裏切り

私は平野の原住民だ。
グループの中では中堅クラスでありながらも、いまだにずっとお世話になっている原住民がいる。
かつて先輩原住民だったあの人は、いまや幹部クラスの原住民だ。
ある時、森の原住民から私にとあるプロジェクトの話が持ちかけられた。
今後、浜辺を開拓するメンバーの1人として選抜したいとのこと。
私は悩んだ。
平野の暮らしは穏やかで過ごしやすいし、大好きなおばあちゃんが作ってくれる食事だっておいしい。
考えれば考えるだけ平野の暮らしが無くてはならないものだと実感する。
しかし、森の原住民が納得するだけの理由を持ち合わせいなかった。
どうしても、という理由を無い所から作れるほど私は器用な原住民ではなかった。
私はかつて世話になった上司の原住民に相談した。
平野から出たくないことと、どう説得していいか分からないことを伝えた。
上司の原住民は、私と面と向き合って話していたのだが隣に並び立った。
心理的には、向かい合うよりも隣り合って同じ方向を見たほうが安心するらしいということを上司の原住民はよく知っており、私も彼から学んでいた。
その親身になってくれる気遣いが嬉しかった。
上司の原住民曰く、森の原住民との話し合いには食事を用意したほうが良いとのことだった。
もてなすなら当然ではある。
しかし、上司の原住民は私だけ目の前の食事に手を付けるな、と言い出した。
どうやら、食事が喉を通らないほど思い悩んでいるなら、森の原住民も諦めるのではないか、ということだった。
要するに、一芝居打つことを上司の原住民は提案したのだ。
私は了承して上司の原住民にお礼を言った。
待ちに待った森の原住民との会食のとき。
私は浜辺の開拓メンバーになれないことを話しつつ、食事に手を付けないように注意した。
森の原住民は、冷めない内に食べるよう度々催促したが、私は手を付けなかった。
話し合いも終盤の頃、私はチラリと食事を見た。
見てしまった。
ずっと量が減らない食事を見ると、ふと思い出すのは大好きなおばあちゃんだった。
私が食事にがっついて食べる様子を嬉しそうに見て、食べきれるか分からないほどのおかわりを用意するおばあちゃんが思い出された。
目の前の食事は、おばあちゃんが作ったものではない。
だが、もしおばあちゃんが一口も食事に手を付けない私を見たらどう思うだろうか。
悲しむだろうか。
私はそんなおばあちゃんの姿を見たくはなかった。
気づけば私は食事を口にしていた。
頭ではわかっていた。
今の私の行為は、親身になってくれた上司の原住民の善意に対しての裏切りだと。
だけど、私は自分を止められなかった。
食事の味は全くしなかった。
翌日、私は上司の原住民に全てを話した。
説明している最中、口の中が苦みを感じた。
なんで今更、と思いながらも私は説明を終えた。
上司の原住民は、私の肩に手を置いて労いの言葉をかけた。
今度は口の中がしょっぱく感じた。

裏切り

裏切り

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-09-30

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