花は美しくない
青津亮
1
しろい光 わたしは少年だった、
詩の美しさを何処までもどこまでも夢みた、
それはわが淋しさを曳連れて、蒼穹へ飛翔び、
雲間をすぎゆき、宇宙という淋しさに睡らせ、
いつや美しい詩を書けるものと信じ、
やつれたわが身を詩集という葉群に横たえ、
歌のように美の溜息が昇るのだと、
そんな夢のような詩に夢想を沈ませて睡った。
それがどうしたことであろう、
わたしには詩が断末魔の幾夜を跳躍ばせる劇薬、
ひとときのいたみを癒す催眠剤と化し、
荒みきった目元を憂い 砂漠の如き眸を自恃し、
病めるうでをうろつかせ主題を探し、
穿たれた黒い胸で背徳と悪と罪を呼吸し、
現実という硝子盤がわたしには観念としか映らない、
わたしは詩人でありたかった、夢みる叙情詩人でありたかった。
2
然るにわたしのような種族とは、
いうなれば野原を彷徨うやつれた夢想家、巻毛を乱し、
この世の根に馴染めずに 魂の根に身を揺らす、
さればわたしはわたしを詩人だと定義するが、
それも亦あわれな最後の自恃であるようなものだ、
そうでも想わねえと蔓に足とられ硝子に打たれ、
月の光すら可視できぬようになる、わたしは生きる。
生きてあることは連続の可憐だと信頼する、
そこでわたしの内より昇るのは俗悪の美でありまして、
高貴の矜持はわたしには僻みを被らせてる、
やがて四つ足で咽ぶ野原の詩人と剥がれて往って、
されどわたしは安堵する まだ書き殴ることできること。
そうでもしなけりゃ俗悪の詩人は生きられません、
こうでも歌わんと殴るように生きることできやせぬ、
わたしは詩人であるという定義を乾いて抱いて、
それがうつろな花であると眸に磔する、虚空さながら。
3
花の美なんかわたしには信じられやしない、
それは前のめりに示されたコケトリー、結びのアピール、
とろけて結われることを俟ち希むけざやかさ、
わたしは花なぞに例えられたくはないのだ、
水晶のように美しいといってください、
水晶のように美しいといってください、
その涙は結われぬ拒絶の硝子の照りかえしだといって、
眸は硝子に装飾された無き青薔薇の光といって、
花なぞにたとえられるのは侮辱だ、
美しい花のように生きてあるというのは孤独への侮蔑だ、
われら結びの愛に媚はせぬ、われら虚空の冷然に弓噴く者、
嗚しかし──花に美をみいだすのも亦わたしたちなのだ。
水晶のように美しいといってください、
水晶のように美しいといってください、
そのことばすら拒むわたしの自意識を赦さないでください、
水晶のように美しいと侮辱して。赦さないで。
4
淋しさを青薔薇へ磨いて 硬質な硝子の青薔薇へ、
すれば淋しさを剥いで 一枚、亦一枚──
やがて中核の睡る水晶が光るかもしれない、
月の光にまっさらな青を舞踏り陰翳するかもしれない。
さればましろい天空へ抛って 天使等のいない空へ、
花は捧ぐときがいっとう美しい、蒼褪めたワイングラスへ落して、
幾星霜がグラスに侍っている、結ばないまま、積雪へ蒔いて。
──わたしの詩を 水晶のように美しいといって。
花は美しくない