還暦夫婦のバイクライフ22

ジニー&リン高知に鰹を食べに行く

 ジニーは夫、リンは妻の、共に還暦を迎えた夫婦である。
「リンさん次の日曜日は天気良さげだね」
ジニーはテレビの天気予報を見ながら、リンに話しかける。しかし横に座っているリンから返事が無い。ジニーが目をやると、イヤホンを付けたリンがスマホを見ながら、薄笑いを浮かべていた。ジニーの視線に気づいたリンがイヤホンを取って、何?と聞く。
「あ~、いや、今度の日曜日は天気良さそうだなって話」
「そうなん?どこ行く?」
「え~と、今考えているのが、先週バイク屋さんツーで行けなかったカルスト上がって虎太郎降りて土佐佐賀の黒潮一番館で鰹喰って、後は適当に帰るというプランかな」
「黒潮一番館?大正市場の所だっけ?」
「それは中土佐だな。道の駅なぶら土佐佐賀のちょっと向こう」
「私的にはビオスおおがたのカツオが好きだな」
「ふ~ん」
「でも、いいよ行ってみよう。朝早い?」
「7時30分には出たい」
「わかった」
ということで、9月24日は高知に行くこととなった。
 日曜日朝6時、目覚ましの音でジニーは起きた。ひどい五十肩で左腕が上がらない。激痛が走るので左腕を抱え込みながら体を起こす。ゆっくりと体を伸ばしてからベットを抜けだし、台所に向かった。コーヒーを淹れて昨夜リンが作った芋炊きを温める。それをおかずにご飯をたべていると、リンが台所に現れた。
「お早う、何食べよるん?」
「芋炊き。いる?」
「少し食べる」
リンもテーブルについて芋炊きを食べる。ジニーがコーヒーをカップに注いでリンに渡す。
「ありがと」
リンは熱いコーヒーをゆっくりと飲む。
「さてと、さすがにメッシュは無いな」
「え?そう?」
「結構涼しいよ。春秋用のインナー外して着ようかな」
「暑そうだねえ。脇メッシュが良いんじゃないの?」
「あ、それだ」
ジニーは脇メッシュのジャケットを取った。ズボンは防風ジーンズを履く。
「少し暑いな」
「私は何にしようかな?」
リンが手にしたのは、皮ジャンだった。
「これって春秋1か月くらいしか着るとき無いんよね。まだ暑いかな」
「いいんじゃない?カルストは涼しいと思うよ。日中の高知はわからんけど」
 二人は秋のいでたちで準備を進める。車庫からバイクを引っ張り出し、鞄を取り付ける。
「あ~だめだ」
「どしたん?」
「昨日スマホ機種変したら、なぜかインカムと同期しないのよね。音楽が聞けん。まあいいや今日は」
リンが肩をすくめる。
「出ますよ」
「どうぞ」
予定通り7時30分、二台のバイクは家を出た。いつものスタンドで給油して、三坂を上がる。バイパスを駆け上がって久万高原町に入る。道の駅さんさんを横目に見ながら通過し、美川の道の駅もスルーする。
「今日はバイクが多いね」
「天気良いから。ジニー草餅やさんで止まるん?」
「そのつもり」
快調に走っていた車列が急に遅くなる。警察が出ているのが見えた。
「リンさんなんだろう。検問かな?」
「こんなところで?」
「あ、事故だ。車が転倒してる。あ~路肩に乗り上げてコケたんだな」
「あれ、何の車?」
「S660だね」
「もしかして、来るとき松山ですれ違った救急車がそうだったかも」
「どうだろう。でも無事じゃあなさそうだな。オープンカーでこけちゃったらなあ」
「他人事じゃあ無いわね。今日も安全に行きましょう」
「ご安全に」
 二人はR33をどんどん南下してゆく。途中R440に乗り換え、ループ橋を駆け上がる。前走車もなく、8時50分草餅屋さんに到着した。普段店の前には広っぱがあり、トトロが置いてあるのだが、柵がめぐらされていて、工事事務所が立っていた。トトロも隅っこに移動している。どうやら狭かった箇所にトンネルを掘ってショートカットする予定のようだ。
「いつ出来るんだろう、バイク乗ってるうちにできるかな」
「案外早いんじゃない?多分間に合うと思うよ」
「楽しみだ」
ジニーはお店で草餅とバラ寿司を買ってきた。それをリンと二人で食べる。
[さて、そろそろ行きますか」
「ジニーどこから上がる?」
「今日は道なりに正面から上がる予定」
「途中車が居なければいいねえ」
「結構車走ってるから、それは無理だと思う」
バイクに戻って、二人は出発準備をする。
「あ、リンさんインカムの取説がバッグにあった」
「見せて」
リンはジニーから取説を受け取り、説明を見ながら設定をやり直す。
「あ、直った」
「それは良かった」
リンがスマホをバイクに固定する。
「ええよ」
9時15分、二人は草餅やさんを出発した。
 R440から地芳トンネル手前を右折し、県道36号に乗り換える。そこから地芳峠を目指して山道を登る。途中までは前走車もなく快適に駆け上がるが、後3Kmくらいの所で車に詰まる。のろのろと走るが、よけてくれる気配もない。仕方なく大人しくついてゆく。地芳峠から姫鶴平へ到着した所で車はいなくなる。前が開けた道を、定番の絶景ポイントまで走った。広い路肩にバイクを止め、エンジンを切る。
「うん。やっぱりここが一番の絶景やな」
秋を感じさせる乾いた涼しい風が吹き、牛たちが草を食む。いつも止まっている大きい風車が、風をはらんで回っていた。次々と通過する車に気を付けながら、ひとしきり写真を撮る。
「さてジニー、次の人達に場所を譲ろう。次行くよ」
「天狗はどうする?」
「もちろん止まるよ」
「オッケー」
二人はバイクを発進させ、天狗高原星降るヴィレッジへと向かう。以前は真っ暗で足元が見えづらくて怖かったトンネルが改修されて、明るく安全になっている。そのトンネルを抜けると、すぐにヴィレッジの建物が見えてくる。やや急な登り口を登って、駐車場にバイクを止める。ヘルメットを脱いで、建物前の展望所に向かう。
「いい天気。今日は海まで見える」
ジニーがそう言って、写真を撮る。山が重なるずっと奥に、うっすらと太平洋が見える。
「はいジニー、次行こ!先は長いよ」
「わかった」
バイクまで戻り、準備を整える。10時25分、二人は星降るヴィレッジを出発した。
 県道48号から緑資源幹線林道に入り、しばらく下った所で交差する県道304号へ左折する。さらに下ってゆくと、R439に出る。そこを右折して、津野町に向かう。
「そう言えばリンさん、この先に吉村虎太郎邸があるんだけど、寄ってみる?」
「そうねえ、行ったこと無いよなあ。いいよ寄っても。この先だっけ?」
そういう話をしているすぐ後に、虎太郎邸の案内版が出てきた。広い路肩にバイクを止め、ヘルメットを脱いでホルダに固定する。それから二人は虎太郎邸目指して歩きだす。100mほど歩いて斜面を登った所に、虎太郎邸があった。
「ふ~ん、こんな感じなんだ」
「庄屋さんの家だね。あ、リンさん。僕今までこたろうって呼んでたけど、とらたろうが正解だ」
「そうなん?・・・・本当だ」
資料館になっている屋敷をしばらく見てから、バイクに戻る。
「さあリンさん。次行きますよ。ところで今何時?」
「11時6分。どれくらいかかる?」
「ん~、13時過ぎ予定かな」
「途中休憩は?」
「道の駅あぐり窪川に止まるつもり」
「了解」
2人は虎太郎邸を出発した。
 R439からR197に乗り換え、須崎方面に走る。少し走った所に、県道19号が右側から合流している三叉路がある。そこを右折して県道19号に乗り換え、谷沿いに奥へと走る。途中
狭い所もあるが、車も少なく走りやすい。どんどん走ってゆくと、T字路に当たる。右に行くと県道19号、左に行くと県道41号だ。そこを左折して県道41号に乗り換える。緩やかな峠を越え、やや急な下りを降りてゆくとR56号に当たる。七子峠の窪川側だ。そこを右折してR56号に乗り換え、窪川を目指す。しばらく行くと、高速道の入り口が見えてきた。前を走る呑気な軽トラに少しうんざりしていたジニーが、高速を使おうと思いついた。
「リンさん、ひと区間だけど高速使おう」
「高速?窪川の道の駅って、もうすぐじゃない?」
「そうなんだけどね」
「まあええよ。無料区間だし」
「じゃあ、行きますよ~」
ジニーは四万十町東から、高速に上がった。
「あ、リンさん。やっちまった」
「だね。逆方向に走ってる」
「窪川方面には行けないんだ。まいったなあ」
「次のインターで引き返す?」
「いや~どうしようかな。次は中土佐か。道の駅中土佐があるのか。リンさん予定変更して、中土佐で鰹食べよう」
「黒潮一番館は?」
「また今度」
「ん~それもアリかな。行ったこと無いよね」
「大正市場で鰹喰ったときに、行ったよ。ケーキ食べた」
「あ~あ~あったね~。いいんじゃない」
「ではそういううことで」
二台のバイクは中土佐I.Cまで走って高速を降りる。R56を南に向かって走り、2キロほど先を左折して久礼漁港へ走る。港に併設するように道の駅なかとさはある。二人はバイク置き場に止め、エンジンを切る。
「人がいっぱいだね」
「丁度正午だ。席空いてるかな?」
ヘルメットをホルダに固定して、食堂に向かう。中に入ると、すんなり席に着けた。外の浜焼きコーナーなので、少し暑い。
「浜焼き海王ってお店なんだ」
ジニーはメニューをしげしげと眺める。
「これかな」
二人はカツオのたたき定食を注文した。程なくして定食が運ばれてきた。
「早いなあ」
「あ、ご飯多いねえ。ジニーよろしく」
「うん」
腹を減らした二人は、早速食べ始める。
「塩ポン酢だって。使ってみよう」
リンが塩ポン酢で鰹を食べる。
「うん。おいしい」
リンがいろいろと試している間に、ジニーはあらかた片付けてしまった。
「ジニー早い。ご飯よろしく」
「はいよ」
ジニーはリンの茶碗からご飯を取り分ける。それをみそ汁とおしんこで食べる。
「おなか一杯。もう食べれません」
リンが満足そうな表情をする。
「塩ポン酢って聞いたこと無いな。売ってるのかな」
会計を済ませてから、二人は売店をうろついたが見つけれなかった。
「残念。次高知来た時には、注意して見てみよう」
ジニーは探すのをあきらめた。
 バイクまで戻って、この後どうするか考える。予定が変わったので、時間に余裕ができた。
「リンさん、久しぶりにケーキ屋さん行く?」
「ケーキ屋?吾北の?」
「うん」
「いいね!行こう。やってるかな?」
「それは行ってのお楽しみ」
二人はそそくさと準備を済ませ、13時丁度道の駅を後にした。
 R56を北上して中土佐I.Cから高知道に乗る。須崎西I.Cまで走り、再びR56に降りる。さらに北上して須崎市を通過し、R494へ左折する。新しい道が出来ていて、随分と走りやすくなっている。峠の長いトンネルを抜けて、佐川町に出る。途中県道308号、302号を経由して再びR494へ戻り、少し走るとR33へ出会う。左折してR33に乗り換え、越知町を越えた所で右から合流している県道18号に乗り換える。
「リンさん、途中狭い所があるから気を付けてね」
「大丈夫」
ジニーは先行して対向車に注意を払う。ジニーが言っていた狭い所は、車のすれ違いが出来ない。そのため両側の入り口に電光掲示板が設置されていて、対向車があれば表示が出る。二人が狭い所に到達したときには何の表示も無かったため、そのまま進入したが、もうすぐ終わりという所で対向車と鉢合わせた。
「あ‼くそこいつ全然避けねえ」
ジニーとリンは道を外れて路肩にバイクを乗り入れた。30㎝ほどの荒れた路肩を何とかこけずに走り、車とすれ違う。
「リンさん大丈夫?・・・だな」
「平気!でもあいつ、全くよけんかったね」
「30㎝くらいは余裕で寄れたと思うけどな。全くつまらんことをする」
ジニーが少し怒った口調で言う。
 広くなった道を走ってゆくと、R194と出会う。そこを左折して、愛媛県方面に向かう。大人気で今日も混雑しているラーメン店の前を通過して、14時5分目的のケーキ茶屋MOMAに到着した。
「リンさん、空いてたよ」
「よかったね~」
2人はバイクを止めて、ヘルメットを脱いで店に向かった。少し重い引き戸を開け、店に入る。
「いらっしゃいませ」
いつものおじさんとおばさんに迎えられる。
「今日はどのケーキがありますか?」
「今日はこれです」
おばさんがケーキの在庫を見せてれる。
「チョコレートケーキはありますか?」
「ごめんなさい、今日は無いんです」
「じゃあーこれとこれ」
リンはガトーショコラ、ジニーはフルーツケーキを注文する。
「それとホットコーヒー2つください」
「はい。そちらでお待ちください」
ジニーとリンは、テーブル席に座った。ほかにもお客が2組いて、テイクアウトの人も次々とやって来る。しばらく待って、注文の品がやって来た。
「あ、私ガトーショコラです」
「え、あ、すみません」
フルーツケーキを2つ持ってきたおばさんが、慌てて1個引っ込める。
「えーあー、まあいいか」
ジニーがつぶやく。
 二人は相変わらずおいしいケーキとコーヒーを堪能する。
「遅くなったお詫びに、これをどうぞ」
おばさんがプチシューを持ってきた。
「あ、ありがとうございます」
2人は恐縮する。お詫びされるようなことは何もなく、むしろゆっくり休めて良かったくらいだ。お店の心遣いに感謝しながら、おいしいプチシューを頂いた。
 会計を済ませて店を出る。
「ジニーどっちに帰る?」
「そうだなあ、R439経由でR33か、R194経由でR11帰るか。どちらも遅い車列に捕まって、眠くなりそうだ。いっそのことR494行くか。あれは眠くならんだろう」
「R494?あいちゃんが家に突っ込みそうになった道?」
「うん」
「う~ん。・・・ええよ」
「じゃあー出ますよ」
15時丁度ケーキ屋さんを出発して、R194を南下する。すぐに右から合流しているR439へ乗り換え、快走路を走り抜け、池川町の街中を抜けてR494へ乗り換える。広くなったり狭くなったりする道を、時々現れる対向車に気を付けながら走る。高知県と愛媛県の県境にある境野隧道を抜け、道は久万高原町へと下ってゆく。やがてR494は県道210号に突き当たる。そこを左折して美川方面に向かい、すぐの交差点を右折して岩屋寺方面へと向かう。道は途中で県道12号に変わり、再び峠を越えて久万高原町に入る。R33と出会うT字の交差点を右折してR33に乗り換える。そこからすぐの所にある道の駅天空の郷さんさんで休憩する。
「ふう。眠くなる間も無い道だ」
「私あの道は慣れたよ。最初はすごく遠く感じてたけど、今はそんなに長く感じないや」
「そうなん?R33をだらだらと帰るよりはいいと思うけど」
「うん。バイク屋さんツーの大人数では無理かな」
「平気じゃない?みんなベテランさんだぜ?」
「そうなんだけどね。狭い道嫌いな人もいるじゃない」
「・・・居るなあ」
ジニーはいつものメンバーの顔を思い浮かべる。
 しばらく休んでから、16時35分道の駅を出発した。三坂の旧道を楽しく走り、砥部町から松山市内を抜け、17時15分自宅に到着した。
「おつかれ~」
「お疲れさんでした」
バイクを車庫にかたずけて、バッグも外して家に入る。
「ジニー今日はカツオも食べたしケーキも食べたし、良い一日だったね」
「うん。なかなか充実しとった。高速間違ったけどね」
「結果オーライでしょ」
リンが楽しそうに笑った。
 

還暦夫婦のバイクライフ22

還暦夫婦のバイクライフ22

  • 随筆・エッセイ
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-10-08

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted