す!」
「だが!私の氷の爪なら!氷属性として―――」
「そーではござらぁーん!」
……駄目ですな……
恐らく、黒幕は間違いなく今のセツナ殿を嘲笑っておるであろう……
……と、思ったのですが、どうやらフラウ殿の言い分は違った様です。
「ツキツバ様は、あの狼女の攻撃もあいつには通用しないと思ってません?」
「ですから!セツナ殿にはあの甲冑を他の場所で操ってる」
「そうじゃないんです!アレは……ただ単に物理攻撃が通用しないだけで、魔法は普通に通用するんです」
は?ま、魔法?
「えーと……つまり妖術で攻撃すれば……と言う事ですかな?」
んー……流石異世界!某はまだまだこの世界の事を知らぬ様です。
セツナperspective
何だこのバカデカい手は!?あれで殴られたら、どんなにレベル差が大きくてもめっちゃ痛いわ!
正直に言って食らいたくない!
でも、私達の要であるツキツバではデルベンブロには絶対に倒せない!しかも、私達の中に魔法を使える人が1人もいない!
ツキツバが既にレベル300だった事もあってか、圧倒的なレベル差に惑わされたが故の盲点!
とは言え、ツキツバのあの性格だと撤退と言う選択肢は無い!あと、この町の被害状況的にも!これで勝利や戦死ではなく撤退や逃走を選んだら、それはもう……戦士じゃない!
なら、頼れるのは私達氷狼族のこの氷の爪!
聖武具の力も加われば……頼むぞ!聖武具よ!
……しかし……
デルベンブロの方もツキツバのしぶとさに追い詰められているのか、「この攻撃に全てを賭ける!」的な態度でツキツバの奴の方を視る。
抜かせるか!
運良く私の氷の爪が奴の左手に刺さった!これで―――
……あれ?……今、こいつの左手がスポッと抜けなかった?
と言うより、デルベンブロの肘から先は杭のような形になっていて、左手の形をした別のモンスターにぶっ刺して、固定していた様だった。
だ……騙されたぁーーーーー!
しかも、その隙を衝かれてデルベンブロの奴が俺の横をすり抜けやがった!
ヤバい!
「フィストショックぅー!」
巨大な右手……いや、右手に化けたモンスターを取り付けた状態のままツキツバをぶん殴る魂胆の様だ。しかも、あの様子だとかなりの渾身の一撃の様だぞ……不味い!
しかし、ツキツバも然る者!鞘から剣を抜きながらその右手に化けたモンスターを斬った。
……ツキツバの斬撃とデルベンブロの渾身パンチの激突は……双方が吹き飛ばされる形となり、双方とも壁に激突してめり込んだ。
……不味いぞ……この場合だと、物理攻撃無効スキルを持つデルベンブロの方がダメージが少ない!
糞!やはり私がもっと早くにこの事に気付いていたら……と言うか、この紛らわしい左手型モンスターはいつまで私の爪に刺さっている心算だ!?邪魔なんだよ!
でも……やはり天は私達を見放してはいなかった!
「誰か!誰かマインドアップを持ってる方はいませんか!?」
マインドアップと言えば、魔力を少し回復する薬だ。て事は!?
「ノノ!アンタが担いでいる女性って、魔法使いなの!?」
ノノが私の声に怯え驚きつつ答える。
「え……えぇ……」
「で!そいつはアンタの近くで戦闘をした!?」
「う、うん。僕を襲った魔族を数人爆裂魔法で―――」
「でかした!今日はアンタが神様に見えるわ!」
一方のノノの奴は、私の言い分の意味が解らず困惑していた。
「……どうなってんの?」
月鍔ギンコperspective
本来なら、これは“窮地”と呼ぶべきなのでしょうが……白状すると、某は内心喜んでおりました!怒涛の如く押し寄せる敵兵相手に一騎当千に斬りまくり、そして討たれて死ぬ。それが某の望みであった。
我ながら不謹慎だと思うし、でるべんぶろに襲撃されたこの町を救う事にはなりもうさんが、それでも……某は侍!侍が生き!侍が死ぬべきは!地獄の浮世が相応しい!
「こい!でるべんぶろ!敵大将を討たねば、合戦は終わりませぬぞ!」
でも……某の死に場所はここではない様です。
「離れろ!ツキツバ!」
セツナ殿の声が聞こえたと思うと、
「黒より黒く、闇より暗き漆黒に。我が深紅の金光を望み給う。覚醒の時来たれり、無謬の境界に落ちし理。無業の歪みとなりて、現出せよ!踊れ、踊れ、踊れ!我が力の奔流に臨むは崩壊なり!並ぶものなき崩壊なり!万象等しく灰燼に帰し、深淵より来たれ!これが人類最大の威力の攻撃手段!これこそが究極の攻撃魔法!|爆裂魔法!」
「何!?」
某との戦いに夢中になり過ぎたでるべんぶろがセツナ殿の方を向いた時には、でるべんぶろは既に大爆発しておりました。
で、唯一討ち漏らした巨大な手も、
「こら!何時まで私にくっついてるんだ!デルベンブロは吹き飛んだんだ、お前もくたばれ!」
セツナ殿に斬られて粉々に砕け散りました。
「あー……」
某は何と言ったら良いのか……
「やったぁーーーーー!」
「うおーーーーー!」
周りにいた者達は大喜びの様ですが―――
「わああ!やったよツキツバさん!」
「ノノ殿」
「みんなでこの町を取り戻したね!」
ノノ殿が喜びのあまり、某に抱き付いてきました。
「そうですな。我らの勝ち戦です!」
「そう言うお前は珍しく苦戦していたけどな」
「セツナ、一言多い。ツキツバ様がせっかく勝ったんですから」
「やはり爆裂魔法は最高なのです」
ん?何か増えてませんか?
「この者はいったい?」
「ああ、こいつが―――」
セツナ殿の説明を遮り、異様な姿をした女子が自己紹介を始めました。
「ふっふっふ…この邂逅は世界が選択せし運命。私はあなた方のような者達の出現を待ち望んでいた!我が名はめぐみん!アークウィザードを生業とし最強の攻撃魔法・爆裂魔法を操る者!」
「ん?……つまり、先程でるべんぶろを爆破したのは……」
「そう……この人」
第20話:決まらぬ行き先……
めぐみんperspective
私は爆裂魔法をこよなく愛するアークウィザード!爆裂魔法を使う為にアークウィザードになった紅魔族!我が名はめぐみん!アークウィザードを生業とし最強の攻撃魔法・爆裂魔法を操る者!
と言う訳で、成り行きでサムライと言う冒険家グループの一員になってしまい、私の爆裂魔法は彼女達の為に使われる事になりました!
……の……筈でした……
肝心のサムライの次の目的地がアレ(対デルベンブロ戦)から3日が経ってもまだ決まりません……
その原因が……
「今直ぐ勇者セイン様が率いる|白ノ牙と合流して共同戦線を―――」
「もしもお前(ノノ)やツキツバの力があの馬鹿セインの手に渡ったらどうなるか?ちゃんとそこまで考えて―――」
「考えてるからこそ急いで|白ノ牙との合流を急がなきゃいけないんじゃないか!」
「だから!それこそが最悪のシナリオなの!お前(ノノ)やツキツバの力があの馬鹿セインの手に渡ると言う最悪な事態を―――」
「それのどこが最悪なんだよ!寧ろ、ツキツバさんが勇者セイン様が率いる|白ノ牙の仲間入りをすれば、魔王討伐達成が物凄く早まるだろ!」
「はやまるな!焦って変な判断をして墓穴を掘ったら、お前はどう責任をとる心算だ!」
……どうやら、デルベンブロ来襲を切っ掛けに魔王討伐を急ぐべきだと言う方向性でサムライは動く筈だったのですが、ノノが魔王討伐を早める為の一環として勇者セイン様が率いる|白ノ牙との合流を急かしたら、氷狼族のセツナが先程の口論通りの猛反対を行ってしまい……お陰でノーザスタルから1歩も出ていません……
この私を含め、サムライの他のメンバーはセインが何者なのかなどは全く気にしておりません。
ただ、ノノとセツナの2人がセインに下す評価について意見が真っ二つなだけなのです。
しかも、この口論の厄介な所が……
「ツキツバさん!もう往きましょう!こんな世間知らず相手にこれ以上時間を無駄には出来ません!」
そう言ってノノがツキツバを連れて往こうとすると、
「馬鹿野郎!そのままセインの奴に遭いに逝く心算か!?」
と、こんな感じでセツナがノノを通せんぼするのです……
で……結局ノノとセツナの口喧嘩は振り出しに戻って平行線をたどり、ノーザスタルから1歩も出ていません……
……本当に勘弁して欲しいです……
取り合えず、ツキツバと共にノーザスタルを散策する事にしました。
街では彼女達は魔族を倒した英雄扱いだ。
いや、一応ではあるが本物の英雄でしたね。
おかげで宿も無料で借りられるし、身の回りに必要な物もいえば直ぐに用意してもらえる。
街が完全に復興した暁には石像が建てられるそうだ。
ツキツバは自分のしたい事をしただけと断ったんだが、住人の熱意がすごくて受け入れるしかなかった。
「本当はこんな事をしにこの町に来たわけではござらぬが……」
「私もです。魔王軍の幹部であるデルベンブロを倒した事で、モンスター達がこの町を敬遠する様になったそうです。モンスターがいないから採取クエストなんて人に頼む必要もない」
「つまり、この町に戦は無いと?」
「少なくとも、貴女方がこの町にいる内は……いや、それは違いますね」
「と言うと?」
「貴女方サムライがデルベンブロを倒した噂が流れれば、貴女方を倒して空席となった魔王軍幹部の座に座ると言う考えも―――」
「つまり成り代わり」
「!?」
「魔王に成りたい者にとって邪魔な現魔王を排除出来、同時に己の強さを周囲に証明出来る。いっとう単純で明快な手です」
魔王軍幹部に空席が出来たと言った途端のその返し……このツキツバ・ギンコとやら、意外と侮れないかもしれません。
「……他の者が魔王を斃して魔王に成り代わる……ツキツバはその前例を見たとでも?」
「……別に」
ツキツバ……貴女今、凄い汗ですよ?
ま、爆裂魔法が好きなだけ使えるのであれば、私は構いませんが。
月鍔ギンコperspective
めぐみん殿と共に街を散策しながらこの先の事を考えておりましたが、
「問題はセツナ殿がセイン殿を極端に嫌う事ですな」
「で、ツキツバはセインの事をどう思ってるんだ?」
そんな事を言われましても、某はノノ殿やセツナ殿の話を聞いただけなので……どう答えたら良いものか……
「つまり、何も解らないと?」
「……すまぬ。某はセイン殿の顔すら見た事が無い」
「私もです。せめて何か噂が有れば……」
その時、めぐみん殿が何か閃いた様です。
「我が名はめぐみん!サムライの一員にして爆裂魔法を極めしアークウィザード!そして!勇者セインと|白ノ牙を求めし者!」
……前言撤回です……
めぐみん殿は大変目立ちたがり屋さんの様です。
しかも、
「セインが勇者?貴女様方じゃなくて?」
「そう言えば、他の冒険者ギルドで乱闘騒ぎした冒険者グループがいたなぁ……名前は忘れちまったけど」
「うーん……思い出そうとすれば思い出そうとする程、アンタらサムライの活躍しか思い浮かばないんだけど」
「この街の近くに聖武具の神殿が在るから、そこで待ち伏せしてたら?」
「その神殿は他にも在るから、ここに的を絞るとは限らないだろ」
「あ、そうか」
どうやら、めぐみん殿の目立ちたがり屋な性格は、セイン殿の事を知る事になんの役にも立たなかった様です……
「戻りましょうめぐみん殿。どうやら、この街の者達はセイン殿や|白ノ牙の事を知らない様ですし」
某がそう言うと、街の皆さんが申し訳なさそうに謝罪しました。
「申し訳ありません。お役に立てなくて」
「こちらこそ、無理強いしてしまって」
このまま気まずい雰囲気の中でこの会話は終了してしまうかと思われましたが、1人だけセイン殿に関する重大な情報を持っていた様です。
「それってもしかして……」
「ん?何か知ってんか?」
「大分前に聞いた噂なんですがね、たしかぁ……ばるせいゆに勇者が現れたって」
めぐみん殿が反応しました。
「バルセイユ!?」
「知っているのですか!?」
だが、めぐみん殿の答えは違いました。
「いいえ、知りません」
「では……何でそんなに驚いたのですか?」
「それは当然、私達の次の目的地が決まったからです!バルセイユ王国に勇者がやって来たのであれば、そこで何かをやらかした筈です!」
……あ。なるほどね。
めぐみんperspective
私達の新たなる目的地がバルセイユと決まったので、宿に戻ってその話をしようとしたのですが、
「フラウ殿……ノノ殿達の喧嘩はまだ……」
「駄目よあの2人……セインが勇者だの悪人だので……」
「で、実際に視に往ったらと言ったら?」
「やっぱり駄目……セツナの馬鹿が許さない」
「……なら、いっその事セイン殿を諦めるのは?」
「それも駄目……ノノの馬鹿が許さない」
……八方塞がりと言う訳ですか……
現に、あの2人の喧嘩が聞こえてきます……もう限界です!
「ちょっと待って!こういう時こそノックしないと―――」
フラウと言うフェアリーの制止はあえて無視しました!彼かのせいで私は爆裂魔法を撃てなかったのですから!
「ノノ!セツナ!次の目的地が決まりましたぞ!」
「どわ!?」
私が勢いよく扉を開けたせいでセツナが倒れましたが、無視する事にしました。
「バルセイユ?」
「そうです。そこが私達の新たなる目的地。そして、私の活躍の場なのです」
フラウとノノは半信半疑ですが、構わず話を続けます。
「そこに何があるの?」
「勇者セインがバルセイユに言った事があるそうです」
それを聞いたノノが凄い顔で驚いていました。
「なにぃーーーーー!?」
対して、セツナはあまり乗り気じゃない様です。
「ノノとツキツバは、絶対にバルセイユには行かねぇぞ」
「何でそうなるんだよ!」
「その馬鹿セインがバルセイユに引き返したらどうなると思う?」
このままだと、また足止めの原因である口論が始まってしまうので、本来なら有り得ない事をまことしやかに言う事にしました。
「だからと言って、この街に留まれば、そのセインと言う怪人物と遭遇する可能性も有りますよ」
「何でだよ!」
「この街の近くに聖武具を飾る神殿が在るそうで」
それを聞いたセツナが凄い顔で驚いていました。
「ぬお!?……で、私がそこに有った聖剣を抜いた事が噂になっている可能性は?」
「恐らく……無いですね。その神殿で待ち伏せしたらセインに逢えるかもとアドバイスされた事ですし」
そこで漸くツキツバが言葉を挟みました。
「それと、何度も申し上げておりますが、某は実際にセイン殿に会った事が無い。故にセイン殿の人柄を知らぬ」
「だから?」
「だからこそのバルセイユなのです。セインが本当に勇者なら、バルセイユで何かを行った筈ですそれを調べて往けば」
セツナも漸く合点がいった様です。
「セインに会わずともセインがどんだけ腐っているかが解ると」
「おい!」
ノノが怖い顔をしながらセツナを睨んでおりますが……ま、無視してバルセイユに行ってみましょうか……
そこで、爆裂魔法を沢山撃てれば良いのですが。
セインperspective
結局……僕は何の成果も無く祖国であるバルセイユに帰る羽目になった……
ルンタッタとアイナークに在ったダンジョンには挑戦どころか入る事すらままならず、リビアにある筈の聖剣はツキツバ・ギンコとか言う凶悪大量殺人鬼に奪われ、そのツキツバが造ったと思われるダンジョンは未だに中盤にすら辿り着けず、グリジットの聖剣は……思い出すのもおぞましい……
なんて忌々しい凶悪大量殺人鬼。
行く先々で僕の邪魔ばかりしやがって。
許せない。許せない。許せない。
ただ殺すだけでは僕の怒りが収まらない。
ふざけやがって。
お陰で……手ぶらでバルセイユに帰って下げたくない頭を下げなきゃいけないんだぞ……
第21話:勇者の計算外その4
セインperspective
聖剣を抜けなかった僕は、祖国バルセイユへと戻った。
静まりかえる謁見の間。
僕は頭を垂れたまま悔しさに歯噛みする。
「もう一度聞く。其方は聖武具を抜けなかったと申すのか」
「はい。残念ながら」
「それもアルマンの聖武具を何者かに先に取られ、何一つ成果も出さずおめおめとこの国へ舞い戻ってきたと?」
「…………はい」
大きな溜め息が聞こえた。
失望が多分に含まれているのは明白。
期待が大きかっただけに国王の落胆は大きい。
怒りで体が震える。
こうなったのは手柄を横取りし続けたツキツバ・ギンコが原因だ。
本来なら飽きるほど賞賛を浴びている筈だった。
だが、現実はこうだ。
僕は下げたくもない頭を弱くて愚かなクソ共に下げている。
できるなら今すぐ目の前にいる奴らを殺したい。
「陛下、もう一度だけチャンスをいただけませんか。もしかするとグリジットの聖武具とは相性が悪かっただけかもしれません」
「ふむ、それはあり得るだろうな。過去にも聖剣を抜けなかった者が別の場所の聖剣を抜いたことがある。よかろう、貴公には別の聖剣を手に入れてもらう。最も近いのは……宰相」
「は、ノーザスタルでございます」
それを聞いて顔が引きつる。
ノーザスタルと言えば、ここよりも気温と湿度が高いど田舎の小国じゃないか。
おまけにバルセイユと反目する大国の傘下にある。
今は魔王が出現して協力的ではあるが、恐らくいい顔はしないだろう。
しかし、この話を蹴るわけにはいかない。
王室からの信頼が揺らいでいる現在、まずやるべきなのは挽回する事だ。
なにがなんでも聖剣を手に入れ勇者として箔を付ける。
ここで挽回しなければ史上最も役に立たない勇者となってしまう。
そうなれば魔王を倒しても、手に入るものはごく僅かとなるだろう。
「加えて其方にはしっかり活躍してもらわねばならん。聞くところによるとそこでは魔族が潜伏して手を焼いているそうだ。貴公にはその討伐も命じる」
「かしこまりました」
僕は大人しく了承するしかなかった。
ごとごと馬車が揺れる。
バルセイユを南下。
ようやくノーザスタルへと到着した。
「あづい、セインあづいよ」
「五月蠅いな。そんな事分かりきってるだろ」
「バルセイユと比べて薄着の方が多いですね」
「あそこでセインが聖剣を抜けてればよかったのよ。はぁ」
リサの溜め息交じりの発言にこめかみがピクピクした。
我が儘ばかりの女共にストレスが膨らむばかり。
最近はイライラしすぎてまともに抱くこともできていない。
「おい御者、神殿まではどのくらいだ」
「あと少しってところでしょうか」
長い。これなら歩いた方が早いじゃないか。
誰だ馬車で行こうと言い出した奴は?
くそ!僕だった。
「お客さん、街に入りますが買う物はありますかい?」
「ちょうどいいじゃん! 飯にしようぜ!」
大食らいのネイが復活して騒ぎ出す。
ぎゃーぎゃー五月蠅い女だ。
近くにいるだけで気が滅入る。
「はぁ!?デルベンブロが討伐された!??」
僕はこの街の町長から話を聞いて愕然とする。
まただ、また先を越された。
始まりは魔王軍幹部を退治された時からだ。
あそこから僕の歯車が空回りし始めた。
もっと言えば、ツキツバに聖剣を奪われたあの時からだ。
おかげで僕の人生設計が粉々だよ。
勇者になって、女共を侍らせて、地位や名声や金をほしいままにし、ゆくゆくはバルセイユの姫君と結婚して国を乗っ取るつもりだったのに。
あの小さな村からここまで来るのに、どれだけ苦労したと思っているんだ。
何がいけなかった。
何をしくじった。
何で失敗した。
分からない。
原因がまるで思い浮かばない。
僕は人目もはばからず両膝を屈した。
だが、僕にはまだ聖剣がある!
だからこそ確認しておかねばならない事がある!
「そのツキツバ・ギンコはどこに?」
「既にノーザスタルを出られたとは存じております。噂ではバルセイユに向かったとだけ」
つまり、もうノーザスタルにはいないと言う事だな。
流石に聖剣を2本も3本も要らないか……
……取り敢えず腹ごしらえだ。
「あそことか美味そうじゃん!」
「どうするセイン?」
「別にいいんじゃないかな。腹に入ればどれでも同じだろうし」
「あら、変った匂いの店ですね」
食事処に入り注文する。
テーブルに並んだのは見たこともない料理ばかりだった。
油で揚げられた虫。
鋭い牙を生やした川魚。
三本指の何かの腕の丸焼き。
赤いスープに浮いた目玉。
こ、これが、ノーザスタルの料理なのか?
「意外にいけるじゃん。この虫さくさくしてる」
「うえぇ」
ネイは何でも食う奴だったな。
虫をむしゃむしゃする姿を見ると、もう抱ける気がしない。
こいつは近いうちに捨てよう。決めた。
ソアラとリサはパンとサラダを食っている。
僕も無難にそっちにすれば良かった。
「なんだよセイン、自分で頼んでおいて食わないのかよ」
「うぐっ」
し、しかたがない、ここは我慢をして食ってやろう。
僕は歴史に名を刻む勇者だ。
この程度で物怖じなどするはずがない。
「あれがノーザスタルの神殿ね」
「まだ聖剣はあるでしょうか」
「ふぅうう、ふぅううう」
「どうしたんだセイン?」
「……今は話しかけるな」
先ほどから腹がぎゅぎゅるしている。
気を抜けば全てが一気に飛び出してしまいそうだ。
だが、ここで用を足しに行く訳には行かない。
ようやくここまで来たんだ。すぐに確認したい。
僕が聖剣を抜けるかどうか。
いや、抜ける筈だ!
今回はそんな気がするのだ!
扉を開けるために手を突く。
…………。
「どうしたのセイン?」
「早く開けましょう」
「なんかぷるぷるしてね」
静かにしろ。
僕は今、精神を集中しているんだ。
力の配分を誤れば大惨事となる。
よし、これだ。
お尻に七割、両手で三割でいこう。
ゴゴゴゴゴゴ。
無事に扉は開く。
力の配分も正解だった。
「ふぅううううううっ」
いける、このままいけるぞ。
とにかく聖剣を抜いたら即離脱だ。
通路を進み部屋へと出る。
そこには台座に刺さった聖剣が……
「ない!ないないない!聖剣が無い!」
神殿へ入った僕は、台座にあるはずの聖剣が無い事に気が付き狼狽する。
確かにここにあるはずなのだ。
聖武具を所持していた者が死ねば、自動的にここに戻ってくる。
そして、前の所持者の死亡はきっちり記録されている。
だからあるハズなんだ。ここに。
「っつ!?」
やばい、怒りに身を任せた事で力みやすくなった。
これでは九割の力がお尻に持って行かれる。
油断すると出てしまいそうだ。
耐えろ。勇者である僕が漏らす訳にはいかない。
とにかく即離脱だ!あと少しだけ耐えればこの苦しみから解放される……
……の……筈だったが、足がもつれて倒れそうになった僕をネイが支えたが、その時にネイが僕のお腹を押してしまい……
「あ……」
聖剣は抜けなかったが大量の何かが抜け出ていった。
この瞬間だけは最高に気持ちが良い。
頭が真っ白になる。
ああああああああああああ。
フラウperspective
やって来ましたバルセイユ。
この国で、セインに遭わずにセインの事を調査すると言う……私も何を言っているのか解らない事をします。
で……
「いいかノノ!此処で聞いた事をちゃんと正しく受け止め、正しい判断の上で現実を受け入れるんだぞ!」
「セツナさんこそ!ツキツバさんやセツナさんが|白ノ牙の仲間入りする事が―――」
「それが最悪の事態だって言ってるの!ノノ!アンタは本当に―――」
「本当なら、こんな時間すらまったくの無駄なんだから、さっさと|白ノ牙と合流して下さい!」
とまぁ……こんな感じでノノとセツナの口喧嘩は平行線のまま終わりが視えません……
勇者セインに妄信するノノもノノだけど、いくら狡賢いヒューマンが相手だからって会ってもいない人物をそこまでぐちゃぐちゃ言えるアンタも大概よセツナ。
で、2人の喧嘩に飽き飽きしているツキツバ様が咳払いをすると、2人はお互いプイっとしながら2人並んでバルセイユに入国していったわ……仲が良いんだか悪いんだか……
ま、兎も角鬼が出るか蛇が出るか。このバルセイユでの情報収集でこの2人の喧嘩が止めば御の字だけどもね。
「それはさておき……私は何時爆裂魔法を撃てるんですか?」
めぐみんさん……アンタもセツナとは別の意味で怖いんですけど!
第22話:どうしてこうなった
セインperspective
ノーザスタルの聖剣すら横取りされた僕達は、早急にバルセイユに戻れと司令が下った。
……くっ!また下げたくない頭を下げ、死ぬほど辛い屈辱を味わえと言うのか!?
まぁ、いくら勇者でも簡単に裏切る様な者は信用されない……戻るしかない……
王は頬杖を突いて重心を傾ける。
「急に呼び出して悪かったな」
こいつが王でなければ踏みつけにして殺していた。かつて殺したギルドのライバル達のように無様に命乞いするのだろうな。
「数日前に『サムライ』なる冒険者がワシの国の民を殺したので捕らえたのだ」
捕らえた!?
あの忌々しいツキツバ・ギンコを!
正に大安吉日!これ程喜ばしい事はあるまい!
「僕にその者達の首を斬れ、という事でしょうか?」
あぁ、楽しみだ……
勇者である僕の行く先々で邪魔をした凶悪大量殺人鬼を、この僕の手で殺せる……
あぁ、楽し―――
「いや、そうではない」
……へ?
「サムライなる冒険者がワシの国の民を殺した事に関して貴公に質問が有るのだ」
「質問……とは……」
まさか……ノーザスタルの聖剣すら横取りされた事すらバレたのか!?
いや……違う!
聖剣を手に入れ損ねただけならわざわざツキツバ・ギンコの名を出す理由が無い!他の理由があるからこそ奴の名が出たんだ!
……どう言う事だ?
「まさかと思うが、勇者の貴公を抱えるワシの顔に泥を塗る様な真似はしておるまいな?」
はあぁー!?
何でだよ!
あの忌々しい凶悪大量殺人鬼のツキツバ・ギンコを捕らえただけなの、何で僕の素行を疑われなきゃいけないんだ!
「身に覚えが無いと言うのか?」
「何を言っているのかさっぱり……」
「衛兵よ、サムライを取り調べた検察官を呼べ」
な……何を言ったんだ……あの凶悪大量殺人鬼は……
検察官perspective
「おや?」
「では取り調べを始める―――」
「某は男です」
チーン
嘘を看破する魔導具がいきなり鳴った。
「……何故性別を詐称した……」
「めぐみん殿が異様な妖術を使いますので、恐らくそれも何かの妖術がかかっておるかと思いましたので」
「……なぜ……そう思う……」
「その鈴、罪人との問答とはあまりに不釣り合いでしたので」
……
魔導具は鳴らない。
……ヤバい……こっちが嘘を看破する魔導具を使って来る事を見抜いている!
完全に相手のペースだ!何としてもペースを取り戻さねば!
「ではまず出身地と冒険者になる前は何をしていたのかを聞こうか」
「某は月鍔ギンコ。日ノ本から来た侍です」
魔導具は鳴らない。
これは事実か……だが!
「日ノ本という名の地名は聞いた事がないな」
「それは……某が異なる世界に迷い込んでしまった……としか言いようがありませぬ」
……
えぇー!?何で鳴らないのぉー!
「……で……この世界に来た目的は?」
「転生寺にある大仏様に某に誉高い討死をさせてくれる強敵を望んでおったのですが、気付けはこの世界におりました」
……
鳴らないぞ。
「その後、ノノ殿と出会い、ノノ殿にマモノの存在を教えられ、ノノ殿に案内された神殿に有った刀を失敬させて頂きました」
……
鳴らないぞおい!
「誰かぁー!鑑定紙をぉー!」
「それよりも、そろそろ本題に入らぬか?」
「本題……とは?」
「某が何故あの者達を斬り捨てたかです。お主はそれを聞きたかったのでは?」
ヤバい……完全に相手のペースだ!
「話は永くなり申すが……どこから話せば良いのか……ま、発端はノノ殿が下したセイン殿への評価とセツナ殿が下したセイン殿への評価が真逆になってしまった事です」
……
鳴らないか。
「で、実際のセイン殿はどの様な人物かを訊き出す為にこの国に来たのですが、ノノ殿がセイン殿の素晴らしさをセツナ殿に説明してくれとその者達に頼んだのです」
……
魔導具は鳴らない。
「そしたら突然ノノ殿がその者達に殴られたのです」
……
鳴らない!これってつまり!
「先に手を出したのはお前が殺した男性の方か!?」
「その事が今回の事に何の意味が有るのです?」
「何でって!……正当防衛が成立するかもしれんのだぞ」
「正当防衛!?某を見縊らんで下され!某はその様なモノに縋る気はござらぬ!」
……
……鳴らない……何なんだこいつは……
「貴様にとってはそうかもしれんが、こっちは死活問題なのだ。だからもう1度訊く、先に手を出したのは……どっちだ?」
「……ノノ殿が殴られたうえに向こうが先に刀を抜いたので、某も刀を抜いた。それでよろしいか?」
……
鳴らない……我々は問い質す相手を間違えたか……
次にツキツバ・ギンコに斬られた者達の内、命に別条がない者を呼び事情聴取する事にした。
「で、あの者達はお前達に勇者セインの称賛を強要した事が、お前達を殺した犯行動機だと主張しているが―――」
「なんだよそれ!?まるで俺達が加害者みたいじゃねぇか!」
チーン
……鳴ったか。
「言い忘れていたが、これは嘘を看破する魔導具だ。つまり、君は動機詐称を行った事になる」
「何で鳴るんだ!?待ってくれ!別に嘘はついてない筈だ!」
チーン
「この魔導具の前でこれ以上余計な事を言えば、お前を偽証罪で訴えるぞ」
「ぐっ……ムカついたんです」
……
鳴らないか。
「で、お前達に勇者セイン称賛を強要したツキツバ達に腹を立てた理由は?」
「そんなの!あいつらが上から目線で―――」
チーン
「あいつらの言葉遣いが―――」
チーン
「……彼女にフラれたからです」
……
ここで鳴らないとは……勇者セイン称賛強要との関連性が解らんな……
「で、ツキツバ達とお前が彼女にフラれた事と何の関係が有るのかな?」
「まったくの無関係です」
チーン
「……セインの糞野郎に彼女を奪われました」
……
鳴らないのか?
と言うか、アイツ泣いてないか?
「よ……よし次だ。勇者セインに恨みは?」
「何で勇者を恨まなきゃいけないんです?魔王軍に苦しめられている人々を助ける為に戦っている―――」
チーン
……今……鳴らなかったか?
「はい。正直そんな感じで勇者セインの称賛を強要されましたが、本音を言えば『いくら勇者様だからって俺の彼女を奪いやがって!ぶっ殺してやりたい!』と思いました」
……
鳴らない……つまり、ツキツバ・ギンコの正当防衛は成立か?
セインperspective
あの負け犬共ぉーーーーー!
つまり、ツキツバに殺された連中が僕を正しく評価してちゃんと称賛していれば防げた殺人事件だと言うのか?
ふざけるな!
「許可無く動くな!」
立ち上がろうとしたところで、王を警護する騎士達が剣に手を添えた。
すぐさま元の状態へと戻る。
危うく検察官の胸ぐらを掴んで問い詰めるとこだった。
寝取られた恨み?
馬鹿な。女なんていくらでもいる、さっさと次を作ればいいじゃないか。
そうか、女を理由にして僕に嫉妬しているんだな。
恵まれた僕が羨ましいんだろ。
「今1度訊く、勇者の貴公を抱えるワシの顔に泥を塗る様な真似はしておるまいな?」
「ございません。事実無根です」
「まぁよい。勇者と言えど貴公はまだ成長過程だ。今回の事は大目に見てやろう」
「ああっ!深き御心に感謝いたします!」
内心で自身の気持ちの悪さに吐き気がする。
「挽回のチャンスを2つ与えてやろう」
「ぜひ!」
「先ずは聖剣の換わる武器について提案がある」
え……
ちょっと待て!グリジットの王都で行われる円卓会議に聖剣を手に入れる前に参加しろと言うのか!?
「陛下、どうかチャンスを」
「今からオーサムからグリジットを目指す心算か?」
オーサム……ここから遥か北の果ての国の事か。
それだけ解れば―――
「これは余が手に入れたドワーフ作のルビーソードだ。実に美しいだろう。だが、随分と金を使ってしまった」
王が衛兵に持って来させた剣身がルビーで出来た剣を見せびらかすが、僕にとってはどうでもいい。
どうせ勇者である僕は聖剣を手に入れるんだ。
それに、あんな樽の様なモグラ人間なんて興味無い。寧ろ、全てが容姿端麗と称されるエルフの方に興味がある。
「余はドワーフ製の名器を|無料で手に入れたい。そこで貴公には、グリジットの洞窟に暮らすドワーフの里に往って貰う事にした」
「僕に捕まえてきてもらいたい、ということでしょうか?」
国王は返事はせず笑みを浮かべるだけだ。
明言はしない。
言葉にせずとも意味は分かるだろう、そう意思が伝わった。
ドワーフの奴隷……全く興味無い……
「そして、2つ目は魔王軍幹部であるベルディアを討つ事だ。これを機に貴公には、魔王討伐の旅に出て貰う事となる。やってくれるな?」
「はっ!必ずや果たして見せます!」
「よろしい。次に会う時はグリジットの王都で行われる各国の会議だ。それまでにドワーフと勇者らしい手柄を用意しておけ」
国王に「下がれ」と指示を受け一礼する。
僕は颯爽と謁見の間を退室した。
第23話:勇者の計算外その5
セインperspective
『円卓会議』
ヒューマンを主とする各国の代表者が集まり話し合う場。
古くからこの場にて勇者が紹介され、名前と顔を覚えてもらう。
さらに魔王討伐への助力要請も行われるため、非常に重要な会議と位置づけられている。
そんな大事な会議に聖剣無しで出席する訳にはいかない。
だが、確かに普通の方法では北の果ての国であるオーサムに行ってからでは間に合わない。
そこで移動時間を短縮する為に、フェアリーに協力を仰ごうと考えたのだ。
かつての勇者達はフェアリーに『妖精の粉』をもらい、空を飛んで移動したという伝説がある。
ならば僕もそれを手に入れるべきなのではと思い至ったのだ。
我ながら大分寄り道が過ぎるが、飛躍的に移動速度が上がるなら許容範囲。
フェアリーも僕を見ればすぐにでもひれ伏すことだろう。
なにせ僕は勇者。いずれ伝説になる存在だ。
ん?ドワーフ?何それ?美味しいの?
フェアリーの里へ向かう道中、幾度となくツキツバ・ギンコの噂を耳にした。
『聖剣を3本も持っている』
『武装したオークの軍団を剣1本で一瞬で粉々にした』
『トレントやバジリスクを苦も無く真っ二つにした』
『たった一振りでグレムリン4体を倒した』
『獣人用弓矢を楽々と完璧に使いこなした』
『120キロの斧を振り回した』
『フェアリーを連れている』
『ツキツバは異世界から来た女勇者』
『バルセイユに偽物がいるらしい』
内容に僕の中のなにかが切れそうだった。
だが、それら全てをあえて無視する。
どうせ尾ひれが付いた噂話だ。
それに本物は僕なのだから、いずれどちらが間違っていたかはっきりする。
今までの僕は功を焦りすぎていた気がする。
勇者であることに囚われ余裕をなくしていた。
これでは失敗して当然だ。
さぁ、里へ行くぞ。
「やめ、あげっ!ぼくはゆうしゃ、あぎゃ!止めろと言っている!殺すぞお前ら!」
「偉大なる種族を捕らえに来たバルセイユの手下め!早く失せろ!」
「ぺっ!帰れ帰れ!」
真上をぶんぶんフェアリーが飛んでいる。
どいつもこいつもガラが悪く、近づいてくる度に唾を吐きかけるのだ。
おまけに見た目と違ってかなり強い。
すでに他の3人は気絶させられダウン状態。
我が身を守るので精一杯だ。
「くそっ!あんな女運が無い不細工負け犬共と一緒にするな!殺すぞ!」
「はははっ!やれるものならやってみろヒューマン!」
「僕は勇者だ!協力しろ!」
「愚かなヒューマン♪心の汚れたヒューマン♪たまたま勇者になれたヒューマーン♪」
「唄うな!耳障りだ!」
僕は愚かじゃない。
僕は正義そのもの。
僕はなるべくして勇者になった。
お前らの言っていることはでたらめだ―――
《警告:魔眼所有者よりもレベルが上である為、効果を及ぼせません》
え?
僕はいつ誘惑の魔眼を使用した?
と言うか効かない!?
んだとっ!?またなのか!
「皆の者、そのくらいにしたらどうじゃ」
「長!」
「勇者よ。帰るがいい。ここはお前の来る場所ではない」
「ふざけるな!僕に妖精の粉を渡せ!」
老人は「愚かじゃな」などと首を横に振る。
直後に、フェアリー達が石を投げ始めた。
奴らは「帰れ」を連呼する。
苛立ちが頭の血管を破裂させそうだった。
皆殺しにしてやりたいが、動きが速すぎてそれもできない。
このままではただのサンドバッグだ。
仕方がない、ここは撤退する。
「起きろ!退くぞ!」
「うっ!?セイン!?」
3人を蹴って起こす。
攻撃は止んだが帰れの大合唱は続く。
僕が何をしたって言うんだ!?
あー、イライラが止まらない!
ノノ・メイタperspective
僕達は……勇者セイン様が率いる|白ノ牙の称賛の声を聴きにバルセイユに行った筈なのに、ツキツバさんが勇者セイン様の名前を聞いただけで怒って僕達を襲ってきた男性達を殺してしまい……
「申し訳ありませぬ。某達を匿ってくれて」
「いやいや。偉大なる種族のお力になれて光栄ですじゃ」
取り敢えずは正当防衛と視なされて仮釈放となったのですが、バルセイユの機嫌が変わる前に逃げようと言う事で、フラウさんの案内でフェアリーの隠れ里に逃げ込む事になったのです……
うっ……ううっ……
何で……
僕はただ、みんなで勇者セイン様の素晴らしさを理解しようとしないセツナさんを説得しようと言ったのに……
どうしてこうなった。
僕が想定外の展開に泣き崩れていると、結界の外で警備していたフラウさんが戻って来た……
「ただいまー」
「フラウさん、外の方はどうでしたか?」
だが、フラウさんの口からまた想定外の言葉が出た。
「あれは辞めた方が良いわ。あいつは勇者じゃないわ」
え?
何でフラウさんがセイン様反対派に回ったの?
「でも、勇者に選ばれたのはセイン様でしょ?」
「そこが解んないのよ。アイツを勇者に選んだ王や神々は人を見る目が節穴なのかしら?」
それを聞いたセツナさんがドヤ顔で言い放った。
「これで解ったろフラウ!あのウンコセインにツキツバやノノの力が渡る事態がどれだけ最凶最悪かが」
僕が必死に釈明する前に、フラウさんがとんでもない事を言ってしまいました。
「そうね。偉大なる種族であるツキツバ様とは雲泥の差だったわ」
何で!?
「でも!魔王を斃せるのは勇者であるセイン様だけなんだよ!」
フラウさんは何故か首を横に振った。
「いるわよ。魔王と戦うべき存在が」
「だーかーら!それが―――」
セツナさんが僕の説得を遮った。
「ツキツバ・ギンコ、お前だよ」
何の関係も無い話で何の前触れも無く指名されたツキツバさんがキョトンとしていた。
「……某?」
「何で!?ツキツバさんは寧ろ勇者セイン様が率いる|白ノ牙と魔王軍との戦いに巻き込まれた被害者なんだよ!その被害者に―――」
僕はセツナさんにビンタされた。
「目を覚ませ!何故ツキツバがこの世界にいるのか考えた事はあるか!?」
「ツキツバさんがこの世界にいる理由……」
今度はセツナさんが僕を説得しようとする。
「ツキツバ!お前は確か『テンショウジのダイブツにお祈りをしていたらノノが暮らしていた村に飛ばされた』と言っていたな!?」
「……そうですが、それが何か?」
「それってつまり、テンショウジのダイブツがウンコセインを見限ってツキツバ・ギンコに鞍替えした。そうは思わんか」
「でも、ツキツバさんは勇者じゃないし―――」
けど、当のツキツバさんが僕の肩を叩きました。
「ノノ殿、じゃま……」
……怖い……
「被害者?馬鹿を言ってはなりませぬ。そんな|魂が濡れる話を聴かされて、据え膳食わぬは侍の恥!仏様は言っておられる……人と魔の争うこの合戦場で存分に戦い、侍として死に遂げよと言っておられる!是非も無し!」
ちょ……なんであんたが答えてるんすかー!
更にセツナさんは畳みかける様にめぐみんさんを見た。
「それに、魔王に爆裂魔法をぶち込めば、アークウィザードとしての箔も爆上がりだと思うぞ!」
それを聞いためぐみんさんの目が輝いた。
「爆裂魔法!?望むところです!」
なんか勝手に盛り上がってるし!
おお……おおお……落ち着け。お……落ち……落ち着くんだ僕。ここここ……ここは冷静に2人に上手くお断りさせて、勇者セイン様が率いる|白ノ牙の仲間入りさせないと!
「あ……あのですねツキツバさん。申し上げにくいんですが―――」
「やりますぞ!ノノ殿」
「あっ……はい……頑張りましょうね……」
ど……どうしてこんな事に……
あぁー……この世界の運命が適当に決められて逝く……
セインperspective
僕は追い詰められていた。
あれから幾度もフェアリーの里へと向かったが、その後は話すらさせてもらえず、矢が飛んでくるだけ。
奴らは本気で僕を殺そうとしていた。
勇者であるこの僕をだ。
これ以上フェアリーに、時間を割くのは得策ではないと判断した僕は、馬を購入して急ぎオーサムに向かう。
ドワーフ?
そんなの知るか!そんな暇無いわ!
しかし、僕の行く手をゾンビの群れが阻んだ。
時間が無いって時にぃー!
「オーサムにある聖武具を狙っている冒険家グループがいると聴いていたが……お前達が噂に聞く『サムライ』か?」
首無し馬に乗って自分の頭を小脇に抱えた甲冑騎士が僕に質問するが……
何故そこでサムライが出て来る!?
万死に値するわ!死にぞこないのクソゾンビ共ぉーーーーー!
「全員戦闘態勢!あの男をやる!」
「分かったわ!フレイムブロー!」
リサの炎魔法が敵の集団を直撃する。
あの甲冑騎士も炎に包まれた。
だが、この程度で死にはしないだろう。
すかさず走り出し剣を振るう。
甲高い音と共に刃が何かに防がれた。
「俺はつい先日この近くの城に越してきた魔王軍の幹部の者だが……本当にその程度の理由で引っ越しさせられたのか?」
「無傷……だと……?」
炎が吹き飛び甲冑騎士が現れた。
僕の剣は容易に手甲で阻まれていた。
リサの魔法を喰らって無傷なんて、こいつ……ヤバい。
鑑定スキルで確認すればレベルは205。
噂に聞く死霊魔法か。
死体を操り従わせる忌み嫌われた魔法。
おまけに背中が凍りつく感覚があった。
おそらく戦闘技術でも僕を遙かに上回っている。
なんだこいつ、どうしてこんなところにこんな奴が。
男は僕を見て目を細める。
「貴様、もしかして新しく選ばれた勇者か?」
「だ、だったらどうする!」
「勇者よ、1つ訊いて良いか?我らが同胞、魔王様の配下を殺したサムライはどこにいる?」
「知りません」
僕の剣は拮抗することもなくあっさりと弾かれ、がら空きの眉間に激烈な右手の中指のデコピンがめり込んだ。
たったそれだけの他愛もない攻撃で、僕の体が派手に吹っ飛んだ。
地面を何度もバウンドし、その度に体が叩きつけられる。
「おぶっ、へぶっ、ごぶっ」
吐き出すのは粘度の高い唾液。
これほどのダメージを受けたのは生まれて初めてだ。
「弱い……本当に知らぬ様だな?」
「やめてくれ……ころさないで……」
「……質問を変えよう。貴様レベルはいくつだ」
「63です」
「……まぁいい。俺はお前ら雑魚にちょっかいかけにこの地に来た訳ではない。俺が幹部だと知っていて喧嘩を売っているなら堂々と城に攻めてくるがいい!その気が無いないなら街で震えてるがいい!」
男の背後に控えていたゾンビがゲラゲラ笑う。
僕はかつてないほど屈辱を受けていた。
205だって知っていれば戦わなかったさ。
笑うな、僕を笑うな。殺すぞお前ら。
「セイン、今助けるから!」
リサの炎魔法が男の腹部に直撃する。
すぐさま僕は後方へと下がり、入れ替わりにネイが空中右ストレートをたたき込んだ。
だが、男は微動だにせず拳を甲冑で平然と受け止めている。
「まだまだ!」
ネイは体をひねり太い首に空中回し蹴りを喰らわせた。
けれど男の体は岩のように重く動かない。
ちょうどいい、ネイにはこのまま戦ってもらおう。
「ネイ!そいつをここで足止めしろ!」
「ちょ、セイン!?ネイを捨てる気なの!?」
「助けてあげてください!彼女は私達の大切な仲間なのですよ!」
「お前らは僕がこんなところで死んでもいいのか!勇者だぞ!僕は魔王を倒し世界を救う選ばれし勇者なんだ!」
リサもソアラも黙り込む。
当然の反応だ。僕の言っていることは正論なのだから。
お前らと僕とでは命の重みが違う。
お前らは死んでもいいが、僕だけはどうやっても生き延びなければならないんだ。
「逃げてくれ!ここはアタシが引き受ける!」
「当然だ。お前はそこそこ顔も体も良かったが、もう飽きたよ、ここで僕の為にしっかり死んでくれ」
「セイ、ン?」
僕は2人を連れて離脱する。
くそっ、こんなところで駒を失うなんて想定外だ。
あいつはいずれ捨てるつもりだったが、それは新しい駒を見つけてからだったんだ。
いいさ、次はもっと抱き心地が良くて強い女を僕の物にしてやる。
その為にはレベルを上げなければ。
できれば他人の女が良いな。
人のものを奪うのは最高の快感だ。
「貴様らには仲間の死に報いようという気概は無かったのか!?この人でなし共がぁー!」
男の怒号が聞こえた。
「うううっ、ネイ……」
「なんてことを。仲間を見捨てるなんて」
「尊い犠牲さ。落ち込むことはない」
それよりも国王の依頼を達成できなかったことの方が問題だ。
待てよ……本当に問題か?
違うな、これはレベル205の敵がいることを教えなかった国の責任だ。
むしろ僕は被害者だ。
危うく死ぬところだったんだぞ。
おまけに仲間も1人失ってしまった。
責められるべきは国であり国王だ。僕じゃない。
月鍔ギンコperspective
「と言う訳で、魔王と合戦しに往きます!」
とは言ったモノの……しかし、魔王とはどの様な人物なのか?
力強いマモノ達を従える器量。
思慮深く野心に満ちた大大名の如き御仁であろう。
む?
と言う事は……
戦場なら兎も角、平時に某の様な一介の侍が立ち合いを望んでも……身分が違い過ぎてお相手して貰えぬのでは?
「うおぉー!そ、そんな情けない話は無い!門前払いなど侍の恥!」
「……何を騒いでいる?」
あっ。
「いやすまぬ。もしも魔王に相手されなかったら思うと―――」
「それは無いだろう。だって魔王軍の幹部を3人も葬ってるし、聖剣も3本あるし―――」
「どの道門前払いされるのは当然でしょ。僕達は勇者セイン様が率いる|白ノ牙じゃないんだから」
「だーかーら!お前の力がウンコセインの手に渡ったら取り返しがつかない事になるって何度言ったら解るんだ!」
……またノノ殿とセツナ殿が喧嘩を始めてしまいました。
果たして……某達は魔王と合戦できるのでしょうか……
第24話:憧れと現実
セツナperspective
ウンコセインより早く魔王を斃す事にしたのだけど……
「して、その魔王とは何処に?」
ですよねぇー……ツキツバの言う通りです。
「僕達の向かう先は決まっています!グリジットです!」
ノノの奴が張り切って言ったけど、なんか嫌な予感がするわね……
「何言ってるの?グリジットにはヒューマン達が開催する円卓会議があるだけで、魔王に直接―――」
「待てよ……なるほど!ノノ殿そう言う事ですか!?」
どう言う事?て言うか、ノノの奴はアンタとウンコセインを遭わせる為にグリジットに向かうって言うのよ!
「円卓会議と言う事は、マモノにとっては敵陣営。この拠点を墜とせばマモノにとってはとても有利!と言う事ですな?」
ツキツバさん……時々怖い事を言いますな。
「グリジットは駄目よ!」
「何でですか!」
「円卓会議と言えば、魔王対策を話し合う場よ。と言う事は―――」
「だから僕達は急ぎグリジットに向かわないといけないんです!」
「そんな事をしたら主様があの似非勇者に出遭っちゃうでしょ!そんな事も解んないの!」
今度はノノとフラウが喧嘩を始めた……
……本当にあのウンコセインは私達にとっては厄災だわ。
誰が助けて……
「私はオーサムを希望します」
めぐみんまでノノの言い分に反対する。
「めぐみんさん、僕達は至急グリジットに向かわなきゃ往けないんですよ」
ノノ……目が怖い……
「ですが、このグループのリーダーはツキツバ・ギンコであり、そのツキツバが魔王に逢いたがっている……つまりその切っ掛けが必要となります」
お?……これはひょっとして助け舟か?
「そう言う意味でもグリジットでしょ。勇者セイン様が向かうのですから魔王に逢いたがってる僕達も勇者セイン様が率いる|白ノ牙と足並みをそろえるのは―――」
「アンタはアホなの!?そんな事をしたら主様があの似非勇者に出遭っちゃうでしょ!」
「お静かに!めぐみん殿の言い分が聞こえませぬ!」
ツキツバの一喝でノノとフラウの喧嘩が停まる。
うん。やはりこのグループのリーダーはツキツバだわ。
「で、めぐみん殿は何ゆえにオーサムを目指すのですかな?」
「実はな……オーサムに向かう街道の近くに在る廃城に魔王軍の幹部が引っ越して来たらしいのだ」
……前言撤回……
「めぐみん……お前はその廃城に爆裂魔法を打ち込みたいだけだろ!」
「確かに、私は爆裂魔法を撃つ為にアークウィザードになりましたー。ですが―――」
バカ!其処は今は隠せよ!
「はい却下。急いでグリジットに向かうべきだ!」
言うと思った……今のノノならそう言うと……
「その魔王軍幹部が大量のゾンビを率いて通せんぼをしていると言うのです」
「で、そのゾンビの群れに爆裂魔法を打ち込むと?」
「はい♪」
「はい却下―――」
「待った!」
「ツキツバさん!?」
「めぐみん殿、その魔王の家老がこの近くの廃城に移り住んだと言うのは本当か?」
めぐみんがキョトンとしながら答える。
「は……はい……そうです」
「ならば!その敵家老に問い質す方が早い!行き先はオーサム近くの廃城にしましょう!」
「でも!グリジットには―――」
「ではノノ殿、そのセイン殿は魔王の居場所を知っていると?」
「う……そ……それはぁ……」
うん!やっぱりこのグループのリーダーはやっぱツキツバだわ!
月鍔ギンコperspective
こうして、某達はとある廃城に到着したのです。
「では早速」
「めぐみん殿、それは流石に反則が過ぎるのでは?」
其処へ、1人の男性が馬に乗ってやって来てめぐみん殿を叱りに来た様ですが……
「そんな所で何をしている?」
この者!?
首を斬られても死なんのか……
「ん?抜くか?つまりこの俺の挑むと言う事だな?」
お?
某の手が何時の間に柄に?
この者、そこまでの相手か?それとも、この男が首を斬られても死なぬ事に驚いての事なのか?
と言ってる間にセツナ殿も戦う準備をしておりました。
「こいつ、デュラハンだ!」
「でゅらはん?」
某がセツナ殿と会話している間にめぐみん殿が前に躍り出ました。
「我が名はめぐみん!アークウィザードを生業とし、最強の攻撃魔法〈爆裂魔法〉を操りし者!」
「ん?最強?」
めぐみん殿の名乗りを聴いて何かを感じたでゅらはんが何か考え込んでいる様です。
「質問を変えよう。お前達が噂に聞く『サムライ』か?」
某を探していた!?
つまり、この者はでるべんぶろの仲間か!?
……この街道には幸い某達以外は誰もいない……なら!
「某は月鍔ギンコ!侍です!」
「ベルディアだ。魔王様の命により、貴様等を葬りに来た。アンデッドナイト!この連中に地獄を見せてやるがいい!」
「それはありがたい!丁度魔王に戦いを挑みたいところでした」
とは言ったモノの、先ずはこの者達を倒さねばあの者とは戦えず、あの者を倒さねば魔王とは戦えずと言ったところでしょう。
「ツキツバ……先ずはこいつらを蹴散らすぞ!」
「何という絶好のシチュエーション!感謝します、深く感謝しますよツキツバ!」
「いいぜめぐみん!遠慮無くぶちかましたれ!」
セツナ殿もめぐみん殿も戦う気満々です!
「黒より黒く、闇より暗き漆黒に。我が深紅の金光を望み給う。覚醒の時来たれり、無謬の境界に落ちし理。無業の歪みとなりて、現出せよ!踊れ、踊れ、踊れ!我が力の奔流に臨むは崩壊なり!並ぶものなき崩壊なり!万象等しく灰燼に帰し、深淵より来たれ!これが人類最大の威力の攻撃手段!これこそが究極の攻撃魔法!|爆裂魔法!」
べるでぃあの配下がめぐみんの妖術であっという間に消し飛んでしまいました。
「凄く……気持ち良かったです……」
「あぁ!観てるこっちもな!」
セツナ殿は喜んでおりますが、その程度の者が暗殺と言う大事な責務を与えられるであろうか……
「クハハハハ!面白い。この俺自ら貴様らの相手をしてやろう」
すると、べるでぃあは手にしていた生首を突然真上に放り投げました。
すると、まるで最初からセツナ殿とフラウ殿がどんな攻撃をするのかを知ってるかの様に剣を振ってセツナ殿とフラウ殿を追い払いました。
「……その生首、それがそなたの目の役割を果たしている様ですな?」
「そう言う貴様こそなかなかやるな?あのヘタレ勇者とは大違いだ」
べるでぃあのその言葉にノノ殿が蒼褪めました。
「え……勇者セイン様が……敗けた……」
ですが、べるでぃあはそんなノノ殿を嘲笑う様にセイン殿の罵詈雑言を吐き続けました。
「勇者?未だに此処に戻って来ぬ人でなし共がか?」
「大体想像出来るが、何でウンコセインを人でなしと呼んでんだ?」
「決まっている。仲間を見捨てたからだ」
ノノ殿がべるでぃあの言い分を必死に否定しますが、当のべるでぃあはセイン殿の侮辱を止めません。
「そうは言っても、その全てが貴様らより劣っていたぞ?魔法はそこの頭のおかしい紅魔の娘の方が明らかに強力だったし、剣の重さもそこの変な服を着た娘の方が明らかに重かったぞ?」
「某がセイン殿より強い?」
「それにこの俺が真に頭にきている事は他にある」
「何です?」
「あのヘタレ勇者共は、俺に捕まった仲間を助けようと言う気概は無かったのか!?」
べるでぃあがセイン殿をこき下ろす度にノノ殿の顔がみるみる青くなっていきます……
「そんな筈は無い!勇者セイン様が仲間を見捨てて逃げたと言うのか!?」
ノノ殿は「違う」と言って欲しかったと思いますが、べるでぃあが冷酷に言い放った現実は……非情に残酷でした……
「……そうだ。疑うのであれば、あそこにある城に往ってみろ。そこにあのヘタレ―――」
某はべるでぃあの腹に飛び蹴りを見舞いました。
「う"ぷ!?今のは……剣閃はおろか体のこなしすら見えなかった!」
そんな事はどうでもいいです。問題なのは、
「何で殺してやらなんだ!」
「何?」
「セイン殿の仲間も戦死ならば、敵に捕虜にされ生き恥を晒すより、潔い討ち死にを望んでいる筈です……それを貴様は……」
「……本気度と度胸もあのヘタレ勇者とは別格か……」
その前に某がやるべき事は、セツナ殿への指示です。
「セツナ殿!その囚われの者の許へ疾く!」
だが、セツナ殿はでるべんぶろの事もあってか直ぐには動きません。
「ツキツバ!何を言ってんだ!?」
「敵は最早1人。数で勝は武士の恥です」
「待て待て!この前のデルベンブロの時もそう言って結局長期戦になっちまったじゃねぇか!」
その間に、べるでぃあが生首を上に投げ、上から某の動きを見ようとしている様です。
「油断だな。おしゃべりが過ぎた様だ?」
だが!
某は咄嗟にべるでぃあの突きを躱してその剣を下へと払い流しました。
「加勢は無用!」
そして、セツナ殿達がようやく動きました。
「解った!そいつはツキツバに任せた」
セツナperspective
ベルディアの言う通り……廃城の地下牢に1人のヒューマンが放り込まれていた。
間違いない……これがウンコセインの仲間の……
沸々と怒りがわき上がる。
セインはどこへ行った?
なぜ仲間を1人だけで戦わせた?
どうして助けに来ない?
お前はこいつを従えてた勇者じゃないのか?
セインとは、何様だ?
セインは誰だ。セインは何だ。大義とは何だ。未来とは何だ。ベルディアのせいなのか。こいつのせいなのか。どうして、なぜ、何の為に、何を成して、何を思って、何の権利が有って、何様の心算で、何故こいつが傷付いて、何故セインは逃げ切って、何故セインが生きている。何かが間違ってる。何もかもが歪んでいる。何が、何が、何が、何が。
頭は冴えるが腹の底では怒りが煮えたぎっていた。
ウンコセインをこいつの受けた痛みだけボコボコにしてから殺したかったが、すぐに手当てをしなければ不味い。
「おい!しっかりしろ!おい!」
「あ……セイ、ン……」
「こんな時までウンコセインの事かよ!しっかりしろ!」
ダメだ、意識が朦朧としていて危険な状態だ。
私は無理矢理ハイポーションをなんとか飲ませた。
ハイポーションは非常に優れた回復薬だ。
部位欠損は治せないが、骨折や内臓破裂くらいなら瞬時に修復してくれる。
ただし、あくまでも強引に元の形に戻すだけで、1度傷ついた箇所はダメージが残っていて傷が開きやすい。
どこか寝かせられる場所へ運び込まないと。
……その間、ノノの奴は何も出来なかった……
恐らく、ウンコセインの本性を見せられてどうして良いのか解らなくなったのだろう……
……もし今ウンコセインに出遭ったら、私は躊躇無くウンコセインを殺すだ―――
「これを使って!」
フラウが私に何かを投げ渡す。
「妖精の粉よ!それがあれはしばらくは飛行状態になる筈よ!」
つまり、さっさと空を飛んでさっさと病院を見つけろと?
……取り敢えず、ウンコセインへの恨みは後回しにする。
ベルディアと1人で戦っているツキツバの事も気になるが、先ずはウンコセインに見捨てられて重傷を負ったこいつからだ!
おことわり
最近、急に書きたい作品が複数浮かびましたので、しばらくはそちらの執筆に集中し、本作の連載ペースを大幅に減衰させる事にしました。
真に勝手ながらご了承いただければ幸いです。
今後について
大変お待たせいたしまして申し訳ございません。
第24話の後書き通り、『豊臣秀吉が異世界で無双系姫騎士やるってよ〜天才が馬鹿に操られながら秀才と戦ったら可笑しな事になった〜』(https://slib.net/122975)や『ポケットモンスター対RPG』(https://slib.net/123012)の連載によって掲載が滞っておりましたが、7月から隔週刊として掲載を再開しようかと思います。
第25話のの掲載は2024年(令和6年)7月2日(火曜日)を予定しております。
大変ご迷惑をおかけしておりますが、今後ともごひいきにして頂ける事を、よろしくお願い申し上げます。
第25話:夢の終焉……
セツナperspective
ベルディアと1人で戦っているツキツバの事も気になるが、ウンコセインに捨てられたこの女を置き去りにする事も出来ず……
「ここは……」
「!?」
女は漸く目が覚めた様だ。
「病院だ。お前達ヒューマン用のな」
「そっか、アタシ捨てられたんだっけ」
「ウンコセインにか?」
「そう、あのデカいのに負けそうだったから、アタシが足止めにされたんだよ。そのまま死ねとか言われてさ」
ぶん殴りてー!1発殴らせろ!
私の隣で必死に耳を塞ぐノノの姿を魅せてやりたい!
正に……既に終わった夢に必死にしがみ付く哀れな敗北者の姿だった。
私の表情を見た女は困惑していた。
「なんでそんな顔するんだよ。仲間なら捨て石になるくらい当然だろ。そりゃあセインに捨てられたのはショックだったけど、生きてるならまた合流できるじゃん」
「あんた……何でそこまで―――」
その時、この女を診察した医者が静かに呼び出された。
「ちょっとよろしいですか?」
なんだ?
それって……
「ちょっと失礼」
私は退席して医者の許へ。
雰囲気から内緒の話だと思う。あの女に聞かせられない内容なのだろうか。
「これからお伝えする事を冷静に、落ち着いて聞いてください」
「なんだよそれ……はっきり言ってくれ!」
なんだよそれ……まだ何か有るって言うのか!?
「例の患者……洗脳状態にあります」
「洗脳!」
「ステータスに状態異常が出ているんです。魔法か薬品で強制的に思考を誘導している可能性があります」
そこまで堕ちたかウンコセイン!
「そう……ですか」
ノノ……わりぃ!
生き方は決めた。後は自分に出来る事を精いっぱいやるさ。
ノノ・メイタperspective
「は?」
何言ってんだこの人は。
「何度も言わせるな。ウンコセインがあの女を洗脳し―――」
「聴こえてますよ!だから『はっ?』っ|言ったんだ!」
「ベルディアはウンコセインと一戦交えてからツキツバと戦っている。つまりベルディアの―――」
「あんな見え透いた嘘を信じるのか!嘘だと誰でも直ぐに解る嘘を!」
「気持ちは解るが、もうこれ以上叶わぬ夢がお前を―――」
「んな訳|無ぇだろ!」
本当に何を言っているんだこの人は!
「セツナ、お前は大事な事を完全に忘れてる」
「残念だが、お前が今から言おうとしている説明こそが叶わぬ―――」
「セイン様は勇者様だぞ!そんな簡単な事を忘れたと言うのか?もう脳が焼き切れたか!セツナ!」
何でテメェが困惑しながら頭を抱えてるんだよ?
今日ほど僕のレベルの上限が3しかない事を恨む。
そうでなければ、僕は既にセツナのアホを……殺していただろう。
セツナのアホが溜息を吐きながら僕の手を引っ張ろうとした。
「付いて来い!私はあの女に―――」
「もう貴様には騙されないぞ!」
何でテメェが溜息を吐いてんだよ!クソセツナ!
「そんな誰にでも直ぐバレる嘘をせこせこ言い続けても、意味|無ぇっ|言んだよ!」
「意味は在る。意義もね。大義ですらある」
そこまでアホでバカに|堕ったか!クソセツナ!
「今からやろうとしている事こそが、魔王を喜ばすだけのふざけた行為だ!」
「なら、ツキツバに魔王を倒させれば良い。ツキツバは誇り高い戦死を欲しがってるんだ。訳を話せば、喜んで魔王と戦ってくれるさ」
もう駄目だった……
セツナは既に終わった……
魔王の手下が言った嘘に完全に騙されて―――
「すまぬ。遅くなった」
そんな最悪なタイミングで、ツキツバさんとめぐみんさんが戻って来た。
「倒したのか?ベルディアを?」
「一太刀で死なぬ相手ならば、なますにすれば良い。これが魔物との合戦ですな!?」
「……なます?」
は!
いけない!
このままだと、ツキツバさんがクソセツナの嘘に騙される!
「騙されるなぁー!」
「……ん?」
「そこの馬鹿女は、魔王軍が吐いたバレバレな嘘に完全に飲み込まれているぅー!」
「……は?」
『は?』じゃねぇよ!
早くそこのクソセツナから離れろよ!
月鍔ギンコperspective
べるでぃあの体をなますにし、残った生首に死に化粧を施した某は、フラウ殿の案内でノノ殿がいる町にやって来たのですが……
「何故、セツナ殿とノノ殿が仲違いを?」
いや……仲違いなどと言う生易しいものではありませぬ。
このままでは、ノノ殿がセツナ殿を!
某は、雰囲気からしてセツナ殿に問題が有ると判断しました。
が、
「そいつに話しかけるな!信じてはいけない嘘に飲み込まれるぞ!」
ノノ殿があまりにもしつこ過ぎるので、なかなかセツナ殿を問い詰める事が出来ません。
そんな某の困惑を察しためぐみん殿とフラウ殿がノノ殿を連れ出してくれました。
「ここは任せろ」
「大体察しはつくから、ツキツバ様は適当に答え合わせでもしてください」
ノノ殿が……完全に孤立しております(汗)。
「セツナ殿、ノノ殿と何がありもうした?」
「ま、あの時の私もデリカシーが無かったがな」
でりかしーとは何なのでしょうか?
「つまり、このままじゃノノの夢は崩壊する」
「夢が崩壊する!?」
聞き捨てならぬ文言!
大分不穏過ぎる空気が流れておる様ですな。
「それより、患者の洗脳を如何いたしましょうか?」
……何なのです?
何が何だか訳が解りませぬ……
「で、誰が誰に操られていると?」
「いえ、私の鑑定スキルだけでは、犯人の特定は不可能です」
「つまり……操られている者は、ここにいると?」
セツナperspective
「お前はウンコセインに洗脳されている」
「……そっ……か」
意外な反応だった。
てっきり事実を否定されると思っていた。
彼女は苦笑してから悲しそうな色を浮かべる。もしかすると彼女の中でも引っかかっていたのだろうか。
いや、そうあって当然だ。
洗脳状態にあったとしても過去の記憶が消える訳ではない。必ず違和感はある筈だ。
「アタシさ、セインの事が好きなんだ。でもこの感情はどこかおかしくて、思考もどこかおかしくて、おかしい事だらけなんだ。以前は……好きな人を好きでいられた筈なのにさ」
ぽたぽた、彼女の目から滴がこぼれる。滴が落ちた右手には……婚約指輪の様な|汚れ《もの》が嵌められていた。
彼女の姿を見ていると血管が切れそうな気がした。
今日ほど……ノノの奴に出逢うまでレベル上限が7しかなかったかつての私を恨み呪った事は無い。あの時の私は、吐き気がする程の鈍感なクソ野郎だ。
隣にいるツキツバの怒りを感じる。
この女の、戦士としての矜持を!尊厳を!心を!死に方すら汚した!
誇り高い戦死を欲しがってるツキツバが怒るのも無理は無い!
ノノの奴には悪いが……今のツキツバなら、そして今の私なら、躊躇無くあのウンコセインを殺せる!そしてその行為に罪悪感は無い!
「……ノノ殿の夢は、どうなるのですか?」
私は……即答する事が出来ない。
「セイン殿が率いる|白ノ牙の一員となって、セイン殿と共に魔王を倒して……そんなノノ殿の夢はどうなります?」
「それ……訊きます?」
本当なら、「ノノの奴が本物のウンコセインに出遭ったら、その時点でこの女の事がノノの奴にバレる!」と言うべき場面だったが……
……言えなかった。言いたかったのに……
「某……言う程無敵ではなかった様ですな?」
「……どう言う意味だ?」
いや、意味は解っている。
つまり、ツキツバはこの女を見殺しにする程弱いと主張しているのだ。
だとすると、私も弱い事になる。
「これだけ弱い某なら……いずれ必ず誉高い戦死を成し遂げられる筈では?」
「……やめてよ。ツキツバまでいなくなったら、誰がウンコセインからノノの奴を護る?」
ツキツバが咄嗟に聖剣を鞘から抜こうとした。
だがしばらくの静寂ののち……抜かなかった。
「こいつを……お前と戦って死んだ事にする心算か?」
「気付かなきゃ……意味は在りませぬ。こんな夢見心地の者を斬っても、刀の汚れになるだけです」
彼女達の姿を見ていると……血管が切れそうな気がした!
めぐみんperspective
セツナがノノを無理矢理例の女性が入院している部屋に連れ込んだ。
「ふざけるな嘘吐き!もう貴様には騙されないぞ!」
「お前を騙しているのはウンコセインだ!現実を視ろ!」
セツナがノノを無理矢理椅子に座らせると、医者や僧侶達の立ち合いの許、例の女性にある物を無理矢理飲ませた。
「『思考と感情を取り戻せば必ず反動がある。洗脳中の行為が本来の意思と大きく乖離していた場合、精神にのしかかる負担は大きい。場合によっては崩壊の恐れもある』とお伝えした筈でしたが……」
「他に某達の出来る事は?」
「ですが―――」
「ぎゃぁぁあああああああああっ!」
嗚咽の様な悲鳴が部屋中に響き渡る。
間違い無い!
洗脳前の自分と洗脳後の自分が激しく激突しているのだ!
これは……凄い戦いになるぞ!?
「大丈夫か!?」
「ひぃ、ひぎぃいいい!あぐ、うぎぃ!」
「誰か!誰かヒールを!」
「ふぎ、うぎぃいいいい!えひぃ!」
爆裂魔法しか能が無い私には、何も出来ない。
ただ、洗脳前の感情が勝つ事を祈る事しか。
「アタシを見ないでで……こんな汚れたアタシを……」
「大丈夫です!そなたもまた戦場に立つ者!戦う者の誇り、その程度の事では汚れませぬ!」
「ウンコセインに洗脳されていたんだ!お前の意思じゃない!」
セツナとツキツバが必死に女性に声を掛けている……なら!
「貴女はもう直ぐ自由になる!誰の目も気にする事無く!好きな事が出来る!貴女の好きな事が!」
3日が経過した頃、女性はなんとか私とまともに会話が出来るくらいになっていた。ただし、記憶を掘り起こす様な事を言うと、直ぐに謝ってひどく落ち込んでしまう体たらく……
「あんた等は優しいよ」
なんですかその言い方は!?物凄く不安になる!
「こんなアタシを助けようとしてさ。でもその優しさが辛いんだ」
「……気にするな。ウンコセイン被害者の会として当然の事をしたまでだ」
「セツナ、そいつの前ではセインは禁句」
「アタシさ、村に戻ろうかと思ってるんだ」
「冒険者は引退するのか」
「うん。もう心が折れたよ。冒険とか、ときめきとか、人生とかに疲れたんだ。父さんや母さんのいる田舎で静かに暮らしたい」
その途端、ツキツバがどす黒い覚悟を決めた。
「では……その前に某と決闘をして貰えませんか?」
一撃だった。
たった一撃でツキツバは女性を真っ二つにした。
それを観たセツナが歯軋りし、ノノが何かを否定するかの様に耳を塞ぎならがその場で座り込んだ。
でも、誰もツキツバを責めなかった。
こいつは村に戻ると言ってどこかで死ぬつもりだ……そう確信したから、せめて戦士らしく死なせてやろうと言う配慮だと解っていたから。
私は……爆裂魔法が存在する事に物凄く感謝した!
と言うか……早く勇者セインに向けて爆裂魔法を放ちたい!
勇者セインに向けて爆裂魔法を撃ったら、本当に物凄く気持ち良い事だろう!
ああ、楽しみだ!
この時の私は、間違いなく目がハートになっていただろう。
……多分。
月鍔ギンコperspective
何らかの方法でセインに操られていたネイ殿との決闘と介錯を終えた某達は、侍の矜持をまったく知らぬセインを討つべき敵と判断した上で、次の目的地を決める事になりましたが、
「恐らく、今から往ってもぐりじっとの王都で行われる円卓会議には間に合わないでしょう」
「円卓?」
「知らぬと?」
どうやら、フラウ殿もセツナ殿も円卓会議とやらには興味が無い様です。
「某が聞いた話だと、ぐりじっとには全国の大名が一堂に集まって今後の事について話し合う場所が在るとの事です」
「集まる?その『全国のだいみょう』とは『各国の代表者』で良いんだよな?」
なるほど……そこからですか。
やはりここは異世界。
「……ええ。大名とは、国を治める支配する者です」
「つまり、ウンコセインがグリジットに行くかもしれないって……いや、既にグリジットを出たと言う事か?」
セツナ殿は漸く理解してくれた様です。
「そこで、某はこの刀が有るおーさむを目指す事にしました」
「聖剣がオーサムに?」
「とは言え、おーさむは遥か北にあるそうです」
「北国だからな」
「で、ツキツバ様はそのオーサムに行ってどうするのです?」
某がおーさむでする事はただ1つです!
「セインと話がしたい」
無論、話の内容は既に決まっています!
皆が慕う勇者でありながら、何故侍の矜持を踏みにじるのか!
ただ……
「その前に、フラウ殿に頼みがあります」
「ツキツバ様のお役に立てるのであれば、喜んで!」
フラウ殿にそう言われた某は、座り込みながら耳を塞ぐノノ殿をチラッと見ました。
「ノノ殿を……村の者に帰したい」
「!」
「!?」
ノノ殿に関する某の意見に、フラウ殿とめぐみん殿は驚きを隠せませんでしたが、セツナ殿はいたって冷静でした。
「故郷に帰れ!……と、言う事か?」
「乱暴に言えはそうなりますな」
なにせ……某達はノノ殿の夢を壊す為におーさむに向かうのですから……
セインと共に魔王を倒すと言う夢を……
「では逆に訊きますが、この中に、セインを許している者は?」
セツナ殿は拳を握り締め、フラウ殿は悲し気に俯き、めぐみん殿は杖を握り締めておりました。
「おらぬのですな?セインを許す者は」
そう言う某も、ここまで勝つ気は有れど死ぬ覚悟が無い状態で戦地に向かうのは初めてです。
某達を死なせずにセインを討ち取りたいと!
ノノ殿がセインと共に魔王を討ち取りたいと願っている事を解っていながら……
「頼めますか……フラウ殿」
第26話:選択
月鍔ギンコperspective
「ノノを返却しに来た?」
「はい」
「どう言う事だ?あの子は『経験値倍加・全体』を持っとる筈」
「もしかして、この前の鬼退治の事をまだ恩に持っておるのか?」
その様な事を気にする事はございません。
某が勝手に戦っただけの話なのですから。
故に……
「あの時お主が来なければ、この村はお終いだった」
「あれは、借りや恩を作りたくて行った事ではございません。某はただ戦いから戦ったのみです」
「……」
「……」
しばらくの沈黙ののち、村長が重々しく口を開きました。
「ノノを連れて行けない理由は?」
流石は年の功。ノノ殿がこの村に戻った理由に何かを感じた様ですな。
「某はこれから……勇者セイン殿と戦う」
「そうですか……で?」
『で?』が出てくるとは……某の予想とは大違いでした。
「てっきり……ノノ殿の様に勇者セイン殿への攻撃を猛反対するかと思っておりましたが」
ですが、この村の長はそうは思っておらぬ様です。
「ですから、何故ノノを返却しようとしているのかをお尋ねしているのです」
やはりそう言う事か……
流石は年の功。セインめから何かを感じて拒絶しておったのだな?
「……ノノ殿は信じております。勇者セイン殿が魔王を倒してこの世界を救うと。で、ノノ殿はそんなセイン殿を支えたいと願っております」
そこへ、別の殿方がやって来て、
「ツキツバさん、そのセインには近づかない方が身の為です。既にレベル300の貴女様には無用の長物でしょうが」
「この方は?」
「この村1番の鑑定士ですじゃ。この者が貴女の経験値貯蓄と言う寄生虫の様なスキルを治すにはノノの力が必要だと言ったのです」
この世界の鑑定士は人も鑑定するのか?改めてこの世界は某がいた世界とは全く違うのですな。
「して、その鑑定士からの助言とは?」
「そのセインとやら、貴女がこの村を救ったのちにこの村にやって来たのですが、どうも何かを隠している様なのです」
隠している!?
それがあの女戦士の尊厳と生き様を汚した忌まわしき呪いか!?
「そのくそ……んんー!セイン殿が―――」
「無理はなさらない方が良いですぞ。本当はセインに良い印象は持っておらぬのでしょ?」
気取られましたか?流石鑑定士、某も修行不足と言う訳か?
そこへ村の長がセインについて語り始めた。
「それに、この村に来る順番も影響しているのかも知れませんが、セインはこの村に対して何もしませんでした」
某は……某の想いを素直に話しました。
「某は異様な呪いで神聖な戦を汚す不届き者のセインを討ち取りたい!そうせねば!セインに戦士としての尊厳を汚される呪いをかけられ、某に討ち取られたあの女子が浮かばれぬ!」
それを聴いた鑑定士が、某にある可能性について語ってくれました。
「なるほど……それってつまり『洗脳』だね」
「解るのか!?」
「状態異常が出るくらい短期間で洗脳する方法は限られてる。1つ目は禁忌指定されている催眠魔法、2つ目は洗脳薬でこっちも禁忌指定されている、3つ目はスキルの誘惑の魔眼だね」
それらがあの女を長年苦しめていた呪い!神聖な戦を汚す呪いか!?
「魔法と薬はどこの国も取り締まりが厳しいから基本的に使えない。残るは誘惑の魔眼だが、こっちは発現するのは極めて希でね、複数の条件はあるがクリアすると、簡単に異性を支配する事が出来る」
「その……誘惑のマガンと言う妖術を使う所を他の者に見られたら、目撃した者はどうなります?」
「目撃者は急ぎ衛兵の許に駆け込むべきでしょうね。誘惑の魔眼を所有している事が明るみになれば、必ず監獄か処刑でしょう。昔、スキルを持っていた奴が好き放題したことがあって、それ以来所持者は漏れなく重罪人扱いになってる」
某は漸く解りました……
セツナ殿がノノ殿をあの下郎に近付く事を禁じた理由を!
許すまじ!下衆セイン!
セツナperspective
ツキツバがこの私を問い詰めようとしているが、その理由が物凄かった。
「セツナ殿!何故誘惑のマガンの事を教えて下さらなかった!?」
はあぁ!?
誘惑の魔眼だと!?
あのウンコセインめ!そこまで堕ちたか!?
ただ……
「私は知らないよ!私がウンコセインを嫌ったのは、単なる野性の勘の様なものだったんだよ!」
そう……少なくともベルディアの一件が無ければ気付かなかった事だ。
そんな私をツキツバが睨む。
この私が誘惑の魔眼の事を隠していたと言うのか?
そんな危ない物を持ってるって知っていたら……ツキツバが殺したあの女をもっと早く救えた……かも知れない。
「……すまない。某とした事が気が立っていた」
「……あ……ああ。どうも」
……我ながら、何だこの会話?
そこへ、フラウがツキツバに質問する。
「で、ツキツバ様はこのままノノをこの村に置いて行く御心算で?」
が、ツキツバは困った顔をしながら首を横に振った。
「それなのですが、この村の長に1週間待って欲しいと頼まれたのです」
「……説得する気か?ノノを」
……いや……その前にこの村はツキツバの相棒としてノノを選んだ理由だ。
「……まさか……この村はノノのスキルを知っていたのか?」
「それが如何いたしましたか?」
「いや、ノノのスキルを本当に知っている奴が、そう簡単にノノを手放すかなとね」
「それなのですが、この村の長は、どう言う訳か某に恩義を感じておる様で―――」
ツキツバが改めてこの世界に到着してからこの私に出逢うまでの出来事を語った。
そのお陰で、ノノがツキツバの隣にいた理由に辻褄が合った。
「で、その借りを返す為にノノをアンタの許にと言う訳ね」
そして、この村がノノの説得に必死になっている理由も。
だが……
「ですが、恐らくノノ殿への説得は失敗するでしょう」
恐らく、ウンコセインの事だろう。
ノノはこれだけの事をされても……いや、本当に信じているのか?
ウンコセインと共に魔王を倒す。
ベルディアの一件をもってしても、本当にその考えは捻じ曲がらないか……
「ツキツバ、ノノは本当にウンコセインを信用しているのか?」
それに対し、ツキツバは即正論を吐いた。
「それはノノ殿が決める事です」
ですよねぇー。
……頼むぜノノ!自分の人生に恥を掻かせるなよ!
ノノ・メイタperspective
僕には解らなかった……
「ノノよ、お前は何故―――」
村長は怒っていた様だが、今の僕はそんな事はどうでも良かった。
僕はただ、完全に下衆で屑と化したセツナから、魔王討伐と言う気高い使命を持つ勇者セイン様を護るかだ。
「よいかノノ!ツキツバ殿には1週間程待って貰っている!それまでにちゃんとツキツバ殿に謝罪するのだぞ!」
今のツキツバさんを信用して良いのか!?
あの人は屑セツナに騙されて勇者セイン様に刃を向けようとしているんだよ?
勇者セイン様が死んだら、誰が魔王から世界を護るの?
なら……僕のすべき事は、理由も無いのにツキツバさんに謝る事じゃない!
勇者セイン様に逢って全てを話そう!
そして、クズセツナも勇者セイン様に成敗して貰おう!
まだ残ってる聖剣はオーサム!
そこで勇者セイン様に逢って全てを話すべきだ!
例え……ツキツバさんを敵に回す事になっても……
月鍔ギンコperspective
「おい!?どう言う事だ!?」
「ノノが、ノノがいない!」
「あの馬鹿ガキ!どんだけツキツバへの恩を仇で返す気だ!?」
どうやら、ノノ殿は自分の成すべき事を見つけてそれに従う事を選んだ様です。
「黙れぇーい!」
村人全員に聞こえる様に叫びました。
「そなたらは何故にノノ殿を捕らえんとする!?」
それに対する答えは……どれもノノ殿の決断を無下にする者ばかりだった。
「それが本当にノノ殿の為になるか!?ノノ殿の遺志に報いる行いか!?」
そして……某は改めてノノ殿と戦う事を選びました。
「ノノ殿は勇者セインが魔王を倒して世界を救うと信じている」
「だがよ―――」
「セツナ殿!某はそう言う事を言っているのではないのです!」
「……どう言う事?」
「ノノ殿は、自分の命を賭けるに足る道を見つけたのです。そして、その道を辿る為の覚悟を決めたのです」
「いや……だから―――」
「そこに常識や道理はありません。あるのは己の志への信義のみ」
皆、某の……いや……ノノ殿の選択の覚悟を知って遂に押し黙った様です。
「後の残るは志同士のぶつかり合い。ノノ殿は志の為に死ぬ覚悟は決めた。後はノノ殿を止める者達の志がノノ殿の志に勝っているか?つまりそう言う事なのです」
そこまで聞いて、フラウ殿が沈黙を破る様に某に訊ねました。
「……ツキツバ様は、ノノの奴をどうするの」
……フラウ殿?某の話を聴いておりましたか?
「……どうもしません。ただ、ノノ殿の志にとって某が邪魔だと言うのであれば、ノノ殿の志に立ち向かう敵として、ノノ殿が越えるべき壁として戦います」
それに対し、セツナ殿が少し引いている様です。
「ソレ……本気で言っているのか?」
「本気です。ノノ殿の今回の脱走に、それほどの覚悟を感じました」
「……ノノめ!恩知らずな事を―――」
まだまだウジウジ言っている者がおったので、某が柄にもなくまた説教を垂れました。
「ノノ殿の頭は、邪魔者に媚を売る程軽くはありません……もしノノ殿の志にとって某が邪魔なら、ノノ殿は平気で某を殺すでしょう!出来るか否かは度外視した上で」
そんな中、今まで呪文の鍛錬をしていただけのめぐみんがようやく口を開きました。
「だとすると、ノノが往くのはオーサムだ」
それを聴いたセツナ殿が少し青くなっておりました。
「オーサム……まさか、ツキツバがウンコセインを殺そうとしている事をチクる気か!?」
某は……某の手を引っ張ろうとするセツナ殿の手を撥ね退けました。
「そう言うセツナ殿こそ、セインと戦う上でノノ殿の志と渡り合える程の志をお持ちか?」
「それは……」
「見損ないましたぞセツナ殿。ま、どの道某もセインは許せぬ故戦いますがな」
そんなグダグダな形でオーサムへと出発した某達ですが、果たして、この様な体たらくで精神的な意味でノノ殿と戦えるか……正直不安です。
第27話:スノーエルフと失われた信頼
ノノ・メイタperspective
僕は追い詰められていた。
「ここはお前達の踏み込める場所ではない。すぐに帰れヒューマン」
作り物のような端正な顔立ち、そしてエルフ特有の長い耳。
まさか……オーサムにある聖剣の神殿の真横にスノーエルフの里があったなんて。
だが、このままセイン様がツキツバに殺されるのを指をくわえて観ていろと言うのか?
それは違う!
「違うんです!聴いて下さい!僕は……僕は勇者の命を狙う暗殺者から勇者を護る為に先回りして来ただけです!」
けど……
踏み出そうとしたところで目の前に矢が立った。
「興味ないな。今までは協力していたかもしれないが、此度の魔王討伐にはこの里は一切関わらないと決めている」
「そんな……この里が魔王に蹂躙されても良いと言うのか!」
「蹂躙だと?」
スノーエルフがピクッと反応を示す。
何故そこで?
僕は嫌な予感がした……
「最近のヒューマンはエルフに対し思うところは無いのか?攫っては売買するその尽きない欲望、ほとほと貴様らには愛想が尽きた」
不味い。
不味い不味い不味い不味い!
一部のあくどい商人のせいで、全く関係無い勇者セイン様の信頼まで失われている。
「それは全員じゃない!特に勇者セ―――」
その時、僕は嫌な事を思い出してしまう。
『……本気度と度胸もあのヘタレ勇者とは別格か……』
『意味は在る。意義もね。大義ですらある』
『アタシさ、セインの事が好きなんだ。でもこの感情はどこかおかしくて、思考もどこかおかしくて、おかしい事だらけなんだ。以前は……好きな人を好きでいられた筈なのにさ』
『セイン殿の仲間も戦士ならば、敵に捕虜にされ生き恥を晒すより、潔い討ち死にを望んでいる筈です……それを貴様は……』
それを見透かされたのか、スノーエルフが再び矢を放った。
矢は僕には当たらなかったが、スノーエルフは勝ち誇ったかの様に言った。
「その顔、なるほどそれが貴様の本性か」
その言葉を聞いて頭に血が上る。
「本当にそれで良いのかよ……」
「ん?」
「本当にそれで良いのかと訊いてんだよ!」
「何の話だ?」
どいつもこいつも……他人事だと思って……許さん!
「勇者セイン様が魔王に敗れたら世界が終わるんだぞ!其処に例外は無いんだぞ!お前達も蹂躙されて虐殺されて奴隷にされるんだぞ!」
だが、何故かスノーエルフの心には届かない。
「ヒューマンと大して変わらないではないか。魔王とヒューマン、何が変わらん」
「そんなに終わらせたいか!エルフそのものを!」
「だから我々はヒューマンとの―――」
その時、あらゆる所に潜んでいたスノーエルフが次々と倒れた。リーダー格を残して。
「よく吠えた。この勝負……ノノ殿の勝ちです!」
気付けば、ツキツバが僕の目の前に立っていた。
セツナperspective
私達は、スノーエルフの妨害行為に苦戦するノノに追いついた……
追いついてしまった……
白状すると……
この先の事をまったく考えていない!
……さて……
どうしたものか……
「もう一度だけ警告する。ここはお前達の踏み込める場所ではない。すぐに帰れ」
スノーエルフは殺気を放ち始める。警告を拒否すれば殺す、無言の言葉が伝わってきた。
と言うか……さっきのツキツバの快進撃を見ていなかったか?
それとも、里を護る事に命を賭けているのか?
「待って待って、攻撃しないで!」
「お前はフェアリー?なぜヒューマンと一緒にいる」
ノノとエルフの間にフラウが入る。
「あのね、今フラウはツキツバ様の奴隷なの」
「なっ!?野蛮な外界人め!エルフを攫っては奴隷にするに飽き足らず、とうとう小さくて可愛らしくて、なでなでしたら心がほわほわするフェアリーにまで手を出すとは!許さん!」
「ちょっと、可愛らしいって恥ずかしいじゃない!えへっ」
前言撤回!お前が黙れフラウ!
フラウが交渉下手過ぎて……
「殺す!」
流石にノノが可哀想過ぎるので、その矢を私が叩き落したのだが……それがかえって事を更に混沌へと導いた様だ。
「ビーストの奴隷で攻撃を防ぐとは!卑怯者め!堂々とこのアリューシャの矢を受けて死ね!」
取り付く島も無しかよ!?
その時、ツキツバが漸く口を開いた。
「そなた。愚かだった頃の某に似ておるな」
その言葉で、スノーエルフの動きが少し停まった。
「ようやく認めたか?ヒューマンの愚かさを」
「いや、そうではござらん」
そうだった……ツキツバも戦い慣れした戦闘狂だった……
「ありゅーしゃとか言ったか?そなた、敵を欲しておるな?」
え……
ツキツバさん?何で其処であのスノーエルフが敵を欲しているって事になるんですか?
「敵はお前だ!」
「否!某は兎も角、ノノ殿に戦う意志は有ったか?」
「もうヒューマンの嘘には騙されんぞ!」
「その顔、なるほどそれがそなたの本性か。追放処分と言う割に、弓を収めないのにも違和感を抱いていた」
「愚弄する奴は殺す。主人共々死ぬがいい」
高位の弓使いなのだろう、次々に矢をつがえ放つ。
早業とも言うべき卓越した技術と正確な狙いは、息もできない程の間隔でツキツバを襲った。
しかし、ツキツバは簡単に矢を全部落としてしまった
「わたしの矢を全て防ぐなんて……信じられん」
「愚かよな。某は敵を望むあまり武士としての誇りを失っていた時期があった……その時の某と同じ顔をしておるぞ。そんなに敵が欲しいか?」
「ふん、弓が通用しなかったくらいでいい気になるな。エルフには精霊魔法があるのだ。今度こそこの地へやって来た事を後悔させてやろう」
あのー……それって、ツキツバの予測を認める事になるんですがー……
アリューシャperspective
「そこまでじゃ!」
え?長老!?
「両者とも、武器を収められい」
「ですが長老!」
「聞こえぬか?武器を収めろと言ったのだ!」
流石の長老の言い分も、今回ばかりは危険だ!
あの卑劣なヒューマンの前で―――
「確かにどおり。話し合いをしたいと言っておきながら、刀を抜くとは確かに礼儀知らずであった」
え……
何?あの低姿勢。
と言うか、完全に座り込みながら頭を下げてる。
「某は月鍔ギンコと申します。先ほどはノノ殿を護る為とは言え、この里の者を傷付けた。某もまた裁かれても文句が言えぬ立場故―――」
「気になさるな。この」
そう言いながら、長老は私の頭を叩いた。
「未だに鑑定スキルを磨けんこやつらが悪い」
そして、長老は溜息を吐いた。
「未熟ぞ。アリューシャ」
「待たれよ。不審者がやって来て何もしない門番の方がどうかしておりまする」
何で私はヒューマンに庇って貰わなきゃいけないの?
「それに、どうやらこの里の者に対して不義を働く不埒がおる様で?」
「いやぁー、お恥ずかしい」
なんか……長老とあのヒューマン、もの凄く仲良くないか?
「もしよろしければ、その下手人を斬る事をもってこの里を騒がせた事を良しとしていただきたい」
「はあぁー!?」
「何と!?ヒューマンでありながら、エルフを捕らえて奴隷として扱っている者達と戦うと!?」
「某は元々、誉高い戦死を求めて旅をしておる。故に、その不義を働く不埒との戦いはかえって望むところです!」
え……
え!?え!?え!?
何々!?何でそこのヒューマンがエルフを攫っては売買するヒューマンと戦う事になってるの!?
「ただ、もう1つだけ某達……特にノノ殿のワガママを聴いていただきたい」
「なんですかな?」
「この里の近くに在る神殿にセイン殿と言う勇者が向かうらしいのです。某は是非逢ってその本心を訊きたいのです」
トントン拍子に話が進んでいる。
まるでそこのヒューマンと戦った私が悪者みたいじゃないか!
……惨め……
第28話:勇者の計算外その6
セインperspective
僕は追い詰められていた。
『妖精の粉』の入手に失敗し、オーサムにある聖剣の入手に失敗し、ベルディア討伐に失敗し……いや、あんな化物誰が倒せる!
だが、今はそんな事をツッコんでいる場合じゃない。
せめてドワーフの奴隷を手に入れなければならない状況になってしまった。
本当なら、あんな毛深くて樽の様な体型のモグラ人間に興味を示してる暇は無いのだが……何の手柄も無く円卓会議に参加する事になるのだけは避けたい!
だから、勇者である僕がわざわざ足を向けてやったと言うのに……
「聞いたぞ、バゼルフ?あんた、鍛冶が得意なドワーフの中でも一級品なんだって?」
しかし、金床の前に座しているバゼルフは、仏頂面のまま、この僕と顔を合わせようともしない。
勇者である僕に向かってそれだと?
偏屈を通り越して無礼千万だぞ!
「フン。誰に聞いたか知らんが―――」
「そんな事はどうでも良い。僕は世界の為に魔王を倒す運命を背負う勇者だ。協力しろ」
「帰れ。ものの頼み方を知らん若造が」
それで職人気質を気取っている心算か?
節穴め!
「僕は、勇者なんだ、正しい存在なんだよ。歴史に名を刻む勇者だ。いつか僕の偉業が―――」
「それに、聖剣ではなくこのわしを頼るとは、選ばれし勇者が聴いて呆れるわ」
節穴の分際でぇー。
「貴方様の腕を見込んでお願いです、バゼルフ様。どうか、世界を救う為に貴方様のその匠の業を貸すのだと、そうお考え下さいませ」
ソアラが必死に説得しようとするが……
と言うか、あんな節穴如きにそこまでペラペラと敬語を吐く必要があるのか?
「お前さん、さぞやモテるんじゃろうな」
何だこいつ?
ソアラが欲しいのか?
そうか、女を理由にして僕に嫉妬しているんだな。
恵まれた僕が羨ましいん―――
「しかしな、わしらドワーフからすれば、お前さんはふくよかさがまるで足りん。鼻もシュッとし過ぎて滑稽に映る。つまり不細工だと言う事よ」
皮肉気に鼻を鳴らす、偏屈極まるバゼルフに、ソアラは言葉と顔色を失った。
……不愉快だ!
貴様の様な毛深い樽体型風情が、僕達の容姿を酷評するな!
「リサ、ソアラ!ねじ伏せてでもこの節穴爺を連行する!」
「解ったわ!」
「良いのでしょうか……」
僕が前に出てリサとソアラが後方から援護をする。
今は傷を付けてでもこの節穴爺を戦闘不能にしなければならない。
国王からの評価が落ちきっている今、なにがなんでも成果をあげなければ。
なんとか頑固な節穴爺にフレイムソードを作らせ、節穴爺を連行しながら急ぎグリジット首都に到着。
そこで待っていたのは本来なら有り得ない事態だった。
「今なんと?」
「ベルディアはサムライに倒されました」
女王の言葉に僕は愕然とする。
まただ、また先を越された。
なんて忌々しい凶悪大量殺人鬼。
恐らくネイが弱らせた後で仕留めたに違いない。
僕の獲物を横取りしやがって。
「セイン殿、ご気分が優れないようですね」
「失礼、少し体調が悪いので」
「そうですか。ここまでご苦労様でした。後日、円卓会議がありますのでご出席お願いいたします」
「…………はい」
謁見の間を退室する。
外で待っていたリサとソアラと合流し、僕は人目も憚らず両膝を屈した。
「僕は、勇者なんだ、正しい存在なんだよ」
「セイン落ち着いて」
「リサ、君は、僕を勇者と認めてくれるかい」
「もちろんよ。貴方は世界を救う勇者よ」
リサが優しく抱擁してくれる。
それだけで僕の荒んだ心は和らいだ気がした。
頭を撫でられ頭の中がぼんやりとする。
そうだ、僕は勇者、歴史に名を刻む勇者だ。
「君を手に入れて正解だったよ」
「ふふ、ありがと。大好きよセイン」
「2人だけで甘い空気を作らないでください! 私もここにいますよ!」
リサのおかげで頭の中がクリアになった気分だ。
実に気分が良い。
考えてみれば勇者に挫折はつきものじゃないか。
これは試練。乗り越えるべき試練なんだ。
この先に僕の望む栄光が待っている。
円卓会議。
ヒューマンを主とする各国の代表者が集まり話し合う場。
古くからこの場にて勇者が紹介され、名前と顔を覚えてもらう。
更に魔王討伐への助力要請も行われる為、非常に重要な会議と位置づけられている。
今回集まったのは主要五カ国の代表。
グリジット。
アルマン。
バルセイユ。
グレイフィールド。
ラストリア。
そうそうたる面々が円卓についている。
僕はバルセイユ王の後方で控え、呼ばれるのを待っていた。
「――ところで最近、サムライなる冒険者に英雄の称号を与えたそうじゃないか。だが、噂には尾ひれがつく、実際どの程度の者達なんだアルマン王」
「くくっ、じつに面白い奴らだ。いちいちこちらの顔色を窺わず、思ったことをそのままに述べる。言っておくが噂の半分は事実だよ」
「ほぉ、貴様が気に入るなど珍しいな。俄然興味が湧いた」
「ならば会ってみるといいラストリア王」
話はあの忌々しい凶悪大量殺人鬼に移る。
僕は聞いているだけでいらついた。
奥歯をかみしめ殺意が溢れるのをなんとか押さえる。
不愉快だ。ヘドが出る。
とんとん。
バルセイユ王がテーブルを指で叩く。
「それよりも勇者の話をしてもらえんかね。この会議はくだらないおしゃべりの為に開催されているのではない。目下の問題、魔王討伐について集まっているのだ」
「ですが、そこの坊やは何一つ活躍しておりませんけど?」
「これからするのだ! 我がバルセイユが誇る、今代の英雄の頂点だぞ!」
王がテーブルを叩く。
女王と王達は冷ややかな目で僕とバルセイユ王を見た。
まるで偽物の勇者を見る様な目だ。
あの小さな村からここまで来るのに、どれだけ苦労したと思っているんだ。
何がいけなかった。
何をしくじった。
何で失敗した。
分からない。
原因がまるで思い浮かばない。
そこへアルマン王が口を挟んだ。
「両者冷静に。彼が勇者なのは紛れもない事実、ならばこれまで通り協力するだけだ。まだ魔王は本格的に侵攻を始めていない。恐らく充分な成長を遂げていないからだろう、叩くなら今しかない」
彼の言葉に全員が頷く。
そうだ、結局僕に頼るしかないんだ。
お前らは黙って後方で指を銜えていれば良い。
お望み通り魔王討伐、やり遂げてやるよ。
凶悪大量殺人鬼なんか期待しても無駄だって事を教えてやる。
たかが英雄の称号を貰っただけの奴ら。
対する僕は魔王戦特化の勇者のジョブを有する英雄の中の英雄。
比べるまでもないだろ。
本音を言えば今すぐにでも始末しに行きたいが、今の僕は喉から手が出るほど成果を欲している。
勇者としての活躍が欲しい。
浴びる程の賞賛を受けたい。
あえてここは我慢して、まずは確実に名を高めなければ。
それからでも遅くはない。
見ていろツキツバ・ギンコ。
本気にさせた僕がどれほど恐ろしいか思い知らせてやる。
はは、ははははははっ!
???perspective
私がバゼルフ師匠が勇者セインに誘拐されたと聞き、馬を購入し、急ぎグリジット首都に到着。
そこで待っていたのは薄々予想していた事態だった。
「今は円卓会議の最中なので、勇者セイン殿には直ぐには対面できぬ」
円卓会議と言えば、ヒューマンを主とする各国の代表者達に魔王を討伐する勇者を紹介する場と聞く。
本音を言えば今直ぐにでも始末しに行きたいが、今はバゼルフ師匠を奪還する事が最重要課題だ。
バゼルフ師匠からの借りを返さずに逃げるのは嫌だ!
だが、例の円卓会議でセインが正式に勇者に任命されたら、もう手が出せない。
師匠を助け出す前にグリジットを出るのは癪に障る!
そこで、会場を警備する衛兵達の話を盗み聴く事にした。
「あれが勇者だとよ?」
「かつてはSランク冒険者パーティーだった|白ノ牙のリーダーだそうだが、サムライが活動を開始してからは、あまり良い噂を聞かないな」
サムライ?
なんだそれは?
「サムライって確か、デルベンブロやベルディアを討伐したって話らしいぞ?」
「聞いた聞いた!史上初となるパーティーに英雄の称号を授けられた連中らしいんだってな?」
団体が英雄の称号を!?
それじゃあそこに所属する奴ら全員が、英雄?
彼らなら、師匠を誘拐した|白ノ牙の連中を倒せずとも、師匠の奪還は叶う筈!
「で、そんな連中が何故ここに来ない?」
「さあな。ただ、風の噂では、オーサムにある聖剣の許に向かったらしいぞ?」
サムライが次に向かうのはオーサムか……
まさか、聖剣を手に入れる心算か!?
もし彼らが聖剣を手に入れたら、私達ドワーフが作る道具に興味を持たなくなる可能性が高い!
そうなれば、彼らが師匠を奪還する動機が薄くなる!
相手は元Sランク冒険者で、もう直ぐ正式に勇者に任命されるセインだ!
実力も地位も遥か雲の上の存在が敵なのに、そのサムライの助力が得られないとなると……
急ごう!
私は再び馬を購入し、急ぎオーサムへと向かった。
バゼルフ師匠を誘拐したセイン率いる|白ノ牙に対等に戦えるかもしれないサムライの力を借りる為に!
第29話:無視された聖剣
アリューシャperspective
「ここはお前達の踏み込める場所ではない。すぐに帰れヒューマン」
……何なんだ今日は!?千客万来か!?
それは確かに、我々の先祖は里の奥にある聖なる武器の神殿を護る為にここに里を作ったとは聴いているが、最近のなって……どうしてこうもどこどこ来る!?
「違うんだ!聴いてくれ!」
「また言い訳か?内容次第では、覚悟してもらうぞ」
すると、侵入者は突然両膝を地面につけて理由を語り始めた。
「儂はただ、わが師を救えるかもしれない者達に逢いたいだけなんだ!」
ダニィ!?
じゃあ、何でその要救助者に背を向けながらこの里に不法侵入しようとしているのだこいつは!?
「で、誰を助けたいって?」
「この儂に鍛冶の基礎を叩き込んだ者、バゼルフ」
「バゼルフ!?」
鍛冶が得意なドワーフの中でも特に頑固で凄腕のあのバゼルフが!?
「で、そのバゼルフに背を向けてまで、何故この里に来た?」
「背は向けていない……ただ、儂1人だけでは勇者セインには勝てないからだ」
「勇者と戦う気か?」
「そうだ!きゃつはバゼルフを攫い、奴隷の様に扱っているのだ!」
なんか……彼女の為に戦いたくなったが、私にはこの里に不法侵入する不届き者を―――
「あれ?ドワーフじゃん。何でこんな所に?」
こいつは確か、セツナとか言うビーストだったか?
「お前さんも、この先に在る聖剣が目当てか?」
だが、彼女の答えは違う。
「ツキツバ・ギンコと言うサムライに逢いに来た!」
その途端、セツナの眉がピクっと動く。
「……何者だ?」
「儂はユーミル。ドワーフ王の娘でバゼルフの弟子だ」
「バゼルフ!?」
セツナの奴も驚いている……
バゼルフ殿も随分有名になったねぇ
「あの凄腕鍛冶師のバゼルフか!?そいつ、息災か?」
だが、ユーミルの答えはセツナの望む物ではなかった。
「囚われた!勇者セインに!」
が、セツナは別段驚く感じは無かった。寧ろ、
「で、この里でそのウンコクズのセインを待ち伏せする為にオーサムに来たと?」
まるでユーミルの主張を予想していた感じであった。
と言うか……ウンコクズ!?
「セツナ!アンタ、この緊張感満載の場で笑わせないでよ!」
が、当のセツナは真顔で答える。
「ウンコセインをウンコクズと呼んで何が悪い?」
「本気かよアンタ」
「バゼルフにとって、勇者セインはもうウンコクズだよ」
……
「確かに、最近のヒューマンの傲慢さに飽き飽きしているが、可憐な乙女の口からウンコクズは無いだろ!?」
だが、セツナもう私に興味は無く、ユーミルにしか話しかけていなかった。
「丁度良い機会だ、この里でウンコクズのウンコセインを待ち伏せするか?どうせあいつの事だ、オーサムの聖剣も狙ってるからな」
と言う事は、そこのドワーフの……
あれ……
私……
セツナに指摘されるまで、ユーミルがドワーフの王女だって事に気付いていなかった事になるんですけど!
……長老にバレたら、私の勘の鈍さに対して説教をたれるんだろうなぁー……
ああ、憂鬱だ……
セツナperspective
あのクズセインがウンコクズだって事は知っていた心算だったが、とうとうドワーフまで敵に回したのか……
これでウンコセインが魔王の討伐に成功してみろ、ドワーフ共が暴動を起こすぞ!
ここはやはりオーサムでウンコセインを待ち伏せして正解だったか?
ただ……問題は……
「何を言ってんだ!セイン様は、魔王を倒して世界を救う勇者様だぞ!」
「じゃあ何か!?ドワーフが勇者セインに暴行されて連行されても、儂は指を銜えて観ていろと言うのか!?」
大方の予想通り、ノノとユーミルが口論となった。
勿論、両者は譲らない。
「そう言う見当違いな想定が出てくる時点でもう違う!セイン様がドワーフを暴行する。そんな存在しない記憶に縛られてどうする!?」
「有るわ!勇者セインがバゼルフを誘拐した証拠がな!」
「それは、アンタの存在しない記憶の中にしかないの!」
「だったら、これを視ろ!」
ユーミルが鞄から取り出したのは、使い古された金床。
「その重しが何だって言うんだよ!?」
「いくら何でも物を知らな過ぎだろノノ!それは金床と言ってな、熱した鉄を叩いて伸ばす時に使う土台だぞ!」
が、そこでツキツバが反応してしまう。
「そなた、鍛冶職人か?」
「そうじゃ!儂らドワーフと言えば鍛冶だろ!」
「その歳で目標を立てて行動しているとは、天晴です」
あれ?
『この歳で』と言う事は……
「で、そのどわーふとは何なのですか?」
やっぱりねー!
久々だからすっかり忘れてたわ!
「儂らドワーフを知らぬだと!?何なんじゃこいつは!?」
「すまない……信じないかもしれんが、こいつ、異世界から来たんだ」
「で、こいつは儂らドワーフが居ない世界から来たと?そっちの方が存在しない記憶だろ!」
「怖い事を申すな!」
「すまんツキツバ、ドワーフについては後で説明するから―――」
「ツキツバ!?」
あ。
しまったぁー!
そうだった!こいつの目的はツキツバとウンコセインを激突させる事だった!
「そなたが……本当にツキツバ・ギンコなのか!?」
「あのぉー、それよりその金床が証拠の意味を説明して欲しいのですが―――」
「お願いですツキツバ・ギンコ!儂の師であるバゼルフの奪還に力を貸してくれ!」
……駄目もとで言ってはみたものの、やっぱり私の言葉は無視されてる。
「先ずは、ツキツバの力が必要な理由の説明!」
「おっと、そうであったな」
「……しっかりしてくれよ」
すると、ユーミルが金床の平滑部を撫で始め、平滑部から文字が出て来た。
「ドワーフは鍛冶の達人とは聴いていたが、まさかここまでとは」
で、その内容なウンコセインを救世主と仰ぐノノにとっては都合が悪い……もとい、ノノが信じないであろう……
セイン達がバゼルフの許を無断で訪れ、バゼルフに暴行を加え、強引に武器を作らせ、主従契約を刻んでバルセイユに売り飛ばした。
優先度の高い命令は主人が撤回しない限り、自力での変更は出来ない……
つまり、考えうる無礼・非礼をバゼルフに行ったのだ。あの糞ウンコセインは!
ユーミルperspective
これがツキツバ・ギンコ?
デルベンブロやベルディアを討伐して英雄の称号を得たサムライ……なのか?
少なくとも勇者セインを足止め出来るだけの、規格外の切り札として見込んでここに来た……
だが、この者は若々しい乙女!
儂らドワーフを知らぬ無知から考えると……実年齢は見た目通り……
本当にこの者に勇者セインに足止め出来る程の力が有るのか?
「ん?」
「どうしたのじゃ?」
「随分大きな鉞ですな」
マサカリ?このバトルアックスの事か?
「ちょっと、素振りさせて頂きたい」
素振り!?
儂のバトルアックスでか!
「ば……バカ!これはオモチャじゃねんだぞ!あぶねーぞ!手を放せ!」
だが、ツキツバは儂から早々とバトルアックスを奪ってしまう。
「あ!?」
ドワーフの王女であるこの儂が、一瞬で力負けした!?
少なくとも……見た目に騙されて良い相手じゃないって事か……
「コ……コラ!君、返したまえ!子供が刃物を持っちゃいかん……」
しかし……それどころかツキツバは儂のバトルアックスを軽々と振り上げた!
「ひー!」
が、きゃつは本当に何度も素振りしただけだった……儂のバトルアックスでだ!
「ウムッ!良い武器です!」
120㎏のバトルアックスなんじゃが……
「疑ってたろ?ツキツバ・ギンコの力を」
そこのビースト!急に喋るな!
「な!?何だいきなり!」
それに、儂は本当にツキツバ・ギンコの事を侮っておった。
そう言う意味もあってか、儂は2つの意味で驚いてしまった。
「で、ウンコセインの現在のレベルを知っているか?因みに、私達は知らん」
「それを訊いてどうするのじゃ?」
「ウンコセインのレベルが300を下回っている内は、こちら側に勝ち目は有る!」
300!?
なんだその桁違いなレベルは!?
こやつ……本当に人間なのか?
気付けは……儂は両手と両膝を地面につけていた!
「ツキツバ・ギンコ殿!恥を忍んで頼みがある!」
「勇者セインと戦ってくれと?」
「そうだ……そして、この儂にバゼルフを奪還させてくれ!」
「ならば好都合!」
「え?」
好都合!?
それってどう言う意味だ!?
「某達は、セイン殿の真意と本心を確かめるべく、この里で待ち伏せしておるのです」
「待ち伏せ?根拠は?」
「あのウンコセインが、あそこの神殿の中にある聖剣を狙ってるんじゃないかと思ってな」
だとしたら……このままでは、ツキツバは何時まで経っても勇者セインに遭遇出来んぞ!
「恐らく、勇者セインはこのオーサムには来ません」
「……根拠は?」
「これは、儂が衛兵の噂話を立ち聞きしただけなのだが、円卓会議は勇者セインにグレイフィールド国の城塞都市への出向を命じたそうだ。なんでも、魔族との最前線の地だからって」
「セイン殿があそこに有る聖剣を抜くのを待たずにか?」
そんなツキツバの予想に対する答えを言おうとした時―――
「きゃぁーーーーー!」
「何ぃーーーーー!?」
「襲撃だぁーーーーー!?」
襲撃!?
誰がここに来たって言うのじゃ!?
月鍔ギンコperspective
最近……何かおかしい!
某がセイン殿に逢おうとする度に、何らかの妨害が某の許にやって来る!
デルベンブロの時も、ベルディアの時も!
まるで某がセイン殿に逢うべく通るべき街道に事前に配置されているかの様に!
「そなた……某にセイン殿に逢うなと申す気か?」
相手は、背中に蝙蝠の様な翼を生やした、これまた異様な姿の大男達であった。
「何の事だ?我らは人間に悪戯するのが生きがい!我等の様な翼を持つ魔族は侵略も容易だな!?」
やはり直ぐに真実を言う筈が無かったか。
「つまり、某の名を知らぬと?」
「いや、お前がツキツバ・ギンコだって事は知ってる」
この程度のカマで重要な事をペラペラ喋るとは……この者、意外と口が軽いと視える。
「お前をいたぶれば、我らグレムリンの名は鰻登りだ!どうやって悪戯してやろうか―――」
「遅い!」
で、口も軽いが腕も軽かった。
デルベンブロやベルディアと比べたら下の中……と言ったところか?
やはり考え過ぎか……
てっきり、某達がグレイフィールドに向かうのを阻止しに来たとばかり―――
「さあ、亡者共。この死人使いグロブが今1度命を与えましょう。ミハリ・クシゼキキ・イヨカナ・ハグジソラム!」
「誰だ!?」
「死人使いグロブです。これから死に逝く者にこの様な事を言っても無駄ですがね」
死人使い!?
不快な文言だ!
「どう言う意味だ?死人使いとは?」
「文字通りの意味です。直ぐに解ります」
その途端……某の……最も外れて欲しいと願っていた予測が、非情にも当たってしまった!
「グレムリンが甦った!」
「ありえん!両断されて生きていられる程、グレムリンはしぶとい魔物ではないぞ」
セツナ殿達が、某に斬り捨てられたぐれむりんに襲われて困惑しております……
それってつまり……
「貴様か……ぐろぶ!?」
許せぬ!
思う存分戦って死ねた者の死を愚弄し、誉高い死を得た者を無理矢理叩き起こして更なる労働を課すとは……
「ぐろぶ!率直に言おう……死ね!」
第30話:武士道VS死人使い
お詫び
本作の連載を楽しみにしていた読者の皆様、申し訳ございません。
悪魔城物語IF(https://www.pixiv.net/novel/series/12572398)などの別作品の執筆に熱心になり過ぎて、本作の執筆が滞っておりました。
大変申し訳ございませんでした。
月鍔ギンコperspective
某が何度ぐれむりんを斬り捨てても、ぐろぶと言う外道のせいでぐれむりんは何度も立たされる……
これでは、ぐれむりんが不憫過ぎます!
「クソ!何なんだこのグレムリン!?どうやっても死なないぞ!」
「いくら何でもしぶと過ぎる!」
「なら、私の爆裂―――」
「やめろ!この里ごと吹き飛ばす気か!?」
このままではジリ貧です……
なら!
「某がぐろぶを斬る!それまで―――」
「解ってる!それまで持ち堪えろって事だろ?」
「負けたら許さないからな!」
「頼みます!」
某が向かうはただ1人!
「ぐろぶぅーーーーー!」
だが、ぐろぶは何故か不敵な微笑みを浮かべており、
「やはりそう来ましたか……単純ですねぇ」
で、某の太刀筋は……ぐろぶには届かなかった……
それどころか……
「速い!?もうそんな所に!?」
見えなかった……ぐろぶの動きが!?
「さあ、亡者共。この死人使いグロブが今1度命を与えましょう。ミハリ・クシゼキキ・イヨカナ・ハグジソラム!」
「やめろぉー!これ以上、ぐれむりんの死を汚すなぁー!」
某は再びぐろぶに……死者を弄ぶ糞外道に刀を振るいますが……
「危ないですねぇ。当たったらどうするんです?」
またか!?
ただ立っているだけにしか見えないあの動きで、あんなに素早く逃げるとは……
柔術とも大陸に在ると信じられている体術とも違う!
この動きは……なんだ!?
……と……考える余裕は無い様です……
いや……違う!
こういう慌てふためかめなければならぬ時こそ、冷静沈着でなければならない!
そうだ。
某はここで何を成さなければならないのか?
その一点に集中せねばならぬ。
そこで、某はこの戦いを振り返りました。
何度斬っても立ち上がるぐれむりん。
何度も斬られたぐれむりんを何度も無理矢理立たせるぐろぶ。
そのぐろぶを斬ろうとすれば、ぐろぶは異様な動きで遠くに逃げてしまう。
その間、ぐろぶに無理矢理立たされているぐれむりんはこの里を襲い続ける……
ならば!
「すまぬ!先程の宣言を撤回する!某がぐれむりんを引き付ける!セツナ殿達がぐろぶをお頼み致します!」
「何!?」
あの異様な逃げ足の持ち主である筈のぐろぶが初めて焦った顔を魅せました。
どうやら、某のこの動きは予想外だった様です。
「ぐれむりん!こっちへ来い!某が相手だ!」
アリューシャperspective
「アイツ!……逃げやが―――」
「違うよ」
「違うわよ!」
「違いますね」
そこの3人、アンタの目は節穴か!?
アレを逃げたと呼ばず、何を逃げたと呼べと?
が、そんな私の考えを察したのか、セツナと言うビーストが私を諭す様に何かを指差した。
「アレを観て視な」
セツナが指差した方を視ると、グロブが他のエルフに向かって攻撃魔法を行おうとしていた。
「おい!アイツヤバいだろ!?」
だが、セツナは冷静だった。
「引き籠り過ぎたな素人さん?アイツの顔を良く観て視な」
顔って、そんな事を言ってる場合じゃないわよ!
このままだと、アイツの攻撃魔法がこの里を襲ってしまう!
「ツキツバぁー!こっちを見ろぉー!」
え?
アイツ、焦ってる?
「ツキツバは見抜いていたのさ。グロブが転送魔法で何度も逃げながらグレムリンを何度も復活させたその真意を」
真意?
一体どう言う事?
が、そんな困惑しながら焦る私を翻弄するかの様に、セツナは冷静に勿体ぶった。
「説明が聞きたそうだな?」
「馬鹿かお前!そんな事をしている場合じゃないわよ!それくらいは視れば―――」
「それだと、ツキツバがグロブの転送魔法に翻弄されるだけだぜ」
「じゃあどうしろと言うの!?」
「聞きたければ……素直に訊きな」
なんか……腹が立ってきたな……
「貴方達、やはりこの里の敵の様ね!」
すると、私を馬鹿にする様に呆れながら説明する。
「普通逆だと思わないか?何故敵に逃げられた時に焦る?いくら転送魔法が得意だからってのもあるが、ツキツバに何度も斬られそうになった時は全然焦ってなかった。寧ろ、グロブを斬ろうとしたツキツバをグロブは小馬鹿にした。それってつまり、グロブの作戦はツキツバが何も考えずにグロブに斬りかかるのを想定したものだった」
「え?」
敵に襲われる事を想定して作戦を立てる?
「ま、住処を死守するだけで勝てる戦いを繰り返してるだけのアンタらには解らないでしょうね?卑劣で残忍な追撃者の考えなんて」
「つ……追撃!?」
えーーーーー……っとぉー……どう言う事だ?
「つまり、グロブにとって、ツキツバが生きてこの窮地を脱する事が敗けなんだよ」
「何?敵を追っ払って逃げる背中を拝む事が敗北に繋がるだと?」
……やっぱり、言ってる意味が解らない……
「敵が逃げてくれる事は、非常に喜ばしい事の筈だろ?」
「それは、拠点を防衛している時や敵に追われている時の話。ツキツバを殺す事しか考えてないグロブにとっては、ツキツバを取り逃がす事こそが想定外の展開なんだよ」
それってつまり……狩りで獲物を取り逃がす時の悔しさの事を言っているのか?
だとしても……
さっきまでグロブがいた場所を見て……やはり私は理解不能となった。
「獲物を取り逃がした悔しさにしては……アイツ、焦り過ぎではないのか?」
すると、セツナは大笑いした。
「その焦り、追い詰められて後が無い殺し屋にしか理解出来ないでしょうね」
めぐみんperspective
やはりおかしいと思っていたのです。
あのツキツバが一目散に逃げ出すなんて、天地がひっくり返っても在り得ない事ですから。
それってつまり……この私に思う存分爆裂魔法を撃たせてくれる為の演出なのですね♪
「ならば、お任せください!何度も復活するグレムリンなど、この私がひとまとめに火葬してあげます!」
そして……この私の当たって欲しい予測を裏付ける様にあの男がツキツバの許に転送されました。
「待てぇー!貴様、英雄の称号を持つグループである『サムライ』に泥を塗る気かぁー!」
「もう引っ掛かりませぬぞ!」
グロブの奴、焦ってる焦ってる♪
「何!?」
「自軍を勝利に導く事、武士の務め!」
お陰で、爆裂魔法の詠唱がスムーズに進みます♪
「黒より黒く、闇より暗き漆黒に。我が深紅の金光を望み給う。覚醒の時来たれり、無謬の境界に落ちし理。無業の歪みとなりて、現出せよ!踊れ、踊れ、踊れ!我が力の奔流に臨むは崩壊なり!並ぶものなき崩壊なり!万象等しく灰燼に帰し、深淵より来たれ!これが人類最大の威力の攻撃手段!これこそが究極の攻撃魔法!|爆裂魔法!」
「しまった!全てはこの為の布石か!」
私の爆裂魔法が、何度も復活するグレムリンゾンビを綺麗に灰にしていきます……
「ぬうぅー……ならば!」
グロブは再び転送魔法を使ってツキツバの攻撃を避けました。
「めぐみん殿!急ぎ里に戻りますぞ!」
あ……すいません……
先程の爆裂魔法に魔力を注ぎ過ぎて……
「ちょっ!?こんな所で寝ないで下さい!」
セツナperspective
ツキツバがグレムリンゾンビをこの里から追い出す為に囮となり、めぐみんが突然と消えた……
となると……
「はい!私は運が良いぃー!」
「ぐは!?」
やっぱりね。
「大方、ツキツバを追うのに夢中になったグレムリンゾンビがアンタの蘇生魔法の効果範囲から出たか、めぐみんの爆裂魔法でグレムリンゾンビが全滅したか?」
「くっ!」
「図星の様ね?どっちにしろ、アンタはツキツバを殺す事に夢中になり過ぎてグレムリンゾンビを使い果たした。だからこの里にいるエルフを殺してエルフゾンビを補充する。そんなところか?」
「くっ!」
……図星とはね……
「あんたらしくないな。ツキツバの攻撃を転送魔法で避け続けたアンタが、仕切り直しと言う手段を思いつかないなんて?」
あの様子からすると防衛と狩猟以外の戦闘をした事が無いアリューシャですら、この予想には理解し納得した。
なら、これ程の卑怯を恥かしがらずに平然を行ったグロブが、逃亡して仕切り直しと言う手段を択ばないのが不思議でならない……
いや……1つだけ理由がある!
「あんた程の大物が既にここまで追い詰められるなんて、ツキツバはそこまで魔王を追い詰めていると言うの?」
グロブがキョロキョロ周囲を視てる……この期に及んで転送魔法による逃走ではなく、使えそうな死体を探すとは……
もしかして!?ツキツバが言いかけたあの言葉!何者かにツキツバとクソセインとの出遭いを阻まれてると言おうとしていた!?
「だとすると、やはりツキツバがこの世界に来た理由は、やはり魔王か?」
その時、この里の長老がやって来て、アリューシャがもたもたしてる様に観えたのか、かなり物騒な檄を飛ばす。
「何をしている!?早く奴を殺すのだ!奴は危険だ!生かしておけば、必ず―――」
あ!馬鹿!
「死ねぇー!」
使えそうな死体を探していたグロブにとって、長老が飛ばした檄は正に渡りに船!
「ギャアァーーーーー!」
「長老!?」
「さあ、亡者共。この死人使いグロブが今1度命を与えましょう。ミハリ・クシゼキキ・イヨカナ・ハグジソラム!」
何をしてくれたのよ!?そこの出しゃばり老人!
ツキツバやめぐみんがせっかくグレムリンゾンビをこの里から追っ払ったのに、この里にとっては最も厄介なゾンビが誕生しちゃったじゃない!
「う……うぅ……」
「え……長老……」
「……馬鹿が……」
で、この里の長老がゾンビとなってこの里を襲うとは全く想像できないアリューシャ達は、面白い様に大混乱した。
「長老!お気を確かに!」
「長老が、俺を殺そうとした!?」
「やめて!この子だけは!」
それに対し、自身の使い魔と言えるゾンビを取り戻したグロブは、この里のエルフを嘲笑う程の余裕を取り戻してしまった!
「ご心配はいりませんよ。この私がいる限り、そこの方は死にませんから」
第31話:アリューシャの悲劇
セツナperspective
「ぎゃあぁーーーーー!?長老ぅーーーーー!」
「やーめーろぉーーーーー!」
「お願いです長老!この子だけは!」
おいおいおいおい!
グロブに操られた長老の死体に殺され過ぎだろ。
そりゃあさ、親友に殺される事を想定している奴なんて……ツキツバならやりかねんな……
って!そう言う事じゃない!
こいつら、早く割り切ってくれ!
そうしないと……長老が気の毒過ぎる!
……だと言うのに……
「まさかお前、長老を殺す気か!?」
アリューシャ!?何を寝ぼけてる!?
あの長老にこれ以上の罪を犯させる気か!?
親友だからこそ、親友の罪を止めるのが筋だろ!間違いを辞めさせるのが親友の義理だろ!
「何故止める?長老にこの里のエルフの皆殺しをやらせる気か!?」
だが、長老との突然の別れに耐えられないアリューシャのとんちんかんな言葉は停まらない。
「でも―――」
「その未練が!この里のエルフを殺して回っている長老を苦しめてるんだぞ」
しかも……
「さあ、亡者共。この死人使いグロブが今1度命を与えま―――」
あの野郎!
長老に殺されたスノーエルフまで操ろうとしているのか……
悪いが、これ以上は観ていられない。
2度と復活出来ない様にして……長老の苦しみを終わらせる!
……と、思いきや……
「そこまでだぐろぶ」
ツキツバが背後からグロブの頸を斬ったのだ。
そして、グロブは無言で静かに死亡した。
「おいおい。らしくないなツキツバ」
「某もそう思います。何も言わずに背後から斬るなど卑劣の極み」
「けどよ。こんな屑、お前の美学や信念に巻き込む価値も無いと思うぞ?」
私のこの言葉に、ツキツバは苦笑いをした。
「いや、いくら相手が下衆な外道であっても、だからこそ相手と同じ所まで堕ちてはならぬのです」
「固いなァ」
こんな屑がツキツバの美学や信念を理解するとは思えないけどね。
……問題は……
「……長老?」
だが……グロブに操られた長老の死体が……不気味な遠吠えをしてから再び暴れ出した。
「やっぱ駄目かよ!」
くそが!
死人使いグロブ……その最期の屁まで卑劣極まりないなんて……
アリューシャperspective
長老!
何故だ!?
洗脳していた死人使いグロブは既に死んだと言うのに!
「があぁーーーーー!」
「長老!眼をお覚まし下さい!」
私は必死に叫んで懇願するが、長老は里の者達の殺害を辞めてくれなかった……
何故だ!?
「割り切れ。奴はもうこの里の長老じゃない。里を滅ぼす敵だ」
敵だと!?
こいつら、この私に長老を殺させる気か!
なら……やる事は1つしかない!
「長老!」
私は、長老を必死に抱きしめた。
「あ!?馬鹿!」
セツナの奴が私の事を馬鹿にするが、これ以外に方法が無いなら、これを選択するしかないだろ!
「眼をお覚まし下さい。この里を襲う敵は既にこの世を去りました。もう、長老の本来の意思を邪魔する者―――」
「がうがぁーーーーー!」
私の腹に……強烈な鈍痛が襲い掛かった……
「ちょう……ろう……な……ぜ……」
駄目だ!
ここで手を放せば、こいつらが長老を殺してしまう。
手を放すな!
手を放すな!
手を……放す……な……
月鍔ギンコperspective
やはり、アリューシャ殿には親殺しは無理であったか?
「セツナ殿、この村の者にやはり親殺しは無理の様ですな」
某の言葉にセツナ殿が苦虫を噛み潰した顔をしておりました。
「何故割り切れない!?この里の長老に罪を重ね続けさせる気か?」
「その台詞、余所者である某達だから言える事ですぞ」
「だが!……この里の長老がこの里を滅ぼすなんて、どんな冗談だよ」
……所詮は生きる世界が違うと言う事であろうか?
なら……
「某が……お相手します」
その途端、やはり周りのえるふ達が某を説得しようとします。
「まさか!?長老を殺す気か!?」
「今はまだ、グロブの呪術の影響が残ってるだけだ!それさえなければ!」
「そうだ!捕縛して正気になるのを待つのだ!」
改めて、この村と某は生きる世界が違うな。
もしこの村の者達が、某が請けた父上からの最期の試練を越えねばならなくなった時、彼らは武器を持つ事が出来るのであろうか……
……無理だろうな……
それはつまり、自分の父親をこの手で殺める事を意味するのだから……
けど、セツナ殿の言い分である「これ以上この者に罪を犯させるな」の意味も、某は解ってしまう。
この者は、自らが手塩に掛けて育てたこの村を自らの手で滅ぼすのだ。
もし、本当にこの者を正気に戻す方法が在ったとしても、子殺しの罪とそれに伴う心の傷は癒えまい。
だから、子殺しの罪に圧し潰される前に楽にしてやれと?
「許せ!長老!」
その時、この村の長老に弓引く者が現れました。
「エドン!?何を!?」
「仕方あるまい!このままでは、俺の娘まで長老に殺される!」
「なら、その前に捕縛して―――」
「それに、正気に戻った長老がこの惨事を許すと思うか!?」
エドン殿のこの言葉は、某にこの村の長老を殺す為の最後の一線を越えさせました。
「……了解した」
そして……
某はすれ違い様にこの村の長老を斬り斃しておりました……
「ありがとう」
この村の長老の最期の言葉、某はしかと聴き取りましたが……
アリューシャperspective
私は、ベットの上で目を覚ました。
「ここ……」
そして、私は長老の事を思い出して慌てて飛び起きた。
「そうだ!長老は!?長老はどうした!?」
それに対し、エドンは神妙な面持ちで答えた。
「長老は……旅立った。取り返しがつかなくなる前に」
旅立った?
何処へ?
どう言う意味だ?
「仕方なかったのだ。長老にこれ以上罪を重ねさせない為にも」
仕方なかった……だと……
「まさか!殺したと言うのか!?」
私の問いに対し、エドンは怒った様に言い放った。
「他に方法が無かったのだ!」
だが、私は到底了承出来ない言葉だった。
「無かった……ですって……」
「あの時の長老は正気ではなかった……この里の子供まで殺していた―――」
「だから長老を殺したと言うの?」
エドンはサラッと禁忌の言葉を言い放った。
「そうだ。アレはもう長老ではない」
なんて事を……なんて事をしたんだ!
私は……無意識の内にエドンの胸倉を掴んでいた。
「何故……何故助けなかった!」
だが、エドンが言った言葉は、
「その言葉、そっくりそのまま返すよ。長老に殺された同胞を何故助けなかった?」
エドンは怒っていた。
あまりにも理不尽で、意味不明な理由で。
「それと……暴走した長老からこの里を守ってくれた恩人達なら、既にこの里を去ったよ」
「去った?長老を殺した連中に何の罰も与えずにか!」
「彼女達は『某達が来てしまったから奴らが里に来た』と言ってくれたが、正直、恩知らずな行為を強要された気分で腹ただしいよ」
「エドンが、恩知らず?」
「俺だけじゃない!この里全員がだ!」
すると、エドンは私の手を振り払い、
「俺も何時かこの里を出るよ。この事件が来るまでは、聖武具を護る事に誇りを持っていたが、所詮はただの引き籠りの自己自慢だったよ」
そう言うと、エドンは不機嫌そうに去って行った。
「……なんだよ……あんな言い方……」
ノノ・メイタperspective
僕は、今回の一件で確信した。
「ツキツバさん!」
「またかよ」
今はセツナと口喧嘩している場合じゃない!
「やはり急いでセイン様の許に往きましょう!」
そうだ!
今回のエルフの里の悲劇の様な事を一刻も早く終わらせる為にも、急ぎセイン様と共に魔王を倒さなきゃ!
だけど……
「申し訳ありません。今回ばかりはノノ殿を庇う事は出来ませぬ」
「え!?何で!?」
そんなツキツバさんの表情は、どこか怒っていて、僕は怖かった……
「本当に急ぎ魔王を倒さねばならぬのであれば、何故セイン殿はこれと言った動きを見せぬのです?」
……確かに、ツキツバさんの言い分にも一理あった。
その証拠に、魔王の手下はどれもツキツバさんばかり襲っている様に観える。
セインの言う通り、魔王はセイン様よりツキツバさんの方を危険視して……
「でも……魔王を倒せるのは勇者だけなんだ」
その事実を口にしてはみたが、だとすると、魔王の手下達の今までの行動が矛盾する。
魔王が危険視するのは勇者であるセイン様であって、悪く言えば部外者でしかないツキツバさんを警戒する理由が無い。
僕は……考えれば考える程、混乱してしまった。
第32話:勇者の計算外その7
セインperspective
城塞都市ラワナへと到着した。
ここは魔族と最も激しい戦いを繰り広げている街だ。
馬から下り、地に足を付ける。
街の入り口に立つ兵士に冒険者カードを見せた。
「おおおっ、勇者様でしたか! どうぞお通りください!」
「そうさせてもらう」
街の中では多くの兵士や騎士を見かける。
彼らは僕には目もくれず足早に通り過ぎて行く。
ここに勇者がいると知れば、彼らはどのような顔をするのだろう。
さぞ驚くに違いない。
慌てて跪き喜びに涙するはずだ。
だが、あえてそのようなことはしない。
自ら勇者だと名乗るのは愚であると気が付いたのだ。
やはりさりげなく正体がばれる方がいい。
もっと言えば、僕が勇者だと強調されるトラブルでも起きてくれれば最高だ。
「ねぇ、セイン。そろそろちゃんとした聖職者が欲しくない?」
「そうだなぁ。確かにソアラは足手まといになってきたかな」
「えぇ!? 二人とも何をおっしゃるのですか!?」
「実はね、新しい聖職者の目星を付けてるの。もちろん女よ」
「それはいいね。さすがリサだ」
リサの提案は良いタイミングだった。
僕のレベルはすでに70台、リサも50台。
未だ40台のソアラは少々成長が遅い。
それに保守的な性格が、度々足を引っ張ってきた。
そこそこ顔も体も良いが、世の中には聖職者はごまんといる。
わざわざこいつを使い続けるメリットは薄い。
第一、もう飽きたんだよ。
リサは僕の最高の女だから捨てる気はさらさらないが、ソアラはもうどうでもいいかな。
「でもセインの事を言いふらされるのは困るわよね」
「じゃあ奴隷商に売るか」
「それいいわね。そうしましょ」
「セイン、リサ……あなた方は何を……」
僕はソアラの腕を掴み引っ張って行く。
奴隷店を見つけるとそのまま中へと入った。
出迎える奴隷商にソアラを突き出す。
「こいつを買ってくれ」
「では少し見させていただきますね」
「セ、セイン!?」
ソアラは店の奥へ連れて行かれた。
数分してから奴隷商が、ソアラを連れて笑顔で戻ってくる。
「非常に良い品ですね。ところで、状態異常が出てますが……?」
「買い取り金額から四割引いてくれ」
「……なるほどなるほど、かしこまりました」
商人は腰を低くして気持ちの悪い笑みを浮かべる。
ソアラは奴隷としては価値の高い女だ。
金に意地汚い奴隷商がいちいち洗脳など気にするはずがない。
「セイン、どうか考え直してください」
「五月蠅いぞ。いい加減自分の運命を受け入れろ」
「――!?」
ソアラはうつむいて「はい」と力なく述べる。
そう、それでいいんだよ。
ウザい女は僕は嫌いだ。
勇者の隣に立てるのは最高の女だけだ。
僕と幼なじみってだけで特別になれるとでも思ったか。
笑わせてくれるよ。お前は最高のハーレムを作るまでのつなぎでしかないんだからさ。
カウンターに金の入った革袋が置かれる。
量でいえばそこそこありそうだ。
値段なんてどうでもいい。
奴隷になってどこかで壊れてくれればそれで満足さ。
「後のことはよろしく」
「ありがとうございました。またのお越しを」
リサを連れて店を出る。
セツナperspective
私達はフラウから貰った妖精の粉を使って城塞都市ラワナへと急いでいる!
……筈だった。
「ん?あれは?」
ツキツバが発見したのはただの馬車……
じゃない!
「あれはもしかして」
「奴隷商の馬車だ」
奴隷は2種類に分けられる。
罪を犯した者と売られた者だ。
基本的に犯罪者は一般市場には流れない。そう言う奴らは鉱山などに押し込まれ強制労働させられる。
で、もう1つが金に困って家族などを売り払うケースだ。
実はこっちの方が圧倒的に多い。
だが、実際は3つ目が存在する。
公然の秘密とも言うべき、攫った者達を裏で売買する手段だ。
これについては各国取り締まってはいるが、それは表向きだけである。
オークションなどをみればそれがよく解るだろう……
で、私は結局、その馬車を襲い、奴隷商人を叩きのめしてしまった。
「どうして奴隷に……」
「セインに捨てられたのです。レベルの高い聖職者を見つけたので、お前はもう用済みだと売られてしまいました」
私が勝手に開放してしまった奴隷の口から出たあの忌々しい外道の名。
それを聞いて、ノノが即座に反論する。
「そんなの嘘だ!」
だが、そこに理論的な物は無く、ただの感情論に思えた。
それを知っていながら……ユーミルが彼女の頭にあの液体をかけた。
体がぼんやりとピンクに光った。
間違いない。彼女も洗脳されている。
「お前はセインに洗脳されている」
「……そうでしたか。薄々そんな気はしていたんです」
ネイと同じ反応だ。
彼女も違和感を覚えていたらしい。
懐から最上級解呪薬を取り出した。
「これで洗脳は解ける。飲むかは自分で―――」
目にも留まらぬ速さで小瓶をかすめ取り、男らしく親指で栓を開けると一気に飲み干す。
「うぎっ!? あがっ!??」
「大丈夫か!?」
「うぎゃあぁぁあああああっ!」
頭を抱え身をよじる。
ネイの時と同じだ。
が……
「せぃいいいいんんん、よくもこの聖職者である私に舐めた事してくれたわねぇええ」
あれ、なんか違うぞ?
目が据わってる。
めちゃくちゃ殺気がにじみ出ているんだが。
もしかしてずっと……本性隠してましたか?
セインperspective
「あれよ」
「……ふぅん」
酒場の隅に女がいた。
深くかぶったフードから覗く整った容姿。
体全体から色気を醸し出しており、露出した深い胸の谷間が目をひく。
まさに僕好みだ。
しかもレベルは60台。
正直、直接手に入れるより他人から奪う方が気分が良いが、この先の本格的な戦闘を考えれば贅沢は言っていられない。
さりげなく目の前の席に座った。
「やぁ、今は1人かな?」
「そうだ」
「見たところ聖職者の様だけど、もしよかったら僕らとパーティーを組まないか」
目を合わせ誘惑の魔眼を使用する。
「貴方名前は?」
「ミリム」
「へー、良い名前じゃない」
横からずいっとリサが出てきて視界が遮られる。
一瞬だったがそれでも魔眼の効果はあったはずだ。
焦る必要はない。
これから徐々に重ねがけをして洗脳して行けば良いんだ。
「返事だが、お前のパーティーに入ろう」
「うん、良い返事だね」
やはり効果はあった。
態度が少し軟化した気がする。
そこで彼女の右手にはまっている指輪に目がいった。
「綺麗な指輪だね」
「これは恋人にもらった物だ。もういないが」
「冒険者だったのかな」
「ああ、良い人だった」
それを聞いてゾクゾクする。
ああ、失った恋人を想い続けるその心、なんて綺麗なんだ。
それを僕の物にできるなんて最高じゃないか。
我慢するなんて思ったけど、この子以外に考えられないよ。
「じゃあ宿でこれからの話をしようか」
「ああ」
彼女は素直に応じる。
ふひっ。
轟く爆音と怒声。
兵士達が魔族の砦を落とそうと攻め続ける。
堅牢な城塞は魔法でもびくともせず、暗黒領域への道を塞ぎ続ける。
入り口を守るのは魔王軍幹部の1人デナス。
大曲刀を操り兵士をゴミ屑のように容易に切り飛ばす。
「うぉおおおおおおおっ!」
「!?」
僕の剣と大曲刀がぶつかり合った……
途端、〈フレイムソード〉がぽっきり折れた。
「なんでだあああ!? 売れば金貨八千枚は下らねえ〈マジックアイテム〉だぞお!?」
「ははは! 大方、模造品か粗悪品でもつかまされたのではないのかね?」
思わず折れた〈フレイムソード〉の根元を凝視し、デナスがその様が如何にも滑稽とばかりに大笑する。
「冗談じゃねえ!僕の目の前でやらせたんだ!しかも、勇者である僕が使う事を想定してだ!模造品でも粗悪品でもある訳がねえ!」
「ほう。ならば銘が刻まれている筈だな?なんと言うのだ?」
な……に……?
あの爺……まさか!?
「銘だよ。優れた匠は、己が精魂込めた造形物に必ず銘を刻むものだ。剣ならばちょうど、その根元辺りではないか?」
ひとまず今日のところは撤退だ。
数日中の内に必ず倒す。
覚えていろ。
「逃げるのか勇者よ」
「違う! 今日のところは見逃してやるだけだ!」
「くくく、そうか自分は見逃されるのか」
「笑うな! 次は必ず殺すからな!」
僕らは全力で後方へと下がった。
月鍔ギンコperspective
なんとか街の入り口まで到着すると、門を守る兵士に止められる。
「怪しい奴らめ!身分証明書を見せろ!」
身分証明書?
あれ、どこでしたっけか?
懐に手を入れて冒険者カードを探す。
そこで兵士の視線が某の腕輪に向いた。
「おい、ちょっと待てよ、その腕輪もしかして英雄の証か?」
指揮官らしき中年の男性は顔が青ざめていた。
「失礼いたしました!まさかアルマンの英雄だったとは!」
あるまんの?
それは、某の事か?
反応から見るに尾ひれの付いた碌でもない噂でしょう。
兵士に捕まり街の中へと連行される。
そんな中、セツナ殿が兵士達に質問します。
「なぁ、砦は落とせそうなのか」
「さぁな。守りが堅くて苦労してるらしいぜ」
「勇者は来てるのか?」
「あー、あの噂の勇者ね。どうだろ、最初はちやほやされてたが、活躍している話はまったく聞かないな」
つまりセイン達もここに来ていて、足止めを食っているという事なのでしょう。
ようやくはっきりと背中を捉えた様です。
セツナperspective
恐らく私達にとって今日は、この先の運命が決まる日だ。
なにせここにはアイツが来ている。
勇者を殺せば大きな罪となる。
相応の罰が与えられるのは当然だ。
どうなるかは判らない。
だが、たとえ情状酌量の余地があっても軽くはならないだろう。
最悪処刑されるかもしれない。
それでも!
……ノノには悪いが……
城塞都市ラワナからそう遠くない場所には、巨大な外壁がそびえ立っている。
これは魔族側とヒューマン側を隔てる壁だ。
そして、その先に最前線である戦場があった。
遙か地平線の先に、暗黒領域への入り口に城塞が立ち塞がる。
知名度があった事も幸いして、私達はあっさりと壁を通過。
ヒューマンの軍がいる野営地へと訪れる。
無数のテント群へと入ると、槍を持って駆けて行く兵士達を見かけた。
空気はぴりつき緊張が横たわっている。
正直あまり長居したいとは思えない雰囲気だ。
どんっ!と遠くで爆音が響く。
砦を落とす為に多くの魔法使いがかり出されているようだ。
「状況は?」
「芳しくありません。デナスが猛威を振るい、城塞の入り口を突破出来ない様です」
「勇者はどうしている!?その為に来たのだろうが!」
「デナス相手に連敗中です。現在も戦っているかと」
「くそっ!これではいたずらに犠牲を増やすだけだ!もっと力を持った者はいないのか!」
フルアーマーにマントをつけた男性が怒鳴っている。
察するに戦況はあまり良くないらしい。
彼は私達を見てムッとした顔をした。
「何だこいつら!?何で小娘共がこんな所にいるんだ!?」
おいおい……
気持ちは解るが―――
「某の名は月鍔ギンコ!これでも立派な侍です!」
「……サムライ?」
指揮官はツキツバの元へ駆け寄り右手を掴んだ。
「良い所に来てくれた!貴殿らの様な高名な英雄を待っていたのだ!いやぁ、これで戦況は大きく変わるぞ!」
あのツキツバがキョトンとしている……やけに新鮮だ。
「あの、それよりセイン殿をだな」
「勇者殿をお捜しならあの魔族の砦に行けば良い!ついでに攻め落としてくれても構わんぞ!だははははっ!」
なんなんだこの人、やけに調子が良いな。
だが、セイン達の居場所が分かったのならどうだっていい。
砦は……邪魔になるので言う通り落とすつもりだ。
さあ……決着を着けよう!
第33話:真実との遭遇
連載が遅れた事への謝罪
先日、愛用していたパソコンが故障してしまい、修理が終わってから執筆となってしまいましたので、第33話の掲載がここまで遅れてしまいました。
申し訳ございません。
セツナperspective
さて……
これからウンコセインと戦いに往くのだが……
所詮は本当の戦場を知らない冒険者紛いと言う事か……
私は……無数の魔族と無数のヒューマンとの激突に……正直ビビっていた。
「これは……ウンコセインを殺しに往くのか?それとも、魔王軍に殺されに逝くのか?」
冒険者は所詮アマチュアだ。
兵士や傭兵のように常に対人戦用に鍛えているわけではない。
私だけじゃない……
ノノはもちろんの事、フラウもユーミルも内心怖気づいているだろう……
ただ……
「懐かしいですな。合戦の空気」
「ツキツバ!アレに爆裂魔法を撃っても良いんだな!?」
ツキツバとめぐみんだけは目を輝かせていた。
そうだった、この2人は、「山は高いから登りがいが有る」と言う考えの持ち主だったわ……
「って!?おい!」
2人は迷う事無く飛び出して行き、ツキツバは次々と魔物を切り刻んでいき、めぐみんは、
「黒より黒く、闇より暗き漆黒に。我が深紅の金光を望み給う。覚醒の時来たれり、無謬の境界に落ちし理。無業の歪みとなりて、現出せよ!踊れ、踊れ、踊れ!我が力の奔流に臨むは崩壊なり!並ぶものなき崩壊なり!万象等しく灰燼に帰し、深淵より来たれ!これが人類最大の威力の攻撃手段!これこそが究極の攻撃魔法!|爆裂魔法!」
さて……
これからウンコセインと戦いに往くのだが……
所詮は本当の戦場を知らない冒険者紛いと言う事か……
私は……無数の魔族と無数のヒューマンとの激突に……正直ビビっていた。
「これは……ウンコセインを殺しに往くのか?それとも、魔王軍に殺されに逝くのか?」
冒険者は所詮アマチュアだ。
兵士や傭兵のように常に対人戦用に鍛えているわけではない。
私だけじゃない……
ノノはもちろんの事、フラウもユーミルも内心怖気づいているだろう……
ただ……
「懐かしいですな。合戦の空気」
「ツキツバ!アレに爆裂魔法を撃っても良いんだな!?」
ツキツバとめぐみんだけは目を輝かせていた。
そうだった、この2人は、「山は高いから登りがいが有る」と言う考えの持ち主だったわ……
「って!?おい!」
2人は迷う事無く飛び出して行き、ツキツバは次々と魔物を切り刻んでいき、めぐみんは、
「黒より黒く、闇より暗き漆黒に。我が深紅の金光を望み給う。覚醒の時来たれり、無謬の境界に落ちし理。無業の歪みとなりて、現出せよ!踊れ、踊れ、踊れ!我が力の奔流に臨むは崩壊なり!並ぶものなき崩壊なり!万象等しく灰燼に帰し、深淵より来たれ!これが人類最大の威力の攻撃手段!これこそが究極の攻撃魔法![[rb:爆裂魔法 > エクスプロージョン]]!」
敵味方問わず、私達から入り口までの障害物が綺麗に消えた。
おかげで……迷いは消えた!
「フラウ、行くぞ!あの門をこじ開ける!」
「わかったわ!ばっちり粉砕してくるから見てなさい!」
真上に飛翔したフラウは、そこから流星のごとく門へと突撃した。
轟音が響き城塞の門が吹き飛んだ。
そこから兵士達が、門の前にいる勇者達を避けるようにして城塞の中へとなだれ込む。爆裂魔法 > エクスプロージョン]]!」
敵味方問わず、私達から入り口までの障害物が綺麗に消えた。
おかげで……迷いは消えた!
「フラウ、行くぞ!あの門をこじ開ける!」
「わかったわ!ばっちり粉砕してくるから見てなさい!」
真上に飛翔したフラウは、そこから流星のごとく門へと突撃した。
轟音が響き城塞の門が吹き飛んだ。
そこから兵士達が、門の前にいる勇者達を避けるようにして城塞の中へとなだれ込む。
月鍔ギンコperspective
「どうした勇者、早く立ち上がれ。まだやれるだろう」
「うぐっ……なんなんだこいつ……」
どうやら、あそこで片膝をついておる金色の髪の者がノノ殿が慕い、セツナ殿が忌み嫌った……
「セイン殿おぉーーーーー!」
某の声にセイン殿と思われる男性を見下ろしている男が反応しました。
「この強者の気配、並々ならぬ実力に血肉沸き立つ。もういい。お前達には興味が失せた。自分はあの女と刃を交えさせてもらう」
「おい! 戦っているのは僕だぞ!」
どうやら、セイン殿は眼中に無い模様です。
「雑魚に用はない。どうせやるならきちんと殺せる相手だ」
「何を言って!?」
セイン殿が振り返り、某と目を合わせた。
「誰だお前!?」
だが、既に奴はセイン殿を見ていない様です。
「名は?」
「月鍔ギンコ、侍です」
「自分はデナス」
次の瞬間、刃と刃が合わさった。
剣を合わせる度に火花が散り、衝撃波が地面をなめる。
「勇者でもない者が単身でここまでやるとは。面白い」
「本気でやったらどうだ」
大きく振り抜きデナスを下がらせる。
まどろっこしいのは嫌いだ。
さっさと本気で来い。
「その台詞、吐いた事を後悔させてやろう」
ニヤリとしたでなすが大曲刀の力を引き出す。
剣から根っこのようなものが腕に潜り込み、肩から腕に掛けて甲殻や棘が出現する。
更に胸の辺りまで根は伸び、右の胸に大きな口が出現した。
気配がぐんと大きくなり、空気がよどんだ気がした。
「これで自分のレベルは240となった。もう少し戦いを楽しみたかったのだがな」
「いや、それくらいでちょうど良いです」
「……なんだと?」
次の瞬間、刃と刃が合わさった。
剣を合わせる度に火花が散り、衝撃波が地面をなめる。
「信じられん、これほどのヒューマンがいたとは」
それに引き換え、セツナ殿は既にでなすを見ておりません。
見ているのは……
めぐみんperspective
この様な大規模な戦場で爆裂魔法を好きなだけ放てるとは……アークウィザード冥利に尽きます!
ただ、セツナのセインを見る目は恐ろし気でした。
「セツナ……」
だが、セインがやってきた事を考えれば、セツナが怒りを抱いて現れるのは至極当然じゃないだろうか。
「あのデナスが……勇者である僕ですらまともに一撃も入れられなかったのに。何度も何度も戦い、さっきようやく傷をつけられたんだ。なのに……」
セインがふらりと立ち上がる。
剣は未だ右手に握られたままだ。
左手で口の端から垂れていた血を拭う。
その目は味方に向ける生暖かいものではない……殺気が籠もっていた。
「そうか、判ったぞ!」
「何が?」
「とぼけるなサムライ!何度も何度も何度も、僕の邪魔をしやがって!」
瞬きもしない大きく見開いた目に、狂気の様なものを感じた。興奮した様子で声を荒げる姿に、ノノに慕われた頃のセインは見えない。
いや、これがこいつの本性だったのだ。
優しく頼れるリーダーを演じていただけ。どんな時も仮面の下には醜い顔があったんだ。
仲間らしき2人の女性は沈黙している。
「ネイとソアラから事情は聞いている。お前が誘惑の魔眼所持者だって事もな」
「あの2人と、会ったのか!?」
その先の説明は気が引けますが……
「ネイなら……ツキツバが殺しました。あのまま……無気力な状態のまま自殺するより、誉高い戦死を与えた―――」
その時、セインの目が鋭く光りました。
「殺しただと?殺しただとぉー♪」
……つくづく馬鹿な男です。
「その先は……言わない方が得策です」
「無駄だ!そんな事を言っても―――」
本当に馬鹿な様です……今日までセインを信じたノノの気持ちも知らないで……
「そしたら、誘惑の魔眼の事も公僕に言いますよ」
「くっ」
セインの顔が怒りに歪む。
まるで『どうしてお前の元にいるんだ』とでも言いたそうだ。
「なぜだ?その様な危険な力を―――」
「お前が言うな」
ユーミルの突っ込みは……セインの余計な一言のせいで、無視する事になってしまった!
「どうして?聞くまでもないだろう?欲しかったんだよ全てを!金、女、地位、名声、全てを僕は手に入れたかったんだ!そうだな、それと他人が大切なものを奪われて、泣き叫ぶ姿も見たかったかな!はははっ!」
その瞬間、どさり、と後方でノノが倒れた。
「ノノ!?」
セインの事でノノといがみ合っていたセツナが、倒れたノノを抱えておりました。
その途端、私は爆裂魔法を唱えていた。
「黒より黒く、闇より暗き漆黒に。我が深紅の金光を望み給う―――」
が、私とセインとの間に素早く入ったツキツバが、拳をおもいっきり奴の顔面にめり込ませる。
奴は吹っ飛び、無様に地面を転がった。
「目を覚ませ!それでも武人か!?」
直後に、セインがツキツバの首めがけて剣を振る。
「もういいよ、死ねよツキツバ!死んで僕の邪魔をした事を詫びろ!」
地面を強く蹴って飛び出したセインは、斜め上から剣を振り下ろそうとした。
が、ツキツバが拳をおもいっきり奴の顔面にめり込ませる。
「ぬるい!なんだその太刀筋は!?もっと真面目にやれ!」
「と言うか……この様だとお前では私は殺せない」
「馬鹿にしやがってっ!!」
その後、わめくセインを無視したツキツバは、セインが連れていた女性達の方を向き、
「それと……いつまで化けの皮を被っている?」
……は?
ノノ・メイタperspective
「ぐおぉーーーーー!?」
物凄い寒気で目を覚ましました。
それを見たセツナが悲し気に僕を見ていました。
「目を覚ますのが……ちょっとばかり早かったんじゃないのか……」
「どう言うこ……」
ツキツバさんの前にいたのは、黒いドレスに身を包んで禍々しい杖を握っている妖艶な女性だった。
彼女は挑発的な目をして、紫の唇をペロリとなめた。
「これだけの力を持ちながら、この様な武人の誇りを捨てた外道の下とはな……魔王……」
「なんだ、と」
ツキツバさんの言葉に耳を疑った。
立ち上がったセイン様も動揺していた。
「リサ、その姿は?」
「驚いたかしら。そう、私が魔王なの」
彼女はセイン様に歩み寄り、そっと顎先に指を添える。
「私があなたに全てを与えてあげる。世界を統べる王にしてあげるわ。そうなれば魔王を従える偉大なる勇者として歴史に名が刻まれるでしょうね」
「僕が、魔王を従える……」
「歴史的快挙よ。全ての人間が賞賛するわ」
彼女からの答えはもちろん『NO』―――
「くひ、いいね。僕はそういうのを待っていたんだ」
セイン様の顔が喜びで染まる。
だが、それは欲望に飢えた者の醜い笑み。
なぜだ……なぜNOを突き付け、最終決戦の幕を開かない!?
「だ……そうだ……あの様子じゃ、ツキツバとフラウは一目視ただけで直ぐ見抜いた様だがな?」
「NOおぉーーーーー!NOおぉーーーーー!NOおぉーーーーー!」
そうだ!これは夢だ!
そして……僕は自分の顔を殴り、そのまま―――
月鍔ギンコperspective
「セツナ殿……ノノ殿にセイン……もとい!そこの屑女を見せたくなかったのは、このためか!?」
某の質問に対し、セツナ殿は残念そうに顔を下に向けました。
「いや……私が気づいていたのは、セインがウンコクズなだけだ。まさか、魔王がヒューマンに化けてセインの仲間を騙っていたとは……」
某は……再び気絶したノノ殿を見ました。
「……なら、まだ間に合うな」
「間に合う?」
そして、
「魔王とやら!……これまで戦ってきたあやかし達は皆、自らの誇りを賭けて、全身全霊で戦う者ばかりだったぞ。お前がその場しのぎで送り込んだ屍を弄ぶ暗殺者だけは違ったがな」
「……は?」
「配下の者が必至で戦っている間、貴様はその力を隠し、人の化けて勇者セインに近づき、誘惑の魔眼を与えて堕落させた―――」
「はいストップ。セインに誘惑の魔眼を与えたのは私じゃない」
「この期に及んで何を言っている?」
「知っての通り魔王である私にとって一番の脅威は勇者よ。とてもじゃないけど、魔王戦に特化した勇者のジョブは放置できるものじゃないわ。でも排除してもまた100年後には現れるじゃない。すごく面倒、いちいち相手してられないわ。そこで私は、じゃあ仲間にして近くに置いておけば良いじゃないって考えたの」
「だから、セインに誘惑の魔眼を与えて堕落させたのであろう?」
「逆よ。まず私は占術師のレアジョブを持つ配下に、勇者がどこに現れるか未来予測して貰ったわ。それから、あどけない子供のフリをして村に越したの。でも計算外だったのはセインに誘惑の魔眼が出た事ね。面倒なスキルに目覚めてくれて本当に困ったわ。おかげで排除するのに手間取ったわ。セインには私に信頼を寄せてもらわないといけないのに、どうでもいい2人に意識を割かれると困るのよ。信じられるのは私だけ、そう思ってもらわないと計画は失敗だもの」
その為にネイ殿とソアラ殿に失態を演じさせてセインの失望を買ったというのか?
貴様の配下が、命懸けで某と戦っている間に……
「つまり、『配下の者が必至で戦っている間、貴様はその力を隠し、人の化けて勇者セインに近づき』の部分は、事実なのだな?」
「そうよ。あの子も私が手配した配下だし」
聖職者らしき女性は指輪を外す。
次の瞬間、姿形が変わり痩せ型の引き締まった魔族の男となった。
「うぇ!?」
なぜかセインが狼狽している。
魔族の男はセインに恥ずかしそうな顔を向けた。
それから顔を赤らめて自身のお尻をさする。
……まさかと思うが、あの男と衆道……
やめよう!
今はそれどころではない!
「事情は解ったかしら?最初から貴女には1㎜も興味が無かったし、さらに言えば早く殺したいくらいだったの。見逃したのはせめてもの優しさね」
ようやく真実を捕まえた。
全ては目の前の毒婦から始まっていたのだ。
「ミリム、恐らくこの女のレベルは200近くよ。注意して戦いなさい。それと私は城に帰るから、適当に相手したら戻ってきなさい」
「はっ」
「逃げるか!?それだけの力がありながら!?」
「でないと、貴女、私ごとセインを殺すつもりでしょ?それだと困るのよ」
「だとしら……魔王リサ、既に敗れたり!」
第34話:英雄となった女侍
月鍔ギンコperspective
「魔王様の命により貴様の相手をする」
「どけ!邪魔だ!」
力任せに剣を叩きつけるが、奴は槍で衝撃を逃し、鳩尾に強烈な蹴りをたたき込んだ。
蹴り飛ばされた某は、空中で体勢を整え、なんとか地面に指を立てて勢いを殺した。
「ツキツバ!」
「見えている」
「―――万象等しく灰燼に帰し、深淵より来たれ!これが人類最大の威力の攻撃手段!これこそが究極の攻撃魔法!|爆裂魔法!」
「魔法使いか、邪魔な―――」
「フラウがいる事を忘れないでよね!ブレイクハンマー!」
「ぐぬっ!?」
咄嗟に槍でガードした奴は、滑る様にして着地した。
「一撃でこのダメージ、魔装しなければ」
だが、その前に氷の刃が通り抜け、ミリムの右腕を肩から切り飛ばした。
宙を舞う腕と槍。
「そのような暇を与えて貰えると思ったのか」
「あぎっ!?ひぃ、ひぃいいいいいっ!!」
ミリムは傷口を押さえて逃げ始める。
転んでも立ち上がって必死で走り続けていた。
その姿はあまりにも無様で滑稽だ。
セツナ殿が目で『どうしますか?』と問いかける。
「……いや、もう良い。あんな者を斬ったところで、あの毒婦を取り逃がした時点で某達の負けです。それに……」
某は、不都合な真実の連続に耐え切れずに気を失ったノノ殿を看ました。
「あれを斬り捨てたぐらいでは、ノノ殿の心の傷は癒えません」
セイン達は既にどこにもいなかった。
「逃げられたか」
左の拳を強く握りしめる。
セツナperspective
ヒューマン共にとっては最悪と言っていい。
魔王どころか勇者までもが敵に回ってしまったのだ。
歓声が聞こえる。
見れば砦にグレイフィールドの旗が立っていた。
暗黒領域への道を開いた。
いつでも魔族の領域へと踏み込む事が可能となったのだ。
だが、そこに私達の笑顔は無い。
前線から離れ数日後。
グレイフィールドの首都へと至った私達は、宮殿へと足を運んでいた。
玉座に座るのはグレイフィールドの国王。
まだ40代と若く、その目は力強さで漲っている。
「勇者が裏切ったと言うのは真か!」
「この目で見た。ウンコセインは、勇者は魔王に連れられ暗黒領域へと向かった」
「討つべき者が逆に取り込まれるとは!とんでもない事をしでかしてくれた!」
国王は肘置きを拳で叩いた。
謁見の間に重い空気が横たわる。
既にアルマン王には、メッセージのスクロールで報告を入れている。
早い内にバルセイユ王にもセインの裏切りが届くだろう。
「しかしどうしたものか。今はどの国も聖武具を持つ程の英雄が不在だ。加えて魔王を討てる程の兵力もこちら側には無い。せめてもう少し時間があれば」
「その役目、某が引き受けよう!」
出た。
ツキツバのいつもの癖。
そのせいで、ツキツバは魔王軍の幹部と何度……
そこで、私はツキツバと出逢ったばかりの頃の会話を思い出す。
……やはり、テンショウジのホトケはこの事態を予見していたのだ!
だからこそ、この世界にツキツバ・ギンコを送り込んだのだ!
という事は、アルマン王の次の言葉が容易に予想出来た。
「よろしい。では貴公に勇者の称号を授けよう」
「え?某が?」
「とは言っても称号を渡すのはアルマン国となるだろうが。こうなった以上、可及的速やかに勇者の席を埋めなければならない。できれば元から貴公が勇者だった、としたいところだ」
『できれば元から貴公が勇者だった、としたいところだ』……ね。
各国の士気に関わるからか?
私が知る限り魔王と手を組んだ勇者は、長い歴史を見ても1人としていない……事になっているのは?
「ですが、白状すると、某は『ここ』ではない『別の世界』から来た者。故に某は部外者ですぞ」
「では、勇者の称号はサムライに与えるとしよう。それならばその事実を伏せたままでも活動出来るのではないか?」
「って!私達を巻き込む気か!?」
「そう拒むな。すでにサムライは巷で真の勇者ではないかと囁かれている。その噂にお墨付きを与えるだけの話だ。もし勇者であり続ける事が嫌ならば、パーティーを一度解散すれば良い」
なるほど、解散して新しい名前で再結成すれば良いのか。
そうすれば称号から解放され、私達は元の自由な生活に戻れる。
だが、勇者のジョブを持っていないのに、勇者になって良いのだろうか。
それに、ウンコセインがこの前言っていた『何度も何度も何度も、僕の邪魔をしやがって!』は、つまりそう言う事ね。
ま、ほぼウンコセインの自業自得だけど。
「それと暗黒領域に踏み込むのは待ってもらいたい。砦は落としたものの、未だ守りは不安定な状況だ。しばしこの街で過ごしたのち、出発してもらえないだろうか」
それはある意味ありがたい。
実は……私達の中に、今回のウンコセインの裏切りを納得していない奴がいるんだ……
めぐみんperspective
2人が謁見の間から出てきました。
「どうでした?」
セツナがぐったりとした表情で言いました。
「私達……勇者になった……」
ですが、私の答えは素っ気無かったです。
「そうですか。つまり、私もですね」
「そうだよ。お前は気楽で良いよなぁ」
もっと気楽な方がセツナのお隣にいますがね。
「と言う訳で、魔王と合戦しに往きます」
「……ま、多少の猶予は頂けたがな」
「猶予?」
セツナの話だと、連合軍の再編が完了するまでこの国で待てとの事です。
「つまり、兵力が集まったら……」
「そう言う事だ」
それは良いのですが、ツキツバがそれまで待てるかと言う問題もあるが、それまでに間に合うか……ノノの心は。
あれから3日が経ちましたが、未だにノノは部屋に引き籠っております。
「やはり……ショックだったのでしょうな」
「ええ。ノノ殿は、信頼し慕った者にあそこまで卑劣に裏切られたのですからな」
そして、ツキツバはもしもの事を口にしました。
「やはり、ノノ殿を村に帰すべきなのでしょう」
私は……返す言葉が無かった。
先程、ユーミルが怒鳴り散らして激しくノックしながらノノを挑発した様ですが……
「あんなヘタレ、もうどうでもいいよ!」
効果は無い様です。
まさか!?あの部屋の中で死んでいるのではないのか!?
ツキツバの見立てではまだ大丈夫だそうですが……
そんな中、1人のエルフが私に話しかけました。
「探したぞ」
「……誰ですか?」
私がボケた途端、エルフは頭を抱えました。
「あー!やっぱり忘れていたかぁー!長老が魔王軍の死人使いに操られた時、俺達スノーエルフは何の役にも立たなかったからなぁー!」
「申し訳ありませんが、私達があなたを忘れた理由はそれでは全くありません」
もちろん、目の前のエルフは首を傾げた。
「どう言う事だ?」
私はそのエルフに全てを話しました。
勇者セインがヒューマンを騙って仲間のふりをしていた魔王リサに誑かされ、魔王リサの進言に従って『魔王を従える勇者』を目指してしまった事。
勇者セインが魔王を斃して世界を救うを信じていたノノがショックで部屋に引き籠った事。
勇者セインが誘惑の魔眼の持ち主で、それを使って様々な女性を寝取ろうと目論んでいた事。
その全てを。
もちろん、彼の答えは絶句だった。
「こっちも大騒ぎですよ。軍の再編成の必要性が出てきましたからね」
エルフがしばらく考え、そして、
「……レベルはいくつか?」
「それを訊いて如何するのですか?この私に魔王リサに向かって爆裂魔法を撃てと?」
それに対し、エルフは首を横に振った。
「それは、あんたのレベルしだいだ」
耳が痛い話です。
「もし、魔王軍に寝返った勇者セインが本当に誘惑の魔眼だと言うのであれば、更にレベル上げに勤しむ必要が有る。もし、万が一きゃつのレベルが君達のレベルを超えてしまったら……」
……耳が痛い話です。
そこで、エルフは私に提案をしました。
「我々の里の近くにある聖武具を使ってみないか?」
確かに……『戦闘時のみ使用者のレベルを一時的に4割アップさせる』という特殊効果を備えている。
だが……
「思い出してきました……確か、ツキツバは―――」
「今はそんな事を言ってる場合じゃないだろ?」
それはそうですが、ノノの事を思うと、素直に頷けませんでした。
「問題は―――」
それに対し、エルフは真剣に答えました。
「俺が必ず説得する!今この世界に必要なのは、魔王軍と戦う者達が誘惑の魔眼を上回るレベルを得る事だろ?」
「……本気の様ですね。で、名は?」
「エドンだ」
「解りました。では……その前にフラウを呼ばせてください」
「フラウ?」
「彼女の『要請の粉』を使えは、あっという間に着けるでしょう」
エドンperspective
「!?」
どこからか矢が飛んできて木に突き刺さった。
「ここはお前達の踏み込める場所ではない。すぐに帰れヒューマン」
高い位置から着地したのは……アリューシャだった。
「アリューシャ!聴いてくれ―――」
踏み出そうとしたところで目の前に矢が立った。
「する必要はない。エドンの後ろにいる|悪、我々と長老に対し思うところはないのか」
……まだそんな事を言っているのか!
「話を聴け!」
「忘れたというのであれば思い出させてやろう」
……駄目だ!完全に平行線だ。
説得では時間が掛かり過ぎる!
ならば!
「めぐみんさん!フラウさん!この俺が時間を稼ぐ!その隙に―――」
「正気かエドン!?その|悪は長老を殺した罪人の仲間だぞ!」
くそ!
俺達は完全に外界との接点を完全に失ってしまったらしいな……
偽勇者のセインや魔王リサの悪行を全く知らない。そして、サムライがそいつらから名声や手柄を奪い続けていた事も。
正直に言って、何も知らな過ぎる!
「往ってくれめぐみん!そして、世界を……魔王リサと誘惑の魔眼から救ってくれぇーーーーー!」
そして、俺は勝ち目無い戦いに挑んだ!
「……許せ、娘よ。これも、世界の為だ」
だが……
「もういいわ……力尽くで里へ踏み込んでやる!」
え?……
ここは普通、この俺を囮にしてその隙に目的地に―――
「もしもツキツバがこの場にいたら、フラウの様に自らの力で道を切り開く筈です」
「!?」
……どうやら……この俺も外界を知らぬ引き籠りに成り下がったらしい……
よくよく考えたら、この程度で負けている様では、魔王リサどころか誘惑の魔眼にすら勝てないか!
「なら……時間を稼ぐ例の爆裂魔法を―――」
「―――深淵より来たれ!これが人類最大の威力の攻撃手段!これこそが究極の攻撃魔法!|爆裂魔法!」
既に詠唱を終えていた様だ……
これが戦い慣れしている者と外界を知らぬ引き籠りの差か?
「アリューシャ、お前の敗因はこの里の外を知らな過ぎた事と知れ」
めぐみんperspective
厳かで豪華な装飾が施された神殿の奥にある剣……あれこそ、聖武具!
「抜いてくれ。あんたなら」
私はエドンの言葉に頷き、そのまま剣の柄を握ると、意外と簡単に台座から抜けた。
そして、剣は豪華な装飾がされた杖へと姿を変えた。
「はー」
私はつい見惚れてしまった……
で、フラウから妖精の粉を貰って急ぎグレイフィールドに戻った。
すると、セツナが慌ててやって来た。
「何をやってたん!めぐみん!」
なんか怒ってる気がするが、とりあえず訳を言おう。
「例のスノーエルフの里の近くにあった聖剣を抜いてきた」
それを聞いたセツナが呆然としていた。
「あそこの聖剣を?あいつら、怒っていただろう?」
それについてはエドンが代わりに答えた。
「あいつらは世界を、外を知らな過ぎたのだ!だから、フラウさんとめぐみんさんに負けたのだ」
「……誰?」
「エドンだ。例の外界を知らな過ぎる引き籠り・スノーエルフの」
が、セツナは何かを思い出して話題を変えた。
「そんな事より!バルセイユが……墜ちた」
……やはり、新たな聖武具を手に入れたのは吉の様です。
色々と間違ってる異世界サムライ