異星の少女
父がようやく仕事から帰ってきたのは昨夜のことです。
朝、父が僕の部屋の戸を叩き、土産があるからと広間へ呼びました。階段を下り広間へ行くと、そこには大きな硝子の水槽がありました。
その水槽の中では一人の少女が眠っていました。西伯利亞の白銀世界のような長い髪をした少女が、切り取られた長い丸太の上に腰掛け眼を閉じています。そして、その周りには無数の青い星屑が散らばっているのでした。
芸術作品なのだと父は言いました。
父が広間を出て、そこには僕と少女が沈んだ水槽だけが残されました。
僕はそろそろと水槽に近付き、少女をじっと見つめました。その間中、僕はずっと彼女が起きてしまわないかと恐怖し、同時にこれまでの人生で一番の高揚を感じていました。
それは嵐の中に立たされるような気分でした。
硝子越しに彼女の輪郭を指先で辿りながら思います。
ああ、この星屑は金平糖かもしれない。彼女がおなかを空かせないように、作り手が入れておいたのかもしれない。僕が夢に落ちている間にそっと眼を開けて、ターコイズのすうっと甘いサイダー味や、子供たちの悲しみを閉じ込めたような藍色の金平糖を、かりこり食べるのだ。
硝子越しに彼女の瞼を指の腹でなぞりながら思います。
この世にここまで美しい人間がいるものだろうか。僕が知らないだけ?彼女は本当に僕と同じ人間なのだろうか。
「異星人?」
ふと浮かんだ言葉は、僕の口から溢れて、静かな広間に溶けました。
実際、彼女と僕とではそれくらいの違いがあるのではないかと思いました。
そう。彼女は、遠く離れた惑星からやって来た異星人。
そこはきっと全てが水に包まれているのだ。生まれて、死んで、肉体がほろびたとしても、魂はゆらゆらと水中を漂いつづける。それはとても素敵なことだ。
もし外の空気に触れたら、彼女は死んでしまうのかもしれない。そうすると彼女は、ずっとこの水槽の中なのだろうか。
それはとてもおそろしいことだ。でも、それはとてもいとおしいものだ。
この水槽はまるで、僕がかつていた母の胎内のようです。
いつか彼女が眼を醒ましたら、僕は、僕を愛している父や母のように、彼女を愛したいと思っています。彼女が僕の惑星で生まれるその日まで、この子宮で大切に育てていくつもりでいるのです。
「名前をつけてあげよう」
花からとろう、そう考えた僕は、いつもより幾分か軽い足取りで庭へと出ました。
彼女の眼はどんな色をしているだろう。僕と同じ、満月のような眼だといい。
異星の少女