セット

流行というもの。外見というもの。

大安売り。外見だけで、価値基準はなくなった。

 「こちらが選別レーンになります」
 今まで見てきた工程の最終ラインに入り、案内役のスタッフは続けた。初めの挨拶の時から今までずっと、微笑を保ちつつ変わらぬ表情で、淡々と説明してくれていた。彼が指差す向こうでは、二股に分かれたレーンの上を製品がどんどん流れていく。素早く流れていき、一方は壁のトンネルに行き、もう一方は下って床の下へと見えなくなっている。
 
 僕は二股に分かれるレーンの手前にあるボックスを指してこう尋ねた。
 「あそこで判別しているのですか?」
 にべもなくスタッフは頷き肯定した。
「瞬時に製品として、傷がついていないかを調べます。ほら、こんなにも正確に素早く選別してるのですよ」
 彼はレーンから、製品と出せるものと、そうでないものを適当にとりあげて僕の目の前にかかげて見せた。トンネルにつながるレーンから取ったものは、見た目には何一つ傷らしきものはなく、ピカピカと光沢を放っていた。しかし床に消えていくレーンの方はなにかしら、本当に微小なものから、やや目立つ傷がついていた。
 「いやはや、凄いですね。あの一瞬で見分けられているんですか。それで外見に問題なければ、壁の向こうで内部の精査をするんですね」

 僕は工程からすれば、当然だと思うことを声に出していた。少なくとも内部精査のほうが先なんじゃないのかなんてものは、門外漢の僕に言われなくとも、何か理由があってのことだろうと口にしなかった。けれど帰ってきた言葉は予想外なものだった。
 「いえ、壁の向こうではホウソウして出荷ですよ?」
 「え?! 何の審査もないんですか?」
 ここで初めてこのスタッフは、微笑を崩し怪訝そうに言った。
 「しませんよ、そんなもの。こうしている今も、こんなに大量に造られているじゃありませんか。中身がどこか悪ければ買いかえればいい話じゃないですか。これの方が経済も回るでしょう」
 有無を言わせない雰囲気におされて、僕は話を変えざるを得なかった。合点して、急ごしらえに床の下に下っていくレーンを指差し、
 「それじゃあ、あの製品にならなかったものは、どこにいくんですか? …いや、わかっていますよ。リサイクルですよね」
 と語尾を強くして漏らした。それは変えた内容も言いながら素人じみ愚問に感じたので、相槌で済ませられるようにしたつもりだった。だが、これまた場違いな話だったらしい。周りに他のスタッフがいれば、今この場で、こいつどうにかしてるぜ? と嘯いていそうなくらいに眉根を寄せて、言い放った。
 
 「いえいえ。ただ処分されるだけですが、何かご不明な点でも」
 これに対しての僕の表情が、あまりに酷かったのだろう。スタッフである彼は、微笑を戻して軽快な口調で補足情報を僕にくれた。
 「そうそう、あのように落ちきらなかったものがあるでしょう」
 そういって床に開いた処分行きの穴の周りに散らばっている、たった今僕が指差していた方を一緒になって大きな動作で指し示した。どうやら、レールの振動かなにかしらで処分を免れたようだ。これ以上変によじれないように、僕は何も口に出さず、ただ頷いた。彼はそこに近づき、床から一つ製品にならなかったものを手に取り振り向いた。それは散らばっているなかでも大きく型崩れしたものだった。
 「このように明らかに不良品だと分かるものもあるでしょう。しかしこういう“明らかな不良品”は時に役に立つのですよ。…製品の綺麗さをより一層際立たせるという対照としてね」
 そういって彼は何もためらうこともなく、手にした大きく型崩れしたそれを、壁のトンネルにどんどん流れていく出荷用の製品が乗ったレーンに投げ入れた。

セット

あらゆる、概念。
美意識、常識とさせること。共通認識。それらは”通用しない”こと。
しかし金銭という市場原理だけが大半を占める価値基準。それに踊らされ、それを疑うことなく、「そうなのだから仕方がない」という口癖。
本来の価値は、効率に合わないからとみることも喪失している。
それに気づくものは、変人とされる。

セット

どんどんと出ては消える、流行。 アレがいい。そしたら一斉に群がる。熱が冷める頃には、別の何かがそれになる。 人すらも、生き物すらも。それらは全て商品となっている。 それが造られる現場を、大量生産の工場を舞台に物語が進む。 本質を、自分で視る目がなくなっている世。それに引っかかり疑問に思うもの。正しい眼を持っていようとも、”常識”とされることに疑問を抱く者は、煙たがられる。

  • 小説
  • 掌編
  • ミステリー
  • 時代・歴史
  • ホラー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-01-11

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