バリ島
願望小説 あなたとのバリ旅行
朝、目が覚めると、そこは、バリ島だった。
薄暗い部屋に、きらめくような朝日が差し込んでいて、部屋の中が金色に輝いている。
私は、ハッとして、隣を見た。
まだぐっすりと眠っている俊一朗さま。
ああそうだ、私たちは、バリ島へ来ていたのだ。
「妻が実家に帰る7日間」を、私のために空けてくれて、最初は、ただの温泉旅行でもするつもりだった。
県内で、でも少し遠い温泉郷のホテルで1泊2日程度の旅行。
それがいつのまにかどこに行ってみたい?って話になった。
私が冗談でバリ島!と言ったのに、じゃ行く?と聞かれ、もう一度強く、行きたい!と言ったら行くことになってしまった。
まさかそれが実現するとは、思わなかった。
ほんの言葉遊び。
私の友達に、旅行会社の人がいるんだよって言ってみたら、「かけてみてよ」そう言われて。
最初はとまどったけれども、早く早くと、妙に機嫌が良くてノリのいい俊一朗さまにせかされながら、電話をしたのが始まりだった。
「バリ島に行きたいんだけど、何かいいツアーある?」
そう聞いてみると、シーズンのせいか、手馴れた友達は、すぐに話を持ち出した。
そして、運良くすぐにツアーがとれて、あれよあれよと言う間に、出発の日が決まってしまった。
タイミングがよかったのかもしれない。
友達と私のやりとりに、いいよ、いいよと相槌を打つ俊一朗さま。
もう少し、ツアーを検討する時間の余裕があったなら、もしかしたら、やっぱりやめようということになっていたかもしれない。
でも、その時、俊一朗さまも隣にいて、この日しか空いてないんだって、じゃあ、その日でいいよということになって、全てを友人に任せた。
出発まで、あまり間がなかったこともよかったのかもしれない。
奥さんが実家に帰る日は決まっていて、その日まで、10日しかなかった。
その10日後を狙っての、出発日。
私たちは、何も考えずに、準備をすることになった。
私にとっては、初めての海外旅行。
でも、俊一朗さまは、手馴れた海外旅行。
彼は、出発に関してはとても余裕で、手続きは友人が、その他諸々の準備は、俊一朗さまがしてくれて、私はただ、荷物を準備するだけでよかった。
7日間のバカンスとは言え、長く家を空けるわけにはいかない。
2泊4日という、一番短いツアーを選んだ。
でも、その短さがよかったのかもしれない。
私たちは、それ以上の価値のある充実した日々を過ごすことができた。
何にも代えがたい、最高の思い出を・・・。
出発の日、私は俊一朗さまと鹿児島空港からまず、関西空港に向った。
関空からデンバサールに向けて、フライトすること7時間。
空港を出ると、現地のガイドさんが出迎えてくれて、ホテルまで連れて行ってくれた。
ホテルに着くと、吹き抜けのロビーに、思い描いていたバリのイメージが飛び込んできて、私の心はわくわくとときめいた。
ガイドさんにチェックインをお願いしている間に、ウエルカムドリンクを飲んだ。
案内された部屋は、とっても私好みだった。
明るくて、ウッディな感じがいかされていて。
見渡す自然に、心が癒されてゆく。
バリにいるんだ。
それも、俊一朗さまと!!!
感動で、胸がいっぱいになった。
荷物を部屋に置くと、私たちは、ホテル内のレストランで、夕食をとった。
レストランも吹き抜けで、自然な風が吹いてきて、とても気持ちが良かった。
友達から聞いていた、ナシゴレンと、ミーゴレンを食べた。
2人でおいしいね、楽しいねって、ずっと言い合っていた。
朝、ケタケタケタと、けたたましいやもりの声で目がさめた。
光が一杯に差し込んでいて、外に見える、緑がまぶしい。
ああ、バリいるんだ・・・と、なんともいえない満足感で胸がいっぱいになった。
ホテルのルームサービスで朝食を食べるとすぐ、海に行こう!そういって私たちは、プライベートビーチへ出かけた。
どこまでも続く青い世界がとても綺麗で、私たちは、そこから動けなくなってしまった。
最初は泳いで、そのあとはビーチチェアーに座って、ジュースを飲んだ。
「もうどこにも行かないで、ずっとここにいたい気分なんだけど」
私がそう言うと、「いいね、そうしよう」そう言って、俊一朗さまは優しく笑った。
バリは暑かった。
灼熱の太陽が、じりじりと素肌を焼き付ける。
私たちは、本当にどこへも行かず、ひたすらプライベートビーチで過ごした。
ビーチチェアーに寝そべって、目が青くなるくらい、海だけを見ていた。
1日目だけ、私は日焼け止めを塗った。
でも、その次の日は、面倒くさくなって、塗るのをやめた。
途端に私の肌は、真っ黒になった。
私の肌は、赤くならずに、すぐ黒くなるらしい。
俊一朗さまは反対に、真っ赤だ。
ひりひりするよ、そう言って、赤くなった腕を見せて笑った。
たった1日のことで、どんどん黒くなっていく私を見て、そんなに焼けてしまって大丈夫?と心配そうに言ってきた。
日焼けした女の人は嫌い?
そう聞いてみると、そんなことはないよと言って、全然気にする風でもなく、健康的でいいんじゃない?と付け足した。
俊一朗さまがそう言ってくれるなら、いいの。
この日焼けした肌は、この夏の私の最大の思い出なのだ。
このまま黒いままでもかまわないと、私は思った。
2日間はあっというまだった。
1日目も、2日目も、ずっと海にいた。
いろんなオプションに興味がなかったわけではない。
エステにも憧れてはいたけれども、俊一朗さまとずっとずっと一緒に行動できることを選んだ。
実際、私たちには、広い空と、青い海と、自然、それさえあればよかった。
少し散歩しただけで、道端の花を見ただけで、私の胸はときめいた。
何を見なくても、自然に目に入るもの全てが輝いて見えて、それだけで幸せだった。
飽きることなく青い海と空を眺め、いろんな話をした。
夢とうつつの世界を彷徨いながら、私はとても素直になれたし、俊一朗さまも、素直にそれを受け止めてくれた。
貴重な、貴重な日々だった。
途中、ビーチで寝そべっている時に、突然の激しいスコールに見舞われて、慌ててホテルの部屋に引き返した。
一瞬にして、辺りの色が変わり、別世界に来ているかのようだった。
窓から海を見ていると、海の色が変化しているのがわかった。
「見て見て」
2人でそう言い合いながら、近くでそれを見てみたくて、雨が上がるとまた急いでビーチに出た。
ガイドさんに夕日が綺麗と聞いていたので、そのままビーチから、暮れゆく夕日を見ていた。
息を飲むような、荘厳な世界に、私たちは、息をひそめて、じっとその光景を見つめていた。
言葉も出ないほどの感動に包まれて、息苦しいほどだった。
2日間、私たちは、朝も昼も夜も、まったく同じことをして過ごした。
でも、1日目と2日目の空気の色は、少しづつ違っていて、何もかもが明るく希望に満ちていて光り輝
いていた1日目に反して、2日目は切なさの入り混じったなんともいえない気持ちになり心が震えた。
2日目の夜、私たちは、砂浜に座って、月の下で揺れる波を見ていた。
月の道がきらきらと輝いていて・・・。
「ずっとこのままこうしていたいって思ってるんだけど、そう思ってるのは、私だけかな」
「俺もそう思っているよ。俺もこのまま、松嶋と一緒にいたいと思う。ずっと一緒にいれたらなってね」
「本当に?」
私が俊一朗さまの顔を見ると、俊一朗さまは、優しい瞳でニッコリと笑った。
うれしさをもてあまして、勇気を出して、肩にもたれてみる。
俊一朗さまは、少しだけ私のほうに頭をよせてくれて、私たちはあたたかいベールに包まれて、心を寄り添い合わせた。
日本に戻ると、私の日焼けした肌は世間から浮いていた。
そんなに焼けてしまって・・・と憐れむような目で見る周りの視線が私にはとても快感だった。
だってこれは、私の幸せのしるしなのだから。
俊一朗さまと過ごした夢の跡。
この黒さが残っているうちは、まだまだ鮮明な思い出として、私の心の中に残っているだろう。
これが消えてしまう頃には、また新たな思い出が作れるような日がくればいいのにと、心の中でつぶやいた。
日本のどこを見渡しても、あの日々を思い出させるものは何もない。
思い出は、心の中に閉じ込めようと、デジカメで撮った写真は、最後の日、思い出と一緒に、消去した。
一枚一枚、思い出をたどりながら・・・。
アジアのグラビアをめくってみる。
その中に、私と俊一朗さまの姿がじんわりと浮かんできて、私の心は、なんともいえないあまずっぱい
ような苦しいような物悲しいような、それでいてとても心地よい甘美な幸せのざわめきの音をたてる。
青い海の写真から、あの日聞いた、海の波の音が聞こえる。
目を閉じると、水しぶきにキャッと声をあげた私の姿が。
俊一朗さまと話をしていた時に握った砂の感触が蘇る。
なにげなく触れた、道端の花。
帰りがけに空を横切って飛んでいった美しい鳥。
なんでもないことがいつのまにか思い出になっていて、私は何かの拍子に次から次へと思い出す。
今度会ったら、聞いてみよう。
俊一朗さまは今頃、何を思い出しているのだろう・・・。
松嶋のいびきとか、寝顔とかそんなことばっかり言うかもしれない。
なんでそんなこというの~って言ったら、うそうそと言って、あの日のことを言ってくれるだろう。
あの、2人で見上げた月の夜のことを。
このままずっと一緒にいたいねって言ってくれたあの夜を。
ふたりでそっと重ねたてのひらのぬくもりを。
「完」
バリ島