恋した瞬間、世界が終わる 第10部 書き残したシナリオ

恋した瞬間、世界が終わる 第10部 書き残したシナリオ

第10部 書き残したシナリオ 編

第70話「もう分け隔てのない窓」

第70話「もう分け隔てのない窓」


タクシーの運転席のヘッドレストには、広告が飾られていたーー



   22時から0時
   エネルギーの消費を抑える為
   低速な行動要請を敢行する
         
          new leaves




「new leaves?」

「おかしな名前ですよね」

タクシーの運転手はバックミラー越しに表情を読み、会話の応答をする

「ところでお客さんは、タバコを吸う人ですか?」

運転手は、ほのかに香ったタバコの臭いに気づいたようだ

「運転手、喫煙者はこの時代では厄介者なんだよ」

「そうですね、喫煙者はもう人口の1割を切っています
 それに、場所によっては犯罪者扱いされますね」

運転手は胸ポケットから葉巻を取り出し、後部座席の僕に見せた

「灰皿ある?」

僕は反射的に今では珍しい灰皿を要求した

「お客さん、タバコですか、珍しいですね」

カーンと響きそうな灰皿を後ろ手で渡され、そういうあんたは葉巻とかいうもっと珍しいものだろう?と言いたい口を咽頭の内で言葉の液体としたものを空気に気化した

「吸う?」

「では、一本」

ジュッ

一本の煙草の内で、フィルターを通じて四大元素の火と空気と、土から生まれたリンネによって分類された植物の葉、そして空気中に含まれる水分があり、それらが上手くかみ合ってケミストリーを起こしている。
そういう現象が喫煙という行為だ。

そして、ひとときの間――ここで僕は自分のことを改めて考えてみることにする


膵臓癌と、診断されて
そう、ステージ4で
で…何だっだか?
放射線治療はもう効果がないといわれ、やめて
抗がん剤は拒否した
余命は3か月と言われた
父親も癌で亡くなった、ステージ4で6か月程だった
家系という遺伝なのか、現代病なのか
いつも手遅れで気づかされることがある
世の中のことを考えた
天変地異が多くなり、食糧問題、戦争
人類の末期だと思った、僕の人生もちょうど末期だった
何かにここで出会うことが大事だった
なにかが起こらなければ、もう自分の人生は終わりだと思った
で…そう、裁判があった
裁判? なんの?

「ところでお客さん
 このまま走ってとのことでしたが、どちらまで?」

後部座席の僕の窓から見える景色と

運転手がいるバックミラー越しに見せる景色

「とりあえず…ってのは、その場しのぎの対応のことだ
 求めているのは現場の、現実への着手としての回答
 それぞれで見えている景色は違う、大きな窓と小さな窓がある
 窓越しに見た回答では不十分だ」

そう、妻は? 子供は?
僕には家族がいた

タバコを灰皿に押し付けた

「ここで、降りるよ」


自宅は残っていた

カギ穴に合うカギ
なつかしい開錠音
逃げ出すようにか、飛び出すように、家の中から記憶がわっと出た後
それは空気となって、静かな音もない空間だけになった
誰もいない

リビングのテーブルに、古いノートパソコンが一台



世界は荒れていた
朝、起きた時
ノートパソコンは起動していなかった
TVを点けると、新しい大統領の名前が

そう、僕は裁判の後、死刑になって安楽死を選び、カロドポタリクルを服用したはずだが…?
最後まで地上に残ったということか?
煙は? 彼に受け継がれたのだろうか? 
……彼?
カーテンから射し込む光は淡く
音色を失った物陰に誘い出す子供の声はない
カーテンの隙間、ヴェールが開いていた、その外はーー

窓を開けると、外と中が一体となった
隔たれていた空間の溝が埋められ、ある記憶と記憶が照応する

――ある科学者によって、人類は「機械である」ことが結論づけられた
マニュアルにより、人は種を残す必要がなくなってしまった
人類は、環境に適応するために変わらなければならなかった
過酷さの中に、耐えられる体が必要だった
「機械である」ことが結論づけられてから、機械を埋め込み、同化することが加速されていった
なぜなら、好きなこと、したいこと、など自分のやりたいことを選択できるようになったから
必要なものは、アバターに残せばいいのだから
というのも、それは誘導であって、頭の良い人間は、半分、人間である部分を残して、こっそりと生きた


「人を愛して、共に、子を育てる」


妻は…子供は……


テーブル上の古いノートパソコンを開いた
記憶だけでは生きられない
思い出だけでは不十分だ
で、結局
振り出しに戻されて
書きかけのままの物語が星になって、夜空に流れて、朝になった
フォルダの中のファイルを開いた
ここで、羊文学の“more than words”
とっくにダメになっていたはずの体
もう使い物にならないはずの
ポンコツが
見えない力に動かされたとしか、思えない

家の外へと出た


「あれ、あなたは?」

「昨日の、お客さんですね。奇遇ですね」

開け放たれた窓の外に、昨日のタクシーの運転手が立っていた。
玄関前の駐車スペースには昨日のタクシーが止まっている。
空にある雲は、昨日のタバコの煙。

「思い出しましたね」

他人の敷地内で葉巻を吸っているこの男は、奇遇ですねとかいう便利な言葉を使っている

「ところで、僕は何でまだ生きている?」

「はあ…生きている理由ですか?」

僕は……そう、頼まれていたんだ
あの人が、書き残したシナリオがあった

「まあ、いいよ」

後部座席のドアが開き、乗り込んでから考える

このタクシーの運転手は知り合いだった

「あんたは確か…」

「お客さん、どちらまで行きます?」

「ああ、あの娘に会わなければならない」

僕は、タクシーの窓越しに映る自分の姿を確認したあと

「…喫茶店に行こう」

「お腹空いたんですか?」

「人間、落ち着いてみたら、お腹が空くんだよ」



運転手とのモーニング、エスプレッソのダブルを一杯
起こり得る夜までは時間があった
その時までは、近いようで遠く、ニアイコールのような場所へと行くのには時間が掛かる
だから、その間は思い出話しに
週末だった
時間は慌ただしそうな空気がなく、穏やか

タクシーの窓は少しだけ隙間が空いて、タバコの煙は、もう分け隔てのない窓から失われた時間へと消えていく
僕はタバコを吸って、運転手は葉巻
今は9月の末頃
空気中の濃度に変化があり、木々は赤みを選ぶ
赤が来る
秋の気配が始まっていた
寄るべき場所へと寄り、徐々に夜へと寄る
時間の回転は、時間泥棒に盗まれることなく、錬金術もない
信号が赤色を点灯させ、停車する
分け隔てのない窓の縁に赤トンボが止まった

第71話「ファミレス、午前0時の確かな音」

第71話「ファミレス、午前0時の確かな音」


そうして君は、
 一つの印象から得たものを突き詰めてゆくーー


ーーファミレスの午前零時


 店内のBGMは、アストル・ピアソラ が夜の喧騒をドラマチックに表現し伝えたあと、THE BEATLESの“Now And Then”
時代の円環の終わりか、新たな時代のファンファーレを聴かせ始めました


わたしが今、対面しているのは、見覚えのある客の顔。
彼が、わたしの眼、【左眼】を捉えて離しません。
もう、彼の存在から眼を逸らすことの出来ないわたし。
彼は、テレパシーのように伝えたいことを訴え、響かせるのです。


 
 ことめいこさん

 伝え方は、様々だよ
 恋愛に掛けたり、教訓的にしたり、寓意的にしたり
 何を言いたいかは、暗示的にする
 そうした方が、うまくいく

 システムのことはあまり深く拘らないでいい
 何かが訪れるように通り道を作ること
 それに専念するんだよ

 詩を、物語を描くなら

 これは、シンボルを作る作業だよ

 これは、シンボルを作る作業だよ



わたし自身が真ん中で半分に裂けられてゆく感覚の中、その傍らで死につつあるわたしの“右眼”は、午前0時の喧騒に抗い闘う精神力を求められていました。
例えば、午前0時からの仕事にこれから行くとして、その前に仮眠してたなら、目覚まし時計の音で無理やり目が覚めて、でも中途半端な睡眠の質を感じて脳がシャキッとしない。身体も何だかポワッとしてる。なおかつ、日頃の疲労が蓄積して眠たい身体を引きずらないといけない。起き上がることが出来ない。
遅刻する、代わりはいない、起き上がりたくない、あと5分、ああ、もう少し眠れたなら……それなら、わたしは動けるのに!
そんな午前0時との闘い、どうやって勝つのでしょうか?
半側空間に急な気配を感じて、わたしの右眼が、神懸かりの状態になりつつあるあの娘の姿を映しました。
あの娘ーーわたしの代わりになってくれる人? でも…でも、わたしにはわたしの役目がある。わたしの代わりを作りたくない。
転送が始まり、皿洗いの先輩たちがいつの間にか周りを取り囲んで、悪魔崇拝になって取り憑かれたように仄暗い言葉で祝詞を唱え始めていました。
儀式が始まっていることに気づいたわたしは、どうにかしてあの娘を助けたいという気持ちーー気持ちが、わたしのCOREを、本能のわたしにアクセスして目覚めさせ、身体を動かし、午前0時の重たい空気をついに突き破り、あの娘に駆け寄ることを選んだのです! わたしは絶対、遅刻しない! 仕事に遅刻したことはないの! シフトは、守ります!  
そのとき、左眼に、幻覚のような痛みが走りました。
山盛りポテトフライと150gのサーロインステーキを頼んだ総摂取カロリー上昇中のあの客が、わたしをナイフで切りつけたのです。
男の手には、見たことのない黒い石のようなナイフがあり、先端が赤く光って、血を垂らしています。
そのナイフは、わたしの喉元を目掛けて切りつけたようですが、わたしはとっさに避けて…いやいや、左眼のまぶたをかすめて傷つけましたよ!


ーーその頃、あのタクシーの車内


街灯、静けさ、方向指示器の点滅。
これまでに何度も見て、見飽きたような夜。
ただ、それでも見たことのない闇夜に隠された部分。
今日は、夜のまとまりが巨大な塊になって見える。
そこに目を向けてしまうと、その隅や、縁。 暗く薄暗い部分について、何があるのか?と人を誘う。
それは危険を秘めているのかもしれないが、そこにこれから向かう。

夜が来て、穏やかな時間は終わった。
僕はこれからに備えて、タバコを灰皿に押し付ける。

「ところで、その広告の22時から0時、エネルギーの消費を抑える為、低速な行動要請を敢行するっていうのは、0時を過ぎたら、スピードを出して運転してくれるということかい? もう0時になるけど」

車内の暗がりと、運転席の真摯なドライバーの姿。
法定速度を守る、静かな運転手。

「…お客さん」

「はい?」

「…スピード出しちゃっていいんですね?」

「ああ、いいけど…?」

車内のラジオが、0時の時報音を鳴らすーー

「こうしますね」


 “ガコン”


振動を伴った何かの切り替えの音が聞こえた。
身体をシートベルトがギュッと締めつけたあと、座席がマッサージチェアのように身体を包んで固定していった。

「少し、飛ばしますね、いいですか?」

あー…待って、僕の荷物…ああ、こうなって、そうなって、こう?


ーーその頃、ファミレス


床に垂れる血、【左眼】を押さえるわたし。
総摂取カロリー上昇中の男に、不味いことをしてくれたなと厳しい眼を向ける、見覚えのある顔の客。
左眼を傷つけそうになったことが不味かったようです。
おかげで、わたしが巻き込まれそうになった儀式は中断になったようです。
あの娘は我に返って、わたしの表情と流れでる血を見てあたふたしてる。
でも、この先どうしたら良いの? 血が出てるのよ? 血が! 痛いし!
それよりも、冷たい目で見られている総摂取カロリーの男が、あはれ、かも。
ーーなんて心配してたら轟音が聞こえて、スローモーションで店内の窓ガラスが割れて崩れていったの。崩れてゆくガラスの一面一面に光が乱反射して、何処かに巣食っていた悪霊たちの魂が悶えて苦しんでいる姿が見えたの。んー何だか見たことがあるのよね? こういうアトラクション。あーそうそう、あのタクシーよ。ほら、あの軟弱な顔、あの運転手だわ。あらら、後ろの席に座っている人、キョトンとしちゃってるんじゃない? 戸惑ってるんじゃないの? 人に迷惑かけちゃダメよ? それと、よく見てね。店内の吹き抜けになっている空間には、大きな窓があったの。全部割れちゃったんじゃないの? ほら、あなたのタクシーのボンネットが、店内まで入って来ちゃってるわよ? あなた大胆なことしてくれたわね? 皿洗いの先輩、飛んで行って割れた皿の枚数をどうにかして数え始めているわよ? あら? あらら……大きな窓の前にいた見覚えのある顔のお客さんは壁の方まで吹き飛んでいるわ……総摂取カロリーの人は助かったのね。ん? 乗ってけって? え? あの娘も? そう、
細かいこと考えちゃダメよね!



ーーわたしが行ったのは、改竄(かいざん)ではありません


ココとの共同生活の時、ココの漫画にこっそりと手を加えたように
わたしの“声”をただ、入れただけです

それは、こんな漫画の脚本でしたーー


 「名前もつけなかった犬(記憶の宝石より)」


 で、どう見つけたの?

 飼い主を探している犬がいるって
 誘われて行ったの
 
 遠くはないけど、普段は足も運ばない距離で
 
 こんな路地裏があったの
 ここまで進むと、こんな街並みで
 知らない人ばかり
 出会ったことのない人ばかり
 そんな新鮮さがあったの
 
 近所の親しい友達に付き添って行ったの
 誰だったかは…思い出せないの
 
 確か、マンション
 マンションの一室だったの
 子犬を抱きかかえた人物が見えた
 
 家の車庫で、1日だけ預かったの
 餌は…あまり思い出せないけど、牛乳とかあげたと思う
 ダンボールに何匹か詰め合わせて
 
  記憶

 どこまでが正確かなんて、もう
 分からないの
 だから、それを大切にするかどうかだと 
 思うの

第72話「この世界の暗さを、スローシャッターで」

第72話「この世界の暗さを、スローシャッターで」

 
 
 フロントガラスを遮る雨脚、スローシャッターの瞬きの間
 高速で進むタクシー、雨の粒線が、瞬間瞬間を貼ろうとする



わたしの視界を、雨脚に混じった都会のネオンたちが、電気信号のような残像を遺しながら、通り過ぎてゆくーーこの世界の鮮やかさーー無数の明かりが思い思いの発光の仕方で増幅したり、減少したりしてゆくーーシャッタースピードが流線的な速度を描くーーそんな中、縁にあったであろう暗く薄暗い部分たちーー色んな、大切な記憶ーー忘れ去られるように掻き消されていって、
わたしは、その明かりの処理に気を取られるーー


 誰かの計画の中の、わたしたち
 何かの計画の中で、思い思いに生きる
 わたしたち

 わたしたち、何も知らないままを生かされる

 少しずつ蝕んでゆく何かを知らないままで
 増幅してゆく
 愛を感じようと、愛そうとしてみる
 減少してゆく
 線状の時間たちが、唐草模様の蔓になり
 伸びて、伸びて、この速さを浄化しようとしてる
 わたしたちの世界と、わたしたちモドキの世界と
 
 もう、手遅れになっている
 もう、手遅れから、自分たちの後始末を考える
 集積された思い思いの執着や、責任
 知らぬ間にカルマを作らされて、気づいたら、もう
 知らないクレジット
 誰かのクレジットまで払わなければ
 子供は、親のそのまた親の親の親…蓄積された埃を払う
 線状に伸びてゆく、等しさという罪の線
 独占禁止と、自由経済
 誰かの身体(魂)まで再利用する始末
 くたびれたそれが、また働かされる、奴隷契約
 時間的束縛の中で、空間だけを取り残す
 
 不意に、雨脚の粒が強まって、鋭い言葉を線状に引いた

 ースローシャッターの中に、ハイスピードが入り乱れるー

 相手を刺す前に、自分を刺す、雨の線
 
 引っ掛かることのないまま、掛かる場所を求める、雨の線
 
 止まって

 そして、粒状の時間となって、地平線に落とされる


 フロントガラスを遮る雨脚を、瞬きの間を、ワイパーが追いかけ、祓う


 誰だって、どこかで分岐点がある

 それまで抱えていたことを下す決断を迫られる
 二つのうちの方向性のどちらか

 自然と論理
 対立的に近い、異なる方向性

 というのも、誰にだって「時間」があるから
 残された時間を考えてゆく

 ただ、それがなくなれば、対立もなく、異なるものなど必要ないのかも

 でも、それはどちらかが喰って覆い尽くしてしまう方法なのかも

 こういった雨の音が、わたしに響き、痛む
 誰かに届くことのない部屋の痛み
 孤立した窓からの日差しの暖かさ
 誰かが遺してった、痛み

 鋭い言葉を磨いて
 相手を刺す前に、自分を刺す
 何処かに引っ掛かることのないまま
 無駄になった時間たち
 しゃぼんだまのようになって、地平線を飛んで描いてく

 人間らしいというか、わたしらしい選択

 終わってしまった祭りの景色
 
 しゃぼんだま、飛んだ

 後片付けが待っているの
 
 踊り、踊り終えたあと、残された時間
 
 しゃぼんだまに入った、時間の粒たち

 ぱんっと割れて

 音色は消え
 
 恋人たちが去って

 残された熱

 感慨深さの後始末


不意に見ていたものが血で染まるーー左眼の傷の痛みーー痛みで、意識が返ってくるーー痛い、あの男が何かを遺したーー何を? でも、わたしはもう一度、振り返って、気持ちに応えてみることなどはしないーーシャッター速度が、わたしたちの世界の速度に戻ってゆく、粒状になった時間雨は、徐々にフォルムを崩しながら、また留まることのない雨となって、地上に脈を打ちつつ、周囲の灯りはフロントライトの視界の分だけーーラジオが電波を受信して、ビル・エヴァンスの“We Will Meet Again”が車内に流れました


左眼を、誰かの温もりが包み、あの娘がハンカチで止血する。
わたしはその手に手を重ね、あの娘が無事であったことに安堵しました。


遠く離れた場所に来た後、タクシーは通常運転に変わりましたーー

後部座席には、端から、わたしと、あの娘と、男の人。
3人が窮屈になって、肩を並べて、爽快?なアトラクション後の感想を述べる…なんていう雰囲気ではないです。
疲れた顔した3人が、並んでいます。
あの娘は見知らぬ男の人と肩を並べています……可哀想です。
車内の密度が高いです…男の人が助手席に移ってくれないかな……眼でどうにかできないかなと思うけど、痛くて睨みも利かせられない。
一息つきたい。


「それで、連れてきた“その娘”は何者なんだい?」

見知らぬ男が、あの娘の顔をよくよく見ながら言いました

「この娘は……」

わたしが言い淀んでいると、あの娘が言葉を紡ぎました


「初めまして、私の名前はココ」



 

第73話「Re:あの娘の名前を覚えているか?」

第73話「Re:あの娘の名前を覚えているか?」

夢を見る


昔、よく見たパターンの夢だ


それは学校ーー

 昔、毎日のように顔を合わせた同級生たち
 もうすぐ卒業の時期が近づいている
 “今”が変わってしまうという寂しさ
 私は一匹狼のユルグのよう
 休み時間になったら
 自分の片割れを探している

 場面はコロコロと変わってゆくんだ



 「ーーくん。小説、好きなの?」


 前の席に座っていた女の子が話しかける

 白昼夢のように
 白っぽい雰囲気の中で

 彼女は私の存在に気づいてくれた

 顔は霧に包まれたように見えない

 誰なんだろう?と

 私を捉えて離さない、この青い孤独の正体のように

 失った私の半身の記憶、この世は痛みで溢れている
 
 なぜ、私が“陰”なんだ?

 なぜ、陽ではなかったんだ?

 双子の片割れの悪い方

 マルドゥクで、セトで、ニニギで、ババイで、キュベレーで

 カーテンがいつも
 眼の前で仕切られていた

 だけど、それが祓われてゆく


 ーー眼が覚める



夢の中の時間は少しずつ進んでいる


その物語は編み物のように紡がれている


そして、物語の“卒業”の時期が近づいている


これから冬、そして、春になる

そして、吹雪がまたそれを見えなくするーー



 あの女の人生を、なんとか復元したい

 それが、GIのーー

第74話「思い煩うゴジラ」

第74話「思い煩うゴジラ」


「君は、あの“ココ”なのかな?
 それとも、別なココなのかい?」



男は真に迫るような眼差しで、あの娘にそう訊ねました

「ココを知っているんですか?」

わたしは注意深く、男がココを知る理由をまず確認したいと思いました

「ああ、知っているよ」

そう短く返したあと、男は云いました

「君が、ココと共同で行った物語制作について話してほしい」

この見知らぬ男は、どこまでの込み入った事情を知っているの?
わたしとココとの繋がりを知る人物を頭の中で羅列していきました。
迷ったあと、ひとつ、聞いておかなければならないことがありました。


「……GIのことも知っているんですか?」

「ああ」


ーーGIのことーーそれから思い起こされることーーそれは体ーー体の外側から、触覚としての体のざわめきーーGIに喚起された欲求が駆け抜けるーー器官としての体を潜り抜けて、あの黒いオートクチュールのドレスを身につけたわたしが何処かにいるーーマンションの地下の教会のような場所で、わたしとGIは接吻をしているーー記憶が、“新”淵にまで達しているーーGIの肌ーーあの右手ーーわたしの身体の奥に欲求がまだ疼いているーー聴いた覚えのある曲ーービリー・ホリデイの“I'm a Fool to Want You”ーーダメになる前に、話さなければならないーー
わたしはココとの物語を話すことにしますーー


「アイディアや方法は、具体的に様々な物語を作りながらもそこから喚起されるものを重要視して、模索されていきました」

「それらの中の結末では、ハッピーエンドとバッドエンドで書き分けられたね」

「はい。でも、せっかくのアイディアたちも、長くは続かず、ほとんど採用されないままでした」

「ただ、作り替えられて、ビルドアップさせていったよね?」

「はい。使い回しではありません。トランスフォームというよりも、ココはそれらを成長させていこうとしたのです」

「行き着くところまで?」

「たぶん、そうです」

「ココは、その物語の原型を“誰に”預かったのだろうか?」

「それは…」

白い服の女の人が思い浮かびました

「思い煩うゴジラみたいなものでしょうか?」

タクシーの運転手が会話に入ってきました

「なんだって?」

「何言ってるの?」

冷たい視線の中を掻い潜る運転手

「世界を必死に庇(かば)おうとするゴジラの姿です」

「庇う?」

運転手は、ガサゴソと運転席の周囲を手で探っていました

「何を探しているの?」

わたしは運転手の挙動には少しの不安があるので、まず確認のための質問をすることを心掛けてみました

少しの間があり、わたしの不安は増したので、改めて確認をすることにしました

「何をしているの? そこにスイッチでもあるの?
 ゴジラでもいるのかしら?」

「ああ、ゴジラ!!」

「え、ゴジラ!?」

ゴジラの起動スイッチでもあるのかしらと思ってみたあと、さすがにそんなものはないよね…と、思い直すも、何かしらの不安が残っているわたしと、あの娘と、男が何かを察したように張り詰めた瞬間ーー

「とりあえず、みんなでビデオでも観ましょうか?」

そう言うと、運転手はカーオーディオの操作を始めました

「……ビデオ? こんな時に?」

わたしは、ひょっとして面白くない頃のゴジラを観るのかなと躊躇う

「まあ、ビデオデッキがあるところまで行かないと」

見知らぬ男は、どのゴジラを観ることにも何の躊躇いもない口調

「あのう…ゴジラって、面白いんですか?」

あの娘は、ゴジラをかつて古代シュメールに存在した怪物と云っても納得しそうな尺度のないものである口調。
でも、ギリシャ神話には怪物が出てくるのよね…神話の方が現実離れして、わたしたちの物差しでは測れない世界観があるから、古代ギリシャ人ならゴジラを空想に思わずに受け入れて敬って、神殿でも作るのかしら? 戦うのはテュポーンかしら?

「それがここにあるんですよ、お客さん」

「古代シュメールにゴジラの神殿が!?」

「何を観るんですか?」

思ったよりも現実的な尺度のあの娘が訊ねました


「メトロポリスです」

第75話「向こうから来る」

第75話「向こうから来る」


あの頃ーー雨を身近に感じられる建物(庵)があった


屋根の薄さや弱さなのか、雨音が近く、空間を集中的に包(くる)む。
空間の薄情な耳打ちに似た、小さな雨粒が大きな集まりとなって際立たせる。
不揃いの拍子での一体感があった。
その屋根の上で、全て形を変えながらーー出逢いーーその声を聞きーー初めて交わした会話がありーーきっかけーー心が通いあう瞬間ーー瞬く間の幸せーー口づけーー愛したと分かる時ーー心が跳ね返ってーー粉々に割れるー別れーー
遠ざかったはずの季節の雨が、ここまで辿り着き、再び、タクシーの屋根を打ち、映した。


 水のおとーー


  (余韻)


余韻として開けると、何を、開けるのか

それとも、その場を空けるのか 

千年に一度の一滴を拝む


ーー  空ける音  ーー



  粒来に 声を埋める 閨の奥


粒は雨、来は往来を意識したこと
声は反響するもの全て 
閨(ねや)は芭蕉や日本的な感性にとって重要な『闇』という字の持つ厳かであるものへの稜威、深淵にある隠されたものの静かさ 
奥は屋根の屋(おく)という読みを含め、閨は根屋でもあり、闇というものを伺えさせている、喚起させると云っても良く、闇を覗くという行為に
声を深める だと、遊び心を失う
声の届かぬ だと、安っぽい
声後ずさり とするのも良い
こういう時、何を言いたいのか、何を伝えたいのか、自分の感覚を追ってゆくのも良いが、それよりも、出てきた言葉の風向き自体を反らすのではなく、沿ってゆくことに焦点を当てるこのこと

しかし、それを 声空けて見る とすると
日本的感覚を集約させたものになる
空ける 開く というその間であり魔と真を伺わせることができる
見る とすることで、いったん、自分が何を言いたいかを置いたはずが、
再び、自分に帰り、それから、一体自分に訪れた(往来した)ものは何だろうか? それを見てみよう、取り出して見ようとする、いや、見てみたい
という自分に気づく

これって、一体何だろう? いや、何“だった”だろう? そう言う懐かしむこと

そう言う『帰り(還り)』のこと
リバースという感覚、両面性、転生
自分をあえて転ばせて見る、こと
自分に返り、見ること


 粒来に 声空けて見る 閨の奥

 (つぶらいに こえあけてみる ねやのおく)



先ほど、自分に返り見ることを伝えましたが、さらにここから先があるのです。
それを説明するかは…今はやめておきます。

「運転手さん、さっきから何を言っているの? メトロポリスのビデオは観ないの?」

わたしは、運転手の独り言をそのままにしておくのも可哀想で傾聴の仕草を見せました

「いえいえ、まあ、言えることは、これは今の私たちの状況を表そうとした句であり、情景の描写で、そこからの追加として、短歌化させて見ようと思うのです」



粒来に 声空けて見る 閨の奥 後ずさるきみの 顔を見るかな



字余りですが、これも良いと思えるのです
自分だけだったものに、別な人が立ち現れてくる
自分を見ていたはずが、それは別な誰かを見ることでもある
そう言うことに気づいてくる
それもまたリバースで、両面的なもので
向かう方向のことだと
こうやって、文章をループさせることはできる
立ち返らせることができる
荒ぶり、鎮め、荒ぶり、沈め

黄泉(よみ)を読むこと

黄泉にあるものを読む、こと

そして、闇の中では自分も他人もなく、内混ぜである

その闇を潜って、出て来たものが自分ではなく、他人だったとしたら


「運転手さん、わたしの眼が見えるうちにビデオを観せて下さらないかしら?」


「さあ、みなさん、お待たせしました
 メトロポリスを観る時間ですよ」




閨の奥


黒いマリア

古代ギリシャからの魂が

何かを感じました

それはサッポーと答えました

念のようなものが飛んだ

古代ギリシャとつながる

時空を越えた何かと

「あなたは誰?」

第76話「メトロポリス1-羅針盤-」

第76話「メトロポリス1-羅針盤-」

ーー頭脳と手の仲介者は心



日々繰り返されるシフト労働って、現代と同じね。
これは、労働がテーマなんですか?
チャップリンのモダンタイムスみたいなテーマもある。
エンデのモモも連想させるのよね。
上層階との比喩は、エデンと、地獄とを思わせるよね。
最初のフレーダーの表情には狂気が浮かんでいるわ。
そこに偽りのエデンであることを認めさせる。
そこにマリアたちが入ってくるのよね。
純白の象徴としての鶴?もいる。
マリアの表情のアップと、フレーダーの自分を守るための表情。
フレーダーは、マリアに偽りのエデンにはないものを見てしまうのね。


 
 “優れた機械は下に、労働者たちはそのさらに下”


機械よりも、人間の地位が下になっているということ。
そこに何故か簡単に迷い込んでしまったフレーダーは機械化した人間たちを見る。


フレーダーは、エデンという上層から、下界に降りる弥勒菩薩みたいなものなのかしら?
そして何故か簡単に一人の労働者が欠陥を生んでしまう。
嫌味よね。
フレーダーはモレクをそこに見て、かつての古代にあったモレクに捧げる生贄の儀式が、ここでは機械に人間を捧げる儀式になっていることを見てしまう。
モレクの口に向かう大量の機械人間は、代替えできるということでもあるわ。
これはいけないと思ってなのか、父親のところへフレーダーは向かうのね。

幻覚があるけれど、モノクロ映画の特に初期の頃の良いところは、水墨画のようにそれを表せられるところよね。
遠近感が出て、輪郭がはっきりしないというのか、チープさはあるけれど、そこに暗喩が発生して、奥深さになる。
幽玄さというものかしら?


父親の元へと来たら、モレクという悪魔の別な極面のような、使用人たちに神のような立ち位置で指示を送る父親がいることを見て、そこに厳格さも見る。
このモレクと、父との対比というか、同じものという流れがよくできているわ。
神のような存在の父に圧倒されたフレーダーは秘書に事故?というか犠牲のことを打ち明けるのよね。
良心の葛藤を感じたということ?
それを聞いた父は、それはただの事故として処理するのだけど、まさに社会の運営としての必要な生贄という感じだ。
父が秘書にフレーダーが機械室に入れた理由を問うけど、とばっちりよね。
秘書がかわいそう。
フレーダーは、下に降りた理由として、父に兄弟たちを見たかったからと言う。
キリスト教の香りがまたするのよね。
さらにフレーダーは、この大都市が造られたのは「人間」たちの努力であったのに、その彼らが、カーストの序列で機械よりも下になっていること。
街などの造型物というか「偶像」たちが上にいること。
自らが作り出したものよりも下になっていること。
まるで、現代ではSNSやらに隷従し、自らの行動や考えが定められてしまっている私達のようね。
そして、父親はそれがふさわしいことだと言うのね。
フレーダーは、いつか彼らと敵対したらどうするのかと父親に問うのだけど、背中を向け合うカットとしても表されているわ。
そこに緊急の要件があって、一人の労働者が通され、ある図が出回っていることを報告する。
労働者の男は、事故で亡くなった2人が持っていたと報告するわ。
これを聞いた父親は、それは秘書の手落ちであるとアクロバティックなパワーハラスメントを極めて、秘書を解雇するの。
フレーダーは、ドン引きの後退りをするのよね。
重たそうなドアにも何か暗喩があるのかしら?
重たいドアから出て行った秘書は、極まったパワハラ効果で心と身体の力が抜けて、足の筋トレ後の階段を下りるような不安定な足取りを見せた後、ピストル自殺をしようとしたら、止めに入ったフレーダー。
そんな秘書に手を貸してくれないか?と、新たな役割を与える声かけをするフレーダーさん。
秘書の顔が一瞬で明るくなったのは、居場所や役割という依るべきことが人が生きる支えであることを示唆しているわよね。


シーンは飛んで、フレーダーは再び機械室?へと足を踏み入れる。
このシーンの前は何かがカットされたのかしら?
そこで再び、機械のコマとして支配される人々を見るの。
羅針盤のような何かの制御装置の管理を身体いっぱい使っての操作で担っている人物を目にする。
太極拳をしているかのような動きに見えるのよね。
羅針盤というものの表すところも何かを伝えたいようにも見えるわ。
操作していた男が疲労で倒れかかったところをフレーダーが助ける。
男は、誰かが監視しなければと言うと、僕が見るからと言って、男との役割を交換するの。
如何に、社会の役割というものに取り憑かれてしまっているかを考えさせられるわ。

急遽、大都市の真ん中に古い家があったという話題になり、発明家が紹介される。
その発明家の古い家に、あの父親が訪問するの。
発明家は、ついに発明の準備が整ったと告げる。それは人間の形をした機械で、疲れ知らずで、間違いも犯さないと、狂気に憑かれた表情で伝えるわ。
そして、生ける労働者など必要ないとも。
それを聞いた父親の表情は、どう解釈したら良いのだろう?
労働者を切ること、人間が不必要になることへの迷いがあるということなの?
完全に、機械が全てを担うことへの懸念なのかしら?
発明家は螺旋階段を昇って、発明した機械の下へと案内する。
螺旋階段には、象徴的なDNAの二重らせんや呪術的な何かを想像させられるわね。

いよいよ、発明された機械が姿を表すのだけど、最初はアップではなくて、やや遠目でのカットなのよね。
この距離感は、異質さや特異さを醸し出すことに繋がってる。
近すぎると吊り上げている線か何かが見えてしまうリスクを避けたのかもしれないけれど、却ってこれが良かったのね。
それにしても、この機械のデザインは異様なものだ。
あの父親も恐れ慄いている感じだわ。
さらっと、発明家が右腕を代償にしたことを話しているけど。
発明家は、未来の労働者を作ったと言っているけど、この機械は、だたの人間が担っていた労働の役割を交代するだけのものだと思っていたのかもしれない。
まだ、その上に支配層としての人間が成り立つと錯覚していたのでしょうね。
あと24時間で完璧な機械人間に仕上がると、時間のリミットを知らせる。
これが、父親や人間に残された考える時間という訳ね。
機械室にいるフレーダーが、羅針盤の管理をしているカットが入るのが物語っている。

唐突に、父親が発明家の下に来る理由は、何か助言を求めるときであり、今回は出回っている地図についての助言を求めてのことだと告げるの。
再び、機械室の羅針盤のフレーダーのカットが入り、足下に落ちている地図に気づく様子が描かれるわ。
そこにタイミングよく降りてきた労働者が、羅針盤に悪戦苦闘しながら地図を拾うフレーダーに2時に彼女の会合があると告げる。

発明家が地図の解読をするカットに移り、父親が腕時計でタイムリミットを確認するかの様子が映り、また、フレーダーが羅針盤を操作するカットに流れる。
これは、心理的な展開を見せているのね。
10時間労働の過酷さを身をもって知るフレーダーは、10という十字架になってゆく。
シフトの交代の時間になり、解放されるフレーダー。

シーンは変わり、発明家が古代の地下墓地の地図ということを解読する。
それは、労働者の街(優れた機械は下に、労働者たちはそのさらに下)より地下深くに存在すると父親に告げるの。
黄泉の国を連想させるわ。
意外なことに、メトロポリスという映画は、未来的な、機械に支配された話の中に、過去という機械の支配と離れた時間までも汲んでいる。
次のカットでは、その古代の地下へと降りてゆく労働者たちの姿になったわ。
この映画では、上の階層と、下への階層との行き来が重要な暗喩であることがわ分かるのね。

なぜ彼らはそこに関心がある?と、父親が発明家に訊ねる。
発明家は、その理由をと、父親を地下へと案内するわ。

第77話「メトロポリス2-バベルの塔の夢-」

第77話「メトロポリス2-バベルの塔の夢-」

ーーライトを片手に、父親と発明家は地下の墓地へと降り立った



一方の地下へと降りる労働者たちに混ざったフレーダーさん。
洞窟の空間のような場所には祭壇があり、多数の十字架を背に自らの信仰を労働者たちに説き始めるマリアが居るわ。

マリアを見たフレーダーは、後光を目の当たりにしたかのように瞳孔をガン開きにしながら彼女の説話を聞く。
この時のフレーダーはマリアの姿に釘付けになって、多分、説話は耳に入っていないわね。
その説話の光景を岩場の隙間から覗き見る父親と発明家。
なんだかドラえもんのギガゾンビの映画を思い出す光景だわ。


マリアは、バベルの塔の説話を始める


※バベルの塔は、旧約聖書の「創世記」中に登場する巨大な塔。神話とする説が支配的だが、一部の研究者は紀元前6世紀のバビロンのマルドゥク神殿に築かれたエ・テメン・アン・キのジッグラト(聖塔)の遺跡と関連づけた説を提唱する
(ウィキペディアより)


紀元前6世紀って、古代ギリシャのあの時代になるけど…?

途中に挟まれるカットに出る古代の衣装は、その時代の人たちを模しているのだけど、マリアの立ち位置と重なるのは、ニムロデなの?
古代の寓話と、映画の中での現代である今と現状を重ねて語られるのだけど、
「最初に塔を建設することを夢見た人たちは、現場の働き手に関心を寄せなかった」ということよりも、


「塔の建設を思い立ったものたちの夢など、働くものたちは知りませんでした」


ということがさらっと流れていることが恐ろしいわ。
バベルの塔というものが、『夢』という人類の希望として語られるのね。
思い上がった支配者たちの行いだったのに。



そして、

「計画を立てる“頭脳”と、建設する“手”には、仲介者が欠かせません」

「双方に理解をもたらすのは心に違いありません」



胸を打たれるような仕草というのか、私たち労働者である人類の現代まで続く、運命の連鎖に打ちひしがれる想いか。
立ち上がるフレーダーは、マリアに仲介者はどこにいるんだ?と問うの。
マリアは、辛抱強く待てば、必ず彼は来ますと。
それを遠目で聞いた父親は脅威に感じたのか、発明家にこう言ったのね。


「ロボットを、あの女に似せてくれ」

でも、父親の思うところは実際はどうだったのだろう?
良心の呵責の問題ね。
父親は「マリアをさらって、ロボットを代わりに置き、不和を植え付け、マリアの信頼を奪う」と言う。
根の削ぐ、根絶することを。
そこで、発明家と握手するのね。
そう、握手。
このメトロポリスのテーマである。


 『手と手を取り合うこと』


一人にしてくれないかと、発明家は父親に言う。
父親が立ち去った後に、発明家に当てられるライトは、父親のものだろうけど、
後世のものだけど、ベルイマンの冬の光という映画の、あの光のことを想ってしまうわ。
ただ、ここでの発明家の胸の内としては、良くない考えが過ぎっての、その考えを透かされてしまわないようにとのことなのだろう。
真逆のことね。

マリアとフレーダーは、何故、そこまで惹かれ合ったのかな?
魂の交流としての描きだろうか?
見つけるべきものを、見たということよね。
この辺りの説明というか、説得力というのは映画に欠けているけれど。
そこまでの脚本は、まだこの時代の映画には求められていなかったと思う。
この時代の観客にだって、それまでの舞台や小説や寓話の中でのメタ認知はあるわよ?
まだ映画は見世物の延長だったということだろうか。
違うわ、映像としての魅せ方に特に焦点が当てられていたのよ。
この後の、実験的なカットの流れが、それまでの読み物や舞台での表現では表せない演出になっているわ。
ということは、脚本に現れない別な側面も映像によって語られるということか。
オーソン・ウェルズの市民ケーンみたいなことね。
ただ、この背景で流れる音楽はコミカルさを出すためのものだった。
シリアスではないのよ。
多分、当時の観客席では笑い声も上がったのだと思う。
マリアの動きと、照明の当て方が…。
そして、暗転。


語られぬまま、フレーダーは聖堂へと着いたというか、迷い込んだ。
修道女や神父がたくさんいるわ。
そこで、七つの大罪を見るのね。
フレーダーさんは、そこで何かを呟いている。
だけど、何を呟いたかは分からないわ。
ジーザス? それとも、祓いの詞のようなもの?

その頃、マリアは発明家のところで捕らわれてしまった。
だけど、まだ追いかけっこは続いているのね。
何だか、このクネクネとしたマリアの動きがあんまり好きになれないな。
発明家は、ロボットをマリアと瓜二つにするために拘束しようとしているわ。
その奮闘している最中にたまたま通りかかるフレーダーさん。
助けを求めるマリアの叫び声を聞くのね。
錠のかかったドアに最善策と思われる体当たりをする。
ドアには五芒星が描かれているわ。
この映画というか、原作はシンボルが散りばめられている。
原作はやり過ぎなくらいシンボルの描写が多いのよね。
勝手に閉まるドアに翻弄されるフレーダーさん。
コントだわ。
マリアの服のレース?が落ちているのを発見するフレーダー。

マリアは、完全に拘束されてロボットと繋がれてしまっているわ。
それにしても中々作り込まれた舞台装置だよ。
エジプトの棺を連想させるの?
ここは錬金術や死者の蘇生を思い起こさせるのね。
多分、実際にこういう世界には儀式があるんだろう。
この映像美は美しいわ。

そして、ロボットのマリアが誕生する。


 “物語は人間を糧(かて)にして創られるという事”

第78話「メトロポリス3-物語の起動方法-」

第78話「メトロポリス3-物語の起動方法-」

「ねえ、すこし休憩しないかしら?」

メトロポリスのビデオは一時停止され、わたしたちは休憩に入りましたーー


 雨は、まだ、まだ、足らない
 というかのように降り続いています

 
「まだ、雨降っているね」

わたしは、雨音のようにポツリと声を落とす。
ビデオを観ているうちは雨音が遠ざかり、外と内とで分かれていました。
遠景にあった現実、現在の声の音が、わたしたちを物語へと再び誘う。

見知らぬ男は、車の窓を開けようと、手回しのハンドルを回しました

「運転手、手回しのハンドルの窓には、理由はあるのかい?」

男は、自分が必要な分だけの“緩み”まで、途中途中カクンカクンと角度を折られながら、羅針盤を操作するメトロポリスの住人みたいに手動で回すハンドルの動かし方のコツを探っているようでした

「右に回せば締まり、左に回せば緩む。その動きには意味があるのです」

「つまり、客に媚びない態度を持っているんだな? 客に手動で窓を開けさせるタクシーは初めてだよ。よく見たら、ドアのロックも手動になっている。日本流のおもてなしに反した態度だ、だが、潔いね。海原雄山も喜びそうな哲学がここにはある!」

運転手と男との間で、よく分からない流儀が語られています

「あのう…コーヒーミルを手動で回すような感覚でしょうか?」

「そう! 良く分かってるね、お嬢ちゃん!!」

ココも知っている流儀のようです……分からないのは、わたしだけ?

「でも、でもね、もし、お客が勝手に窓を手動で開けたり、ドアを開けたりして、料金を払わずに出て行ったらどうするの?」

わたしは、この疑問についてを運転手に問いました

「そうですねえ、困りますね…それは、困りますねえ……」

「考えてなかったの? ダメよ。商売上がったりになるわよ?」

運転手は道に迷った猫みたいな顔で、バックミラー越しに、男と、ココの方に助けを求めました。
男は、それはいかんな、という表情を運転手に返したようです。
ココは、何か良い方法があるんじゃないかしらと、やさしく頷き返したようです。守護石のサンストーンみたいね。

「あ! そう、意味があるのです! このタクシーは旧車を改造したことに意味があるのです。だから、彼らのテリトリーから逃れた行動ができるのです」

バックミラー越し、守護石ココに護られた運転手の表情には、はっきりとしていなかった神社創建の由緒を観光客に教えられた宮司さんのようなものが見えます。
宮司さん、しっかりして! 神社を護るのはあなたの勤めよ、境内(車内)が丁寧に掃除されているのは評価するわ。その調子よ!


「ところで」


そこに、男がローカル線からの乗り継ぎの言葉を発しました

「このメトロポリスという物語の原作では亡くなった女のことが描かれている
 それは、フレーダーの母であり、あの父親の妻だ
 原作では、その父親が妻を失った悲しみが描かれ
 あの発明家はその妻に恋をしていたとも描かれる
 その女を失ったきっかけが、発明家のロボットに繋がっている
 そして、その女であり、父親の妻の名はーー

 

  ヘル

(英語のhell“地獄”で、カタカナのヘルでウィキペディアを調べると面白い)


 なぜ、連中はそれほどに物語を求めるのか?

 その意味は分かったね?



 それは、【不死】を求めるからだよ」


「生と死、その合間に何かが、“紛れ込んでいる”のです」

運転手が言葉を紡ぎました

「そう、運転手が言う通りだ
 それと、ココ…ええと、ココ嬢ちゃん
 君には知っておくべき話がある」

男は、そう言ったあと、必要な分だけ反時計回りで“緩ませた窓”から、何かの躊躇いを主要幹線の俎上に乗った内容の中に含ませる決断をしたようです。
あの娘の何かを知っているのでしょうか?

「それと、面白い話がある
 シュメールのギルガメッシュ王の話だ
 彼のエンキドゥというパートナーが冥界に旅立ち、悲しんだ時
 永遠の命を求めて旅を始めたという


 つまり、物語は
 
 “永遠の命を求めたときに起動する”

 それが引き金となる」


車内のラジオから、The Cureの“Lullaby”が流れました



「それは燐光みたいなものですね」

 ココには、その流儀が分かっていたようですーー

第79話「メトロポリス4-偽りの神の物語-」

第79話「メトロポリス4-偽りの神の物語-」

ーーフレーダーが昇った先、辺りを注意深く見渡していると、舞台の幕が動く



「マリアはどこだ?」と、そこに詰め寄るフレーダーさん。
そこには、あの発明家の姿があり、
「君の父親と一緒にいる」と。

続いて、ロボットのマリアと父親の場面へ。
“左目”を閉じ、“右目”を開けた機械的な忠誠心としてのチャームを浮かべたロボットのマリアがいるわ。
父親は、ロボットのマリアを手引き寄せる仕草で、その忠誠心を測るの。
【ぎこちなさ(不自然さ)】が見える。
そこに、発明家に手引き寄せられるフレーダーが向かうわ。

父親は、ロボットのマリアを手引き寄せ、
「完璧なマリアの複製になっている。さあ、労働者の所へ行んだ。あのマリアの戯言を更地にして、奴らに暴動を起こさせるんだ」
と、また支配者としての命令をするの。
ロボットのマリアは、愛嬌のいい忠誠心のチャームを魅せ、父親がロボットのマリアの肩に手をかけると、その場にフレーダーが駆けつけた。
父親とマリアの何やら親しげな現場を目撃したフレーダーは、歌舞伎役者みたいな驚き方をするわ。
この驚きの仕草の表現の源流は歌舞伎なのかしら?
何処かの民族のダンスが元にある気がするが。
マリアを見たフレーダーに万華鏡の錯乱が押し寄せるわ。
イメージの崩壊を描いているのね。
処女性というマリアに抱いていた清らかな恋心が、まさかの父親によって、奈落の底へ。

場面は飛んで、寝込んでしまったフレーダーさん。
見舞いに来たのは、執事かな?
医師と一緒に帰っていくわ。
お手伝いさんが残ったの。
その気配に目を覚ますフレーダーは、悶(もだ)えながら苦しみ伸ばした手の先に何かが触れ、科学者の手紙があることに気づく。


社交会場に切り替わり、たくさんの紳士の中に父親と発明家がいるわ。
2人は、会場の紳士たちがロボットのマリアが血と肉で出来た紛い物ではない生きた物だと信じるか、それをどう受け止めるか測ろうとするの。
そんな手の込んだ舞台は、マリアをヴィーナスの誕生に模して“女神”に見立て、眼前の象徴的な出来事に仕立て上げた。
ただ、それは全て、紛い物の舞台装置が為せる業なんだわ。
その一点に、紳士…男たちは釘付けられるの。
神話を着飾った女神の姿が、そこに顕現している。
舞台の照明が女神の姿を映したわ。
すると、その肌に身につけているものが透けて見えているの……。
男性たちは「おい、あれ透けてねえか!?」と、ざわざわする。
とっ ても卑猥な女神だわ。
性的な物に釘付けになっている男たちに女神はさらなる続きを魅せるの…。
男性たちの目線が…真剣すぎて怖いな。
女神の腰が動きだすわ。
この源流は何と考えましょう?
アメノウズメ、下照姫、ああ……神の名を妄(みだ)りに口にしてはダメだ!

そのマリアの乱れっぷりが寝室で療養中のフレーダーの脳裏にも飛び込んできて、またイメージの錯乱が迫るのだけど、ああ…マリアが肌を露出しちゃって舞い始めてるわ!
何かの紛い物の引っ掛かりを感じてか、その違和感か何かを見逃さないように、訝しげに男たちは堪えているの。
これは男性の自我というか、紳士の…まあ堪えているね…。
【目】、【目という目】、品定めのような【目】だわ。
これは、血と肉で出来た代物かを見定めているようなの。
遠隔で現象を見ているフレーダーも、魅せられちゃっているようだ。
でも、お手伝いさんに水を飲まされて落ち着く……ああ、淫らな幻像が飛んできて、それどころでなくなったわ。
舞台装置が、マリアを遊郭の吉原の高みへと押し上げていくの。
3つ首の龍が土台にあるように見える。
そして、社交会の男たちは、もう堪えきれず、性的解放でもみくちゃだわ。
場面は、七つの大罪が置かれた場所へと切り替わるの。


七つの大罪の内、死神がまず起動する。
死神の笛が音色を奏でるわ。
そして、全ての罪も動き出したの。
死神の現象が、フレーダーへと飛んで、その鎌と足音が迫る。
メトロポリスが煙を上げるわ。
それは壊れてゆくメトロポリスの前兆みたいなの。


発明家と本当のマリアとの場面に変わる。
発明家は、父親には労働者への制裁を正しいものにする事情がいると、マリアに語りかけるわ。
本当のマリアは、その発明家の、悪魔の語りかけに苦悶するの。
さらに発明家は、お前はいつも安寧な平穏を説法していたが、自分そっくりのロボットが、今では労働者に非行を勧めていると。
その原因が、本当のマリアの行いにあるかのように罪悪感を植えつけようとしているわ。
「労働者はロボットであるマリアを信じたようだ」と、発明家は続けたの。


場面は、ロボットのマリアが労働者たちに非行の勧めを語るところへ。

「私は、耐え忍ぶことを語ってきた」と、演説して人を惹き込むわ。
説法は、話術になったの。
プレゼンテーションをするマリアに成っている。
「でも、仲介する者はいよいよ現れなかった」と“仲介者”のフレーズが出たわ。
「この先も決して現れないでしょう」と言うの。


場面は切り替わり、硬そうなソファーに座って本を手にとりながら、集中力を欠いて苦悶しているフレーダー。
これは、読書で気を紛らわせようとするも、マリアの影が思い出されて悶えるという、ある時代によく見かける小説的な作法かしら?
そこへ、あの可哀想なパワハラを受けた元秘書が忍んできたの。
可哀想な元秘書にまた会えたことに感激するフレーダー。
「元気だったかい? 痩せたんじゃないか? 退職金は出たの?」とか言っているんだわ、きっと。
マリアが労働者のデモを扇動(せんどう)していますと、報告するの。
元秘書の訴えに、よく見るとあんまり高くないような椅子に座って、また悶えるフレーダー。
「何もかもを壊すように煽(あお)っている」と、元秘書がもうとんでもない事だと、ダメ押しをするわ。
「そんなことは信じられないよ!」と、マリアを庇うフレーダー。
いてもたってもいられないフレーダーは走り出し、外套を羽織り、元秘書に案内を任せたわ。


プレゼンするロボットのマリアに場面は変わる。
そこでは、もうすっかり聴衆の心を掴んだことを確認するマリアの姿があるわ。
労働者たちの心の隙間を焚き付けることに成功したの。

「辛抱強く待ち過ぎたわ。今こそ行動をするとき! なぜ、メトロポリスの主のために、死ぬまで汗をかくの? 誰が機械を動かし続けているの?」

地下墓地へと着いたフレーダーと元秘書は、その現状を目の当たりにする。
「あなたたちは機械の奴隷?」と、ロボットのマリアが労働者たちの懐に入り込んで掻き立てているわ。
「機械を止めてしまうのよ!」と、ロボットのマリアの下でマインドコントロールされた情念の塊が映し出されているの。
「機械を壊してしまえ!」と、最後の焚き付けの一声で、正気を失った労働者の塊は駆り出されていく。
「君はマリアじゃない!」と、フレーダーはロボットに向かって指を差したわ。
すると、労働者たちに混乱が起こるの。
邪悪な顔のマリアが映る。
「マリアは暴力でなく平和を訴えてきた! こいつは偽物だ!」と、フレーダーは必死に訴えるわ。
「ジョン・フレーダーセンの息子だ!」と、一人の労働者がフレーダーがあの父親の息子であることを労働者たちに示すの。
「あいつを殺せ!」と、叫んだ。
フレーダー(+元秘書)vs労働者のデスマッチが開始になり、フレーダーも手加減のない取っ組み合いに、拳が炸裂するわ!
「全員ここから出るぞ。機械を破壊しに行こうぜ!」と、マインドコントロールの進んだ労働者が扇動の声を上げ、マリアを十字架のように掲げ上げ、群れは機械の支配を受けていた人々を誘い、さらなる力を獲得しつつ破壊へと向かうの。
ロボットのマリアは、群衆の指揮者となって、タクトを振るう。
そして、大人たちは残ることなく立ち去ったわ。
これは、ミヒャエル・エンデのモモの物語が思い起こされるの。

場面は、階段を降りる2人の子供を映したあと、またマリアに唆(そそのか)された大人たちの破壊活動へと切り替わる。


大人たちは、下層の、あの羅針盤の機械がある場所へと湧いて出たわ。
そこではまだ、機械に身を捧げ労働する人たちが居るの。
「中央発電室へ向かえ!」と号令がかかる。

父親は、上層の司令室でメトロポリスの稼働状況を確認すると、普段とは異なる何かに気づいたわ。
モニター越しの通話で、図が出回っていることを報告したあの責任者の男を呼び出すの。
「労働者たちが機械を壊し回っています」と、驚き慌てたままの落ち着かない様子で報告をする。
父親は、一瞬、気が動転する間ができるも、すぐに気を取り直したわ。
「どうしたら良いでしょう?」と、男は神にすがるように指示を仰ぐの。
「発電室が破壊されたら、彼らの街は水浸しに」と、男は事態の行き着く先を告げる。
「ドアを開けろ!」と、父親は思いつく限りの先手を指示したわ。

開かれたドアから、大人たちが雪崩れのように入ってゆくの。
その先の発電室には、父親と連絡をしていた責任者の男がいる。
その恰幅(かっぷく)のいい男は、その湧いて出てくる大人たちに一人でスパナを持って、門番として、ゴーレムとなり、立ち塞いだわ。
「お前たち正気か? 家が水浸しになるぞ」
男の警告を受けた大人たちは、ロボットのマリアの指示を仰ぐの。
ロボットのマリアの身動きが、大人たちの行動を加速させる。
もう、ゴーレムをも恐れぬ狂気が飛びかかるわ。
事の隙間に入り込むように、ロボットのマリアは制御装置に手をかけたの。
歯車が狂いだし、大人たちは歓喜する。
歓喜の中で、ロボットのマリアは大人たちを置き去りにして逃げてしまったわ。


同じ時、本物のマリアも発明家の下をどうやってか逃げ出し、今一番行ってはいけないところへと向かうの。

メトロポリスの制御室は電流が荒れ狂っている。
水の勢いが増して、都市を浸し始めたわ。
本物のマリアはエレベーターを起動するの。
モレクであったメトロポリスが震えている。
下降するマリア、メトロポリスは天井を失っていくわ。
菅という菅から、蒸気が上がったの。
マリアは、震える制御室へと下りた。
蒸気が、マリアを包んでいくわ。
アスファルトの亀裂から、勢いの増した水が溢れたの。
地上へと水が吹き上がった。
逃げ場所を探すマリアは、大人を失った子供たちを見つけたわ。
都市の広場へと連れ出し、モニュメントの上で重たいレバーを引こうとするの。
水の流れから逃げ出す人々は、広場でレバーを引くマリアの下へと集まる。
溢れに溢れる水は、都市を、メトロポリスを下層から浸して行くわ。
水の流れが、メトロポリスの壁を砕いていくの。
マリアの下へと集まる人々は手を上げて、マリアに救いを求める。 
重たいレバーを引けずにいるマリアを助けようとはしないわ。


フレーダーと元秘書は、地下から上がってきた。
溢れかえる水の中、元秘書が何かの音に気づいたわ。
フレーダーさんを呼び止め、共にその音の方へと向かったの。
向かう先には、人々が逃げ惑う広場が。
今度はフレーダーが元秘書を呼び止め、走ったわ。
助けを求めるばかりの人々に囲まれながら、独りレバーと格闘するマリアさん。
その孤独に、フレーダーが気づいた。
モニュメントを上がり、マリアを抱きしめたわ!
人前で何かをしそうな雰囲気のお二人に、元秘書が呼びかけるの。
「良かった。君は本物のマリアだ! エアシャフトへ早く! 貯水タンクが破裂しました」という危機だった。
それぞれが子供たちを抱き上げ、元秘書が先導して、避難誘導係をするわ。
高いところへと向かう階段を人々は駆け上がってゆくの。


場面は、父親のいる上層の世界。
下層の水や崩壊をまだ知らないネオンライトがメトロポリスを照らすわ。
そのネオンが感慨に耽ける父親も照らしているの。
でも、乱れは上層にも届き、唸る電流がメトロポリスを走る。
ネオンは消え、父親は慌てて椅子から立ち上がったわ。
(現)秘書が父親の下に来て、メトロポリスの崩壊を報告したの。
その報告に父親はふらつき、神の座を失った。
神に近づこうとしたバベルの塔は、偽りの神の物語だわ。

これは、【なろう系】の物語なの。

第80話「メトロポリス5- ≒(ニアイコール)-」

第80話「メトロポリス5- ≒(ニアイコール)-」


最後まで人々を助けたフレーダーとマリア。
疲れ果てた二人に元秘書は気づき、呼びかけ、肩を貸したわ。


途方に暮れる父親は、大事なことに気づいたの。
仮想世界の終わりに立ち会う(現)秘書に、自分の息子フレーダーがどこにいるのかを真剣になって訊ねた。
「明日、大勢の人々がそうやって訊ねるでしょう、自分の子供が無事であるのかを」と、終末気分に取り憑かれた(現)秘書は答えたのね。
ここで気になるのは、その言葉を聞いた父親のジェスチャーなの。
三角形を作った。
三位一体か、何かのサインかしら?
ただ、父親は耳を塞いで悶えるの。

場面は、フレーダーとマリア、元秘書になり、無事に脱出した。
そして、子供たちが3人を迎えたわ。
もみくちゃになって、歓迎されているの。
マリアはこう云う「子供たちを救うのよ、私が親たちに無事を伝えるわ」
少し考えた後で「子供たちを永遠の楽園へ連れていきましょう」と。

場面は変わり、崩壊した発電室で歓喜の輪を加速的に踊る労働者たちがいるわ。
ゴーレムだった男は、瓦礫の中から顔を上げたの。
次のカットでは、子供たちが永遠の楽園へと向かい始めている。

場面は戻り、発電室の歓喜の輪に、元ゴーレムは割って止めようとするわ。
輪の切れ目を作ることができなかったの。
口笛を吹いたりなんかして、注意を惹こうとするけどダメだ。
やっと、惹きつけた後に労働者たちに云うわ。
「子供たちはどうした? 街はもう、浸水しているぞ」
労働者たちは、嘆き、己の足りなさでいっぱいになって浸かっているの。
さらに元ゴーレムの男は云う。
「誰が機械を壊せと言ったんだ!? 自我を失くしてまで」 
すると、労働者たちは怒りの矛先を探そうとするわ。
浮かんできた顔は、あのマリアさん。
残念だが、労働者たちはまた怒りを焚きつけられたわけだ。
元ゴーレムの男は、こうして恥の上塗りをするわ。
「魔女だ! あの女に全ての咎(とが)がある! 見つけろ! 殺せ!」
上塗りされた分断と知らず、労働者たちは指揮者になった男とマリアさんを見つけ出そうするの。

一方の、元指揮者のロボットのマリア。
社交会場で箍(たが)を放された上流階級と戯れているところだわ。
このカットは、ロボットのマリアさんが人間よりも上の階級になり支配している図にも見えるけど、人間的な欲に塗れているようにも見えるの。
それとも、メフィストフェレスになっているのだろうか?
「悪に染まる世界を見届けよう!」と、自我を失くす勧めをするわ。
社交会場の上流階級はマリアさんを掲げ、会場の外へと行進を始めたの。

そして、指揮者になった男と労働者たちは、掲げられたマリアを見つける。
このメトロポリスという作品が作られた時代、その時代背景、作者の意図が透けて見えてくるわ。
行進の中に突入してゆく労働者たちは、大規模なデモ、暴動へとなってゆくの。
指揮者になった男がついにマリアを拘束した。
フレーダーは、その暴動に気づいたようだわ。
拘束されたロボットのマリアさんは、指揮者になった男のゴーレム時代のなごり?の腕力で、フライパンみたいに折り曲げられそうなの。
よく考えると、このマリアはロボットだよね?
関節部分が柔軟な素材で作られているのかしら……。
フレーダーさんと元秘書は、暴動を止めようとしているのか、急いで向かうの。
少しコンパクトに畳まれたマリアは、引きずられたまま、労働者たちの待つ場所へと連れて行かれる。
そこには、あの卑猥な踊りで魅せた吉原の舞台装置がゴミ山になっているわ。
そのゴミ山の上で磔(はりつけ)にされ、火が放たれるの。
駆けつけたフレーダーは、労働者たちにフレーダーセンの息子として、また迫害を受けている。
ロボットのマリアは不気味な笑みを浮かべながら燃えているわ。
労働者たちは、焚き付けを投げ込み、嬉しそうに踊っているの。
指揮者になった男も今度は一緒になって踊れている。
フレーダーは、労働者たちに拘束され、マリアの前へと連れて行かれるわ。
「マリア!」と、フレーダーさんは叫んだの。
だが、その口は塞がれた。
離れたところに、発明家がいるわ。
何だか魂を抜かれて、フランケンシュタインみたいな歩き方をしているの。
そこで、ロボットのマリアが燃やされているのを目撃する。
その少し離れた柱の陰には、本物のマリアが見ているわ。
そして炎が勢いよく、ロボットのマリアさんを焼き尽くしていくの。
その光景に声を上げて卒倒しそうになる本物のマリアを、発明家が見つけた。
発明家はマリアに「もしお前の姿を奴らが見たら、騙されたと怒り、私を殺すだろう」と云うわ。
ここでまた、コミカルな追いかけっこが始まるの。

一方、焼き尽くされるマリアは、不気味に笑っている。
フレーダーは労働者たちに拘束されたままその光景を見せられているけれど、まさか本物のマリアだと思っているのかしら?
元秘書は、父親に火炙りを止めるようにか言っているの。
父親は自分の手には負えない事として、払い退けて行ってしまう。
そして、焼き尽くされるマリアは、炎でその表面上の繕いを失い、ついに正体が現れたわ。
その恐ろしい姿を見た人々は「魔女だ!」と叫ぶの。
ようやく、フレーダーは目の前にいたマリアが偽物だと気づいて、建物の上で楽しく追いかけっこしているマリアと発明家の姿を見た。
建物の頂上へとフレーダーは急いで向かうわ。
追いかけっこは発明家がやや上の脚力なの。
ついにマリアは捕まった。
フレーダーは走る、走るわ!
発明家はマリアさんを掬(すく)い投げ。
マリアはもっとしっかり腰を落とさないと、相撲にならないよ。
決まり手は救われない掬い投げで間違いないわ。
取り組みの終わった頃に駆けつけるフレーダーさん。
ん、物言いかな?
ぶつかり稽古をするのね?
あっけなく土俵際で落とされそうになるフレーダーさん。
土俵(建物)の下の人々が悲鳴を上げている。
その人々の中を割って入る、父親と元秘書と現秘書がいるわ。
父親は土俵際のフレーダーさんの姿を見て、頭を抱えて膝をついたの。
その時「子供はどこなの?」と、一人の女性が出てきて言った。
メトロポリスの王であった父親を見て、人々は責め立てるわ。
元ゴーレムの男も、指揮者になった今は父親に臆せず、非難を浴びせるの。
元秘書は、元ゴーレムの男を止めに入る。
「フレーダーセンの御子息が子供を救った!」と、元秘書は訴えかけるわ。
その訴えを聞いて「何だと!? 本当か? なんてこった!!」みたいなことを元ゴーレムの男は言っているの。
父親は、頭を抱えて膝をついたまま「息子を救いたまえ」と、この都市メトロポリスの神のような存在であった者が、ついに神頼みをする。
さて、建物の上の取り組みは、フレーダーが土俵際から抜け出したわ。
でも、せっかく抜け出したのに喉輪(のどわ)で攻められてしまったの。
そして、強烈な突っ張りを受けて、軍配は発明家に!
決まり手は…などとしている間に、発明家はマリアを抱えて屋根を駆け上がっているわ。
マリアさんは突っ張りを受けて、脳震盪でも起こしたの?
フレーダーも急いで屋根を駆け上がる!
発明家はフレーダーとの再戦を前にして、手荷物になるマリアをその辺の屋根のフックに掛けて、片手懸垂でもして待っているように引っ掛けてしまったわ。
フレーダーさんとの相撲トーナント決勝戦の開始(屋根の上)なの!
マリアの片手懸垂が果たして成功するのか、相撲トーナメントの優勝争いとで下の観客たちは目が離せない。
結末は、四(よ)つ相撲になって土俵を割り、両者とも倒れて屋根から転がって落ちたわ!!
フレーダーさんは運よく引っかかって、発明家は土俵下に完全に転落なの。
その時、ひとつの方向へ、一斉に人々が駆け抜けた。
父親と、元秘書、現秘書の3人だけをその場に残して行ったわ。
「天よ、ありがとう」と、父親は言って、抜け殻のように脱力するの。
天に助けられたフレーダーとマリアは、お互いの無事に安堵し、抱き合った。
その様子に気づいてか、脱力し切ったはずの父親が勢いよく走って向かうわ。
きっと、二人がいけないことをしそうなの、あ、接吻。

カットは建物の入り口へと向かう人々に。
指揮者の男を先頭にして、統制の取れた形でゆっくりと歩調を合わせて進んでゆくわ。
入り口から、3人が出てきたの。
フレーダーとマリアが、父親に肩を貸して。
指揮者の男が一人、掛けるべき言葉を探りながら、前へと歩み出たわ。
3人はどういう反応をしてよいのか構えてしまうの。
その時、父親は一人、一歩だけ、先へと歩み出た。
そして、右手、受け取る方の手を、手を取り合おうとしてみようとするわ。
でも、これまでの自らの行いから、言葉が追いつかず、差し出そうとする手が震え、罪悪感が足を引っ張っているようなの。
指揮者の男は、そこには言葉は必要ないことを知っているように、構えることもなく、手を取り合うための握手を求める。
父親は、その指揮者の男の罪を問わない態度に、少しずつ歩み寄ることを選んだわ。
その父親の姿に、フレーダーさんは何かを視て感じ取ったの。
マリアもフレーダーと同じものを視て、フレーダーとその喜びを分かち合おうとする。
 

 「心が、仲介者の役割を果たさない限り、
  手と頭脳は、通じ合えない」と、マリアが云うわ


フレーダーさんは立ち止まる父親の肩に手を掛けて、マリアさんの言葉を伝えるの。
父親の手を取り、自分の反対の手を指揮者の男の方に伸ばした。
指揮者の男は、父親の躊躇う姿にわだかまりを感じて心を遠ざけ、ズボンのポケットに手を入れて頑なな部分として、閉まってしまうわ。
それでも、仲介するフレーダーさんの態度を見て、くすぐったいようなポケットから手を出し、握り拳を解いて、フレーダーさんの手を取ることを選んだの。

そして仲介により、手を取り合う。
 



 手=労働者≒頭脳=支配者≒

恋した瞬間、世界が終わる 第10部 書き残したシナリオ

見えない力に動かされて

恋した瞬間、世界が終わる 第10部 書き残したシナリオ

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  • 小説
  • 短編
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-10-14

Copyrighted
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  1. 第70話「もう分け隔てのない窓」
  2. 第71話「ファミレス、午前0時の確かな音」
  3. 第72話「この世界の暗さを、スローシャッターで」
  4. 第73話「Re:あの娘の名前を覚えているか?」
  5. 第74話「思い煩うゴジラ」
  6. 第75話「向こうから来る」
  7. 第76話「メトロポリス1-羅針盤-」
  8. 第77話「メトロポリス2-バベルの塔の夢-」
  9. 第78話「メトロポリス3-物語の起動方法-」
  10. 第79話「メトロポリス4-偽りの神の物語-」
  11. 第80話「メトロポリス5- ≒(ニアイコール)-」