閃光記憶
激情のうねりがツゥーン...と一呼吸おいて、一瞬の安堵をまるで前置きだとでも言わんがごとく、夜ではないものが僕を狙った。
感情なのか現象なのか、想像産物かもしれない。まるでおおきな捕食植物に食べられる瞬間みたいに、
これからそれに食われると知覚ではなく体が、突き上げてくる冷源がとてもひどくて、
気が付けばこの世を破り裂くみたいに両足がその場から僕を蹴り上げてった。
「ねぇ...」と吐息とともにこぼれる呼びかけが、甘味と愛々しさつめこんだみたいな君の唇が、僕を見上げ照らす輝きが
今いない目の前で、
「ねぇ...」と久しぶりに聞いた音色と共に、君の瞳の輝きを甦がえらせたあいつを呼んだ場面が、重なっては僕の体を切り抜いていくよ。
でもそれじゃないんだよ。僕が今逃げているのは。
その正体に気づいた時は、その時は、たぶんもう手遅れだ。
そう思えたよ。
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「____」
僕を呼ぶ君の声に振り向いたとき、僕は少しうれしかった。だって、貼り付けた表情に、焦りも恐れもでなかっただろう?
だから君は、ちょっと照れくさそうだったけど、睫毛を数回羽搏かせて僕を見上げて笑った。
「ひさしぶりだね」
「ごめんね、なんか―」
歩行者の波が、君を少し揺らした。思わず君の肩へ伸びた手は、遮る役目をはたせなかった。
「っ。大丈夫?」
見下ろす僕に笑いかける君は、何も言わず喉を鳴らした。
「いこうよ、とにかく」
僕の右手袖を引っ張る手は、まだ温かく感じた。手首に擦れる君の肌が、僕らの距離以上に近いのかもしれないと、思えばひっつけてたものは自然になれた。
勢いつけたわけじゃないけど、パブロフみたいに君の手を掴んだ。
一瞬跳ねた指の動きを手のひら全部で感じて、誰のためかわからないまま握り続けた。
窓越しに変わる交差点の信号点滅は、いつもより長く感じた。
先ほどまでのぬくもりが、拭いきれないのが情けなかった。
そして、信号が青に変わる。
ぞわぁと拡散し、クロスウォークに散りばめられる人たちが踏みつける地面を、ひどく近く感じる。
いつも映画で見かける青を、切り取ってしまいたかった。
携帯では撮り切れない青が、無性にほしい。でも、方法がわからないから、あきらめる。
どうすればなんて今はわかりしれない。
「あしたはなにしてるの?」
彼女の香りが頬にとどくのを感じる前に、もう向かい側のソファに姿が見えた。
金縁のティーカップを両指で口元までゆっくり運ぶ。
眺めながら僕も真似る。
「明日は、」
あしたは、
「家の掃除。ちょうどいい機会だから、結構大がかりに全部かたずけようと思って。」
カチャッ、とカップが小皿を小突く。
「へぇー。そうなんだ。」
伏し目がちに視線を窓外に流す君の合図に、僕は待つ。
「わたしはあしたいけないけど、ちゃんとやっときなよ」
彼女の顔の造りが、すごく淡麗で、意識しないでも笑い返せてた。
「大丈夫だよ、大丈夫」
ほんとにぃー?
茶化す彼女に、答えを濁した僕が目を戻した信号は、すでに赤に変わっていた。
おーぃ、
「もうこれで全部か?」
荷台から帰ってきた声に、意識をキュッと引きもどされる。
「ん、あぁ。」
それじゃおねがいしまーす。
ベランダに寄り掛かる後ろ姿は、頼もしくみえた。
振り返る髭面が、キシッと笑いにひび割れる。
「おぉーい、それじゃあ一杯いくかぁ」
笑い返ししか許さない台詞を、とーんと投げては、家具後の汚い部屋を横切る。
おまえも今日ぐらいはのむだろぉ?
生返事のままベランダに出る。
ここの部屋に住み始めたのが、彼女に会う皮切り前だった。
荷物を運びいれたときは、もう少し面子はそろってた。
ケツを休ませていたクーラーが、起床とともに身を震わせた。
「二人だけでも、なんとかなるもんだな」
網越しに発した声を追うように、靴縁を踏み潰して戸を開けた。
引き締めるように身を反らし、軽く息を吐いて、振り返るのを待たず
僕は左に身じろぎ座るスペースを提供した。
当然のごとくクーラーの角に、ケツを休ませる。
ほい、と渡されたビール缶を受け取り、タイミングよく同時に開ける。
かんぱいっ
小粋よく縁を触れ合わせる。
口に広がる苦味を、喉の奥に押し込んだ。
うまいだろ?と横顔が語ってきた。
曖昧に答え、そのまま視線だけ遠くになげる。
空はまだ朱に染まり始めていなかった。
「...しかし急だな」
横を見なくても、窺う視線が左頬をなぞる。
「珍しいことではないだろう。」
こんなものを口に含むやつの気がしれない。
「電車で行くにしても少し遠いな。」
「選べたわけじゃないさ。」
それは、ほんとうだ。
「...まだ、教えてないのか?」
僕にもまだおしえてくれていないのに?
脳裏をかすりゆき、燻る閃光。
笑い声、笑顔。
君の僕の君の僕の君と僕と君と君とオマエと君と彼女とオマエと俺じゃないオマエが君と彼女と。
「必要はないだろう。」
っ
軽く飲む息。
震える吐息。
「それって、」
振り向いたとき、笑ったつもりだった。
パッと見ただけなのに、初めて見る顔がやけに視界に残る。
そこにはなにか蠢いているものがあるようにも見えたし、そうでもなかったのかもしれない。
いつの間にか渇いたのどに、また苦味を流し込む。
缶越しに見た空は、少し朱が滲みはじめていた。
「...、いつ?」
いつしったか?いついくか?いつからしったか?いつか?いつか?いつ?いつ?いつ?
僕を切り刻むのは、オマエの胸元から見上げる彼女でも、俺よりしっかり彼女を抱き留めるオマエでも、
結ばれて震える唇の艶でも、闇に消えていく姿でもない。
そういうことじゃ、ない。
何度でも繰り返し目前を通り抜けるのは笑顔。
通り抜けていくんだ。
僕を。
「こいつを飲み終えたら、すぐにでも。」
スカしやがって。
罵れるようなオマエじゃない。
ぁ、と、喉をしめる。でも、引き止めるようなオマエでもない。
言わずとも知れ、僕。僕なんだろ?すべて。
クーラーが、ヴッと止まる。
長い嗚咽が耳に残る。
腹にそれを、残しておきたかった。
それだけは。
「戸締り、頼むよ。」
ケツの代わりにカギを置く。
振りかえらないオマエが、僕は好きだ。
そして僕は扉を閉めて、外に出た。
いつ? いったいいつからだろうね?
でもそれを考えたら、僕は君をぐしゃぐしゃにする。
少しでも気を許せば、すべてに爪痕を残そうとする。
ハァ、ハ、ハ、ハ、
逃げる。走る。逃げる。
ずーっと、ずーっと、僕が見ていたのは何だったんだろうね?
この目をくり抜いたって見えやしなかったんだろう。それは僕。
このまま君の邪魔はしないよ。
僕はたぶん大丈夫。
捕まる前に逃げ切れば、たぶんこのまま大丈夫。
逃げ切れはしないし、手遅れかもしれない。
でもせめて、今くらいは、がんばってみるよ。
謝れなかった僕だから。
走り切ってみるよ。
閃光はとても速いけど。
閃光記憶
〆がしっくりきていませんが、なんのヴィジョンもないまま書けばそうなりますね。
踏ん切りがほしい方は「恋愛下手の作り方」おすすすめします。
最近いつも聞いてます。