万花物語 #31-60

万花物語 #31-60

●悩みなんてサヨウナラ ●テレビって・・・・・・●朝日と共に ●輝く半月 ●光る流星群●明るい庭の花 ●開眼(かいげん)●着力教室 ●昆虫パラダイス ●渋滞バス
●丸いものは皆まわる ●秋よ早く来て!●くず餅惑星 ●台風 ●調理ロボット●早起き男 ●ラジコン網 ●快適温泉●汗かき男の一日 ●例の癖
●示談●ハローワーク ●クラインのツボ●月無し夜 ●湿気ない日本●馬鹿がなくなる●日本歴史 ●もし税金がなかったら●もし訛りがなかったら●もし毛が伸びなかったら

#31-40

●悩みなんてサヨウナラ

彼女は悩みを抱えていた。どうしても、彼氏との事で上手くいかないのだった。
ある日、決心した彼女は、お寺を訪ねた。
「お坊さん、私の悩みを解決してください」
「若い娘よ。邪念を捨てなさい。さすれば、悩みなど無くなるでしょう」
「どうすれば、捨てられるのですか?」
「座禅を組みなさい。私が三十秒おきにやってきます。邪念があればお仕置をします。なければ何もしません。いいですか」
「はい」
「では、今から十分間座禅を組みなさい」
「はい」
寺の和尚は、長いお仕置き棒を構えて、ゆるりゆるりと歩き回った。
結局、十分間何事も起きなかった。
彼女は、一礼して寺を去ると、今度は教会に向かった。
そう、どちらかというと、彼女は、仏教よりもキリスト教に興味があったのだ。ただ、自宅から、寺の方が近かったので、そうしただけであった。
さっそく、シスターに悩みを打ち明けると、シスターは、
「わが神イエス様に祈りなさい。さすれば、悩みは去るでしょう」
彼女は、他の参拝者と共にイエス・キリストに祈った。ひと月近く、足しげく教会に通った。
そのうち、別の彼氏ができて、前の彼との悩みなんてサヨウナラとなった。そう、思春期の女は、ころころと彼氏をとっかえひっかえするもんだ。悩みなんて時期が来れば去るものだと、彼女は悟った。

●テレビって・・・・・・!

テレビとは、そもそも公共放送から始まった大衆娯楽の一つである。役者や旅芸人の出るシロモノではなかった。
しかし、今は何でもありだ、と言わんばかりに、勝手に芸能界に入った芸能人たちが番組を盛り上げている。CMも過剰になり、視聴者に何を訴えたいのか、まるで分からない。
そんな疑問に誰も答えてはくれない。しかし、ある親子は気がついた。
「テレビって何?」
「芸能人が出てきてうるさくさわぐモノよ。お前のような利発な子には、テレビなんて見ない方がいいわよ」
「でも、学校で出る話題は、いつもテレビの話だよ」
「それがおかしいのよ。テレビの言うことなんてまともに受け取ったらいけないの。全部やらせなんだから」
「やらせって何?」
「前もって決めとくのよ。出演者たちの言葉や行動を」
「え、知らなかった。自然番組や野球中継もやらせなの?」
「そうねえ。時にはやらせかもねえ。とにかく視聴率っていう数字があって、それを上げる為には、ディレクターやプロデューサーという人たちが平気でいろんなことをやらせるのよ。ペンギンや鴨の出産時期になったら、それを撮影しに行ったり、弱いチームを強くさせたり。いろんなことをさせて、結局CMのスポンサー、つまりは会社の広告宣伝でお金を儲けているのよ」
「なーんだ。そういうことか。どおりで何かおかしいと思ったらそうなんだ。テレビ見るより遊んだ方がいいんだね」
「そう。子供は外で遊ぶのが一番よ。テレビの見すぎで心がおかしくなることだってあるんだから」
「心がおかしくなるってどういうこと?」
「例えば、妙な物まねしたり、わざと間違えたり、平気で悪口言ったり」
「ふーん。テレビなんてなくなればいいのにね」
「でもニュースぐらいはちゃんと見といたほうがいいわよ」
「ニュースもやらせじゃないの?」
「ニュースは本当よ。そりゃ時々おかしなニュースもあるけど、そんなの無視するのよ」
「無視できるかなあ」
「時が立てば分かるわ。あれは作り事だって」
この親子の会話は、誰しもが、テレビに対して持つ疑問を投げかけたものだった。テレビなんかなくても生活できるのだ。都会の住人の孤独をまぎらわすだけのおかしな道具だということを、みんな気付いているのに、それを言うと、タブーなのだ。

●朝日と共に

その家は、朝日と共に、家族が起きるのが慣わしであった。つまり、南向きで寝室の窓が東南にあった。朝、太陽が昇ると、その光を受けて家族は起きるのであった。
「お母ちゃん、眠いよ」
「トシオ、しっかりなさい。ほら、おてんとうさんも、東の空に見えるでしょ。朝よ。しゃきっとなさい。眠いなら顔を洗ってらっしゃい」
「わかったよ、顔洗うよ」
そして、五人家族の朝食が始まった。
「さあ、自分のご飯は、自分でついでね」
「はーい」
「ふぁーい」
「ほーい」
「お前、うるさいんだよ。毎日そうしているじゃないか」
最後に主人は文句をたれた。
そして、みんな、それぞれの朝食を確保して食卓についた。
「いただきまーす」
五人は一斉に同じ言葉を発した。
「今日の味噌汁の具は?ん?何これ?」
「なめこよ。ちっちゃなきのこよ」
「へえー。初めてだ」
「そんなことない。この間、給食で食べたよ」
「兄さんたちはウブね。なめこも知らないなんて。私なんかお友達と、食べ物の話をするから知っているわ」
「なめ猫ってのが、昔あったなあ・・・・・・」
「お父さんたら、それは何十年も前の話でしょ。なめこからなめ猫を思いつくなんて古いのよ」
「それもそうだな。今日の味噌汁の具は、父さんの好物だ。このヌメヌメとしたところが美味しいんだよなあ」
「なめこは体にいいってテレビで言っていたから、今日の味噌汁に入れたのよ」
「ふーん」
そうこうしているうちに、朝食も終り、三人兄弟は、お互い忘れ物がないかチェックして学校へ行った。お父さんは、まだ出勤しなかった。経済新聞に目を通していた。何しろ、お父さんの会社はフレックス制で、七時間労働すれば、いつ出勤してもいいようになっていた。
「なになに。景気は回復しつつある。ふむふむ。わが社の株価も安定しているなあ」
「あたしは、難しいことは分かんないですけど、お父さんの会社は、設立二十五周年でしょ?大丈夫、大丈夫」
「そのようだ。これからは、光の時代だとさ」
「何がどうなるの?」
「全てカードになって光を当てるだけでセンサーが情報を読み取るらしいよ」
「そう言われれば、スーパーのレジもカードを機械にかざしているわ。パソコンのマウスもそうだし。きっと太陽のおかげね」
朝日と共に起きた家族は、先を見越していた。そう、これからは光の時代なのだ。光が情報通信の要になるのであった。

●輝く半月

九月はお月見の月。そう思っていた男は、今晩も満月が見れる、と勘違いしていた。十五夜はとっくに過ぎて、空を照らしていたのは、輝く半月だった。
「なんだ。ハーフムーンか。フルムーンは来月か」
男は半月にがっかりしていた。
ご存知のように月は、およそ一ヶ月で地球を回るので、いつも同じ面しか、その姿を見せなかった。誰も月の裏側を知らなかった。
男は思った。
「半月ということは、月の表面の四分の一しか見せていないということか。なるほど。そうしたら、地球からスポットライトをあてたら、毎日満月が見られるということか」
そのことに気付いた男は、大企業のスポンサーを募って、月に広告を載せるライトアップ・プロジェクトを始動させた。
最初は、そんな無駄なことを、とか、雲がかかったらどうするんだ、とか言われたが、夜のネオンサインよりも、もっと効果的だなどと言って、百社近くのスポンサーをかき集めてきた。
「これで俺の思ってた通りに事が運んだ。俺はなんてツキがあるんだろう。月だけに、ツキがある・・・・・・。ふふふ」
やがて、広告の好きな日本人は、各社それぞれのロゴマークを作って、月にスポットライトを浴びせて、一日におよそ三社限定で、月の広告塔を作った。これを知った在日アメリカ人のハリスは、
「なんということだ。月まで広告を映すとは。ハリウッドもびっくりだ」
と言って、早速アメリカに電話して月の広告の様子を報告した。
すると、ハリウッドは月よりも確実な太陽に、広告を映すと言い出した。太陽の方が電気代はかからないし、地上にロゴマークの絵を映し出せるとしてすごいことを実行した。
こうして日米の広告は、宇宙空間の光るものの争奪戦模様を呈してきた。
「いやいや、すごいことになった。ハリウッドの考えることはすごい」
と脱帽するのであった。
かくして、太陽も月も、情緒や感謝の念を通り越して、人類のおもちゃになったのであった。

●光る流星群

その流星群は、キラキラ光りながら夜空を一直線に横切った。その流星群は、前もって新聞で報じられていたから、多くの人々の興味をひきつけた。何しろ、その流星群を見ながら、願い事を三回唱えると、本当に叶うらしい、との噂が流れていた。
「彼女ができますように」
「子供が授かりますように」
「テストでよくできました、のハンコがもらえますように」
「年金がちゃんともらえますように」
「就職ができますように」
とにかく、日本全国の老若男女からの願いを託された。
だが、たかが流れ星。神様でもないのに、そう簡単には願い事なんて叶うはずがない。流星にとっても、いい迷惑なのだ。
流星にも魂が入っていて、彼らはこう話した。
「なんだ、また願い事がいっぱい届いたぞ」
「どうせ、人間の願いなんてロクなもんじゃない。無視、無視」
「俺たちが移動するたびに、願いを叶えられるなんて、とんでもない。人間のロマンなんていうが、俺たち流星には何の関係もないよ」
「そうだ、そうだ。人間の宇宙に対する過剰な神秘信仰なんんてなくなればいいんだ」
「うん、言えてる。宇宙にロマンや神秘を求めても、無駄なことだ。隕石なんかには、科学的に調査するくせに、新しい星を見つけたら大騒ぎして」
と、こんな風に流星たちは愚痴をこぼすのであった。
まさか、流星群にも魂があるなんて知らない人類は、勝手に流星の噂を流して、天文ショーを開いていた。たまたま、願いが叶った人もいるだろうが、単なる偶然で、流星を見られれば願いが叶うなんて、何の科学的な裏づけもないことだった。流星たちの言うように、天文ショーを開いて、雑誌や新聞が売れればいい、と無責任な、人心を煽(あお)ることは、マスコミの常套手段だった。
かくして、また流星群が見られるまでは、人間たちの願い事は忘れ去られるのであった。

●明るい庭の花

その家は明るかった。南向きのベランダには、多くの観賞用植物が植えられていた。とりわけ、赤いチューリップが、その家の主人のお気に入りだった。
「おい、ケイコ。こっちへおいで。庭のチューリップが綺麗だよ」
「ごめんなさい。今手が放せないのよ。後で行くわ」
「そうか、それなら仕方ない。孫のショウコでも連れてくるか。おい、ケイスケ、孫のショウコをこっちへ連れてきなさい」
「おやじ、相変わらず植物が好きだなあ。わかったよ。今ショウコを連れて行くから」
(数分後、明るい庭にて)
「どうだ、ショウコ。お爺ちゃんが植えたチューリップだよ」
「きれいだけど、学校のほうがいい。学校のは、もっと白いチューリップや、黄色いチューリップが植えられているのよ。それにもっとたくさん植えてあるの」
「まいったな。家では、そんなにたくさんの種類のチューリップは植えられないぞ。それより、花の色の具合を見てごらん。赤くて、情熱的で、力がわいてくるだろう?」
「そーかなあ?全然そんな気はしないのよ。それより、ジョウネツってなーに?」
「心の中で激しく燃える感じのことだよ」
「なーんだ。それならお友達と遊んでいるときの方がジョウネツテキよ」
「ほう。普段はどんなことして遊んでいるんだい」
「クラスの女の子と一緒に男子に水をぶっかけたり、ノートに落書きしたりしているの」
「うーむ。あまり、感心できないなあ。ケイスケ、いったいどんな躾をショウコにしているのだ」
「そう言われても・・・・・・。子供は外でよく遊べ、って言い聞かせているんですけどねえ。ショウコぐらいの年になると、もっと刺激を求めて、男子にちょっかいを出すのかなあ」
「それでいいと思うのか?親なら、もっと刺激を与えないゲーム機とか買い与えてやったらどうなんだ?」
「でも、ゲーム機自身が、充分刺激的なんじゃないかと思うんですが」
「じゃあ、わしと一緒に植物を観察したらどうだ。チューリップの花の中には、おしべとめしべがあって、受粉して種を残すのだ、と自然を学ばせるのが普通の親のすることだ」
「それができたら、苦労はしませんよ」
てな具合に、明るい庭の花は、老人に刺激を与えるだけだった。

●開眼

女は、ある日、自然に開眼した。今までの過去よりも、今と未来が大事なことだと。
開眼した女は、旦那に言った。
「あんたいったい何してるのよ。過去の話ばっかりしてっ。もう聞き飽きたわ」
「何だよ、急にそんなこと言われても困るよ。どうかしたんじゃないのか?」
「そうよ、開眼したのよ。もうネチネチと過去の自慢話はやめて、今どうすべきか、未来の計画をどう立てたらいいのか、ということを考えなさいよ」
「わ、わかったよ。未来の計画を話せばいいんだね」
旦那はやや困惑気味の表情を浮かべながら、自分の過去を捨てる決心をした。
「例えば、年金の話とか、子育ての話とかかい?」
「そうよ。どうしたら年金が程々にもらえるか考えてよ」
「そーだなあ。俺は普通の会社員だから、サラリーマン型年金ってのはどう?六十五歳まで働いて、それまでに支払った額に見合った分だけもらう年金プランだ」
「サラリーマン型年金か。それも一理あるわね。よそ様とは比べないけど、それでいいっか」
「上を見たらキリがないし、下を見てもキリがない。中ぐらいの年金が一番いいよ。細く長く、細く長く」
「何が細く長くなの?」
「受け取り額と受け取り期間のことさ、年金のね」
「そうね。細く長くがいいわね」
「だろ。年金の話はもう終り。子育ての話はどうだい?」
「もうお腹にいるわよ。妊娠二ヶ月よ」
「し、知らなかったあ」
「一体どっちがしつけをするの?」
「うーん、それは、もう君が決めているんじゃないの?」
「家は、カカア天下だから、私がしてもいいのね?」
「してもいいよ。困ったときは同僚に聞いてみるから」
「ああ、やっと安心して子供が生めるわ」
「日本も捨てたもんじゃないな。君のような主婦がどんどん増えるのを頼もしく思うよ」
「あらそう?じゃあ二人目も産もうかしら」
そうこうしている間に、口コミで頼もしい主婦が本当に増えて、日本は政治家いらずの国になっていった。

●着力教室

その教室は、今日もたくさんの生徒が集まり盛況だった。名称は『着力教室』と書いてある。
「いったい全体、どんな力が着くのかしら」
「着付け教室?違うみたいね」
いろんな人がその名称に惹(ひ)かれて、そこを見学に来るのである。いったん見学したら、その教室の講師のカリスマ性にとりこになって、何ヶ月も通い続けてしまうのだ。
「さあ、今日は、『着力』の中でも特に大事な、着聞力を教えますよ」
カリスマ講師・橋本は熱弁を振るう。
「聞く力を養う為には、まず相手と視線を合わせることから始めます、いいですか、そこの奥様」
「は、はい。先生と視線を合わせるのですね」
「正解です。では次に、明るい表情で、相手を和(なご)ませて下さい」
教室中の生徒が、ニッコリとした笑顔に変わった。
「そう、そう、皆さん正解です。よくできました。さて、そこの奥様、次は何をすればいいと思いますか?」
「さあ、何でしょう?先生教えて下さい」
「余計なことを考えずに、相手の話に耳を傾けるのに集中することです。できますか?」
「先生それが時々できないんです」
ある生徒がやや顔を曇らせて言った。
「そんなことはありません。入会時の聴力検査では皆さん異常はありませんでしたよ。聞くのに集中する、他はありません」
ある生徒が質問した。
「雑音が混じってきた場合、どうすればいいのですか?
「我慢すればいいのです。雑音なんてのはすぐ止みます」
「さすが、着力教室というだけのことはありますわ」
「褒(ほ)めてもらっても何も出ませんよ」
講師がそう言うと、生徒はドッと笑った。
そうして、着力教室は旦那の話を聞かない奥様たちの、貴重な社交場となっっているのであった。

●昆虫パラダイス

そこは、まさに昆虫たちにとって楽園だった。そう、昆虫パラダイス、とも呼べる。何しろ、餌を探す心配もないのだ。常に、人間が餌を与えてくれるので楽チンだった。することといえば、毎日訪れる訪問者に、自分の生活を見てもらうだけだった。そして、ある程度、数が増えると、自然公園に放してもらうのだ。
しかし、そこからが大変だった。今までの人間頼りのパラダイスと違って、天敵もいるし、自分で餌を探さねばならない。厳しい気候とも上手く付き合わねばならない。
そんな一匹のバッタが今日も昆虫パラダイスに誕生した。
「パパ、ここはどこなの?」
「そんなことは知らない。パパも自然に人間に捕まえられてここに来たんだ」
「なにか、大きな生き物がこっちを見てるよ」
「あれが人間だ。どうやら観察されているらしい」
「観察って、何?」
「人間がかわるがわる様子を見て、何かを満足しているらしい」
「へえ、人間って変わったことをするんだね。僕たちを見て満足しているなんて」
「お父さんたちだけじゃない。いろんな虫の家も見て回るのさ」
「よく分からないや。そんなことより腹減ったあ」
「もうじき、違う種類の人間が、餌を持ってきてくれるさ。もうちょっと待ちなさい」
(二時間後)
「あ、上の方が開いたよ」
「餌の時間だ」
「わーい。いただきます。あっ、仲間が集まってきたよ。どれだけ食べればいいの?」
「程々にしなさい。みんなの餌だから」
そして、今日も昆虫パラダイスは盛況だ。

●渋滞バス

そのバスは明らかにいつもよりも遅れていた。定刻に来ないのだ。一本道でまっすぐなのになぜだろう、と、これから乗る乗客は思っていた。そして、約十分後、ようやく、お待ちかねのバスはやって来た。
「どうもすみません。途中イロイロあって、渋滞してまして」
そう運転手は悪びれることもなく弁解した。
「イロイロって、いったい何があったの?」
ある乗客は尋ねた。
「いやあ、割り込んでくる車が多くて・・・・・・」
運転手は本当の理由を避けて言い訳をした。
「本当なの?」
「ホントにホントです」
実際は、小動物をはねてしまい、遅れただけだった。そう、この社会では、動物愛護団体からのクレームが必ずくるのです。たとえネズミ一匹であっても、バス会社は必ず動物をはねたら、リアルタイムで愛護団体に連絡しなければならないのです。そのことを、その乗客を含めたほとんどの乗客は知らなかった。みんな、それぞれ勝手に遅れた理由を詮索していた。
「きっと、運転手が寝坊したのよ」
「いいや、乗客の中に、途中で降ろしてくれ、と、わがままを言った人がいたんだ」
「運転手の携帯にメールが入って運転手は車を止めて、メールを読んでいたんだ」
などなどまるで当たっていなかった。
「みなさんすみません。目的地到着時刻は、約十分ぐらい遅れる見込みです」
運転手は車内放送で乗客にアナウンスした。
しかし、乗客は、各々の携帯電話でメールを打つのに必死でそんなことはどうでもよかった。乗り込んできた乗客も、バスが遅れる、と勤務先にメールを打つのに夢中で、車内放送など聞いてなかった。そのうち、渋滞バスはワープするため、ブラックトンネルに突入して、いつもとは違う経路を走っていた。
結局、目的地には定刻通りに着いたが、運転手は会社に申請してワープ料金を自腹で払わねばならなかった。
「ちぇっ、小動物なんてクソ食らえだ。おかげで、またワープ料金を払うなんて」
運転手は悪態をついたが、定刻どおりの到着で、乗客はみんな、ホッとしたのだった。

#41-50

●丸いモノは皆まわる

この自然界の、丸いモノは皆まわるのである。太陽や地球や月、硬貨やCDやレコード、車輪、原子や電子などなど。まわるモノは、皆丸い。
まわって、まわって、循環するのである。循環することでパワーやエネルギーが生まれるのである。四角いモノもまわるのもあるが、大体は丸いものの発展型として人間が考え出したものにすぎない。
生まれたパワーやエネルギーは、人間にとって必要なものである。人間はそれを利用して生きている。
そして、人や歴史も循環するのだろうか?人は丸くない。歴史も丸くない。やはり、人や歴史は進化していて、循環はしないのだろう。

●秋よ早く来て!

サラリーマン達は毎日毎日、通勤地獄でうめいていた。
「クールビズもこのラッシュアワーには役に立たないなあ」
「そうそう。早く秋が来て欲しいよ」
「秋が来れば、おいしい食材がどっさりと市場に出回るものなあ」
「サンマ、マツタケ、梨に栗」
「よだれがでそうだなあ」
「夏はエアコンがあるから無事に乗り切れるけど、初秋は残暑が厳しくて、もうたまらんよ」
そうは言っても、なかなか秋は来ないものである。暦どおりに来るのは、お月見ぐらいである。秋は空気が澄んで、星を見るのにも、うってつけである。もちろんスポーツしたり、読書したり、と人それぞれの秋の過ごし方はある。
「秋になると行楽シーズンだな」
「そうだな。梨狩りや、マツタケ狩り、ブドウ狩り・・・・・・。早く秋が来て欲しい」
「そう言ってるうちに、秋は足早に過ぎてしまうもんだよ」
とかなんとか、しゃべってるうちに、秋がやって来た。日差しも和らぎ、秋風が吹いて、涼しくなった。サラリーマンの家の食卓にも、秋の旬のものが並んだ。
そして、会社の行事が近づいてきた。それは、スポーツ大会だった。
「わが社の今年のスポーツ大会は、どうなっているんだ?」
「はい、社長。私、行事部長が提案したのは二つあります。」
「何だね、その二つとは?」
「はい。一つは障害物競走。さもなくば、もう一つは、綱引きです。どちらがお好みですか?」
「今はパワーの時代だ。社員の体力アップにつながる綱引きにしよう」
「わかりました。早速、係長を呼んで、計画を練ります」
「頼んだぞ」
「はい」
(二週間後、綱引き大会にて)
「今年の綱引きは社員みんなの結束力が問われるなあ」
「まあ、何といっても、相手が牛だからなあ。モー、と鳴くぐらいだから、モーレツにやらないとなあ」
「まあ、牛一頭ぐらい、我が社員十名もいれば何とでもなるよ」
「そうだなあ。あの牛を引っ張る綱引き大会を考えた行事部長は、大会が終わったら、牛を業者に持って行って、焼肉にして、社員一同に振る舞うらしいぞ」
「よく考えたもんだ。さすが、食品会社だけのことはある」

●くず餅惑星

宇宙には様々な惑星が有る。鉄の塊のような惑星もあれば、ガスのような惑星もある。さすがに、金でできた惑星はないだろうが、くず餅みたいな惑星があってもおかしくない。
タロウは、そう思って、」中学から現在の高校二年生まで、毎晩欠かさず天体観測をしてきた。
それはある日のことだった。
「てんびん座の横に、惑星がある!」
コンピュータで慎重に、惑星から出される電磁波を解析していたタロウは、大きな声で叫んだ。
早速、天文台に電話して問い合わせたところ、未確認の惑星だった。
「やった、やった。これで惑星の名前を付けられるぞ。僕の名を取って、『惑星タロウ』」と付けよう」
天文台は、惑星タロウを、二十年前に飛ばした人工ロケットエウロパを操作して惑星タロウの分析をしてみると、面白いことがわかった。
まず、表面から数十キロは半透明のガスで覆われていて、内部はあずき色をした岩石でできていた。木星型と地球型の中間のような惑星であった。
天文台の職員は、
「まるで、くずもちみたいな惑星だなあ」
と感想をもらした。
すると、翌日の新聞に、『くず餅惑星発見』という見出しが出た。発見者タロウの名も出ていた。
タロウは新聞を読んで有頂天になった。
「これで、この高校の天文部にも人がいっぱい集まる」
タロウは天文部の部長だった。でも夜中まで観測していたので、授業中は寝てばかりいて、成績も真ん中くらいで、良くはなかった。それでもパソコンを用いた天体観測においては、インド人もびっくりの、ずば抜けた才能を持っていた高校を卒業すると、タロウは普通の大学を受けて、そこの天文部に入った。
十年後、タロウはNASAに就職した。
タロウは、英語が苦手だったので、惑星タロウの研究をまとめたパンフレットを、在来者に配る役をまかされた。あの日の発見でとんだ人生を送るはめになったが、タロウはそれで満足していた、とさ。


●台風

秋の初め、台風到来のシーズンに台風十四号はやって来た。暴風・波浪・大雨・洪水警報が全部出されて近畿地方は警報ばかりで真っ赤だった。
スピードが遅いのでかなりの被害を出した。
河川は氾濫し、床下浸水の被害が何千個も出た。台風は、日照りのダムに大量の雨を降らせて過ぎ去った。
毎年毎年、繰り返される悲劇は、自然災害の多い日本には、つきものだった。交通網は寸断され、新幹線や在来線は運休し、空の便も欠航が相次いだ。
ある日、男は思いついた。この台風のエネルギーを逆手にとって、台風減衰装置を作れないものか、と。
「そうだ。台風は常に左回りだから、形状記憶合金で作ったバネで、台風の流れを逆転できないだろうか?バネをプロペラにつけて飛ばすことができれば。ただ、とてつもなく、大きな装置にはなるだろうが・・・・・・」
間もなく、気象庁と国土交通省と自衛隊の連携の下で、プロジェクトがスタートした。
「台風撃退プロジェクト・アイガ」
そう称された。まず、気象庁が危なそうな台風に目をつけて、国土交通省が開発した、ねじりバネ付きの二段プロペラ装置を使って、半径十キロの台風の目に、自衛隊機が上空から投入した。すると、中心付近の左回りの風の流れが、ねじりバネの復元力で右回りになった。風の力が相殺されて、大型台風は、小型の、温帯性低気圧に変わった。
まるっきり、男の思い描いたとおり、台風被害はなくなった。程々の雨を降らせるだけだった。
男は農学部出身の百姓だったが、長年の功績が認められて、県の台風対策本部長になった。台風が来る度に、プロジェクト・アイガが実行されて日本は台風銀座でなくなった。台風被害は極端に落ちて、装置の製作費だけが、台風対策費に充てられた。台風は、いつしか、亜熱帯風、と呼ばれるようになった。
男は、出世して、国土交通相になった。
ある日、プロジェクト・アイガの目玉である台風撃退装置について、どのようにアイデアが浮かんだか、と尋ねられて、男は、
「竹とんぼを応用したんです」
とだけ答えた。プロペラといい、復元力といい、まさに素朴ながら、純粋無垢な男のアイデアは温故知新と呼べるものだった。


●調理ロボット

そのロボットは、ヤスオの所に、宅配便で送られてきたものだった。日付は二十二世紀の九月一日となっていた。つまりは、未来からの贈り物だったのだ。いや、正確に言うと未来のヤスオの遺産だったのだ。タイムマシンの時間道路を通行していた宅配業者からヤスオは受け取った。
組み立て方は、箱詰めされたケースの中の、大きな貝のような形をした物体に入っていて、貝を開けてスイッチをオンにすると、ムービーで若い女性が説明してくれた。
「まずパーツAとパーツBを光導線で結んで本体として、最後にパーツCを本体に連結すると完了です」
貝型のムービーは十五秒で終わった。
ヤスオは、未来になると、こんなに簡単に調理ロボットが組み立てられることに感心した。そして、自分の手では作れない料理を注文した。
「パエリヤを作ってくれ」
「はい、わかりました。メニューに表示された材料を買って来て下さい」
ヤスオは、久々にスーパーへ出かけた。独身時代に料理は作ったことがあるが、三ヶ月でやめてしまった経験があった。
スーパーには、お米やら、魚介類や調味料などが売っていたが、ヤスオには、高く感じた。
それでもパエリヤが食べたかったヤスオは、渋々買い物をした。
材料を買い込んで帰宅したヤスオは、調理ロボットに向かって言った。
「材料は買ってきたぞ」
「ではこの穴に投入して下さい」
調理ロボットは丁寧に穏やかな声で喋った。
「この穴って、この円形の鍋みたいな穴にかい?」
「そうです」
「それから時間を選んで下さい。高速・中速・低速の中から選んで、穴の横のボタンを押して下さい」
「中速でいいや」
「了解しました。では三十分で調理致します」
ヤスオは未来の調理ロボットにしては、時間が割とかかるもんだなあ、と思った。これなら、近くの友達のタロウに頼んで作ってもらった方が速かったかもしれない、とも思った。
しかし、未来の調理ロボットは丸い本体を器用に動かして、カタカタと音をさせながらパエリヤを作っていた。そして、きっかり三十分後に見事なパエリヤが完成した。
「さすがは未来のヤスオが贈ってきただけのロボットだ。見事、見事」
ヤスオは未来のロボットに感謝した。しかし、料理を作るだけで、買い物や皿洗いは、結局自分でやらねばならなくて、その方が時間が長かった。

●早起き男

早起き男は、いつも目覚ましの七時きっかりに起床する。早起きは、三文の徳、というが、早起き男は、一番早くに会社に出社するのが常だった。
仕事振りは、まあまあで、ミスも少なくワープロを打つのが日課だった。早起き男は、何でも一番が好きで、昼飯を食うのも一番、帰宅するのも一番だった。そんなに、急がなくてもいいのに、いつも一番を目指すのが常だった。好きな女性も、職場で一番かわいい女性だった。
ある日、早起き男は、好きな女性を食事に誘った。最初は断れたが、二回目に、早起き男の熱意にほだされて、上手く事が運んだ。
「ねえ、何を食べに行くの」
「この辺りで一番うまい牛丼屋があるんだ。そこへ行こう」
「いやよ、わたしはイタリア料理屋がいいの」
「分かった、分かった、そうするよ」
「そして、おごってね」
「うっ、財布の中身がちと苦しい」
「あなたは早起き男でしょ。一番が好きよねえ?一番高いものをオーダーするわ」
「一番安いコースじゃ嫌かい?」
「えー。やだ」
ふくれつらの彼女を何とか説得して、店にたどり着いた。
「仕方ないじゃないか、お金が足りないんだもん。じゃあ、真ん中の、シェフ一番のお薦めコースにしよう」
「まあ、仕方ないわね。許してあげるわ」
(しばらくして)
「やっと料理が出てきたぞ」
「じゃあ、早起き男さんと私に乾杯」
言った途端、早起き男はすぐに平らげてしまった。そして、彼女の食べるのを、じっと観察するのであった。
「そんなんじゃ、満腹にならないでしょう?」
「いや、そんなことはないよ。僕のスピードは早食い選手権で優勝するほど早いんだ」
「私の食べるのを見て何が面白いの?じろじろ見ないでよ、恥ずかしい」
ともかく料理を終えた二人はどこへ行こうかで少しもめた。
「私は夜景が見えるあのホテルのバーでムードに浸りたいの」
「僕は、一番高い山に登ってきれいな夜景がみたいよ」
結局、二人は妥協して、近くの観覧車に乗った。一番高いところで、早起き男は接吻した。そして、その後、彼女の部屋に行き、結ばれた。
「最高だ」
早起き男は言った。
「今まで付き合ってきた男性の中で、あなたが一番、手が早かったわ。あら、できちゃったみたい」
かくして早起き男は美人のOLと結婚した。

●ラジコン網

その年の夏は例年よりも少し暑かった。
そのせいか、朝から樹の上で、セミが、シャーシャー、とうるさかった。最近は、アブラゼミより九州付近に生息していクマゼミが北上して、関東から関西にかけて、幅を効かせていた。
そんなことはお構い無しに少年は、毎日毎日、セミ取りにせいをだしていた。なにしろ、網につけた制御装置で、網を四方八方に方向転換できるラジコン網だったのだから。おかげで少年は、セミのペットショップを開けるほどたくさんセミを集められた。
少年は友達に自慢げにこう言った。
「どうだ、すごいだろ、セミの数」
「すごくないよ。ラジコン網が作られてから、オレはセミなんかよりも蝶取りに夢中なんだ」
「夏の虫取りといえばセミ取りだろう」
「そんなことはないぞ。セミ取りは程度が低いよ。本当の虫取りの醍醐味(だいごみ)は蝶取りさ。セミは樹に止まっているのを、バサッと、ラジコン網で捕まえればいいだけだろう」
「うん、まあそうだけど」
「蝶はヒラヒラして、行き先が読めないんだ。だからラジコン網でも難しくてスリルがあって面白いんだ」
「いや、やっぱりセミ取りの方が楽しいぞ。ワンサカワンサカ取れて面白い」
少年はセミ取り派の主張を譲らなかった。
「蝶よりも数が圧倒的に多いじゃないか」
「セミの数は年々減ってきているんだぞ。取りすぎると来年のセミの数が減るんだから」
「そんなことはないよ。オレは餌を与えて、二、三日後に放しているよ。釣り好きの父さんが、『キャッチ・アンド・リリース』って言って、釣れた魚を放しているもの」
「ふーん、コレクションにするんじゃないんだ」
「お前は、蝶をコレクションにしているのか?」
「そうだよ。だって珍しい蝶なんか取れたら標本にしておいて、偉い大人に見せたら高値で譲ってくれ、っていうもん」
「高値って何?」
「知らないの?インターネットでオークションっていうのがあるだろ?高い値段でお金と交換に物を取り引きするのさ」
「駄目だよ、そんな悪い大人の口車にのっちゃ。やっぱり子供は、虫を取って観察して放しなさい、って先生が言っていただろ」
「そういう先生に限って虫のコレクターなのさ」
「そんなぁー、ずるいよ」
「大人はみんなずるいんだよ。ウソついたり、悪いことしたり」
「でもラジコン網のおかげで、簡単な操作で、網をコントロールできるようになったのは、大人のおかげだよ」
「でも一昔前みたいに、走り回って、さお付きの網で取った方が健康的だったな」

●快適温泉

旅行シーズンの頃、その山あいの温泉は、にぎわっていた。美人女将のはからいで、泊り客には、宿泊料半額のくじ引き大会が行われていた。
「さあ、次のお客様、くじを引いてください」
客がくじ引きの箱の中に手を伸ばして入れると、中にビンゴゲームで使うような、番号を書いた数字の玉がたくさん入っていた。
「さあ、お客さんは何番の数字?」
「五番です」
「大当たり、一等賞。今晩の宿泊代は半額です。晩御飯は超豪華かにすきセット、お風呂は川を見渡せる大パノラマ展望、寝る前にマッサージのサービスがついて、寝るときは、クラッシックをBGMに、高級羽毛布団!」
「すんげぇー、この旅館。来て良かった」
「そう言っていただけると、従業員一同感激の極みです。さあさあ、かえでの間へどうぞ」
客たち一行は、かえでの間に入った。
十五畳ある客室は、広々としていて、景色も良かった。
「さあ、みなさん、風呂にでも入りましょう」
幹事に言われて、身支度を整え、部屋に用意されていた、さらのタオルを持って、風呂場に入った。
「おやまあ、夕方なのに、明るくていい脱衣所だね」
男女はそれぞれ男風呂、女風呂に別れて入った。
「確かに川辺の景色が素晴らしいわ」
「温泉が乳白色で本物だ。なになに、効能は神経痛に効くらしいぞ」
「あら、すだれひとつ挟(はさ)んで、幹事さんの声がまる聞こえだわ。会話に気をつけないと」
一行は風呂から上がり、食事をして、旅の疲れを落として充分満喫した。
さて、寝る前のマッサージになって、マッサージ師がなかなか来なかった。
「なんで来ないんだろう」
「いや、お客さんもう来てますよ」
「えっ、どこにいるの?」
「お客さんの後ろですよ」
「なに?すがた形は見えないぞ。もしかして、・・・・・・」
「はい、当旅館初代女将の、幽霊でございます」
「ひぇー!どうりで、触られる手が冷たいはずだ」
一行は肝をつぶしてフロントの女将に電話した。
「もしもし、女将さん、幽霊のマッサージ師なんて聞いてないよ」
「いまさら文句を言われてもしょうがありませんねえ。私も実は狐の幽霊でございますから」
「ひえー」
幹事が悲鳴を上げると、そこは山と川の間の丘だった。狐に化かされたのであった。

●汗かき男の一日

汗かき男は、朝七時きっかりにセットしたタイマーで起床した。寝汗をぐっしょり、かいていた。妻のジュンコはもう起きて、朝食を作っている最中だった。
「あら、あなた、もう起きたの?あなたにしてはまあまあね」
「そうなんだ。いい夢をみていたら、汗をぐっしょり、かいた」
「早く顔を洗ってらっしゃい」
「そうせかすなよ。俺のモットーは、無理しない、だからね」
汗かき男は、顔を洗い、ひげをそって、ワイシャツに着替えると、妻のジュンコが作ってくれた朝食に、いただきます、と言ってむしゃぶりついた。食べると、当然のことながら汗をかく。胃に物が入るわけだから、エネルギーが補充されて、熱が発生する。それが汗なのである。そして、美人の妻・ジュンコも一緒に朝食を食べるので、彼女の出す熱が、更に、汗をかかすことになる。
「ごちそうさま」
汗かき男はそう言うと、洗面所へ向かい、超極細加工の歯ブラシで、奥歯にこびりついた歯垢(しこう)を落とした。そして、髪にアルカリイオン水をふきつけて、寝癖を直し、香水をつけて、
「ジュンコ、行ってくるよ」
と言うと、玄関の暗証番号を押した。
すると玄関を出ると会社の玄関に直結した。まだ八時前で社員はだれも来ていなかったが、汗かき男は、自分の顔の汗をぬぐうと、社員全員の机の上を拭いてまわった。彼はパソコン作業より、手作業の方が好きらしく、笑顔で拭いてまわった。
間もなく社員や重役らがやって来た。
いつものように仕事をこなして夕方、会社の玄関で、朝の通りの暗証番号を打つと家に直結した。
「ジュンコ、ただいま」
「お帰りなさい、あなた。今日も定時帰宅ね」
「そうさ、今日も汗をいっぱいかいて、充実した一日が遅れて程々に良かった」
「じゃあ、今日もいつものようにシャワーが先ね」
「もちろんさ」
汗かき男はそう言うと、風呂場に直行し、服を脱衣かごに入れると、爽快なシャワーを浴びた。
体の汗を落として新陳代謝をよくしてから、汗かき男は妻・ジュンコの作ったハンバーグを食べた。やはり、このときも汗をかいた。
テレビを見て、ベッドで妻・ジュンコと寝るときは、大いに汗をかいた。
結局、水分補給をして汗をかいた分だけ、汗かき男は健康体でいられるのであった。
睡眠・食事・便と尿が、程々であることこそが、何よりの健康であった。


●例の癖

そのおやじはイカレていた。自分の噂を他人がしていると思い込む癖があった。癖だからどうしようもない。
「あの○○さんてさあ、最近挙動不審よねえ」
「そうよ。昨日も上半身裸で表を歩いて、車の来ない道なのにキョロキョロしててねぇ」
その主婦たちの話の種になったのは、おやじとはまるで別人物だったのに、自分の事を話されていると思い込んでいた。
「また、俺の噂をしている。なぜだろう。俺は何か悪いことでもしたのだろうか?いや、何も悪いことなぞしていないのに・・・・・・」
しばらく自問自答を繰り返した後、おやじは、あるクリニックに行った。
「先生、人が話しているのが気になってしょうがないんです」
「ほうほう。あなたは被害妄想に凝り固まっている。薬を出しとくから、必ず飲みなさい」
「先生、被害妄想ってなんですか」
「おやおや、その年になってそんなこともわからないんですか。あのね、自分が噂の的になっている、と思い込むことを、被害妄想と言うんですよ。わかりましたか?くれぐれも人の話を鵜呑みにしてはいけませんよ。よく、あなたみたいな患者さんがいます。心配しなさんな。一時的のことなので、すぐ治りますから」
「そうですか。先生、ありがとうございました」
おやじは、そう言うと金を払って薬をもらって飲んだ。しばらくは、大丈夫だったが、そのうち例の癖がまた頭をもたげてきた。
――この世の中は狂っている。俺が正しいのだ
と、おやじは思うようになった。確かに、世の中みんな悩みを抱えてわけもわからず働いて、おやじの目から見ると、狂っているようにも思えた。一体全体どうしたものか、おやじは自覚がないまま、薬も飲まず、ただ歳月だけが流れていった。おやじは一人暮らしだったので、ある日交通事故に遭い、野垂れ死んだ。
と、誰もが思っていたのに、実は、おやじはかすり傷一つなく生きていた。そして、おやじは長生きして、いつしか、町の長老になっていた。老人特有の独言癖も加わっていた。
ある日、長老が道を歩いていると、ヨボヨボした老婆とぶつかった。
「こらどこ見て歩いているんだ」
「おやまあ、□□さんじゃありませんか。ぶつかってすみません。私はいつも道路にお金が落ちていないかと、下を向いて歩くのでぶつかったんです。本当にすいません」
「そうか、ならいい。わしも悪かった」
「いいえ、悪いのはこっちですから。おわびに、杖を差し上げましょう。金の杖、銀の杖、木の杖、どれがいいですか」
「金の杖をくれ」
欲張りなおやじは、金の杖をすかさず、奪い取ると、一目散に銀行によって金に換えて老後を暮らした。被害妄想の癖は、抜けなかったが、人生どこで何が起きるのか分からないものだ。きっとお天道様がおやじに福を与えたに違いない。

#51-60

●示談

その青年は、高校を卒業しすっかりおとな気分に浸っていた。無理もない、煙草は吸うし、酒も缶ビールぐらいなら飲めるし、何しろ、今は、高校を卒業して自動車学校に通っている最中である。
「これで選挙権があれば、一人前の大人だ」
青年は友人にそう漏(も)らした。しかし、彼女もいないし、働いてもいない。つまりは、家庭も仕事も持ってない。趣味といえば、仲間とバンドを組んで激しいロックンロールを演奏するぐらいだ。スポーツも特にこれといって何もない。そう言われると、
「憲法を改正して十八歳で選挙権を持たしてくんないかなあ。大学なんてどうせろくでもないことを教えるんだろ?俺は免許取ったら春から高卒ルーキーとして社会人になるんだ。就職情報誌で良さそうなのは物色してある」
そんな青年の唯一の悩みは彼女がいないことだった。高校一年生のときに一年間付き合った彼女はいたがすぐ別れた。就職も決まり、彼女さえいれば、すぐにでも結婚して、明るい家庭、円満な家庭を築く、と心に決めていいた。
「はい、これから免許の合格者を言います」
青年の名も呼ばれた。これで順風満帆かに見えた。しかし、青年は愚かなミスをした。免許を取った後、車の中古やでかった、ボビーと名づけたオンボロ車は、スピードの出し過ぎでカーブを曲がりきれず、対向車と横でぶつかった。
「こら、お前、どこ見て走っとんじゃ。気を付けろ」
「すいません。警察呼ぶのは面倒だから示談にしてください」
「ほほう。示談か。じゃあ五十万払え」
「そんな大金ありません」
「消費者金融で借りてこい」
「はい、わかりました」
「手付金として五万円払え」
「はい、払います」
そうして示談は成立した。しかい、青年はすぐにでも稼がないと、消費者金融の利息が高くなる、のを恐れて、ホストクラブに就職した。
「月収は出来高払いだけど、毎日二、三人は固定客がいる。そのうちの一人、女子大生の客を丸め込んで彼女にすれば一石二鳥だ」
しかし、女の感は、二十歳にしては鋭かった。青年が言い寄ると、
「お金が余っているからちょっと遊んだだけよ。あんたなんかの彼氏になんてならないわ」
結局、つめたくあしらわれた青年は、借金は返せたもののふられてしまった。
それから五年、大人になった青年は、自分のルックスにうぬぼれて、芸能界に入った。俳優にはなれなかったが、バラエティ番組で喋るだけで金は稼げた。しかし、五年前の事故被害者からの投稿で過去が暴かれて、芸能界から追放されて、結局、無職のただの青年に戻ってしまった。
「やっぱり真面目に勉強して大学出て、企業に勤めればよかった」
後悔した青年は、昼間アルバイトしながら夜学で大学に通い、無事に中小企業に勤められた。
人生の選択は慎重に計画をたてるべきである。この青年のような若者はウヨウヨいて、こういう若者には選挙権などあってもなくてもどうでもいいものなのだ。しかし、若い時に苦労したらあとは成功への道が開かれるものなのだ。

●ハローワーク

男は、朝眠りすぎたせいか、あくびをしながら、バス停へ向かった。たった十五分の道のりが長く感じられた。やがてバスに乗り込むと、ホッとため息をついた。行き先は市役所の隣のハローワーク。親に就職を反対されたが、
「所詮、親は木の上に立って見ているだけなのさ」
と言って過干渉の親を説得して、何とか就職斡旋所へやって来たのだ。
「武田さんに会いにやって来たのですが」
そう男は受付嬢に言うと、「あちらの一番奥です」とだけ言った。
男は言われるがままにその場所へ行き、こう言った。
「武田さんですね、どうそよろしく」
「こちらこそよろしく」
武田は素っ気なく答えた。
「ここに来るのは初めてですか」
武田は暗い顔をしながらそう言った。まるでここに来てもいい仕事なんてないさ、と言わんばかりに。
「何回か来ました」
男はぶっきら棒に答えた。
いくつかの質問をした後、書類を渡された。
その書類には、氏名や住所や電話番号はもちろんのこと、学歴や職歴、希望職種に書かれていた。
男は思った。過去の自分を捨てたいのに、なぜこんなことをかかされるのだろう、と。
そして、一通り書いた後、数日後、また、ハローワークへ行った。いろいろ書類の内容を問われた。
「なぜ、一般事務希望なのですか?」
「知人の薦めです」
「なぜ、○○市中央区希望なのですか」
「県内の中心地で、会社もたくさんあるからです」
男がそう答えると、武田は黙って、パソコンに登録をして、
「あそこのパソコンで就職先を探して下さい」
と、また、素っ気なく言った。
男はパソコンに向かい、何回か就職先を検索して、やっとお目当ての会社を見つけた。
「これに決定しました」
「そうですか、この会社で本当にいいんですね」
武田はうすら笑いを浮かべながら、そう言った。
「それでいいんです」
男は、これといった能力はなかったが、転勤がないのと、社内行事がある、という二点に惹かれて決めた。
「ハローワークは便利ですね。でももう三度来たからもう来ません」
と、だけ言って去っていった。
男は新たな職場で程々に出世して、程々の美人と結婚してささやかな家庭を築いた。

●クラインのツボ

「もし宇宙の構造がクラインのツボだったらどうする」
「何それ。そのクラインのつぼって聞いたことないぞ」
「数学の立体の話さ。ストローみたいな中空の円柱の端をを曲げて、途中の部分に入れ込んで、もう一方の端から抜け出させる立体だよ」
「お前の話じゃピンとこないから事典で調べる」
(数分後)
「あった、あった。このへんてこな立体だな。表裏がない、と書いてあるぞ」
「そう、メビウスの輪のように表裏がないんだ」
「すると、宇宙にも表裏がないってことか?」
「そう」
「そんな訳ないだろう。宇宙はどんどん広がっているって聞いたぞ」
「定説ではそうだけど、俺の考えではクラインのツボのように、表で見えてる天体と反対に、裏があって、見えない天体も存在しているんじゃないかな、とふと思ったりするんだ」
「へえ、そうなんだ。でもあんまり説得力ないぞ」
「そうかなあ。そんなに複雑でもないけどね」
「しかし、宇宙の大きさは誰も測ったことがないから、そういう説もあってもおかしくないだろうな」
「そうだろ。物事には何にでも表と裏があるから宇宙にも表裏があっても至極当然なんだ」
「なるほどね、その説によると、円柱の入口から入っていっても、クルット回ってまた同じ入り口が出口になるわけなんだな」
「そう、きっと発案者のクラインさんは頭のいい数学者だったんだろうな」
「メビウスの輪の発想から思いついたんだろうな。しかし、もし本当にそうだとしたらアメリカの衛星ロケットは太陽系を出発して何億光年かの後にまた太陽系に帰ってくるのか?」
「そうだろうな。宇宙にはブラックホールとホワイトホールがあって、その間をワームホールがつないでいるらしい、と言うけどクラインのツボなら、ブラックホールもホワイトホールも同じなんじゃないかなあ」
「ブラックもホワイトも同じか。何だか人種のるつぼ、ニューヨークを思い浮かべるよ」
「人種のるつぼと、クラインのつぼ。同じつぼつながりだな」
「でもパワーとエネルギッシュという点ではしゃれじゃなくても似ていいるよな、宇宙とニューヨークって奴は」
「そうかなあ。ニューヨークなんて行ったことないから分らないけど、スラム街もあるんだろう?やっぱり何事にも表裏があって、クラインのつぼだけは例外なんだと思うぞ。宇宙もニューヨークも表裏がある、か。まそうだな。数学のクラインのツボと宇宙構造が同じなわけないもんなあ。とんだ愚問だったよ」
「ところで、何のためにクラインのツボが発明されたんだ?」
「あれ、言わなかったっけ?メビウスの輪の立体版だって」
「ああ、そうだったな。ということは、メビウスの輪を発見した数学者の方が偉いんだ」
「どっちが偉いかは俺らの決めることじゃないけど、メビウスの輪の方が先に発明されたってのは事実らしいよ」
「ふーん。つまり、二匹目のドジョウを狙ったって訳か?」
「まあ、そういう見方もできるな。でも、ストローで遊んでいるうちに思いついたのかもしれないし」
「表だけの世界って、なんだか今の世の中の理想像みたいで純粋だな」
「そう。数学の世界は難しい問題もあるけれど答えは純粋なんだ」
「逆に言うと、世の中裏表があって汚れているからこそ、そういう純粋な発明が脚光をあびるのかなあ、と思うよ」
「世の中どころか、世の中を作っている人間自体が裏表があって不純なんだよ」
「こうして会話をしていても、裏表ってあるのかな」
「そりゃあるさ。会話は相手とのキャッチボールだけど、時々、ワンバウンド、ツーバンドになったり、頭を越す、思いもよらない方向に投げちゃったりするもんさ」
「ふーん、そう言われるとそうだなあ。それに時には気を使って優しく明るい方向に会話を持って行くだろ?本心を隠して。それが会話の裏表さ」
「なるほどなあ」

●月無し夜 ~ある大学生の会話~

「もし、月が無かったらどうする」A君はさらりと問うた。
「夜道が暗いなあ。あと、狼男がいなくなるな。犯罪も、満月の日が多いっていうから、減るんじゃないかな」B君もさらりといってのけた。
 A君は目を見開いて、頭から冷や水を浴びせられたかのように言った。
「すごい!一を聞いて十を知るとはこのことだな」
 B君は、けげんそうな表情を浮かべながらこう言った。
「だけど、もう少し言うと、月による大潮や小潮がなくなり、波が起きないんじゃない?か?それとお月見をするという風流も無くなるぞ」
 A君は頭にパッと浮かんだ、素朴な質問を言った。
「波が無くなったらヨットで世界一周なんてできないんじゃないか?」
B君は、たじろぎもせずこう答えた。
「風があるから大丈夫さ」
 即座にA君は反応した。
「風があるなら波はおきるだろう?」
 B君はちょっと弱ったという顔をしてこう答えた。
「そう言われると確かに波は起きるな。でも潮の満ち引き、つまり満潮や干潮はなくなるだろう?だって月と地球の万有引力で潮の満ち引きは起きるんだからさあ」
 B君の意見に共感を覚えたA君は感心して、次のように言った。
「それもそうだな。結構頭いいこというなあ」
「理科で習っただろ?普通だれでも知っているさ」
 B君は少し呆れ(あきれ)顔で答えた。
 A君はB君にちょっと鈍くさい、と思われたので一般的な答え方をした。
「そうだっけ?昔のことだから忘れたよ」
 B君は、更に最近の学説を引っ張り出して、次のように答えた。
「地球に隕石が衝突して、地球の一部が吹っ飛んで月になった、という説があるぞ」
「そっか。地球の弟みたいなもんだな」
「そう。地球と月は兄弟、火星と地球も兄弟さ」
「いい勉強になったよ」
 A君は最初の質問をして満足顔でそう言った。
 するとB君は、さらに凄いことを言い出した。
「俺なら月が無かったら、なんて質問よりは、月が二個あったら、とするね」
びっくりしたA君は、口をポカンと開けてこう言った。
「へぇ、月が二個あったらどうなるんだ?」
 A君は、自分で発した質問になぜ自分が答えねばならないのか、とイライラしながら答えた。
「波が激しくなって砂浜や海岸が浸食されて世界は小さくなるだろうなあ」
 あまりにも恐ろしい結論に、A君の頭の中は真っ白になった。そして、普通に叫んだ。
「そんな、地球温暖化より大変なことじゃないか!」
 青ざめるA君を尻目に、B君は次のように言った。
「もしかして衛星を二つ持つ火星や木星のようになったりして」
 A君は、自分の愚かな質問で、とんでもない方向に向かっているのを感じながらこう言った。
「それは困る!やはり普通に月が一個である方がいいや」
それでもおさまらないB君はピースサインを作って、こう言った
「火星の場合とは衛星の位置が異なるなら、という仮定の下で、月が反対の位置に二個あったなら、両方の月から万有引力が生じて、海は引かれまくって宇宙空間に放り出され、フワフワと漂うんじゃないか」
 A君はB君の世紀末的鬱憤を晴らすかのように言った。
「大丈夫、大丈夫。今度隕石が地球に接近したときは、アメリカの迎撃ミサイルで、木っ端微塵(こっぱみじん)に粉砕してくれるさ。アメリカの軍事技術はすごいよ。狙ったところにピンポイント」
 やっと、自分の鬱憤が晴れたかのようにB君は安心顔でこう答えた。
「それもそうだな。隕石なんてそう滅多に来るものじゃないし、仮に地球を周回するようになってもミサイルで破壊すればいいんだものな。本当に当たればいいけど・・・・・・」

●湿気ない日本

「もし日本の夏が湿気の少ない夏だったらどうする」
「そうだな、カラッとした暑さでいいだろうな」
「カラッとした暑さってイメージがピンとわかないけどどんなの?」
「そりゃあ、アメリカやヨーロッパみたいな暑さじゃあないの?」
「俺は学生時代オーストラリアに行ったけどあんまり暑さを感じなかったよ」
「そりゃ雨季に行ったんじゃないの?」
「違う。二月だから乾季だった」
「なるほどねぇ。乾季がカラッとした暑さなんだ。日本がオーストラリアになったらきっと観光客が増えるんじゃないか?」
「そうかもなあ」
「それに空気が乾燥していると、ビールを飲みたくならないか?」
「確かにそうだ。旅行中は絶えずオレンジジュースかビールかミネラルウォーターを持ち歩いては飲んでいたもんな」
「だろ?日本がオーストラリアになったとしたら飲み物の需要が大幅に増えると思うよ。でも所詮日本は日本。小さな島国だからムシムシするもんなんだよ」
「そうかなあ?温帯地方の国はどこでも蒸すんだろうか?」
「そんなこと知らんよ。だけど湿気ているからこそエアコンに除湿機能があるんじゃないか」
「なるほどねえ」
「日本のように四季がはっきりしているのは湿度が関係してるんじゃないのか?」
「今、夏のこと話しているんだけど」
「夏はエアコン、冬はヒーターやストーブと、電気を消費しているのは米国についで二番目かもよ」
「やっぱり日本の夏は普通にムシムシしていて欲しいなあ。言い出しっぺは俺だけど」
「そりゃそうだろう、エアコンがあるから世界の中で日本は長寿国になったんだから」
「そうそう。今の普通の日本が一番さ」

●馬鹿がなくなる

「もしこの世から馬鹿がなくなったらどうする?」
「そりゃあありがたいよ。でもどこへ行っても馬鹿はいるだろう?天才がいるんだから馬鹿もいるに決まってるじゃないか」
「それがウルトラ教師によって勉強も運動も気配りもできるような時代が来たら?」
「ウルトラ教師ってなんだ。そんなこと考えるおまえ自身が馬鹿じゃないか?」
「むっ。口を慎め。俺は馬鹿も矯正できると信じているけどな」
「馬鹿な政治家、馬鹿な警察官、馬鹿な教師・・・・・・。人間どこかに馬鹿な遺伝子が残っているんだと俺は思うぞ」
「そうか、遺伝子ねぇ。でも、テレビや雑誌やラジオ自体が馬鹿を増殖していると、環境面での方が馬鹿を増やしていると思うけどな」
「じゃあ、マスコミが賢くなって良質なメディアになれば馬鹿は本当にいなくなるのか?」
「そうとも。馬鹿な大人がいなくなれば子供も馬鹿にならずにすむはずだ」
「でも馬鹿な人がいないと笑いがなくなるだろう?ブラックジョークのみなんて味気ないぜ」
「笑いが無くなるか。そりゃ問題だ。でも、と良く言われてているように世の中が暗いと笑いがブームになるっていうぞ。やっぱり環境も多分に影響しているはずだよ」
「まあなあ。そうかもしれん。なぜ世の中が暗いんだ?」
「年金問題、社会福祉問題、青少年の非行、数えればきりがないな」
「要は上に立つ人間がきちんとそれらの問題に取り組んでいないからじゃないか?」
「問題解決が先だな。でも世の中馬鹿はいなくならないのかなあ」
「少しくらい間抜けの方が世渡り上手なんじゃないか?」
「結局は一部の馬鹿と一部の天才と多くの普通の人で社会は構成されているんだな」
「馬鹿がいるからこそ諭す人がいるんじゃないか。結局普通が一番だ」

●日本歴史

「もし日本の歴史が違ってたらどうする?」
「えっ、いつの時代のこと?」
「日本書紀ぐらいかな」
「そんな、まさかあ」
「わからんぞ。太安万侶が記したとされているけどもし彼が自分に都合のよいように書き換えたとしたら?」
「でもそんな重要なことに不具合があっていいもんだろうか?」
「だって誰でもウソの一つや二つはつくだろう?」
「仮にそうだったとしても、大して今の歴史には関係ないだろう」
「でも日本史の教科書には編纂者(へんさんしゃ)の都合のいいように日本の侵略問題を棚上げしているだろう」
「確かにそうだけど。でも考えてみるとアメリカの停戦方法も強引じゃないか?長崎・広島に原爆を落とすなんて。ありゃあひどすぎる。原爆資料館で見たよ、あのむごい写真や絵を」
「でも軍事大国のアメリカにとっては自分たちの力を示す絶好の機会だったんだと思うよ」
「昔を言えばキリがないけど、アメリカの統治の下で平和憲法ができて、今日の日本があるんだと思うぞ」
「アメリカにいじめられてやっと先進国になったというわけか?」
「その通り」
「でも日本人の中にはまだ戦争をおこしたい、というDNAが入った日本人もいるんじゃないか」
「そんなことはないだろう。日本人は真面目で従順な民族だと、誰しもが思っているよ」
「そうかな。中には血の気の荒い、気短かな人もいるぞ」
「そりゃいるにはいるけど、一般的にはみんな真面目だよ。でも、勝ち組・負け組みとかいっていまだに『戦略』とかいって争いごとが好きな民族ではあるな」
「喧嘩(けんか)はしないけど勝ち負けにこだわるんだな」
「今も昔も庶民には勝負事なんて興味ないよ。一部の人が煽っているだけなんだから」
「結局は、日本の歴史が間違っていようがいまいが今と未来が大事なんだよな」

●無税国家

「もし税金がなかったらどうする」
「そんなわけないだろう。所得税・法人税・事業税・相続税・車両税・消費税・国民健康保険税・・・・・・。みんな税金がかかっているから国家が成り立つんじゃないか?」
「でも、中南米のある国では、タックス・ヘイブンといって、税金がタダ同然の国もあるらしいぞ」
「そういう国はきっと、何にもしない小さな政府なんじゃないか」
「そうかもしれんな。でも中小企業とかは、よくそういう国に子会社を置いたりしていたらしいぞ。今はしらないけど」
「税金がなかったら本当に天国さ。その代わり国は何にもしてくれないぞ」
「例えば?」
「そうだな。企業への融資や福祉事業への補助金も打ち切られるな。そして、企業は軒並み商品を高く売ろうとして庶民の暮らしが圧迫されるだろうな」
「そんなの困るよ、中小企業に勤めていて、子供がいて親の面倒もみなきゃならない俺にとっては」
「だろう」
「だけど何年か後には、消費税も上がるだろうし、増税、増税と野党は連呼しているじゃないか。できれば特別待遇で政府の支持者だけ無税にして欲しいよ。給料明細見て、いつも、なんて税金をこんなにも取られているんだろうかって思うもの」
「そりゃそうだろうけど、民主国家の運命だから仕方ないのさ」
「じゃあ、日本の中に無税国家を作って、そこで生活している人は税金を減免するってのはどうだ?」
「無理無理。国の中に国を作るなんて発想がいったいどこから出てくるんだ?有り得ないだろ」
「うん、有り得ない。でも大抵のことは民間でできるんだから、小さな政府になって欲しいよ」
「政府が小さくなるってのは、地方の役所が大きくなるってことだぞ」
「そうか、それで各地で吸収合併が去年から今年にかけて進んだんだな」
「そういうこと」
「まあ、小説の中で実現するようなものだな。夢というか、幻想というか。」
「そうそう普通に暮らせればそれが一番さ」

●もし訛りがなかったら

「もし訛(なま)りがなかったらどうする?」
「そりゃ、どこに引っ越しても楽だろうなあ。言葉がおんなじなんだから」
「そうだな」
「でも方言研究会なんちていう団体からクレームが来るぞ『なして方言ばなくすんや』おと」
「そりゃそうだ。今、気がついたけど、方言にはイントネーションや独特の言い回しに愛着があるもんな」
「気付くのおせぇなあ」
「その『おせぇ』ってのも関東訛りだろ」
「正確に言うと、東京訛りかな」
「テレビで芸能人がやたらと使う言葉が標準語化しているんだな、きっと」
「でも、名作ドラマ『おしん』や『北の国から』では訛りがちゃんと使われているぞ。やっぱりお前の言うように方言には温かみや愛着やユーモアがあふれているんだろ」
「でもテレビばかり見ていると、普段使う方言と時々出る標準語が混ざらないか?」
「混ざる、混ざる」
「テレビの影響はすさまじいからな」
「そうそう。だいたい公共の電波で東京弁をながしていいのかが問題だ」
「でもニュースはどこでも標準語だろ?」
「そりゃそうだ。方言のニュースなんて聞いたことない」
「愛・地球博の受け付けロボットも名古屋弁じゃないぞ。標準語だぞ」
「あのロボットは接客用だからさ。日本全国津々浦々からやってくる人とコミュニケーションしなければならないから標準語なんだ」
「接客用でないロボットなら関西弁をしゃべるサッカーロボットとかあってもいいんじゃない?」
「面白いこというなあ」
「いい着眼点だろ」
「防災用ロボットなんかは、ある意味接客用だけど、地域のお年寄りたちを助けるためには方言をインプットしておかないといけないな」
「そうかもしれんな。ロボットが標準語しゃべっても被害にあったお年寄りが方言をしゃべったら会話が成り立たないもんなあ」
「でも今のお年寄りは進化していて、標準語と方言を巧みに使い分けているぞ」
「ある意味バイリンガルなんだ」
「そうかもしれんな」
「テレビのドラマでも関西弁を変なイントネーションで言う俳優がいるもんな。そんなひとはモノリンガルだな」
「まあ普通に会話してたらいいのさ」
「お前は標準語だけどどこ出身なんだ」
「わいは難波の商人(あきんど)や」
「へぇー知らなかった。道理で五十日(ごとび)にこだわる癖があるもんなあ」
「方言も一種の口癖だもんなあ」

●もし毛が伸びなかったら

「もし毛が伸びなかったらどうする?」
「えっ?毛は伸びる毛と伸びない毛があるだろう」
「例えば?」
「年齢にもよるけど髪の毛以外はある程度までいったら伸びないぞ。逆に、髪の毛はどんどん伸びるけどね」
「その髪の毛すら伸びなかったらどうする?」
「快適でいいんじゃないの」
「理髪店組合から大ブーイングされるだろうな」
「だろうな」
「ハゲの人は毛が伸びないと辛いだろうな」
「そうするとカツラ業界がうんと儲かるだろうな」
「脱毛業者からもクレームがくるんじゃない?」
「そんなことはないさ。女性はすね毛やむだ毛を完全脱毛したいと思う人はまあまあいるんじゃないの?」
「そうかな?もっと多いんじゃないの」
「そうだね。やっぱり普通に生えてくる毛と生えるのが止まる毛があって然るべきだろうな」
「話は変わるけど、女性の髪の毛ってロングかショートかどっちが好み」
「別にどっちでもいいよ。その人の顔に似合っていれば」
「俺はセミロングかミドルがいいなあ」
「まあ女性の髪の毛は、若い頃はロングにして結婚して年とるとショートの人が多いよなあ。何でだろう?」
「そりゃ、髪が長いと髪の毛の途中で結わないと、邪魔になって家事ができないからさ」
「なるほどな」
「男の髪の毛が長い人はちょっと変わった人だな」
「そりゃ言えてる。暑いときなんか髪が多いと痒(かゆ)くなるもんな」

万花物語 #31-60

万花物語 #31-60

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-09-02

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  1. #31-40
  2. #41-50
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