ギルティクラウン -Another Crown- 01
本作はオリジナルテレビアニメ「ギルティクラウン」のオリジナル二次創作作品です。
本編とは違うキャラクターでストーリーが展開される為、注意してください。
世界はモノクロのまま走る――。
いつからだろう、世界がこんなにも色褪せてしまったのは。
「なあ、悠馬! お前も来るだろ?」
「え?」
窓の外を見ていた視線を正面に向けると、クラスメイトの高木直哉が直ぐ目の前、鼻と鼻がくっ付いてしまいそうなくらいの距離に居た。
「うわっ! うわっ、ああああああ!」
驚き、俺は椅子ごと後ろに倒れてしまった。教室に残っていた数名がこっちを何事かと見ていて、顔が熱くなったのが分かる。俺はゆっくりと、何事も無かった風を装って痛む身体を起こした。
「痛た……」
「悠馬、大丈夫か?」
「………………」
大丈夫じゃない。恥ずかしいし、痛い。まぁ、そんな事は口には出さないけれど。
俺は高木の顔を正面から見て、倒れたことを忘れてしまう為に、先ほど何を話していたのかを聞き返した。
「で、何が俺も来るなんだ? 悪いけど、聞いてなかったんだ」
「おいおい、しっかりしてくれよ! 夏休みの旅行の計画だよ!」
「旅行?」
高木が興奮気味に言うが、なんだそれは。初耳にもほどがある。
「まぁまぁ、直哉落ち着けって。坂上は聞いてなかったんだから、最初から説明しないと分からないだろ」
と、的確な指摘をしたのは、高木の隣に立つこっちもクラスメイトの神埼徹だ。
「ああ、それもそうか」
納得したように、高木は説明を始めた。
「実は、叔父さんが――」
説明を要約すると、高木の叔父さんが長期の休暇を取る為、久し振りに遊びに来ないかと誘われたらしい。だが生憎両親は用事があっていけない。代わりに友だちを連れて来てもいいと言われたとのことだった。
「迷惑じゃないか?」
「大丈夫だって。叔父さん細かいこと気にする人じゃないし」
「あぁ……」
その叔父あって、この甥ありということか。俺が心中で納得していると、神埼が苦笑していた。おそらく、俺と同じ意見なのだろう。
まぁ、それは置いておこう。今は返事だ。
「いきなり言われてもな。親に聞いてみないと」
「分かった。じゃあ、聞いたら電話してくれ。出発は八月になってからだから」
「ああ」
「そうだ、出来れば相沢を誘っておいてくれ!」
「え、美里をか?」
「頼む!」
「うーん……」
相沢美里。それは幼なじみの名前だ。しかし、何故高木がこんなにも必死に美里を連れて行きたいのかが分からない。
「はは、俺からも頼むよ」
「珍しいんだな。神埼がそんなことを言うなんて」
「旅行は大人数の方が楽しいだろ」
「そういうものか?」
「ああ。それに、こっちも女子誘おうと思うし、男ばかりってのも嫌だろ?」
「まぁ、な……」
それは一理ある。だからと言って、美里を誘いたくはないのだが。
しかし、クラスメイトの頼みを聞くのも、たまにはいいか。人付き合いは大変だ。
「分かった、誘っておくよ。けど、来なくても文句言うなよ」
「本当か!?」
「嘘吐いてどうするんだよ」
「恩にきるぜ!」
高木が俺の手を握ってくる。うん、男に手を握られても一ミリも嬉しくないな。
「じゃあな!」
「またな」
「ああ」
高木と神埼が連れ立って教室を出て行く。
それを見送って、俺も鞄を手に取った。今日はすることも無いし、もう帰ろう。
最後に、俺はもう一度窓から空を見上げた。
「今日も相変わらず、か……」
俺は歩き出した。
白と黒の空を背に。
ロストクリスマス。
今でも忘れられないあの事件は、未だに人に、この国に大きな影響を及ぼしている。
九年前、突如として起こったアポカリプスウィルスのパンデミック。首都東京は大混乱だった。
あの日、俺は大切な妹と、色を失った。
「ただいま……」
帰宅し、家の中に声を掛けるが返事は無い。
いつものことだ。共働きの両親は夜になるまで帰ってこない。
靴を脱ぎ、暗い廊下を歩いてリビングに辿り着く。慣れたもので、照明のスイッチの位置は探らずともすぐに分かる。
スイッチを入れた。
おそらく、今この部屋は明るいのだろう。
いや、この言葉には多少の語弊があるか。だろう、ではなく、明るくなったのは俺の視界でも分かる。
ただ、俺の視界がモノクロなだけだ。
冷蔵庫を開け、中身を物色する。冷凍庫にアイスクリームが置いてあった。色が分からない俺は、一々製品名を確認してからでないとこのアイスクリームが何味なのかも分からない。
不便を感じないわけではない。ただ慣れただけだ。
アイスはバニラだった。となるとこれは父さんの物だ。
アイスを食べるのは諦め、俺はテレビを点けた。
面白いニュースも、番組もやっていない。違う、俺は例えどんな番組でも本当に楽しむことは出来ない。
「………………」
テレビを消して、自室に向かう。
ベッドに仰向けに寝て、天井を見上げた。
白と黒、モノクロ。俺の世界は、酷く味気ないものだった。
それを見ているのが嫌で、俺は目を閉じた。
目を閉じると、俺の世界は色付く。九年前のあの日の記憶を伴なって。
――。
その日、俺は妹である坂上遥と共にデパートで買い物をしていた。母さんと父さんに、二人でプレゼントをしようと考えたのだ。
お小遣いを使わずに溜め、それを持って街に繰り出した。
色々考えたけど、いい物が浮かばず、最終的にはクリスマスのケーキを買うことにしなった。
クリスマスということもあり、ケーキは粗方売り切れていたが、一つだけ残っていたチョコケーキを買って、俺と遥は手を繋いで帰る。
ロストクリスマスが起こったのはその時だった。
あちこちで悲鳴が上がり、何事かと思って見ると、人間が結晶へと変わっていく。それが連続的に起こり、どこからか火事も発生して、街はパニックに陥った。
「お兄ちゃん!」
「遥!」
人が気が狂ったかのように走り回り、まだ小さかった俺と遥は人波に飲み込まれ、離れ離れになってしまった。
必死に人の間を縫い、遥を探すが見当たらない。
遠くでは何やら銃声も聞こえて、人々の混乱は最高潮に達していた。
「遥ああああ! 遥ああああ!」
叫ぶが、その声は届かない。
やがて人通りが無くなり、自由に動けるようになった俺が見つけたのは変わり果てた遥の姿だった。
「遥……」
歩道に倒れていた遥の身体は、他の人と同じように表面が結晶になっていた。辛うじて遥だと分かる。
呆然と、俺は遥の側にしゃがみ、まだ結晶に覆われていない右手を握った。その手には、踏まれて潰れてしまったケーキの箱がしっかりと握られている。
「……遥、兄ちゃんだぞ。分かるか?」
「………………」
呼び掛けても遥はこちらを見ない。多分、視力も、聴力も失っていたのだろう。でも、遥の口が僅かに動いて。
「お兄ぃ、ちゃん……。お父さんと……、お母さん、……喜んで、くれるかな?」
「遥……」
そう言って、遥の身体の全てが結晶に覆われて。
「あ……」
砕けて、消えた。
瞬間、俺の中で、何かが引きずり出されるような奇妙な感覚があって、そして、俺の世界から、色が消えた。
「………………」
また、あの日のことを夢に見てしまった。九年も前の事なのに、昨日の事のように思い出せるあの瞬間は、いつまで経っても俺の心に影を落とす。
気分が悪い。
水を飲もうと立ち上がって、ふと、呼び鈴が連打されているのに気づいた。こんな事をするのはあいつしか居ない。面倒だから居留守を使おうかとも思ったが、昼間の高木の頼みを思い出したことと、居留守がバレた際のことを考えると無視するのも憚られた。
「しょうがない、か」
自室を出て玄関に向かう。
最近はどこの家にもオートロック機能がついた鍵が有り、俺の家も例に漏れずその仕様になっている。指紋認証で鍵を解除する仕組みで、登録されている人間以外は鍵を開けることが出来ない。
しかし、記憶が確かならあいつも記録されていたはずなのだが。幼なじみということもあって、俺の親の許しもある。なのに、何故かあいつはいつも呼び鈴を鳴らす。
「はいはい、今開け――」
る。鍵を開けながらそう言おうとして。
「悠馬ーー!」
「いだっ!」
外から強い力で空けられたドアが俺の額を強打した。そのまま尻餅をついてしまう。
「痛う……」
「あっ、悠馬。大丈夫?」
ショートカットの髪を揺らしながら、そいつは俺に聞く。
「大丈夫? じゃねーよ!」
痺れる額を右手で抑えながら叫ぶ。
「うわっ。何? いきなりキレるのはよくないよ?」
「いきなりも何も全部お前の所為だ!」
「?」
「……はぁ。もういい」
立ち上がり、正面から幼なじみの相沢美里に向き直る。
「で、どうしたんだよ」
「そうそう、悠馬! あんた今日部活終わるの待っててって言ったのにどうして先に帰ってるの!」
「あ……」
そういえば、昼休みに昼食を食べたときに妙にしつこく言われたのを思い出す。聞いてはいたが、すっかり忘れてしまっていた。
「悪い。忘れてました……」
「もう、いっつもそうなんだから。ダメだよ、約束をすっぽかすような人は嫌われるよ!」
「悪かったって」
「まぁ、それはいいけど」
いいのか。じゃあ何をしに来たんだ。
「それで?」
「それでって、何が?」
「何が? じゃなくて、今日が何の日か覚えてないの!?」
「何かあったか?」
まったく記憶に無い。強いて言うなら、今日から夏休みが始まるくらいだ。が、その事ではないだろうな。
「今日は――」
だから、美里の言う単語に、俺は心底驚いた。
「――悠馬の誕生日でしょ!」
「あ……」
今日、七月二十五日は俺と、双子の妹であった遥の、誕生日だった。
あえて考えないようにしていたんだと思う。
毎年この頃になると、俺は美里を避けるようにしていた。それは、毎年美里が俺の誕生日を祝おうとするからだ。
何故誕生日を祝いたくないのか、理由は簡単だ。
遥が居なくなってしまったのを、一年で最も強く実感する一日だからだ。
「今日は部活帰りにケーキとチキン買ってきたんだよ」
「………………」
美里が冷蔵庫にケーキを入れたり、料理をしたりしている。
勝手知ったる幼なじみの家という風に、その動作には迷いが無い。美里は勉強は普通レベルだが、スポーツと料理に関しては相当な腕を持っている。だから料理を任せておいても大丈夫だろう。
「そういえば、悠馬はニュース見た?」
フライパンで卵を焼きながら美里が聞いてくる。
「ニュースって、テレビ? それともネット?」
「どっちも」
「いや、確認してないな」
言いつつ、携帯端末でネットのニュースを確認する。
「指名手配犯逃亡中、か……」
場所はここから直ぐ近く。犯人は数名の一般人に傷害を負わせ逃亡。最後に目撃されたのはお台場、いや、二十四区だ。
「怖いよね」
「そうか? こんなのに会う確立なんて、宝くじ当てるようなものじゃないか?」
「悠馬は楽観的過ぎ」
「自分じゃ分からないな」
まぁ、心配することはないだろう。
「ねぇ、悠馬ー。ケチャップ切れちゃった。買い置きどこー?」
と、美里がキッチンから顔を出してそう聞いた。
「ん? 冷蔵庫の中にないか?」
「無いー」
「おかしいな……」
買い置きのがなかったかとキッチンを探るが、見当たらない。念のため冷蔵庫の中を確認するが、ここにもない。
「無いな」
「えー、じゃあオムライスどうしよう」
「諦めるしかないんじゃないか?」
「もう殆んど出来ちゃってるよ」
「ケチャップをかける必要は無いだろう」
「折角の誕生日だからちゃんとしたいの」
美里はいつも妙なところで頑固だった。だから、ここは俺が折れるべきなのだろう。
「分かった。一っ走りケチャップを買ってくる」
「いいの?」
「よくない」
「だったら私が――」
「でも、お前が行くのはもっとよくない」
「え?」
出掛ける準備をしながら、なるべく美里と顔を合わせないようにして言う。
「危ないんだろ? 女の子を危険な目に遭わせるのは、俺のポリシーに反する」
「……いきなりどうしたの? 悠馬ってそういうこと言うキャラじゃないよね」
「……うるさい」
こっちだって恥ずかしいんだ。
「でも――」
そう。でも、美里なら俺の言いたいことは伝わっているだろう。
「ありがとう」
「ああ。早く帰るようにする」
「うん」
俺は玄関を出て、夏の夜の街を歩き出した。
「暑い……」
が、家を出た途端、夏の夜の暑さに早くも帰りたくなった。
「音楽でも聴いて気を紛らわせるか」
耳に、今では主流となったコードレスのイヤホンを着け、端末を操作してプレイヤーを起動する。
咲いた野の花よ
ああ どうか教えておくれ
人は何故 傷つけあって
争うのでしょう
流れてきたのは、最近有名になりつつあるネットアーティスト『EGOIST』の曲だった。
ヴォーカルの楪いのりと、その歌以外、全てが謎のアーティスト。
『EGOIST』とはグループ名なのか。それならばグループメンバーは何人居るのか。知っている者は居ない。
俺は最初興味があったわけではない。むしろ、知らなかったくらいだ。
クラスメイトが話していて、俺は曲を勧められたのだ。
それを聴いてみると、意外にも、嵌ってしまった。
幻想的な雰囲気とか、楪いのりを気に入ったからとかが理由ではない。ただ、聴いていると、懐かしくなるからだ。
まるで、この世界に色が戻ってきたかのような、遥が生きていた頃に戻れたような気分になる。『EGOIST』の曲は、そんな不思議な力があった。
凛と咲く花よ
そこから何が見える
人は何故 許しあうこと
できないのでしょう
雨が過ぎて夏は
青を移した
一つになって
小さく揺れた
私の前で
何も言わずに
自宅から徒歩十五分ほどの場所にある大型スーパーへ向かう。
時間帯は、夏とはいえもう暗くなり始めている頃だろう。全てがモノクロに見える俺にも、その変化が見て取れる。けれど、普通の人間が感じるような色彩の変化による感情の動きを、俺は感じない。
それが、とても詰まらないと思う。
スーパーの店内に入ると、外とは全然違う涼しさに軽く寒気を感じる。イヤホンを取り、プレイヤーを止めてケチャップを購入する。後は帰るだけだ。
と、外に出て、気づく。
「なんか、今日は物騒だな……」
街を歩いていると、そこかしこにGHQの量産型エンドレイヴ、ゴーチェが配置されている。普段からのことだが、なんだか今日は特に多い気がした。何かあったのだろうか。
「……さっさと帰るか」
君子危うきに近寄らずだ。騒動には近寄らず、早々に、且つ静かにその場を去る。それが得策だろう。
そう結論を出し、俺は帰ろうとした。だが。
「通行止め、だと?」
さっきは普通に通れた道路が、現在はゴーチェで塞がれていた。
いよいよ穏やかではなくなってきた。明らかに何かしらの事件事故があったようだ。
携帯端末で最新のニュース一覧を見るが、それらしき記事は見当たらない。わざわざGHQが出張ってくるほどの事態にも関わらず、その情報が一切無い。
「これはもしかしたら、何かの陰謀かもしれないな」
などと言ってみるが、ふざけていられるのも長くは続かなかった。
「こっちも通行止めなのか……」
仕方なく遠回りして帰ることにしたのだが、遠回りした先でもゴーチェが道を塞いでいた。ここも駄目となると、家に帰るだけで後三十分は掛かってしまう。
どうしたものかと悩んだ末、とりあえず美里に電話しておくことにした。
端末で美里の番号を表示し、呼び出そうとした。その時。
「きゃっ!」
「うわっ!」
走ってきた誰かが俺にぶつかり、そしてまた倒れた。これで三度目だ。今日はついてない。
「ぐっ……」
下敷きになるが、相手が結構軽かったためか、倒れたにしては痛みはない。
「だ、大丈夫か?」
「………………」
声を掛けてみるが、その人物、声からして女の子は、俺の顔をじっと見たまま反応が無い。
ぼろぼろの布を服のように纏い、顔も布をフードのようにして隠れている。しかし、その奥から感じる視線は、明らかに俺の方を見ている。
怪我をしているようには見えないが、動けないのかもしれない。
「その、立てるか? 手を貸すか?」
そう聞くと、女の子は首を振る。立てないという意味か、それとも手は借りないという意味か。女の子の考えを汲みとろうと頭をフル回転させる俺に、女の子が初めて言葉を口にした。
「目……」
「目? 目が痛いのか? 転んだときにどうにかしたかもしれない。病院に電話して――」
「違う」
「違う?」
「目。あなたの目……」
「俺? 俺の目がどうにかしたのか?」
怪我でもしているのかと目の辺りを確認するが、痛みは無いし、視界にも特に変化は無い。なら、どういうことなのか。
「きれい……」
「え?」
きれい?
「あなたの目、きれい……」
俺の目が?
「あなた、面白い感じ。他の人と、違う」
「お前、もしかしてっ」
俺の目のことが分かるのか? 今まで誰にも言ったことは無いし、気づかれたことも無いのに、この女の子は俺の目に気づいたのか?
予想外の事態に軽く混乱した。
と、次に女の子が言った言葉は、それ以上に予想外の一言だった。
「あなたが、私の王さま?」
「は?」
王様、というのはあの王様か? いきなりどうしたんだ。
もしかして危ない人間の類だろうか。妄想が激しいというか、着ているのもただの布だし、何か、やっかいな雰囲気がする。
「王さま、私を、使う?」
そう言って、女の子は服の変わりに着ていた布の前を肌蹴た。
「なっ! 待てっ、閉じろ!」
俺は慌てて止めるが、女の子は聞こえていないように、止めようとしない。何故止めようとするのか、理由は簡単だ。
そこには下着の類は一切無く、上から下まで一糸纏わぬ女の子の裸身が展開されていたからだ。
着ている布はぼろぼろだが、その下の肢体は意外なほど清らかで、モノクロの視界の中でも妖精かと思うような浮世離れした輝きを放っているように見えた。
控えめだが、決して小さ過ぎないほどよい形の胸や、引き締まっていて、無駄な贅肉の無いウエスト、バランスのいい細い足。とにかくなにもかもが全開で、俺は目を手で塞いだ。
「どう、したの? 見ないと、できないよ?」
「何をだ!?」
「私を、使うんじゃないの? 王さま」
「だから、何にだ!?」
意味が分からなさ過ぎる。展開に付いて行けない。
なんとか女の子が肌蹴た布を掴み、前を閉じる。そこでやっと直視することができた。
「まったく、なんなんだ一体……」
「?」
「えーっと、お前、名前は?」
「?」
「いや、ここでその反応はおかしいだろ」
「?」
「じゃあ、どこから来たんだ? 家は近いのか? そんな格好で出歩くのは危険だから、早く帰ったほうがいい」
「?」
何を言っても女の子は首を傾げるばかりで、話が進まない。
「何か答えてくれ。困ってるのか? 俺に出来ることなら手伝うぞ?」
「……ほんと?」
「ああ」
「だったら、あれから助けて」
「あれ?」
女の子は俺の背後を指差した。何があるのかと思って振り返ると。
「あれは!」
そこには後方から迫って来る戦車のような形をした、移動形体のゴーチェだった。
「危ない!」
「きゃあ!」
咄嗟に女の子を横に突き飛ばし、俺も一緒に跳ぶ。
その瞬間、俺たちが立っていた場所をゴーチェが通過した。
「痛っ!」
肘を少し擦り剥いた。
ゴーチェの方を確認すると、移動形体から移行し、人型になっていた。
その手にはレールガンが構えられ、照準は。
「嘘だろ」
俺たちに定められている。
「くそっ!」
女の子の腕を引っ張り立ち上がらせ、側にあった建物の影に入る。瞬間、発射されたレールガンが地面を深く抉った。道路のアスファルトが弾け飛ぶのを見て、俺は女の子を連れて逃げていた。
「なんなんだよコレはああああ!」
狭い道を選んで進み、細かく曲がる。やがて大通りに出た。
「はぁ、はぁ……。ここまで来れば……」
と、遠くに見える曲がり角から移動形体のゴーチェが姿を現し、俺たちを確認するなり人型になってミサイルを発射した。
「!」
もと来た道に戻り、女の子の手を引いて全速力で走る。
背後でミサイルが建物に命中した破砕音がした。
「くそっ、どうして!」
なんでゴーチェは俺たちを狙う。俺には心当たりは無い。とすると。
「お前!」
「何?」
「お前、何かしたのか!」
「?」
「分からないのかよ!」
聞くのは無駄だと悟った。だったらもう逃げるしかない。
………………。
――本当に?
「はぁ、はぁ……」
――本当に、それしかないのか?
「はぁ……」
――この女の子を置いていけば、俺は助かるんじゃないか?
「……」
――どうせ知り合いでもなんでもないんだ。気にする必要なんて無い。
「……」
――バカバカしいだろ? こんなところで、意味も分からず死ぬのは。
「……い」
――ほら、その手を離せ。それでもう俺は自由の身だ。
「……さい」
――さあ!
「うるさい!」
「?」
頭の中の声を打ち消す。
「俺は、もう、出会ったんだ……」
だから。
「目の前で、そいつが死ぬのなんて、見たくない!」
俺は、逃げ切るんだ!
………………。
…………。
……。
必死に逃げているうちに、どこをどう走ったのか港に辿り着いた。
「物陰に隠れるぞ!」
正直、ここから移動するのは難しいだろう。
どうしても見つかってしまう気がする。なら逃げずに隠れてやり過ごす方が得策だと思った。
走っていると、鍵が掛かっていない倉庫があった。無用心だなと思いつつ、そこに隠れた。
「静かにするんだぞ」
「うん」
少しすると、ゴーチェが移動する音が聞こえ、近くにいることが分かる。
息を殺し、じっと耐える。
しばらくすると、音が遠くなり、消えた。
「……ふぅ」
安堵の息を吐いて、俺は女の子に向き直った。
「もう少ししたら街の方に出て、一旦俺の家に行く。いいな?」
「うん。王さまの、言う通りにする」
「だから、なんで俺が王様なんだよ。まぁ、それはもういい。今は、まず顔を見せてくれないか?」
俺はまだ女の子の顔を見ていなかった。布を深く被っていて、影になって顔が見えないからだ。
「いいよ」
そうだから、顔を見せたくない理由でもあるのかと思ったが、存外、あっさりと了解された。
布を取り払う。その顔は。
「楪、いのり!?……いや」
違う。
「?」
女の子の顔は『EGOIST』のヴォーカルである楪いのりと瓜二つだった。
そのことに驚いて、一瞬本人かと思ったが、感じるものが違う。
楪いのりが、幻想的な、どこか浮世離れした雰囲気があるのに対し、この女の子は浮世離れしているが、それはどちらかというと世間知らず、もしくは幼いという印象だ。顔のパーツはほとんど同じだが、二人がまったくの別人であるのは間違いないだろう。
「………………」
それにしてもそっくりだ。まじまじと見ても雰囲気以外の違いが分からない。
もしかしたら親戚か何かかもしれない。そう納得した。
「で、改めて聞くけど、お前、名前は?」
そう聞くと、女の子は少し不安そうに答えた。
「……分からない」
「分からないわけないだろ。分からなかったら今までなんて呼ばれてたんだ」
「名前……、呼ばれたことない」
「……もしかして、孤児、か何かか?」
「……分からない」
表情を見る限り、本当に分からないようだ。
名前が分からないというのは、考えたことはないけれど、もしかしたら相当に不安なことなのかもしれない。
名前とは、自分が何を無くしても最後まで持っていられる自らを証明する証拠みたいなものだろう。それが無いのは、心細いに違いない。
なら。
「……名前が無い、っていうのは、お前を呼ぶときに不便だと思わないか?」
「?」
「もし嫌じゃなければ、俺がお前の名前を考えてみてもいい」
「……ほんと?」
「ああ」
「王さまが、名前、くれるの?」
「もちろんだ。俺が一番いいと思う名前を付けてやる」
「……うれしい」
女の子が抱きついてきた。
やっぱり不安だったのだろう。
「そうだな……」
となると、約束してしまったからにはちゃんとした名前を考えないといけない。
が、残念ながら俺にはネーミングセンスというものがないらしく、さっぱり思い浮かばない。
「……」
俺が頭をひねっている間も、女の子は期待しているような目で俺を見ている。
その姿を見ていると、ある名前が、不意に口をついて出た。
「……遥」
「はるか?」
それは妹の名前。
目の前の女の子は、俺と同じくらいの年齢に見えた。遥も、生きていれば俺と同じ歳になってたはずだ。
そして、今日は俺と、遥の誕生日。
そう考えていたら、自然と遥の名前が口から出ていた。
「……そうだ。お前の名前は、遥かだ。俺はお前をそう呼ぶ」
「はるか……。遥……」
「どうだ?」
遥という名前を確かめるように繰り返す女の子に、俺は聞いた。すると。
「うん。私、この名前、好き」
「そうか……。よかった」
何がよかったのかは分からないが、女の子、遥は喜んでくれているみたいだ。
「じゃあ、遥、そろそろこの倉庫から移動するぞ」
「うん」
遥の手を取り、立ち上がる。その瞬間、倉庫の扉が爆発した。
「うわああああ!」
「きゃっ!」
俺と遥は爆風で倉庫の置くまで飛ばされた。
「な、なんだ!?」
起き上がり、見ると、遠くの方に一体のゴーチェが見えた。おそらくあいつがミサイルを撃ったのだろう。
「くそっ!」
逃げようにも、倉庫の出口は正面のみ。向こうにはミサイルがある。立ち止まっていても、逃げても、助かる見込みが無い。
どうする、どうする、どうする!?
「王さま……」
逡巡する俺の前に、遥が立つ。
「私を、使って……」
「……どういうことだ?」
遥が何を言っているのか分からない。
「王さまには、能力(ちから)がある……」
「能力?」
能力って、なんのことだ?
「それは心を紡いで形を成す、罪の王冠……」
遥が着ていた布の前を肌蹴て、その裸身を俺の前に晒す。
「私を、使って――」
その言葉を聞いた瞬間、世界が色付いた。
「え?」
色が、モノクロが、染まって、世界が、動き出す。
「さあ――」
色が戻ると同時に、遥の胸の中心が銀色に輝きだし、俺は。
「ああ……」
右手を、伸ばしていた。
「遥、お前を、使う……」
遥の胸の輝きの中に、俺の右手が滑り込み、その中から、何かを掴み出す。
それは多分、心と呼ばれるものだ。
「あっ……」
俺が右手を引き抜くと、遥が艶やかな声を上げた。
銀色の二重螺旋が俺の腕に絡まって、それは長い金属の結晶になり、そして、俺は腕を天に向かって振り上げる。
振り上げた腕の先で、結晶が砕け散り、そこから巨大な剣が現れた。
「これは……」
光が、俺の周囲を取り巻いて、倉庫の天井を貫き、天にも届きそうな光の柱となる。
それは、天使の梯子のようだった。
………………。
「新たな王の誕生、か……」
同時刻、東京タワーの鉄骨の上からユウはそれを確認した。
あれは間違いない、罪の王冠の発現だ。
「時が満ちるのも近いということですかね……真名」
ユウは笑い、そして、消えた。
………………。
「これが、王の能力(ちから)?」
その剣は大きく、力強さを感じた。
けれど、その剣には所々ヒビがはいっていて、脆さも感じる。
「それが、私の、ヴォイド……」
立ち上がった遥がそう言った。
「ヴォイド?」
「私の、心」
「これが、遥の心……」
分からない、理解出来ない、でもそういうことらしい。
「はっ!?」
と、そうしている間にゴーチェが近くまで迫っていた。
腕に装備されたパイルバンカーで俺たちを貫こうとしている。
「ああああああああ!」
させない。俺は。
「俺は、遥を、守る!」
駆け出し、剣を下段に構え。
「はあああ!」
ゴーチェとの距離が十分に縮まった瞬間、俺は剣を斜めに振り上げた。
意外なほどあっさりと、俺はパイルバンカーをゴーチェの本体ごと切断していた。
「なっ!」
驚いたなんてものじゃない。大した力も使っていないのに、俺は金属を切断していたのだ。
そして切断されたゴーチェは、一瞬の間を置いて、爆発した。
「うわああ!」
咄嗟に、遥を庇おうとするが、間に合わない。そう思った。しかし。
「これは……」
気づくと、剣の先から不思議な陣が展開されていて、それが爆発を全て防いでいた。俺と遥には傷一つ無い。
「一体、この能力はなんなんだ……」
暗い倉庫の中で、俺の声は闇に溶けるように消えた。
その日、俺の運命は大きく変わった。
いや、もしかしたら最初から、こうなる運命だったのかもしれない。
世界は色を取り戻し、俺は、罪の王冠を頂いた。
ギルティクラウン -Another Crown- 01
この作品はオリジナルアニメ作品「ギルティクラウン」のオリジナル二次創作作品です。
本編とは違うストーリー、登場人物で展開されています。
この作品で初めて「ギルティクラウン」に触れた方、アニメからご覧になった方、如何でしたか?
自分なりに、原作の世界観を壊さないように努力したつもりですが、上手くいっているのかは分かりません。少しでも、この作品を楽しんで読むことが出来たのなら幸いです。
内容についてですが、主人公の坂上悠馬はある日名前を持たない女の子と出会います。そして超常の能力「罪の王冠」を発現し、女の子を守るために戦いを続けます。
01とタイトルに付いていることからも分かるように、この作品は02、03と続きます。最後までお付き合いしていただけると幸いです。
では、これからも「ギルティクラウン -Another Crown-」をよろしくお願いします。