水波にかき消えて

 群青色に穿たれた天蓋
 しんとしずまった夜空のような
 ささやかな
 ささやかな清む水のたまりが足元にありまして

 ぼくはその不安な波うちに
 冷然で優美にたゆたう水のおもてに
 嘗ての恋人がいるとみまがって、
 いとおしげに 絹触れるごとく繊細にゆびで圧す

 昔の恋のperfumeの光──
 一条落ちるのは 剥がれた恋だけであって
 薫りの想起は音楽の裡に浮びません
 詩は光と音楽の共同舞踏──昔の恋は独舞踊

 あのひとの黒髪ははや砂のダイヤの硬き印象…
 いって了った恋人の幻影は今宵群青の天に張る
 否──彼女は天空そのものであるのです
 後ろ髪ひかれる性情がぼくを詩へ剥ぐとは口惜しい──

  *

 舞踊っていなさい
 舞踊っていなさい
 犬死詩人よ
 わが孤独 嗤え その孤独を 撲れ

 ひらひらひらと虚空に照らされ
 無き月硝子城へ焦がれる自己を愛していなさい
 閃き 千切れ 裂かれたら──
 最後に名前を呼んであげるわ──

水波にかき消えて

水波にかき消えて

  • 自由詩
  • 掌編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-08-31

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