金の王子様

雄雄しいライオンの彫像は、金のたてがみを振り乱しているが、生まれたばかりの好奇心旺盛の目で駅から湧き出してくる人並みを眺めていた。駅からでると正面にきらびやかなホテルや、カジノの豪奢な建物の目立つ目抜き通りと背後にはゴールデンコーストが広がっている。それを最初にもてなすのがこのライオンの彫像なのである。カメラを即座に構えて、まずはこの獅子の彫像を写真に収めるのだ。中にはその背中に上ろうとする子どももいる。そんな風景を彼は生まれてから十年以上眺めてきた。今しがた彼の前を通過した青年のように暗い顔をして、金のライオンには目もくれない観光客は非常に珍しかったが、しかしこのごろ物思いに沈む彼の目には入らなかったと見える。
 ちょうどそこへ縄張りの見回りを終えた一羽のヒバリが降りてきた。ヒバリは地味なハンチングをちょこんと脱ぐと軽く会釈していった。
 「こんにちはライオンさん、ちょいと羽を休めてもよろしいでしょうか」
 ライオンは仲のいいヒバリを見つけると、笑顔をつくって、
 「ああヒバリさん、どうぞどうぞ、いつものようにくつろいでください」そう言った。
 ヒバリはハンチングをかぶりなおすと、ライオンの足元によった。見上げたライオンは、いつものような柔和な笑顔ではなく、心ここにあらずといった調子で、直ぐ前を見つめて、物思いにふけっている様子だった。ヒバリはちょんと首をかしげると、いかにも親しげに繰り出した。
 「ライオンさん何か考え事でしょうか、ぼうっとしているようですが」
 「ああ、ヒバリさん別段、たいしたことじゃあありませんよ、気になさらないでください」
 「友達じゃあありませんか、遠慮なく、いえ、もしよかったらでいいんですが、話していただけませんか」
 ライオンはちょっと考え込んで、働き者のヒバリにならはなしてもいいようなきになっていった。
 「本当にたいしたことじゃあないんですよ。それにお忙しいんじゃあありませんか」
 ヒバリはライオンの肩に飛び移るとにっこりわらってこういった。
 「巣作りも一段落したとこですし、家内も休んでおります。私のことは気になさらず、さあ、何をお悩みなんですか」
 ライオンは先ほどよりも慎重に一語一語を選んできりだした。
 「実はこの間、大瑠璃さんと三光鳥さんがやってきて、ちょうどいまのヒバリさんのように休んでいったんです。あの時も三光鳥さんは例の上等なタキシードを着ていましたが、大瑠璃さんのほうでも上流階級のドレスというものを着ておりました。その彼らが、今しがた聞いてきた話というのでいうには、私がここにいるというのは、私の前に起こった戦争というもので、人をたくさん殺した記念でここにおかれたというのです
 「もちろん、大瑠璃さんたちを疑うわけではないんですが、それを聞いてしまってから楽しそうにしている人たちや、私を写真に撮る人たちのことがまともにみれなくなってしまいまして」
 それだけ聞くとヒバリの方では悲しくなって言葉に詰まってしまった。若いライオンがこの悩みですっかり参ってしまっているのは明白で、いつもなら気取り屋の大瑠璃や、嘘っぱちの似非紳士三光鳥なんかの話とはねつけられるのだが、本当のことが入ってしまっている以上、親切なヒバリにはごまかすことも出来なかった。ライオンはライオンでヒバリの言葉に窮している様子を見て、話が事実だということを感じ取ってしまい喘ぐような沈鬱さが心のそこに起きるのを感じた。それでヒバリは意を決して、
 「ねえライオンさん、私が知っている範囲でしたら、あなたがここに作られたわけを語ることも出来ます。もちろんこの話も私のおじいさんや、そのまたおじいさんのような遠い人から聞かされた言葉なのでどこまで真実なのかはわかりかねるのですが、それでよければお聞かせいたしましょう」
 ライオンはそれに無言で肯定の視線だけをおくった。ヒバリはハンチングを脱ぐと、一つ咳払いをして話し始めた。
 
 「先ほども申しましたがこれは遠い遠い昔の話、ご先祖から伝わった話です。この国にまだ、王様というものがいたころの話になりますが、その王様には一人の美しい王子がおりました、その王子というのは美しいだけではなく、頭もよく、親切な人だったといいます。王子様は隣の国に住むお姫様に恋をして、結婚を約束していたそうですが、王様同士が折り合いが悪くなってしまい、結局戦争をすることになってしまいました。王子様はお姫様のことだけでなく、殺し合いというものも大層嫌いだったので、何度も何度も王様に、隣の国との戦争をやめるよう言ったそうですが、王様は聞きませんでした。戦争はだんだんと激しくなっていきまして、この島の沖合いで、いままでで一番大きな戦いがありました、たくさん人が死んで、海の底に消えて言ったそうです。その戦いで王子様の行方がわからなくなってしまいました。王様は大層嘆かれて、何度も何度も捜索船を派遣したそうですが、結局王子様は見つかりませんでした。国民も王子様を慕っていましたので、国中が大変な悲しみに包まれたそうです。王様はそれから王子様が戦争を望まなかったことを思い出して、隣の国との戦争をやめてしまいました。王様は、王子様をなくされたのをご自分のせいだと思い、王子様の彫像を建てこれから先に悲しい戦が起きるのを戒めることにいたしました。それがいまあなたがたっているこの場所なのです。
 「それからずっと時代はくだって、もう王様の国はなくなってしまいましたが、王子様の彫像は残っていました。しかし今度は遠くの国と戦争になりました。その戦争は、王子様のいたときのものとは比べ物にならないほど酷い戦いでした。その上王様もいないので、どちらかの国が負けるまで戦争は終わらないのです。そんな戦争に、たくさんの国が参戦して、終わらなくなってしまったのです。新しい酷い武器が作られてそれでもっとたくさんの人が死にました。戦争が長引いていくと多くのものが足りなくなっていくのです。とりわけ武器の材料がなくなってくるのです。はじめは家にある鍋などを徴発していましたが、それでも足りなくなって、ついに王子様の彫像を壊して、溶鉱炉で溶かされてしまったそうです。
 「戦争は、この国は大きな国の後ろ盾を受けて、何とか勝ったそうです。ライオンさんはそのときに戦勝の記念に作られたそうですよ。強さと気高さの象徴に、国の永遠の繁栄を託しているそうです。これが私が聞いた範囲です」
 ライオンは黙して言葉の中にはいっていった。自分の生まれをはじめて聞いて、大瑠璃たちの言っていたこともあながち嘘ではないことを噛み締めていた。同時に自らの存在はここへ来る敗戦国の人々にどう映るのかということをおもった。
 ややあってやっと一言ライオンが言った。
 「その王子様は溶鉱炉で溶かされたあと、一体どうなったんだろう」
 「そのことは私のおじいさんからは聞きませんでした。けれど別のものの話によると、溶かされた王子様は、たくさんの弾丸になったといいます。けれど王子様の体から作った弾丸は、どんなに狙っても敵に当たることは無かったそうです。」
 一礼して、帽子を被りなおしたヒバリは、自分の巣とそこで待つ奥さんのもとへと帰っていった。後に残されたライオンは、たくさんの人が華やいだ街へ繰り出すさまを眺めながら、また深い瞑想のうちへと入っていった。もしも自分がどろどろに溶かされて、王子様のように弾丸に変えられることがあるならば、私も誰も人を殺さずにいたいということを考えていた。ヒバリが飛び去った空の向こうからやってきた夕暮れが、ライオンの金のたてがみを、きらきらと輝かせていた。

金の王子様

金の王子様

王道童話の本家取りともいえる作品です。自己紹介も兼ねた作品なので、きつい表現はありません。 筋もシンプルに金色の鬣を持つライオンの彫像と小鳥の会話を描いたものです。 もともとは連作のうちの一つなので、作品内に説明不足の表現もありますが、そのまま載せることにしました。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2011-05-08

CC BY-NC-ND
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