人魚姫の魂

 自分を投影しすぎている少年期の危険な誇大妄想ですが、自分にとって忘れられない詩です。泣きじゃくりながら無き夢を叩きつけるように書いていました。20歳くらい。

 あなたは魂がないといわれていた
 人間にはとうぜんあるとされる
 真赤なまごころがないといわれていた
 おのが残虐な欲望で
 人間の男を破滅させる歌をうたう
 エロティックな魔物といみきらわれていた
 あなたは悪魔とののしられていた
 あなたは
 人間にあこがれていて
 人間にこがれていて
 人間のように生きたくて
 魔女と契約し
 肉体ばかりは人間となった
 なによりも
 船上で風に髪をなびかせていた
 うつくしい王子に恋をしていたから
 しかしかれはあなたを愛さず
 べつの女を愛して
 女もかれをこころのそこから愛し
 ふたりは結婚した

 その日から
 あなたの内面努力がはじまった
 目にはみえない
 かなしい訓練がはじまった
 あなたは「人間」を模倣しだした
 まずしいひとがくるしんでいるのをみれば
 そっと手を差しのべ
 パンをあたえ
 なんのよろこびもなかったが
 ひとがそれでよろこべば
 むりにほほ笑みのかたちを唇につくり
 「これが人間の幸福だ」と
 おのが無感覚にいいきかせ
 ひとが他人のいたみを憂いているのをみれば
 ただかたわらによりそって
 なにもいわずに手をにぎり
 「これが人間の愛情だ」と
 おのが不感無覚におしえ
 がらすのような不感覚が
 肉を切り刻まれるよりも痛いこともあるのだ
 そして
 しあわせそうに妻とほほ笑みあう王子をみれば
 みずからのむねくるおしいいたみに
「これが肉体の感情だ」と名をつけ
 ただどうしようもなくあるものであるのに
 どこまでもそれをにくみ
 ただ魂の感情のみをもとめ
 そうして
 いちどきりの王子からのやさしさを
 すでに時の風にうしなわれたできごとを
 美しい想い出の残り香を
 それだけをたよりに努力し
 いくどもいくどもそれをおもいおこし
 追憶の反復をかさね
 人間になることをこころから希んで
 魂の現出をこころからねがい
 涙をおしかくして
 あなたは奉仕の形式に
 ひっしでみずからをおしこめた

 悪魔の感情におおわれたこともあったろう
 女へのにくしみのままに行動したくもなったろう
 王子がみずからを愛してくれないのなら
 死をえらぶほうが楽だとおもったこともあったろう

 あるときあなたは
 鬱蒼とした森のなかで
 残虐な兵士に
 王子が殺されているのをみいだした
 王子のからだには無数の銃弾が撃ちこまれ
 血は泉のようにながれ
 もはや息もなく
 そうであるのに
 兵士はかれのからだを
 衝動のままに破壊しつづけていた
 兵士は
 王子の妻がすきだった

 あなたはそれにかけよった
 なんのかんがえもなく
 なんのこころのかけひきもなく
 清浄無垢な情念のままに
 すきとおった感情のままに
 それゆえに
 あまりにも意味の欠けた
 奇怪きわまりないことを
 すなわち人魚姫は
 王子の死体におおいかぶさったのだ
 ただ
 愛するひとの肉体が
 こわされていくのをかなしんで
 からだがおのずとうごいていたのだ

 きらわれものの魔物は
 愛するひとの死骸のうえによこたわった
 雨のように銃弾はふりつづけ
 非人間の散らせる血飛沫は
 おどろく兵士の顔を濡らし
 森のなかはおともない
 そうして兵士は
 にくしみのままに剣をとりだした
 あなたがたの体は
 血をながしながら重なりあい
 性愛の絶頂状態と類似したかたちで
 一条のかれの悪意に串刺しとなった
 あなたは死の間際になって
 しかも究極のかたちで
 初めて愛の形式を知った

 あなたの内面努力によって
 いつのまにやら生成されていた
 この世でもっともうつくしい魂
 死してのぼったあなたの「赤誠」を
 おのが意志による魂の流血の固着を
 精緻にととのう真紅のばらを
 枯れることのない
 ゆいいつに永遠の華を
 とわにうららかな歌をひびかせる花を
 神の音楽のながれる
 天上の御殿にそっと飾ろう

人魚姫の魂

人魚姫の魂

  • 自由詩
  • 掌編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-10-03

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