東京浪漫

大正時代に生きる二人の少女の物語。二人の間には愛が芽生える。ただ時代は二人を許さない

東京には人がたくさんいた。男、女。時は大正。
梶野千早は裕福な学校へ通う女学生だった。
天真爛漫なその性格は金があることを鼻に掛けず、
誰とでもすぐに打ち解けられる少女だった。
彼女の朝は小鳥の鳴き声と共に始まった。
陽の光を受けながら夢から覚め、外出用の服に着替え、髪を縛り、部屋から出た。大食堂の前には使用人が一人立っていた。
「おはようございます。千早様」
「おはようございます」
千早はそう言い、食堂へ入っていった。
食堂には既に父、母、兄が席に座っていた。
「おはよう千早」
「おはようございます。お父様」
千早は父に挨拶した後、母と兄にも挨拶をした。
しばらくすると朝食が千早の前に置かれた。
千早の頭には朝食のことだけがあった。
千早は朝食のオムレツをペロリと食べ、学校へ行く支度をした。
千早は家の中を全力で走り、玄関から外へ出た。
「千早様、もう少し淑女のように....」
「何を言ってるんですか松川さん?こんなに天気が良いんですよ。今日はきっと良い日ですわ。それなのに淑女のようにと仰るなんて....ふふ」
千早は元気に外へ飛び出した。
学校にはたくさんの友人がいた。その中でも取り分け仲が良いのが名家、桃原家の長女、桃原春だった。
春はお嬢様らしく気品がある少女で、育ちも見た目も良いので、十五という年齢でありながら多くの男性に求婚を迫られているが、彼女はそのことにはまだ興味を示していないようで、男性との付き合いをしたことがなかった。そしてそれが返って多くの男性を虜にしていた。
千早は春の姿を見つけると、近くに寄り、声を掛けた。
「おはようございます。春さん」
「おはようございます。千早さん」
春の若干赤みがかったように見える長くて美しい髪を千早は見ていた。
「あら?どうなさったの?」
「いえ、春さんの髪が....」
「私の髪が?」
「綺麗だなと」
春は美しい笑顔を千早に向けた。千早はもし自分が男だったら彼女に恋をしていただろうと思った。
「そうかしら?私は千早さんの髪の方が素敵だと思いますわ」
「そんなこと....」
千早がそう言うと春は千早に近づき、無言で千早の髪に触った。
春のひんやりとした顔とははいからな袴が千早の睫毛とあたりそうで千早は胸の音がしっかりと聞こえた。
「ほら、千早さんの髪、こんなにさらさらしていて、黒くて美しい....」
千早の左耳はその言葉を聞き取った。春は千早を見ていた。千早は感情が自分ではわからなくなっていた。
千早は何も言えず黙っていることしかできなかった。
袴からは日本的な匂いがしてきた。甘さと桃色の匂い。
「ふふ、千早さん。早く学校へ行きますわよ」
春のいたずら的な笑みはこの日一日、千早の頭の中に残っていた。
夜、千早は春のいたずら的な笑みを考えていた。
春のあんな表情を千早は初めて見た。何かあったのだろうか。それとも千早自身の見間違いだったのだろうか。
何度も何度も頭の中に出てきては消え、そしてまた出てきては消えていった。
春が変わっていく気がした。彼女は大人に、自分は子供のままに。
取り残されていくような怖さがあった。
「わからない....ですね」
千早は一冊の本を手に取った。本を見ると金色夜叉と書かれていた。千早はその本を読まずに胸に抱きしめた。
「何が変わってしまったというの....春さん。お願い、私に教えてくださらないかしら。私、貴方を友人と思っていらっしゃいますの。友人として好きですの。貴方は何故、今日、あのような表情をなさられたのかしら。貴方といて随分と経つのに、私は貴方の全てを知りませんわ。当然といえば当然なのかもしれませんわね。人間誰しも隠し事なんて持っているもの。ですけど、あれだけの殿方に好意を向けられながらも、私のことを見ていたのに、何故私が知らない顔をなさったの?私はもっと昔から知っていないといけないはずですのに....何故....私以外の人が....もしかして、いや、そんなことは....ああ、春さん。何故なのかしら。今、あの人は何をしているのかしら、私のこの苦悩をわかってくださっているかしら。ああ、マリア様。私は何故、同性の方をこんなにも思っているのでしょうか?殿方のようですわ。おかしい。春さんは美しい女性....私も女。マリア様。私、友情と恋の区別がわかりませんわ。区別なんてあるのかしら。本当は同じなんじゃないかしら。私はふと思ってしまいます。私は悪い女なのです。罪改められるようでしたら改めます。なので私をただの悪い女のままにしてください。罪はもうきっと作りません。ただ、この気持ちを忘れないようにしてください。ああ、私はなんて馬鹿な女。女としての宿命を捨てたのです。きっと天罰が下るでしょう。永遠に....。春さん。貴方はどうなのですか?私の事をどう思っていらっしゃるのですか?」
乙女の目は溶けそうだった。そしてそのまま夢を見た。話らしい話ではなく、意味のない夢だった。
次の日の朝、千早は目を覚ますと心持ちが変わっていることに気がついた。
「周りが変わってしまっているようですわ。変わってしまったのは私なのに」
独り言を呟くと罪悪感に襲われた。千早は心を落ち着けるようとしたが、何もできなかった。
朝食後、千早が学校へ行こうと一旦部屋に戻ったとき、扉を叩く音がした。
扉を開けるとそこには兄の笙一郎がいた。
「お兄様。どうかなさったのですか?」
笙一郎は千早をとても可愛がっていた。それだけの愛情を千早に注いでいた。千早に見せる笙一郎の顔はほのかに暖かみを感じる笑った表情だった。そんな笙一郎が心配そうな表情で千早を見ていた。千早は寒気すら感じられる程に笙一郎のその表情が信じられなかった。
「千早。お前、顔色が良くないぞ。悩み事でもあるのか?」
「........」
千早は何も言わなかった。
「あるんだな?」
千早はもう一度黙った。だが、笙一郎には千早の心がわかっているらしかった。
「何で悩んでいるのか聞かせてくれないか千早」
笙一郎の声には圧があった。千早は手に汗が流れてきているのを感じた。
「友人の事です」
「喧嘩か?」
「喧嘩....ではないです」
千早は自分なりに力強く否定した。笙一郎にそれが通じたかわからないが、笙一郎は表情が少し緩くなった。
「そうか。では何があったんだ?」
「恐らくこれはお兄様に言っても無駄ですわ。私の悩みは女でも共感されない悩み。ましてや、殿方であるお兄様には理解できないでしょう。お兄様。女と言うのはとても複雑なのです。そしてそれ故に私は複雑な女なのです。申し訳ございません。いくらお兄様でも、この悩みは申しあげられません」
千早は笙一郎の顔を見上げながら、笙一郎の顔を伺った。
「わかった。私ではお前の支えになるのは難しいらしい。千早、もう学校に行きなさい」
「お兄様!」
千早は笙一郎の陰鬱な背に声を掛けた。
「どうした?」
「良い....お天気ですね」
「そうだな」
笙一郎いつもの表情に戻った。少なくとも千早には戻ったように見えた。
千早は街を歩いている女性を見ていた。目に入る女性は自分と同じ年頃だろう。彼女達は悩みなどないように笑い合っており、とても上品な感じがした。
「美しい人....」
千早はぽつりと呟いた。
彼女達が美しい薔薇なのであれば自分は雑草同然である。千早はそう思っていた。
女とは面倒くさいものだと千早は改めて思った。
「おかしいですわ。私、十五も年をとっているのにそんなことに始めて気がつきましたの....」
不意に涙が出そうになる。だが、千早は我慢をした。涙は女の専売特許だが、自分は涙を見せても女らしくならない。ただ、汚いだけ。そう心の中で呟いていた。
太陽が鈍く人を照らしていた。
学校内で千早は春の可愛らしい顔をヒラメのように見ていた。
「どうかしましたか千早さん?」
「いえ....」
千早はそれ以上は何も言えなかった。この日は昨日のような表情を見せてくれなかった。
あれは何だったのかしら。とても幻想を見ていたとは思えませんわ。
千早は段々と夢を見ているように思えてくるほど考え事をしていた。
その時、春が千早の肩を軽く優しく叩いた。
「千早さん。千早さん。聞いていらっしゃるの?」
千早は春の困った顔で状況を理解していないことに気がついた。
「春さん⁉︎ごめんなさい。聞いていませんでした。もう一度言ってもらえますか?」
「はい。今日、学校の後、私の家に来てくださらない?」
「え?春さんのお宅にですか?」
「ええ、初めてでしょう。私たちがお互いの家にお邪魔することはまだありませんでしたものね」
千早の胸に高まりの音が聞こえた。
二人は女学校でしか、普段は会わず、長い友人なのだが、お互いの家には行ったことはなかった。
理由は春の家柄であった。桃原家という名家に生まれた春は学校では友人を作らず、勉学に力を入れるよう桃原家から言われていた。なので、春が千早の家に行くと、春は家に下の人間の行った愚か者と言われ、千早が春の家に行くと下の人間を入れるわけには行かないと言われ入れないのであった。
「でも、どうしてですの?春さんの家は私は入れないはずですのに」
「お母様から特別に許可を貰いましたの。ですが、まだ千早さんの返事を聞いていませんでしたね。ごめんなさい」
春はそう言って頭を下げた。千早は最近彼女が大人びているように感じていた。
「私は....行きたいです。春さんのお宅に」
千早は震え声になりながら言葉を発した。
「わかりました。楽しみにしていますわ。では千早さん、一緒に帰りましょう」
「はい」
千早は春に別れのようなものを感じた。
夕の頃、千早は春の元へ向かった。
「あら、千早さん。ごめんなさい。まだ鞄の中に本を閉まっていなくて....もう少しだけ待ってくださる?」
「はい、焦らなくていいですよ」
春は本を一冊一冊思い出を噛みしめるかのように鞄へ閉まっていた。千早はその動作を見て、春の気品さを感じた。
そして学校を出ると、風が二人の髪をなびかせた。
「きゃあ、風が....」
春は声をわずかに荒げた。
「大丈夫ですか春さん?」
「ええ、大丈夫です。千早さんは大丈夫ですか?」
「はい、私は大丈夫です。私なんかの髪は....」
千早は最後の部分を春に聞こえないように小声で言った。
街を歩きながら千早は春に話しかけた。
「街並みも変わってきてらっしゃいますわ」
「ええ、そうですわね。私はなんだかついていけませんわ」
春は髪を一つ搔き上げて言った。千早はその様子が絵になっていたと思った。
「ですが、私たちが変えていくのでしょう。しっかりしないと」
「いえ、変えるのは殿方ですわ。私たちはそれを見てるだけ....」
「そんなことありませんわよ。殿方を支えるのは、私たち、女の務め。私たちがいるから殿方は頑張れるのです」
千早の目は熱い炎のようなものが感じられた。
「そう....なのですか?」
春は納得をしたような気持ちになった。
「はい、そうですわ。私たちはその為に生きているのですから」
春は千早を羨ましがった。春は自分に足りないものを持っていると千早は思った。
女は常に何かを欲していて満足をすることはないのである。それが女の生き様であり、女の最も美しさなのである。
しばらく歩くと森のような山から洋館の頭が突き出していた。その洋館が桃原邸なのである。
千早は桃原邸の壮大さに驚いていた。
山の周りは堀に囲まれて、侵入できないようになっていた。そしてあるところに門があり、そこから桃原邸に入る道が続くのである。
千早は門のところで、桃原家の使用人に止められていた。
「申し訳ございません。春様のご友人とは言え、ここから先は行かせられません」
使用人の男は千早を睨みながら言った。
「有村さん。今日、私はお母様からご友人を連れてきてもいいと許可を得ています。お母様にご連絡して確認してください」
「は、はい。ただいま」
男は部下と思われる男を館の方へ走らせた。
千早には大量の汗が流れていた。千早自身汗を止めようとしたが、止められるものではなく、滝のように汗は流れていた。
十分ほどすると、男が戻ってきた。男は春の母が許可をしていたことを伝えた。
「申し訳ございませんでした」
男は千早には謝罪をし、門の先へ入れてくれた。
「少し時間が掛かってしまいましたわね」
春は言った。
「そうですね....」
千早の汗は引いていた。
五分を超える坂を登ると桃原邸が見えてきた。
桃原家の館は和洋折衷となっていて、さまざまな建築様式が合わさっている建物であった。周りは木々があり、自然と合わせているようだった。家の前の道の端には白い馬車があった。その先には庭が広がっており、色とりどりの花が桃原邸を美しくしていった。煉瓦の一つ一つの色の違いが桃原家の厳しさを表していた。
この建物は山の上にあり、そのような建物様式から周りの人は桃原城とも呼んでいる。
「まるでお城みたいですわ」
千早は建物を見ながら言った。建物の隅には小さい桃の彫刻があり、千早はそれが目に入った。
「こんなのより私たちの行っている学校の方がお城っぽくていいですわ」
春は皮肉を込めた口ぶりで言った。
「いえ、そんなことございませんわ。学校も素晴らしいところですけれど、春さんの家も綺麗で美しいです。春さんはこの家を嫌っているかもしれませんが、私はこの家が美しくて上品だと思いますわ。春さんのように....」
千早は最後の部分は笑って言った。
「ふふ、千早さんったら私をそのように見ていらしたのね」
春はそう言い、先を歩いた。
入口の前には商人が立っていて扉を開けてくれた。
千早は少し恥ずかしくなりながら足早に入った。
「さあ、千早さん。私の部屋へ行きますわ」
「はい」
シャンデリアが授けられた豪華な玄関を春は逃げるように過ぎていった。
東側の階段を登り、窓から木々が見える廊下に出た。
その廊下の三つ目の左側にある部屋が春の部屋だった。
部屋の中にはベッドと机とピアノと箪笥があり、春の部屋はそれだけであった。
「あまり賑やかなのは好きではないのです」
春はそれだけ言うとベッドに腰を掛けた。
「どうぞ、千早さんもお掛けになって。私だけ腰を掛けるのはなんだか気がしますわ」
千早は春に促されるまま、春の隣に腰をかけた。
すると扉を叩く音が聞こえた。
扉が開かれると、そこには背の高い中性的な男性がいた。お盆を持っており、その上には飲み物があった。
「あら、お兄様」
春の兄は笑顔を絶やさず、千早に笑い掛けた。
「春の兄の雄一です。春がいつもお世話になっています」
千早は急に緊張をしだし、震えた声で挨拶をした。
そんな千早に雄一は優しい笑顔を向けて、飲み物を差し出した。
「珈琲は飲めますか?」
「はい....」
「砂糖やミルクはいかがですか?」
千早は雄一が砂糖やミルクよりも甘い顔を自分に向けていると思った。
「では、ミルクを少しください」
雄一は少しの量のミルクを千早に渡した。
「春は砂糖とミルクはいるだろ?」
「....はい」
春は少し顔を赤くしながら言った。
雄一は春に砂糖とミルク、そして珈琲を手に持たせると部屋から出て行った。
「綺麗な方ですね」
春の上品で美しいところがとても似ていたと千早は思った。
「そうですわね。私たちがよく知る殿方とは違いますけど....」
春は砂糖とミルクの入った珈琲を啜った。
千早はその様子を見て、自分の手に持っている珈琲を見た。
「私、珈琲って始めて飲みますの。どんな味がするのかしら?」
「そうなのですか⁉︎」
春は驚きながらも考えた顔をした。
「そうですわね。子供が飲むには早い飲み物ですわ。苦いですわ」
「そうですか....」
千早は珈琲を睨むように見た。珈琲の色が春の言う苦さを表しているのなら珈琲はとても苦いのだと千早は思った。
ミルクを珈琲にかけた。ミルクの白い色が珈琲の黒い色に溶け込んでいき、黒色をした珈琲が茶色に変わった。
千早は珈琲を一口、口に流し込んだ。
千早にとって珈琲は苦さとの中に1本の線のような甘さがあるような感じがした。
「これが西洋の味ですのね」
千早は味わえるだけの味を味わおうとした。
「そうかもしれませんわね。私は海外に行ったことはありませんけれど」
「いつか一緒に行きませんか?」
千早は春に言った。春の手は微かに震えていた。
「ええ、そうですわね」
春はそう言ってまた珈琲を一口、口に流し込んだ。
千早は部屋の中にあるピアノを見ていた。
「春さんは、ピアノは弾けるのですか?」
「まあ、多少なら....」
春はあまり乗り気ではなかった。
「そうなんですの⁉︎私、春さんのピアノの音を聴いてみたいですわ」
春は少し体を踊らせていたが、千早の顔を見ると、その場を立ち、ピアノの前に行き、腰を落とした。
「私にとってこのピアノは思い出ですの。千早さんも同じくらい大切で、どんな時も離れていたくない。リヴィングにあるグランドピアノよりも少々粗末なピアノですけれど、私はこのピアノの音色が好きなんですの。私にとってピアノは弾くというより奏でるものなんですわ」
春はそう言った後、チャイコフスキーを弾き始めた。
その音色ら強弱がはっきりとしているのが千早にはわかった。楽器の強さや弱さはその人の気持ちが表れている。千早はピアノの音を聴いて、春の思いが伝わった気がした。
最後の悲しみの音は王子とオデッドではなく春と誰かを表しているのではないかと千早は思った。
そして悲しみの静けさの中、春はあることを口にした。
「あの、千早さん。私、貴方に言わなくてはいけないことがあるんですの」
「はい、なんですか?言わなくてはいけないことって....」
春は小さい声を喘ぐように出していた。
「春さん。どうされたのですか?」
「あ、あの....」
春は顔を青くしながら、先程よりも小さくなった声を必死に出していた。
千早は春の前に行き、肩に手を置いた。
「春さん!私は貴方の友達なのですよ!なんでも言ってください。遠慮なんていりません。私、なんでも受け止めます。春さんのことなら」
その言葉が一瞬、春の緊張を抜いた。
「千早さん。驚かないで聞いてくださいね。あの、私、結婚することになりましたの。相手の方は三橋の御曹司の方ですの....」
千早の心は何かに奪われたように感情が何も感じられなくなった。そして、しばらくすると驚きや、悲しみが千早の全身を縛り付けた。
「え⁉︎千早さん。その方って確か四十を過ぎているんじゃ....」
「はい、そうですの。今の桃原家は三橋家と関係を持つことを考えておりますの。私だって恋をしている方がいますのに....」
「春さん....」
千早は春の言葉にショックを受けた。春の勝手に決められた結婚。そして春が恋をしていたことに。
「春さん。恋をしていたのですね。いつも殿方のことはあまり興味がないと言ってらしたのに」
「殿方ではありませんの....」
「え?」
千早は自分の耳を疑った。
「私は千早さん。貴方に恋をしていますの」
その時、外の風が部屋の中に入り、千早の髪を少しばかり揺らした。
「わ、私に....」
「はい」
「その、私も、その....」
千早は何を言ったらいいのかわからなかった。頭の中が混乱をしていた。
その時、
春が千早に抱きついてきた。
「嬉しい....両思いだったなんて....」
「両思い....⁉︎」
千早は驚いてそのことしか言えなかった。だが、顔つきはすぐに変わった。
「そう....ですわね」
二人はベッドに横になると、春が千早の袴を掴んだ。
「私、このようなことは初めてですの」
春はその時、昨日、千早に見せたいたずら的な笑みを水面から浮き上がる葉のように浮かべた。
その時、千早は気づいた。
春のそのいたずらできない笑みは春が自分に対する好意を向けた事を表しているのだと。
「私は、春さんが愛おしいですわ」
千早はそう呟くと、自分の顔を春の顔と近づけ甘い接吻をした。
「ん....」
春の口からは甘い声が漏れた。その声が千早の心に興奮を覚えさせてくれた。
「着ているものを脱いで裸になりましょ」
千早はそう言い、春の上から春の着ている袴を春から脱がせ、春を裸にさせた。
春の裸は美しかった。彼女の人より大きい乳房はなんとなく西洋を感じた。千早は春の胸を見て、先程の珈琲を思い出した。
千早はそっと春の乳輪を舌で舐めた。
「あっ....」
春は吐息のような声を出した。千早はそのまま春の乳首を口で吸った。
「ああっ....」
「は、春さん....」
千早は感じている春に興奮した。そして乳首から口を話すともう一度接吻を交わした。
「ねえ、春さん」
「何かしら?」
「私の服も脱がしてください」
「わかりましたわ」
そして春が千早の上に行き、春は千早の袴を少しずつ脱がしていった。
「恥ずかしいですわ」
春は千早の赤面した顔を可愛らしいと思った。
春は焦らすのように少しずつ、千早を裸にしていった。そして千早が裸になると、春は千早に抱きつき、腰を揺すった。
「あ....」
千早のかすかな声が春を濡らした。
「いいですわ、千早さん。そうやってもっと私を興奮させてください」
千早は春の言葉には何も言わず、ただ喘いでいるばかりである。
この行為は5分ほど続いた。彼女らはベッドで激しく動いていたため、下の階から音が漏れていた。
その騒がしい音を聞いた桃原家に長く務める女性の使用人が春の部屋まで心配しにきた。
「春様、何かあったのですか?」
使用人はノックをしてそう言い、扉を開けた。
千早と春はその音には気付かず、セックスに夢中だった。
「は、春様....」
使用人は大声を上げ、その場に倒れた。
千早と春はその時、初めて、人に自分たちのしていることが見られていることを知った。
使用人の大声に人が集まり、その結果、春の部屋で裸の春と千早が愛し合っている姿を桃原家の人々に見られることになった。その光景を見た春の父は怒りを露わにし、母は大声で喚き泣き、兄はショックを受けたのか、何も言わないで無言でその場を像のように見ていた。
千早と春は恥ずかしさよりも、何故こんなことをしたのだろうという後悔の方が大きかった。
そしてそれから日に日に太陽が暑くなってきた頃、千早と春は二人っきりで教室の隅に座った。今は、この空間には二人しかいなかった。
「千早さん。今日でお別れですわね」
春は千早の顔を見ずに言った。
「私は桃原家とは縁を切られてしまって、人里離れた所で一人で暮らしますの。でも、その方が私には良かったのかもしれないですわ。私、あの家にあまり良い感情を持っていませんでしたもの」
千早は涙を流した。
「私は精神病院に入れられますの。私は頭がおかしい気狂いらしいので....」
千早の言葉には元気がなかった。
春は言った。
「そうなると私達、会えなくなってしまいますわね」
「元々、私達を離そうとしていましたものね」
「いつかは、会えますかしら....」
春の問いには千早は答えなかった。
「私達の何がいけなかったのでしょうか?」
春はぽつりと言った。
「女同士で愛し合ったからだと思います」
「何故?」
「........わかりませんわ」
千早は本当に精神病患者のようだった。
「愛し合うことの何がそんなにいけないのかしら。ただ女と女というだけなのに」
「私達は間違っていませんわ」
千早は声を少し大きくして言った。
「世の中が間違っていますの。私はこの世の中に合わなかっただけですわ」
千早の瞳には強い眼差しがあった。
春は立ち上がった。
「私は桃原家を永久追放。結婚の話も無かったことになり、私自身の存在もいなかったことになるでしょう。そして、千早さんは精神病患者。私達が会える日は来ないかもしれない」
「きっと来ます。春さん。私、待っています。いつかきっと来てくださることを」
千早は更に涙を流した。
「はい、世間のほとぼりが覚めましたら、会いに行きますわ」
春はそう言い、涙を流した。そして千早に接吻をし、教室を出て行った。
一人教室に残された千早はただ一人で泣いていた。

東京浪漫

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  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • 時代・歴史
  • 成人向け
  • 強い性的表現
更新日
登録日
2023-08-29

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