私の部屋

これは、私の夢の一節であります。
朝、目が覚めたら彼女は微笑みました。夏の涼しい朝のそよ風が、彼女の寝癖のついた黒髪をなびかせます。カーテン越しの桜の木は今日も挨拶をしています。しかし、私の部屋なのにバスのベルが鳴った音がしたのです。
「おはよう。今日も朝日が綺麗だね。あ、あの木に雀が鳴いてる。」
彼女は嬉しそうに言いました。私と彼女は随分と長い間寝ていたみたいです。
「あなたはいつも寝顔が可愛い。もうちょっと寝ててもよかったんだよ?」
「ありがとう。でも、まじまじ見られるのも困るというか…。恥ずかしいというか…。」
この一瞬だけ、部屋の空気が真夏の太陽の中にいるような気がしました。それも気のせい、気のせい…だといいのですが。私はやっとベッドから降りてコーヒーを入れるのでした。でも、匂いがしない。口に含んでみました。味がしない…。
「あ、夢か…。」
なるべく君に聞こえないように言いました。君は冷蔵庫から食パンを取り出して、トースターで焼いていました。君の名前を何故か言うことが出来ない。
「パンありがとう。そこのバターを取って欲しい。」
「あ、これね。あなたが買ってきてくれたちょっとお高めのバター。」
「たまにはいいだろう?夢の中だったらなんでもありなんだからさ。」
私はしまった、と思いました。夢という言葉を口に出してしまいました。しかし、君は笑いながら言いました。
「夢の中ってどういうこと?寝ぼけるのもそろそろにしないと、今日はお仕事でしょ?」
私はわからなくなりました。もしかしてこれは現実なのかもしれない、思ってしまう。一旦は現実として考えることにしました。
「君がいて夢みたいだって思っただけ。」
それっぽいことを言っておきました。君は照れくさそうにパンを子供みたいに口いっぱいに含み微笑んでいました。
私はパンを平らげ、クローゼットで着替えていました。すると、あまり見たくないものが視界に映りました。棚の隅にあった高校のアルバムです。これを見ると、君と暮らしていることの尊さを感じます。あの記憶はなくてもいいが、勇気をもらっています。あの少年は、また色んな人を救済しているのでしょうか。
玄関先で君は待っていました。
「今日は私休みだから。気をつけてね。」
私はわけもわからずになぜか君に抱きついて泣いてしまいました。すると、白い小さな少年が現れてふわふわした声で言いました。
「また会えますよ。人の縁は途切れませんから。」
そうして私は勢いよく外へ出ました。

私は目が覚めました。最近思うのが、私一人にこのベッドは大きすぎるなって。君のいた温度はもう残っていない。あの日常に戻りたい、とついに辛くなりました。秋の枯葉が少し垣間見えます。そこに、君の幻影が見えます。そしてまた、ずっと飾ってある白い私の子どもの姿が訴えかけてくる様です。
「あなたの不安や悩みを聞かせてください。」
やはり、彼は私の記憶でした。私は少年の写真に話し始めました。

僕と君(やっぱり名前は思い出せないままである。)の出会いはあの時。僕はあなたに救済してもらってから少しずつ踏み出すようになった。講義で隣になった人と話してみたり、ギターのサークルに入ってみたりと順風満帆な大学生活を過ごした。君とは、近所のパン屋で出会った。店員だった。
「すみません。朝はこの食パンをいつも買っていかれますよね。好きなのですか?」
土曜日の朝のこと。君は、ふわふわした声で話しかけてきた。
「そうなんですよね。ここのパンは本当に美味しいので。」
「いつもありがとうございます。お客様は大学生でいらっしゃいますか?」
「そうです。1回生です。」
「奇遇。私も1回生なんですよ。あ、そうだ!このパン屋土曜日のシフトがキツキツなので良ければ一緒に働きませんか?」
言葉を選ばずに言うと、新手の逆ナンかと思った。しかし、彼女の顔が赤いわけでもなかったので勘違いだとわかった。ちょうどいい。このパン屋の時給はそこそこ良いというのは知っていたし、社会経験にもなるだろう。
「また後で来ます。」
僕は嬉しそうな彼女の顔を見て一目惚れしてしまった。まるで、満開の桜のような笑顔だった。それから、バイトをするうちに仲良くなって君から告白された。まあここの部分を簡略に言うのは想像に任せようと思う。
社会人2年目の春だった。彼女から言われた。
「私、海外転勤になった。同棲して4年目になるこんな時にごめん。いつ帰るかわからない。だから…その…別れたくないけど別れないといけない!」
僕は心に直接弾丸を打ち込まれたかのような、鋭くて固くて重たい感情になった。
「いやだ…僕もついて行きたい。」
「そんなのだめでしょ。あなたは小さいけど会社の社長さんなんだから。大学で頑張ったこと、私もだけどあなたもおじゃんにしたくないでしょ?」
彼女は翻訳の仕事だ。海外出張はあったんだが転勤は初めてであった。そうやってあっさりと君との恋は終わった。

私は泣いてしまいました。そして、泣き止んだかと思えば外に出ていました。桜の木は枯葉でいっぱいです。すると、ふいに声をかけられました。
「やっぱり帰ってきちゃった。」
その時私は彼女の名前が桜だったことに気づきました。そして、あの夢は予知夢だったことも。

私の部屋

私の部屋

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 恋愛
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-08-31

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted