鋼鉄の信条
牛乳を冷凍庫で冷やし、凍らせる。しかしながらそれはヨーグルトではなく、凍った牛乳なのだ。白くて、冷たい正方形の牛乳。ゴマとか乗せたくなるのではないか。ここで少しだけ話を湾曲させようと思う。もしもこの世の中に、本当に怖い映画が上映されていたとして鑑賞をするとする。その映画のワンシーンに凍った氷の牛乳が沈んだ天井からパラパラと降ってきたなら君は怖いと思うだろうか? 多分、思わないだろう。どちらかというとドラマチックに感じて拍手をして歓喜の叫び声を心の中で言ったり、言わなかったり、するかもしれない。それでさ。今度の日曜日の午後、可能なら夕陽がみえる海岸で熱いコーヒーに凍った牛乳の氷を入れて飲むといい。そこそこ、まずいと思うから。
理科の実験方法を卑しさに富む眼鏡をかけた女教師が説明していた。君はその女教師の説明を一所懸命に聞いている。嘘っぱちだよ。そんなもの。だと、僕は大声を言い放ちたい気持ちを押さえていた。君は相変わらずまじめな表情で緑板に書かれた文字をノートに書き写していた。その姿を見ていると一般的には優等生だと思いさっかくする。だが君は僕に対してこの秘文と言える文章をほんの数分前に電子データで僕に送信してきたのだ。態度とは、人の容姿まで変容させ皮膚の厚みさえも溶解させるのだ。メールの文章に再び目をやると、凍らせた牛乳がどうのこうのと言った本当にどうでもいい事が書いてある。君はもう少し学ぶ必要がある。そう、夏に食べるアイスキャンディーは何故か青色を連想させるが君の文章だとカレーのルーを溶かした後も凍らせば大丈夫だということになる。
くしゃみをした。君のくしゃみは教室のガラスに反響して跳ね返った音は女教師の耳を突き破る。それで女教師は驚いて君の顔を見た。君は恥ずかしい表情で小さく「すいません……」とだけ言った。数名のクラスメイトはクスクスと笑う。手で口をふさいで笑う女生徒もいた。そんなにおかしい事には見えない。見えるのは角が生えた鹿が学ランを身に着けて手を叩いて、その後ろの席に座るもう一人の鹿が手をパチパチと鳴らしている。透明な拍手は冷たくて水槽で泳ぐ金魚が沈み、もう二度と浮上しないそれと似ていた。君はくしゃみをした後に左手でペンを握りノートを一生懸命に写していた。その様子はさながら、オーケストラの指揮者のようで僕の心に平安と安堵、涙さえもたらした。いいんだ。それで、君は黙って、声もださずに小さな小さな世界で、絵も詩も短い話も忘れて時間の時の中で溺れて老いていけばいいのだ。それが電車の中で見る外の景色であって、本当に残念でもう二度と面白いものは書けないのだ。情熱が消えた君はなんの為に息を吸い、飯を食べ、歌を聞き、瞳を広げるのか、結局のところ君は生きながら命を消したのだ。自分で自ら、でも君は言い訳をするだろう。でもそうしても、もはや線路は消えて列車は脱線して崩れ行く事には変わりないだろう。さようなら。
僕は金属バットで机を思いっ切り叩き割った。クラスメイトは勢いよく振り向いた。黒い目は大きくて空中に浮いていた。女教師は相変わらず授業を勧めている。鹿の生徒はニヤニヤとしながら僕をあざ笑う。君は振り向きもしない。自分の世界の中で完結したつまらなくて、苦い、脆い底の中でノートを取っている。それでいいのか? うん? 君は枯れたまま? かい? 僕はスタスタと滑る床を歩いて君に近づく。これから何をすると思う? 僕が思いっ切り、切り裂くようにして金属バットを君に目掛けて振り下ろすのだろうか? でもそれでも君はきっと強情だから、シカトして無視をきめるだろうね。あはは、これはまた傑作だ。僕は金属バットを水平にスイングした。君の顔を目掛けて、無表情にノートを取る君の顔には飽きていたんだ、だから少々アッパースイング気味ではあったのは許してほしい。
チャイムが鳴る。腹が減った小人の腹の音のようで、続きがありそうだった。真っ暗な火花。
鋼鉄の信条