Daydream

Daydream

A simple I love you means more than money

シンプルな「I love you」は、お金よりも意味がある

Francis Albert Sinatra
(December 12, 1915 – May 14, 1998)

合計十回目を迎えた『スターレス』に於けるブライダル公演は、例年通りバックステージに於いててんやわんやが繰り広げられると言う或る意味での「恒例行事」を経て、無事千穐楽を迎える事が出来、黒曜はただただホッとし乍ら、何時もの家路を一人トボトボと歩いていた・・・筈だった。
気がつくと黒曜は何処かのホテルのビップ・ルームに放り込まれており、着替えた記憶が全く無いにも拘らず、羽織っていた服はしっかりと洗濯され、自身の髪色と同じ色彩の高級感漂うバスローブを身に纏っていた。
そして何より驚愕だったのは、同じ部屋に今夜共に千穐楽の舞台をこなしていたモクレンも放り込まれていた事だった。

大丈夫か?。
何もされていないか?。

自身と同じ様にバスローブを羽織ったモクレンに「遭遇」した瞬間、黒曜にしては珍しく軽く動揺を覚え乍ら、冷蔵庫の中に備蓄されたミネラルウォーターの入ったペットボトルを持って中華風の椅子に腰掛けていたモクレンに聲を掛けた。

別に。
だが、此処から出る為にはお互いの事を気持ち良くしなきゃいけないそうだ。

そう言ってモクレンは椅子同様、中華風のデザインの円卓の上に置いていた一枚のペーパーを、如何にも気怠るそうに右腕を伸ばし乍ら取ると、其れを自身の側へと歩み寄って来た黒曜に向かって手渡した。
至って何処にでもありそうな材質のペーパーには、こう記してあった。
「互いのカラダに愛満ち溢れる時、外への扉は開かれん」
黒曜は其の文言を見た瞬間、思わず左手を頭にやった。
其れと同時に、まだ混乱気味の頭の中で思った。
度々噂には聴いていたが、何とも悪趣味な事を為さる奴〈ヤツ〉が此の世には居るものである、と。

つまりお前と俺とでベッドの上に於いて愛し合え、ってワケか。

其の気になれば大の大人が三人並んで寝ても構わない程の大きさのベッド脇に腰掛け、暇を持て余した子供の様に、紙切れで折り鶴を作り乍ら、黒曜がポツリと言った。

平たく言えばそう言う事だな。

モクレンはリモコンでエアコンの温度を調整しつゝ、淡々とした口調で述べると、取り敢えず風呂に入らないか、どうせなら雰囲気を尊重したいだろ、其方だって、と黒曜に提案をした。
モクレンからの提案に対し、作り上げたばかりの折り鶴片手に黒曜は、花瓶に生けられた薔薇へと視線を向け乍ら、雰囲気ねぇ、なら薔薇の花弁〈はなびら〉でも浮かべてみるとするかな、と呟く様に言った。
ほんの時折であるが、黒曜にモクレンを相手に此の手のロマンチストめいた発言をする。
モクレンは其れが好きだったし、其の様な姿を自分だけにしか見せていない事に対し、えも言われぬ満足感を以前から覚えていた。

じゃあ早速だが、風呂に入る準備でもするかね。

未開封のペットボトル片手に腰掛けていた椅子からゆっくりと立ち上がるや否や、其の足で浴室へと向かおうとした。
すると黒曜も其れに反応をし、紙風船でも抱える様に両手で持っていた折り鶴をベッド脇へちょこんと置くと、モクレンのカラダをゆっくりと抱きしめ、其れからお姫様抱っこの体勢でモクレンを抱き抱えた。
香水を纏ったのだろうか、爽やかなフルーツの香りが黒曜の鼻腔を擽る中、どうせ愛で満たし合うなら、こうやってメンタルの部分でも愛し合う方のも悪くねぇだろ、とモクレンの耳元でそっと囁くと、興が乗ると直ぐ此れだ、とモクレンは微笑を浮かべた。
御影石で出来た大きな洗面台には、アメニティ・グッズが充実しており、此処を仕切っているお偉方の趣味なのだろう、まるで古書の如く朱色の戸棚へ綺麗に積み上げられた色とりどりのタオルは皆、著名な伊太利製のブランドの一つである『GUCCI』の文字がしっかりと刻まれていた。
当然鏡にしても横長の鏡が使われており、何も身に付けていない二人のカラダが其処にはくっきりと映っていた。

なあ、接吻〈キス〉していいか?。

先程湯がたっぷりと張られた浴槽に薔薇の花弁を撒き終えたばかりの黒曜が言った。

優しくしてくれるなら。

お姫様抱っこをされていた時同様、自身のカラダを黒曜のゴツく分厚い胸板へと預けた状態でモクレンはそう告げると、『千夜一夜物語』に登場する金銀財宝よりも美しい両の眼〈まなこ〉をゆっくりと閉じて、愛しい者の口付けを待つ際に浮かべる顔を黒曜にしてみせた。

了解。

天井に設置された茅〈かや〉色の羽根が特徴的なシーリングファンの音の他には、黒曜とモクレンの二人が発する淡い息遣いしか聴こえて来る事の無い空間に於いて、黒曜はハープの音色を彷彿とさせるソフトな聲色で返事をすると、モクレンの唇に文字通りスローテンポで口付けた。
今日の気分は柑橘系だったらしく、モクレンの健康的でふっくらとした唇からは、程良い甘さが感じられた。

此れで満足?。

LED仕様の照明器具から降り注ぐ琥珀色の灯りがやけに眩しい事を感じ乍ら、薄らと眼を開けたモクレンが言った。

あゝ、満足。

そうか。
では風呂に入ろう。

そう言ってモクレンはさり気なく黒曜の左手をギュッと握り締めた。
手を握る事位、何でも無い筈なのに、モクレンの手を握り返した黒曜の胸の内は、丁度十代のうら若き戀人達がしばし抱く様な甘酸っぱい感情で一杯になった。
空いた右手で黒曜が扉を開けると、バスルーム全体が薔薇の香りに包まれており、此れから愛し合うにはぴったりな空間に仕上がっていた。

ご丁寧にマット迄敷いたのか。

呆れ気味にそう呟いたモクレンの視線の先には、遊び慣れた人々にとっては、其の手の風呂屋或いはホテルで良く見かける事の多い分厚い紺色のソープマットが敷かれていた。

どうせカラダを洗う時に泡塗れになるんだからよ、構わんだろ。

気持ちいい程憂いの感じられないケロッとした顔で黒曜がそう言うものだから、モクレンは今一度呆れ顔になりつゝ、御立派な知恵の使い方だこと、と言い乍ら、先ずは髪の毛を洗う様、黒曜にアイコンタクトをした。
同時に気怠げなトーンの聲で、何か歌え、とも命じた。

最近 きみを愛してるって言ったかな?
きみ以上の女性はいないって
きみに言ったことがあったかな?
僕の心を喜びで満たし
悲しみをすべて取り除いてくれる
僕の苦しみを癒してくれるのが
きみがしてくれることなんだ

丁度良い温度のお湯が出始めた鈍色に光り輝くシャワーヘッドを握り締めた状態で、ほんの数秒思案した後、何時に無く情感を込めて黒曜が歌い始めたのは、ロッド・スチュワートによるヴァン・モリソンのカバー『ハヴ・アイ・ド・ユー・レイトリー』だった。
愛のこもった手付きで髪の毛全体を丁寧且つ綺麗に手入れをして貰っている間、眼を瞑った状態で歌聲と歌詞に耳を傾けていたモクレンは、カラダ全体だけで無く、こゝろ其の物が熱くなるのを感じると同時に、改めて今自分がカラダを預けているオトコが如何にロマンチストであるかを再認識するに至った。

気持ち良かったか?。

ミルクの香り漂うトリートメントを流し終えた直後、黒曜が言った。
モクレンは毛先から額の辺りへと水滴が雨垂れの様に溢れゆく様子を自身の眼の前にある鏡越しにじっと見つめ乍ら、うん、とだけ返事をした。
其れから猫の様にマットに寝転がってみせたかと思うと、今度は背中を洗わせ始めた。

疲れているみてぇだな。
流石の体力オバケでも。

ボディーソープの泡越しにモクレンの柔肌に触れ乍らそんな事を感じた黒曜は、両肩から腰の辺りに掛けて軽くマッサージを施した。

お前、仮に此の先結婚しても、こう言う事をするのか?。

モクレンが言った。

頼まれりゃな。

頼まれれば、か。
つくづく律儀だな。

大した事はねぇよ。
強引なのは俺の性分じゃねぇ。
ただ其れだけの事だ。

そう言い乍ら黒曜は白百合色のボディウォッシュタオルを用いて、此の様なシチュエーションにならない限りは絶対に拝む事の叶わないモクレンの控え目だが綺麗なカタチの胸部から臍部〈さいぶ〉の辺りを洗い始め、軈てボディウォッシュタオルが下腹部の部分に触れるや否や、気持ち悪くねぇか、とモクレンに質問をしたのだが、モクレンはほんの少しだけ両頬を紅〈くれない〉色に染め乍ら、ヘンなコトを聴くな、とだけ答えたので、実に態とらしい笑みを浮かべ乍ら、へいへい、と返事をしつゝ、初めて同衾した際に、モクレンが眼をトロンとさせた状態で「触れられると気持ちの良い』と黒曜に教えてくれたクリトリスの部分へ、ゴツゴツとしてはいるけれども、プライベートでピアノを弾いているお陰か、繊細な指使いの可能な右手の人差し指と中指を這わせた。

見ての通り、二人っきりの世界だぜ。
到底他所様にゃあ聴かせられねぇお前の恥ずかしい聲、俺だけに聴かせろよ。

ぬちゃぬちゃ、ぐちゅぐちゅと言う音を響かせ乍ら、気障ったらしいコト限りなしの台詞を黒曜が耳元で述べると、モクレンは夏の日の大波の如く押し寄せる快楽にカラダを震わせ乍ら、此のクソ変態っ・・・!と涙目気味に黒曜を思い切り面罵した後、イけよ、と言う甘い囁きと共にカラダを軽くのけぞらせ乍ら果てた。

可愛い聲聴かせてくれてありがとよ、いとしのエンジェル。

自身の指先と膝頭の辺りへ、モクレンのカラダから溢れ落ちる蜜が泡と一緒にポトポトと垂れるのを感じ乍ら、呟く様に黒曜がそう述べると、モクレンははぁはぁと桃色の吐息を漏らしつゝ、黒曜のカラダへ正面からぐにゃりと凭れ掛かった。

チョイと悪戯ごゝろが過ぎちまったか。

黒曜は自身とモクレンのカラダに纏わりついた蜜と泡をしっかり落とすと、モクレンのカラダをゆっくりと湯船に浸けた後、自身の分のミネラルウォーターのペットボトルの蓋をクルクルと開けると、時間が経って若干常温気味の水を口に含み、モクレンに口移しをして、上手い具合に「蘇生」をさせた。

落ち着いたか?。

バスタブの中でモクレンの髪の毛を優しく撫で乍ら、黒曜がそう質問すると、モクレンは黒曜に蓋を開けさせたばかりのペットボトル片手に、うん、まぁ、と答えた。

此の続きだけど、ベッドでして良いか?。

今更許可を求める辺り、ホントお前ってヤツは稀代の悪党だな。

へへへ、お褒めの言葉有難うよ。
どうせいっぺんこっきりの人生、お前みてぇな世界一のべっぴんの為なら、地獄に堕ちたって構わねぇぜ。

洒落臭い台詞だな。

其れ位惚れてるってコトよ。

そんなコト言われなくても分かっている。

風呂から上がってひと段落した後、黒曜とモクレンは、どうせならサービスを利用しようと言う話にお互いなり、リキュールを使った檸檬火酒氷菓〈レモンウヰスキーシャーベット〉を二人分部屋の中へと運ばせた。
部屋の中へと入って来たのは、バーテンダーの格好に、梟のマスクを頭からすっぽりと被った大柄の男性で、無言のまゝシャーベットを運んで来て、たったひと言、波蘭〈ポーランド〉語で、神の御加護をあらんコトを、と黒曜とモクレンへ告げるなり、直ぐに姿を消した。

まるで秘密の社交倶楽部にでも迷い込んだ気分だな。

仄かな暖かさを含んだチャイニーズ・ランプから放たれる灯の輝きを頼りに、カランカラン、と言う音を響かせつゝ、トングを使ってモクレンと自身の分のウヰスキーグラスへと三、四個程の数の氷を放り込み乍ら、黒龍の絵がデザインされたバスローブ姿の黒曜が静かに呟くと、取り敢えず此処が『注文の多い料理店』で無い事だけは確かだ、と口を大きく開けて、シャーベットを頬張り乍ら、白蛇の絵がデザインされたバスローブ姿のモクレンはそう返事をしたので、出来上がったウヰスキーソーダを両手に持ち、モクレンの方へと近寄った黒曜は、違いねぇ、と言い乍ら円卓にウヰスキーソーダの注がれたグラスをコトリ、と置いた。

一先ず、乾杯。

椅子に腰掛けたばかりの黒曜が言った。

あゝ、乾杯。

グラスとグラスがカチリ、と打つかる音が響いた後、黒曜とモクレンはひと言も言葉を交わさず、淡々とウヰスキーシャーベットとウヰスキーソーダを嗜んだ。
普段であれば其の後黒曜が片付けをし、モクレンは黙って其れを見届けると言う時間が訪れるのだが、此処はホテルである。
後始末はルームサービスにでも任せれば良かろう、と言う話になった。
其れと同時に今はただただ、相手の眼を逸らす事無く、愛し合うコト、互いの肉体を求め合うコトに集中しようと言う約束の口付けを交わした黒曜とモクレンは、纏っていたバスローブを脱ぎ捨てるや否や、其の儘ベッドの海へと勢いよく飛び込んだ。
バスルームでの「情事」とは又違った卑猥な音色を奏で乍ら、先ずはアルコールの香りのする互いの唇を貪り終えると、モクレンはギチギチに勃起した黒曜の魔羅をギュッと握り締めるなり、お前にも気持ち良くなって欲しい、と言い乍らソフトな手付きで上下に魔羅を扱き始めた。

はぁ…んっ…う…うぅ…。

お互いの顔を見つめ合い乍らベッドへ寝転がっている事もあり、黒曜の口から漏れた吐息はモクレンの顔へと直に掛かる中、モクレンは妖艶な笑みを浮かべ乍ら、こうやってされるの、好きだろ、と言って、今度は強弱を付け乍ら魔羅を擦り上げた為、モクレンの右手と親指は、ヌメヌメとした感触の我慢汁でベタ付いた。

滑りが良くなったから、今度はこんなコトもしてやろう。

モクレンは手持ち無沙汰気味だった左手で睾丸をギュッと掴むと、今度は睾丸を揉み乍ら態と音を響かせる勢いで魔羅を擦った。
もうこうなって来ると理性も歯止めも無いもので、魔羅が擦られる度に黒曜は良い意味で情けない顔を晒し、はぁはぁ、あんあん、と切なげな聲を響かせた。

もう出そうなんだろう、此処数週間溜めに溜め込んだ濃い精液が。

モクレンが囁き聲でそう質問すると、黒曜は押し寄せる快楽で感情から何からぐちゃぐちゃになるのを感じ乍ら、あゝ、そろそろヤバい、と答えた。
事実、亀頭はパンパンに膨らんでいた。

其れじゃあ、ここいらで一つ、吐き出していただこうか。

其の台詞と微笑みの後、モクレンの手付きが思い切り激しくなった事は言う迄も無く、此の言葉から三十秒と時間〈とき〉が経たないうちに黒曜はモクレンの言う濃い精液をたっぷりとモクレンの手の中に吐き出した。
にも拘らず、黒曜の魔羅は萎える事無く、寧ろ硬くなっており、お前と私の中に巣喰う淫乱な獣〈けだもの〉が、もっと遊びたいと言っているみたいだ、と、ベッド脇のティッシュペーパーで両手にべっとりと付着した精液を拭き取り乍ら黒曜に提案をした。
モクレンからの提案に対し黒曜は、生娘の様にはぁはぁ、とカラダと聲を震わせ乍ら、ぐちゃぐちゃになろうぜ、お互いに、と笑みを浮かべ、一度モクレンのカラダをぎゅっと抱きしめたのち、部屋の備品扱いになっているコンドームをぬるりと自身の魔羅へと装着した。
そしてフラフラとした足取りで自身のスマートフォンを鞄の中から取り出すと、ミネラルウォーターで喉を潤し乍ら音楽アプリを起動し、ベット・ミラーによるパーシー・スレッジの『男が女を愛するとき』のカバーを大音量で流し始めた。

男が愛する女性を想うとき
他には目もくれない
たとえこの世界を手放しても
最高の女性に出会ったら

彼女の悪いところなんて、目に入らない
彼女こそがすべてだと
たとえ親友とも距離を置く
彼女を貶める相手に対しては

首引き恋慕、松葉崩し、茶臼のばし、乱れ牡丹、帆かけ茶臼・・・。
激しいサウンドとベット・ミラーのソウルフルと繊細さが同居した様な歌聲に合わせる様に黒曜とモクレンは本能のまゝ、体位を試んでギチギチとベッドを揺らした。

はぁはぁ…あっ…う…っ…んぁ…ん。

黒曜が萎え知らずの魔羅をモクレンの膣内で擦り上げる其の度に、黒曜以外には絶対聴かせられない淫靡な雰囲気満載の聲をモクレンは黒曜の耳元で響かせる為、黒曜は黒曜で頭の中が文字通りイカれそうになる中、此れで今晩は御開きだな、と言って、最後の「ラッシュ」へと突入した。

なぁ…い…ま…気持ち…いい…っか…?

千鳥の体勢の中、瞳がすっかりハートマークに染まりきったモクレンにそんな事を黒曜が問うと、途轍も無く甘ったるい雰囲気溢れる聲色でモクレンは、気持ち…いい…っ…だか…ら…早く…イカせて…と黒曜に対して「懇願」をし乍ら、きゅうとナカを締め付けて来た。

ヤバい…そろそろ…出る…っ…!。

ゴムの中に熱くそして濃い精液がびゅう、と吐き出された瞬間、黒曜は思わずモクレンのカラダを抱きしめた。
そして行為の最中、何度と無くモクレンの耳元で囁いた「好きだ」と言う言葉を今一度囁き、使用済みのコンドームをせっせと処理をする傍ら、冷蔵庫へと向かった。
そしてモクレンにミネラルウォーターを手渡すと、自身も作りたてのウヰスキーソーダをカラカラの喉へ流し込んだのち、様々な意味でも汗塗れのモクレンのカラダを洗面台から持って来た白銅色のバスタオルで綺麗に拭き始めた。

成り行きとはいえ、なんか無理させた様で誠に申し訳ねぇ。

激しいにも程があるとしか思えないまぐわいの後の残り香がびっちりと充満しているベッドに腰掛け、ウヰスキーグラス片手に黒曜がモクレンにそんな風な事を言うと、椅子に腰掛け、右手に握り締めたスプーンでメロンソーダの上に載っけられた地球儀の様な丸いバニラアイスをぱくぱくと頬張り乍らモクレンは、責任、取れよな、と黒曜に言った。

あゝ、じゃなきゃ、こう迄お前の事は愛せねぇよ。

ウヰスキーグラスのひんやりとした感覚が右手全体へと伝わってくる中、グラスに残ったウヰスキーソーダを勢いよく呑み干した黒曜は、静かにそう呟くと、ソレ、喰い終わっちまったら寝ようぜ、と言った。
壁掛け時計の針へ対し、モクレンがチラリと視線を向けると、時刻はとっくに零時を過ぎており、時計の針は午前三時ちょっと前を指していた。

兎にも角にも、沢山の愛を有難う。

にゅいと咥えた青色のストロー越しに、口付け同様、甘い要素たっぷりのメロンソーダの味が口の中へじんわりと広がっていくの感じ乍ら、モクレンが黒曜に対してポツリと言うと、黒曜はひと言、どういたしまして、と言って心地良い疲労感を抱き乍ら、ごろりとベッドへ寝転がった。
其れから数分後、黒曜が黙って天井をじっと見据えていると、精神的にも肉体的にも無事ひと段落し終えたモクレンがベッドへもそもそとやって来て、邪魔するぞと言いつゝ、自身の右手で黒曜の左手をそっと握り締めた。

朝食は朝六時からだそうだ。

モクレンの頭を撫で乍ら、黒曜が言った。

バイキング形式だから、しこたま喰えるぜ。

お前もしこたま喰っておけよ、幾ら明日二人して休暇だからと言って、倒れられても困るしな。

そう言ってモクレンは欠伸を噛み殺し、そっと眼を瞑った。
頭を撫で乍ら其の様子を見ていた黒曜は、ひと言、おやすみなさい、愛してるぜ、と呟いてから、モクレン同様、そっと眼を閉じた。
軈て朝がやって来た。
朝焼けの光が建物全体は勿論の事、ホテル側が所有するプライベートビーチをも染め抜く中、黒曜とモクレンは熱めのシャワーと珈琲で各々眼と脳を覚ましたのち、何時もの学校に着替えてホテルの一階のフロアにあるバイキング形式のレストラン『オーシャン・ブルー』へと足を運んだ。
其処で働く者達もホテルの従業員達同様に皆仮面或いは覆面を被って顔面を隠し、宛ら白夜の仮面舞踏会であった。
彼等彼女の中には、ホテル側が其の手のツールに明るい科学者を独自に雇い、そして開発をさせたのだと思われるボイスチェンジャーを使用して迄自身の素性をひた隠しにする者の姿があり、背徳の香りを其の身に纏っていると迄はいかないにせよ、此のホテルが如何に秘密の花園なのであるかと言う事が容易に理解出来た。
優雅な雰囲気漂う食事と良い意味での「無駄話」を楽しんでいる自分達以外のホテルの利用客達にしても、羽織っている服装こそ今の季節即ち初夏に合わせてラフに仕上がってはいるものの、漏れ伝わって来る会話の内容であったり、或いはちょっとした立ち居振る舞い、果てはあからさまに「見せつけること」を目的として身に付けて居る高級品然とした所持品から、月末になると毎月の支払いでてんやわんやしている人間たちの居る世界とはとんと無縁な別世界に生きている事は間違いない様で、事実どの顔も皆、飢えとは無縁の面構えをしている様に思えた。
飽く迄も席選びの為、文字通りパラっとではあるものの、周囲の風景を観察した黒曜の眼には、ではあるが。
結局黒曜とモクレンが選択した席は、料理だのドリンクだのが此れでもかと並べられて居るコーナーから遠からず近過ぎずな場所にある窓際の席だった。
窓の外からは紺碧の海と直ぐ近くの砂浜を眺める事が出来、さり気なく外へ視線を向けると、水着に着替え、サーフィン又はウインドサーフィンに興ずる者、朝の空気感を楽しみ乍ら砂浜で朝食を嗜む者、ただただ散歩の為だけに砂浜を何の気なしに歩く姿と共に、物憂げな季節風にゆらゆらと揺れている椰子の木と言った風景が、プライベートビーチらしく至極怠惰でゆったりとした空気感の中、展開されていた。
其れから黒曜とモクレンは各々料理をテーブルへと運んだ訳だが、モクレンが選んだメニューのテーマが「取り敢えず今喰いたい」と考えた料理を片っ端から御皿へ運んでいくと言う意味での「和洋混淆」だとしたら、黒曜が選んだメニューのテーマは、普段から朝食で食べている料理にもう二品か三品追加をするだけと言うモクレンとは又違った意味でのシンプルさが際立つテーマに落ち着いた。

で、こっから如何やって街へ戻るんだ?。

ナイフとフォークを使い、タルタルソースのたっぷりかかった出来立ての海老フライを細かく刻んだのち、其れを口に運んだばかりのモクレンがそんな事を呟くと、黒曜は同じくナイフとフォークを使って印度産の胡椒の香り漂うハムエッグを頬張り乍ら、こっから十五分の場所にある駅迄バスで運んでくれるらしいぜ、因みに其の駅から俺達の住んでいる場所の駅迄、ざっと三十分だそうな、とモクレンの質問に答えると、空いたばかりのモクレンのグラスに、和蘭製の水差しを使って半分程の水を注いだ。

今度此処に来る時は、ダンスを踊る時間を確保した上で来たいものだ。

モクレンは水が注がれたばかりのグラス片手にそう呟くと、水で軽く喉を潤した後、有田焼の小鉢に入れられた金平牛蒡〈ごぼう〉をきのこと枝豆をふんだんに使用した混ぜ込み御飯と一緒にペロリと平らげ、鮭とキャベツの胡麻味噌炒めへと箸を伸ばした。
其の様子を熱々の肉じゃがを食べ乍らじっと見つめていた黒曜は、モクレンの左手の薬指に物憂げな朝陽を目一杯浴びて照り輝く指環が付いている白晝夢を見た。〈終〉

Daydream

Daydream

お互いに愛を剥き出しにし、ぐちゃぐちゃになり乍ら乱れ行く「大人のための御伽噺」風味の黒モク小説。 題名はチェット・ベイカーの同名楽曲から引用。 ※本作品は『ブラックスター -Theater Starless-』の二次創作物になります。 ※女体化、肌色、性的要素あり。

  • 小説
  • 短編
  • 恋愛
  • 成人向け
  • 強い性的表現
更新日
登録日
2023-08-24

Derivative work
二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

Derivative work