夢概論
夢概論
ホテルにいると、うねるような虚脱感の中にいて、私はいつも長い長い夢を見る。
その日も例外ではなく、いつものようにとりとめのない長い夢を見ていた。
催眠術から解けたようにうだるような熱を帯びた空気に押しつぶされるように目を開けると、無残にも夢から引き離され、私は目の前に現実を見た。
大好きな人のそばにいるという夢のような現実の中にいても、今見た夢にはかなわない。夢だったのか・・・というやるせない感情には慣れていたつもりでも、今回は特にその思いは強かった。
無理もない、今私が一番望んでいることが現実になっていたのだから・・・。
私が寺田さんの彼女になる夢。
そんなことはあたりまえでなければならないこの密室の中の男と女の関係の中で、私たちは言葉の上で彼氏彼女ではなかった。
会うたびに確かな答えを求めて見送って・・・。
そんな矢先の今回のこの夢・・・。
やっと彼氏だと言ってくれたのに。
やっと2人の仲を確信できたのに。
何ともいえない感情が、脱力感とともに襲ってきて、私はやるせない気持ちで彼の端正な寝顔を見ながら空想をはじめた。
夢と現実の世界にさまよいながら彼の寝顔を見つめていると、ふいに彼の瞳がゆっくりと開いた。
私はとまどいながらも彼の顔を見つめていた。
「どうしたの?」
甘く微笑みながら問いかける。
私は少し間をおいて彼の胸にしがみついて甘えるように言った。
「今ね、寺田さんの夢を見たの。それも2つ」
「どんな?」
彼は口元にいっぱい微笑を浮かべて静かに問いた。
私は少し迷うような仕草をしてから、テレながら少し早口で言った。
「あのね、中学の時の友達に会ってね、その人彼氏?って聞かれて答えられないでいたら、寺田さんが彼氏ですよろしくって言ったの。もうひとつは恥ずかしいからナイショ」
「教えてよ」
「ダメ」
そう言って私はあえてもうひとつの夢は言わないで彼にもっと強く抱きついた。
彼は微笑んで私の髪を優しく撫でる。
「ねえ、寺田さんは私の彼氏なの?」
「違うの?」
「ううん、彼氏」
私はうれしくて、彼の頬にキスして見詰め合って、微笑み合った。
ああ・・・、なんて完璧な空想なんだろう。
私は彼の寝顔を見ながら、何度も何度も空想した。
しかし、本当に目を開けた彼に微笑みながら「どうしたの?」と聞かれた私は、同じく微笑んで「ううん」と首を振るのが精一杯だった。
あれ以来、あの時の空想は完璧なものとして膨れあがっていき、どうしてあの時ああ言わなかったのだろうという後悔も高まっていた。
そしてまた、ホテルで長い長い夢を見て・・・。
寺田さんの夢も見て・・・。
それもまた願望の現実化で・・・。
目が覚めると、私は勇気を出してさりげなく「たくさん夢を見た」と言ってみた。
「熟睡できなかったんじゃない?」
しかし、返ってきたのは何とも言えず現実的なセリフ・・・。
「寺田さんも出てきたよ」
だめ押しで言ってみたが、これといった反応はなく、寺田さんは淡々と語り始めた。
「夢を見るってことは、熟睡できてないってことだよ。だけど夢ってのは不思議だよね。何でこんなのを見たんだろうって思う時もあるし、おもしろかったと思って説明しようとしてもつじつまが合ってないし、訳がわからないしね。だけど、いくらおもしろい夢を見たからって、もう一回見ようと思ってすぐ寝ても、絶対見ないよね」
寺田さん、そ、そうじゃなくて・・・。
私は夢の内容を聞いて欲しかったのに、寺田さんの一方的な夢概論を聞かされて、夢の話は終わってしまったのだった
END
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