主に二人の関係性
その一
放課後の教室。そろそろ日が傾いてきて、室内は薄紅色に染まり始めていた。窓の向こうでは、校庭のトラックをぐるぐると走り回る部活動生が汗を流している。
グッと、大きく手をあげて背伸びをして、涙を噛んだ。
「やあ」
片手をあげて挨拶しながら、同じクラスの渡辺が教室に入ってきた。額に汗の粒を浮かせているが、暑苦しい様子はなく、むしろ涼しげですらある。
「部活中だろう?」
僕は彼にたずねた。そういえば先程から走っている列の中に彼は居たかな、と考えてみたが、意識しないで見たものなんて思い出せるはずもない。バカらしくなってやめた。
「いやあ、足が痛くなっちゃって」
そういいながら、彼は右足をさすった。鳴り物入りで入学していらい、一年生ながら中心選手として活躍してきた。県内屈指のドリブラーとして、知らぬ者はいないほどとなり、試合のたびに強烈なマークにさらされた。しかし、それがいけなかった。二年になり、いよいよ中心として活躍しようとしていたが、県予選でスライディングを受けた際に負傷し、一年をぼうにふった。
「それじゃあしょうがないな」
そう答えてみた。お互いなにも言わずに数秒目があったが、どちらともなく気恥ずかしくなりやめた。
「そう言えば、こうして放課後会うのも久しぶりかな」
たしかに、僕はいつも基本的には教室でなにもせずにぼーっとほうけているのが好きなので、彼がサボっていた時期にはよくあった。というより、彼が会いに来ていたのかもしれない。
「最近は真面目だったのにね」
ふざけたように尋ねると、彼もまた、
「気でも触れてたのかな?」
とふざける。
夕焼けはすっかり濃くなり、室内を完全にオレンジ色へと染め上げる。外では片付けを始めた部活と、そのスペースをもらうべく、たなをひろげる部活とで忙しそうにしていた。
「怪我をしてからたまに考えるんだ」
ぼそりと彼がこぼす。
「たしかに昔は誰にも負ける気はしなかったし、それで得意になってたけどね。リハビリしながら、何で俺こんなことしてんだろうって。医者にも言われた。もう以前のようにプレーすることはほぼ間違いなくできないだろうって」
けして僕に視線を向けることなく、教室の隅を見続けている。まるで、そこに誰かがいるかのような気がした。
「それで、最近やっと気付いた。あ、おれサッカーが好きなんだって」
そう言った顔にはしかし、ある種の陰を落としている。
「できたら、怪我する前に気づきたかったなあ。そしたら、もうちょっと人生変わっていたかもしれない」
それはおそらく本音なんだろう。しかし、僕にはただ持っている者から持たざる物への嫌味にしか聞こえなかった。復帰後でさえ、県内五指には数えられるのだ。だが、それを口にすることはできなかった。
「それが部活サボった奴の言うことかよ」
それだけいうと、お互いにまるで渇いた笑い声をあげた。
それから少しの会話の後、じゃあ、とだけ言い、彼は教室をあとにした。残ったのは、僕の心にたしかに生まれた嫉妬や悔しさだけだった。
主に二人の関係性