メロンソーダを零した時の許し方
ゴホゴホと咳を吐いた。小さな公園の水道の水が喉を打ち付ける。つまりだ。それは棒で奥を押し込まれる痛さ。灼熱の太陽。音が消えたブランコ。影が消えた砂場。揺れない林。その風景が蜃気楼としてそれでも僕の前髪を細い指先が掴んでは必要以上に蛇口を僕の口に押し込む女はただニヤニヤと笑っていた。僕は女の笑う声を聞くしかなかった。初めて、初めてキャラメルポップコーンを食べたような甘い笑い声だった。そして僕が限界になった瞬間、女は精巧なデジタル秒針を止めるようにして僕の頭を宙に解放した。生ぬるい空気を僕は一生懸命に吸い込むと女は嬉しそうに笑っている。視界に入る女はハンカチを取り出して濡れた唇を丁寧に拭いた。愛おしいのと塩辛さが混じった表情で僕に言う。
「苦しいって、寂しいよね。君がそんな顔をするの久しぶりにみた」
久しぶりか。僕は女の顔を見たが無言だった。でもそれはある種の言葉だった。
「また、黙るの? たまには何か反論してみなさいよ」
反論なんて何もない。女の言葉に何も言えなかった。てんとう虫が白くなる。そんな論議。
「この小さな公園の世界。ただ一つだけの狭い世界には、私と君しかいないんだよ。ねえ。どうしたい? お外に出てさ、誰もいない、寂しい外で一緒に消えちゃう? メロンソーダの水蒸気みたいにさ、ぷしゃああって、緑色の液体を蒸発させて消えたい? それがいいんじゃないかな。だって私はこんなダメなヤツだし。君にはいつも迷惑をかけてばかりだし。すぐにライムグリーンの涙を流すし。声は小さいし。陶器のような肌じゃないし。光線みたいなちぐはぐな感情だし」
いや。それでも、いいかなって思ったんだ。でも、確かに公園の外には出たくなる。でもさ。そうするとキミが言う通りに消えてしまう。この虫かごの世界でずっと一緒にいるんだ。
「ねえねえ。ねえ。また君は優しい目で私を見てくれるの? 不思議。こんなに意地悪な私なのに。いつも君は許してくれる。へんなの。バカみたい。私って本当にポンコツ。ごめんなさい。ごめんね。ごめんなさい。お願いだから許して。ごめんなさい。ごめん。」
下顎を静かに動かす。ライムグリーンの涙がきれいだねって。シンプルに繰り返し言った。女は湿っぽい額を僕のオデコにコツンと触れた。セミは鳴いておらず、でも女の言葉は震えていて熱かった。
それからシュークリームみたいに溶けた。だって日差しが強いから。
メロンソーダを零した時の許し方