ある青年の体験
僕はある田舎町に住んでいました。
田舎と言っても住宅間の距離はそこまでありません。
地平線の彼方に隣家があるような土地ではありません。
それに自慢にもならないかもしれませんが、電子決済ができるんです。
ね?ドはつかないほどでしょう?
けれども、都市部に比べればやっぱり田舎なんです。
私は都市部に行ったことはありません。
都市部の様子は、育ての親と言ってもいいオジーチャンが教えてくれました。
何でも見上げても先端が見えないほどの塔があるだの、
お台場では数十mのロボットがいるだの言っていたので間違いありません。
私の住む土地には、見上げれば先端が見える範囲の建物しかありませんし、
数十mのロボットだっていませんから。
でも、いいんです。
僕にはこの土地で過ごして育んだ、
塔やロボットよりも大きな思い出を持っているのですから。
だから、都市部の壮大さを求めて行く必要もないんです。
思い出と言えば、先ほど少し紹介したオジーチャンです。
僕が小さい頃に、この田舎で迷子になったことがあります。
真っ暗な空間でどうしてそんな所にいたのか覚えていません。
ただ不安で泣いてばかりだったと思います。
自分で歩いて行った場所のはずなのに、子どもの興味本位というのは時には怖くも思います。
でも、オジーチャンはすぐに僕を見つけてくれました。
オジーチャンを見た瞬間、僕の周囲がふわっと明るくなりました。
心に灯された希望が拍車をかけたようでした。
僕は目をぱちくりとさせて、やっぱりもう一度泣いて彼に抱きつきました。
僕の頭頂部に手のひらが優しく置かれました。
彼の仕事柄、手のひらは固かったのですが心は柔くほぐされていきました。
僕は物心がついた時から大人になってもオジーチャンとずっと一緒にいたいと思っていました。
変わらない気持ちの中で、迷子の経験を得て少し考えが変わった部分があります。
今より大きくなったら、彼のように誰かの役に立とうと思ったことです。
ですが、物事はそううまくはいきませんね。
僕自身のことでなくても、子どもの純粋でまっすぐな気持ちが変えられることほど残酷なことは無いと思います。
ある夜の晩、宇宙から円盤型の乗り物に乗った侵略者たちがやってきたんです。
僕が生まれ育った田舎にも襲来してきました。
オジーチャンは、僕に逃げるように言います。
やっぱりまだ子どもの僕は、泣いて彼の腕にしがみつきました。
今生の別れになるかもしれないと、本能で察したのかもしれません。
彼にとって僕の行動は迷惑かもしれませんが、ああすることしか思いつかなかったんです。
ただ、彼と一緒に生きたかったんです。
泣きわめく僕の姿を見たオジーチャンは、安全な地下まで行こうと言い僕の手を引きました。
僕は、安心しました。
オジーチャンは僕に嘘をついたことなどなかったからです。
一緒に暮らせるんだと思っていました。
2人で車に乗り込み、運転席に乗ったオジーチャンは端末に行き先を入力していきます。
車が発進すると、オジーチャンはハンカチを取り出して助手席にいる僕の目元を拭います。
涙を拭きながらもう片方の手は、僕の頭頂部に置かれていました。
ホッとした気持ちになったことを覚えています。
目的の場所に着いたみたいで、車から降りました。
僕らはトンネルに大きな扉がついたような所に並んで立ちました。
オジーチャンは、扉を開けますが中は真っ暗です。
オジーチャンは、2つのライトを使って先に進みます。
彼の手を握りながら僕はびくびくしていました。
暗い階段を降りてまた扉を開けると、中は体育館ぐらいの広い部屋でした。
それも半分ぐらいは、食料や衣類などで満たされています。
トイレや乾燥機能付きの洗濯機もありましたし、ラジオやテレビもありました。
地下ですが、外部の空気をフィルターを通して送り込むような機械も置いてあったのです。
奥には扉があって、そこでは水耕栽培だってやっていたのですよ。
2人なら10年は暮らせるぐらいの充実したシェルターです。
きっとオジーチャンが用意してくれたのでしょう。
突然、オジーチャンは僕に背を向けて外へ出る扉の方へと歩いていきました。
僕は、不思議に思ってついていきます。
扉を開けて、暗い階段の手前で2人とも立ち止まりました。
オジーチャンは振り返り、かがんで僕の頭を撫でました。
もう一度、胸の中で不安が湧いてきました。
行かないで、と僕は言ったと思います。
オジーチャンは、「スミマセンガ、ソノメイレイハキケマセン。」と返答しました。
オジーチャンは、口角と頬の可動部を動かしてにっこりと笑いました。
両目についたライトをONにして階段に明かりを投げて、走って行きます。
「チャンさん!!行かないで!!」
僕の叫びは届きませんでした。
それから僕はこの地下シェルターで10年の時を過ごしました。
宇宙人がようやく撤退したことは、ラジオやテレビで知っています。
とてつもなく高い塔の先端から射出されるレーザーとお台場に格納されている巨大なロボットが大活躍でしたね。
あなた方は、国から派遣された救助隊ですよね?
今でも、僕のように誰にも見つからずにひっそりと暮らしている人はいるんでしょうか?
そうだとしたら、その人たちも早く助かって欲しいと願うばかりです。
でも、良くこの場所が分かりましたね。
分かりづらい場所だったはずですが。
あ、もしかして近くに自動運転車がまだ残っていましたか?
それなら目印になりますもんね。
え?違うんですか?
なら、どうしてここが分かったのですか?
あれ、あなたが持っているその頭部らしきものは…。
ひどく損傷していて分かりづらいですが、もしかして……。
やっぱり、その頭頂部に生えているアンテナと側頭部の『OG-chan』という文字はオジーチャンです!
僕は彼のフルネームを一生忘れないように、子どもの頃のあだ名ではなく、ここ十年は個体名で記憶していました。
シェルターには、紙とペンが無かったものでして。
見つけたときにはすでにその状態だったんですか?
……そうですか。
まだアンテナが回っていますね。
ということは、僕の皮膚に取り入れたGPS機能付きの極小サイズのチップに反応しているんですね。
僕はまたオジーチャンに助けられたみたいですね。
あなた方にも感謝します。
ありがとうございます。
チャンさんも彼らをここまで導いてくれて本当にありがとう。
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