存在しない証明

好き過ぎてあなたになりたい話。


私の大好きなあの子は色白で大きな黒い目をしている。
鼻は普通。口はやや大きくて唇は薄い。そこにアンティークローズのリップがよく似合う。すんなり伸びた手足も好きだ。指は骨に直接皮を貼ったみたいに細くて長い。だから針金のような銀のリングがとても似合う。(右手の薬指のリング。あれはいったい誰に貰ったんだろう……)
長い髪はつやつやしている。どんなケアをしたらあんな風に光沢があって、サラサラの髪になるんだろう。あんな風にすれ違った時にさり気なく甘い香りがするんだろう。
声は意外と低い。少し鼻にかかった深みのある声で話す。ちょっと外見のイメージとは違う。そこがまたとても好き。
だけどそれぞれのパーツより、それらをまぜこぜにして出来上がった完全体のあの子が私は大好きだ。


毎日、学校の片隅であの子の姿を見ているのが私の密かな楽しみだ。
教室の一番後ろの席から。廊下の曲がり角の陰から。そして誰もいない放課後の音楽室の窓から。
あの子が他の女子達と笑い合っているのを眺める。
ふざけて他の女子達の腕にもたれ掛かり、腕を絡め、軽く叩く真似をしてそれから「ウソだよっ、そんなの全部ウソだからね!」と甘えた声を出しているのを見る。
それで私の学校生活は大半が終わる。教師? 勉強? クラス全体の活動? そんなものは幻の中にただうごめいているだけで、本当の真実はあの子の存在だけなのだ。


――変な奴
――ひとりでにやにや笑っててさ
――先生ももうお手上げだって言ってたわ。放っておくしかないって。


誰かが何かを言っていても、私の耳には蝶々の羽音くらいの煩わしさしか感じない。


毎日あの子を見ることだけが、私の生きがいだ。生きている証だ。
いつしか私の輪郭はだんだんあやふやになっていく。もう誰も私に構わない。蝶々の羽の音も聞こえない。
私の存在はだんだん消えて行く。
その代わりにあの子の要素が流れ込み、ふんだんに蓄えられていく。
やがて私の中のあの子が、私を凌駕し、私はあの子に置き換わっていくだろう。


その証拠に、ほら、この私の細い指を見て。
痩せた鳥の足みたいな指に、針金のリングがどんなに似合うことだろう。
この白いすべすべの肌に、大きな濡れた瞳。少し頭を振るとさらさらと甘い匂いがする髪が流れる。
今度他の女子の腕に自分の腕を絡ませてみよう。きっと「もう!やっだー」と笑い返してくれるだろう。
軽く小突いてみても、誰もが笑顔で応じてくれるだろう。


とうとうその日が来て、あの子は私になる。
私はあの子になる。


そうして当然の結果として『あの子』はこの世にふたりはいらない。

だから……。

存在しない証明

存在しない証明

  • 小説
  • 掌編
  • 恋愛
  • ホラー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-09-27

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