万花物語 #61-70

万花物語 #61-70

●醤油とソース以外に●もし虹がなかったら●患者を呼び込む医院 ●四季なし列島 ●十手観音●もし明日がなかったら ●汗は掃除機●一日が二日分 ●涙は宝石?●白蛇昇天

#61-70

●醤油とソース以外に

「醤油とソース以外に、違う調味料ができたらどうする」
「何馬鹿なこと言ってんだよ!マヨネーズやケチャップ、ドレッシングなんかもあるだろ」
「違うよ。醤油やソースは調味料の基本でだいたいどっちかをかけて食べると味がするだろ」
「二大調味料のほかにある調味料が加わって三大調味料になるっていうのか?」
「そう。それは多分、液体の味噌ソースみたいなもんじゃないかな」
「えっ、そうか?俺は違うな。韓流ブームに乗って中辛のコチジャンソースだと思うな。だいたい味噌ソースなんてかけるよりも、味噌汁があるからそれで充分じゃないか」
「でも近頃は味噌汁を飲む機会が減ってないか?減ってると思うけどなあ」
「それは各家庭の台所事情によると思うよ。家では作らないからね。野菜や焼き肉にコチジャンソースをかけて食べると汗がでて健康になると思うよ」
「俺は辛いのは苦手だから駄目」
「そういう人のためには甘みたっぷりのフルーツソースなんてどうだ?」
「フルーツソース?なんか甘ったるくて嫌だなあ」
「じゃあ醤油とソース以外にどんな調味料をかけるのさ?」
「梅じそドレッシングぐらいかなあ。あとはケチャップ」
「どっちも酸っぱいなあ」
「ケチャップは甘いぞ。トマトベースだからチョッと酸っぱいけど」
「結局は普通に、醤油・ソース・ドレッシングでいんじゃないか」
「それもそうだな、普通が一番か・・・・・・」

●もし虹がなかったら

「もし虹がなかったらどうする?」
「虹がなくても別にどうもしないけど」
「雨上がりのきれいな虹が見られなかったらちょっと切ないだろう。それに、赤・橙・黄・緑・青・藍・紫のカラーにはちゃんと訳があって、赤が一番波長が長くて紫が一番波長が短い。ちゃんとその通り、赤が円弧の外側で紫が円弧の内側になってる。可視光のエネルギーは紫なほど大きい。だから紫外線は人体に良くなくて、紫外線対策が女性には必要なんだ」
「なるほど、虹を見て科学するわけか。ちゃんと科学的な根拠があるんだな」
「虹が子供の頃から科学する心を育むから、虹がなかったら困るだろ?」
「じゃあ、オーロラはなぜ出来るんだ?」
「それは多分北極・南極から出入りする地磁気の発生が原因だと思うよ」
「そういえば物理の時間で磁力線を習ったときに地磁気の挿絵を見た気がする南極から出て北極に集まるような絵だったかな」
「その通り。磁気の出入り口に発生するんだ」
「でもいつも見られるわけじゃないんじゃないの。よくオーロラ観測ツアーとかあるけど」
「そう。虹もオーロラもなかなか見るタイミングが合わないと見れないのさ」
「あんなきれいな現象が見られなくなれば本当に切ないなあ。虹やオーロラは一種のロマンだからなあ。でも虹も庭に水まきしていると時々みられるぞ」
「虹の原理は、太陽と雨降りの後の空気中の微粒子からおきるんだっけ?」
「俺はそんな原理しらんぞ。でも虹の出ているときはたいていお日様が照っているからそうかもしれないな。じゃあ雨と太陽さえあれば虹がなくなるなんてことはないだろう?」
「そうだな。最近虹を見てなかったからそんなことを考えついたのかも」
「確かに。俺も遅くまで働いているから月と星ぐらいしかみてないもんなあ」

●患者を呼び込む医院 ~ある医院での会話~

患者「おはようございます、先生」
医者「おはようございます。その後どうですか?」
患者「それが薬が効かなくて不眠が止まらないんです」
医者「それは困りましたね。すぐ薬を調合し直しましょう」
患者「本当に良くなるんですか?先週は一日目しか効かなかったですけど」
医者「うーん、困りましたね。考え事をするんじゃないですか」
患者「したり、しなかったりです」
医者「考え事をするとねえ、どんな薬を飲んでも眠れませんよ。寝るときは無の境地になることです」
患者「はあそうですか。無の境地ですね。でもなかなかそうはいかないんですが」
医者「明日のことを考えてもしかたないでしょう」
患者「確かにそうです。でも潜在意識の中で明日のことをどっかで考えてるんじゃないでしょうか」
医者「睡眠時間よりも睡眠の質が大切なんです。昨晩はぐっすり眠れた時間はありましたか」
患者「はい」
医者「それならよろしいですね。薬は先週と同じのを出しときます。知り合いに不眠の方はいませんか?」
患者「友達の○さんが不眠と聞きましたが・・・」
医者「そうですか。じゃあ是非その人も当医院に来るように勧めて下さい。」
患者「はい、わかりました。で、紹介料はいかほどに?」
医者「え?新患者の紹介に金をこの名医の私に払えというのですか」
患者「はい。ほんの数百円程度でいいですよ何回か通えば元はすぐ取れるでしょう」
医者「先生は何もお金儲けで医院を経営しているのではないのですよ。病気で困っている人を一人でも多く治してあげたいからなのですよ」
患者「そうなんですか。先生は本当にいいお医者さんですね。それなのに、なぜ患者が増えるばかりなんでしょうか」
医者「世の中が悪いんですよ。上司が部下に無理なことを押し付けるからですよ。出来ないときは、『無理です。出来ません』と言えば、上司も考え直すでしょうに」
患者「すごい!まさにその通りです。先生の言う通り口コミで新患者を紹介します。でもただほど高いものはない、って言いますもんね」
医者「口コミ紹介は大いに結構です。今日の診察は紹介料を引いときます」
患者「なんか得した気分だなあ、今日は」

●四季なし列島 ~ある家族の会話~

父「日本には四季がちゃんとあるけど、もしなかったらどうなる?」
母「何言ってるんですかっ!四季があるから旬のおいしい食材を使った料理ができるんじゃないですか?」
父「でも食材は、一年を通して色んな国々から輸入しているんだろ?」
母「そりゃまあそうだけど。でもねえ、国産が一番よ。値段は高いけど、一番安全よ」
父「そうかなあ?外国産でもおいしいけどなあ」
母「だいたい四季がなかったら一年のリズム感がなくなるわよ。春に桜が咲いて、入学式があって、夏に夏休みがあって子供がプールへ行って宿題して。秋に読書して月見をして、冬におこたに入ってみかん食べながら春を待つ」
父「なるほどな。でも俺は大部分会社に勤めているからあんまり季節感を感じないけどなあ。息子に聞いてみよう。お前はどうだ?四季がなかったら困るか?」
息子「僕小学生だから、夏休みが多い方がいい。みんなと遊園地へ行けるもん。」
父「春や秋はどうだ?」
息子「春は学年が変わって友達が変わるから嫌だよ。秋は運動会があるから好き。」
母「日本人は四季に合わせて体が動くようにできているんです」
息子「一年よりも一日一日が大事だと思うよ。あー腹減ったあ」
父「一年中暑いところや、一年中寒いところでも、人間は環境に順応して生活ができるんだ。父さんは一年中ポカポカした春が一年ずっと続けばいいと思うぞ。花粉症は辛いけど。やはり桜の咲く頃がのんびりして気持ちいいなあ」
母「私はアイスクリームにかき氷が食べられる夏がいいわ」
息子「僕は表で遊べる夏と、虫取りができる秋がいいよ」
父「だれも冬が好きなもんはおらんのか。おれも嫌いだけど」
息子「ぼくクリスマスとお正月が好き。寒い日は嫌だけど」
母「でもこのごろ一年があっというまに過ぎ去るから確かに昔に比べて季節感がないわね」
息子「毎日が誕生日ならいいのになあ。プレゼントに囲まれて、ケーキとアイスクリーム食べ放題!」
母「そんなおめでたいことあるわけないでしょっ」
父「そりゃそうだ。やっぱり普通に四季のある日本が一番だな」

●十手観音 ~あるサラリーマンの会話~

「よく手が足りないって言うけど千手(せんじゅ)観音ているだろ?もし手が十本あったら何する?」
「そうだな。テレビとエアコンのリモコンで二本、耳掃除に二本、鼻掃除に二本、飯食うのに二本、パソコンで仕事するのに二本かな」
「なるほど、ちょうど十本だな。たいした奴だな」
「たいしたことないよ。待てよ携帯電話のメール打つのにあと一本いるぞ」
「やれやれ、テレビ見ながら携帯のメール打つのかよ?」
「それもそうだなテレビ見てる時にメールが来たらテレビのリモコンは要らないな」
「それならテレビ見ながらパソコンで仕事はできんだろう」
「目が四つあったらできるぞ」
「十手観音は目が四つか。脳が疲れないか?」
「疲れない、疲れない。脳はごく一部しか使っていないんだから大丈夫」
「本当にそうか?それだけ手を使ったら首に神経が集中しているから肩がこるぞ」
「そうかもしれん。でも脳の働きは活発になるぞ」
「そんだけ脳を使ったら、思いっきり腹が減るぞ。それに飲み食いするときは、目で食べ物を見ないとこぼしたりするし、そもそも目で料理の彩りを楽しむもんだろう」
「そうか。じゃあ、目が八つてのはどうだ」
「大きく出たな。昆虫じゃあるまいし目が八つあってどうすんだ」
「上下左右、前後ろ、真ん中に二つ」
「そんな奴いるかよ。まるで宇宙人だ」
「だってもし手が十本あったらなんていう前提で話し始めたからだろ?」
「そりゃそうだけど・・・・・・」
「いいじゃないか。ロボットを超えたみたいで」
「目のやり場に困らないか?半円球みたいな感じ?それこそ目が泳いでるって言われるぞ」
「目が泳ぐ?そんなこたあないよ。ちゃんと角度が決まっているんだ」
「角度?要は監視カメラと同じじゃないか」
「正解!でもやっぱり普通の人間で充分だ」
「話が落ち着いたな」

●もし明日がなかったら

「もし明日がなかったらどうする?」
「今日でおしまいってことかよ。そりゃやばいよ。今日中にしてしまわなければならないことが山積みだ。でもそんなことないだろ?」
「そう。次の日は来るけど、明日は来ない。明日という時は明るい日と書くだろう?しかし明るいニュースなんてほとんどない。だから明日と呼ばずに『翌日』と呼んだ方がいいんだ」
「そうか。『翌日』が来てくれればいいや。安心した。でも、確かに、『明るい日』なんてそおうそう訪れやしないな。朝日はまぶしくて明るいけど」
「そうだな。『翌日』がたまって将来、文明が進歩しても世の人の心は貧しくなる一方だもんな」
「なんか暗いなあ。お前の意見はマイナス思考だぞ。そんなに悲観的なら結婚もできないぞ」
「そりゃまずい。プラス思考に変えないとっどうしたらプラス思考になるんだ?」
「簡単さ、いいとこだけを見て悪いとこは見ても見ぬ振りをすればいいんだよ」
「そんなアバウトにできるかな」
「できるさ今の世の中暗いけど、テレビをみていれば見たい番組、明るい番組だけみればいいのさ」
「明るいテレビねぇ。テレビは感動を伝えるものだから、えてして暗い部分も入れなきゃ明るいシーンの感動も起こらないと思うよ」
「そんなことはないさ。今はバラエティ番組が花盛りだろ?バラエティ番組もたまには見たらどうだ」
「そんなことで本当にプラス思考になるのかな」
「だから繰り返すけど、いいとこだけ見て悪いとこは見てみぬ振りをする、聞いて聞かない振りをするのさ」
「まるで日光の猿の見ざる・聞かざる・言わざるみたいだな。要は、物事には一長一短あるけど、短所には目をつぶって長所だけを見ろってことだろ」
「そうさ。大体、『明日がなかったら』なんて考えること自体マイナス思考なんだよ。『明日が二回きたらどうする』とか『明日楽しいことが一杯だったらどうする』とか楽しい、明るいことを考えるもんだよ、普通はね」
「悪かった。前言撤回!」

●汗は掃除機

「もし汗が体の中の不純物を全部出してくれたらどうする?」
「どうするも何も、汗はそういうもんじゃないの?」
「膀胱(ぼうこう)にたまった不純物は尿として出るだろう汗が尿の分まで不純物を洗い流してくれたらという話だよ」
「最近どこでもエアコンがあるから、そんなに汗はかかないけどなあ」
「でも寝てる間に汗かかないか?」
「かくかく。朝起きたら寝間着なんか汗ビッショリだもんな。確かに不純物を出している気がするよ。でも尿も出ないと駄目だろ?」
「そりゃそうだ。腎臓で不純物を濾(こ)しとってくれないと大変だよ」
「汗は苦労の結晶だもの。今まで考えていた嫌なことが汗で全部流れればいいのになあ」
「俺は小便で全部いやなことが流れればいいのにな、と思うけどね」
「まあ両方とも不純物を流してくれるはずだけどね」
「不純な高校生も高校野球の甲子園で一生懸命汗を流すじゃないか。選手も、応援する生徒達も」
「そうだな。額に汗して働く人はみんな不純物を洗い流しているもんなあ。トイレに行く時間より汗流す時間の方が多いみたいだな」
「でもエアコンはそう簡単には手放せないぞ」
「エアコンかけてても汗はかいているよ。その証拠にクーラーが涼しいと感じるのは、汗腺(かんせん)から水分が出ていて、体から熱を奪って、体温を調節しているからなのさ」
「そうか。そう言われればそう聞いたことがあるよ」
「だろ?汗は体の掃除機なのさ。暑いときはできるだけ汗をスポーツや仕事場で流した方がよいんだよ」
「でも心の不純物だけは中々落ちない気がするな」
「心も汗をかければいいのになあ」

●一日が二日分

「もし一日が二日分あったら何をする」
「一日が四十八時間だったらってことかい?」
「そうだよ」
「うーん、仕事十二時間、休憩二時間、遊び八時間、食事六時間、睡眠十六時間、残り四時間は通勤時間ってとこかな」
「仕事の割りに、遊びの時間が多すぎないか」
「遊びといっても新聞や雑誌を読んだり、インターネットで検索したりする時間も入るからそれでいいんだ」
「人生の三分の一は眠るから睡眠時間は十六時間なのか?」
「そうさ」
「そんなに眠っていたら夢見る時間も長いんだろうな」
「そうさ。遊びの時間にインプットした情報の一部が夢に出てきてフルカラーの楽しい夢が見れるぞ」
「必ずしも楽しいとは限らないだろう?時には嫌な夢も見るんじゃないか?」
「そんなことはないさ嫌な情報を消去するサプリメントを寝る前に飲めばいいのさ」
「そんなサプリメントあんのかよ」
「あればいいけどな」
「そんなこと考えるのを夢見心地と言うんだぞ」
「その通りだな」
「まあ夢は現実とは関係ないから」
「そんなことはないぞ。夢が現実になる正夢ってのもあるんだから」
「話がそれてきたぞ」
「うん一日が二日分あったら、って話だよな君ならどうする」
「俺なら、二十四時間は元のままにして、残り二十四時間で全国津々浦々を旅してくるかな」
「要は二十四時間遊ぶってことじゃないか」
「そうさ。飛行機で全国の温泉に入って明日の仕事に備えて汗を流すのさ」
「睡眠時間はそれで足りるのか?」
「馬鹿だな。移動中の飛行機で寝るんだよ」
「何だか3泊5日のハワイ旅行みたいだな」
「でも国内だから安心だし時差ぼけもないぞ」
「毎日そんな生活だったら金がいくらあっても足りないだろう?」
「確かにそうだな。結局、俺のプランは一部のセレブにしかできないんだろうなあ」
「そうそう。一日二十四時間で結構だよ」
「やっぱり一日は普通に一日であって欲しいよな」

●涙は宝石?

「もし涙が宝石になったらいくらだろうか?」
「涙は液体だろ?固体の宝石になるわけないじゃないか」
「だからさあ、その液体の涙が固体の宝石になったと仮定したらだよ。水を冷やして氷にするようなもんさ」
「なるほどね、氷か。」
「氷じゃなくて美しい宝石になるとしたら?」
「何で宝石になるんだよ?」
「でもダイアモンドだって炭素の集まりだろ?涙が錬金術師の手によって宝石になるかもしれないじゃないか」
「まあ宝石になったと認めよう。それでその宝石がいくらするかだって?」
「そう」
「氷の値段にプラスアルファいくらかだな。まあカキ氷ぐらいで三百円ぐらいじゃないか。せいぜいのところ」
「そんなに安いのか?」
「だって涙ってほとんど水だろ?」
「でも滅多にでない貴重品だぞ。それに、固体をダイヤみたいに加工して光らせれば何カラットかの宝石だからもっと価値があるだろ」
「じゃお前はどれくらいだと思う?」
「二百万円ぐらいするんじゃない」
「『じゃない』って適当な鑑定だなあ」
「新種の宝石ならダイヤ以上するかもね」
「お前すごいこと言うなあ」
「すごくないよ」
「どっからそんな発想がひらめいたんだ?」
「雪なんかでも主成分は水で副成分は空気中のチリだけど、結晶はきれいだからさ、涙も固体になるときっときれいな結晶になるんじゃないかなあ、と思ってさ」
「確かにそぅだな」
「だろ?」
「でも一人一人の涙って体液だから微妙に違った宝石になるんじゃないか?」
「そうかもしれないな」
「ところでその宝石の名前はなんていうんだ?」
「名前かあ。そうだな発想者の名前をとってグッチモンドってどうだ?」
「そりゃあだ名だろ。もっと気品高い名前にしたらどうだ?」
「じゃあ涙のイタリア語がラクリマだから、ラクリマロイド!」
「なんかアンドロイドみたいで気味悪いなあ」
「いいんだよ。人造宝石だから」
「なるほどね、ちょっと説得力はあるな」
「ラクリマロイド。いい響きだ」
「ラクリマロイドは作れるとしたらどうやっって作るんだ?」
「涙を5ミリリットルぐらい目から採取して、真空状態で圧力をかけて、冷やして個体にしてから常温でも解けないように、耐熱性ガラスを薄い膜状にして接合するんだ」
「ほう。ガラスだから中のラクリマロイドも見えるんだな。中々いいアイデアじゃないか」
「ところで、ラクリマロイドは誰の涙を使うんだ?」
「ラクリマロイドは赤ん坊から年寄りまで古今東西誰のでもオッケーなんだ。だから貧しい国の人でも資産家になるチャンスは公平均等にあるのさ」
「これで貧富の差は縮まるか・・・・・・。ん?、ちょっと待てよ。そう簡単に涙は出ないだろう?赤ん坊は確かに頻繁に泣くけどお年寄りの人はそんなに泣かないぞ」
「そう来ると思ったよ。ラクリマロイドは赤ん坊の涙が一番純度が高くて高価なんだ」
「なんで?」
「そりゃ、赤ん坊には記憶がないから純粋なラクリマロイドができるのさ。」
「年寄りのでは?」
「年寄りのラクリマロイドは、汚れた記憶が涙に溶けているから安いよ」
「じゃあ純粋な性格の母親が産んだ赤ん坊のラクリマロイドが一番きれいで高価なわけか?」
「性格までは影響しないと思うけどね」
「すると日本のように出生率の低い国はかなり出生率がアップするんじゃないか?赤ん坊を一人でも多く産めばそれだけラクリマロイドがたくさんできて儲かるんじゃない?」
「国産品のラクリマロイドを高くしないといけないな。アフリカ産なんかにしたらとんでもないぐらい金持ちが増えて、さらに人口が増えて、食糧難に陥るもんなあ」
「その辺がラクリマロイドの一長一短だな。金みたいに国際取引が絡むと難しいよ」
「ラクリマロイドの夢のような話が食糧問題にまで発展するとは考えてもみなかった。でもアフリカも赤ん坊の数が程々に落ち着けばきっと救われると思いたいね」

●白蛇昇天

 信太郎は今年の夏休みに休暇を利用して沖縄に遊びに来ていた。伯父さんの家に二泊する予定で。
羽田発の便で出発し、順調に那覇に着いたのが午前一一時。空港に着くと、玄関口で日焼けした伯父が来ていた。
車で空港から四〇分ほど走ると、伯父さんの町に着いた。
家で荷物を降ろして軽装に着替えた信太郎。シャワーを借りて汗を流した後、沖縄名物のオリオンビールをご馳走になった。ビール片手に疲れを癒しつつ最近あった出来事や政治の話から始まり、信太郎の家族の話までが一通りが済んだ。テレビを付けて一服していると、伯父・孝二が書斎からアルバムを引っ張り出してきて子どもの頃の思い出を語り始めた。そして最後には、こんな不思議な民話をしてくれた。
少し離れた近所に知念さんという知り合いがいる。そこには裏庭に古い蔵があり、その蔵の隅に古文書があるという。
興味を持った信太郎は孝二の説明に身を乗り出して耳を傾けた。そして、明日時間があれば伯父が案内するというのだった。
その晩、伯父一家が寝静まってからも、信太郎は子どものように興奮気味で寝つきが悪かった。
翌日、朝食を摂り、近所を散歩して家に戻ると、信太郎は古文書をカメラに収めるために持参していたカメラの準備をした。昨夜も寝る前にしたのだが、東京に帰るとしばらく沖縄には行けないので中年男は余計に慎重になっている。その間に、伯父が知念さんに今日の訪問の経緯(いきさつ)を説明し、彼らの了承を得ることに成功した。まあ、田舎のような町では小さい頃から町全体が顔見知りだから話がスムーズだ。
知念さんの家に着くと、早速庭に案内されて蔵の簡単な説明を受けた。ただ古文書は得体の知れない物、と思ったらしく、知念さんが発見した当時のままホコリがかぶっているはずだ、という。
そして鍵を取りに家に戻った知念さんが蔵の扉の南京錠を外すと、薄暗く砂埃(すなぼこり)がもうもうと立ち込めた空間が出現した。
埃と汗にまみれて手にした古文書を確認する三人。地元の方言でやり取りが始まったが、東京育ちの信太郎には意味不明な言葉が飛び交った。やがて彼にもわかるように、訛った《・・・》標準語を使い出した隆二が、
「信ちゃん。知念さん、これを写真に撮るだけならいいですよ、って言ってるよ」
 と人懐っこい顔でカメラのシャッターを押す仕草をしながら言った。

結局、信太郎は自分の目で確かめても意味不明な崩れ字の解読を諦め、何十枚もの写真を撮って沖縄を後にした。帰りの孝二の車の中で、その写真を琉球科学大に持ち込めば、知り合いの大学の准教授が解読できるかもしれない、と言うので、是非お願いしますと信太郎は頼んだ。
今回の沖縄訪問で何かお宝の鑑定のような騒動が起きたな、と感じたシンタロウ。それはそれで楽しみができたように彼は思った。なぜなら、東京での仕事――パソコンに向かう毎日――その単調で退屈な中、ちょっとした謎を自分が解明する調査団の隊長のような気分になれたからだった。
そしてひと月が過ぎ、楽しみの鑑定結果が会社のファクスに届いた。顔に疑問の表情を浮かべた女子社員が、湯浅係長、沖縄の大学から資料です、と数枚の文書を差し出した。
そこには鑑定の細かな分析と結果があった。
古文書の内容はと言うと、

******************
今から五百年前。琉球のある村には大きな池があった。その池に白い大蛇が棲むという言い伝えが大昔からあったらしい。その当時村で盛んだったゴーヤーの栽培も琉球の雨季に反して旱魃(かんばつ)に襲われ不作だった。
そこで村長らが話し合って、(ほこら)を新築しお払いをして、村の祭りで若い娘を奉納することになった。つまり、池の主、白い大蛇の怒りを買ったと解釈した彼らは、それを鎮めるために白蛇の生贄(いけにえ)として人身を献納することを決定したのだ。そして娘を奉納すると女はいつの間にか消えていなくなり、日照りの毎日から突然の恵みの雨が降り、村人たちは歓喜の声を上げて作物の豊饒(ほうじょう)を期待した。そして実際、夏の盛りには青々とした成果が得られるということが何度も起きた。
以来不作の年になると、白羽の矢の立った民家からは若い娘のすすり泣く声がするようになった。その家の不幸と引き換えに村には豊作という幸福が訪れた。その習わしが続き村の伝統になった。
しかし、その古文書のナントカという年号(ここは解読不明)の時、該当した娘に恋した若者が、祠に繋がれた娘を逃がして駆け落ちした。怒った白蛇は三週間雨を降らし続けて村は大浸水に見舞われた。
困り果てた村の偉い衆は緊急事態に幾日も話し合いを持ったが結論が得られない。池の水が注ぐ川は今にも決壊して大洪水になりそうだった。
 その一歩手前までいったある晩、白蛇の神社に誰かが生まれたての三つ子を置き去りにした。そしてその赤子の母さんは池に身投げして死んだ。その朝、曇天と雷雨から一転して晴れ間が広がり、空高くに薄い白色の長い長い縄のようなものが雲間に消えたのを何人もの村人が目撃した。
 かくなうるうえは、この伝承を村民は守り続けなければならない。
 白蛇は水の神であり、池や川を汚したり、不作年の奉納の風習を破ってはならぬ。
******************

 以上が古文書の内容の解明結果であった。
 残業でコーヒーを飲んでいた湯浅信太郎は思わず黒い液体を噴出しそうにむせた。
 そしてこの沖縄の白蛇伝説をいつかこの目で確かめたい衝動に駆られた。

あの古文書の解明から三年。――
 
湯浅は十三になる息子を連れて沖縄に舞い戻った。
そして湯浅の思いを村人に話し、嫌がる村人に金を渡して、案内させ、ついに古文書の池を突き止めた。

 湯浅信太郎は三つ子の赤子に似せた人形を池のほとりの祠に置くとワザと煙草の吸殻を捨ててみた。
 すると突然大雨が降りだしたかと思うと池から大蛇が現れた。伝説の怪獣は大きなワニの如き口をがばりと開けると、三つ子の赤子を一飲みにした。呆気にとられる湯浅親子を尻目に、池の周りに水しぶきをまきながら、白蛇は雷雨の中黒い雲に数秒で吸い込まれた。その瞬間から黒く厚い雲が消え出して、見る間に元の晴天に戻った。
大蛇は現実に居たのだ。
しばらくして池を見ると、大蛇が垂らした水しぶきが小川になっていた。
ナントも不思議な光景だった。

白蛇はまさしく洪水の守護神だったのかもしれない。

本当の話、蛇には洪水にまつわる民話があるという。

万花物語 #61-70

万花物語 #61-70

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-09-02

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