日陰の遺伝子
9人兄妹の5番目に生まれた僕は、ちょっと出来の悪い子どもだった。狩りに行くのが苦手だ。みんなみたいにたくさん走れないし、石を投げても獲物に当てることができないまま大人になった。誰も僕を狩りに連れて行かなくなった。なので妹たちに混じって皮なめしをしたり石器を作ったりした。狩りに行けない男には、それしか出来ることがない。皮なめしや石器の刃を研ぐのは誰よりも得意だったけど、そんなことは出来たって誰の目にも留まらない。出来て当たり前、むしろ狩りに行けないんだからそれくらいのことは、出来ないといけなかった。
僕はいつも眠る前に考えた。みんなが寝入ろうとする今急に、トラの群れが僕らの巣穴を襲いに来た時、僕は突然かっこよく飛び出し、誰も見たことのないようなかっこいいワザでトラを倒してみせる。しばらく困らない食べ物も得られるし、狩りに行けないひ弱な僕を、みんなが一目置いたような目で見るんだ。そう考えながら眠りに就いた。実際、その時が来てもいいようにこっそりと体を鍛えるなんてこともしなかった。
眠る時、いつもひとつ年下の女の子が、巣穴の入り口から夜空を眺めている。彼女は少しの間そうして、静かに布団の中に戻ってくるのを僕は知っていた。何かを考えているのだろうか。物憂げな表情は月夜に照らされ、とてもキレイだと、僕は思った。
そんな日々を過ごしているうちに、僕らも子孫を残す時期になった。この巣穴に住む家族の中からなるべく遠い血のものと番になる。僕は彼女の横顔を眺めていた。僕のような弱い男を選ぶ女の子は一人もいないと思った。残す必要のない遺伝子だと思ったが、必要最低の数の子を生むために異性をあてがわれる。
彼女は巣穴で三番目に強い男の子と番になった。そのうち僕も番を持ち、子どもを作った。
ある日、彼女は大きくなったお腹を抱えながら僕の隣へ来た。「君がなにか一人で夢想をするような横顔が好きだったんだあ」「狩りに行けなくても君は誰よりも石器を作るのが上手いって、私、知ってるんだよ」
春の日、次々に新しい遺伝子の子どもたちが生まれた。僕は生まれた子どもたちとその母親に、花の冠を作って渡した。「なんだかよくわからないけど可愛い。素敵で嬉しい。」みんな喜んでいた。彼女もそれを見て喜んでいた。僕の恋も彼女の恋も実らなかったけれど、僕の手先の器用さとロマンチストさは、受け入れられ、僕のようなひ弱な男も愛され、そして僕らの代の人間は徐々に死んでいった。僕もそのうち死んでしまった。
しかし僕の遺伝子はその後、確かに受け継がれていった。狩りが苦手でも石器や皮なめしが得意で、ロマンチスト。その遺伝子たちは、箱型の家を建てた。土を釜で焼いて壺を作った。
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そしてその遺伝子は、今日もどこかの中学校で冴えない中学生が退屈な授業を受けながら、ろくにノートも取らずに空を見上げ「今急にテロリスト集団が教室に乗り込んできたら、俺がかっこよくテロリストたちを倒して、そうだな、まず鼻っ面に一発、その後横っ面を蹴り飛ばして、手放した銃を拾った俺は、逆にテロリストたちを脅しあげて……」なんて考える日常になっているのだ。
日陰の遺伝子