「月夜の狼」

 ねむれ ねむれ
 おねむりなさい
 ねんねこ よいこ
 かあいいこ

 かあさんの子守唄
 あの山の向うから聞こえてくる
 うさぎの餅つきの木の音に乗せて
 たんとん たんとん ねんねんこ
 よいこだ よいこよ 泣きなさい
 ぴいをろぴいをろぴをろろろ
 お囃子笛の音鷹が舞う
 りいん りいん
 誰か奏でるか知らない
 鈴虫の声の尾ながく引いたのは?

 幼子よ
 おまえは祝されている
 山から
 空から
 おまえの無邪気な振舞は
 昼にはあどけない
 夜にはたふとい威厳となる
 みなは親しみ
 凍る糸を身に抱き静かにひれ伏す
 侵さざるべきその心のために…

 青い月夜の空
 白い月は、遠いか?
 おまえはよくおぼえているだろう
 あのふっくらした両頬を
 あのぱっちりした黒い眼を
 そしてすなおに長い睫毛が
 うすく笑った口元に似ているのを
 さうしていつもおまえを見つめて
 知られないように胸を落ちつかせていたのを
 おまえは全て知っているだろう
 削ったやうなその肌に
 ひしひしと感じていただろう
 今でも感じているだろう
 おまえの震えてばかりいる背中には
 いつも白い月が溶けているのを

 鏡の彼岸を籠めた川の上
 境界線の橋につっ立ち
 闇夜の光に吼える狼は
 光を厭うのではない
 糸を長く引くやうにして吼えるのは
 己の月を空に浮ばせるためだ
 どこまでも自由な水面に浮ばせるためだ
 白い月を浮ばせるために
 さうして今一度近視の両眼で仰ぎ見つめるのだ
 だからずっと聞えている
 白い月たちの 子守唄

「月夜の狼」

「月夜の狼」

  • 自由詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-09-29

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