嘘をミキサーに

嘘をミキサーに

 引っこ抜いた。4種類の輪っかの色。それからがテンポよく聞こえてさ、デジタル時計の鳴き声が。でも私はすでに起きていた。部屋の中は薄暗くて基本的には何も見えなかった。うん。そこで数メートル先からクシャミをする声が聞こえた。目を覚ましたのは別にそのせいではない、まぶたがノックされたのだ。というのはいつも私は昼休みに寝るのだ。それで少しの短い間だけ今日の午前中の出来事に対して感謝しながら眠る。これは私にとってのルーティンである。例えばコーヒーを沸かす前に背伸びして、お気に入りの三つのマグカップから一つを選ぶように、私にとってのルーティンである。私は机に置いてあるラジオのスイッチを入れた。
「3-11-4、3-11-4,から火災、五つの機体によるものだと思われます。ただちに避難を……。」
 私は腕を組んで次に脚を組んでからそのラジオの内容を聞いた。
「今度は3丁目か」
 クシャミが聞こえた先から声が聞こえたので私は頷いた。
「めんどくさいな。一昨日にもあったのに。また外に出れない」
 そう言うと声の主は薄暗い部屋の奥でカチャカチャとキーボードの音を鳴らした。私はあくびをしてゆっくりと立ち上がる。
「絶対、電気は付けるなよ。光は機体たちが動く原量になるからな。ま、知っているか。あたり前だからな」
 カーテンは風で揺れている。私は指を滑るようにかけて外を見た。真っ黒な屋外が広がる。星ひとつ輝いておらず、どんよりとした炭のゲロが雲として空に蓋をしている。その下に消しカスとして散らばったコンクリートの街が灯りもなく静かに生きていた。その中に真っ赤に燃える場所が点々とあった。
「3丁目は燃えているか?」
 私は当然のように頷いた。
「だろうな。奴らが燃やす場所だけが光を放って明るい。バカみたいな話だ」
 冷たい風がツウーと部屋の中に入った。パラパラと机に置いてあるノートが捲れた。キーボードを叩いているアイツは見向きもしなかった。
「君はずっとそうしているのか?」
 僕は外を見たまま言った。
「ずっとって?」
「そうやって、打ち叩いてるだけって事さ」
 私の言葉に対して深いため息が聞こえた。
「何を今更言っているんだ? こうやって少しずつ進んでいく事しか出来ないだろ? それが与えられている任務だ」
 私は「そうかな」と答えて部屋のすみに歩いた。
「なんだよ」
「久しぶりに弾きたくなった」
 誇りを被ったギターが置いてあった。
「バカか?」
「ああ、バカだと思う」
「現実逃避か? そんな遊びは数年前に終わった事だ。過去だ。さっさと、仕事に戻れ」
 私は人差し指でなぞった。薄暗くて何も見えないのに何層もの誇りが擦れた感覚が伝わった。
「私は勉強が苦手だった」
 数秒だけ時間がたってから「俺もだ」と聞こえた。
「適当に入ったこの部屋に先輩たちがいた」
「2人しかいないから無理やり入部させられたがな」
「それから此処に来るのが楽しみになった。日常に少しだけ塩をまぶしたような時間が流れ始めた」
「ああ」
「初めて演奏できた事を今でも思い出せる」
「そうだな」
 私はギターを持ち上げた。奥からキーボードを叩く音はもう聞こえなかった。
「何をするつもりだ」
 止まっていた魚がゆっくりと動き出す時のように私は答えた。
「これは本当の希望じゃないんだ。嘘なんだよ。そうだろ? 何もかもが砕け散った、この場所でさ、何も生み出すことは出来やしないんだ」
「俺を一人にするのか?」
「違う。違うんだ。ウソを鳴らすんだ」私はそう言うとギターを持って部屋から出た。部屋から出る瞬間に、ただぼんやりと彼の右目から、ひとしずくの涙が落ちるのが見えたような気がした。
 私は廊下を歩いてから階段を登った。それから扉を押して屋上へと出た。
 今は一人だけど、弦を触り、それから深呼吸して、真っ黒い空を見上げながら、嘘を逆転させる。

嘘をミキサーに

嘘をミキサーに

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 青春
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2023-08-24

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