16 - 1 - 帰結。
間接的な、共感としてのその感情は、
自己完結した苦しさより、ずっとずっと嫌いだった。
即座に杞憂を杞憂に閉じ込めに行くことを、
私は自分の良心だと容認していた。
偽善を許していた。
行動に感情は不要だという決め事には背けなかった。
歪んだ筋の通る場などなく、その人生の何をもお前は醜いと吐き捨てた。
そうして貰わねば息が出来なかった。
醜悪を量産した。憶え切れない数を。
それはきっと創作だった。
妄想を越した、手に取れる程に明確な創作だった。
お前の気を引く為に、何より醜いものが必要だった。
正人の堕落より悪人の外道とした方が都合が良かったのだろうか。
崩れている均衡を直視出来ない弱さが、見事に全てを壊していった。
妹を壊したくはない。
今はまだ、消え去ってはならない。
その規則が崩れ去った後も、
いつかに慮ったことをまだ覚えていられている。
初めて精神科に行った。
思い出を軽々しく口にした。
善悪は口にしなかった。
疑問は口にしないと決めていた。
貰った、頭を鈍くする薬を飲んだ。
言葉を並べることが殊更に億劫になった。
これ以上、何が出来なくなっていくと言うのだろう。
遥かに凪ぐことを死と呼んだ。
物静かな心など、一度も望んだことはない。
いつか、自ら全てを壊すのだとわかっていても、
ただ減衰していく様を観ていられなくて、お前は今日も泣くのだろう。
消えていくことを惧れ、言い続けるのだろう。
苦しいということをいくら言い換えたとて何にもならない。
だから詩は希望になり得ず、私にはそれが必要なのだ。
いっそ希望と言い換えてもいい。
衝動的だと見抜かれたのは、本当はきっと嬉しかった。
望んだ夢を観てしまったかのような罪悪感は言い訳なのだろう。
流星に祈った日は余りにも遠い。
寝起きのような、手を握り込み切れない感覚がある。
ひとり言に使う喉に均等に息が通らない。
動かない体には動かない頭が正しいと思う。
何もいらない。
けれどそれは失いたくなかった。
怖かった。
右上が明かりなく点滅した。
色付いた飛蚊が数匹、私に知らせる。
「本物だよ。」
―――いいや、それは世界の終わりではないのだ。
黄濁の波が四方から押し寄せてくる。
手足は早々に役割を放棄した。
知覚が消えていく、懐かしい感覚だった。
懐かしく、悲しかった。
滑り台の入り口に体が入らない。
迂回して登らなければならない。
この先に待ち人がいた。
急がなければならない。
お礼と謝罪と、話したいことがたくさんあった。
急がなければならない。
急がなければならない。
やがて、話したかったことも、感情も道筋も明星も、
焦燥が残らず吞み干した。
それでも、急がなければならなかった。
ただ只管に、急がなければならない。
それだけを憶えていた。
深い息と浅い思考を自覚して、曳かれるように目を覚ました。
何度もお前は言った。
「何があろうと延命をしなくてはならないのだ。」
夏を越したとて焦燥はなかった。
それはとうに消えたのだと思い出した。
お前だけが科す約束など、私はいつでも破れる。
この先にあるものなど何もない。
私がそうするのだから。
何もかも、どうしようもなく、壊したい。
壊して、壊れて、壊れたものを再び壊したい。
少しずつ理由を忘れた何かを引き継いできた。
死骸に綿を詰めて人形にしているようで、
それらが組み立つことは永遠にない。
どうやったって、生きていいことにはならない。
16 - 1 - 帰結。