「かなしい人」

 声を掛けたら
 その人は此方を見上げて
 哀しく長い睫毛をしっとりもたげて
 秘密のなみだの露をさっと白眼に溶かして
 さうしてそっ…と笑うのです
 溶けたものは人の目には分からない
 なれども僕は獣ですから
 人でないからあなたの隠したものが感じられるのです
 
 どうしてそんなにかなしいのだろ
 何がそんなに哀しいの?

 暗い倉庫の地下一階
 明るい窓のブラインドの隙間から
 あなたは椅子に座って外を見る
 その横顔はすり硝子のやう
 純白にくもって
 よく日を通して
 そして今にもぱりんと割れてしまいそうな
 残月の横顔 ひややかに
 辺りに散らばる紅の葉も近寄れぬ
 あなたの手に鎖は見えず
 足にも胴にも紐とて無い
 扉に鉛の錠も掛からず
 倉庫の上に人もいない
 あなたは自由です
 何処にでも行ける一羽の白鶴
 なれどあなたは此処にいる
 時おり うとうとまどろみながら
 椅子にもたれて
 蝶の唄を聴いて
 閉じた瞳から
 一筋の澄んだ水溢れる…
 流れる…
 やがて
 淵となる…
 銀の鱗の魚が泳ぐ
 ゆうゆうと泳ぐ
 一匹か、それとも…

 自由な人は孤独な人
 あなたは哀しい人
 哀しいほどに優しい人
 人間には分からなくても
 僕には感じられます あなたの心

 もう、外には雪が降るでしょう

「かなしい人」

「かなしい人」

  • 自由詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-08-25

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