夢の続き
夢の続き…
懐かしい人の夢を見た。
その人と気がついたら自然消滅という形で別れてしまってから、もうどれくらいになるのだろう。
5年…いや6年?ついこの間のような気がするのに、月日を数えてみるとかなりの時が過ぎていることに思わずため息がもれる。
その人のことはとてもとても好きだった。
とてもとても好きだったけれども、私たちはつき合っているのかいないのかはっきりしないまま、結局、私のそんな不安は晴れることのないまま終わりをつげ、今では偶然という方法以外にあの人に会うすべを知らない。
昨日、友達と遊んでいる時に公園を横切った。
いつもいつも通るけれども、いつもは、公園の周りを歩くけれども、昨日はなぜか、その人のことをふと思い出して中を通ってみたくなった。
「この公園を通ると寺田さんを思い出すのよね」
私はそうつぶやいて、公園の中に入った。
私と彼が初めて会った時、飲み屋の帰り、一目ぼれをした私と、私のことを気に入ってくれた彼は、みんなの輪を抜け出して2人だけで歩き出した。
ほんのり酔って目のふちを赤くした彼と、二人寄り添い歩いたのがこの公園だった。
真夏の暑い夜で、空気が熱によって揺らいでいた。
私の心の中も…。
私たちは次の場所を捜し求めて歩いていた。
彼の馴染みのバーに連れてってもらい、そして再び街を歩く時も、私たちは果てしなく続く夜の道を2人寄り添い、果てしなく歩き続けた。
ほんのわずかな2人の交際期間で、私の愛情だけが重く傾く一方のこの恋の行方で、あの夜だけが、私達の心がお互いに密接していたように思える。
私たちがいたのは臨海学校などで泊るような、日本風の大きなお屋敷だった。
畳張りの大きな部屋がいくつも重なっていて、その中の一室に私はいた。
周りにいるのは親戚が主で、その親戚の連れという顔ぶれで、その集まりは成り立っていた。
人は入れ替わり立ち替わり増えつづけ、静かだけれども人の気配でザワザワしていた。
夜になり、月の光だけで成り立つ青白いほの暗い部屋に、横並べに布団を敷き、それぞれが好きな場所で眠りについた。
そしてそんな、夜更けとも夜明けともつかぬ頃、私は頭上にある人の気配で目が覚めた。
ぼんやり天井を見上げると、月光に照らされた細長い人影が目に映った。
ゆらりとその人影が揺れて、私の顔をのぞき込み、私はあっと息をのんだ。
寺田さん…。私が声にならない声でつぶやくと、彼はほんのり笑って私の横に来た。
久しぶりだね…。彼の、声にならない声が聞こえてきて、
会いたかった…。私も、心の中でそうつぶやいていた。
私達は布団の中で、ふんわりと抱き合った。まるで綿菓子を抱きしめるみたいに…。
そして、何度も何度も軽い口づけをかわした。
長い時間、ふわりふわりと抱き合ったまま、ゴロゴロと上になったり下になったりした。
私が上になったときは、彼の下唇を軽く噛んだままずっと抱きしめていた。
そして、私が下になった時、そこでやっと彼の愛撫が始まって、私は懐かしい彼の動きにめまいがして涙が出そうだった。
でも私達はそれ以上には進まなかった。
彼の愛撫だけが、永遠に続くかのようだった。
私はそんな彼に、じれったさと私に対する終わってしまった愛情を見せられているような気がしてとても悲しかった。
そうこうしているうちに朝が来て、ほんのひととき私は眠ってしまったらしく、目を覚ますと寺田さんはいなかった。
どこに行ってしまったの…。
あれは、寺田さんの気まぐれだったの?やっぱり私達はやり直せないの?さまざまな思いを胸に飛び起きると、誰かが「寺田さんはシャワーだよ」と教えてくれた。
いなくなったんじゃないんだ…。
私はホッとして、今度こそ寺田さんに素直になろう、今度こそうまくいくように、今度こそ離さないようにしよう、そう固く決意した。
あの頃の私は寺田さんを好きなあまり、遠慮ばかりして、言いたいことのひとつも言えずにいた。
わがままではない、会いたいというひとことさえも…。
自分のことは何一つ話せず、寺田さんの言うことにへたな相槌ばかり打っていた。
あんなに好きだったのに、好きのひとことも、あいまいな関係に悩みながらも、私のことどう思ってるの?とのは、聞けなかった。
シャワーを浴びた寺田さんは、きっと帰るのだろう…。
そしたらその時は、私は、「どこに行くの?」と聞くのだ。
そして、一緒に帰りたいと。
寺田さんは何と言うだろう…。
私を連れていけない場所に帰るのなら、有無を言わせない大人の顔で、ダメだよと言うのだろうか。
それでも今日の私は駄々をこねよう。
あの頃は…、彼がダメだよと声に出して言わなくても、彼のまなざしでその言葉を察し、シュンとなって、言葉を失った。
聞き分けのいいつまらない女だった。
でも今日は…、お願いお願いお願いと、彼の腕を揺さぶろう。
怒られたら素直に、シュンとなった心を見せよう。
私は、帰り支度をして、シャワーを浴び終える寺田さんの姿を待った。
風呂場から出てきた、明るいところで見る彼は、あの頃の記憶を呼び覚まし、ますます私の心をとりこにした。
ポロシャツの襟を立て、お風呂上りでほんのり上気した顔が清潔感にあふれている。
その赤い顔が、あの頃いつも見ていた、少しお酒に酔ったときの顔を思い出して、胸がキュンとなった。
お風呂上りの誰も見ていない彼の表情は少し厳しく、私は少し足がすくんだ。
けれども、パッと私と目が合った瞬間、彼は頬をゆるめ、私の心は弾んだ。
今度こそ私達はうまくいくかもしれない…。
そんな思いが胸をよぎった。
私はその時何を言ったのだろう、彼はなんと言ったのだろう…。
そのへんはあいまいで、2人は未来を予期させるような親密さで話をしていた。
「このあと、どこかへ行きたい」そう言った私に、彼は笑ってうなずいたに違いない。
私は今度こそ、素直に寺田さんのことが好きだったと言えるに違いない。
歩きながら寺田さんが、私の首筋に顔をうずめて「いい匂いがするね」と言った。
私はうれしくて「シャンプーの匂いかな…」と言った。
クスクス笑いの続くような甘く優しい会話の中、彼が思い出したように言った。
「さっきはどうして目を開けていたの…?」
私は昨夜、寺田さんに愛撫されている間中、目を開けて彼を見ていたらしい。
でも私にはそんなつもりは全くなくて、驚いて「えっ、開けてないよ」とっさにそう否定したけれどもすぐに自信がなくなった。
そんなつもりはなくても、無意識のうちに、目を開けていたのだろうか。
そこにいる寺田さんがうれしくて、寺田さんをずっと見ていたくて…。
私がぼんやりそんなことを考えていると、寺田さんがホッとしたように「そうなんだ」とうなずいて「下のほうばっかりだったから、僕はてっきり…」そう言った。
僕はてっきり…?その先の言葉に耳を傾けようとした、まさにその時、目覚し時計の音が重なり、無残にも夢の世界から引き離され、現実に引き戻された。
リアルな夢…。
リアルな寺田さんの顔。
リアルなセリフ…。
それらがぼんやりと頭の中にこびりつき、どうしても聞くことの出来ない次のセリフに、意識が集中する。
僕はてっきり…、僕はてっきり…、寺田さん、僕はてっきりどうしたの…?
何度も何度もその質問を繰り返して、絶対に聞くことの出来ない夢のむなしさに、ああ…と心を横に振る。
僕はてっきり…、僕はてっきり…、夢とは自分の作り出した想像の世界なのだからとその続きをいろいろ推測してみるけれども、寺田さんの口から言ってもらわなければ、満足できない。
僕はてっきり…僕はてっきり…、ねぇ寺田さん、その先は、何と言おうとしたの?
それは私が喜べるようなセリフだったの?ねぇ寺田さん…。
私は、偶然という方法以外に、あの人に会うすべを知らない…。
END
夢の続き