翔太のフレーム(1)

 翔太がキャンプを出て、3日が経った。持ち出した水と食料もなくなった。キャンプに帰ろうかどうしようか。ちょっと石ころの痛い草原に寝転がって、そう考え始めたとき、翔太は初めて「フレーム」を見た。虫の形をした金属の骨格が音もなく空を飛んでいた。そんな高くではない、手を伸ばせば届きそうな、そんなところを。
 翔太は14歳の少年である。

 鎧を身に着けた蝙蝠男が暴れていた。停まっていた大型バスを迫撃砲で破壊した。装甲の施されていない屋根を曲射した。迫撃砲を捨てると、もう片方の手に持っていた無反動砲を利き手に持ち替えて、今度は小屋を水平射撃で破壊した。女たち3人が乗っていた小型バスが動き出すと、無反動砲を捨て、肩に掛けていたレーザーライフルで、バスの装甲を貫いた。第1射で女のひとりの頭が吹き飛ばされたが、バスは無事だった。続けて放った第2射がバスのエンジンを貫いた。搭乗者もろともバスは四散した。
 テントから出てきた平服の男が対人用のショックガンを連射して蝙蝠男を牽制する。もとより蝙蝠男に致命傷を与えられる武装ではないが、怪物をひっくり返すことができた。テントの中ではふたりの男、金髪の男と黒髪の男が簡易鎧を身に着けていた。倒壊した小屋の地下では坊主頭の男がパワードスーツを起動させていた。
 蝙蝠男はライフルを捨て、腰にぶる下げていた短針銃を平服の男に向けた。彼は右脚に負傷を受け、テントに転がり込んだ。替わりに簡易鎧をつけた男たちが飛び出してきた。金髪の男は蝙蝠男に向かって走りながら、腰だめにしたショックガンの連射でまた怪物を転がした。同じく蝙蝠男に向かって走る黒髪の男は大振りの超振動ソードを振りかざしている。寝転がったままの蝙蝠男の短針銃の攻撃を胸に受けるが衝撃に耐えて目標を目指す。金髪の男もショックガンを捨て腰に差していた小降りの実剣を引き抜く。
 黒髪の男はあと少しのところまで迫ったが、顔面に向けて放たれた無数の短針がゴーグルを突き破り、命果てた。その隙に金髪の男がその剣戟により、立ち上がりかけた蝙蝠男の短針銃を払い落とさせた。鎧を貫通させられない実剣を蝙蝠男の頭部に思い切り投げつけ、寸前まで黒髪の男が握っていた超振動ソードを拾い、構え、起動させる。蝙蝠男の発する超音波振動に耐えつつ(耳の穴から血が滴った)、ソードを真一文字に振るい、怪人の上半身と下半身を二分した。上半身は金髪の男に抱きつき、断末魔の超音波を浴びせた。男の脳は破裂した。パワードスーツの巨大な掌が蝙蝠男の頭を握りつぶしたのはその直後だった。

 翔太は初めて出会った日向男に「道」を尋ねることができた。日向男はよく歩く。だから彼は自然と情報通になる。翔太は水と食料の余分がありそうなキャンパーの場所を教えてくれた。実際には道のない荒地を4キロ歩かなければならなかった。オートコンパスがあるので迷子になる心配はなかったが、これまで草原しか歩いたことのない翔太にとっては荒地は難物であった。2時間も進むと、膝はがくがく、喉はからからになり、生命の危険を自覚した。そんなとき、大岩の向こうにどす黒い煙があがっているが見えた。大岩を迂回してみると、ようやく目的地が見えた。キャンプ場は何者かの襲撃にあったようで、目的が果たせるかどうかはわからないが。先ほどから見えていた煙は破壊されたバスからあがっていた。
 
 突然、スピーカーによって拡声された男の声で誰何された。翔太はどこかに人がいるのか辺りを見回した。
 その時、薄い影がよぎった。10メートルくらいの高さをフレームが飛んでいた。翔太が見とれていると、フレームは旋回してだんだん上昇していった。また旋回したかなと思った頃、太陽の光がまぶしくて見失った。
 そして、ふと気づくと、すぐ隣にパワードスーツが立っていた。身長が2メートル50センチくらいある巨人である。機械の右手にべっとりと血糊がついていた。スーツの頭部にスピーカーが付いているのだろうか、またさっきと同じ声で誰何をされた。
 
 翔太は破壊された小屋建物の残骸の地下に招き入れられた。深くにシェルターが設置されていた。
 パワードスーツの男が、外装を外している間、翔太はマスミという女性から、彼/彼女らのキャンプがつい半時間前に蝙蝠男に襲撃されたことを聞いた。果敢に逃亡、抵抗を試みたが、生き残ったのはシェルターでコールドスリープ中だったマスミと、パワードスーツで出撃した男――シンジのふたりだけだった。
 マスミは緊急覚醒されたため、まだ少しぼんやりしていて、身体もだるそうだった。パワードスーツをラックに戻し、常衣になったシンジが翔太のためにワインとチキンのサンドウィッチを用意してくれた。マスミとシンジも食事に加わった。
 翔太も手伝って、蝙蝠男の襲撃で殺害された男二人と女三人の遺体を集め、簡易焼却キットで灰にして荒地の東風に散布して弔った。

 その日は3人ともシェルターで夜を明かした。マスミは32歳、シンジは28歳だそうである。翔太はマスミと愛し合った後、床をともにしながら情報を交換した。
 シンジとマスミが愛し合っている間、翔太はシェルターの情報端末を使ってフレームについて調べた。彼/彼女らのデータベースでわかったことは、飛翔するフレームの目撃例はたいへん稀であること、着床状態の目撃例は皆無であること、フレームの形状には数種類あるらしいことだけだった。
 翔太はもう一度マスミと愛し合い、疲れ果てて明け方眠りに落ちた。
 
 正午近くになって、3人は翔太たちのキャンプへ合流すべく出発した。バスは大型のものと小型のもの、両方とも破壊されてしまったので、パワードスーツほか武器弾薬、水とワイン、食料、衣料、医療キットを、無事だった浮遊カートに搭載できるだけ搭載し、3人は徒歩による小旅行である。
 かなり欲張って、たくさんの生存必需品を積み込んだため、荒地を抜けるまでの道中は、カートの浮遊エネルギー、バランス処理に負担がかかって、足取りは遅かった。荒地歩きに慣れていない翔太でも2時間で歩けた道程に3時間以上かかった。しかし翔太とマスミ、シンジは相性もよくて非常に話に花が咲き、時間の経つのが速く感じられる道中であった。
 マスミとシンジはコールドスリープマニアで、ふたりのリアルタイム年齢は先に聞いたように32歳、28歳だそうだが、スリープタイムを合計すると、マスミはもう200年、シンジも100年以上前から生きているそうだ。シンジが幼少でまだスリープ未体験だった頃、フレームの噂話をまた聞きで聞いたことがあるという。それによると100年ほどの以前にメタルイノベーションという工場で実験的に開発されたAIユニットで、人体に巻きつくように合体することにより、人間を飛翔可能にするという。不確かな噂話に過ぎなかったので、誰もデータベースに登録しなかったそうだ。つまりその当時の彼/彼女らの誰も実際にフレームと合体した人間を見たことがないのだ。そもそもフレームを目撃した人間も少なかったらしい。
 翔太はコールドスリープマニアの人間はだらしのない怠け者だと教えられていたが、マスミとシンジは誠実で良い人間だと思った。彼/彼女らの悪口を言った人たちは、きっと実際のコールドスリープマニアを知らないのだろう、ひょっとすると会ったこともない(翔太だってこれまで会ったことがなかった)と翔太は思った。

 草原に出ると、シンジはデータベース端末を使って、小川を探した。翔太のキャンプまで戻るにはさらには、カートの速度を考えると5日ほどかかるので、十分に水を補給する必要があった。小川にのほとりに今夜は宿泊するつもりだ。

 翔太たちは怪人赤仮面に襲われた。簡易テントを展開し、一休みしようとしたときだった。性別不明の赤仮面は、隠れていた土手の塹壕から突撃銃を乱射しながら飛び出してきた。翔太は左腕と胸を負傷したが、翔太をかばったシンジは頭部や胸部を打ち抜かれて果ててしまった。赤仮面が翔太に止めを刺そうとするところをマスミのレーザーライフルの精密射撃が救った。
 マスミは翔太の怪我の処置をしたのち、シンジの遺体を焼却し、灰を川に流した。
 診断ソフトを翔太を3日間は絶対安静にするように指示していた。幸い持ち合いの医療キットだけで処置できた。

 翔太の輸血パックには麻酔薬も混入されている。おかげで彼は酷い怪我だったが、穏やかに眠っている。マスミは覚せい剤を射ち、3日間、寝ずの番を頑張った。
 幸い、この3日間、何者の襲撃もなかった。野生の大ねずみを3匹捕らえた。ますみは獲物を調理器に入れて、合成肉とサプリメントをたっぷり作ることができた。

 麻酔が切れて、翔太は目を覚ました。頭はぼんやりしていたが、はっきりと見た。フレームが空中を旋回しているのを。

 医療ナノマシンが効率良く稼動したようで、傷はすっかり癒えていた。マスミが睡眠薬を飲み、今度は翔太が見張りに立った。たくさん血液を失ったので、合成肉がとても美味しかった。好みのソースをかけてたっぷり味わった。
 寝ているマスミに欲情したが、意識のない相手をセックスのパートナーにするのはマナー違反だと教わっていたので、我慢した。
 
 翔太はパワードスーツを装着して、テントの周囲をパトロールした。パワードスーツは初めてだったが、身体にちょうとフィットしていい感じだった。パワードスーツの最も火力の高い兵器の粒子ビームを、廃棄された小型トラックに向けて試射をした。爆音をともなう一瞬の閃光の内、ターゲットは消失した。翔太はその威力に感動したが、バッテリーがあがってしまって、しまったと思った。これでパワードスーツはキャンプに無事辿り着いて充電するまでもう使えないのである。

 東の空に黄色の照明弾があがった。ちょうど翔太のキャンプのある方角である。自分を探しているのかと思ったが、これは助けを求める救難の黄色であることに気が付いた。キャンプが何者かの襲撃を受けているであった。
 残念ながら翔太とマスミのテントからでは遠すぎて、救援にかけつけることはできない。幸運を祈るのみであった。
 
 マスミが目を覚ますと、翔太は無性に愛を求め、マスミも喜んで応えた。キャンプの襲撃により、マスミ以外に誰もいなくなってしまったような思いが翔太を燃え立たせた。マスミの身体が何にも変え難いほどとても愛しかった。
 ふたりはテントの中でぐったりとして、サラダの缶詰をあけて合成肉をたっぷり食べて、酩酊薬を飲み、夢うつつの中で夜明けを迎えた。

 ふたりは元気を取り戻すと、キャンプへ急いだ。生き残りがいる可能性は少なくない。ちょうど運のよいことに、軽快なビークルを2台連結している放浪者と出くわした。そのメンバーは男ひとりに女ふたりだけで(クランという女性がリーダーのようだった)、理由を説明すると快く、1台のビークルを譲ってくれた。
 翔太とマスミはビークルにつめるだけ必需品を詰め込み(詰め込めない分はクランたちに分け与えて)、翔太のデータベース端末でキャンプの位置を入力し、オートパイロットで目的地へ急行した。

 キャンプには2時間もかからずに到着した。意外なことに戦闘はまだ続いていた。翔太のキャンプには老若男女、かれこれ30人はいた。彼/彼女らは、襲撃者、10人規模のミュータントと改造人間の混合部隊相手に徹底抗戦をしていた。
 襲撃者たちは、翔太とマスミの接近には気づいていなかった。その利を生かして、翔太とマスミは離れた丘陵に陣取り、レーザーライフルの長距離射撃でミュータントたちを撃退していった。その精密狙撃によって、蝙蝠男と赤仮面が戦闘不能になると、残りの襲撃者たち不利を悟って撤退していった。
 戦場は悲惨だった。翔太のキャンプの構成員は不意打ちによって三分の二を失っていた。必死の抵抗により、鉄鎧と猫女が打殺されていた。それに蝙蝠男と赤仮面が倒れたので、襲撃者たちも半数を失ったことになる。
そして生き残っている男や女たちもばたばたと倒れた。マスミが慌てて防毒マスクを装着しているのを見ている翔太も強い眩暈を感じて、意識を失った。

 撤収する襲撃者の何者かが神経を麻痺させる毒ガスを撒いていったのだった。翔太はマスミに保護され、彼女の操縦するビークルで逃げることができたが、キャンプの者たちは再襲撃にあい、全滅していた。

 翔太とマスミは、彼のキャンプの構成員たちが丸山と呼んでいた丘にテントを張った。翔太はマスミにすばやく解毒剤の無針インジェクションを打ってもらっていたので順調に回復していた。まだ身体が痺れていて日常生活も困難であったが、神経組織は傷ついておらず、解毒が完了すれば後遺症も残らないですみそうであった。
 
 1ヵ月後、全快した翔太たちは旅路についた。
 キャンプに残った貴重な各種消費材や生産手段は地下シェルターに封印した。怪物たちは人を襲うのが目的だが、その破壊衝動はときになんにでもむけられることもあるので、翔太たちに当面必要のないものでも放置しておくわけにはいかなかった。
 故郷喪失者の翔太の旅の目的は飛翔フレームを手に入れることにした。マスミの目的はもちろんコールドスリープ装置だ。その目的を達するまでは道連れということになる。
 
 マスミはコールドスリープ装置の設備を求めて荒地を南下することにした。ビークルがあるので道程は楽だった。翔太は行くあてがわからなかったのでマスミに同行することにした。
 3日間かけて荒地を走破し、マニソンという集落についた。マスミは以前にもこの集落に立ち寄ったことがあるそうで、データベースに所在地の情報を持っていたのでここまで一直線にこられたのだ。幸いミュータントの襲撃にもあわずにすんだ。

 マニソンにはコールドスリープの装置が3台あった。しかし残念ながら皆使用されていて空きがなく、マスミの目的は果たせなかった。
マニソンには500人ほどの男女が暮らしていた。
 1ヶ月滞在しているうち、翔太はたくさんの女性と愛し合っていた。マスミは最初のうちは翔太とともにマニソンの人々と交友を盛んにおこなっていたが、次第にひとりでいることが多くなった。理由は妊娠のためだった。
 一般的に父親が誰かということは気にしないものだが、翔太は経験がなかったので気になり、データベースを調べた。マスミに精子を提供したのが自分だと確認すると不思議な気持ちがした。
 マスミは出産のためマニソンに残ることにしたので、翔太はひとりで旅に出ることにした。マニソンのデータベースでさらに南方の海岸線でフレームの目撃例が最近多いことがわかった。マスミとともに使っていたビークルに荷物を詰め込み、南へ向かった。

 道程の半分は荒地で、あちこち迂回せねばならず時間がかかった。三夜を車中ですごした。ビークルに近づくものはなにものなくアラームは鳴らなかったが、シートが狭くて寝苦しかった。外に簡易テントを張ってゆっくり休みたかったが、このところ危険な目に何度もあっているので用心深くなっていた。
 海岸線に近づくと草原になっていて速度があがった。順調にいけば一日で海が見られそうであったが、トラブルと遭遇してしまった。
 景色が開けているので、戦闘がおこなわれているのを二キロ先から光学モニターで発見できた。蝙蝠男2体が小型バスを襲撃していた。エンジンを切って静穏モードで一キロ近づき、ビークルの屋根の補助機能を使ってレーザーライフルの長距離精密射撃をおこなった。翔太の接近に襲撃者たちは気づいておらず蝙蝠男の1体を黒こげにすることができた。もう一体は遁走した。

 小型バスは破壊されてしまっていたが、搭乗していた女性二人組は無事だった。(つづく)

翔太のフレーム(1)

翔太のフレーム(1)

ハルマゲドン後の新秩序のもとで暮らす人々を描くシリーズ

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更新日
登録日
2011-05-09

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