祭典

シェバトが始まる。
年に一度、リトスのトップが勢ぞろいする。それは、三日三晩続けて行われ、その間の神事は禁止とされている。

リトスの最高神官であるソリティアを筆頭に、トランプやタロットのカード達。実行組織であるオリクトも集められる。彼らの接待は主にボックスと呼ばれる候補生たちが行い、それらをソルト(学校)のアンバー(教師)達が取りまとめる。



☆1.狐面と少女

年に一度のシェバト(祭典)が始まる。

神殿と呼ばれる大広間に集まるゲスト達は、それぞれお面をつけている。大抵はシンプルなアイマスク風であるが、一部の個性的な人達は猫のような面や蝶の飾りがついたものをつけている。派手な面はよくみるとカード達でリトスの中でも上位にいる人達だった。シンプルな面は下位の者たち。
面をつけていないのは私たち、給仕係だった。

普段はカード達との接触はない。私たちは一番下のボックスで、ブローチがそれを表している。これはタリスマンと呼ばれ、紋章か描かれた石がはめ込まれている。今日もそれをつけているが、いつもの制服ではなく給仕として動きやすい様にシャツにベスト、スラックスというような格好になっている。こんな時でなければ、制服は脱げないが脱いだところで既定の服以外の着用は認められていないのでは制服とさほど変わらない。

ゲスト達も普段は制服に身を包んでいるが、ソルト(学校)通いの私たちよりは私服を着る機会は多い。とはいえ、いつものうっ憤を晴らす様にシェバトでは派手に着飾る者もいるという。
鮮やかな面とシンプルな面、カラフルなドレスや燕尾服、民族衣装などに身を包んでいる人の中に、変わった狐面を見つけた。どこかの民族衣装に身を包み、個性的な民族の絵柄のような狐の顔が描かれている面をつけている。あの人もうっ憤がたまっているのだろうか?と思いながら歩いているとごちんと額をぶつけた。


「きゃっ」
思わず小さく叫んだが、すぐに態勢を元に戻してお辞儀をする。
「申し訳ありません」
「すみません」
同時に上がった声に私はよくよく相手を見ると、同じ服を着て空っぽのトレイを手にしていた。お互いに給仕係だという事が分かり顔が赤くなってしまう。これがカード相手ならば、どうやっていることかと思いつつ、同じボックスであることに安堵した。


暫(しばら)くすると、後ろの方で、わぁと小さな歓声が上がった。私は周囲に気をつけながらそちらの方を見たが、歓声の元へと視線が行く前に気になる少女を見かけた。
食べ物の乗ったトレイを手に前かがみになりながら、一歩も動いていない。その顔は赤くもじもじと身体を折り曲げている。

さらに歓声が上がるので、その子の先の声がする方へと視線を向けた。
白いタキシードに黒檀(こくたん)の象牙飾りのついたステッキを持った人がこちらへと歩いてきている。面は付けていないのに纏っている空気が違うのか、皆が自然に頭を垂れている。

「どけ」「下がれ」
タキシードの周囲の人間が、やたらと乱暴に人を払いのけながら進んでいる。近くにいた人が、あれがソリティア様だと教えてくれた。

あれが……。

男性にも女性にも見える顔立ち。黒い髪は紫紺にも見え、若草色の瞳は光を受けて虹色に反射している。中性的な雰囲気が人を惹きつけて、一度見ただけで忘れられない。気がつくと私は頭(こうべ)を垂れていた。


「どけと言っているのが、聞こえないのか!」

一層大きくなった怒鳴り声に思わず頭を上げてそちらを見ると、先ほどの少女が同じ場所に蹲(うずくま)っていた。丁度、ソリティア様の通り道を妨げる格好になっている。怒鳴られても少女は、顔を真っ赤にするばかりで動こうとはしない。

先ほどまでの穏やかな雰囲気は消え去り、神殿の皆の視線が少女に集中している。

「この!邪魔だと……」
「まて」

傍にいた人間が少女に手を上げると、ソリティア様がそれを止めた。

「気分でも悪いのか?」

ソリティア様が屈みこみ、少女に視線を合わせようとする。しかし、少女は屈みこんだまま顔すら上げない。
と、少女の股間がじんわりと濡れて、周囲の床を汚す。

僅かにあったざわめきも消え去り、神殿内は静まり返った。


「ははっはははっ」

立ち上がり、笑いだしたのはソリティア様だった。

「そち、我に辱(はずかし)められたいのか?」

少女は耳まで真っ赤になったまま、身動き一つしない。

「何か言え。このまま、抱えて共に一夜でも過ごしてみようか?」

冗談なのか本気なのか、声音からは判断がつかない。誰も何も言えずにいると、神殿に新たな声が響いた。

「戯れを。ソリティアともあろう者が、子供の粗相(そそう)をからかうでない」

先ほどの狐面のゲストだった。ソリティア様を呼び捨てにする事で周囲が、ざわりと大きく波打つ。
面で顔は全く見えないが、銀の髪をアップにしてまとめているのは分かった。

「だが、この子供は我の行き先を阻み、我の宴を汚したぞ。この代償は支払ってもらわねばな」
「代償なら、私が支払おう。何が望みだ?」

ソリティア様はため息をつき、狐面の脇を通り過ぎる。。
「つまらぬ。貴様ではダメだ。興(きょう)が醒めた。片づけよ」

少女はビクリと身体を震えさせた。ソリティア様は少女にも構わず席へと着いた。取り巻き達も同じように少女を避けて、それに続く。

狐面は少女の傍に屈みこみ、何かを言った。そして、周囲を見回して「手の空いている者はおらぬか」と声をかけた。
私は慌ててトレイをテーブルに置き、そちらへと向かった。

「私でよければ、お手伝いいたしますが」
何人かが、私と同じように駆け寄る。

「では、そなたは雑巾を持ってきて、ここを拭いておくれ、そなたは、この子を部屋へ連れて行って風呂へ。そなたは、この子の着替えを用意しておくれ」

それぞれに指示を与え、狐面は面を取り、雑巾を取りに行く子について行った。

私はと言えば、少女を部屋へと連れていく。少女を支えながら部屋の位置を聞き、神殿を出る時に振り返ると、狐面も雑巾で汚れを拭いていた。

私は、意外に思った。ソリティア様と同等の口をきく人間が、そんな事をするなんて思わなかったのだ。



☆2.シンククローバ


少女を部屋に連れていき、服を脱がせ風呂場へと連れて行った。しかし、少女は放心状態で、自ら動こうとはしなかった。
身体を洗うことまでは出来ないと思い、少女の頬を軽く叩き、「もう大丈夫だから、後は自分で出来る?」と声をかける。

「……こ、ころされない?」

少女の黒い瞳の中に、恐怖の色が浮かんでいた。
「殺されないよ」

少なくとも三日三晩のシェバト(祭典)の間は殺されないはずだ。少女は少しだけホッとして、あとは自分でやると言った。
私は神殿に戻るべきかと思ったが、一応お風呂から上がるまでは待つ事にした。


少女の部屋の椅子に座り、少女が上がるのを待っているとバタンと少女の部屋の扉が開けられた。

そこには猫の仮面をつけた黒のタキシードのゲストがいた。

「あの子はどこだ?」
「ここは、ゲストの来るところでは……」
私の言葉を無視して、お風呂場から聞こえる音でゲストはお風呂場へと向かう。


「……な。お前、気に入った」
「あ。………や……あ……」

お風呂場からは拒否する少女と迫るゲストの声が聞こえる。ゲストを止める権限はボックスの私にはない。
それに、ここではそれは暗黙の了解だが、少女の態度からしてそれは想定してなかったのだろう。

廊下をかけてくる足音がもう一つ、聞こえた。そして、狐面が部屋に駆け込んできた。
「あの子は?」と狐面が聞くので、お風呂場を指さす。

「何をしている?」

狐面は風呂場のドアを開けるなり、叫ぶ様にそう言った。

「何だ。お前に話す必要などないだろ。所属は?」

「人に名乗らせる前に、自分が名乗ったらどうだ?」
狐面は少女の手を引っ張るが、ゲストは少女の身体を離さない。狐面は濡れるのもかまわず、着ていた羽織を少女にかけた。

「俺は、5(シンク)クローバだ。俺に進言できる奴などいない」
そう言って、指輪を差し出す。そこにクローバの緑のタリスマン(紋章)がはまっている。

狐面はため息をついた。5クローバという事は、トランプだ。ソリティア様直属の研究と懲罰部隊。
彼に進言できるのはソリティア様とアポトルス(上位カード)だけだろう。

「全く、愚かだな。愚かとしか、言いようがない。ソリティアも何故、そなたのようなやつをトランプに置くのか」

「何だ、お前。ソリティア様を呼び捨てにして、何者なんだ?」

ソリティア様を呼び捨てに出来る者なんてない。ここではソリティア様が最高神官なのだから。なのに、狐面はそれをして咎めがない。一体何者なのだろうか?
狐面はしばらくためらった後、息を吐き出してから言った。

「……ジョーカーだよ」

ゲストも私も凍りついた。
「ジョーカー? バカな。存在しないはずじゃ」
「存在してる。こうして、ここにいる。さっきのあの場にいなかったのか? 私がソリティアと話しているのを聞いていただろう?」

ゲストが真っ青になっている。ジョーカーは存在しないと言われている。いままで公式の場で姿を現したことは一度もないとも聞く。

「タリスマンは?」
ゲストの言葉に、狐面は唇に指を当てて笑う。
「タリスマンはまだ受けてない。すまないが、まだ私の存在は秘匿(ひとく)なんだ。しばらく、黙っていてくれると助かるが……。それとも、ソリティアに確認でも取るか?」

ゲストは黙って少女から手を離す。
タリスマンがないのにソリティア様を呼び捨てにし、神殿内をうろついている。ジョーカーではなくても、ソリティア様がそれを認めている以上は、それなりのカードという事だと判断したのだろう。


「助かるよ。思ったより愚かではないんだな。私も、事を荒立てたくはない。これ以上の手間を私にかけさせるな」
狐面が少女を引き寄せ、私にタオルを持ってくるように言った。

「……っ。俺の処分は?」
ゲストがジョーカーに聞いた。ジョーカーの方が上位なのだから、処分されても文句は言えない。狐面は驚いた顔をしながらも、苦笑する。

「残念ながら、私にはカードを処分する権限はない。私はそなたたちとは全く別の性質のカードだから。ただ……そうだな」

狐面は少し考えるそぶりをして、ゲストの耳元に口を近づける。
「私の事は口外無用だ。余計な事を言って、寿命を縮めるものではない。もう、去れ」

ゲストが慌てて、部屋を飛び出していった。私は持って来たタオルを狐面に渡そうとした。

「すまないが、そなたがやってくれないか。こういう事は慣れなくてな。お風呂が途中だったのなら、まだ入った方がいい。私は外で待っている」

「分かりました」

狐面はお風呂場から出ていった。残された私は、少女にどうするかを聞いた。
しかし、返事はなく放心状態だった。私は仕方なく、少女の着替えを手伝った。


☆3.最上階


少女を支えて脱衣所から出ると、狐面はドアを開けて何かを見ていた。面は外していて、茶色い瞳が金色に輝くように見えた。
私は少女をベッドに座らせて、狐面に声をかける。

「終わりました。まだ、ご用がございますでしょうか?」

「ボックスたちの部屋には鍵がないのか?」
狐面はこちらを見ずに、ドアを見ながら聞いた。

「必要ないでしょう。ボックスたちには拒否の権限はありません。ここは、そういう場所ですから」

狐面は驚いた顔で私を見つめる。
「そういう場所? いつから?」
「さぁ? いつからというのは知りません。詳しい説明があるわけではありませんが、噂程度の話でなら回ってきます。それを目当てにのし上がろうとしている子たちもいます。推薦があればオリクト(活動部隊)入りも早まりますし、カードは無理でもアンバー入りになれば、それなりの地位と暮らしが手に入ります」

「なるほど。で、彼女は?」

「何も話しません。おそらく、彼女は知らなかったのではないかと」

狐面は立ち上がり、部屋に入り少女の様子を確かめる。まだ10ぐらいの彼女は純粋培養だったのだろう。施設育ちにしては意外だなと思った。

「そなたもついて来い」

狐面は少女に何かを言い抱き上げて、部屋を出てきた。

「かしこまりました」



連れていかれたのは、ゲスト用ハウスの最上階だった。噂では最上階はソリティア様の部屋だったはずだ。
エレベーターを降りると、左右に伸びる通路と大きな扉がある。左の通路を進みいくつかの扉を通り過ぎて、突き当たりの扉の前で立ち止まる。

「悪いが、鍵を開けてくれないか。袖に入っている」

「失礼します」
言われた通り袖を探り、鍵を見つけて、開けた。
カチリと開いた部屋はボックスの部屋の数倍はあった。

「シェバトの間、この子の世話を頼む。そなたたちは神殿に出なくていい。この部屋で、ゆっくり休んでいろ。この部屋は私しか使わない。私がいない間は鍵をかけていろ」
狐面は少女を天蓋付きのベッドに降ろす。私は鍵を狐面に返すと、狐面は着物の袖にとそれを入れる。

「そなたはこちらの部屋でいいか? こんなに部屋があっても使わないと思っていたが、役に立ったな」

狐面は最初の部屋から続く5つのうちの一つのドアを開けた。そこは最初の部屋よりは小さいものの、ボックスの部屋よりは広い。さらに隣のドアを開けて、狐面は自分はこちらを使うと言った。

3つ目のドアを開けると、そこはガラス張りの小さな小部屋で、テーブルとクッションが置いてある。
4つ目のドアは、ベッドのある小部屋で、5つ目のドアがお風呂場だった。

「ここなら、ゆっくりできるだろう。入りたいなら、自由に入っていたらいい」

「わかりました……あの」
私は先ほどから聞きたい事を聞くべきかどうかを迷っていた。
「どうした?」
そう問いかける声は、威圧的なあのゲストとは全く違ったものだった。

「あの。失礼かもしれませんが、これは、私たちを……その。気に入ったという事ですか?」

狐面は一瞬、きょとんとした顔をする。しばらくして、笑いだした。

「あははははっ。ああ。そっか。ここでは、そうなるのか。いや。気に入ったは気に入ったけど、そんな意味じゃなくて。ただ、神殿は嫌かなと思ってここに呼んだだけだよ。神殿がいいなら、行っていい」

その笑い声はあの時のソリティア様と同じだった。
「ソリティア様?」

私の呟きにピタリと笑いを止めて、狐面の金の瞳がこちらを見る。
「ほんと、君、勘がいいね。そういうところが気に入っている。でもね。ただのボックスが知るべきことじゃないよ」
余計な事を言わないようにと狐面が、唇に人差し指を当てた。


「とりあえず、そなたはここであの子の様子を見ていてくれたら助かる。それが嫌なら、今、言ってくれると助かるんだけど?」
覗き込むように、狐面が私の前に立った。命令ではなく頼みごとをしている事が不思議だった。

「いえ。嫌ではありません。かしこまりました」


「そなたもそれでいいかな?」
狐面は振り返り、ベッドの上に座り込んでいる少女へと声をかける。

「……はい。ありがとうございます」
少女はどうしたものかとベッドの上でもぞもぞと動いた。

「好きにしていていいよ。お風呂に入り直したいなら、一人で入っていていいし、お茶ならそこにある。怪我をしているなら、薬箱はこっちに入っている。食事は運ばせるように伝えておく」

部屋にあるものを一通り説明して、「聞きたいことは?」と続けた。

「ありがとうございます。わかりました」
少女はベッドから降りて、お風呂場へと向かう。中途半端だった髪を乾かすようだった。

「じゃあ。私は、着替えて神殿に戻るよ。ああ。服は……誰か人を呼び寄せて、発注しようか?」
「いえ。部屋にある荷物をこちらに持ってきます」
「彼女の分もお願いするよ」

狐面が自分の部屋に入ってしまう。鍵を受け取り損ねたので、私はその場で待つ事にした。
先ほどと同じ身体にぐるりと巻くような民族衣装を身につけ、狐面を手にして出てきたところで、声をかける。

「この部屋の鍵を預かっていません」
「ああ。そうだった。はい。これ、使って」

狐面は袖から鍵を取り出し、首にかけてくれた。

「こうしていれば、落とさない。後は頼んだよ。私もしばらくしたら、抜けてくるから」

「ありがとうございます」

狐面は神殿へと続く廊下へ。私は部屋へと向かう廊下へと別れた。


☆4.ソリティア様

荷物は思ったよりも多く、一度には運びきれなかった。何度かに分けて運び終えた時には疲れていた。
少女は天蓋付きのベッドですやすやと寝息を立てている。特に変わった事もなく、私も着替えて部屋のベッドに倒れ込んだ。
そして、そのまま眠ってしまった。


カタンと、何か物音がしたような気がして目が覚めた。

「や……やめっ」

少女の拒否の声が聞こえる。私は慌てて、部屋を出た。
天蓋のベッドの下で何かが動いている。私は部屋の電気をつけて、誰なのかを確かめた。

「なんだ。そちも我への捧げものか?あいつも、面白い事をする」

「ソリティア様……」
私は足がすくんでしまった。部屋の鍵はかけていたはずだ。いや。ソリティア様ならば、どの部屋の合鍵も持っているのかもしれない。

「あ……あの。その子は、違うんです。ジョーカー様が休ませるようにと」

言ってしまってから、マズイと思った。ジョーカーの事は言っていい事だったのか。いや。その前に、止めても良かったのか。

「ジョーカー? なぜ、貴様がそれを知っている? いや。それよりも、我の邪魔をしようというのか?」

「いえ。そんな訳では……」
「だったら、黙っていろ」

ソリティア様は私の言葉など意に介さず、少女が嫌がるのもかまわずに、口づけて、耳朶(みみたぶ)を舐めた。少女が黒い髪を振って、それを逃れようとする。
私はそっと部屋を回って、扉から外へ出て狐面を呼びに行こうとした。

「待て。出て行かずに、ここで見てろ」

ソリティア様はそんな私を見逃さなかった。命令があれば従うしかない。私には出来ることがない。

「いや……。やだぁぁぁぁ」

少女が叫びをあげて、ソリティア様の顔を傷つける。

「このっ。小娘が……」

ソリティア様が少女の手をひねった。と、同時に部屋の扉が開いた。


「何をしている?」


狐面が息を切らしてつかつかとベッドに歩み寄り、少女を庇うように引き寄せる。
半裸の少女は、泣きながら狐面の後ろに隠れた。狐面の髪は乱れていて、かなり急いでここへ来たことが分かった。

「ソリティア、何をしている? これは、私の客人だ」

「客人? 我への捧げものだろう。ここは我の部屋だ」
「今は私が借りているだろう。鍵もかけていたはずだ」

狐面は後ろ手で私を呼び寄せる。私はそっと後ろに近寄り少女をその場から離れさせた。

「鍵? そんなもの。意味はない。貴様にも、拒否の権限はない」

ソリティア様が噛みつくように狐面の口を塞ぐ。狐面は力いっぱいソリティア様を引き離した。
「待て。落ち着け。ここでは……」

狐面はこちらを見て、部屋に入れと仕草で示した。私は少女を連れて、自分の部屋に入る。

「ここでは? どこだろうと、我のしたい様にする。貴様はその為にここに居るんだろう」

聞こえたのはそこまでだった。扉を閉めてしまうと、何も聞こえなくなった。


少女も私も長い間、何も言わなかった。
隣の部屋からの声は聞こえないし、気配もしなくなった。私は、そっと扉を開けて、部屋を確認する。
そこには、誰もいなかった。けれど、また戻ってくるかもしれない。

「あなたは、ベッドで眠って。私はソファーで眠るから。広い部屋で助かったわね」

私は少女にベッドに行くように示した。私は毛布を引っ張り出し、ソファーで横になる。サイドテーブルの明かりだけを残して、あとは明かりを消した。
時計を見ると、すでに日はまたいでいた。眠れずにゴロゴロとしていると、やがて空が薄明るくなるのが見えた。その明かりを見ながら、私は眠りに落ちていた。



☆5.教本と教典


誰かが部屋をノックする音が聞こえて、やっと目が覚めた。私は慌てて軽く髪を整えてから、ドアを開ける。
そこには、銀の髪が腰まで伸びている、金の瞳の人がいた。一瞬誰かと思ったが、面を外した狐面だった。

「おはよう。変わりはないか?」

「おはようございます。ええ。何も変わりはありません」
「ここの内鍵はちゃんとかけたんだね。よかった」
少しかすれた声で、疲れを見せて狐面は言った。

「はい。ジョーカー様は、今日はどうなさいますか?」
「神殿には顔を出せとのソリティアの言いつけだ。……が、疲れた。私はこっちで眠るから、昼頃になったら起こしてくれ」

そう言うなりドアを閉めてしまった。私は、少女を起こして、身支度を整える。


「……あの。今日はどうしたら?」
少女が身支度を整えて、私に聞いた。
「休んでいていいよ。昼になったら、ジョーカー様を起こす。今日の予定は今のところそれだけよ」

「ですが、せっかくのシェバトなのに、お手伝いをしなくてもよろしいんでしょうか?」
「……ジョーカー様の後ろ盾は大きいよ。誰も何も言えないと思う」

「そう……ですか」

少女は教本を取り出して、読みだした。それは初年度生のものだった。

「あなた、優秀なのね。1年生なのに、ここに来ているなんて。ここに来るのは3年生以上がほとんどなのに」
「え。あ。はい。目をかけてくださる方がいて……」
「その方は、こちらに来てないの?」

「あ。えっと。風邪をひいて来れなくなったらしくて」

「そう」

私は、教典を開く。書いてあるのは、この世界の成り立ちの神話と、このリトス教の教義。

「それは、何」
少女が教典を覗き込んでくる。
「教典。あなたも、持っているでしょう?」
「あ。え。ええ。持ってるわ。でも、まだ読んでなくて。読むべきものが多くて、目を通せてないの」

「死は救いである。しかし、神はシェバトの間は眠りにつき、贄を求めない。故に、この神の眠りの日を新しい年の幕開けとして、祝うのがシェバト。と、言う事ぐらいは知ってるでしょう?」

「……え? 神様は生贄を求めるの?それって……。あっ」

私は少女をまじまじと見てしまっていた。その視線に気がついて、少女は言葉を切る。

「そう習ったでしょう?」
「ええ。そうだった。そうだったわ。忘れていたの。私はもう邪魔をしないから、ゆっくり読んでね」

少女は話を切り上げて、教本へと目を向けた。私はもう一度、顔を洗うために立ち上がった。



昼の鐘が鳴り響く。神殿では昼食が振る舞われているだろう。
私は教典を閉じ仕舞った。少女に声をかけてから、狐面を起こしに部屋を出た。

「ジョーカー様。時間です」

私はベッドに近づき、狐面に声をかける。
「……っ。んっ。……やめ……。い……やだ。セイン!!」

叫んだかと思うと、手を伸ばして止まった姿勢で狐面は目を開けた。
肩で息をしながら、ゆっくりと起き上がってくる。

「私は、何かを言ったか?」

「いいえ。何も。もう、お昼ですが、神殿に行かれますか?」
狐面は顔を一旦布団にうずめ、再び顔を上げる。

「行かないと、あいつがうるさい」

ため息をついて、ベッドから出てきて洗面所で顔を洗う。私は用意していたタオルを渡した。

「ああ。そなたたちも食事をしなければな。朝も食べてないだろう。すまない。忘れていた」

「いえ。お気になさらずに。わたくしたちもご一緒に神殿へ向かいましょうか?」
「……いや。部屋にいていい。もう、ソリティアも入って来ないから」

「いえ。私たちも行きます。もう、平気ですから」
少女が後ろから声をかけてきた。
私は使い終わったタオルを片付け、狐面が着替えるのを手伝う。今日の服も同じ民族衣装で青系を選んだ。

「昨日、あんなことがあったんだ。大人しく部屋にいた方がいいと思うが」
「大丈夫です。せっかくシェバトに来れたのですから、しっかりと皆様方のお世話をしたいと思います」

少女の元気いっぱいな声が、部屋に響き渡る。狐面は僅かに顔をしかめて、頭を抑える。
「でも……」
狐面が何かを言う前に、少女が「大丈夫です」と叫ぶ。
少女の緑の瞳が狐面を見つめる。狐面はため息をついた。

「そうか。 だったら、一緒においで。でも、無理はするなよ」
「はい」

「ジョーカー様、大丈夫ですか?」
「ああ。気にしなくていい。睡眠不足なだけだ。それよりも、あの子から目を離すな」
「はい。かしこまりました」

着替えをすませて、身支度を整え、私たちは部屋を出た。


狐面は部屋を出ると、面をつけた。その後ろを私たちはついて行く。
数人とすれ違ったが、皆がこちらを見ていく。昨日の一件はすでに皆が知っている。狐面と少女は目立ってしまう。狐面はその視線は全て気にしていないようだったが、少女の方はほんのりと頬を染めて下を向いていた。

神殿に入る前に、狐面は私たちに神殿内の手伝いをするように手配していった。

「私は、ソリティアの傍にいなくてはいけない。無茶はしなくていいし、無理だと思ったら、部屋に帰っていてもいい。私は今夜は戻れるか分からない。後は頼んだよ」

狐面は私に少女の様子をしっかりと見るように言いつけて、ソリティア様の元へと行った。



☆6.無礼講


神殿内は、昨日の大広間の様子とは違って、所々でポーカーやルーレットといった賭け事の台が出ていた。
所々にあるテーブルには食事が乗せられ、給仕たちが飲み物を配って歩いている。ソファーで談笑するようなスペースもあり、皆が思い思いに過ごしていた。

「あなた達、食事が終わったら、神殿へ来て給仕の仕事についてね」
アンバーが私たちにそう言って、小部屋を出ていく。
神殿の脇の小部屋では給仕達が簡易の休憩や食事をとっていた。よく見ると、他の人達は急かされているようだったが、私たちには急かす言葉がかけられなかった。これも狐面の配慮なのかと思った。

食事を終えると、さっそく神殿へと向かった。飲み物を配り、食べ物が足りないところがないかをチェックする。
そして、さらに少女の様子も見逃さないようにと忙しい時間が始まった。

ふと、狐面はどこだろうかと神殿内を見回してみた。神殿内の中央が、ソリティア様のスペースで豪華なソファーが二つ背中合わせに置かれている。一方にソリティア様が座り、もう一方に狐面が座っていた。傍にはアポトルスと呼ばれる側近たちが周囲を固めている。

狐面に飲み物を渡すことはできそうになかった。あの場は側近たちが何かと世話を焼いていて、ボックスである私が近づく事は出来そうにない。


ふと、視線を外すと、昨日のシンククローバがルーレットの台で給仕のボックスの子を脇において、遊んでいた。
昨日と同じように、嫌がる子を無理やりというのがアレの趣味なのだろうかと思いながら、脇を通り抜けようとした。

しかし、ふいに腕をグイッと捕まれる。
「お前、今日はいるんだな」
「申し訳ありませんが、仕事中ですので」

丁寧に拒否の言葉を述べたが、昨日と同様この程度で諦める様なシンククローバではない。面の奥の青い瞳が私をいやらしげに見つめる。

「そう言わずに、一緒に遊ぼうぜ」
「ですから……」

私は引っ張られた腕を引き離す。すると、脇からアンバーが声をかけてきた。

「お客様、今宵はシェバト。無礼講も結構ですが、選択権は下位の者にあるとソリティア様もおっしゃっておられます。下位の者の拒否を上位の者が拒否する事は出来ません」

「チッ。分かったよ。行けよ」
シンククローバが悪態をつきながら私を離し、もう一人のボックスを抱き寄せる。
「お前は拒否しないよな」
「……は。はい」
凍える声で小さく答えるボックスを見ながら、余計な正義感が私の中に芽生えてしまっていた。

「拒否を拒否と思えないんですね」
思わず言葉が口を突いて出てしまったが、後の祭りだった。
「はぁ? 何言ってんだ。お前に用はないんだよ」
シンククローバは苛立った様子で、私を睨みつける。それを、私は冷めた気持ちで受け止めていた。
「こちらはあります。その子、最初は拒否したんじゃないですか? あなたが、シンククローバだから、大人しくされるがままになってるだけじゃないんですか?」

ボックスが小さく口をパクパクさせている。
「お前……」
シンククローバが怒りに任せて腕を上げる。ぶたれると身構えたが、その腕はおりてこなかった。シンククローバは代わりに罰の悪そうな顔でボックスの手を離していた。

「悪かった。嫌なら、行っていい」
ボックスは、小さくお辞儀をして走り去っていった。

「出過ぎた真似をいたしまして、申し訳ありません」
私もお辞儀をして、その場を後にした。



☆7.呼び出し


夕食と言える様な時間も終わり、気がつくと私は給仕の仕事に集中しすぎていた。
ふと、少女も疲れているだろうと神殿内を見回してみたが、姿が見えなくなっていた。トイレにでも行ったのだろうか?とトイレに行ってみたが、見当たらない。部屋へ? いや。何も言わずに行くはずはない。もしかして、また何かトラブルに出も巻き込まれたのだろうか? あんなに、狐面に頼まれていたのに。

慌てて周囲を探し回る。焦りで前を見ていなかったせいで、柱の影から出てきた人物にぶつかってしまった。

「申し訳ありません」

相手を確認せずに頭を下げると、聞き覚えのある声が降ってきた。

「また、貴様か」

ソリティア様の声だった。私は思わず一歩下がってから顔を上げた。
そして、ソリティア様が少女の腕を掴んでいるのを見た。少女は泣きながら「放してください」と訴えている。

「あ……あの。また、なにか……」
何かを言わなければと思うが、言葉が浮かばない。

「黙れ。あいつを呼んで来い」
鬱陶(うっとう)しそうに、ソリティア様が手を払う。意図が読めない私に、再びソリティア様は言葉を足す。

「ジョーカーだ。呼んで来い。ここで待っていてやる」

私は慌てて、神殿の中央へと向かう。しかしそこには、アポトルスの面々が取り囲んでいて、狐面には話しかけれそうもない。狐面は眠っているのか、ソファーの腕に突っ伏している。

「なんだ。ボックスは必要ない。下がれ」

近づいた私に、レギナ(クイーン)の一人が冷たく言い放った。しかし、私は狐面を呼ばなければいけない。ぐっと背筋をただし、狐面に届く様に声を張る。

「ソリティア様が、ジョーカー様をお呼びです」

私の声に、狐面が顔を上げる。と同時に、周囲がざわめく。周囲の声など気にもせず、狐面がまっすぐにこちらに向かってきた。

「何があった?」
早歩きで狐面が聞いてくる。

「私にもわかりません。ただ、またあの子がソリティア様に捕まっていて……」

そこまで言うと、狐面の顔色が変わった。
「あの子を見てなかったのか?」
「申し訳ありません。給仕の仕事に集中していて、気がつきませんでした」

そこまで話したところで、ソリティア様の元へとたどり着いた。傍ではシンククローバが、少女を縛り上げていた。

「ソリティア……」

狐面は決まりが悪そうな顔をして俯くだけで、ソリティア様を止めなかった。

「我は2度も許した。3度目はない」
ソリティア様は手に持ったステッキで狐面の顔を上げさせた。二人の視線が無言の会話をかわしているように見えた。
「……ああ」
苦し気に呻くように狐面が返事をする。

「皆、来い」
ソリティア様が、先頭に立ち歩きだす。その後をついて行くシンククローバと少女。そして、狐面と私。
神殿の脇にある小部屋からもう少し先に行くと、地下へ続く階段があった。その階段を下りていく。

下りると、その場所はカビ臭いにおいが立ち込めていた。そして、通路の両側には牢が続いていた。
誰も何も言わない。ただ、少女だけがしゃくり上げながら「許して」と呟いている。

地下牢が続く通路を通り過ぎると、いくつかの小部屋があった。さらにその先の大きな扉をソリティア様が開ける。
そこは白い空間だった。地下だと言うのに、白い壁が光を放っているように見える。
ただ、白い壁にはおぞましい拷問道具と思えるものが飾られていた。



☆8.拷問部屋


シンククローバは少女を一段高い段の上へと連れていく。ソリティア様と狐面は舞台がよく見えるソファーへと腰を下ろした。
私はどうしたらいいのだろうかと考えて、狐面の後ろ。つまりソファーの後ろに立つ事にした。


「我は言ったよな。貴様の権限で管理下に置けるなら、許すと」
「ああ。でも……」
狐面は面をとり、うなだれる。
「一度目は、神殿での粗相。あれはそちのいたずらだったんだろうがな。シンク」
「申し訳ありません」
シンククローバがこちらを向いて、頭を下げる。その顔にはすでに面はなかった。金髪に青い瞳が揺れている。

「いや。よい。構わぬ。あれはあれで楽しめた」
ソリティア様はクククッと小さく笑った。
「二度目は、我の顔に付けた傷。本当は我を殺す気だったんだろう?」
「ソリティア。……違う。それは。あれはただの事故だ」
狐面が苦しそうに言葉を吐きだす。

「三度目は、偵察。だから、ジョーカーが何度も言っていただろう。無理はするな。部屋に戻れと。あの部屋にいるなら、我も手を出す気はなかった」

ソリティア様が狐面の銀髪を弄りながら、引っ張り抜く。狐面は黙って顔をゆがめて、頭を振った。

「一度目の偵察は、あの夜。あの部屋を出て、我の部屋を物色していたな。だから、元の部屋に戻すついでに、遊んでみた。二度目はボックスの目をすり抜けて、先ほど神殿裏の執務室を覗こうとしていた。ああ。我とジョーカーが戯れていた時も、何かを探っていたようだったな。では、これで三度目か。知りたいことは知れたか?」

少女は緑の瞳を見開いた。
「知ってるわよ。ここに来る前から、あんたたちが殺人集団だって言う事も、あんたたちが私の恋人を殺したって言う事も知ってるのよ」
先ほどまでのおびえた様子はどこへ行ったのか、真っすぐにソリティア様に叩きつけるように少女は叫んだ。


「シェバトの間は殺される事はないと聞いて、安心して調べられるとでも思ったか? ジョーカーが貴様を庇ってやっていたのに。せっかくのジョーカーの献身も無駄ではないか」

「ソリティア……おねが…っ。うっ」
ソリティア様が、狐面の口を塞ぐ。

「頼んでなんかないわよ。人殺しの癖に!!」
少女の声が部屋に満ちる。

狐面の口内を充分に味わって満足した顔でソリティア様は口を離して、笑った。
「あははははっ。ほら見ろ、この娘は貴様のことも人殺しだと。貴様はここで唯一の殺さぬ者なのにな。それでもまだ、殺さないでと泣くのか?」

狐面は黙ったまま、顔を背けた。ソリティア様が狐面の顔を無理やり、少女へと向ける。
「見ていろ。貴様が庇った事で何が起きるか。最初の件で閉じ込めたまま、記憶を消して放り出せばよかったんだ。そうすれば、こうはならなかった」


「それは……もう、やった。でも、戻ってきた」
ソリティア様は狐面を見てから、少女をもう一度見た。

「ああ。去年のあの娘か……。忘れていたぞ。あの時は、周囲を探っているのを、貴様が見つけたんだったな。身体が本調子じゃないのに、無理をして。では、これで四度目か。執念深いな。中にいるという事は、協力者もいるんだろうが」

感心するようにソリティア様が少女を見る。そして、私へと視線を向けてきた。

「そち、拷問に関してはすでに習っているか?」

「一通りの座学は受けましたが、実技はまだです」
「では、そちがやれ。シンク、教えてやれ」
「はい」

私は少女の元へと向かう。
「今は後ろ手で結んでいるな。それを、そのまま、釣り上げるとどうなる?」
ソリティア様が後ろから問いかけてきた。

私はソリティア様の方を向いて、立ち止まる。
「はい。拷問の手法としてはありきたりですが、肩や両手に負荷がかかり、長時間行う事で肩が脱臼する事もあります。また、被験者に耐えがたい苦痛を常に与え続けますが、死の危険は少なく自白をさせる時には有効です」

「教本そのままの言葉だな。まぁ。いい」
ソリティア様はつまらなそうにいうと、少女へと問いかける。

「今宵はまだシェバトだ。一つだけ選ばせてやる。今ここで、協力者の名を言ってシェバトの間、見世物として神殿に飾られた後に殺されるのと、言わずに拷問されて後悔して死んでいく。どちらがいい?」

「ソリティア……。ダメだ。もう一度、記憶を」
狐面がソリティア様に懇願するが、ソリティア様は聞いてはいない。

少女は黙りこみ、考えるように真っ白な床を見つめる。

「……協力者なんて、いない」
真っ青な顔でそう口を開いた。

「決まりだな。口は塞がなくていい。協力者の名前を言いたくなったら言え。それでやめてやる」
その言葉で、ソリティア様が手を軽く振った。



☆9.鞭打ち ※暴力表現注意

シンククローバが、段を降りてついてこいと合図をする。壁へと向かうと、軽くその壁を押す。するとパカリと壁が開いて、リモコンが出てきた。それを私に渡して、再び元に戻った。

リモコン操作で天井から、吊るす器具が降りてきて、私はクローバの5の指示の通りに少女を縛っているロープを引っかける。少女が抵抗するので上手く出来ずにいると、シンククローバが少女の頭を殴りつけた。それで、少女の動きが鈍くなる。

「最初から、あまりやりすぎるな」
ソリティア様が軽く咎める。
「分かっております」

作業を続けて、やっと少女を床から10センチほど釣り上げる事が出来た。

「あ……ぐっ。う」

少女が苦悶の声を上げる。
「ほら、ちゃんと見ていろ。顔を背けるな。目を閉じるな。耳を塞ぐな」
ソリティア様が狐面に命じている声が聞こえる。おそらく顔を歪めてこちらを見ているのだろう。

「次は、どうしますか?」
私はソリティア様の指示を仰ぐ。ソリティア様は少し考えるそぶりをして、狐面に何かを囁いている。

「そち、鞭は使った事があるか?」
「いえ。ありません」

「では、覚えろ。あれは、体で覚えねば役に立たぬ」

シンククローバが再び、壁際へと行き道具の在り処(ありか)を私に教える。鞭も色々と揃っていたが、私は一本鞭を手に取り戻った。自白をさせるならば、この鞭が最適だが扱いが難しい。


「……やめ……。おねが…」

狐面がまだ、ソリティア様に懇願している声が聞こえた。まるで、狐面の方が拷問をされているような声だった。

少女の元に戻ると、シンククローバが鞭の使い方を教えてくれる。まっすぐに力を抜いて軽く振るというのは教本にも書いてあったが、実際に手にする鞭は重くて上手く扱えるか不安になる。まずは、当てずに鞭の感触をつかむために振るってみる。

ずしりと腕に振動がくる。

「そんな感じだ。それで、思い切りやってみろ」
シンククローバが、少し離れて言う。

私はまっすぐに鞭をふるってみた。

「あぎゃぎゃあああああああああああ」

つんざくような悲鳴が、部屋にこだまする。少女の身体がのけ反り、鞭の痕に服がへこんだ。服がない部分は赤く腫れあがっているのが見える。

「見ていろ。と、何度言えばわかる?」
ソリティア様と狐面のやり取りが、小さく聞こえる。

私はもう一度、鞭を構えて振り落とす。が、上手く出来ずに自分へと鞭が跳ね返ってきた。

「……あうぐっ」
思わず声が、出てしまう。

「やめろ!」

叫んだのは狐面だった。振り返ってそちらを見ると、狐面がソファーから立ち上がったのをソリティア様が引き戻していた。

「何度も同じことを言うのは、飽きた。これは、貴様への仕置きだと言っただろう。続けろ」

ソリティア様がこちらを見るなとばかりに、手を振り続きを促す。
私は再び、鞭を構え振るう。

鞭を振るいながら、これは、ここに居る全ての者への罰なのだと理解した。シンククローバは少女への嫌がらせへの罰。私は少女を見逃したことへの罰。狐面は、少女を監視出来なかった事への罰。


最初は自分にも当てていた鞭はやがて、狙った場所へと打てるようになってきた。
少女の叫びも最初ほどではなくなって来た。痛みに慣れたのか、声を出す気力もなくなったのか。と思ったところで、後ろから声がした。


「あ……あぁぁぁぁ」


狐面の声だった。声の方を向くと、着物がはだけて半裸状態の狐面がそこにいた。
肌は上気して、ほんのりとピンクに染まっている。半分放心状態の狐面を笑いながら弄るソリティア様。

「ほら、大きな声を出すから、皆が驚いてしまったではないか」

その声で、狐面は正気を取り戻して、はだけた着物を抱きしめてうずくまる。耳まで真っ赤にした狐面はこちらを見なかった。


「そちもずいぶん鞭には慣れただろう? そろそろ、別の事をしようか。水……いや。電気なんかが面白いかもな」
「かしこまりました」

シンククローバが、再び、準備のための説明をしてくれる。
まずは、少女を降ろして、ひじ掛けのついた椅子へと座らせた。それから、道具を壁から出してきて準備をしようとしたところで、ソリティア様が立ち上がり、こちらに来た。

「待て。ナイフと小皿を持ってこい」

私は意味が分からなかったが、即座にシンククローバが動いて道具を渡す。

「あ……ぐっ」
少女がうめき声を出す。先ほどとは違う、ナイフの鋭い痛みが手首を襲った。その傷は深いらしく、白い骨が見える。ソリティア様は傷の下に小皿を置き、血を溜める。

「そちもやってみろ」
そう言われて、ナイフを渡される。私はもう片方の手首にも同じように傷を作り、血を溜めた。
しかし、こんな拷問の方法は教本には載っていなかった。どんな意味があるのかと考えるが、全く分からなかった。ソリティア様の気まぐれなのだろうか?


ある程度血が溜まると、小皿を替えて、血の小皿を狐面の元へと運んでいく。

「飲め」

狐面は僅かに顔を振り嫌がるそぶりを見せたが、ソリティア様は意に介さず無理やりその口へと血を運び入れた。

「……ぐっ。ふっ。あ……ぐ」
飲み切れなかった血は、解けた銀の髪へと流れ落ちていく。金の瞳は潤んだまま、苦し気に歪んだ。

「一旦休憩だ。シンク、ボックスの傷の手当てをしろ。一時間後に再開だ」
ソリティア様は私たちを部屋から出した。


☆10.休憩


私は地下の階段を上がってから、深呼吸をした。
「大丈夫か?とりあえず、傷の手当てだな」
シンククローバがついてこいと手招きする。私は一瞬身構える。それに気がついて、シンククローバがため息をついた。

「いや。何もしないって。ジョーカー様とソリティア様のお気に入りに手を出すほど、俺は勇敢じゃない」
「ソリティア様は私を気に入ってるとは思えないですが」

「そう見えたか?」
「はい。私のようなボックスに心をかけるとは思えません」
「そうか……。とりあえず、何でもいい。怪我の手当てだ」

神殿の中を覗くと、宴は佳境らしく酒池肉林と化していた。廊下を歩いていても、酔ったゲストが私に絡んでくる。それをシンククローバが諌(いさ)めるという事を何度か繰り返し、やっと部屋へとたどり着いた。
シンククローバの部屋は最上階の天蓋ベッドの部屋とほぼ同じくらいだった。


「傷薬はこれ。包帯はこっち。……と、先に風呂に入ってさっぱりするか?」

「意外と面倒見がいいんですね。もっと、粗野な方かと思っていました。ソリティア様の前ではちゃんとしてましたし」
思わず言ってしまった言葉に、シンククローバがそれまでの面持ちから変わり砕けた雰囲気になる。
「当たり前だろ。あの程度の処世術がなけりゃ、トランプは無理だ。まぁ。タロットならもっと礼儀知らずでもなれるだろうが」

私はその言葉に、疑問をそのまま口に出す。
「トランプとタロットの違いって、何ですか?」
「常識人とキチガイ」
さっくりと一言でまとめられてしまった。聞いたところでは、トランプは研究・懲罰部隊で、アンバーからの人間が多いと聞く。タロットはソリティア様の直属の実行部隊という事だが、その内実はよく分かっていない。

「常識人って……本気で思ってます? 先ほど、人殺しと罵(ののし)られたばかりですよ?」
「そんな意味じゃない。一応、殺しにはルールがあって誰でもいいわけではないし、この組織にも厳格なルールがある。そのルールを無視して殺人を楽しめるのがタロットだよ。もしくは、特化した技能があるとかな。タロットはトランプよりも自由な裁量権がある。だから、このシェバトにも顔を出してないのが沢山いるぞ。顔見世だけでも来てるのは半数ぐらいだ。残りは全く顔すら見せない」

「そうなんですか。じゃぁ。シェバトの間の殺人禁止ルールは……」
「もちろん、あいつらが守ってるとは思えない。が、そんな事はここでは言わない。シェバト自体もただの祭典でそんなに意味があるわけじゃない」

私は首を傾げる。
「そんな事を、ただのボックスの私に言っていいのですか?」

シンククローバは一瞬私の顔を見て沈黙した。
「喋り過ぎた……。それより、風呂に入るならさっさとしてくれ。俺もシャワーくらいは浴びたい。さすがに疲れた。せっかくのシェバトだっていうのに拷問に駆り出されるなんて」

シンククローバがタオルをこちらに放り投げて、ドアを指し示す。あの向こうが風呂場だと言いたいのだろう。私は大人しく、お風呂に浸かる事にした。
お風呂から上がると、新しい着替えが用意されていた。あの部屋から着替えをとって来なくてはと思って忘れていたが、シンククローバが用意してくれたようだ。

「サイズ、合っていたか? よく分からなくてな」
部屋に戻ると、そう声をかけてきた。
「分からないにしては、ぴったりで怖いです」
本当にまるで私のサイズを知っていたかのように下着のサイズまでぴったりだった。
私の言葉には何も返さず、シンククローバはそそくさと風呂場へと向かった。早く出たつもりだったが、すでに30分は過ぎていた。

私は出された傷薬と包帯で、自分の傷を確かめながら手当をしていく。所々が、青く打ち身になっている。夢中で気がつかなかったが、手には豆も出来ていた。全ての傷に薬を塗り、必要な場所には包帯を巻く。


シンククローバが風呂から上がる頃には、時間はなくなっていた。私たちは慌てて、地下の拷問部屋へと戻った。



☆11.電気ショック


扉をノックして「遅くなりました」と頭を下げて入ると、そこにはハートのレクス(キング)とレギナ(クイーン)もいた。
狐面は着物を整えてはいるが、ぐったりとソファーに沈みこんでいる。そして、腕には点滴がささっていた。

「気にするな。早く入って来い。こっちも今、準備が終わったところだ」

狐面の点滴を抜き、後ろに下がったレクスとレギナに一礼をして少女の元へと行く。

「そちたちは、下がっていい。用があれば、また呼ぶ」
ソリティア様はそう言ってハートたちを部屋から出した。


少女は体力も気力も戻ったらしく、私たちを睨みつけて叫ぶ。
「お前たちは、皆狂ってる」


ソリティア様はそれを笑ってみている。
「元気になったようでよかった。活きがいい方が叫びも心地いい。なぁ。ジョーカー?」
狐面は、無理やり上向きにされた顔を背けるように、顔を振る。

「始めろ」
その言葉に、狐面が凍りついた眼でソリティア様を見つめた。そして、再び、「やめて」と懇願を繰り返す。
私は何かを言おうとして、シンククローバに腕を引っ張られた。顔を振って、止められる。今、何を言っても聞き入れてはもらえない。

淡々と作業をこなし全ての電極を繋げて、「始めます」と宣言する。
機械のスイッチを入れると同時に、少女の身体がビクリと跳ね上がる。

「あぐぅ。あああああ」

叫びをあげたのは、狐面だった。私は何が起こったのか、分からなかった。
ソリティア様は笑ってワイングラスを掲げているだけで、狐面には触れていない。

「少女を見習え、あんなに小さいのに声一つ上げない。なのに貴様は、これくらいの痛みに耐えられないのか?」

狐面の苦痛に歪む顔を見ているだけのソリティア様。
私は思わず、スイッチを切った。それと同時に、狐面の声も途絶える。痛みに涙を浮かべ肩で息をするその姿は、少女と同じだった。

「ソリティア様? 続けてもいいのでしょうか?」


ソリティア様が空のグラスを投げつけてきた。パリンとグラスが床で割れる。

「誰が、止めていいと言った?」
「ですが……」
空気が張り詰める。ソリティア様の若草色の眼がギラリと輝いて虹色に光る。


「続けろ」
「ですが、ジョーカー様の様子が……」
「黙れ。これは仕置きだと、言っているだろう。これが、我のやり方だ。黙って続けろ」

ソリティア様の後ろで狐面が黙って首を振る。

「分かりました」
「殺さぬようにだけ、気をつけろ。シンク、ちゃんと見ていろよ」

「かしこまりました」
シンククローバが返事をして、メモリを合わせ直す。


スイッチを入れる度に、狐面が声をあげる。まるで、狐面に拷問を施しているようで、気分が悪い。


徐々に電圧をあげると同時に、脈拍や呼吸などをシンククローバが確認する。私は少女の確認よりも、狐面の確認をしたかった。狐面の声はかすれて、叫びも消えていた。少女はもとより叫びすら押し殺して耐えているが、時々気絶をするので叩き起こしていた。


やがてそれに飽きると、次は水を使えと指示が来た。
水槽を用意するのかと思えば、スイッチ一つで床が沈み水責め用の水が溜まっていく。



「水が溜まる間、30分の休憩だ。好きにしていていい」
ソリティア様が再び休憩を言い渡す。

私は狐面に駆け寄ろうとしたが、ソリティア様が去れと手で合図をした。
「あの。ジョーカー様は大丈夫なのでしょうか?」

先ほどよりもぐったりと青白くみえる狐面の顔に、銀の髪が張り付いている。



「心配するな。死にはせぬ。早く、休憩に行け」

「わかりました」
シンククローバが私の背中を押して、部屋を出た。


私はシンククローバを睨んで文句を言おうとしたが、ぐいぐいと背中を押されて顔すら後ろに向けさせてもらえなかった。階段を上がってやっと文句が言える。

「あんたね。何で邪魔するのよ」
思わず言ってしまった言葉に私は自分の口を塞ぐ。シンククローバはあきれ顔で、私を見ていた。
「一応、俺、お前の上位なんだけどな……。まぁ。いいや。あの場であれ以上は無理だ。たぶん、ジョーカー様は大丈夫」
「なんで、大丈夫だって言える……」

シンククローバは唇に指を当てて黙るように促してから、階段から離れて外へと連れ出した。

周囲を見回してから声を潜めて、耳に口を近づけて話し始める。
「俺だって全てを知ってるわけじゃない。ただ、ソリティア様は相手の血を飲んで感覚を共有させるというのは聞いたことがある。だから、あの時もソリティア様が飲むと思ったんだ。それがジョーカー様に飲ませて、ジョーカー様が共有した」

「何よ。それ。そんな話……聞いたことない」
思わず出した声に、シンククローバが声を落とせと口に指を当てる。
「そりゃ、俺でさえ噂レベルでしか聞かないんだ。ボックスが知ることじゃない。ついでに、共有するのは感覚だけで死にはしないというのも聞いている。一応まだ、あの子は生きているしな。殺さないかヒヤヒヤしたたよ。いっそ、殺せと言われた方がマシだ」

シンククローバは言い切って、息を吐いた。そして、頭を振る。この先、水責めもあるがそちらも神経を使うと嘆いている。

「じゃぁ。ゆっくり休まなきゃね。何か、飲みたい」

私はぽつりとつぶやいただけだったが、シンククローバは私の意見に賛成して飲み物をとってきて、近くで飲んで地下へと戻る事にした。


☆12.水責め

地下に戻ると、再びハートたちがいた。狐面は体を起こしていた。
逆に少女の方はぐったりとしたまま、先ほど縛り上げた状態で倒れていた。

「戻ったか。それの目を覚ませろ」

ハートたちを下がらせて、部屋は私たちだけになる。段に上がり、ソリティア様に見えやすい様に少女の顔を上げて、叩く。

「起きて」

なるべく力をこめて叩いてみたが、一向に目が覚める気配はない。
私は困ってしまった。やりすぎると殺してしまう。殺さずに目を覚まさせる方法はなんだろうか。

目の前の床には30センチほどの窪みがあり、そこに水がたっぷりと溜まっている。私は少女を水の中に叩き込んだ。

「ぐぅ……」

呻きを上げたのは狐面だった。先ほどと同じく、少女が苦しめば狐面も苦しむ。
私は、少女を水から引き揚げた。

「ごほっ。ごほっごほっ。ぐっう。ぜぇ。ぜぇ」
少女は目を覚ました。黒い髪が頬に張り付き、あえぎ、むせながら、縛られた身体を丸める。
狐面の方は、肩を上下させて空気を求めていた。


「おはよう。良い夢を見れたかな」
ソリティア様が少女に声をかける。

少女は何かを言おうとしたが、むせて言葉にはならなかった。

「では、続けようか」
ソリティア様はソファーに座り、狐面に口づける。

私は再び、少女を水の中へと突き落とした。そして引き上げる。すぐに引き上げる時もあれば、長くつけてから引き揚げる時もある。時には気絶をしている時もあるが、その度にシンククローバが脈と呼吸を確認する。
私はチラリと後ろの様子を振り返った。狐面はソリティア様の唇を貪(むさぼ)るように、口づけていた。そこで気がついた。ああやって空気を求めているのだと。

私が見ているのに気がついて、ソリティア様が前を向けとばかりに手を振る。私は慌てて、少女の方へと目をやった。

少女の方は何度もむせているが、狐面はぜぇぜぇと息をする事はあってもむせる事はない。
水中にいる間の少女は静かになり、後ろではクチュグチュと口づけの音だけが響いていた。



「もう、よい」

ソリティア様が、再び中止の合図をしたのは、皆が疲れ切ったころだった。


「すでに日も越えた。皆も眠って静かになったようだし、我々も一旦休むとしよう」
時計を見ると、四時を指していた。

狐面はピクリとも動かずに、まるで死んでいるようだった。
道具を一通り片付け、シンククローバは少女の脈と呼吸を確かめる。気絶はしているが、生きてはいるようだった。

「ハートたちに後は任せる。呼びつけろ」

ソリティア様の言葉でシンククローバが連絡をとり、私は狐面へと駆け寄る。
「ジョーカー様。大丈夫ですか?」

その脇からソリティア様の手が伸びて、狐面の面を私へと渡してきた。
「生きてる。気になるなら、ついてくればよい」
そして、狐面を優しく抱き上げた。狐面は抱き上げられても、気がつかないままだった。


しばらく待つと、ハートたちが部屋へとやって来た。
ソリティア様は少女を殺すな。次の為の手当てをしろと言いつけて、部屋を出た。

私とシンククローバもそれに続く。階段を上がると、「昼には神殿に出て来い」とソリティア様はシンククローバに言いつけた。シンククローバは一礼して別れ、私はソリティア様について行く。



最上階へ行き、廊下を通って左奥の部屋の扉をあける。ソリティア様はそのまま、狐面を天蓋ベッドへと横たえた。

私は電気をつけ、狐面の様子を見ようと近づいた。

「大丈夫だ。少し、疲れているだけだ。朝になれば、回復する。そちも休め」
ソリティア様は狐面の着物を脱がせ、私に渡した。私はそれを壁際にかけて、再び狐面の元へと戻る。
布団をかけて、ソリティア様は狐面の銀の髪を撫ぜた。若草色の瞳は先ほどとは打って変わって、優しいものになっていた。

「罰は終わりですか?」

「……。終わりだ。悪かった」

私は耳を疑った。ソリティア様が私に謝ったのだ。
「謝られるような事をされたとは思ってませんが」

「そうだな。我も疲れた。休む。昼にはジョーカーを起こして、神殿へ来い」

「かしこまりました」
私は、ソリティア様が部屋を出ていくのを見送ると、再び、狐面に近づいて呼吸を確かめた。少し浅いが、確かに息をしていると思うと、少し安心した。

私は小部屋へと行き、ベッドへと倒れ込んだ。ゆっくりできそうだと思った朝とは違い、私の身体はクタクタに疲れ切っていた。



☆13.カトレア

気がつくと、昼を過ぎていた。身体は重く、鉛のように動かなかったが、無理やりにでも気力をふるって動かす。
時間はすでに13時を越えている。小部屋を出ると、ソリティア様が座っていた。私は慌てて、背筋を正し頭を下げた。

「おはようございます」

「おはよう。やはり、疲れて眠っていたか。ジョーカーも起きそうにないな。16時に変更だ」

「かしこまりました」

それだけ言って、ソリティア様は部屋を出ていった。私はほっと安堵した。
ゆっくりとお風呂に浸かり、身を整える。15時までは狐面を眠らせておくつもりだったが、その前に目を覚ました。


「おはようございます」
狐面はゆっくりと起き上がり、辺りを確認する。
「ここは……昨日は。……い……つぅ」
「大丈夫ですか? ここはあなたのお部屋です。昨日は……ソリティア様の罰で……」
最後は小さな声になってしまった。どこまで、狐面が覚えているのか分からない。

「あ……。ああ。そうだ。そうだったな。あの子は?」
私はコップに水を汲み、狐面に渡す。
「地下の拷問部屋です。ハートのアポトルス(上位カード)に手当を任せてあります」
「だったら、まだ大丈夫だな」
水を一口飲み、狐面はほっとした表情になる。その表情に私は怒りが湧く。

「なぜ、あんな子の事を構うのですか? あの子がいなければ、あなたはこんな目に合っていないのに。許しを請えばソリティア様もきっと、許してくれたはずなのに」


思わずぶちまける様に言ってしまった言葉に私は自分で息をのんだが、狐面は笑った。

「でも、私のせいなんだよ。私があの日、ちゃんとここに来た目的の記憶まで消していたら、あの子はここに来なかった」
「どうして……どうして、そう思えるのですか?」


「私が偽善者だからだよ」
狐面は辛そうに金の瞳を伏せた。


コップの水を飲み乾して私に渡してから、狐面は洗面所へ向かった。

「ソリティア様が16時には神殿に来てほしいとのことです」
「今、何時?」
「15時前です。まだ、時間はあるのでゆっくりできます」

タオルを渡した時に、腕の傷が痛みタオルを落としそうになった。それを、狐面が支える。

「そなたにも悪い事をしたね。あんな事、させるつもりじゃなかったのに」
「いえ。私は、いいんです。勉強になりました」


狐面がお風呂に浸かっている間に、部屋を軽く片付ける。
私の荷物も片づけて、少女の荷物へと手を伸ばす。この部屋に運んだ時には気がつかなかったが、彼女が間者ならば、なにか身分を証明するものを持っているかもしれない。荷物を軽く漁ってみたが、そんなものは出てこなかった。

「何もないだろ? すでに調べてあるよ」

狐面が後ろから声をかけてきた。ローブを軽く羽織り、胸元がはだけている。私は目のやり場に困り、下を向く。
「あの。もう少しちゃんと着てください」

「もうすでに、痴態(ちたい)は充分晒(さら)したが。あれに比べれば、どうって事はないだろ?」
狐面はクククッと笑った。そんな仕草がソリティア様にそっくりだ。

「そうですが。いえ。そうではなくて、今はそんな場所ではありません。私に対して、そのような態度はなさらないでください」
私は狐面に近づき、銀の髪が絡みつくのをはなしてローブを結び直す。
「悪かった。気をつけるよ」
狐面は笑顔を消して部屋に戻り、着替えを取り出す。今日は白いドレス風の服にするらしく、昨日のような着物は出てこない。

「そなたは、この後どうする?」
不意に狐面が聞いてくる。どんな意味なのか捉えかねていると、言葉が続く。

「このシェバトが終われば、私たちの関わりも終わりだ。だが、私はそなたを気に入っている。私の付き人にならないか?」

この後もジョーカー様のお傍にいられる? 私は目を見開いて、狐面の顔を凝視していた。

「嫌か? 嫌ならば、無理強いは……」
「……いいえ。いいえ。お仕えさせていただきます」
私は首を振って、伝えた。

「では、決定だな。よろしく、カトレア」
ジョーカー様が白い手を差し出してくる。そして、初めて私の名を呼んでくださった。







☆14.付き人

16時になる前に、神殿へと向かう。昨日と同じように、ソリティア様の集まりは中央に出来ていた。
ジョーカー様は足をわずかに引きずって、その場へと向かった。私も後に続く。アポトルスたちが再び私に目を向け、私の前に立ちはだかった。しかし、誰かが何かを言う前に、ジョーカー様が私に声をかける。

「はよう。傍へ、来よ」
「はい」
その声でアポトルスたちが道を開ける。私はジョーカー様の傍に立ち、ソリティア様に礼をする。

「何だ。またそれか。よほど気に入ったようだな」

ソリティア様の隣に座ったジョーカー様は「付き人にした」とだけ答えた。私は脇に控えて、ただそこにいた。
「本気か?」
ソリティア様はただ笑ってそれを、聞いた。


周囲にはアポトルスでもないただのボックスが、そこにいることへの違和感がその場に広がる。
しかし、ソリティア様が認めている以上は誰も手出しが出来ない。アポトルスたちはいつもの通り一切動じていないが、トランプたちはざわめきを上げている。

飲み物を取りに傍を離れると、足を引っかけられて転んでしまう。
「ごめんなさい。そこにいると思わなくて」
「いえ。気をつけてくださいね」
私はにっこりと笑って返す。飲み物を取って来た後でなくてよかったと思った。


そこに再び、誰かが私の前に立ちはだかった。私はその人をよけようとしたが、その前に声が降ってくる。
「お前、俺より上位になってるじゃないか」

顔を上げるとシンククローバがいた。
「あんた。あ。いえ。シンク…クローバさ…ん……?」
言ってしまってから、私は相手を何と呼べばいいのか分からなくて、言葉が消えてしまった。

「シンクでいい。それより、どうなってんだ?」
「どうって言われても……。ジョーカー様のお披露目があるから来ているんです。ジョーカー様はまだ気分がすぐれないのに」
「そうじゃなくて、何でお前がその輪に入っているのかって話だよ」

「ジョーカー様の付き人になりました」

私の言葉にシンククローバが、驚きの声を上げる。
「お前、ボックスだろ? 何だその昇進は。……いや。カードに編入されるのか?」

「カード??」
私は、一瞬ポカンとしてしまう。

「当たり前だろ。ただのボックスが付き人の立場にいられるわけがない。タロットかトランプかに入る事が決まってるのかって聞いてるんだよ」

頭をフル回転させて考えるが、そんな事は一切聞いてない。
その様子を見て、シンククローバがため息をつく。

「何も聞いてないんだな。ジョーカー様の気まぐれで一時的なものなんじゃないのか?」
「そんな事ありません」

私は大声を出してしまった。周囲の人がこちらを見る。

「ああ。そんな事はない」
真後ろからジョーカー様の声が響き、私の肩に手を置いてくる。

「シンククローバ、あまりこの子に余計な事を言わないでくれるか? 親しくしてくれるのはいいが、カードの事は後で言おうと思っていたんだ」

「申し訳ありません」
シンククローバが礼をして一歩下がる。

「いや。責めてはいない。色々な事を教えてくれて、助かっている部分もある。だが、この子はまだ子供だ。子供が知らなくて良い事もある」

「はい」
シンクは頭を下げたまま上げようとはしない。

「また、カトレアと親しくしてくれ。カトレア、行くぞ」
「はい」
ジョーカー様がくるりと背を向けると、僅かに顔をゆがめる。私はジョーカー様の手を取ろうとしたが、それははね退けられた。

「ここでは、私に触れるな。そして、転ぶな。嫌がらせには乗るな。不安にはなるな。私の付き人として支えたいと思うなら、頭を上げていろ」

「かしこまりました」
ジョーカー様は先ほどからの嫌がらせをずっと見ていたのだと、知った。




ジョーカー様専属の給仕の仕事をこなしながら、しばらく時間が経つと、ソリティア様がおもむろに立ち上がった。


「皆の者。聴け」
レクス(キング)が声を響かせて、神殿の皆の注目を集める。


「今年のシェバトは、楽しめただろうか。最初はトラブルがあったが、その後は大した事もなく、我は楽しめた。来年も同じシェバトを繰り返すことが出来る事を願う」

神殿に響くソリティア様の言葉に皆が耳を澄ます。

「最後に発表がある。今年は旅からジョーカーが返ってきた。暫く不在だったため。ジョーカーは存在しないという事になっているようだが、ここに戻ってきている」

ジョーカー様が傍で立ち上がる。

「私の居ぬ間に、私のカードは存在しないという事になったそうだが、私はここに居る。長く旅に出ていたので、ここに居るものの殆どは私にとっては新顔……だ。以後、私を忘れぬようにお願いす……るっ」

最後の言葉で、ジョーカー様の身体は崩れ落ちた。それをソリティア様が受け止める。
赤くほんのりと蒸気した頬に荒々しい息遣い。苦し気にもみえるが、それは昨日のジョーカー様の痴態と同じだった。
私は思わずソリティア様を見るが、涼しい顔で、皆に呼びかけている。

「ジョーカーは長旅で疲れている。今宵も早く休ませる。皆はそれぞれ、最後まで楽しんでいってほしい」

そう言って盃を掲げ、ソリティア様は飲み乾した。
皆も同じく、盃を掲げ飲み乾し、宴へと戻っていった。


☆15.無力

「ジョーカー様。大丈夫ですか?」
「気にするな。大丈夫だ」
答えたのはソリティア様だった。
「でも、具合が悪そうなので、部屋へ戻ります」
私はジョーカー様に手を貸そうとしたが、それをソリティア様が止める。

「そちは、部屋に戻っていろ。ジョーカーは我と話がある」

「罰は終わったはずじゃ……」
私はジョーカー様の手を離さない。
「そちの罰は終わった。が、ジョーカーの罰が終わったとは言ってない」
「待ってください。何を……また……」
目の前が真っ白になる感覚に、言葉が出てこない。

「く……。ふっ。カトレア……。戻っていろ。部屋へ」
苦しげな声の元でジョーカー様が私の手を離すように、弱々しく手を振った。

「そちの主人もそう言っている。部屋へ戻れ。カトレア」

「いやです。ジョーカー様を部屋へ連れていきます」
「大人しく戻れ。我を怒らせぬうちに」

「い……」
私の口を塞いだのは、シンクだった。
「申し訳ありませんソリティア様。私(わたくし)めがカトレアを連れていきます」


「部屋は最上階の左奥の部屋だ。鍵はそれの首にかけてある。ついでに、出歩かぬように見張っていろ。今夜は地下に来なくていい」

「かしこまりました」

口を塞いだまま、ずるずると神殿から引きずり出される。階段を上がっている途中で手が外されると、私は叫ぶ。
「放して。私は、ジョーカー様の付き人なんだから。傍にいなくちゃ」

「だからって、あれ以上意見してみろ。不興を買って罰をくらうのはお前じゃなくて、ジョーカー様の方だぞ」

私は、はたっと立ち止まる。
「分かったか?」

「私は……」

「ジョーカー様がなぜ、部屋に戻れと言ったか分からないのか? あれ以上、あの場を乱せば、お前がどんな目にあうか分からない。あの方は、常に場を抑える事しか考えてない。なのに、お前はジョーカー様の意に反するのか?」

シンクの青い目が真っすぐに私を見る。

「私はジョーカー様を守りたい」
涙が溢れる。私には、知恵も力もない。付き人になっても、何もない。

「だったら、もっと上手く立ち回れ。知恵をつけて、場を支配し、抑えるために何が必要か考えろ」
シンクがポンポンと私の頭を撫ぜる。

「うっ。えっ。ぐっ……」
私は泣きながら歩く。私に合わせるようにシンクもゆっくりと歩いた。

「ジョーカー様はきっと大丈夫だ。だから、お前はただジョーカー様を待てばいい。部屋には戻ってくるんだから」



部屋の扉を開けて、中に入る。中央の天蓋ベッドを素通りして、小部屋へと私は向かった。
シンクは、暫く天蓋ベッドの部屋を見回していたが、しばらくすると神殿に戻ると言った。

「地下には行けないが、あの子がどうなったのか何か情報がないか調べてくる」

という事だった。
「……似合わないですよ。そうやって、人の世話を焼くのなんて」
私はぽつりとつぶやいた。

「お前なぁ。お前も気になるんだろ。ジョーカー様もたぶん地下だと思う……」
と言ったまま言葉を区切る。

「大丈夫です。あなたも、変な動きをすると目をつけられますよ?」
私は必死に笑おうとしたが、無理だった。顔はぐしゃっと歪み涙が溢れる。シンクの手が私の頭を撫ぜる。


「とりあえず、いったん戻って情報集めてからまた来るから。なくても夜になったら戻る。だから、お前は動くなよ」
私に釘をさして、シンクは部屋を出て行った。



真夜中を過ぎて戻ってきたシンクは、情報は何もなかったと伝えてきた。
それきり、お互いに黙り込んでしまう。情報はなくても、想像は付く。神殿にソリティア様もジョーカー様もいないなら、いるのは地下しかない。けれど、近づくなと言われている以上、出来る事はない。


「そう言えば、今朝は起きられたんですか?」
私はシンクに聞いてみる。
「いや。寝てた。気がついたら昼過ぎてて焦ったけど、ボックスが部屋の外に控えてて時間変更の連絡をくれた」
シンクも私も天蓋ベッドの部屋の椅子に座り、扉を見つめている。

「以前なら処罰対象だったはずなのに、意外なんだよな。だから俺、ソリティア様はなるべく避けていたのに。死にたくないから」
「本当に、小心者なんですね」
テーブルの上の冷めた紅茶に口をつけ、一口飲む。

「なんだそれは。誰が小心者だ」
心外だと言わんばかりに、シンクが突っかかってくる。
「ジョーカー様に比べれば、皆小心者です。私も含めて」

「それは……そうだろうが」
シンクの声が途中で途切れて、再び沈黙が訪れる。


長く黙ったまま、結局、朝になってしまった。シェバトは今日解散される。三日三晩の宴は終わる。昼には集まったカード達も元の住処へと帰っていく。私もソルトへ戻るはずだったが、こうなってはどうしていいのか分からない。
シンクが立ち上がり食事を持ってきてくれた。私たちはそれを黙って食べる。

食べ終えると、シンクは「帰りの支度をする」と言い始めた。

「また、どこかでな。ジョーカー様の付き人なら、次のシェバトでも会えるだろうけどさ」

「……。ありがとう。また、来年必ず会えると思う」
次がある保証などどこにもない。それはお互いに分かっている。けれど、お互いに死んだら噂ぐらいは入ってくる場所にいる。



☆16.二人の時間


昼を過ぎてもジョーカー様は戻って来ず、私の不安だけが膨れ上がる。
私は待ち切れなくなって、部屋を出た。すると、ちょうどソリティア様がジョーカー様を抱きかかえて通路をこちらへやってくるのが見えた。

部屋の扉を開けたまま、ソリティア様が部屋に入ってくるのを待った。私の前を通り過ぎ、黙ったままジョーカー様を布団へと寝かせる。

「大丈夫……なのですか?」

私は確かめるようにソリティア様へと問う。

「ああ。死にはしない。だが、そちはソルト(学校)があるだろう。ソルトに戻れ」
「嫌です。ジョーカー様が目覚めるまで、傍にいます」

ジョーカー様の手を握り、脈を確かめる。確かに動いている。まだ、生きている。

「……わかった。もういい。好きにしろ」

そう言って、ソリティア様は部屋を出て行った。
私はジョーカー様の手を握ったままウトウトとしていた。気がつくと、サイドテーブルに食事が置いてある。

「食べろ。ジョーカーが心配する。あと、ちゃんと眠れ。そんな姿勢では身体を痛める」

ソリティア様がベッドの向こう側に座って、こちらを見ていた。
「私は……」
ジョーカー様の傍にいると言う前に、ソリティア様が手を振ってそれを止める。
「わかってる。わかってるから、食べて寝ろ。我がジョーカーを見ているし、起きたら知らせる」
その姿は神殿でのあの恐ろしい姿とは違って見えた。ここにだって他の者をやればいいのに、自らやってきている。

「わかりました」
私は顔を洗ってから食事をした。そして、小部屋に入り、少しだけ眠ろうとソファーに身を横たえた。

気がつくとベッドで眠っていた。移動した覚えはない。窓の外はうっすらと白んでいて、時計を見ると6時を指していた。
身を整えて、小部屋を出るとまだソリティア様がいた。

「眠っていらっしゃらないんですか?」
「気にしなくていい。我がこうしたくてこうしている。起きたなら、後は任せる」

言葉少なにソリティア様が部屋を出ていく。私は一礼してそれを見送った。


ジョーカー様が目覚めたのは、昼を過ぎた頃だった。
「目が覚めましたか?」
頭を振り、ジョーカー様は私に時間を聞いた。

「お昼を少し過ぎた13時です」

「私は、どれだけ眠っていた?シェバトは……終わってから何日経った?」
コップに水を注ぎ、私はジョーカー様に差し出す。

「シェバトは昨日、終わりました。まだ、一日しか経ってないです」
ジョーカー様はゆっくりと水を一口飲んだが、すぐにむせてしまった。私はすぐにタオルを差し出した。

ジョーカー様が落ち着くのを待って、私は今日はどうするのかを聞いた。それを聞いて、ジョーカー様が怪訝な顔をする。

「ソルト(学校)はどうした? 今日は休みではないだろう」
「休みました」

ジョーカー様はしまったという顔で、頭を抱えた。
「私が悪かった。指示し損ねた。ソルトにはちゃんと行け。週末だけ私の元へ来て、私の付き人をしろ。優先すべきは学業だ。無能は要らない。……が、今日はいい。明日からはそうしろ」

「かしこまりました」


ジョーカー様はベッドから降りようとしたようだが、顔をゆがめてやめてしまった。
その代わりに、私を傍に引き寄せた。

「心配させてすまなかった。そなたが知るべきことはたくさんあるだろうが、まだ知らない方がいい事も多い。まずは、学べ。全てはそれからだ」

「わかってます」
わかっています。私が無能であることも、役に立たない事も。だから、お傍にいたいのです。傍で学び、地位を得てジョーカー様を守れるように。


「今日は……。動けそうもない。私はしばらくここに居る」
ジョーカー様はぐったりと、ベッドに沈みこむ。

「では、私もお傍に」
私はジョーカー様の手を握り、跪(ひざまず)く。

「今日だけだよ。カトレア」
「はい」

ジョーカー様が静かに手を握り返してきた。私はその日、やっと静かな二人きりの時間を得る事が出来て、幸せだと思った。

祭典

祭典

  • 小説
  • 短編
  • 成人向け
  • 強い暴力的表現
更新日
登録日
2023-09-27

Copyrighted
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