しゃぼてん
サボテンは水分の塊だがチクチクする
ある朝、目を覚ました私の頭上には、なぜかサボテンが生えていた。
勿論これまでの人生で頭皮にサボテンを植えたことはないし、こんな奇妙なことってそうそうないものだ。
朝食のトーストにかぶりつきながら頭のサボテンを手鏡で眺めた。
これをステーキにしたらどんな味がするのだろう。そんなことを寝ぼけ眼で考える。
そもそもこのサボテンは私から生まれたものなのだろうか。
それともどこからかふわりとやってきて、私に寄生しているのだろうか。人間がサボテンに寄生されただなんて聞いたことがない。
「髪型、可愛いアレンジの仕方だね」
学校に行くと友人に褒められた。女子同士に特有のお世辞の空気を含んではいなかった。意外にも、感心しているようだった。
なんだ。私は知らなかったけれど、サボテンはお洒落に入るのか。
えらく頭が重くて邪魔くさいと思っていたが、こいつは大切にしていたほうがいいのだろうか。
一応水を垂らしてみると、サボテンは嬉しそうにその緑の体躯を揺らしていた。
私の意志とは別に揺れ動く頭上からぱらぱらと細かい針が落ちてくる。そのいくつかが服に絡まった。サボテンはつややかに水を弾いて、キラキラ光った。
何人もの友人に羨ましがられた。私もそのうちサボテンの魅力に気づき、褒められるたびに悪い気がしなくなっていた。
「ねぇ、私もちょっとつけてみたいわ」
強欲な友人は目を輝かせ、愚かにも私のサボテンに手を伸ばし、小さな血の玉をいくつも掌に飾っていた。
「ああ、お洒落は奪うものではない。頭に生やすものだよ」
私は手を抱えて顔をしかめる友人を軽やかに罵倒した。
友人はおろか、初対面の人にもサボテンについて話しかけられた。
同じ学年の禿げ頭光君も私のサボテンを褒めてくれた。
隣のクラスの彼とは喋ったことはなかったけれど、私は禿げ頭君に片思いをしていたから、心臓が音をたてて跳ね上がるほど嬉しかった。
話しかけてくれるのが嬉しくて、私は禿げ頭君にサボテンについてとりとめのないことまで詳しく話した。
話題を共有できるのが幸せで、私の頭のサボテンまでもが喜びに踊るようにチカチカと発光した。それはクリスマスツリーのように自己を主張する。
学校が終わり帰宅しようとして、禿げ頭君が私を待っていてくれていたことに気付いた。
誰もいなくなったのを見計らってからか、勇気を振り絞るのに時間が必要だったのか、人気がいなくなってから禿げ頭君は私に告白をした。
今日初めて彼に私の存在を認識されたのに、そんなスピーディーに好かれるものなのだろうか。私は考えることなく返答をした。誰より私が望んでいたことだった。
そう、私が理想としていたような光景だった。人気のない放課後、私も禿げ頭君も夕日に顔を赤く染めている。しかし赤いのは夕日のせいだけではない。
互いの気持ちを表す言葉。
いかに自分の気持ちを表せられるのか何度も一人で練った文章を交換し、私たちはあまりの幸福感と微かな照れを両手いっぱいに抱きかかえているのだ。
それはポロポロ零れると、足元で桃色の輝きを放ちながら小さく転がった。
手をつないで一緒に帰った。こんな近くで禿げ頭君の横顔を見られるなんて、と感動していると、禿げ頭君も私の方を見た。
あまりの恥かしさに俯くけれど、その時私は気付いてしまった。
灰色の不安がもくもくと膨れ上がる。
もう一度禿げ頭君を見ると、禿げ頭君は確かにこちらを向いていたけれど、私を見ていたのではなく、私の頭上にあるサボテンをうっとりと見ていた。
「綺麗だね・・・」
私の目ではなく、サボテンに話しかけていた。
頭がカッと熱くなった気がした。
私はサボテンを鷲掴みにして力いっぱいねじり、頭からそれを千切り取った。サボテンの無くなった頭の傷口からも、針だらけの掌からも、どこからも不思議と痛みはなかった。いや、心が痛かった。心臓に風穴があいて、そこからとめどなく血が溢れかえるようだった。
禿げ頭君は目を丸くして口をわななかせる。光をなくしたサボテンを目の前の男に投げつけ、私は泣きながら走って家に帰った。
もう二度とサボテンが頭に生えないようにと、頭皮に何度も消毒用のアルコールスプレーを吹きかけた。
回数を数えてはいなかったけれど、量が多すぎたのか、髪がびしょびしょになってしまった。
自室の布団にくるまって泣いていた。涙がいっぱい出るとスッキリした。スッキリすると、どうして私は今まであんな男に好意を寄せていたのか。不思議に思った。
サボテンがなくても、死ぬほど泣いても、失恋しても、夕食は美味しかった。
しゃぼてん
けっこうまえに作ったものです
特に意味はありません。
サボテンに関連する文字が転がっているだけです。