落下から始まる物語15

少しずつ打ち解ける話です。

00210906ー1
 専門家達(SF研究会)


 結局、パワードスーツ製作が再開されたのは、メグルが入部した翌日の午後からだった。
「ええと、カスガノ君の目で見れば、至らないところだらけだと思ういます」然世子が緊張した声で口を開いた。「でも、私達が自作する事に意味があるって話は、前に言った通りなんです。だから、その、お手柔らかに・・・」消え入るように言い終わる。
 メグルは、半ば分解されているその機械を、興味深そうに暫く見ていたが、やがて遠慮がちに手を伸ばしながら言った「触っても良いですか。」
「モちろん」固唾を飲んで見守る一同を代表して、アランが答えた。
「ああ、電位計がないと思ったら、トルクセンサを使うんですね。」
「最初は電位計を使う予定だったんだよ」上田までが心なしか緊張している様子だった。「だけど、パワーアシストサイクルから部品獲りをしている時に、トルクセンサーでもそれなりに使えると思ったんだ。」
「そうですね。今でも一部のサポートユニットには採用している物がありますよ。トルクセンサーのペアで、回転方向毎に応力をとって、モーターを駆動して・・・ああ、トルクがゼロになるように、アシストするんですね。」
「そう、肘と肩をその理屈で駆動していて、モーターの出力一杯までは、搭乗者は殆ど負担を感じずに動かせる、はず、なんです」然世子が言い終わる前に、メグルが口を開いた。
「はず?」
「実際には、動作の始めと終わりに、アームに振り回され気味で。制御プログラムで調整出来ないか色々やってみているところなんです。」
「プログラムを見せて貰えますか。」
 咲子が、手回し良く予めプログラム画面を表示させておいたパソコンを差し出す「0018OXB1073です。」
「ああ、オクスフォードのオープンコードですね。」
 メグルが画面を素早くスクロールさせ、プログラムコードを一通り眺め終わるのを、皆黙って見守っていた。
「うん。このセンサーからのトルク値を格納する時に精度調製がきちんとされていないのが原因じゃないですか。このトルクセンサは元々協調作動するものじゃないですから、個体差も大きいんだと思います。検出値を磁界偏差から加速度に読み替える時に、センサごとのバラツキが増幅されてしまうのかも知れませんね」メグルは、コードの列から目を話さずにに言った。
「変数宣言の時に足切りヲ指定シテはいるンだけど」アランは言いながら、メグルの手にあるパソコンへ手を伸ばして、その部分を画面に表示させた。
「うン。確かにセンサーノ検出値の差がソコまで大きイノハ考慮してなかったナァ。取得するのを磁界偏差だけにシテ、そこカラ精度調製ヲスレバ、良いかモ知れない。」
「あ、そうしたら」咲子が口を挟んだ「モーターの方の個体差もあるんじゃないですか。」
「ソウか。じゃあ、モーターを駆動すル方にも調整値用のパラメータヲ追加した方が良いンだナ。」
「ねえ、皆さん」メグルが微笑みながら言った。同年代の仲間とあれこれ話すのが、何とも言えない楽しい気分だったのだ。「折角、私もいることですし、このコを組み立ててみませんか。全体像を見たいです。」
 然世子が、笑顔で頷いた。
「じゃあ、私と上田君、あとカスガノ君で組み立てを。その間に、アランと咲ちゃんはプログラムをいじってみて。茅、書類は間に合うかな。」
「大丈夫。あと五分くらいで、運輸省へ登録書類を送信出来るから。仮登録番号があれば、校内での作業は問題無いって言われてるわ。」
 直ぐさま、それぞれが自分達の作業に入ったが、然世子が驚いたのは、あれ程苦労した本体の組立が、メグルの参加で余りにもスムーズに運ぶ事だった。
 結構な重量物であるマニピュレーターが、上田とメグルに抱え上げられて、容易く持ち上がる様子を見て、然世子は遠慮がちに尋ねない訳にはいかなかった。
「カスガノ君って、強化されてる訳じゃないんですよね。」
 メグルは破顔して答えた「ええ、まあ、強化はされていませんが。」ちょっと間を挟んで続ける「実は、平均的な筋力、と言う設定をされているわけでもないんです。流子さんが、最大値までリミッターを上げてくれたので。ですから、まあ、スポーツ選手くらいの運動能力、と言う感じですかね。」
 最後の方は、一寸恥ずかしそうだった。
「心配されてるんだねぇ」上田がニヤニヤしながら言った。
「え」メグルは意外な言葉に一瞬動きを停めた。
「そう言う事なんじゃないの。」
「そうなんでしょうか。」
 メグルには、上田の笑顔とアゼミの笑顔が不思議と重なって見えた。

 組立が終わった「パワードスーツ」は、長身のアランと殆ど同じ身の丈をした、率直に言うと、マニピュレーターが付いた車椅子の様な姿だった。
「足回りは、来年の課題なの」然世子が苦笑いを浮べながら言う。
「それで、こうなったんですね。」
「車輪が六個も余るんで、足代わりに付けたんだよ。」
 メグルに答えながら、上田はパソコンとの接続ケーブルをアランに投げ渡した。
「アト少しお金があったラ、自走出来たンだけどね。」
 アランは受け取ったケーブルをパソコンに繋ぐと、然世子を見た。
「うん、じゃあ、始めよう。上田くん、電源を入れて。」
 然世子がパンと手を打ち鳴らした。
「了解。電源投入。プロセッサー1から6、起動中。」
「プロセッサーの起動ヲ確認シタ。初期化信号を送信スルよ。」
 ガクン、とパワードスーツが身震いし、力無く垂らされていたマニピュレーターが、モーターの唸りと共に、ゆっくりと途中まで持ち上がった。
「初期化完了。制御プログラムヲ転送。オーケー。準備完了。」
「うん。なるほど」メグルが感心した様に何度も頷きながら言った。「誰が乗る事になってるんですか。」
「調製出来るようには作ってあるけど、今は私のセッティングかな」然世子が安堵の顔で言う。メグルに失望されないか、気が気ではなかったのだ。「乗ってみた方が良いかな。」
「お願いします」メグルがマニピュレーターを触りながら言う。「こうして見ると、自転車のフレームがちゃんと腕に見えますね。」
「指を作るのに苦労したんですよ」笑っていいながら、然世子はサドルに腰掛けた。
 爪先がちょうどブレーキペダルに乗る位置に来るので、そこに体重を掛けて少し身体を浮かすようにして、両腕を固定ベルトに通し、腰のベルトも締めた。
「これで、完成な訳ですね」メグルがパワードスーツの正面に立つ。
 メグルが何度も頷きながら、装置の各所を吟味するように視線を走らせるのが、然世子に妙な気恥ずかしさを感じさせた。
「ど、どうかな」そう、然世子が言った直後だった。メグルが一歩前へ出たのは。
(ちょ、ちょ、ちょ)いきなり文字通り自分の鼻先まで近づいたメグルの顔に、然世子が凍り付く。
「いや、想像以上です。立派な物です」然世子の異変に気が付く風もなく、メグルは然世子の身体の固定位置を確かめるように、姿勢を下げた。
(待って待って待って)メグルの顔が、自分の身体の数センチ上を、胸から腰へゆっくり下がって行くのに、然世子はパニックになりかける。
「カスガノくん!」
「待って!」
 茅と咲子の叫びと、アランがメグルの襟首を掴んで然世子から引き離すのは同時だった。
 呆気にとられたメグルを、アランが睨みつける。
「知らずにヤっているのは、分かっテルつもり、ダケド」アランが懸命に自制心を振り絞り、怒りに声を震わせながら言う。
「あ、アラン、大丈夫だよ。」
 そう言う然世子を振り返って、その耳まで真っ赤にした顔と、震える姿を見た時、メグルはようやく自分が良くない事をしたのだと覚った。
「ご、ごめんなさい。私、坂松さんを傷つけたんですね」慌てて頭を下げる。
「だ、大丈夫。ちょっと、びっくりして、大分、恥ずかしかったけど。お、お医者様に診られているような物だしね。」
「ごめんなさい。」
「仕方ないよ。今度から、気を付けてね。な、夏は汗かくし、気にしちゃうから。」
「そう言う問題じゃない気もしますよ」咲子が少し笑いながら言う。
「カスガノくん、女の子には無闇に近付き過ぎちゃ駄目なのよ。特別に仲良くなった相手じゃなければ、身体への接触は控えた方がいいわね。レディーへの扱いがなってないと、当人だけじゃなくて、こうやって怒る紳士まで敵に回しちゃうから。ね、アラン。」
 茅の言葉に、アランが大袈裟に首を縦に振った「その通リ。決闘ものダ。」
「ごめんなさい」すっかり意気消沈して、メグルは俯いたまま小さな声で繰り返した。
「カスガノくん。あの、気にしなくていいから」然世子はメグルの様子に胸を痛めて言った。この少年が、この歳まで、研究所の中で一切の身体的プライバシーが存在しない生活をして来たのだと、思い当たったのだ。
(この人にとって、身体とは研究所の備品だったんだもの。)
「カスガノくん、聞いて」然世子の声に、メグルの顔が上がる。
「少しずつ覚えていけば、平気だよ。そうだね、女の子に近付く時は、取り敢えず三十センチの距離を開けるって事にしたら、良いんじゃない。あ、あたしだったら、二十、ううん、十センチまでオーケーだよ。そ、それと・・・」然世子は硬く握りしめていたマニピュレーターの操作桿を離して、メグルへ手を差し伸べた。
「握手する時は、触れても大丈夫。」
 然世子の手に、ゆっくりとメグルも手を伸ばした。
「はい、仲直りの握手ね」然世子は笑顔でメグルの手を握る。
「これからは気をつけます」少し堅さが残る笑顔で、メグルはそう答えた。
「うん。じゃあ、次はアラン。」
「エ?」
「仲直りの握手だよ。」
「ア、アア。気ヲ付けてくれヨ」アランが差し出した手を、メグルが握りしめる。
「気を付けます。これからも御指導お願いします。」
「成る程ね」咲子が腕組みをして言った。「カスガノさんには一般常識の教育が必要なんですね。」
 上田がつられて腕組みをしながら言う「そう言うこったな。研究所の外を出歩いた事なんか、本当になかったんだな。」
「恥ずかしながら、そうなんです」メグルが頭を下げる。
「ねえ、部長。明日は、みんなでお出掛けにしませんか」咲子が思案顔で言った。
「お出掛け?」
「カスガノさんに、ニュートーキョーを案内するって、良くないです?」
 その言葉に、メグルの顔がパッと明るくなったのを見ては、然世子としては賛成しない訳にいかなかった。

落下から始まる物語15

メグルの勉強はまだまだ始まったばかりです。

落下から始まる物語15

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-01-09

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted