万花物語 #1-30

万花物語 #1-30

●自己管理できる人 ●円満な家庭●未来のアナタ●過去に戻っても・・・・・・●すれる靴●ところてん●平常心で臨め ●程々の極意●行列のできる優勝セール ●鏡の向こうの世界
●伝統の秋祭り ●松茸尽くし●全学全入時代の生徒達 ●神様お願い●笑いの本質●ID新システム●どこかで誰かが●小よく大を制す一例●風まかせの世界一周●ウキウキ一泊旅行
●相性の悪い恋人達 ●長すぎる髪の女●スケベなオヤジ ●南の島を守れ!●季節はずれの幽霊 ●寂しがり屋の宇宙人●壊れたプリンター ●いじめの方程式
●井戸端会議が・・・ ●お人好し一家

#1-10

●自己管理できる人

その人は、時々、何がどこにあるのか忘れてしまう人だった。それでも大事な物の場所はきちんと覚えていた。いわゆる自己管理できる人だった。
ある日、友人Aが訪ねてきて、友達Bの電話番号を聞かれた。個人情報の保護のため、その人はBがAの知り合いかどうかよく聞いてみた。すると、三年前からの知り合いだということで、その人はBの電話番号をAに教えた。
こんな具合に、今や住所や電話番号は開示か非開示か、その人の裁量に任される時代であった。これも自己管理をきちんとしないといけないものである。
その人は手作業で、名前と住所と電話番号を書いて覚えていた。
しかし、それらを忘れてしまうのでパソコンで管理して、印刷して電話の横に貼っておいた。しかし、その人の年齢からいっても、入院する人もいて、絶えず更新が必要であった。かといって、実家の電話番号を消すこともできず、更新前と更新後の二種類を作った。
ある日、友人のC氏が入院したので、入院先の電話番号を聞いて、住所録を更新した。しかし、C氏は一週間に一度は外出して実家に戻るので連絡がとりづらかった。結局一ヶ月で退院したC氏は、その人に、
「おかげ様で退院できました。どうもお世話をおかけしました」
と電話でお礼を言った。
その人は、
「本当に良かったです。我々にもよくあることですからね。気をつけないと。それで更新前の住所録の通りでいいんですね?」
と言うと、C氏は
「息子夫婦の方に移りました。電話は・・・・・・に変わりました」
と言った。その人は困って三枚目の住所録を作らねばならなかった。
個人情報の管理も大変である。

●円満な家庭

その夫婦は結婚して、子供を育て、円満な家庭を築こうと思っていた。
しかし、現実は厳しかった。新居の家賃を払うのもやっとで、細かいことをお互い言い出すと一歩も引かず、すぐに喧嘩(けんか)になった。それでも、子供の成長を願う親心は二人とも持っていて、子供がいるから喧嘩しても夫婦関係はなんとか保たれていた。
「あんたは考え方が古いのよ。これだから役人の女房は苦労するのよ」
と妻は言うと、夫は
「新しい考え方に達するまでには、その過程があるだろうが。歴史を学ばないと過ちを繰り返すことになるんだぞ」
と反論した。
「じゃあ、どうして新しい考えを受け入れないのよ?時代に合った考えが一番大切なのよ!」
「時代に合った考えって何のことだ?」
「世界遺産を守る、とか、夫婦別姓を受け入れる、とか、ES細胞で新しい臓器を作る、とかよ」
「難しいことを言うなあ。そういう新しい動きに同調しろ、ということか?」
「そうよ。新聞にも書いてあるでしょ?」
「そりゃそうだが・・・・・・。でも昔からの伝統を守ることも大事だよ。温故知新で、昔の考えから新しい発想が生まれるんだから」
「そんなことは無いわよ。新しいやり方は、古いやり方を真似たりしないものもあるわよ。企業買収なんて新しい発想は、インターネット社会から生まれたマネーゲームなんだから」
「・・・・・・」
「とにかく、私は新聞をよく読んでいるんだからお金の管理は私に任せなさい」
「わかったよ。君の考えに合わせるよ」
かくして幾つものハードルを越えて、その夫婦は円満な家庭を築いた。

●未来のアナタ

未来のアナタはどんなヒトですか?先の事は神のみぞ知ることですが、五年後、十年後のアナタはどんなコトをしていますか?きっと誰もが幸せに暮らせるように、今を生きていますか?
そのパンフレットにはそう書いてあった。ある宗教のよくある文句を並べてあった。信仰でしか今を生きられない人々の多いこと、多いこと。結局は宗教が対立して摩擦を起こすことを彼らは分かっていないのだ。それを歴史で学んだある青年は無宗教こそ一番だと悟っていた。
その青年は、
「未来なんて誰にも分からないのに、未来の自分へ投資しろ、だの、保険をかけろ、だの、よく言うぜ」
と言った。青年は一ヶ月の予定表を予定通りこなすだけだった。
「神様なんて作りごとの世界にはオレは関係ないね」
そう言うと、友達は、
「先祖の霊を崇(あが)めることは別に悪いことじゃないんじゃないか?」
と反論した。
青年は、
「それくらいはオレもやるけど、それを宗教に結び付けて金儲けをしている団体があるだろう?それが彼らの常套手段なんだ」
そう言うと、友達は黙ってしまった。
青年は、
「現世が幸せであればそれで良い。何も金を集めたりするような連中にはかかわらない方が良い」
と言った。
しかし、現実には、現世が幸せでないヒトも多いのが事実なのだ。それにつけこむ人々も少なくないのが現状である。

●過去に戻っても・・・・・・

その人は毎日が辛かった。仕事も家庭も上手くいかなかった。趣味も散歩に出るぐらいで大したものではなかった。
そして、いつも迷うのであった。迷った結果、行った方向に歩き出しても、やっぱりあの時違った方向にいっていればよかった、と後悔する毎日であった。
しかし、世の中にはそんな人はごまんといるもんで、別に普通に生活しているように見えた。
そして、時々、
「ああ過去に戻れれば、あの時ああすれば良かった」
とクヨクヨするのであった。
そんな時は、女房が、
「そんなこと言ったってしょうがないでしょ。過去に戻っても、きっと同じ選択をすると思うわよ」
と言って、
「男ならクヨクヨせず力一杯生きなさい」
と励ましてくれるのであった。
すると、男も、
「確かにその通りだ。お前の言うことが正しい。過去に戻れることなんてあり得ないし、自分が選んだ道だから後悔してもしょうがない。これから気をつけていけばいいんだ。過去の失敗は、未来への成功の基だ」
とマイナス思考をやめた。
そして、明日からは別人のごとく、力強く生きるのであった。
そして、仕事も家庭も上手く行くようになり、好きな散歩でストレスを解消して悩みも減っていった。
その人は、その人の女房と同じく、プラス思考になった。
そして、ようやく自分が他人からどんな評価を受けているか分かってきた。困った時は、上司以外の仲間に相談した。そして、普通に人生を送っていった。

●すれる靴

 その男の履く靴はいつも擦れていた。すれる靴を男は愛用していた。擦れるのは男の歩き方に問題があったからである。
 どこへ行くにもその靴を履いていたため中流階級と思われた。どこの店でも、靴でその人の財力を見抜く、といわれるように、その男はすれてない靴も持っていて、彼女とデートするときだけそのすれてない靴を履いた。
 ある日、男は彼女に注意された。
「あなたの歩き方ってがに股なのね。それだと靴が擦れるわよ」
「ああ、そうだったのか。だからオレの靴は擦れていることが多いんだ」
「私みたいにきれいに歩きなさい。こういう風に」
と彼女は言うと、モデルのような綺麗な歩き方をした。
「わかったよ。君の歩き方を参考にするよ。ご忠告ありがとう」
男はそれ以来、歩き方を変えて、正しい歩き方を身につけた。
それからというもの、男は、買った靴を履いても擦れる靴は無かった。
そして、彼女とも、擦れ違いは無かった。
やがて、男は彼女と結婚して、女の子ができた。男は子供に正しい歩き方を教えた。そのお陰で子供は美脚になって、モデルになった。そしてたくさん彼氏ができたが、
「結婚するなら、靴を見て、癖の無い綺麗な靴の持ち主と結婚しろ」
と諭(さと)した。その女の子は父の教えを忠実に守り、綺麗な靴の持ち主と結婚して幸せになった、という。

●ところてん

その人は関東生まれの関東育ちで、関西には行ったことがなかった。たまたま、部長の指示により、関西へ出張した。
昼は、ダイエットをしているので、喫茶店に入ってメニューを見て何か軽い食事を取ろうと考えていた。丁度、季節柄、心太があったのでそれを頼んだ。
「やれやれ、やっと一息つける」
と言うと、おしぼりで顔を拭(ぬぐ)った。
しばらくして、心太が容器ごと運ばれてきた。中に心太の塊が入っていたので、突き
棒を押してみると、綺麗に心太ができた。
さて、いざ食おうという時に気付いた。何と黒蜜ではなく、辛子(からし)醤油が添えられたいたのだ。関東では、心太は黒蜜と決まっていたから、その人は驚いた。
しかし、自分が注文したものだから仕方ない。
「何だ、黒蜜じゃないのか。ダイエット中だから何かの嫌味か?」
と思ったけれど、いまさらメニューを変えるわけにもいかず、かといって生で心太を食うわけにもいかず、渋々、辛子醤油で食べてみた。
「関西人は変わっているなあ、心太みたいなデザートを辛子醤油で食うとはなあ」
心太に限らず、関東と関西では、風習がまるっきり違っていることが多い。江戸時代の風習がそのまま残ってしまっている、といった所だろうか?同じものでも呼び名が違うことは勿論(もちろん)、やり方も違うのだ。
それはともかく、その人は、当惑しながら心太をつるりと平らげて、今度ダイエットに成功したら、絶対ホットケーキを頼もうと思って、帰りの新幹線に飛び乗った。

●平常心で臨め

その生徒は、テストの出来具合の波が大きかった。簡単だな、となめてかかった所を間違えて、慎重に行かなきゃ、と用心した所は正解した。
ある日、テストの波に気付いた担任の先生は、
「テストでもそうだし、何事も、平常心で臨め」
とアドバイスした。
生徒は、先生に言われて初めて、自分の心が揺れ動くから、テストの成績に波があることを知った。
それ以来、何事も平常心で臨むよう心掛けた。平常心でいられるよう、まずリラックスするようにした。テストでも部活でも、力を入れすぎずに普通に挑戦した。
その結果、大体は八割方うまくいった。平常心だけではいかず、感動したり、好奇心をそそられたりする事もあったが、自分の自我が大きく変わることはなかった。
お陰で、先生の勧めもあって大学に行かず、高卒で企業に就職したその生徒は、周囲の意見に惑わされることもなく己(おのれ)の人生を突き進んだ。仕事でミスをしても、あわてずによく考え直して正解にたどり着いた。そんな平凡な生徒にも彼女ができた。高校時代の友達の友達だった。
友達は、
「俺の片思いの女なんだ。お前なら両思いになると思うよ」
と言った。
彼女は、
「あなたの平常心が素敵ね。波を砕く岩のように逞(たくま)しいわ」
と言った。
そして、二人は無事結婚して平凡な家庭を築いた。人生山あり、谷あり、というけれど、彼の場合は例外で、小さな山と小さな谷が数回あるだけであった。これもひとえに、担任の先生の言葉のお陰であった。

●程々の極意

その学生は、程々の極意を知らなかった。やりだしたら、やりっぱなしで、終りを知らなかった。何事にも限度があるのに、誰もそれを彼に教えなかった。
「今日も朝から頑張るぞ」
彼は意欲に満ち満ちていた。
そして、昨日と同じように、中途半端な結果しか出せなかった。彼はそんな些細なことで悩んだ。
――なぜ、俺には自分の描いたとおりの事ができないんだ?
しかし、それは誰しも経験することで、思い描いたことがその日のうちに全部できたら明日やることがなくなってしまうものである。
それにやっと気付いたときは、彼は孤独な人間になっていた。
「今日も程々でいこう」
彼は、少しルーズになってみた。
すると、彼の周囲の人間関係は上手く回りだして円滑になった。お陰で、彼女もできし、周りからいい奴だと誉められた。
彼は思った。
「これが程々の極意ってやつか。人生も学業も仕事も程々が一番だ」
彼は彼女に尋ねた。
「君は、僕と将来パートナーになるつもりはあるかい?」
「ええ、あるわ」
そして、二人は学生結婚をした。
そのまま就職して普通に出世街道を歩んだ。
そして、普通に定年を迎えて、子供たちも巣立ち、普通の老夫婦となった。
人間万事程々が一番という話だった

●行列のできる優勝セール

その百貨店の、ある階は非常に混んでいた。なぜならその百貨店のグループの野球チームが優勝したからだった。優勝して、ファンサービスの一環として、優勝セールを行なった為であった。熱烈なファンは、普段目に見られないものが売っていると聞きつけて、セール期間中の日曜日に殺到した。
「おー、すごいなあ。行列のできる優勝セール、とはこのことだ。どれぐらい行きそうだ」
と部長はヒラ社員のツジモトに聞いた。
ツジモトは、電卓を叩いて、
「一人三千~五千円買うとして、ファン十万人とみて、三億円は固いでしょう、部長」
と言った。
部長は満面に笑みをたたえて、
「そいつは、すごい。すごい。オレの給料も大幅アップだ」
と言った。
「部長、わたくしツジモトの給料はどうですか」
「君も大幅アップだよ。毎年こうでないとなあ」
と部長は言った。
ツジモトは、
「しかし、毎年優勝してしまうと、セールに出す商品の価値が半減してしまいませんか?」
と素朴な意見を述べた。
「馬鹿だなあ、ツジモト。毎年商品の色を変えればいいんだよ。マグカップは二十八色使えるんだから。Tシャツもフルカラーにして、今年は白、来年は黒、再来年は赤、という風に順繰り順繰りしていけばいいだろう?お前のパソコンのお絵かきソフトも二十八色だろう?更に、日本一の年は、金色と銀色を加えて三十色にすればいいではないか」
「さすがは部長。色まで考えていたとはすごいですね。さっそく営業に連絡して、色使いを変えたバージョンを発注しましょう」
かくして行列のできる優勝セールは大賑わいだった。
そして経済効果も何億円もありその地域の経済は大いに潤った。チームは、投資の対象にもなって、そのグループの株価は大幅に上昇したという。

●鏡の向こうの世界

その男は、鏡の向こうの世界の番人だった。鏡の向こうの世界とは、文字通り全てが現実と逆向きの世界であった。右利きの人は左利きに、左利きの人は右利きになる。現実とは逆の世界で、現実とその世界の接点は、番人が許可をもらって本人と対面するときだけであった。
「アーア、眠い。もう朝か。さて鏡の世界を現実と合わせる時間だな。もうそろそろ家族も起きる頃だろう」
番人がつぶやくと、そこの家の主人が起きてきて顔を洗って、鏡を見た。
「ふむふむ、我ながら、年相応の、いい顔をしているな」
主人はそうつぶやくと、くしを水で濡らして、髪の毛にあてて、さっと髪を整えた。
早起きの主人の次は、息子だった。
息子は息子でこう言った。
「自分の顔は二十歳の頃と変わらないなあ。無表情で・・・・・・」
最後に、主人の妻が起きてきて、鏡を見て、
「あら、また白髪が増えてる。嫌だわ」
と言った。
そして、鏡の向こうの世界の番人は、こう言った。
「やれやれ。この家族も鏡を見て思うことといったら、自分たちのことばかり考えているなあ。本当の姿を映しているだけなのに」
そして、鏡の向こうの世界では、現実と異なる現実が動いていた。しかし、そんなことは誰も知る由(よし)もなかった。鏡の向こうの世界は、化粧やひげの手入れだけに存在しているのではなかった。持ち主の表情から、果ては患者の消化器まで映す優れものだった。使う度(たび)にポイントが加算されて、ある程度たまると時々笑顔を写すのであった。

#11-20

●伝統の秋祭り

その町には、先祖代々続いている、伝統の秋祭りがあった。
そして今年もそのシーズンを迎えた。幸い秋雨前線も去り、すがすがしい秋空の下で、行われることになった。
祭りのハイライトは、きらびやかな山車(だし)であった。この山車が出る頃、祭りはピークを迎えるのである。この山車を一目見ようと多くの人々で賑わった。最近では写メール付の携帯電話でこの山車を撮る人もいた。
「さあ、これからよ。うちの亭主が山車を担ぐのよ。しっかり撮らなきゃ」
「まあ、いいわね。うちはあいにく休日出勤で、祭りには参加できないのよ。せめて、この児だけでも祭りの雰囲気を見せてあげなきゃ」
やがて山車が一直線に進んできた。
パシャ、パシャ。あっちこっちでデジカメや携帯のフラッシュがたかれた。
怒涛(どとう)の如く去っていった山車はカーブを曲がって消え去った。
「奥さん、撮れたわよ。ムービーにしたの」
「おたくの携帯進んでるわね。動画も撮れるの?」
「そうよ容量は大きいけど、ムービーにして家族で鑑賞会を開くのよ」
「まあ、いいわね。いい想い出になるわね」
「今年は、結婚五周年だから大事な年にしたいの」
「うちは、そういう何周年だから、とかないわ。羨(うらや)ましい」
「のんべんだらりと人生を送っちゃ駄目よ。メリハリつけなきゃ」
「メリハリねえ・・・・・・」
「うちは、祭り姿で夕飯を食べるのよ。メニューは散らし寿司。もうお姑さんが作って待機しているの」
「まさに伝統の秋祭りを満喫してるわねえ。祭りからエネルギーをもらっているみたい」
「そうよ。祭りは、この町の男衆のエネルギーそのものよ」
かくしてその奥様方は祭りを楽しんだ。祭りは、ニュースでも放送されて、知名度アップにつながった。男衆は神社に山車を置いて、お疲れさん、と労をねぎらった。
あなたの町ではどうですか?

●松茸尽くし

その国会議員は、食欲の秋だと言って、秘書らを連れて料亭に出掛けた。
その料亭に着くと、
「松茸尽くしコースを二人前くれ」
と言って、おしぼりで汗をぬぐった。
しばらくして、前菜の松茸の素焼きが出てきた。
「うん、美味い、美味い」
と議員は言った。秘書は議員にビールを勧めた。
「松茸にビールか。贅沢だな。本当に当選して良かった」
と議員は目を細めて言った。
次に松茸のお澄ましが出てきた。
そして、メインの松茸ご飯と、松茸を和えたサーロインステーキが出てきた。
「美味い、美味い」
議員は満足気な顔をしてパクパク食べた。
最後に、松茸風味のシャーベットがでてきた。
「おー、すごい。これぞ松茸尽くしと銘打つだけのことはある。ああ幸せだ」
議員の言うことに、秘書はいちいち、
「そうでございますね」
と相槌(あいづち)を打った。
さて、お会計となって、議員は接待費に含めないよう指示した。上様と、値段が書かれた領収書を秘書はもらった。
秘書は尋ねた。
「これは何費で落とすのですか?」
「いつものように、交際費で落とすんだ」
議員は、いつも接待費が多くなるのを抑えるため、交際費を乱発した。
これだから、国会議員連中は、私的な会食でも、さも公的な集まりの会食であったごとく会計を誤魔化すのであった。会計検査院もそこまでは追及できなかった。
皆さんだったら、どう追求しますか?

●全学全入時代の生徒達

もはや、この時代では、少子化が進んで、高校生は受験しても落ちることはほとんどなかった。大学側がいくら難しい問題を出しても、高校生が解答できなくても、定員割れすると大学経営上マズイので、高校の進路指導室の先生の用意したデータと、生徒の偏差値を見て、進路を決めるのが一般的になっていた。
「次、ワタナベ。お前の成績では、上位の大学へは入れないから、中位の大学の中で選べ」
「先生、今や学歴社会じゃないからどこの大学でもいいです。医者になりたいので、医大へ行きたいです」
「そうか、そしたら、下宿したいならこの辺の大学がある。家から通うならA医大だな。どうする?」
「やっぱり地元の大学で下宿したいです」
「それならB医大か?」
「B医大でいいです」
「医大も出るまで大変だけど、まあ高齢者がこんだけ多いと、医者はいくらいても足りないぐらいだから安定した職業選択だな」
かくしてワタナベは、B医大とC医大を受験して、幸運にも両方受かったので、一番活気あふれる町のC医大に行った。
医者の世界は上下関係が厳しくて、中々出世しなかったが、彼の親が医院を経営しているので、親の後を継いで開業医になんとかなれた。二世医者である。幸いにも、友達数名と大学時代に合コンして知り合った美人の女性と結婚できた。
こんな話では、人生は終わらない。若い時の苦労は買ってでもしろ、という格言をワタナベは知らなかった。
やがて患者数が増えて、他の医者も雇わなくてはならなくなり、医院経営も厳しくなってきた。
「父さん、どうしよう?」
「まあなんとかなるさ。もう二人ぐらい雇えば利益が出るんじゃないか?コツコツ貯めて好きなことに使えばいいよ。ワシにはもう金は要らんから」
「金はいらないかもしれないけど、老後の面倒を見るのは僕なんだから。しっかり、主治医としてボケずにやってくれよ。頼むよ」
そうしているうちに、医療プランナーの勧めもあって、適当な患者数と医院の医者の数がうまく合致して、経営は安定して黒字が続くようになった。
医者と坊主と政治家はいつの世も儲かる仕組みになっているもんである。
しかし、未知の細菌を殺す道を選んだ医者は、野口英世のようにならないことを願おうと思う。

●神様お願い

「神様、どうか病弱な母を健康にして下さい」 その少年は、とある病院の病室で祈った。
その少年の母親は、3ヶ月前から入院していた。病名は知らされていなかったが、父親は知っていた。
すると、少年の夢の中に幾度も神様が出てきて励ました。
「少年よ。心配するな。お前の母は、気が弱っているだけだ。近いうちに必ず病気が良くなって退院できるはずだ」
夢から覚めた少年は、神様に何度も感謝した。
「母さん、すぐに退院できるよ。神様が夢の中でそう言っていたよ」
「そ、そうかい。私も神様に退院できるよう祈っていたんだよ」
「父さんも、神様にお願いしていたんだよ。母さんの病気は軽いから、必ずすぐ良くなるってな」
すると親子三人の願いが届いたのか、主治医がやって来て、
「お母さん、明日退院できますよ」
と言った。
「先生、母は元気が出てきたんですね」
「その通り。もう充分元気になったから安心してください」
「ありがとうございました」
そして、翌日の朝、その少年の母は退院した。家族そろって、快気祝いに、寿司屋に行って、腹いっぱい寿司を食べた。
父親は、母に言った。
「不思議なもんだ。病は気から、とよく言うが、よくぞ元気がでたもんだ」
母は、
「元気になれたのは、きっとこの子と神様のお陰よ。どうもありがとう」
少年も神様に感謝した。
「神様どうもありがとう。家族みんな元気です。これも神様のお陰です。神様どうもありがとう」
家族は、神様に何度も感謝した。実は、少年の家族以外にも神様にお願いしていた人はいたが、少年の謙虚さに神様は幸福の手を差し伸べたのだった。

●笑いの本質

その芸人達二人は悩んでいた。ちっとも自分たちに仕事が回ってこないことを。
ある日、大御所の芸人先輩を偶然居酒屋で目撃したので、そばによって悩みを打ち明けた。
「先輩、僕らにはちっとも仕事が回ってこないんですよ」
「おう、そうか。なんかネタやってみい」
「そうですか。わかりました。相方いくぞ。
どうも~○でございます」
「あかん、あかん。もっとボケが阿呆な顔せな。笑いの本質はボケがボケたおさなあかんのや」
「なるほど。笑いの本質がようわかりました」
「もいっぺん、やってみい」
「どうも~*!#$でごじゃります」
「おもろいやんけ。それでいってみい」
大御所先輩の指導で、その芸人たちはみっちり五時間ネタをやってみた。
「だいぶようなった。俺のプロダクションの方に電話いれるさかい、仕事回したろ」
「ありがとうございます」
「ありがとうございます」
二人は頭を下げた。
そして、翌週から仕事が入った。お陰でやっと夢がかなった。その夜打ち合わせをかねて、相方のAのところへBが来た。
「そうか。俺たちネタが真面目すぎたんやな」
「そういうことや。笑いの本質とは、ボケがとことんボケて、ツッコミがすぐ突っ込むことや。要は人間の差別化やで」
「えらい難しいこというなあ。人間の差別化か。そうかもしれんなあ」
「芸人の世界でも、このコンビはここが他のコンビと違う、いうとこを目指すんや」
「よっしゃ、頑張ろう」
笑いの本質とは、人間の差別化である、という。本当なのかはさておき、二人の行く末を祈ろう。

●ID新システム

その銀行では、カードを使わないシステムを開発した。人それぞれ千差万別である、指紋と掌(てのひら)の両方で本人確認をするのである。いわば、ID新システムである。利き手の人差し指と掌を銀行のホストコンピュータに登録しておいて、ATMを利用するとき、画面に人差し指を押して、掌も押して確認するシステムである。指や掌にケガさえしていなければ本人確認はできる。
ある日、新システムを初めて利用するお年寄りが来た。
「こんにちは、利き手の人差し指と掌を画面に押してください」
画面にはCGで手の絵が出てきた。
「画面を押すとはどういうことじゃろうか?」
その老人は困ってしまった。
「とりあえず、人差し指を真ん中で押してみるか」
「申し訳ありません。もう一度お願いします」
「はてさて、カードが要らなくなったと聞いてやってきたが、ちいともわからん。係員さん、どうするんじゃ?」
ようやく気付いた係員は、丁寧に教えた。
「利き手は右手ですね。この画面の人差し指、左から二番目の指の絵の所を合わせるようにして押してもらえますか?」
「ほいっと。これでよいのか?」
「次にこの画面の掌のところにお客様の掌を押してもらえますか?」
「これでよいのじゃな」
「もう少し強めにお願いします」
「こうか?」
ATMがしゃべりだした。
「本人確認できました。お取引内容を選択して下さい」
「えーと、ひ孫へのゲーム代だから、引き出しじゃな。これっと」
後は、今までどおりのATM操作でそのご老人はお金を引きおろせた。
「やれやれ、新システムには慣れが必要じゃな」
そう言うと、ご老人は財布にお金を入れて立ち去っていった。

●どこかで誰かが

この世の中、人間社会は複雑である。私たちの知らないエリアもいっぱいある。きっと、どこかで誰かが上手く舵取りをしているのだろう。
政治にしろ、経済にしろ、破綻しないのは、きっとどこかで誰かが何らかの活動をしているからであろう。社会の縮図である学校も、どこかで誰かが何らかの活動をしているのだ。
例えば、この地域のA小学校のB年C組の場合。
「先生、タカダ君がナガタ君をいじめてました」
「そうか。よし。クラス会で取り上げよう」
と担任のマツダ先生は言った。
そして、数日後、クラス会で、C組のいじめを取り上げた。
「タカダがナガタをいじめているらしいが、みんなその現場を見たことがある人、手を上げて」
「わたし知りません」
「僕もしりません」
「なんだ、なんだ。職員室にキダが知らせてくれたんだぞ。あれはウソか?キダ」
担任のマツダ先生はややいぶかしげな顔をしながらキダに尋ねた。
キダは、
「ウソじゃありません。本当です。みんな見ているし、知っているはずです」
と答えた。
「じゃあ、なぜみんな知らない振りをするんだ?」
「それは、タカダ君がこの組の番長だからです。番長が弱いものいじめをしても誰もはむかえないからです。誰も止められないんです。だから、僕が先生に告げに行ったんです」
「そうか。偉いぞキダ。オイ、タカダなぜナガタをいじめるのだ?いじめはいけないことだとわかってないのか?」
「僕はいじめていません。ナガタをちょっとからかっただけです」
「暴力をふるったんだろ?」
「いいえ。好きなプロレスの技を試したかっただけです」
「それをいじめと言うんだ。馬鹿者!テレビでやってるプロレスは、お金をもらって、お互いが技を掛け合っているんだ。テレビに影響されちゃいかん。タカダの保護者に先生からよーく説教しておくからな」
こうして、C組内のいじめは沈静化した。
しかし、体のいじめはなくなっても、言葉でのいじめはなくならなかった。タカダは頭が良かったから次から次へと言葉でのいじめをやりまくった。そして、またクラス会で取り上げられて先生から大目玉を食らうのであった。
このように、社会からいじめがなくならないのは、弱肉強食の世の中であるからである。
みなさんは、どう思いますか?

●小よく大を制す一例

その小学生は頭が良かった。家庭教師として、勉強を教えに来ていた大学生よりも頭が柔軟だった。その算数の難問を、小学生の方が大学生よりも早く解答できた。
「先生、できたよ」
「え、もうわかったの?」
「うん。先生の方が頭が悪いね」
「うーん、まあ先生もただの大学生。人の子だから分からない問題もあるさ。しかし、すごいなあ。こんな難問をすぐ解ける子はそうそういないぞ」
「そんなことないよ。先生の頭が硬いんだよ」
「もう僕が教える必要もないんじゃないか?」
「うん、お母さんに先生はもういらないって言っとくよ」
まさに、小よく大を制す、の格言通りになった。
しかし、英語だけはまだ中学生レベルの単語しか知らなかった。そこで、その小学生の母はインターネットで調べて、○×塾の○×先生に英語の家庭教師を頼んだ。
英語は、習うより慣れろ、で英国出身の○×先生のリスニングが難しいのであった。
○×先生は、宿題として、午後六時からのニュースを二ヶ国語で流している放送を聴いて慣れなさい、と言った。
その放送は、日本の芸能情報から世界の戦争までを、幅広く、三十分間に凝縮して流していた。リモコンの切り替えボタン一つで英国人の英語が流れてきた。
その小学生はニュースという情報洪水にうんざりしていたので適当に聞き流していた。
そして、いつの間にか、難しい単語を知るようになった。ある日、○×先生が家庭教師としてやってきた時、その単語を幾つか、その小学生がしゃべったら○×先生は驚いた。
なんて、上達の早い子なんだろう、と思った。
これまた、小学生が大人を圧倒する、小よく大を制す二例目であった。
○×先生は、この子には教えることはもう何もない、そのニュースを聞き続けなさい、と言って去って行った。
それを知ったその小学生の母は、その子をアメリカンスクールに入れて、中学・高校ともにアメリカンスクールに通わせた。その子は無遅刻無欠勤で、卒業するとき学業優秀者に選ばれた。そして、アメリカの大学に通って、宇宙飛行士になった。そしてNASAに勤務して、火星探査のプロジェクトチームに入って火星の秘密を突き止めた。そして日本に帰り、普通の女性と結婚して、普通に長生きした。

●風まかせの世界一周

その風船は、博覧会の開会式のときに使われたものだった。人間によって特殊なガスを入れられた風船は、他の風船たちと共に、大空に放たれた。その風船だけは、しぼんで海の波間に落ちたり、空の高いところで弾けたりはしなかった。丁度良く、大気と同じ組成のガスだったので、空中をフワフワと漂える風船だった。
行く先は出発点だった。つまり、風まかせの世界一周をして、元のところに戻ってくるのが目的だった。そういう意図で人間によって作られた風船だった。
風船にしてみれば、何が起きるかわからないまま、放出されて、風まかせに漂う、なんてできるのか、と聞きたくなるところだが、風船として工場で作られた、命を吹き込まれたモノとして、なにかしら人間の役に立つものならば、という思い出あったかもしれない。
とにかく、風船は出発した。空中二千mぐらいの高さをフワフワと風に流されて漂った。富士山にも逢えたし、さまざまな野鳥たちにも逢った。
海へ出ると、台風やハリケーンなども見たが、幸い、それらの進路から外れて、なんとか風まかせに流れに乗って進むことができた。飛行機が上をドドードドーと通っていった。
そしてアメリカ大陸を横断して、山を越えて、丘を越えて、平野を通って、また海に出た。海には小さな小島がいくつかあった。
そして、今度はヨーロッパの都市を空中散歩した。ヨーロッパを過ぎて、シルクロードを越えて、やっとこさ、日本に辿り着いた。
無事役目を終えると、人間の手によって、空の中で、ヘリコプターから回収された。世界一周の目的がわかった。気象庁による、風の流れ具合をGPSで測定するものだった。
単なる風まかせの世界一周ではなく人工衛星の監視下で動く風の通り道の検査だった。

●ウキウキ一泊旅行

 そのカップルは一泊旅行を計画していた。そのことを思うとウキウキしていた。ウキウキ一泊旅行であった。お互いが大学生同士で、講義なんてどうでもよかった。場所は、信州の某所であった。
「ねえ、楽しみね。一泊旅行」
「うん、ウキウキするよ」
「もう必要なものは全部用意しちゃったわ」
「まだ、二週間後だろ?」
「そりゃどうだけど、女の子はいろいろと用意が必要なのよ」
「まあ、事前に準備するのはいいことだけど」
「そうでしょ?友達もそうしてたわ」
「まあ、他人と比較しなくてもいいけど。参考にする程度ならば問題ないな」
「うふふ、何が起こるか楽しみだわ」
「別に、いつもと変わらないままでいいんじゃないのか?穏やかに過ごせればいいと思うけど」
「穏やかにいけばいいけど、せっかくだから刺激を求めなきゃ」
「ノリコ、何か企んでるな?」
「全然そんなことないわ。刺激って言ったのは、テニスのことよ。サークルに入ったのに、二人で打ち合ったことなかったでしょ?」
「そうだっけ。まあそれならいいさ」
そうして二週間後、ウキウキ一泊旅行がやってきた。電車と送迎バスで宿に着いた二人は、早速同じ部屋で着替えて、テニスを始めた。そして、テニスが終わると、二人でお風呂に入った。お互い恥ずかしがりながら、隠す所は隠していた。
そして楽しい夕食が待っていた。夕食のメニューは、カプセルで出てきた。なんと、時代が進んだ今は、糖分・たんぱく質・ビタミンも何もかもが薬のようなサプリメントだった。そして、デザートが硬いせんべいだった。
こんなメニューで若者の体が持つものだろうか?せんべいをかじって脳の満腹中枢を満たすなんて・・・・・・。
かくして、二人は、手をつないで仲良く寝た。翌朝、気持ちよく起きた二人は、朝食をすませて、宿を経営する夫婦のオーナーにお礼を言って、ウキウキ一泊旅行は無事終わった。

#21-30

●相性の悪い恋人達

そのカップルは、相性が悪かった。血液型占いでも、星座占いでも、風水でも、とにかく占いごとの類いは全て相性が良くなかった。
でも二人はお互いを愛していた。ラブラブだった。将来、結婚してもいいと誓い合った。しかし、周囲の友人からは、相性が悪いから、早く別れたほうがいいわよ、と忠告されていた。
「私たちって何で占っても相性が悪いわねえ。でも、所詮占いなんて真実とはかけ離れたものだと思うわ」
「僕もそう思う。血液型や星座で占っても信じる人と信じない人がいて、僕も君も信じてないから、こうしてここまでやってこれたもん」
「そうよ、その通りよ。友人たちは、占い事が好きなだけで、いいことしか信じないのよ」
「こうして別れずに、今までも、これからも良きパートナーとして付き合っていること自体が大切なんだ」
「ずっとこれからも一緒にいてね」
「うん」
相性の悪い恋人達は、実は相性が良かった。相性の良いカップルであった。他人から見れば占いでは相性の悪いカップルでも、現実に付き合っているカップルは少なくないものなのだ。
実際に一年間付き合って、お互いの良い所、悪い所を充分知り尽くした上で、二人は結婚した。二人は、時々けんかもしながら、それでもこよなくお互いを愛し合って、子供も生まれた。
結局、占いなんて、科学的根拠はなんにもないもので、それを真に受ける信者だけが、あれはいい、これは駄目、と決めつけるものである。昔は、そんな占いなんかで相性を決める人はいなかった。世の中の文化の一つに占いが加わってきただけで、相性は占いでは決まらないものなのである。

●長すぎる髪の女

その女はたいそう長い髪の毛をストレートにしていた。言い換えると、長すぎる髪の女だった。だから、寝るとき以外は、いつも髪を気にしなければならなかった。朝起きて、顔を洗うときも、髪を束ねて後ろに回さねばならなかった。食事のときも、髪がテーブルに着かないように後ろに束ねなければならなかった。外出中も、髪を下ろして歩くときは、虫などが止まらぬよう、気をつけねばならなかった。
あまりにも長い髪の毛の女に旦那の男は注意した。
「もっと短くできないのか?見ている方もハラハラするよ」
「今の長さが私にはちょうどいいの。短くはできないわ。髪は女の命ですもの」
「そう言われると身もふたもないけどな」
「お金がなくなったら、この髪を切って売るつもりよ」
「髪は命っていったのは、君の方じゃないか。そう簡単に命と金を交換できないだろう」
「できないわ。でもどの髪の毛も世界に一つだけのDNAが入っているのよ」
「だったら、なおさら、そう簡単には髪を切れないなあ」
「そういうことよ」
「過ぎたるは及ばざるが如し、という格言があるけど、君の場合は例外だな」
「そんな格言なんて、私には当てはまらないわ」
そうして、女は腰まで髪を伸ばし続けた。
意外と、そういうカップルは少なくなくて、一種の流行だった。
その内、雑誌に取り上げられて、髪の毛専用のモデルになる女性もいた。その女の旦那は長い髪が、食事のときにポニーテールになると、いつも競馬を思い起こして馬券を買うのが慣わしになった。女は女で、ストレートな髪の毛からスパゲッティーを連想して、昼はいつもスパゲッティーを作るのであった。
しかし、やがて二人の間に子供ができると、女は三つ編みにして短くして、子供に触れられないようにした。なにしろ、子供ほど雑菌を手につける者はないのだから。

●スケベなオヤジ

そのオヤジはスケベだった。何よりも、女の園である看護師の世界に入ったのは、かわいい看護婦と結婚するためだった。その当時は、看護婦の方が圧倒的に多くて、男性看護師はわずかだった。女同士の結びつきの多い世界で、男として仕事をこなすのは、それなりの苦労があった。だが、スケベオヤジは、まんまと看護婦をものにして結婚した。
今や、男性だけ、女性だけという世界は、どこにも見あたらなかった。
そして、スケベなオヤジは、周囲の嫉妬に耐えかねて看護師の仕事を辞めて、色んな世界を渡り歩いた。そして、最終的には、また看護師としてあるクリニックに勤めた。
「給料は安いが、これで満足だ。ワハハ」
そのオヤジは、若くて綺麗な看護婦がクリニックに面接するたびに、院長とニヤケ顔で、一番若くて綺麗な看護婦を採用するのが楽しかった。クリニックの看護師長として、仕事の量は多かったが、若い女性看護婦のエキスを吸って、いつまでもボケなかった。
「院長、この仕事は楽しいですなあ」
「そうかい?私は、毎晩遅くまで患者の面倒を見るので精一杯で楽しいなんて思ったことは一度もなかったぞ。それより、あんたは、そろそろ定年なんじゃないか」
「はい、その通りです。院長、退職金をたっぷり出して下さいな」
「当医院も経営が苦しいけれど、あんたの仕事ぶりに見合っただけの退職金は払いましょう」
「ありがとうございます」
そのオヤジは、新しい看護師を募集して、経験豊富な若い人材を採用した。
「これで、カネはたんまりもらうし、後継者もできたし、もう私がいなくてもいいだろう」
オヤジはそうつぶやいた。
やがて、世代交代が進み、若いスタッフが力を発揮する体制が整った。スケベなオヤジは、隠居して、早朝から天体観測を始めた。
「きれいな星たちだなあ。天体観測は男のロマン。なんて宇宙は素晴らしいんだろう!」
そのオヤジは、毎晩、少しづつ星を観測してはスケッチにつけた。
そして、ついに新しい星を発見した。オヤジは自分の名前をつけようか、と最初思ったが、個人の栄誉より、自分のあだ名をとって、『スケベ』と名づけた。この星を観測しては、自分の生きてきた人生を振り返って欲しい、と思った。その星は、北東の空に青白く輝いて天体観測者たちを今日も魅了するのであった。

●南の島を守れ!

インド洋に浮かぶその島は最後の楽園とよばれていた。そんな南の島にも、地球温暖化の影響がじわじわと出てきていた。温暖化で海水が温められて膨張し、海水面が一m上昇するかもしれないのだ。この南の島は山などなく、サンゴ礁とわずかの砂浜でできていたので、海水面が上昇すると、海に沈んで見えなくなるのだ。現地の政府は、税金を費やしてでも、観光資源となっている、南の島を守らなければならなかった。政府は国連に訴えて、その国の南の島を守るべきだと主張した。
「毎年五十cmの砂を盛って下さい」
とその国の大統領は請願した。
しかし、国連は、
「一国の利益だけに貢献はしない」
と請願を却下した。
そうこうしているうちに、その国の南の島はなすすべもなく沈没してしまった。
そして、その国の観光の目玉である南の島は少しずつ消えていった。その南の島に来たことのある外国人観光客は、義捐(ぎえん)金(きん)を募ったが、自然のパワーには到底及ばなかった。
その国の大統領は嘆いた。
「もはや、観光資源が失われて財政が赤字になってしまう」
しかし、実際にはサンゴ礁が深くなっただけで、魚たちの生態系にはなんの影響もなかった。確かに、かつて南の島だった所のサンゴ礁や魚たちを見るには、アクセスが悪くなったが、世界遺産に指定されていたので、水没しても世界各国からダイバーたちはやって来た。
その国の住民たちは、
「海面が上昇しても観光客はやって来る。クルーザーのレンタル代金と燃料費がかさむが、綺麗なリーフは元のままだ」
と心配しているような表情は浮かべなかった。
結局、人類が招いた危機は、自業自得ではあったが、賢い人類は別のプランで対処して事なきを得た。
南の島は少なくなったが、他の国でもしわ寄せが来ていて、各国それぞれの対策をとって地球温暖化を食い止めた。温暖化がひと段落着いた頃、南の島は復活した。さすがに世界遺産に指定されただけのことはあって、サンゴ礁や魚たちは昔ながらのままだった。本当の所は、海水を世界各地で吸い上げて海面上昇を防いでいたのだった。
さて、余った海水は何に使われたのか?
そこまでは筆者も知るよしもなかった。

●季節はずれの幽霊

その幽霊は、夏を過ぎてもまだ出没する幽霊だった。いわば、季節はずれの幽霊といったところだろうか。正体は無いけれど、もやもやっと人の意識に出没した。
「ふうふう、やっとすみかが見つかった。夏はあちらこちらで呼ばれて忙しかったけれど、秋になってめっきり暇になった。こんどの人間は住みやすい。このまま春まで居座ろう」
幽霊に取り憑(つ)かれた人は、うら若い女性だった。
「おかしいわね。なんだかこの頃、背筋がゾクゾクっとするわ。気のせいかしら?」
実は気のせいではなかった。幽霊の仕業(しわざ)であった。気の弱そうな女性を狙って取り憑いたのだった。
幽霊の世界でも競争が激しくて、男女合わせて百人ぐらいの幽霊が、自分のすみかとなる人間をターゲットにしていた。
秋口に入ると、幽霊は消滅するが、今回の幽霊は消滅しないタイプの幽霊だった。やることといったら、人の生気を吸って幽霊自身のエネルギーにすることぐらいだった。それ以上のことをすると、幽霊の世界の憲法違反になるので、それぐらいしかできなかった。
「さあ、この女性の生気をたっぷり吸ってやろう。ウシシ」
すると取り憑かれた女性は、
「なんだか気が弱くなってきた。どうしたものかしら。いくらご飯を食べてもパワーがでないわ。どうしてかしら。友達に電話してみよう」
とビクビクしながら電話した。
「もしもし、カオリ。あたしよ、ノリコ。なんだか背筋が寒いの」
「何よ。そんなの気のせいよ。もっと強気になりなさい」
「わかった。ありがとう。じゃあね」
そして、ノリコと名乗る女性は、気を強くするため、休日に山に出かけて滝に打たれた。
そして、山の近くのお寺の和尚さんに祈祷してもらった。
すると、さすがに幽霊はいてもたってもいられず、狐に取り憑いた。
幽霊は舌打ちをしてこう言った。
「チェッ。今度は狐か。仕方ないなあ。まあ、狐でも良かろう。狐の生気を吸ってやろう」
狐はしょっちゅう幽霊に取り憑かれているのでコーン、コーンと鳴いて山里に逃げていった。
皆さんも季節はずれの幽霊には気をつけましょう。たちが悪いですから。

●寂しがり屋の宇宙人

その宇宙人は孤独だった。そもそも、地球で罪を犯し、宇宙追放の刑に処せられて、宇宙人となったからなのだ。懲役三年の刑に、仮釈放されて二年で地球に戻ってきたときは、宇宙服なしでは立てないほどの弱々しさだった。一人身で寄る辺のない宇宙人にとっては、恋しい故郷が地球だった。懲役二年と言っても、宇宙時間だから正確には、二光年だった。
その間、地球は温暖化の影響をもろに受けて、かなり激変していた。自分と同じような人間はいなかった。みんな、アロハシャツを着てサンダル履きだった。髪は白く、白人のようであった。宇宙人は言葉が通じるか喋ってみた。
「あのー、わたし宇宙から地球に戻ってきたものですけど・・・・・・」
「!“#$%&‘」
まるで会話が通じなかった。
その後、会う人ごとに同じ会話が繰り返され、とうとう宇宙人は話すのを諦めた。ジェスチャーや筆談も試みたが誰も理解してくれなかった。
そして、宇宙人はしばし放浪して、自分の家の近くの通天閣にやって来た。
――ここだけは、二光年前と変わらない。しかし、言葉は通じない。いったいどっちが宇宙人なんだろうか?
と宇宙人は思った。とにかく、ここらの空き家を探して住もう、と決めた。幸いにも空き家が一軒あったので、宇宙人と表札に書いてそこにバッグを置いた。まずは、水と食料を確保せねばならなかったので、裁判所に行って懲役が終わったことを証明してもらわねばならなかった。ヘンテコなボタンをいくつか押しているうちにやっと自分の読める言葉がでてきたので、水と食料を下さい、とその言葉に返答した。すると、一週間分の水と食料と、現代語の本を渡してもらった。
やがて、現代語を覚えた宇宙人は、隣の人とも喋れるようになった。
そうこうして、寂しがり屋の宇宙人は、友達ができた。働いてお金を稼いで、何とか一年分の蓄えができた。宇宙人は、アロハシャツを買ってようやく衣食住に困らなくなった。
その内、噂を聞いてやって来た博物館の館長は、珍しい言葉を知っている宇宙人に歴史を書かせて、言葉も録音した。もはや、普通の地球人となった宇宙人は、時々昔のことを思い出しても、今が一番暮らしやすいと悟ったのだった。

●壊れたプリンター

その人の部屋にある、パソコン用プリンターは壊れたままだった。パソコンで書いた文書や表は、印刷してみて初めてミスに気付くものだが、その人のプリンターは壊れていたので、その人は自分のミスに中々気付かなかった。
それならと、白い紙に手で書いて、正確に言うと、目で見て手で写して言葉を表現した。
壊れたプリンターは、まだまだそれなりの価値があったが、度々紙詰まりが起きて、前から調子が悪かったのだ。壊れた原因も紙詰まりが元で壊れてしまった。分解して紙を取り除けば、まだまだ使えるかもしれなかったが、その人は、いずれこうなることは想定していたので、もうプリンターを使うのはやめた。
「やれやれ。もう限界だな、このプリンターは。業者に引き取ってもらおう。長い間ご苦労さん」
その人は、そう言ってプリンターとパソコンの接続ケーブルを外した。
しばらくして、その人の女房が書斎に上がってきた。
「あら、そのプリンターどうするの?業者に引き取ってもらうの?」
「そうだよ」
「まあ、そうなの。結構活躍したもんねえ。私も年賀状の住所を印刷するのに、よくあなたに相談事を持ちかけたものねえ。じゃあ、これからは手書き?」
「そういうことになるなあ。もうこのサイズのは電気屋にも置いてないだろう・・・・・・。お役目ご苦労さん、てことだな」
「こんな機械でも感慨深いものねえ。いろいろマニュアルとかプリントしたけれど、もう必要なくなったものねえ」
こうしてプリンターはパソコンと別れて引退した。きっと、業者が解体して、またどこかで使えるのかもしれない。知らない国とかで。でも、ここは、消費大国の日本。古い機械は新しい機械へと、時代と共に刷新されるものである。そうそういつまでも機械が故障せずにいられるわけでもない。機械には機械の寿命がある。たくさん印刷物を刷って活躍したわけだから、その人も、そのひとの女房も、充分承知の上でのことだった。どこかに
行ってまた活躍するかもしれない。あるいは、メーカーに引き取られて解体されるのかもしれない。何かと故障しがちだったので、もうガタが来たのかもしれない。でも、パソコンに眠っていた情報を字にしてくれたので、役目は充分果たしたと言っていいだろう。また、別のご主人に使われる機会があっても、それはそれでいいだろう。
かくして、プリンターはしばらく働くのをやめたが、幸いにも、業者が改良して、新しい場所で活躍できるようになった。捨てる神あれば拾う神あり、である。

●いじめの方程式

世の中には偏見や差別がなくならないように、いじめもなくならない。いじめ自体が偏見や差別の目にみえる形なのだ。白人が黒人をいじめ、米国が日本をいじめ、力のある者が力のないものをいじめる、といった具合になっている。それでストレスや悩みを発散するのが楽しいのである。それをここでは、いじめの方程式と呼ぶ。解は決まっていて、いつも弱者が泣かされるのである。
そんな社会の縮図に影響されて、ここ○○小学校でもいじめの現場があった。
「やーい、この野郎、くやしかったら逃げる俺に追いついてみろ」
そう言っていじめたヤツはアッカンベーをして逃げていった。
いじめられたヤツは、悔しくて、いじめたヤツを追いかけた。必死になって追いかけた。ズンズンズンズン追いかけた。
しかし、どこへ隠れたのか、広い校舎のどの部屋に逃げ込んだか分からなかった。いじめられたヤツは、知恵をしぼって、こう言った。
「この先生からもらったキャンデー、すんごくおいしい」
といろんな部屋で叫んでみた。すると、いじめたヤツは、自分も欲しくなって、隠れていた理科室から出てきて、こう言った。
「オレにもキャンデーよこせ」
「わーい、ひっかかった。キャンデーなんてはじめからないよーだ」
いじめられたヤツは報復とばかりに頭をひじで叩いて、アッカンベーして逃げた。
「ちくしょう。だましやがったな。待てこらー」
いじめられたヤツはトイレに逃げ込んで異空間移動(ワープ)をした。もういじめたヤツが入って来れないように、トイレの鍵はロックしたままだった。移動して職員室のロッカールームから出てきた、いじめられたヤツは、担任のA先生に言った。
「A先生、B君がC君をいじめて、C君が僕をいじめたんです」
「ほう、そうか。痛かったろう。心も体も。もう大丈夫。先生がB君とC君を呼んで事情聴取して、しかるべき罰を与えますから」
「しかるべき罰って何ですか?」
「B君とC君には特別に算数の宿題を百題出します。今度いじめられたらこのブザーを鳴らすんですよ。このブザーは無線で先生の携帯電話につながりますから」
「はーい、先生ありがとう。このブザーもらってくね」
こうして今日も、いじめの方程式は、ブザーで因数分解されて先生の手助けで収まった。
弱者にも、強者を取り巻く支配者の手によって、まあまあなんとか解決される日が来るのであった。

●井戸端会議が・・・・・・!

その日も、いつものように、気の合った主婦仲間同士が、公園でくつろいでいた。いわゆる、井戸端会議である。
「ねえねえ、奥さん。奥さんとこのお嬢ちゃん大きくなったわねえ」
「あら、そう?毎日接しているか気がつかかなかったわ」
「来年は、小学校でしょ?」
「そうなの。奥さんとこは?」
「うちはまだ幼稚園の年中組みよ」
「いいわねえ。小学生になったら教育費がかさむもんねえ」
「そうねえ、幼稚園くらいのころが一番かわいくていいわ」
「ところで、奥さんとこは旦那さんとはいかが?」
「いかがって何が?」
「いやーん、もう夫婦関係のことよ」
「ああ、そうなの。ぼちぼちよ。お宅は?」
「家は、夫が単身赴任で北海道にいるから、家では寂しくて、愛玩ロボットを飼っているの」
「あれって許可がいるんでしょ?種類は何?」
「犬のマルチーズ。本物に比べれば動きがややぎこちないけど、昔流行ったアイボよりは安いし、性能もいいわ。疑似餌に反応したり、ロボットなのに舌を出してペロペロなめたりしてくれるの。飼い主が飽きたら、自動ボタンを解除するだけだし。うちは許可が下りてるの。三人家族で子供一人だから」
「うちも、もう一人子供が欲しいわ」
「うらやましいわ、うちは旦那が単身赴任だもの。愛玩犬で体をペロペロなめてもらうぐらいしかないもの」
「かわいそうね。近々、県が愛玩犬の国内大会を開くらしいわよ。奥さんも、愛玩犬に充分指導をしているの?」
「まあまあってとこかしら。性能はいいし、本物と違って糞尿はないし、飼い主に実に忠実になついているし。指導ってほどではないけど、ちゃんと全ての音声を再生させてみたわ」
「それならいいわね。あらもうこんな時間。買い物に行かなきゃ」
「あら、そう。家は愛玩犬でなく、二頭目の
防護・買い物用のロボット犬を飼っているから今頃買い物しているはずだわ。今晩のおかずはクリームシチューだから、そんなにお金もかからないし」
「まあ、便利だこと。家も防護・買い物用ロボット欲しいわあ」
「自分で行くのが一番いいんだけどね」
てな具合に最近の主婦の会話にまでロボットが登場する時代であった。

●お人好し一家

その一家は、みんなからお人好しの家族だと思われていた。実際に、投資金融や、建設業など、しょっちゅう勧誘の電話がかかってきた。
「あの一家は、お人好しだから、カモよ。カモ。私を勧誘するなら、あの一家を勧誘したらいいわ。電話番号教えてあげる」
という具合に、簡単に業者に、プライバシーにかかわる電話番号を盗用された。
「もしもし、こちら○×工業です。おたくの家のリフォーム、検討されましたか?」
とか
「もしもし、こちら○×金融です。おたくのご預金どうしていますか?当社では、安全・安心な投資信託プランがございます」
だのといった、電話がかかってきた。
しかし、若い頃、お人好しで、借金して失敗した経験のある大黒柱は、
「うちは、間に合っていますので」
と簡単に断るのが常であった。
そうは言っても、街頭アンケートなんかにのせられてうっかり住所を書こうものなら、再び業者からのブラックリストに載ってしまうのだった。
一計を案じた妻は、
「今後、自治会や老人会で住所や電話番号を公表することは一切おやめになって」
と気丈に夫に言った。
それまで、弱者救済に、人助けにと、何かにつけて会合に顔を出していた夫は、妻の一言で反省し、ピタリと顔を出さなくなった。また、これまで公表していた電話番号や住所も削除してもらった。
すると、業者からの電話はめっきり減った。勧誘のビラもめっきり減った。
そうして、お人好し一家は、付き合いの悪い一家になった、とさ。

万花物語 #1-30

万花物語 #1-30

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-09-02

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著作権法内での利用のみを許可します。

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  1. #1-10
  2. #11-20
  3. #21-30